蒼い衝動



 ・・・おかしい。
 どう考えても変だ。
 数日前から千穂の様子がおかしいのだ。
 どこがどうおかしいのかっていわれると、すんなりと挙げることはできない。現に、オレ以外のうちのクラスの人間は、何の違和感も覚えていないようなのだ。しかし、オレには分かる――この世で一番千穂のことを見ているオレには。

「どうしたんだよ、しんみりして。お前らしくないじゃないか」

 休み時間になっても動かないオレに気付いて声を掛けてきたのは、親友の伸吾だ。小学生の頃からの腐れ縁で、昔は二人でいろいろ悪さもしたもんだ。今じゃ、二人とも彼女ができたこともあって、二人でつるんでどうこうってことは少なくなったけどな。

「ああ、伸吾か・・・いや、ちょっと考えごとしてただけさ」

「考えごと!?お前がか?わははは、冗談はやめてくれよ!お前に考えごとなんて、呂布に内政やらせるようなもんだぜ!」

「何だそりゃ」

「知らないのか?呂布ってのはなあ・・・・」

「ち、ちょっと待て!そんな話、聞いても仕方がないだろ?」

「そうか・・・・まあいいや。で、何を考えてたんだよ」

「何でもいいじゃないか。お前に話しても仕方ないことさ」

「いってくれるじゃないか。どうせ千穂ちゃんのことなんだろ?」

「う、どうして分かるんだ?」

「そんなの、いつもべったりだったお前と千穂ちゃんが、最近離れ気味になってるのを見たら一発じゃないか。一体どうしたんだよ。ケンカでもしたんじゃないのか?」

「いや、ケンカじゃないんだ。ただ、千穂が・・・」

「千穂ちゃんが?どうしたっていうんだ?」

「い、いや、なんでもないんだ。伸吾、しばらく黙って見守っててくれよ」

「あ、ああ、お前がそういうんだったらそうするけど。でも、あまり考え込むなよ、そんなの、お前らしくもないぜ。ま、もし、何か相談があったらいってくれよな!」

「ああ、さんきゅ」

「シンゴー!」

「ん?あ、由梨のやつだ。じゃあな!あまり悩むなよ!」

「由梨、帰ろうか」

 そういうと、伸吾は彼女と一緒に教室を出て行った。オレも数日前まではそうだったのに・・・今では遠い昔のような気がしてくる。
 一体、千穂のヤツはどうしたっていうのだろうか?単にオレに対して怒ってるだけならいいんだけど。でもやはり、あの様子は何か異常だ。しかも、日に日にひどくなっているような気もする。早いところ、何とかしなければ・・・




次の朝。

「おはよう」

 オレは前を歩いていた千穂に声をかける。なるべくいつもと同じように。
 千穂は振り向くと、ニコリともせず、

「おはよう」

とだけいって、再び前を向いて歩き始めてしまった。

「・・・・・・」

 やはり事態は悪化している。千穂の中で、何かが変化しているのは明らかだ。弱々しくて、守ってあげたくなるようだった千穂から、今では、他人を寄せ付けないほどの力強さすら感じるようになっている。ただ、大人になった、というレベルの変わり方じゃない。
 授業中、あるいは休み時間、オレはずっと千穂を観察していた。それで分かったのだが、男に接する時と、女に接する時では表と裏ほど態度が違うのだ。
 男に接している時は、それがたとえオレであったとしても、汚いものに触れるような接し方をするのだ。
 逆に、女の子とは、むしろ自分から近付いていっているように見えるほど、嬉々として話したりしている。
 元々、千穂は人付き合いが得意なほうじゃなかったが、オレに対してだけは心を開いてくれていたと、手前味噌ながらに思っていた。しかし、今の千穂はそんなオレにさえ近付こうとはしない。まるで、この世の男を全て否定したような・・・
 一体、千穂に何があったのだろうか?

