この作品をJoker氏に捧げる――
May the Force be with you




壱.


坊主の唱える念仏が、耳を通り抜けていく。
俺は部屋の隅に座ったまま、周囲にいる10人ほどの人間の顔を気だるげに見渡した。

今、ここは通夜の真っ最中。
しかしこの場にいる人間の誰一人として、俺に気付く者はいない。
何しろ、今の俺は『幽霊』だからな。

そう……これは「俺の葬式」なんだ。


数日前――
俺は真夜中の峠を、車で走っていた。

ムシャクシャした時は酒をかっ食らい、何もかも忘れて愛車で走り回るのが日常だった。
その日も俺はかなり泥酔し、夢見心地で峠の道を猛スピードで飛ばしていたはずだ。

しかしカーブに差し掛かった時、不意に眠気に襲われ、一瞬意識を失っちまった。
慌ててハンドルを切ったが間に合わず、車はガードレールを突き破り転落――
当然、即死だ。

ところが次に目を覚ました時、俺は病院の中にいて、さらに目の前には自分の死体があったんだ。
ビックリしたぜ……俺がここにいるってのに、もう1人自分の体が横たわっていたんだからな。

混乱する頭を落ち着かせるには、かなりの時間を費やした。
しかし、事態に気付いたところでどうしようもない。

何しろ、実体なんてない幽霊だ。
生きた人間からすれば、見えない俺なんて道端に転がった石ころと同じ。
いくら俺が呼びかけても、それに答える奴なんていやしない。
触ろうとしても、伸ばした手は空をつかむだけだった。

いや……違うな。
石ころどころじゃない、空気と一緒さ。

無人島に、1人置き去りにされて暮らせと言われた方がまだマシだぜ。
目の前に立っているのに、誰も気付かない。
他人の家に勝手に入りこもうが、女湯を堂々と覗きに行こうが、誰も気にも止めない。

これが透明人間なら、それなりに楽しい一時も過ごせるんだろうが……
肉体を失った俺にとっては、絵に描いた餅も同然。
周りの世界が、スクリーンに映るただの映像なんじゃないのかとさえ思えてくる。

他人との接触を絶っているような連中でも、自分の肉体という拠所を失った朧げな存在になれば、間違いなく不安に陥るはずだ。
俺はまさに、そんな恐怖を味わっていた。
誰かに助けを求めることすら不可能な、圧倒的な孤独感の中で。

だからこそ俺は、できるだけ人の多くいる場所を求めた。
何のコミュニケーションが取れなくとも、そうでもしなければまだこの世界にしがみ付いていると言う実感が沸かなかったんだ。

病院に現れた親族、医者や看護師、他の患者や見舞い客、町に出てそこここに暮らす人々……
生きた人間たちを眺めながら、俺はかつてないほどに虚しい気持ちで日々を過ごした。
誰かに触れることも、声をかけることもできずに……

そのままずるずると自分の葬儀の前日となり、仕方なく俺は長い間世話になった体に最後の別れを告げるために、こうして逢いに来たってわけさ。
自分でも随分物好きだと思う。

葬儀は実家で行われていた。
何しろ俺が住んでいた部屋は4畳半、棺桶だって入りきらない。
それに俺の家系は、格式とかそう言ったものを重んじるからな。
ご大層な式を上げてくれるらしい。

鯨幕が垂れ下がった門を潜り抜け、受付をしている女の前を堂々と通り、実家の中に上がり込むと、懐かしい家屋が目に飛び込んできた。
親父から半ば勘当を告げられ、着の身着のままに飛び出したきりだった俺にとっては、数年ぶりの帰省だ。
そして、棺桶に入った自分の亡骸と再会を果たしたってわけだ。


坊主の念仏が流れる中で――
あらためて俺は、自分の身に起こった不可思議な出来事に思いを馳せていた。

ふと、もう一度弔問客の顔を伺う。
祭壇の規模の割には、訪れた人間の数は少なかった。
何より親戚どもの顔を見渡しても、誰一人として心から悲しんでいる人間などいやしない。

当たり前か。
俺は、こいつらの間じゃ鼻つまみものだったからな。

40も間近だと言うのに結婚もせず、職にも就かず、日がな一日ブラブラと賭け事や女遊びに興じていたような男だ。
親族の家へ、金をせびりに押しかけたことだって何度もある。
3年前、親父がくたばった時にも顔を見せなかったほどだ。
つまり一族の恥さらし者さ。
それでも、こうして集まって式を行うのは「世間体」って奴を気にしているからだろう。

けっ、ご苦労なこった。
まったく……反吐が出るぜ。

俺は、こいつらが大嫌いだ。
他人の反応ばかり気にして、蛙みたいにヘコヘコしやがって……

家柄だとか偉そうなことをほざいているくせに、当人たちは自由もない良識と言う名の監獄にがんじがらめだ。
自分の自由にできない人生なんて楽しいのか?

全員の顔をぶん殴りたい気分だが、今の俺には何もできない。
胸の奥に凝り固まった毒を吐きだすことも、感情の赴くままに暴れ回って式場をぶち壊すことだって不可能だ。

死者として生家に戻ってきたことで、あらためて自分の無様さを再認識するなんてな……
くそっ!
何だって俺は成仏もできず、いつまでもこんな糞のような現世にへばり付いているんだよ?

あれほど焦がれた生前の風景も、蓋を開ければ二度と戻れない遠い世界であることを痛感させられるだけだった。
自分がどうしようもない人間だと言う事実をあらためて突き付けられ、ぐじぐじと怨み辛みを吐き出すことしかできなければ、どこまでも気持ちは沈んで鬱屈していく。

結局、俺は酒を飲むことも、女を抱くこともできない、陽炎のごとき幽霊ってわけだ。
……最低だぜ。

気付けば読経や焼香が終わり、親族どもがぞろぞろと部屋を出て行った。
この後は、通夜ぶるまいになるのか?
堅苦しい時間がようやく終わり、連中もさぞリラックスしていることだろう。
無気力感を伴った俺は、つられてその後に続いた。


「まったく――いい迷惑よね。最後まで世話をかけさせてさ」

隣りの部屋に入った途端に、一際大きな声が耳に飛び込んでくる。
耳障りだが、どこか聞き覚えのある声だ。

「おい……よさないか良子!」

声のした方を見ると、2人の男女が何かを言い争っていた。
あれは、弟夫妻だ。
俺の実の弟の洋介と、妻の良子――

「これまで散々あたしらに迷惑かけてきた上に、死んだ後の世話までこっちにさせようってんだから……ホント、いい面の皮だわ」

「良子、死人の悪口を言うのはやめろ」

「何言ってんのよ、飲酒運転による事故死?自業自得じゃない!そんな人間の死を悔やめとでも言うつもり?」

良子は怒りを露わにして、洋介に向かって捲し立てた。
弟は俺とは正反対の性格で、人の良い馬鹿正直な男だ。
対する良子は気性の激しい女で、奴はいつも尻に敷かれていた。

背中まで伸びた茶髪を揺らし、所謂美人に入るであろうその顔を朱に染めて怒鳴る姿は、髪を逆立てた鬼女のようだ。
そんな女に、あの洋介がまともな反論を返せる筈がない。

ちなみに――俺と良子の相性も最悪だった。
顔を合わせれば、周りが止めるまで互いに罵詈雑言をぶつけ合っていたもんだ。

「あなただって、あの男に散々酷いことをされてきたんでしょう?いなくなってまで義理立てる必要がどこにあるってのよ!」

「そ、そういう問題じゃないだろう……兄貴なんだぞ?」

「はっ!『ウチ』は由緒正しき家系ですからねぇ……よそ様の目があるから、形だけでも取り繕っているんでしょう?」

良子に睨まれた何人かが、バツが悪そうにそっぽを向く。
しかしその表情は当然だと言わんばかりだ。

まったく、どいつもこいつも……!
虚ろだった心が波打ち、ドロッとした澱のようなものが沸き上がってくる。
魂の奥深くから――黒い『何か』が、生まれようとしていた。

「とにかくあたしは忙しいの。今度のファッションショーの準備だってあるんですからね。悪いけど、これで失礼するわ。後はあなた達で勝手にやって頂戴」

そう言うと、良子はハンドバッグを手に持ち、席を立った。
この女は、結構名の知れたファッションデザイナーらしい。
今は喪服を着ているが、いつもは鬱陶しいくらいド派手な服で着飾っていたからな。

「お……おい、良子!」

洋介が慌てて後を追う。
長時間正座していたことでまだ足が痺れているのか、よたよたと危なっかしい足取りだ。

纏わりつく夫を一顧だにしない良子の態度は、すでに愚かな義兄の存在など記憶の中から完全に消し去ったと言わんばかりだ。
俺は――激しい怒りに打ち震えていた。

こっちが反論できないからって、好き勝手言いやがって……!
あの女に対する憎悪の念が獣の形を取り、鋭い牙を剥き出す。

いくら激情に駆られたところで、幽霊の身ではあの女に触ることすらできないが――
生前の条件反射で頭に血が上った俺は(もっとも、幽霊なのだから本当に頭に血が上ったわけではないが)玄関に向かう良子に突進し、つかみかかろうとした。

「待ちやがれ、この 糞女 クソアマ !」

そう叫んで、腕を奴の肩に伸ばす。
しかし――実体のない手は空をつかみ、そのまま良子の体の中に入り込んでしまった。

「何!」

驚いた拍子にバランスを崩し、奴の方に姿勢が傾く。
”ずぶずぶずぶ”――
今度は全身がめり込んだ。

「あああっ!」

その瞬間、良子はビクンッと体を仰け反らせて大きな悲鳴を上げた。
床に両膝を付き、ガクガクと痙攣を始める。

「りょ、良子?」

突然の出来事に驚いた洋介と周りの連中が、慌てて駆け寄ってくる。

「良子!良子!」

肩を激しく揺さぶり、必死に名前を呼ぶ洋介。
しかし良子は、発作を起こしたかのように「あう!あう!」と嗚咽を漏らすだけだった。

冗談じゃない――
俺自身も、完全にパニックに陥っていた。
何しろ、良子の中にすっぽりと入り込んじまったんだ。
この女の体が、着ぐるみにでもなったみてぇに。

だが、いくら実体がないからって、男である俺が小柄な女の中に入り込めるはずがない。
と言うことは……俺の体型が、こいつに合わせて縮んでいるのか?
まあ、魂だけの存在ならそんな芸当も可能なのかもしれんが。

俺は、良子の目から周囲の景色を覗いていた。
まるで着ぐるみの覗き穴から、外を見ているような気分だぜ。

しかし、良子の体は激しく揺れている。
地震でも起きたかのように俺の視界もグラグラと揺れるので、気持ち悪くてたまったもんじゃない。
自分の意思に反して勝手に動く着ぐるみなんて、洒落にもならないぞ!

「く……!こんなところにいつまでもいられるか!!」

何とかして良子の中から抜け出そうとしたが、どうやってもジタバタともがくことしかできなかった。
激しい揺れも、まったく治まる気配がない。
その振動が、否応もなく神経を逆撫でさせる。

「てめぇ、静かにしやがれ!」

俺は怒鳴り声を上げたが、周りの連中はおろか、良子自身にも聞こえた様子はなかった。
……当たり前か。
仕方なく、腕を動かして奴の体を押さえつけようとする。
いや、頭の中でそう念じた。

――すると、どうだろう?
さっきまで自分の周りを覆っていた良子の体から伝わってくる圧迫感が、突然消失したんだ。
着ぐるみだと思っていたものが、いきなり肌着のように体に密着したような……
ズレていた凹凸部分がカッチリと嵌ったような……とにかくそんな感覚だ。

妙な一体感を覚えた途端に、体の揺れもピタリと治まった。
全身から力が抜け、良子がその場に倒れ込む。

「良子!」

洋介が抱き起こして体をもう一度揺さぶるが、何の反応も起こさない。
あれだけ発作を起こしていたのが、嘘みたいだ。

な、何だったんだ……?
俺は荒げた呼吸を整えようと、何度か深呼吸した。

――妙な疲労感がある。
それに、良子の奴が落ち着いたのはいいが、相変わらず俺はこいつの体の中に入ったままだ。

「良子……!良子!」

何度も声をかける洋介。
俺からすれば目の前で怒鳴られているわけだから、喧しいことこの上ない。

ったく……お前も弟だったら、こんな馬鹿女より兄貴の心配をしろよな?
苛立った俺は、洋介の顔を睨みつけてやった。

奴と――目が合う。

「!」

まさか、と思ったが当たり前か。
今の俺は、良子の視界から外を覗いてるんだからな。
妻を心配する洋介と目が合うのは当然だ。

「おい……しっかりしろ!」

ちっとも意識を回復しない良子の様子に焦ったのか、洋介が幾分乱暴に肩を揺さぶりだした。
まるで船の上にいるみたいに視界がぐらつく。

ええい!
ようやく落ち着いたってのに、鬱陶しいぞ!
加減てものを知らないのか、こいつは?

「気安く揺さぶるんじゃねぇよ、馬鹿!」

たまらず俺は、聞こえないと分かっているのに、洋介に向かって叫び声を上げた。
すると奴は驚いた顔をして、肩をつかんでいた手を離したんだ。

……あ?
俺の声が、聞こえたのか?
良子の目を通して見ていた俺と目が合うのは分かるが、幽霊である俺の喋った言葉が耳に届くってのは、一体どう言うことだよ……?

――ん?
イヤ、待て……何だ、さっきの俺の声?

いつもの俺の声色ではない。
慌てて叫んだせいで、声が裏返ったのか……?

「りょ、良子……?」

洋介が顔を近づけてくる。
ア、アップになるな!

思わず目を背けようしたが、同時に俺の顔も横に動いた。
さっきまで、良子の中で身動き一つ取れなかったって言うのに……?

おかしい。
何か、おかしい。

それに、さっきから頬に何かが当たる感触がある。
……髪の毛?

「!」

今まで気付かなかったが、よく考えると背中に畳の硬さを感じる。
幽霊は物に触れないはずなのに。
なのに今は、背中の下に広がる畳の存在をハッキリと感じることができた。

一体、これは……?
試しに俺は、上半身を起き上がらせてみた。

「うわぁっ!」

洋介がその反動で尻餅をつく。
――間違いない。
この馬鹿は、俺の動きに合わせて反応している。

ゆっくりと右手を目の前に運び、まじまじと凝視した。
幽霊特有の、周囲にあるものが透けて見えるような半透明な手ではない。

本物……!
しかも、本来の俺のようなゴツゴツとした丸い指ではなく、それはスラリと長細かった。
爪の先には、マニキュアまで塗ってある。

視線を下げると、スカートが見えた。
裾から伸びる、黒いストッキングに包まれた両脚――
喪服を身に着けた細い体――
首筋に当たる長い髪の毛――

「良子……大丈夫、なのか……?」

もう一度こちらに近づき、怪訝な表情で問い掛ける洋介を無視したまま、俺は自分の顔に手を当てた。
顔の輪郭を撫で回し、感触を確かめる。

鼻。
口。
耳。

明らかに、俺自身のパーツとは違う……!
肌の手触りも、まるで違う……!

――確信した。
これは、夢でも幻でもない。


「俺が――良子になっている……?」

つぶやく俺の声は、確かに良子自身のものだった。


続――







弐.



「良子……おい、良子……?」

洋介の奴があいかわらず俺――いや、「良子」に声をかけてくる。
ええい、ちょっと待ってろ!
うざってぇ野郎だな。

俺は足元に転がったバッグに気付き、それを拾い上げて中を漁った。

あった、手鏡!
蓋を開け、自分の顔に向ける。

そこに映ったのは……
やはり、良子の顔だ。

猛禽類のように冷たく鋭い目つき。
すらりと尖った西洋人のような鼻。
相手を嘲笑する笑いがよく似合う張りのある唇。
この女の自我の大きさを表すかのように背中まで伸びた長い髪。

――見間違えようがない。
モデルのように整った、それでいて冷徹な女王のような姿は、良子以外の何ものでもなかった。

「マジかよ……?」

『良子』の口から、『俺』の言葉が洩れる。

「どうしたんだ……化粧なら、別に何ともなっていないぞ……?」

洋介が間の抜けた顔で、見当違いな質問をしてきやがった。
ふん、馬鹿な奴め。
何が起きたのかも分からずに……

とは言え、それも無理のない話だ。
てめぇの妻の体に実の兄貴の魂が入りこんだなんて、奴には想像すらできないだろうからな。

『入りこんだ』――
そう、入りこんだんだ、俺は。

こいつの!
この女の体に!

くっくっくっくっ……
ひゃははははははは!

信じられるか?
俺は、幽霊となった俺は、良子の体に『乗り移った』んだ……!

両手を力強く握りしめ、今度は思いっきり開いてみる。
うんうん、動く、動くぞ!
まるで自分の肉体のように!

成る程、霊の憑依現象というのは聞いたことがある。
先程のあの騒ぎは、良子の肉体が俺に支配されまいと抵抗した拒絶反応だったんだ。

しかし俺の精神がそれを押さえつけ、結果この体の支配権を握った。
良子の魂は眠った状態にあるのか?
――あいつの意識は感じられない。

つまり、今この女の体を動かしているのは俺の意志。
俺の思い通りに、どんなことでもさせられるってわけだ。

おもしれぇ!
あの憎らしい良子を俺の支配化に、文字通り『支配化』におけるなんて……
これが笑わずにいられるか!
しかも、何も出来ない無能力者に落ちぶれたと思っていた矢先に、こんな逆転技を発見するなんて!

一気に目の前が明るくなったようだ。
何日かぶりに地の底から這い出し、陽の光を覗いたような……
ははっ、まるで刑務所から脱獄したような気分だぜ。

何者も俺を束縛すことは出来ないってわけだ。
たとえ警察だろうとな……

そう思うと、途端に周りにいる連中への怒りが再燃してきた。
さっきまでとは違い、俺の発する声はこいつらの耳に届くし、この手で物をつかむことだって出来る。

それに、何と言っても数日ぶりの肉体だ!
歓喜と憎悪が、良子となった俺の全身を包み込む。

くっくっく……見てろよ、糞虫ども。
たっぷりと、今までのお返しをさせてもらうからなぁ……?
俺は良子の口を使って、ニタリと笑った。

手始めにどいつを餌食にしてやろうかと邪悪な考えを巡らせながら、一同の顔をぐるりと見渡し、再び洋介の前で止める。
愚弟は先程からの妻の奇妙な行動を見ても、ただ怪訝な表情を浮かべているだけだ。
俺はその首に手を廻すと、ネクタイをつかんで前に引っ張った。

「わっ!」

バランスを崩した洋介が倒れこんでくる。
必死に俺の肩をつかみ、姿勢を保とうとジタバタもがく姿は、無様の一言だ。

「りょ、良子……?」

この馬鹿は、まだ状況が理解できていないらしい。
俺はネクタイをつかんだまま、奴に自分の――良子の――顔を近づけ、にんまりと微笑んでやった。
さぞかし妖艶に見えただろう。
そのまま勢いをつけて、体を思いきり投げ飛ばす。

「わわわっ!」

奴は受け身も取れずに畳の上を滑り、壁に頭をぶつけた。
その間抜けっぷりに、俺は腹を抱えて爆笑する。

「くふふ、ぷ、ぷは、ぷはははははははははははは!」

良子のハスキーな笑い声が、部屋中に鳴り響いた。
周囲の連中は、凍りついたように動かない。
何が起きているのかまるで理解していない様子で、デパートの倉庫に置き去りにされた壊れかけのマネキン人形のように、呆然と突っ立ったままだ。

「良、子……い、一体……?」

こいつ、同じことしか言えないのか?
倒れた拍子にぐしゃぐしゃになったスーツと、乱れたネクタイを直そうともせず、阿呆のようにこっちを見上げる洋介の姿は実に滑稽だ。
普段、キッチリとした姿しか見たことがない分、尚更可笑しかった。

俺はゆっくりと洋介の方へ歩いていくと、奴の体を跨いでその上に仁王立ちになった。
悠然と、馬鹿な弟の顔を見下す。
そう――いつも良子の奴が俺に向ける表情のように。

鋭い眼光に体を貫かれ、洋介は倒れた姿勢のまま、少し後退った。
自分の頭上から冷酷な目で睨みつけてくる妻の顔を見て、言い様のない恐怖を覚えているようだ。

しかし、お仕置きはまだまだこんなもんじゃないぜぇ?
奴を逃がさないように、腰の上に座り込んでやる。

「ぐ……ぅっ!」

圧し掛かる重さに、洋介の顔が苦痛に歪んだ。
その上で肩を揺らして笑ってやると、まさに女王のような気分になってきたぜ。

変な趣味にでも目覚めちまいそうだな……
くひひひひ!

さ〜て、これからどうしてやろうか……ん?
胸元に妙な違和感を覚え、視線を下げる。

その時――はじめて気付いた。
自分の胸に、大きな『双丘』があることに。

「おお……!」

思わず口から、感嘆の声が漏れる。
洋介の存在など一瞬で頭の片隅に吹き飛び、はちきれんばかりの胸の膨らみから目を逸らすことができなくなった。

僅かに身じろぎしただけでも、ぷるぷると「それ」は揺れる。
重力に逆らいながら聳え立つボリュームは、服が破れて飛び出すんじゃないかと要らぬ心配をしてしまうほどだ。

自分の胸にこんな物があるなんて、何とも奇妙な感じだが……
よく考えたらこれは良子の体なんだから、乳房が付いていたって当たり前なんだ。

それにしても、デカい……
これが巨乳の女の感覚って奴なのか。
まるで服の中に、林檎でも入れているみたいじゃないか。

信じられないよなぁ……
世の男どもはあの手この手でこいつを見る、触ることに躍起になっているってのに、当たり前のように無防備に、むしろ触れと言わんばかりに自分の胸元にあるんだぜ……?

夫である洋介に憚ることもない。
いや、良子の承諾を得る必要すらない。
何故ならこの体は、今や俺の所有物なのだから……!

自然と、口元がニヤけてくる。
俺は両手を胸の前に近付けると、喪服の上から豊満な乳房をわしづかみにした。

「なっ!」

下から見ていた洋介の奴が、その光景に唖然となる。
驚くのも当然だ。
あの気難しい良子が、大衆の面前でてめぇの乳を揉みだしたんだからな。
ビデオに録画して、後で本人に鑑賞させてやりたいくらいだぜ。
けけけ。

俺はAV女優にでもなった気分で、弾けんばかりの巨乳をゆっくりと揉みしだき、良子の恥ずかしい姿を周囲の人間に見せつけてやった。

うひょ〜!
喪服と、その下にあるブラジャーが擦れる感触と共に、弾力性のある柔らかさが掌から伝わってくる。

ああ……女の胸を揉むのも久しぶりだ……
しかもその胸が、自分の体に付いているんだからなぁ。
悪い冗談のようだが、この感触の前ではそんなことなどどうでもよくなってきた。

俺は一心不乱に、良子の胸を揉み続ける。
胸に指を食い込ませる感覚と共に、肌の上を滑る指の感触がハッキリと分かる。

女が自分を慰める時はいつも、こんな感覚なのか?
しかしそれを男である俺が、自分の感覚として共有しているんだ。
……言い方を変えれば、良子と『一心同体』にでもなったようで、あまりいい気分じゃないがな。

それはともかく、手の中で乳房は様々な形に変化していた。
とても同じ人間の肉体の一部だとは思えない柔らかさだ。
これが、女の乳房なのか……!

良子の巨乳は見た目通りの肉付きで、手に持つ重みが心地よかった。
まさかこの俺が、良子の体を弄ぶことになるとはなぁ……

ワンピースの襟元から手を突っ込み、ブラジャーごと胸を捏ね繰り回す。
滑らかな肌の感触がたまらん。

とくとくと心臓が脈打っているのが分かる。
気持ちよくなってやがるんだ……この体は!

試しにブラを擦らして乳首を摘むと、今度は頭をハンマーでぶっ叩かれたような凄まじい衝撃が走り抜けていった。
熱を含んだ快感が、さざ波となって全身に伝わっていく。

「あ……はあっ……!」

我慢できず、口から声が漏れてしまった。
――良子の喘ぎ声だ。

何度か弄っている内に、乳首が硬くなってきた。
俺の愛撫に体が反応しているのが、手に取るように分かる。

感じているんだ……
あの良子が……!

ワザとらしく強く喘ぐほどに、興奮が益々漲ってきた。
すっかりこの膨らみの虜となった俺は、狂ったように両手で乳房を揉み続けた。

「あぁ……いい……たぁまんねぇぜ……!」

女であるはずの良子の口から、下卑た男の言葉が吐き出される。
こいつが俺の思った通りの台詞を喋ることすら、嬉しくて仕方がないぜ。

「はわわ……!りょ、りょ、りょ、良子……なっ、何を……?」

見れば、洋介の顔が蒼白になっていた。
夫の体に跨ったまま自分の乳房を弄ぶ妻の姿が、奴の目には別人のように映っているのだろう。

俺の中に、サディスティックな感情が沸き上がってきた。
胸を揉むのを止め、倒れた洋介に覆いかぶさるギリギリまで、顔を近付ける。

「どうした……妻のイヤらしい姿を見て、興奮してきたのかぁ〜?」

耳元にそっと小声で囁くと、洋介は狐につままれたような表情を浮かべた。
何を言われたのか、まるで分かっていないらしい。

俺は顔を離して四つん這いの格好を取り、奴の顔を見下ろす姿勢を維持する。
そのまま、表情に変化が起きるのを待った。

やがてようやく理解したのか、徐々に洋介の顔面が恐怖に変わっていき、玉のような汗を顔中から垂らしながら、金魚のようにパクパクと口を震わせだした。
あまりのことに、言葉が出てこないようだ。
ひゅーひゅーと息だけが吐き出されている。

――生真面目な洋介の常識からは、埒外の事態だろう。
あれほどプライドが高かった妻の態度が豹変し、人前でこんなキチガイじみた行動を取られれば、奴の歩んできた人生が破壊されのたも同然の衝撃に違いない。

過呼吸に陥った弟を放置した俺は大仰に立ち上がると、喪服のジャケットを乱暴に引き剥がした。
千切れたボタンが、宙を舞う。
そのまま、下に来ていたワンピースも豪快に脱ぎ捨てる。
完全に下着しか身に付けていない状態となった良子の姿を、あらためて観察する。

歳の割には引き締まった肉体だ。
ファッションデザイナーは、自分のスタイルも気にするものなのか?
シルクの装飾を施された仰々しいブラジャーが、果実を包装するフルーツキャップのように乳房を包みこんでいた。

「ふん……こんなのが趣味なのかよ?」

俺はブラジャーと洋介の顔を見比べ、鼻で笑ってやった。
背中に腕を回して、ワイヤーのホックを外す。
拘束から解放された乳房はぷるぷると揺れながら、その全貌を剥き出しにした。

「おほっ、こいつはいいぜ……!」

歓喜の声を上げ、もう一度胸を掬い上げる。
細い指が、柔肌を押し潰していった。

「くふぅ……やっぱ、直に触ると感度が全然違うなぁ……」

俺は顔を歪め、恍惚とした表情を作った。
口の端から、だらしなく涎が垂れてくる。

「りょ、良子!……きっ君は、なっ、何をしているんだ!」

失語状態になっていた洋介が、肺に溜まっていたもの全てを吐き出す勢いで、ようやく叫び声を上げた。
と言っても、「金切り声」と呼んだ方がいいような上擦った情けない声だが。

「何って……楽しんでんだよ。見て分からねぇのか?それとも、お前も楽しみたいのかよ?いいぜ……ホラ、兄貴も棺桶の中から見物しているだろうし、2人でたっぷりと楽しもうじゃねぇか!」

俺は再び洋介の体に跨り、蛇のように姿勢を低くして絡みつくと、頬をペロリと舐めてやった。

「だ……誰かっ!妻を、妻を止めてくれ!!」

恐慌をきたした洋介が、周囲に助けを求める。
しかし、奴の声に答える者は一人もいなかった。
この場にいる全員、相変わらず木偶人形のように固まったまま、動けないでいるからな。

「んふふ……みんな、俺達の痴態を見物したいんだとさ。それじゃあ、ゆ〜っくりと見せつけてあげましょう……?ねえ、ア・ナ・タ……!」

おえ、気色悪い。
もっとも、端からは良子本人が喋っているようにしか聞こえないだろう。
俺は剥き出しになった乳房を、洋介の顔へ押しつけてやった。

「むぐ……っ!」

「ほ〜ら、乳首吸えよ。いつも、美味そうに舐めてるんだろう〜?」

すげぇ、胸の谷間に顔が埋まっているぜ。
何て幸せな抱擁だ。
俺は片乳をつかんで、乳首を奴の口元に誘導する。

「や……やめ、ろ……っ、ううっ!!」

抵抗しようとする洋介だったが、その度に乳首の先が口を塞いだ。
抗う奴の意思に反して、歯や舌が擦過して良子の体をより敏感に感じさせる。

「あふ……っ!ん……っ、あはぁ……っ!」

やはり、他人に触られた方が気持ちいいのか?
全身を駆け巡る快感が途切れないよう、俺は洋介の顔に乳房を擦り付ける。

「こいつらに見られて恥かしいのかよ……?俺は逆に興奮してるんだけどなぁ……くひひひひ!」

そう言って笑うと、俺は起き上がらせた体を180度回転させた。
今度はパンストに包まれた股間で、洋介の顔面を挟み込む。

「へへへっ、こっちも大好物だろう〜?たっぷりと舐めてくれよなぁ!」

股の間から覗く奴の顔に向かって叫んだ俺は、畳に両手を付いて、ゆっくりと腰を上下に揺すりはじめた。

「ん……!うぐ……っ!」

洋介の吐息が、股の間に吹きかけられる。
くすぐったくて、気持ちがいいぜ。

ところが伝わってくる感触から察すると、奴は必死に口を閉じているようだ。
俺にされるがままに、苦しそうにもがいている。
マグロか、こいつは?

「どうしたんだよ……いつもヤッてるんだろう?この女を、ヒィヒィ言わせてるんだろうが!」

ちっとも食いついてこない洋介に、腹立たしさを覚える。
女の方からここまでしてやってるってのに……こいつ、どんな神経してるんだ?

――しかしよく見ると、奴の股間が膨らんでいるのに気付いた。

「ぷ……っ!何だよ……こんなところはしっかりと反応しているじゃねぇか……体は正直だよなぁ〜」

奴の股間に手を伸ばして上下に擦ってやると、それは面白いように硬くなっていった。
ぐえ〜、男の「モノ」を触るなんて気持ちのいいもんじゃねぇなぁ。

だが、良子の体は敏感に反応したようだ。
ぱっくりと開いたワレメから、じわ〜っと何かが広がっていく感触がある。
ふん、淫乱め!

俺の意志とは関係なく、濡れた部分がどんどん大きくなっていく。
小便でも漏らしたような気分だぜ。

しかし、良子のこんなエロ姿なんて、俺が乗っ取ってやらなければ二度と拝めない光景だろう。
堅物の洋介でも、しっかりとおっ立てるところはおっ立てているんだからな。
周りにいる男どもだって、この姿を前に無反応でいられるはずがない。
悪戯心が際限なく膨れ上がる。

「お前らもどうだぁ……今なら、好きなだけ犯らせてやるぜ〜?」

俺は周りの連中にとろんとした流し目を送ると、自分の唇を舐めながら艶然と笑ってみせた。
だが、奴らからの反応はない。
腰を少し浮かせて洋介の表情を伺ったが、奴も相変わらず抵抗の色を示したままだ。

馬鹿な男。
馬鹿な男め!

てめぇがそんな態度を取り続ければ取り続けるほど、妻がより辱めを受ける羽目になるのがまだ分からんようだ。

「けっ……妻の体ひとつ抱けねぇのかよ……ああ、情けねぇ!それでも男か?てめぇの兄貴を見習いな!」

もう一度体を反転させて洋介と向き合うと、奴を激しく罵りながら良子の股間に指を這わせた。
ここは、こ〜んなに過敏になってるってのによぉ……

「ふうぅ……!ああ……あはぁ……ん!」

たちまち愛液が溢れ、指がしとどに濡れそぼっていく。

「んん、いいぃ……もっとぉ……!!」

くっくっく……あれほど俺を忌み嫌っていた良子が、俺の愛撫を従順に受け、快楽を享受しているんだ。
抱くはずもない、心を許すはずもない女の体が、歓喜に身悶えている。
それは、どんなセックスよりも危険で蠱惑的な香りがした。

秘所を弄れば弄るほどに、股間の方も指を求めてくるのが分かる。
そんなに気持ちいいのかよ、良子?
指に付いた淫らな汁を、舌で綺麗に舐め取ってやる。

「ひぃ……っ!もうやめて、良子ちゃん!」

その姿がよほどショックだったのか、1人のババアがついに悲鳴を上げた。

「良子さん……し、しっかりするんだ!」

「自分が何をしているのか分かっているのか!」

すると堰を切ったかのように、他の連中も次々と良子である俺に声を投げかけてきやがった。

「正気に戻ってくれ……良子……!」

下にいる洋介も、目に涙まで浮かべて懇願してきた。
最早自我崩壊寸前といった表情だ。

「正気……?俺は正気さ。これが俺の本当の姿なんだよ!てめぇらも偽善者ぶりやがって……一枚皮を捲れば、どんな本性を持っているのか知れたもんじゃねぇクセに!化け物でも見るような目してんじゃねぇよ!どいつもこいつも俺と一緒さ!誰だって『ケダモノ』なんだよ!お前も!お前も!お前もなぁ!ひゃははははははははははははははははは!」

俺は、全員の顔を見渡すように髪を振り乱して捲くし立てると、喉を反らして哄笑した。
唾を飛ばしてゲタゲタと笑う姿は、完全に気が触れたとしか思えないだろう。

その時――こちらの一瞬の隙を突き、屈強な男が側面から体当たりを仕掛けてきた。
生前の俺ならばともかく、ひ弱な女の体でそれを受け止めることなど不可能だ。
肩に衝撃を受け、洋介の上から為す術もなく転がり落ちてしまう。
すぐさま複数の男どもが群がり、俺の体を畳に押さえ付けてきた。

「畜生、放せ!放しやがれ!!」

もがいてみたが、四肢はまったく動かない。
流石にこれだけの人間に拘束されてしまったら、抵抗は無意味だった。

……まあ、いいさ。
ひとまずこの辺で勘弁してやろう。
良子の体を使ってからかうのは楽しかったが、男の――それも弟のイチモツを咥え込む気には、とてもなれないからな。
中途半端な気もするが、この女の体にもう用はない。

「どうした……俺を犯せ!突っ込む勇気もねぇのか?てめぇら、それでも生きてるつもりか!どいつもこいつも、息を吸って吐くだけの人生なのかよ!この生きた屍どもが!ひゃは!ひゃはははははははははははははははははははははははははははははは!」

俺は良子の口で捨て台詞を吐きながら、肉体の支配を解くことにした。
全身の力を抜いて精神の集中を緩めると、思ったよりも簡単に体の中から抜け出すことができた。

周囲の男どもを擦り抜けて、悠然とその場から離れる。
俺が抜け出した途端、笑い続けていた良子は白目を剥き、ダラリと舌を垂らしたまま気を失った。

「良子……?良子っ!」

親戚のオヤジに介抱されていた洋介が、すがるように妻に駆け寄る。
パニックはたちまち周囲に伝播した。

救急車を呼ぼうと廊下に飛び出していく者。
その場で泣き崩れ、他の人間の手間をさらにかけさせる者。
他の部屋にいた奴らが、何が起こったのかと怪訝な顔を浮かべている。

ふん、馬鹿どもが。
せいぜい間抜けな醜態を晒すんだな。
俺はじっくりと、お前らの滑稽な姿を見物させてもらうぜ。

――それにしても、他人の体を支配するのがこれほど愉快なものだったとは。
目覚めた昏い欲望は、まだまだこんなものでは満たされない。
狂乱の宴は、これからが本番なんだ。

「ひひひ、次の獲物はどいつにするかな〜?」

新たなる餌を求めて徘徊するのに、この屋敷は相応しい広大さだ。
まだ見ぬ肉体の味を思い浮かべるだけで、口元に狼の笑みが刻まれる。

さあ、『狩り』の始まりだ……!


続――







惨.



板張りの床を軋ませることもなく、幽霊である俺はブラブラと廊下を歩いていた。
壁を擦り抜け、ドアを通り抜け、次なる獲物を探して回る。

流石に屋敷内は無駄に広く、何度も誰もいない空き部屋を覗く羽目になった。
また、いたとしても俺の獲物には相応しくない奴ばかりだ。
やはり一度女の体で味を占めると、醜いオヤジの中に入るのなんかは御免だからな。

洋介達の方は、騒ぎが静まりつつあるようだ。
救急車の手配が済んだのか、はたまた良子の奴が意識を覚ましたのか。
……まぁ、俺には関係ない。

すでに頭の中は、これから始まる「肉体狩り」のことで一杯だ。
あの手この手でここにいる連中を虚仮にできるのかと思うと、楽しくて足取りも軽くなってくるってもんさ。

「さ〜て、今度はどいつに乗り移ってやろうか……?」

調子に乗って勢いよく歩を進めていたら、物音がする部屋を危うく通り過ぎそうになった。
硝子戸の向うから、間違いなく人が発する音が洩れている。

耳を澄ませると聞こえる、懐かしい音色……
これは、包丁の音だ。
よく見れば、戸の隙間から湯気が立ち込めていた。
もう一度、目の前の部屋を観察する。

ここは――台所か。
すっかり忘れていたぜ。
亡くなった母親を含めた女たちの戦場とでも呼ぶべき場所で、ガキの頃からほとんど足を踏み入れたことなんてなかったからな。

幽霊の身では匂いを嗅げないが、音から察するに、どうやら誰かが料理を作っているようだ。
と言うことは……

俺は硝子戸を擦り抜け、中に侵入する。
台所には、2人の女の姿があった。

1人は、調理場で包丁を使って何かを切り刻んでいる。
もう1人は、部屋の中央でテーブルの上に皿を並べたり、出来上がった料理を盛り付けていた。

通夜ぶるまいの準備か?
もっと味気のない質素な食事をイメージしていたが、テーブルには目も眩むようなご馳走が並んでいる。

……この家の連中のことだ。
大いに飲み食いして、とっとと死んだ俺のことなど忘れようって魂胆なのかと、ムカムカ腹が立ってきた。

糞どもが……今に見てろよ。
俺の中で、黒い炎がぐらぐらと再燃する。

それにしても、よくもこれだけ揃えたもんだ。
数日ぶりに目にした料理の数々。
今の俺は空腹も感じなきゃ、食事を取る必要もないんだが、こうして目の前に盛られた大量のご馳走を眺めていると、自然と食欲が込み上げてきた。

「美味そうだな……」

口の中に味覚が蘇り、喉が鳴りそうになったが、当然幽霊なので錯覚を覚えるだけで終わる。
仕方なく、視線をテーブルから女どもに移す。

――見覚えのある顔だな。
確か、隣りの家に住む姉妹だ。
名前は……「なつみ」と「真希」だったか?
俺の実家とは昔から家族ぐるみで付き合いがあり、よくこの屋敷にも遊びに来ていたはずだ。

成る程……良子はあの通りの性格だ、こんな雑事に手を貸すはずがない。
葬儀の準備の人手が足りず、応援に駆り出されたってわけか。

さっきは気付かなかったが、こいつらの両親も来ているのかもしれない。
会うのは久しぶりだが、2人とも中々の女になってやがる。

調理場に立っているのが姉のなつみ。
前に会った時は中学生だったはず。
そのままエスカレータ式に、女子高から女子大に進学したと聞いた。

と言うことは……今は20歳くらいか?
柔らかいショートカットの、おっとりとした美人だ。

セーターの袖を捲り上げ、エプロンをかけたその姿は、男だったら思わず抱きしめたくなるたまらなさがあるだろうな。
付き合っている奴がいるのかどうかは分からないが、ちょっと今どきの女子大生とも違う古風な雰囲気の持ち主だ。
所謂、男の匂いを感じさせない女って奴だな。

そして手前にいる、セーラー服を着たポニーテールの少女が、妹の真希だ。
俺が最後に会った頃のなつみと、同じくらいの年齢だろう。
着ている制服も、確か姉貴と同じ中学の物のはず。

髪は特に染めておらず、艶やかな黒髪だ。
純朴そうなあどけなさの残る顔だが、後数年もすればかなりの美女になるに違いない。

ふふふ……どちらも、乗り移るにはもってこいの獲物だな。
俺は2人を見比べ、獰猛に舌なめずりした。

「……ねえ、お姉ちゃん。むこう、なんか騒がしくない?」

真希の奴が小皿を食器棚から取り出しながら、なつみに声をかける。
どうやら洋介たちの騒動は、ここまで聞こえていたらしい。

「そろそろ、お坊様の読経が終わった頃じゃないかしら」

「ふーん……ところで、あたし達はお焼香ってのやりにいかなくてよかったの?」

「いいのよ。私達はお手伝いに来ているだけなんだから」

「そっか。よかった〜「あんな人」の死体を目にしなきゃいけないのかと思うと、正直ゾッとしてたんだぁ」

「真希ちゃん……そう言うことを口に出して言うもんじゃないわ」

姉妹はこの場に俺がいないと思って、あけすけな会話をしてやがる。
へっ、てめぇらも腹ン中じゃそんな風に考えていたのかよ。

おお、そうだそうだ、覚えているぞ。
顔を合わせる度に、こいつらがまるで汚物を見るような目を俺に向けていたことに。

そうかい、そうかい……
お前らの美的基準に照らし合わせると、俺は同じ人間じゃないってのか?

――だが、安心しな。
もうすぐてめえらも、俺と『同類』になるんだからよぉ!
けっけっけ。

自然と口元が歪み、頬が吊り上る。
俺はドス黒い気分を膨らませたまま、真希の後ろに回り込んだ。

「真希ちゃ〜ん、まずは君からだぜ♪」

邪悪な俺の思惑に気付きもせず、少女は鼻歌を歌いながら、サラダにドレッシングをかけている。
首筋に顔を近づけて、ハァハァと息を吹きかけてみても、まったく反応を示さない。

あああ、たまんねぇ!
今からこの無垢な体に穢れた俺の魂が乗り移るのかと思うと、興奮で気が狂いそうになるぜ。

さぁいくぞ、侵入開始だ……!
俺は指を躍らせながら、両手をスッと少女の背中に突き立てた。

「!」

楽しそうな表情を浮かべていた真希が顔を強張らせ、ビクンッと肩を震わせる。
――良子の時のように暴れられたら面倒だ。
なるべく、なつみに気付かれる前にこの体を乗っ取りたい。
俺は素早く全身を、女子中学生の中に侵入させた。

「あ……っ!?」

真希が小さな悲鳴を上げる。
まだ精神が未熟なのか、良子ほどの抵抗は見せない。

よし、これなら簡単だ!
肉体と魂がつながる感触が蘇る。
一瞬で俺は、真希の肉体を征服した。

「ふぅ……」

肺に溜まっていた息を吐き出し、竦み上がっていた筋肉の緊張を解いてやる。
目を瞬かせ、神経がつながったのを確認すると、左手をゆっくりと持ち上げてみた。

いいぞ、肉体のコントロールは完璧だ……!
嬉しさのあまり叫びそうになり、慌てて口を閉じる。

俺は昂ぶる気持ちをどうにか鎮めながら、顔を横に向けた。
隣りの食器棚の硝子戸部分に、真希の姿が映っている。
少女は、姉と会話していた時の屈託のない笑みとは明らかに違う、イヤらしい男のような笑みを顔に張り付かせていた。

……そう言えば、良子の時は最初に手鏡を見ただけだったが、こうしてじっくりと自分の容姿を確認すると、本当に女の肉体に乗り移っているのがよく分かる。
この表情も、俺が作らせているだよな?

刃物で口を引き裂いたような笑い方が、よく似ている。
あの真希が、俺の物真似でもしているようで可笑しかった。

それにしても、妙に涼しいな……?
足元がスース―するので下を見ると、それもそのはず。
制服のスカートは、膝上くらいまでの長さしかなかった。

近頃の女学生は、こんなものを履いてやがるのか。
良子が着ていたワンピースではあまり実感がなかったが、ここまで丈が短いと足元が無防備すぎて、何だか気持ちが落ち着かない。
しばらく肉体を失っていたこともあってか、外気が肌に触れる感覚が新鮮に感じるぜ。
俺はスカートの裾を摘まんで、ヒラヒラと弄んだ。

さて、と……
なつみの方に目を向けるが、妹の異変に気付いた様子はない。

良子の時とは違い、周りには誰もいない状況――
誰かがこの部屋に入ってこない限り、俺たち2人だけ――

しばらくは何をやろうとも、騒ぎ出す邪魔者はいないってわけだ。
ならば思う存分、この体を楽しむとしよう!

悪いな――姉ちゃん。
妹からいただかせてもらうぜ?
俺はなつみに心の中で断りを入れると、制服の上から胸を撫で摩ってみた。

……うむ、まだまだ発展途上で小さな乳房だ。
それじゃあ、おじさんがた〜っぷりと揉んで、大きくしてあげましょう……!

俺はセーラー服のリボンを緩め、襟元を手前に引っ張って中を覗き込んだ。
下は水色のタンクトップだけだ。
それをさらに広げると、剥き出しの乳房が姿を見せた。

見た目の印象通り、あまり遊んでないようだな。
桜色をした綺麗な乳首をしてやがる。
俺は自分の指先を舐めて湿らせると、襟元に手を突っ込み、乳房をわしづかみにした。

「あ……っ!」

反射的に、真希の声で微かに喘いでしまう。
やばい、なつみの奴に気付かれちまうぜ。

まだ未成熟な体だからか、良子ほどの感度はないが……
それでも、次第に気持ちよくなってきた。

年齢的なものもあるんだろうが、やはり感じ方にも個人差があるのか?
真希の体は、良子とは明らかに違う感覚だった。
それが他人に乗り移っている事実を、再認識させる。

へへっ、他人の体を渡り歩くってのもスゲェもんだぜ。
生まれ変わるわけでもなく、男の意識を維持しながら様々な女の肉体を楽しめるんだからな。
幽霊に、こんな特権があったとは……!

――なつみは、こちらの気配が変わったことを毛ほども怪しんでいない。
ふん、鈍い女だぜ。
後ろでお前の妹が痴呆のようにだらしない顔をして、自分の胸を揉みまくってるってのによぉ……?
ああ、笑える。

顔をニヤつかせながら下を向くと、料理が盛られた皿が目に飛び込んできた。
思わず、先程の食欲を思い出す。

肉体に入った今なら、食うのも飲むのも自由にできるんだよな……
試しに、近くにあった酢豚を手で掬い取って口に運んでみた。

うむ、美味い!
舌の感覚はやはり真希本人のものでまだガキの味覚だが、料理の味はハッキリと感じ取れた。

あ〜、何日ぶりの飯だ?
やっぱ何かを食う時ってのは、最高に幸せを感じるねぇ。

汚れた指は制服で拭き取る。
おやおや、真っ白なセーラー服をこんなに汚しちまって……ふふふ。
こびり付いた食べかすを、チュバチュバと口で舐め取ってやった。

では、次はいよいよ……?
俺はスカートの両端を摘まみ、ゆっくりと持ち上げていった。
細い太股が見え、動物のキャラクターがプリントされた子供っぽい下着が剥き出しになる。

さ〜て、ここの味は……?
ショーツの上から、秘所を指で擦ってみた。

むう、やはりまだガキだな……ちっとも感じない。
それとも、もうちょっと体を興奮させた方がいいのか?
俺は頭の中で卑猥な妄想をしながら、乳首を指でコリコリと弄った。

「ふぅ……!はぁ、はぁ……!」

次第に、鼻息が荒くなってくる。
男だった頃を思い出し、目の前に無防備に佇んでいるなつみのアソコに俺のイチモツを突っ込んでやろうと、腰を前後に激しく振ってみた。
すると、ようやく股間がじんわりと濡れだしてきやがった。

よぉし……準備完了だ。
俺は急いでショーツの中に手を潜り込ませると、僅かな茂みすらない割れ目に指を挿入した。
愛液が潤滑剤となった膣口は、異物の侵入を難なく許す。
何度か指を出し入れするだけで、意識が朦朧となるほどの快感が脳を貫いた。

「ふぁぁ……は、んっ!」

まったく、たまんねぇぜ。
女子中学生の体でもここまで気持ちいいんだからなぁ。
これに比べたら男の快感なんて、場末の飲み屋のゴミ箱に捨てられた犬の餌にも満たない代物だ。

男女の快感の違いを、実際に体感できる素晴らしさ……
まさに、肉体から開放された俺にしか味わえない感覚だぜ。

「男の意識」と「女の体」を持ち合わせた人間。
――いや、もはや只の人間じゃない。
俺は肉体と言う名のしがらみを捨て去り、何ものにも束縛されない新たな存在に生まれ変わったんだ!

喜びと興奮で、快哉を叫びたくなる。
今じゃ、こ〜んな女学生の体を、思うが侭に楽しめるんだからなぁ……
ドロドロと粘つくような欲情が膨れ上がり、指の動きをさらに加速させる。

くう〜、たまんねぇ……
ああ、股が蕩けそうだぜ!

しかし――くちゅくちゅと股間から漏れるイヤらしい音も、鍋をぐつぐつと煮ているなつみの耳には全然届いていないようだ。
さっきの真希に釣られるように鼻歌を歌いながら、食材を料ることに夢中になってやがる。

真後ろで妹の体が、乗り移った男の魂に弄ばれているんだぜ?
可愛い妹が、心の中で助けを求めているのかもしれないんだぜ?

何だか無性に、なつみの奴に今の真希の姿を見せつけてやりたくなった。
種類の違う興奮で体が火照り、たまらず口の端から涎が垂れてくる。
さてさて、どんなリアクションをするのかなぁ?

「ねぇ、お姉ちゃ〜ん」

真希のフリをして、なつみに声をかける。
妹らしく、甘えるような声色を意識して。

「なぁに?」

姉はニコニコとした顔で振り向き――そのまま、表情を凍り付かせた。
手に持っていたお玉が、カランと乾いた音を立てて床に落ちる。

「ま、真希ちゃん……あなた、何やってるの……?」

なつみは青ざめた顔で、何とかそれだけを言った。
予想外の光景に、頬が完全に引き攣っている。

くっくっく……無理もないよな。
さっきまで楽しく談笑していた妹が、振り向いたらガニ股で股間に両手を突っ込んだまま、アヘ顔で喘いでいるんだ。
普段の真希を知る人間なら、驚いて当然。
特に姉のなつみなら、その衝撃も相当のはずだ。
親のセックスを覗き見たガキの方が、まだマシかもしれない。

「あ……その、真希ちゃん……?そ、そう言うことに興味のあるお年頃なのかもしれないけど……人前で、あまりするものじゃないわよ……?」

なつみは顔を引き攣らせながらも、必死に笑顔を取り繕って妹を嗜めてきた。
ほう、思ったよりも気丈だねぇ?
だったら――

「んふふ……お姉ちゃんってさぁ、やっぱ男の人に大きくしてもらったのぉ?こことか……んっ、こぉ〜んなとことかぁ……」

俺は胸や股間を摩りながら、陶然とした表情を浮かべた。

「な、何を言っているの……この子は……!」

なつみは口を両手で押さえたまま、よろめいて流し台の縁に寄り掛かった。
今度こそ、ショックを受けたようだ。

目の前の無垢な少女にどんな恐怖を覚えたのか、自分の体を抱きしめたまま、ガタガタと震えだす。
仲のよかったはずの姉妹が、一瞬にして狩人とその獲物に変わったってわけだ。

自分たちの幸福を疑いもせずに享受していた連中の日常を、俺がちょっと手を加えてやるだけで粉々に破壊してしまった。
他人に乗り移るだけで、こんな遊びを容易く行えるんだからなぁ……
真希の股間は完全に俺の言いなりで、抵抗することなく性的興奮の信号を発し続けていた。

「そう言えば、あの人……”大きそう”だったよねぇ?」

「――え?」

俺の問いに、なつみは虚を突かれたように間抜けな声を返す。

「死んだおじさんよぉ。あのおじさんの「アソコ」大きそうだったなぁ……あぁん、生きてる間に、真希のここに入れて欲しかったぁ……♪」

俺は夢見る少女のような表情で遠くを見つめたまま、ショーツを膝まで一気に擦り下げた。
ぐっしょりと濡れた股間との間で、イヤらしい汁が糸を引いている。

「ま、真希ちゃん!あなた、何てことを……!」

あれほど「不潔だ」「気持ち悪い」と罵っていたはずの男の肉棒を求めて、実の妹が娼婦のように股間をひくつかせているんだ。
世間知らずな女には、あまりにも衝撃的すぎる状況だろう。
どうしていいか分からないようで、完全にパニックに陥ってやがる。

「どうしたの〜、お姉ちゃん?そうだ、お姉ちゃんのアソコは、今までどれくらい男のモノを咥えこんだのぉ?真希、知りたいなぁ……エッチィ〜?キャハハハハ!」

「な、何?なに?くわ……え……って……!そ、そんなこと、するわけが……わっ、わたし……!」

ニヤニヤと笑う真希の目を避けるように後退りしながら、なつみは何か言の葉を吐き出そうとするが、口から漏れるのは何の意味も為さない音だけだった。
――それにしても、短い間に俺も女口調が上手くなったもんだぜ。
……まぁ、嬉しがることでもないが。

俺は無造作にテーブルクロスを引っ張って、邪魔な食器を床に叩き落とすと、空いたスペースによじ登った。
ガシャガシャと食器が割れる音をBGMに、官能的に制服のスカートを捲り上げる。
下着を脱ぎ捨て、剥き出しになった真希の股間が、天井の灯りの下にさらけ出された。

「真希、もうこんなことだってできるんだよぉ?うふふふふ」

なつみに見せびらかすように股を大きく広げ、とろとろと愛液を垂らす割れ目の上にある膨らんだ突起を指で摘まむ。

「はぁん!すっ、ごぃ……!あぁっ、あんっ、あはぁ……っ!」

真希が発する喘ぎ声と卑猥な音が、台所の穏やかな空気を侵食していく。
ぐつぐつと音を立てる鍋が日常を想起させ、この場が異常な空間となっていることを否応なく教えていた。

「真希ちゃん……や、やめなさい……やめるのよ……!」

端から見ていても分かるくらい、なつみの顔からスーッと血の気が引いていく。
今にも卒倒しそうだ。

「お姉ちゃんも一緒にどう……?気持ちいいよぉ……あぁん!」

「やっ!やめてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

俺のからかい半分の言葉に、なつみは過敏な反応を示した。
突然前に飛び出したかと思うと、俺の――いや、真希の体に抱き付いてきやがったんだ。

「あれぇ?どーしたのよ、お姉ちゃん……真希と楽しみたくなったぁ?うふふふふ!」

「やめてやめてやめてやめて……もうやめてぇぇぇっっ!」

妹を力一杯抱きしめたまま、なつみは喉が張り裂けんばかりに絶叫する。
一時的なショックでこんな行動を取っていると思ったのか、我慢強く説得すれば正気に返ると思ったのか。
俺が真希のフリをして何を囁いてやっても、もはや耳には届いていないようだ。

「おじさん、とっても気持ちいいことしてくれるんだけどなぁ……そうだ!お姉ちゃんにも教えてあげよっか?」

泣き叫ぶなつみの顔を見て、俺は新たな遊びを思いつく。
妹は思う存分堪能したんだ……
だったら次は、姉貴の味を試してみたくなるのが筋ってもんだろう!

「今度は、お姉ちゃんの体に入りこもっと!えへへ、お邪魔するね?」

「え……?」

俺はテーブルから飛び降りて、なつみと向き合った。
そのまま奴の腰に手を回し、ゆっくりと真希から幽体を切り離していく。

「これ、おじさんからもらったんだ。すごいよ〜?」

肉体に潜んでいた俺の幽体が、徐々に前に抜け出てくる。
当然、なつみには俺の姿は見えていない。
自由になった半身を、新たな肉体に侵入させてやる。
とりあえず、両手をなつみの腹に突っ込んでみた。

「ひっ!」

なつみは悲鳴を上げ、全身を強張らせた。
突然体の自由が効かなくなったことに恐怖を覚え、妹に目で助けを求めている。
もっとも、まだほとんどの俺が真希の中に残留しているので、相変わらずニヤニヤと不敵に笑ってやった。

「ど〜う?お姉ちゃん、この感じ……」

「な、何、これ……ひっ、ひぃっ!」

体が拒絶反応を起こしたようで、なつみが痙攣を起こし始めた。
俺はその様子を楽しく眺めながら、どんどん幽体を浸食させていく。

「あっ!あぁ!あっ!ああぁ!」

「怖いのぉ?大丈夫、すぐに気持ちよくなるんだからぁ……」

なつみは目を大きく見開き、魂を吐き出すような激しい嗚咽を漏らしていた。
その苦悶の表情から、俺の侵入に抗っているのが分かる。
――ふん、10年早いっての。

「たっぷりと味わいな、この黒い衝動を……!ねっ?おね〜ぇちゃぁ〜ん……!くひひひひひ!」

真希の口で狂ったように笑っていると、次第に腕が力なく垂れ下がってきた。
幽体が乖離していく過程で、俺の支配が解けているのだろう。
逆に、なつみの肉体が俺のものになってきたのが感じ取れた。

ふふふ、こうしてゆっくりと憑依するのもいいもんだなぁ。
俺は真希の肉体を脱ぎ捨て、なつみの肉体を完全に着込んだ。

「は、うぅ……っ!」

なつみの自我が消え去る最後の断末魔のように、口から漏れた嗚咽が小さくなっていく。
意識を完全に封じられた体が床に崩れ落ち、その上に俺が抜け出したことで気を失った真希が倒れ込んできた。

すぐさま、なつみの精神に支配の根を伸ばす。
やはり真希同様濁りのない澄んだ魂で、乗っ取るのは容易だった。

「ん……」

――全ての支配を完了した俺は、閉じていた目をうっすらと開かせた。
古びた天井の木目が、視界に飛び込んでくる。
首を巡らすと、胸元にもたれかかっている真希の姿が見えた。
それが、肉体を移動したことを何よりも証明している。

やはり縮こまってしまった筋肉の緊張を解いた後、寝そべったまま体の動作確認を行う。
さっきまでポニーテールが首筋をくすぐっていたが、今は襟足がスッキリとしていた。
手を持ち上げて髪を触ってみるが、やはりショートカットだ。
しかし生前の俺のようなまともに手入れもしていない剛毛ではなく、それは梳く度にサラサラと心地よい手触りを残して指の間を流れていった。

「ふふ……っ」

俺の口から、なつみの笑い声が漏れる。
可愛らしい少女の声ではなく、か細く憂いを帯びた大人の声だ。
僅かの間に肉体を変えているから当然だが、自分の声がこうも変化するってのも不思議な気分だぜ。

とりあえず、圧し掛かっている真希の頭に手を置く。
さっきまで俺が乗り移っていた体だ……
腹の辺りに真希の胸が当たる感触があり、微かに上下するその鼓動が、静かに俺を興奮させてきた。

端から見ても、やっぱいいもんだよなