『チュンチュチュン・・・チチチチチチ。』

 

午前7時、小鳥のさえずりとともに一日が始まる。

台所から聞こえる包丁の音、みそ汁の匂い。

 

「ママ・・おはよ」

 

眠い目をこすりながら起きてきたのは小学生位の男の子。

 

「おはよう、悠紀。」

 

料理の手を休め、振り返る母親。

 

「お姉ちゃん、いっつもおそいねぇ。僕なんか目覚ましで起きられたのに。」

「ウフフ。悠紀はいつもいい子だからママ助かっちゃうわ。」

「うん、だって僕もう小学2年生だもん。何でも一人で出来るよ。」

「そうね。それじゃ朝ご飯出来てるから一緒に食べましょ。」

「うんっ!」

 

  ほかほかご飯にハムエッグ、みそ汁にサラダ。

それらをおいしそうに食べる子供と優しく見守る母親。

朝食を終え、ランドセルを背負った子供はつっかける様に靴を履くと、玄関のドアに手を掛ける。

 

「それじゃ、いってきまぁす。」

 

「車に気を付けてね。それと寄り道とかしちゃダメよ。」

 

「わかってるよ。バイバァイ!!。」

 

元気よく返事をするとドアを開け、駆け足で家を出ていく。

その後ろ姿を見送るエプロン姿の母親。

取り立ててどうって事は無いごく普通の朝の光景である。
しばらくして窓から子供の姿が見えなくなったのを確認すると母親は壁掛け時計に目をやった。

 

「おっと、もうこんな時間か。そろそろ学校に行くとするか。」

 

そう言うと母親はエプロンを外し洗濯かごに放り投げると娘の部屋に向かう。

そしてドアを開けて中に入るとベットに寝ている娘に近づいた。
普通、年頃の娘はノックもしないで部屋に入ると怒るものだが、どうやらまだ夢の中らしく母親の存在に全く気づく様子がない。

母親まだ寝息を立てている娘を布団から抱きかかえるとそのまま奥の部屋に向かった。

奥の部屋には厳重に鍵が掛かっており、鍵を開け中に入ると、そこには医療用のベットが二つ。
それと頭の所に丁度ヘルメットの様な物がついている見慣れない機械。
それは明らかに普通の住宅には不釣り合いな部屋であった。

母親は無言のまま少女の身体をベットに寝かせヘルメットを被らせると、自分もヘルメットをかぶり隣のベットに寝そべった。

 

『ズズズズウィィィムッッッツ・・・。』

 

ヘルメットがセットされると無機質な音を立てて機械は動き始める。
その間中も少女の方は目を覚ます事は無かった。
その様子はまるで魔法を掛けられた眠り姫。

 

『ウウゥゥウゥンン・・・プシュー。』

 

しばらくして機械が止まる。と同時に人影が動き出した。

 

 

「ふうっ」

 

ため息をつきながら動き出したのは「少女」の方だった。
反対に隣にいる母親の方はまるで先程の娘の様に寝息を立てたまま一向に目を覚ます気配さえ無い。

 

「えっと今日は確か数学の小テストがあるんだっけ。めんどくせぇなぁ。」

 

少女は身体を伸ばしながら大きな欠伸をすると着ていたパジャマをその場に脱ぎ捨てた。そして母親の身体に毛布を掛けると部屋の鍵を閉めてから、自分の部屋に戻り、鏡の前で身だしなみを整え始めた。  

 

「そろそろブラとか付けた方が良いのかなぁ。でもまだいいか。」

 

下着姿の少女は膨らみかけた胸元に手を当て独り言の様につぶやくと、急いでハンガーに掛けてあった制服に着替え学校へ走っていった。

 


     家族風景

作 あさぎり  


 


「ああ。何でこんな事になっちまったんだろ?」

 

午前中の授業を仮病でエスケープした少女は屋上であぐらをかきながら学食で買ってきたバナナ牛乳と焼きそばパンを取り出すとこれまでの事を思い返していた。

 

 


 

 

 

何もかも信じられなくなっていた。 世の中なんか壊れちまえば良いいと思っていた。  
六歳の夏に交通事故で家族を失ってからオレの心はすさんでいた。
親がいない事で扱いが変わるのが悔しかった。
話を聞いてもらえないのが寂しかった。
感情は時としてタガを外れ、色々なモノを傷付ける。