「おいおい、またかよ。どうしちゃったんだよ」

 伸吾が昼休みになっても動かないオレを気遣って話し掛けてきた。

「いや、何でもないんだ」

「何でもないなんてことがあるかよ。おかしいぜ、最近。どうしたっていうんだ?俺にいえないことなのか?」

「・・・・」

 珍しく真剣な様子で、煮え切らない態度のオレに詰め寄る伸吾。よっぽどオレが切羽詰った表情をしていたんだろうな。どうするか・・いっても仕方がないかもしれないが、もしかしたら何かいいアドバイスがもらえるかもしれないし、それよりもまず、伸吾が今の千穂のことをどう見ているのかが気になる。オレは思い切って話してみることにした。

「実はな――」


「――なるほどな。話はよく分かった」

「で、お前はどう思うんだ?今の千穂を見て、何かおかしいとか思わないか?」

「さあなあ。ただ、千穂ちゃんはお前に近付かなくはなったよな。そこら辺は俺もおかしいとは思ってたんだけどな。それはてっきり、お前らがケンカしたものとばかり思ってたんだけどな。だけど、あの千穂ちゃんが、お前をフるなんてことは考えられないけどなあ」

 伸吾のいうことはもっともな気がする。千穂っていう娘は、理由もなく、男から遠ざかったりはしないはずなのだ。理由があったとしても、そのことに触れずに別れるなんてことは考えにくい。
 大体、千穂が怒っているのだとすると、その原因がさっぱり分からない。少なくとも、オレには心当たりがない。もちろん、オレが気付かないうちに、千穂を傷つけている可能性はなくはないが。

「なあ、そんなことをあれこれと悩む暇があるんだったら、千穂ちゃんに直接いったほうが早いんじゃないのか?」

「それができれば苦労はしないぜ。もし、千穂が腹を立てているのだとしたら、それこそ火に油を注ぐようなものじゃないか」

「でも、さっきの話じゃ、お前が挨拶したら、返してはくるんだろ?もし腹を立てているんだったら、シカトすると思うんだけどな」

「・・・そういえばそうだな。向こうからは何もいってこないけど、オレが特別に避けられているわけでもなさそうな感じだな」

 オレはそういったが、それでも寂寥感はぬぐえない。千穂にとって、オレは「特別な存在」のはずじゃなかったのか。それが今では、他の男と全く同じ扱いになっているじゃないか。そんな状態が続くのは、オレには耐えられそうもない。

「なあ、なんなら俺が千穂ちゃんに直接聞いてきてやろうか?なんだったら、由梨に聞きにやらせてもいいぜ?」

「う〜ん・・・・いや、それだとオレが聞くのと同じことじゃないか・・・しばらく待ってくれないか。もう少し考えさせてくれ」

「ん、そうか。昨日もいったが、あんまり深く考えすぎないほうがいいぜ。例えば家族間で何かあったとか、そんなことが原因なのかもしれないしな。分かってみると意外とくだらないことかもしれないぜ?」

「ああ、そうだといいな」

「おっと、チャイムだ。じゃあな」

 伸吾は自分の席に戻って行った。伸吾はああいったが、ことはそれほどカンタンなものじゃない気がする。伸吾もそれは分かっているんだろうが、オレを励ますためにああいうことをいったんだろう。
 斜め前を見ると、千穂のうしろ姿が見える。その姿は、いつもとどこも変わらないように見える。そのうち、うしろ姿にさえ違和感を覚えるようになってしまうんじゃないのか――オレの苦悩はさらに深まっていくばかりだった。


