水<みず>




それは、酸素と水素から成る化合物で、気体、液体、固体と状態を変え、この星の四分の三をおおい、生物にいたってはその比率が、60~90%で構成されている。

細胞内では各種の生体物質の溶媒としてのみならず、反応物質として生体内の反応に直接かかわるなど、生命の維持に本質的に重要な役割を果たす。

あらゆる物を混ぜ、溶かし、これといった形を留めない、究極の液体・・・

人間は水が無くては生きていけないのだ。

僕はあらゆる化学技術を使い、この水に自分の意識を混ぜ、溶かし込む事に成功した。

この研究には困難を極めた、頭打ちの化学技術の見切りをつけ、魔道、陰陽、錬金術などオカルトにも手を出しこの研究を完成させた。

フラスコの中から、いびつに歪んだ自分の体を見るとなんだか感傷にふけってしまう。

今まで長い間、僕を形作り、僕と認識されていた醜い入れ物。

しかし、それが僕を守ってくれていたともいえないことも無い。

そんな感傷を抱いたが、それはもう、ただの屍・・・・・何も未練は無い。

今は、このフラスコの中に注がれた500ml水が僕の全てだ・・・・


しばらくして、僕の入ったフラスコがゆっくりと傾いていく。

そして、そのフラスコの口が真下を向く前に僕は、その下にある漏斗の中に自由落下する。

その漏斗は鉄パイプにつながっており、僕はさらにその中にするすると流れ落ちる。

この鉄パイプは、僕の家の近くにあるマンションの一室の蛇口に繋がっている。

その部屋には、一人暮らしの女子大生が住んでいる。

そこに住んでいる女子大生は、すらりと背が高く、それと同様に手足も長く、痩せ型のスタイルのいい女性だ。

痩せ型といっても、バストやヒップは豊満で、モデルやタレントにも引けをとらない美しい体をしていた。

そして顔も、目鼻立ちがはっきりしていてとても美しい。

普段はメイクをしていて大人びた美しい顔だが、メイクを落とすと幼さが残るかわいい顔になる。

彼女はメイクをしても、しなくても十分若く美しい。

そんな、彼女の部屋の蛇口にこのパイプは繋がっている。

彼女が水になった僕を飲めば、僕は彼女の全てを奪うことが出来る。

彼女の口に入り込んだ僕は、彼女の喉を通り胃に留まり、体中に広がっていく。

血と混じり、動脈を通り心臓に行き、心臓から体中の血管を駆け回り、毛細血管の先まで行き着き、脳まで侵食していく。

人間の体の70%は水分だ、それを僕が支配する。

必然的に、彼女の支配権は僕が握り、彼女の全てが僕のものになる。


あの、柔らかそうな白いすべすべした肌を・・・

あの、黒目がちの大きな瞳を・・・・・

あの、長くサラサラとした艶のある黒髪を・・・・

あの、赤く瑞々しい、薄い唇を・・・・

あの、張りのあるふくよかな胸を・・・・・

あの、美しいラインの尻を・・・・・・

全てが、僕のものになる。


彼女の全てを奪ったら、何をしよう。

あの、柔らかそうな胸を触り、その感触を楽しむのもいいだろう。

瑞々しいすべすべとした肌を撫で回すのもいいだろう。

きれいな服を着て、鏡の前で自作自演の一人芝居をするのもいいだろう。

色っぽい下着をつけて、一人遊びをするのもいいだろう。

その様子をビデオや写真に撮って、観賞するのもいいだろう。

化粧をして街に出て、男達の視線を集めて優越感に浸るのもいいだろう。

男を誘って、男に抱かれ女の喜びを知るのもいいだろう。

それとも、女を抱いてお互いに体を触り、その柔らかさを確かめ合うのもいいだろう。

銭湯の女湯に入って、ほかの女と自分の体を見比べてもいいだろう。


僕の彼女への欲望は尽きない・・・・・・


それも、この暗いパイプの中を抜けて彼女の口に入るまでのことだ。

期待に胸を膨らませ、といっても今の僕にはそんなものは無いが、彼女の部屋まで続く長く暗いパイプを流れていく。

僕はパイプの中で。ちりぢりになりそうになりながらも、彼女の部屋に行くまで必死に自分を保ちながら先を進む。

それは、本当に辛い道のりだった。

しかし、彼女の全てを手に入れられるのなら、そんな苦労も気にならなかった。

そして、やっと僕は彼女の部屋に着いた。

今の僕は、すでにコップ一杯位の量になっていた。

蛇口から漏れる水滴に意識を移し、周りを見る。

そこは確かに、彼女の部屋にある台所だった。

さあ、早く僕を飲んでくれ・・・・

そうすれば、全ては僕のものになる。


しばらくして、彼女がここに現れた。

ああ、とうとうこの時が来たんだ・・・・・

あの美しい彼女が、ガラスのグラスの中になみなみと僕を注ぐ。

細く長い指、そしてきれいに整えられた長いつめ、それが今僕の入ったグラスを握っている。

それも、もうじき僕のものになる。

期待に打ち震えて、僕はグラスからこぼれそうになるが、必死にこらえた。


さ、早くこのグラスに美しい唇をつけろ!

さあ、早くこのグラスに入った水を飲み干せ!

さあ、僕の全てを飲み干せ!

さあ、僕の全てを受け入れろ!

さあ、さあ・・・・


「何で、急に親父が来るのよ!!」

「一人暮らしの娘を心配しない。親がどこにいる!」

「もう、うっとうしいわね!」

「いい加減、子離れしてよね!」

「お前、実の父親になんて言い草だ!!」

「だから、こうやってちゃんともてなしているじゃない!」

「水道に水一杯で、何がもてなしだ!!」

「嫌なら早く、帰ってよね!」

「私だって、忙しいんだから!!」

「この、親不孝もんが・・・・・おお、そうじゃ、今日は、入れ歯を洗っとらんかった。」

「もう、私の前でそんなことしないでっていったじゃない、汚らしい!」

「うるさい!お前に年寄りの気持ちがわかるか!」


ポチャン・・・・・・・


そうだろう、オチはこんなものだ・・・・・・・



<原案:北房真庭  作:角さん>



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