まるで手負いの獣の様なオレに頭を悩ませた親戚達の取った方法は孤児院に放り込む事だった。

今までとは違う大人達の態度。

 

「更生」と言う名の「暴力」

「教育」と言う名の「洗脳」

「保護者」と言う名の「看守」

 

それは一人の子供の人格をねじ曲げるには充分過ぎる場所であった。

 

 

 

 

 

それから十年後・・・。

 

 

 

 

オレは孤児院を抜け出し、盗んだバイクで警察から逃げる途中 対向車とぶつかりそうになった。

 

『キキキィィィィ―ッッツ!!!。』

 

ものすごい音がしてオレはバイクから投げ出されるとそのまま宙を舞った。
幸いオレは飛ばされた所が雑木林で、積んであった干し草がクッションになり無傷ですんだが、
相手の車はオレを避けようとして大きくバランスを崩すと、そのままガードレールに衝突していた。
オレはその光景を地面に寝そべったままぼんやりと見ていると、間もなく救急車とパトカーがけたたましい音をたててやって来た。

 

「いいか、お前はまだ未成年だから大した罪にならないが、お前のせいで 悲しんでいる人がいる事を忘れるんじゃないぞ。だがな・・・」

 

警察署に向かうパトカーの中で、年輩の刑事は苦虫をかみつぶした顔で吐き捨てる様に言うと、説教をし始めた。

 

「・・・・・・・・・・・・・。」

 

オレは窓の景色を目で追いながら刑事の話を聞き逃していた
後で聞いた話だが車の中には母親と中学生になったばかりの女の子と 小学二年生の男の子が乗っていたそうだ。

 

 

 

 

 

 

  【数日後・・・。】

 

オレは見舞いがてら相手の入院している病院に行くと、そこで衝撃的な話を聞かされた。

 

「二人共、意識不明のまま現在に至っております。しかし不思議なんですよ。
脳も身体も完全に回復して正常に作動しているのですが、意識だけが全く戻らないのですよ。
我々医者が言うのも変だがまるで『魂』が抜けたような・・・・・。まぁ、魂と言うモノが存在すればの話ですが・・・。」
 

 

「・・・・・・・・・・・。」

 

医者の話を聞き終え、重い足取りで病室を出たオレは、自分のした事の大きさ、罪の深さに愕然とした。

ソファーに腰を掛けうなだれたまま考え事をしていたが、ふと見上げると病室のガラスに顔を押しつけてじっと部屋を見ている子供が視線に入ってきた。

 

「あの子は・・・?」

 

オレは通り掛かった看護婦に訊ねると、彼女は伏し目がちに小声で答える。

 

「ああ・・あそこに入院している奥さんの子供よ。 まだ小さいから分からないのよ、母親とお姉さんの状態が・・・。 見方によってはただ眠っている様にも見えるしね。」  

オレは看護婦に礼を言ってソファーから立ち上がると、子供に近寄りこう話しかけた。

 

「おい・・・。」

 

「お兄ちゃん、誰?何か用?」

 

声を掛けられた子供はビックリした表情で振り返ると、オレの顔をじっと見ている。

  「ん?。オレはお前のママに頼まれたんだよ。『まだ家に帰れないけど大丈夫だから心配するな。』って言ってくれってさ。」

 

「ふぅん。」

 

「ふぅん・・・ってお前。寂しくないのかよ。母親と姉貴がずっとあのまんまでさ、泣きたくならないのか?」  

 

「泣かないよ。いい子にしてればママもお姉ちゃんも起きてくれるって、病院の先生が言ってたもん。
泣いたらいい子じゃないでしょ?」

 

「ん、ああ・・・。」

 

「んで、ママが目を覚ましたら僕ね、いっぱいい?っぱい甘えちゃうんだ。」

 

「・・・・・お前・・・ママの事好きか?」

 

「えへへ・・・うんっ!!。」

はにかんだ笑みを浮かべて照れくさそうに答える子供。

 

「そっか・・・。早く目を覚ますと良いな。」

 

オレは子供の頭を撫でながらそう言い残すと、急いで病室に戻り、先程の医者に願い出た。

 

「先生・・ホントにあの人達、意識戻んないのかよ。
何とかしてやってくれよ!なぁ!
もうイヤなんだよ!不幸な子供が増えるのは! しかもその原因がオレだなんて・・・。
なぁ、先生たのむよぉ、助けてやってくれよぉ。
そのためにはオレ何でもするから!
血が必要なら全部やったって構わない。
臓器が必要なら取り出してくれてやる。
何なら命だって・・・だから頼むよぉ・・・先生ぃ・・・・・・。」
 