放課後。ホームルームが終わるとすぐ、千穂はいなくなってしまっていた。以前だったら、「一緒に帰ろ」ってまっすぐにオレの席までやってきたあの千穂が・・・

「おい!聞いたか、潤一!」

 オレが振り向くと、走ってきたのだろう、伸吾が息を弾ませてオレの目の前に立っていた。

「何の話だ?」

「千穂ちゃんが・・・」

 オレは席から立ち上がっていた。伸吾が走ってきてまでオレに伝えようとするのだ、重要な話でないはずがない。しかも、それはオレにとっていい話ではないだろう。

「千穂が、どうしたんだ!?」

「・・・」

「何だよ、ここまできて隠すなんて、お前らしくないじゃないか!オレのことは気にせずに話してくれ」

「どうせすぐに分かることだからな・・・・」

 伸吾は、重い口をようやく開いて話しはじめた。その口調はひとことひとことをかみ締めるようで、伸吾の悔しさを表しているかのようだった。そのことで、オレは伸吾が決して他人事で、千穂の一件を考えていなかったことを痛感させられた。オレはこの親友の存在を、改めてかけがえのないものだと感じていた。
 伸吾の持ってきた話は容易ならざる話だった。
 千穂のやつはどうやら、金を取って男を誘っているようなのだ。誘う、というのは微妙な表現だが、それは千穂が身体まで売っているのかどうかまでは分からない、ということを意味していた。
 しかし、そんなことは関係なかった。オレという恋人がいながら、どうして見知らぬ男に身体を売る必要があるというんだ?お金が必要だ、っていうなら、オレにだってバイトで貯めた金が少しはある。しかし、今までにオレはそんなことを相談されたこともない。
 逆にいえば、ここ最近、千穂がオレのことを避けていることは説明がつく。そりゃ、こんなことをしているんじゃ、オレと顔を合わせるのは気まずいだろうからな。

「で、今、千穂はどこにいるんだ!?」

 オレは掴みかからんばかりの勢いで、伸吾に詰め寄った。もし、今、真っ最中だというのなら、止めるのが当然だろう。伸吾は一瞬たじろいだが、オレのほうを見ると、話しはじめる。

「う〜ん、それがなあ。聞くところによると、色々あるらしいんだよ。体育館の用具置き場だったり、グラウンドのだったり、どこかの空き教室だったり・・・どこかとはいえないな」

「そうか。だけどあきらめるワケにはいかない。すまないけど、手分けして捜してくれないか?見つけたらケータイに連絡してくれればいいから」

「ああ、分かったよ。じゃあ、俺は外回りを捜すことにするよ。お前は校舎内を捜せばいいよ」

「恩にきるぜ」

「お互い様だろ?俺だってなんかあった時には、お前の世話になることもあるだろうしな」

「ああ、その時は喜んで協力させてもらうよ。じゃあ行ってくる」

「よし、俺も行くか!」

 オレたちは、一緒に教室を飛び出し、そこで二手に分かれて捜しはじめた。オレは手当たり次第に、目に入った教室を捜していく。しかし、なかなか見つかるものではない。

「ここが最後か・・・」

 もう他のフロアは全部チェックしてしまった。残るはこの階か、伸吾が捜しているはずの外回りのどこか、ということになる。
 あっ、とそこでオレは気付いた。そう、千穂が学校内でそれを行っている、という保証なんてないじゃないか。あるいは、もうすでにことが済んでいる可能性だって捨て切れない。
 しかし、可能性が少しでもあるならと、オレは再び捜索を続けた。

「ダメか・・・」

 すでに日が落ちようとしていた。結局、オレは千穂の姿を見つけることができなかった。しばらくすると、伸吾からメールが入ってきて、あいつも見つけられなかったことが分かった。

「今日はこれまでだな・・・」

 オレはこんなことを知ってしまった以上、あきらめるつもりはなかった。千穂に何が起きたのか分からないが、こんなことを続けさせるわけにはいかない。オレはこの捜索を毎日でも続ける決心を固めた。


 しかし、土日を挟んでしまったため、その間は捜索ができなかった。千穂にメールしてみたものの、返事が返ってくることはなかった。いつもなら、一分もしないうちに返事が返ってくるというのに・・・



 月曜日。
 オレは今日こそはと、放課後、千穂が教室を出て行くと、気取られないようにあとをつけることにしたのだ。こんなやりかたは性に合わないが、いまはそんなことをいっていられない。ことは一刻を争うのだ、オレは何故だかそんな気がしていた。
 千穂は階段を降りはじめた。どこへ行くのだろうか。階段は拓けているので、あとをつけるのには不向きなのだ。
 今、誰かがオレの行動を見ていたら、オレが千穂を追いかけるストーカーであるかのように見えるだろう。オレはそんな屈辱的な気分を味わいながら、しかし、それよりも今は千穂のことが気になるのだから、と自分にいい聞かせながらあとをつけ続けた。
 千穂は二階に用があるようだった。一階には下りずに、廊下を歩いている。三つ目の教室にたどり着くと、千穂は躊躇なく入っていった。ここは確か、一年の教室じゃなかったか・・・そんなところに何の用があるっていうんだ?
 オレはさすがにすぐに踏み込む気がしなかった。今踏み込んでも、何も行われてはいないだろうから、シラを切られるのがオチだ、オレはそう考えていた。せっかく見付けたんだ、決定的な証拠をつかんでおきたい、そう思うのが当然だろう。
 中の様子をうかがうものの、姿は見えず、声しか聞こえてこない。会話の内容までは聞き取れないが、千穂のほかには、男が一人いるようだった。まだだ、まだ踏み込むのは早い――オレは必死に自分にそういい聞かせながら、はやる自分を抑えていた。
 やがて、男の押し殺したような歓声が聞こえてきた時、オレはたまらず、教室の扉を勢いよく開け、中に踏み込んだ。

