先生のビデオレター(前編)
作:嵐山GO


「卒業式も終わったというのに・・・僕はどうなるんだろうか?」
僕は冴島雄太、高校3年生。そして今年からは晴れて大学生・・・
になるはずだった・・・。
「一番大変なときに入院なんかしちまって本当にツイてなかったなー」
そう、あれは一ヶ月以上前の事だ。
受験も差し迫った頃、先生の「気分転換に外でサッカーだ」の
一言で僕らは勉強の事を一時忘れ、外に飛び出した。

体育の授業ではないので、女子も混じって和気藹々と走り回った。
その時だった。突然、竜巻のようなものが運動場の端で発生した。
僕を含め、何人かがそれに気づき目で行方を追っていた。
そして、それは先生がキーパーを努めるゴールポストを狙っていた。
僕は無我夢中で走っていた。
何故?先生を救うためか?いや、たぶん女子の前で
カッコつけたかっただけなのだ。
それとも片想いのあの子に僕の勇姿を見せたかったからか・・・

だが残念なことにヒーローになり損ねた僕は、あわれ倒れたゴール
ポストの下敷きとなった。
まったく情けない話しじゃないか。
確かに先生は救えたかもしれないけど(いや、もしかしたら
僕が突き飛ばさなくても助かったのかもしれないが)、
結果僕は両足を骨折し、入院。
大切な受験を棒に振ったわけだ。

「笑うしかないが、悔しいやら情けないやらで涙も出ないよ」
級友たちは入院してすぐ面会に来てくれたが、その後は
音沙汰が無い。
「そろそろ進路も決まって、誰か来てくれるかな?もうギプスも取れたし、
家に帰れるようになるけど、新年度から僕は何をすればいいんだ?」
長い入院生活を続けていると、つい独り言が多くなる。

コンコンッ!
病室のドアがノックされノブが回る。
ここは個室ではないのでノックされても返事する者はいない。
ドアが静かに開いて人が入ってきた。
「あ、先生!」
「おう、どうだ?具合は」
「はい、お陰さまで数日中には退院できそうです」
「そうか。良かった。しばらく面会に来れなくて悪かったな。
ちょっと忙しくてなー」
「分かります。時期が時期ですから・・・」
僕は自分だけ受験も出来ず、卒業式にも出れない事を思うと
悔しくてたまらなかった。

「だがな、今日は冴島にいい話しを持ってきたんだよ」
「いい話し・・・ですか?」
僕にとっていい話しなんて、一つしかない。
「ああ、いい話しだ。冴島の希望していた大学の推薦入学の
申請が下りたよ」
「ええ!!そ、それは本当ですか!?」
「ああ、ちょっと色々と大変だったが・・・ま、出来るだけの事はしてやろうと思ってな」

「あのー、まさか大金を使った裏口入学とかじゃないですよね?」
「馬鹿野郎。教師ってのはな、安月給なんだぞ。どこに、
そんな金があるんだよ」
「じゃあ・・」
「ああ、お前の今までの成績、それに素行、加えて今回の件。
すべて大学側と話しはついた。心配しなくていい。
新年度からは晴れて堂々と大学生だぞ。良かったな」
先生は僕の背中をポンポンと叩いた。

「でも、そんなんでホントに入学出来るんですか?」
僕は先生の大丈夫という言葉を聞いても、まだ信用できなかった。
「ま、センター試験も受けていたしな・・・それと・・・」
「それと・・・なんです?」
「うん?いや、ま、その件はまた後日話す。それと今日来たのはもう一つ話しがあるんだよ」
先生は僕の質問をはぐらかしたが、すでに僕の頭の中には
『大学生』という安堵の三文字が花火のように打ちあがっていた。


「何ですか?もう一つの話しって」
「ああ、お前、卒業式に出れなかったから先生の方で、
クラスの生徒を集めてお前宛にビデオレターを
作ってやろうと思ってな」
「いいですよ。そんなの。照れくさいし、友人とはいつでも連絡が取れると思いますし」
「うん、そう言うだろうと思ったんだが実はもう全員に通達してあるんだ。
明日、教室に集まってカメラを回すんだよ」
「やめてください。後で恥ずかしくて、みんなに合わせる顔がありません」

「大丈夫だ。クラス全員が賛同してくれた。これもお前の人望なのかもな」
「いやだなー」
「それでだな。ちょっと言いづらいかもしれんが、
冴島の好きな女の子ってクラスの中にいるか?」
「ゴホッ、ゴホッ!な、なんで、そんなこと聞くんですか?」
僕は先生の突拍子もない質問に咳込んでしまった。

「いや・・・ほら、いるんなら個人的にその子からもメッセージを別に貰ってやろうと思ってさ」
「そ、そんなのいいですよ・・・彼女もきっと迷惑なはずです」
「いるんだな?誰なんだ?副委員長か?」
「ええっ!!ど、どうしてそれを?」
「図星か・・・いやな、お前が委員長で彼女と二人で仕事をしている所を見ていると、何となくそんな気がしたんだよ」
「でも、いいです。僕は彼女に彼氏がいるのを知っているし、
メッセージなんか貰っても・・・別に・・・」
何か言葉を繋げたかったが、僕の本音としては彼女のメッセージが欲しかった。
例え僕のことを好きでなくても、このまま会えなくなるのなら彼女の笑顔が写った動く映像は心底欲しかった。

「冴島、あのな・・・副委員長に彼氏がいるかどうかは、この際関係ない。
大事なのはお前が副委・・・真下梨乃の事が好きなのかどうかなんだ」
彼女のフルネームを聞いて僕は彼女への愛しい気持ちが、一層膨らんだ。

「どうなんだ?真下が好きなのか?」
「ええ・・はい。好きです」
「分かった。それが聞きたかったんだ。頼んでやる」
「で、でも真下さんに無理矢理頼んだり、その・・・あの・・・迷惑になるような事は言わないで下さい」
「約束する。彼女だけにカメラを向けて好きなように
喋らせる。それならいいだろう?」
「はい・・・それなら。でも先生何故、僕のためにそこまで
してくれるんですか?」

「それは、お前が先生を助けてくれたからだよ。今度は先生がお前を助ける番だ」
「・・・そうですか」
大学の件も今回のビデオレターの件も、すでに先生は手はずを
終えているのだ。僕は素直に受け取ればいいのかもしれない。

「じゃ先生は、この後また学校に戻ってやることがあるんでこれで帰る。
次に会うときは入学の詳しい資料と、明日撮るビデオレターを
持ってきてやる。あ、そうか・・・退院するんだったな。それじゃ、自宅に持っていこう。お前、携帯電話持ってるよな?」
「あ、はい」
「教えてくれ」
僕は先生とお互いの電話番号を交換し、その日は別れた。

そして数日後、先生はビデオレターを持って自宅に現れた。



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