 

オレはしがみつく様に医者の肩をつかむと声にならない声で懇願した。 医者はしばらく考え込んでいた様だったが、意を決したらしく重い口を開き始めた。

「成る程・・・あなたは自分はどうなっても良いから、あの子の母親と娘さんを救いたい。・・・そう言う事ですね。
分かりました。
それでは1つだけ約束して下さい。
この事は絶対、私から聞いたと言わないと・・・・・。」

 

そう言って医者は昔、学会から追放されたある医者の話をし始めた。

 

「『魂の存在と移植手術の可能性について。』それが彼の発表した論文だった。
すでに動物実験を終え、人体実験に差し掛かっていた矢先に学会からの猛烈な反対に遭い、「狂人」の烙印を押され学会を追われる。その後、彼は自らの研究所を作り研究を続けている。と言うことだった。」

話のにわかに信じられないものだったが、オレみたいな境遇の子供をこれ以上作る訳にはいかない。
迷うことなく医者から教えられた研究所の地図を握りしめ、病室を後にするとまだ病室を見守っている子供に声を掛けた。

 

「あっ、お兄ちゃん!今度は何?」  

 

「ん?。また、お前のママに頼まれたんだよ。『もうすぐ家に帰るからいい子にして待っててくれ。』って言ってくれってさ。」

 

「ホント!?うんっ!。わかった!!」

 

満身の笑みを浮かべて答える子供。

 

(ああ、そうかオレもずっと昔はそんな笑顔が出来たんだよな・・・。)

 

オレはその姿に昔の自分の姿を重ねながら、病院を出るとタクシーに乗り込んだ。

 

 

 


 

「ふぅっ。」食事を終え、その場に寝転がるとオレはボーっと雲の流れを目で追っていた。

 


 

  医者に紹介された研究所は町はずれにあった。
色あせた建物は所々壁が崩れ落ち、お世辞にも最新施設とは言えなかった。


(研究所と言うより廃屋だな・・・。)

 

オレは苦笑しながら建物を見上げると中へ入っていった。  

 

「いいですかな。これから行うのはアンタの「魂」を 別の「肉体」に移植する手術です。
つまり「魂」と言う物を1つの「臓器」として考えておるのですよ。
私は・・・。
それと断っておきますが一度手術してしまうと、元に戻ることは出来ませんぞ。それでもかまわんと?。」

 

初老の医者はたしなめる様に確認の書類を目の前に差し出しながら 問いかけたがすでにオレの決意は固まっていた。

 

  「ああ、かまわない。やってくれ。
どうせあの時からオレは死んだ様なもんだし、それにオレはみなし子で心配してくれる家族や泣いてくれる奴もいないしな。」
 

 

「そうですか。それじゃここにサインを・・・・。」

 

説得が無理だと分かると初老の医者は胸ポケットからペンを取り出し、オレに手渡した。

 

  「ただ、1つだけ条件がある。臓器として考えてるんなら出来ない事が 無いはずだからな。」  

 

オレは受け取ったペンを指先で弄びながら医者の目をじっと見た。

 

「条件とはオレの魂をあの子の【母親】と【姉】の二人に移植する事だ。 やはり家族は全員揃っていないと残されたあの子が可哀相だし。 それ位融通が利いたって構わないだろ?。」

 

  「なる程・・・。しかし二人に分けて移植する事はできんな。魂は固有のモノで同じ魂が複数存在する事はありえんからな。」

 

初老の医者は伸びっぱなしの顎髭をさすりながら答える。  

 

「そんな・・・・・。」  

 

「ただし・・・それはまるっきり別人の場合だがな。まぁ、親子なら元々同じ細胞から出来た物ですから可能だろう。
同時にって訳にはいかんが、機械を使って、魂を移動する事は出来るだろう。

つまりアンタはあの子の【母親】と【姉】の一人二役をやる事になるが それでよろしいかな?」   「ああ、感謝するよ。」

 

「よろしい。では改めてサインを・・・。」

 

「ああ・・・・。」

 

初老の医者はサインを終えた書類を机にしまうと、携帯電話でどこかに連絡を取り始めた。
しばらくすると黒塗りの車から5、6人の男達が、大きな木箱と荷物を抱えて裏口から入ってきた。

 

「どうやら肉体の方が届いたようだな。それでは連いてきなさい。」

 

初老の医者は椅子から立ち上がると、スタスタと部屋を出ていく。

 

「おいっ・・ちょっと!」

 

オレもおいて行かれない様にあわてて後を連いていく。
かび臭い廊下を抜けて中に入るとそこには病院で見たあの子の母親と姉がまるで眠っているかの様にベットに横になっていた。

 

「それでは開いているベットに横になってくれ。すぐに始めるからな。」

 

初老の医者は白衣を纏うと数人の助手と共に手際よく準備を始める。
よく見るとボロい建物の中にあるとは思えない最新医療器材で埋め尽くされていた。

ベットに横になったオレの身体は拘束具の様なモノで固定され、無数のパイプやコードの付いた針が埋め込まれる。

 

 

「これでアンタとは二度と会う事も無いだろう。それではご機嫌よう。」

 

初老の医者は謎めいた言葉を残すと口元にマスクをあてがう。

 

「えっ・・あっ・・・えっ・・・。」

 

オレは言葉の意味を聞き返そうとしたが、マスクから出た麻酔ガスのせいでそのまま気を失った。

 

 

 


 

・・・どの位の時間が過ぎたのだろうか。

 

再び目が覚めた時、オレは研究所では無く、病院のベットにいた。
ふと横を見ると少女が寝ている。

 

(そっか・・・手術は成功したって訳か。)

 

オレは首に掛かる長い髪をかき上げながら、ベットを降りると自分の姿を確認しに鏡に向かった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・。」

 

そこに写るのは今までのオレでは無く、幾分年上の女性が驚いた顔でこちらを見つめ返していた。

 

 

(これがあの子の母親、今のオレって事か・・・。)

 

現実を確かめる様に顔や身体をさわっているうちに始めて味わう感覚に身体が反応する。

 

「あっ・・・。」

 

思わずもれる女性の声に下を見ると胸の部分が大きく盛り上がっている。
それは女性である事を主張す様にパジャマを押し上げている。

 

(少しくらい触ったって良いよな。もうオレの身体なんだし・・・。)

 

オレはパジャマの上から自分のモノになった乳房を持ち上げてみた。

 

(おおっ・・・これわっ・・すごい・・でも、服の上だとちょっともどかしいな。やっぱりちゃんと手術が成功してるか調べてみないとな。・・・・そう言う訳で奥さん、失礼します。)

 

いい訳の様につぶやくとキョロキョロと回りを見渡す。
そして誰もいないのを確認してからパジャマのボタンを外して乳房に手を掛けた瞬間、病室のドアが開いて若い医者が入ってきた。

 

「・・・・・!!!。」

 

突然の出来事にオレは乳房を掴んだまま固まってしまった。

「どうやらその様子ですと、経過は良好みたいですね。」

 

若い医者は見透かした様につぶやく。

医者の格好をしているが何者も寄せ付けないオーラを纏った。

その様子は独特の雰囲気があった。

 

「あっ、やっ、あのっ・・・・。」

 

ふと我に返ったオレは顔を真っ赤にしてうつむいた。が、若い医者は気にした様子もなく煙草に火を付けると説明をし始めた。

 

  「これから貴方いや貴女達は元の・・と言っても、肉体の方の生活に戻って下さい。なお、この事は最重要機密ですのでくれぐれも外部には漏れない様お願いしますよ。
色々面倒な事になりますんでね。
あと、必ず毎月レポートをこちらの方に送って下さい。
それと、生活費等は「機密研究費」と言う事で貴女の銀行の口座に
毎月振り込まれますので心配は入りませんよ。
やはり子供は親と一緒の方がいいでしょうから。」

 

若い医者はにっこりと笑うと白衣の中から分厚いファイルを取り出すとオレに手渡した。  

 

 

そしてあれから半年か・・・。

 


 

 

「キィンコォンカァンコォンキィンコォンカァンコォン」

チャイムの音で目が覚めた。

どうやらあのまま眠ってしまったらしい。
グラウンドの方を見ると他の生徒達がぞろぞろと帰り始めている。

 

「おっと!そろそろ悠紀が学校から帰って来る頃だな。そんじゃ帰るとするか!」

 

少女は立ち上がりスカートに付いたほこりを払うと、ゴミ袋を持って屋上を後にした。

 

 




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