「千穂!」

「な、なんだあんたは?」

 突然掛けられた声に驚いて、オレにそう聞き返してくる男。目つきはよくはないが、まだあどけなさが残る顔だ。予想通り、こいつは一年のようだ。おそらくはこのクラスの人間なのだろう。
 一方の千穂はというと、なんと、男の前でスカートを捲り上げていたのだが、オレの声に反応したのか、その手をすぐに下ろしてしまって、今では何もしていなかったかのように見える。
 しかし、その表情は別段、悪いことをした、とは思っていないようで、むしろ、ニヤニヤと、いやらしくも妖艶な笑みを浮かべていた。一年以上付き合っているが、オレは今までに、千穂のそんな表情を見たことがなかった。
 男は、オレにビビったのか、一目散に教室から出て、千穂をおいて逃げ出してしまった。教室に残る男女二人――そこには本来あるはずの温かみがいっさい存在せず、オレはそんな雰囲気に耐えられず、押し潰されそうになる。
 しかし、意外なことに、そんな雰囲気を打ち破ったのは千穂のほうだった。

「おっと、マズイところを見られちゃったなあ」

 頭を掻きながらそう口を開いた千穂。その口調と表情は、今までオレが見たことのないものだった。コレは本当に千穂なのか?オレは自分の目と耳を疑いたくなった。

「千穂、お前・・・・」

「へぇ〜、なるほどなるほど。お前がこいつの・・・」

「お前??こいつ??」

 オレは鸚鵡返しにそう聞き返していた。お前、とはオレのことで、こいつ、が千穂だってのは当然分かる。だが、千穂はオレのことをお前、なんて呼ばないし、第一、自分のことをこいつ、なんて他人を呼ぶようにいうはずがない。
 他人・・・・・他人だって!?ま、まさか・・・・

「まさかお前、千穂じゃないのか?」

「ククク、何いってるんだよ。どこからどうみたって千穂じゃないか。この顔、この髪、この胸、この手、このお尻、この脚・・・・どこを取っても千穂だろ?」

 千穂、いや、千穂の姿をしたそいつは、口にした部分をいちいち押さえながらそういった。
 確かに、オレが見ても、こいつは本物の千穂にしか見えない。細かな動作の違いはあるにしても、動かなければ区別はつかないだろう。授業中、千穂がいつもと同じに見えたのはそのせいもある。
 こいつは、千穂の姿をしているだけなのか、それとも・・・・

「お前は何者なんだ?千穂をどこへやった!?」

「だ・か・ら!千穂はここにいるっていってるじゃないか!俺は正真正銘、倉田千穂その人なんだからな!」

「な・・・!」

 オレは混乱してしまっていた。目の前にいるのは千穂その人だと本人はいう。もしそうなら、オレが知っている千穂は何者で、どうなってしまったっていうんだ?
 オレの頭の中に、「二重人格」という言葉が思い浮かんできた。

「お前は千穂のもう一つの人格だってのか?」

 千穂はオレの言葉を聞いて、フンと鼻を鳴らした。そういった人をバカにしたような態度をとるような千穂じゃなかったのに・・・

「ククク、違うんだなあ。確かに、この体は正真正銘『倉田千穂』のものなんだけどなあ。俺の人格は俺本来のもので、別にこいつの中にあったわけじゃないんだな」

「???どういうことなんだ!?」

 ますます分からない。おそらく、こいつは自分が千穂の別人格じゃない、ってことがいいたいのだろうが、じゃあ、こいつはどこから沸いてきたんだ?オレの頭の中は、疑問符で一杯になってしまっていた。

「血の巡りが悪いやつだなあ。身体が千穂で、精神が別人ってことは?」

 謎のような言葉をオレに投げかけてくる千穂。身体は千穂なのは間違いないとして、精神が別人・・・オレは昔見たドラマを思い出した。あれは確か――

「ってことは、お前は千穂と精神が入れ替わってるってのか?」

「惜しい!いいセン行ってるんだけどなあ。まあ、千穂の状態としてはそれでも同じことなんだけどな。千穂の魂はどこに行ったのかって辺りが違うんだよな」

 ますます分からない。だが、千穂の身体に、変な男の精神が入っている、というのはもはや間違いないだろう。問題はそのあとだ。千穂の魂がどこに行ったのか?それが分からないことには、千穂を元に戻すことさえできない。オレにとっては、こいつが何者かなんてことはどうでもいいのだ。ただ、千穂が元に戻りさえすれば・・・・

「で?お前は千穂の身体で何をしてたんだ!?」

 オレは怒りを隠し切れないまま、そいつに話し掛けた。ただし、あまりきつくいうと、こいつは何をしでかすか分からない。なんといってもこいつは今、千穂の身体を人質にとっているようなものなのだ。ヘタに刺激しないほうがいいだろう。
 千穂の姿をしたそいつは、オレの言葉に目を輝かせる。手近な席の椅子に座り、話しはじめる。

「すごいよなあ、女の身体っていうのは!きれいだし、なんかいい香りがするしな!俺のむさい身体とは大違いだぜ!」

 むさい?なるほど、こいつに関する情報が一つ出たな。とはいってもそれだけじゃ、何も分からない。もっとこいつの口を割らせなければ。
 そいつはさらにしゃべり続ける。滑らかな喉を通って、よく人にうらやましがれる、千穂のきれいな声が飛び出してくる。オレは思わずその声に聞き入ってしまった。

「女の感じかたってスゴイんだぜ!男と違って全身が熱くなってきて、最後には天に昇るような感じになるんだよな!こんなのを知ってしまったら、男になんか戻りたくなくなるだろうな!俺は・・・おっと」

 俺は?なんだっていうのだろうか?気になる物いいだが、そんなことよりその前の言葉だ。こいつはやはり千穂の身体で――!!

「き、貴様!千穂の身体で何をしやがったんだ!?」

 カッとなったオレはさっきの自重をすっかり忘れ、千穂にずいと詰め寄った。千穂はたじろぐことなく、オレを見上げて、ニヤリとする。

「何って・・・女なら誰でもしていることじゃないか。自分の身体を自分でどうしようが俺の勝手だろ?」

 そいつはそういい放つと、何を思ったのか、制服の上着を脱ぎはじめた。スルリという音と共に、千穂の地肌が露出してくる。同時にモスグリーンの下着が顔を覗かせた。

「な、何を!?」

 よくよく見ると、千穂の胸元で何かが輝いている。青く、柔らかい光を放つ何かが・・・

「な、何だそれは!?」

「ふふ、これか?これはな、封魂石さ。文字通り魂を封じるものさ。俺の魂はこの中に入ってたんだ。この石を身に着けたものは、その石に入っている魂に身体を奪われてしまうのさ。だから俺は今、千穂の身体を乗っ取ってるってわけだ」

「ど、どうして千穂はそんな石を身に着けたりしたんだ!?」

 オレは思わずそう聞き返していた。封魂石?乗っ取った?千穂の胸元の光を見ていると、オレの不安は増すばかりだった。

「さあなあ、そこまでは知らないけどな。しかし、なかなか完全には支配できなかったんだよなあ。ここ最近だぜ、完全になったのは」

 そうか、だから徐々に千穂がおかしくなっていってたのか・・・・ヤツの精神と千穂の精神がせめぎあっていたに違いない。くそっ、それに気付いてやれなかったとは・・・!

「しかし驚いたぜ!?まさか俺もあの「倉田千穂」になれるなんて、夢にも思わなかったもんな!なった時には思わず隅から隅まで見まくっちまったぜ!」

「くっ!・・・ん?『あの』だって?お前、千穂を知ってたのか?」

「そりゃそうさ。俺はここの生徒だったんだからな!知ってるだろ?去年の事件を」

「あ・・・・・まさかあの事件か!?」

 事件とは、去年の秋に起こった。当時、いじめられていることで一部では有名だった、一年の男子生徒が、それを苦に(噂ではだが)屋上から飛び降り自殺した、というものだった。

「そうさ、飛び降りる前、俺は最後の望みを託して封魂石を使ったんだ。身体を失った俺の魂は、そのまま封魂石のなかで生き続けてたんだ。その時の記憶なんてないけどな。で、気がついたら倉田になってたってワケさ!」

 千穂は心底うれしそうに、思い出話を語っていく。その姿は、この前の千穂の誕生日に、オレがネックレスをプレゼントした時の、千穂そのままだった。思いがけないものを手に入れたときに見せる、そんな表情だ。
 待てよ。あのネックレス・・・・あれには青い石が付いていたような・・・まさか。オレがそのことを口に出す前に、千穂は話しはじめた。

「あの時点では、オレはほとんど、こいつの身体を自分の意思では動かすことができなかったんだよな。でも、感覚は共有していたから、こいつが見ているものは見えたし、こいつが触っている感覚も感じ取れたんだぜ?だから、はじめは極楽のような地獄のような・・・・だってそうだろ?確かにそんな体験ができるなんて夢のようだったさ!だけどな、そんな美味しすぎるエサを目の前にして、自分の意思じゃあ手が出せないなんて!もどかしかったよ。なんとしても自分の意思でこいつを、ってそう思ったさ」

「・・・・」

 オレは千穂の語る、恐ろしくも、さりとて男としては興味深い話を黙って聞いているしかない。何か少しでも手がかりを見つけなければ・・・オレは全神経を集中して、千穂の話に耳を傾けていた。

「二日ほど経ったころからだったか。こいつが寝たあとなら、俺はこいつの身体をある程度、動かすことができることに気が付いたんだ。あの時は大興奮モノだったぜ!ずっと憧れていた倉田の身体が、少しもどかしくはあっても、俺の自由にできるんだからな!さすがに、不自由だったんで最後まではイケなかったが、見るところは全部見させてもらったし、触りたいところは全部触ったからな!それからさ。俺の支配権が徐々に強まってきて。今じゃあ、こいつは俺が寝ている間ぐらいしか表に出てこれないだろうな!ははは、あの頃と立場が逆転だな!今のこの身体の主は俺になってるってことだ――女の身体ってのはいいぜえ!なかなかイクことはできないんだが、イクところまでイった時はサイコウさ!天にも昇る、ってああいうことをいうんだろうな!」

「・・・・」

 あまりの衝撃的な言葉に、オレは二の句をつげなくなってしまっていた。こいつは千穂の身体を乗っ取っている、しかし、まだ完全ではない。そこに何か希望があるはずだ・・・・オレの目は自然と千穂の胸元へと向かっていた。そこには相変わらず、青い光が明滅を繰り返している。こころなしか、さっきより光が強くなってきているような・・・・

(あれか。あれをなんとかすればあるいは――)

「それにしても、男って単純なもんだよなあ。俺がこいつになりきって誘ったら、ホイホイついてくるんだもんな!まあ、俺が男だったら、こんなカワイイ娘に誘われたら、断りゃしないだろうけどな」

「な、何のためにそんなことをするんだ!?」

「・・・・・最初は復讐しようと考えてたな。この身体で誘惑してあいつらを破滅させる、そんなことをな。だが、最初に男の前で服を脱いだ時、何ともいえないほどの快感を味わったんだよな!『見られる快感』ってやつだ。もしかしたら、こいつにそういった素養があったのかもしれないが、その時から俺は『女として』、その快感に目覚めてしまったんだろうな。それからは『見せる』ことを楽しんださ。さすがに男とやるのはイヤだったから、本番はしなかったけどな。しかも、それが商売になるってんだから、女ってトクだよな!」

 オレは、「本番はなかった」という言葉に、心底救われた気がしていた。今ならまだ何とか、間に合うのではないか、そんな希望が湧いてくるのだった。

「そうはいっても、この身体も年頃の女の子だからなあ。ずっとシていないと疼いてくるんだよ。自分で慰めるぐらいじゃどうしようもないぐらいだ。そこでお前だ」

「お、オレだって!?」

「そうさ、お前はこいつの男なんだろ?俺の中に混じっている倉田の記憶が、『こいつになら抱かれてもいい』っていってるんだよな!俺の精神もそれに影響されてるらしいな。お前にならって思ってしまってる。どうだ?悪い話じゃないだろ?」

「な、何いってやがる。オレが好きなのはあくまでも正真正銘の千穂だけだ。千穂の身体じゃない!」

「ほ〜。ホントにそうか?それじゃ、どこまでガマンできるか試してやろうか?」

 千穂はそういうと、再び制服を今度は完全に脱ぎはじめた。パサリと音を立てて千穂の制服が机の上に置かれると、千穂の白い肌がオレの目に飛び込んでくる。
 千穂は間髪入れずに、ブラまで外してしまった。ぷるんっ、という音が聞こえてくるかのように、束縛から逃れた千穂のバストが現れた。オレに見られていることで興奮しているのか、そのピンク色の先端は固くなっているようだった。
 思わず、オレはゴクリと生唾を飲み込んでしまう。しかし、その乳房の間に、青い光を認めたオレは、一気に冷や水を浴びせかけられたような気分になる。

「どうだ?お前の恋人の身体は?見ろよ、この胸なんてしゃぶりつきたくなるんじゃないか?そうしたくても俺にはできないんだがな!」

 ホレホレ、と千穂の身体を見せ付けるようにオレに迫ってくる、千穂の姿をしたそいつ。オレの理性が黄色信号を発しているのだが、なぜか、オレは千穂から目を逸らすことができない。まさか、これもあの「封魂石」の力なのだろうか・・・・
 オレの中で、千穂に対する、どうしようもない黒い欲望が鎌首をもたげてくる。オレは震える手を千穂のほうに伸ばし、そしてその小さな身体を押し倒してしまった。
 机の上に、もたれかかるように倒れこんだ千穂。その表情は押し倒された、といった受け身の表情などではなく、逆にこちらを思うままにしている、という勝ち誇ったものだった。
 オレはそんなことには気付かないまま、千穂のスカートを脱がせにかかる。横についているファスナーを下ろし、ホックを外すと、そのまま膝元まで引き下げる。
 とうとう小さな布切れ一枚、という姿になってしまった千穂。もちろん、オレの欲望はそんなことでは満足できない。オレの手が残る一枚にかかる・・・・・


「潤一!!どうした!」

「!!」

 その瞬間、後ろの扉から、伸吾が飛び込んできたのだ。その音と言葉に、オレは一瞬にして正気に返った。眼下には、下着一枚きりの姿になった千穂の白い身体が見える。その中央には青い光を放つものが見える――

「ぅおおおお!!」

オレは千穂の胸に手を押し当て、その光の中心にあるものを掴むと、一気に引き抜こうとした。

「な、何をするんだ!そんなことをしたらこいつがどうなるか・・・・ぐぉおおぅおお!」

 苦悶の表情を浮かべ、オレに苦しみを訴えかけてくる千穂。しかし、そんなことに構ってはいられない。

「どうせこのままでは、いずれ千穂はお前に支配されきってしまうんだろ!?それだったら、一縷の可能性にかけて、元凶であるこの封魂石とやらを、千穂の身体から切り離す!もし、それで千穂が甦らないんだったら、その時はオレも死んでやるさ!」

「ウグッ、こ、こいつ――そこまでの覚悟で・・・ウグァーーー!!」

「お、おい、潤一・・・」

 オレは一気に力を込め、青い光を千穂の胸元から引き剥がしてしまった。千穂の身体から離れた瞬間、最初からそんなものはなかったかのように、光は収まってしまった。
 改めて引き剥がしたものを見ると、やはり、あの時にオレは千穂にプレゼントしたネックレスだった。
 普通の店で買ったものなのに、どうしてそんなものが混じっていたのか、それは全く分からない。
 ただ、あの時、その石に妙に惹かれたのは確かだ。それもおそらくは、この石の力だったのだろう。

「う、うう・・・」

 その時、意識をなくしていた千穂が身じろぎし、うめきはじめた。

「千穂!」

「千穂ちゃん!」

 オレは千穂の肩を抱き、祈るような気持ちで声をかけた。そのうしろから、伸吾も顔を覗かせる。うめいた、ということは死んではいない、ということだ。
 オレは千穂の肩を揺さぶって、千穂の名前を呼び続けた。それはオレにとってはもはや、祈りそのものといってよかった。オレは、喉が痛むんじゃないかと伸吾が心配するほど、全身全霊をかけて千穂の魂に呼びかけていた。

「ん・・・・」

「千穂!!オレだ、潤一だ!分かるか!!」

 千穂の目がオレに向けられる。徐々に、オレの顔に千穂の目の焦点が合ってきたようだ。何が起こっているのかと、訝しげな表情をしていた千穂が、ニコリと微笑んだ。その表情はオレが知っている千穂のものだった。

「千穂!千穂なんだな!」

 答える代わりに千穂は、再び満面の笑みを浮かべた。その目が再び閉じられる。一瞬、命の心配をしたが、安らかな寝息をたてている千穂を見て、オレは一安心する。

「ち、千穂・・・」

「どうやら、無事、元に戻ったみたいだな。さっきの石みたいなものが原因だったんだな?」

オレは机の上に千穂をそっと寝かせたあと、伸吾のほうに向き直った。

「ああ、封魂石というらしいな。この中に封じ込められていたヤツの魂が、千穂に入っていたらしい」

「で、どうする、それ?」

「う〜ん、身に着けない限りは無事だろうけど・・・ブキミだよな」

「そうだな・・・どこかに処分したほうがいいだろうな。普通にゴミに出してしまうとか?」

「ああ、そうしとくか。身近にあると、また何か起こりそうだし・・・」

「で、千穂ちゃんはどうするんだ?このまま置いとくわけには行かないだろ?」

「ああ、オレが連れて行くよ。千穂の家は学校から近いし、何とかなるだろ」

「そうか。校門までは俺も付き合うぜ」

「ああ、助かる。さっきも助かったよ。もうすぐで彼女を傷つけてしまうところだった」

「なに、いいってことよ!俺とお前の仲じゃないか。何も気にすることはないさ」

「よっしゃ、じゃあ帰ろう!」


 オレは千穂を家に送り届けると、帰り道、ちょうどきていたゴミ回収車の中に、隙を見て、持っていたネックレスを放り込んだ。すでに光を放っていないそれは、中のドラムが回ると、すぐに見えなくなってしまった。
 それはオレにとって、この事件の終焉を意味していた。
 千穂もあの様子なら、学校には出てこられるだろう。明日からは何の不安もない、元の平和な生活に戻るはずだ。
 オレはその夜、千穂のケータイに一度電話してみた。すぐに千穂が出てきたのには驚いたが、千穂の話し振りは元のままで、オレたちは思い出話にしばし花を咲かせた。どうやら千穂は元気そうだ、そう感じ、オレは心底ホッとした。

「じゃあ、また明日!」

「うん。心配かけてごめんね」

 「俺」は電話を切った。
どうやら、「潤一」のヤツは、俺が千穂だと信じ込んでいるようだな。そりゃそうか。今の俺は倉田千穂としての記憶も持ってるんだからな。
 しかし、あいつもバカなやつだぜ!よりによって、千穂の魂が封じ込められているあの「石」を捨ててしまうんだからな!これでこの身体は完全に俺のもんだぜ!
 しかも、千穂の魂が切り離されたことで、どうやら、こいつの記憶も完全に俺が読み取れるようになったらしいな。さっきみたいな演技なんてお手のもんだぜ!こいつの両親も全く怪しまなかったようだしな。この分なら、誰も俺が千穂じゃないなんて気が付かないだろうな。
 あの潤一とも、いずれは別れるようにしよう。今はまだ、男はご免だからな!気付かれないように少しずつ、離れていけば問題ないだろうさ。しばらくは、女としての人生を楽しみたいからな!

「明日からはバラ色の人生が待ってるぜ!さあて、今日も一発やってから寝るかな♪」


(おわり)



あとがき

さて、結構思ったように書けたのですが。
いかがだったでしょうか?
ダークに見せかけてハートフル、
そう思わせておいてダークと(笑

しかし、難しかったです(汗
絵から話を書くのは初めての経験でした。
いい経験をさせてもらいました(笑

あの絵、時間経過があるような絵ですから、
挿絵としては使いにくいですよね。
僕は無理やりこじつけましたが、
皆さんのがどんなだか、楽しみです(笑
サイファーさんは解答も用意しているらしいですしね。

今回は最初と言うこともあって手探りで書きました。
そのため、作品としてはありふれてしまいましたね(汗
まあ、所詮僕なんてこんなもんです(爆
次回はもう少ししっかりと書きます(多分

それでは最後までお付き合いくださった方、ありがとうございました!



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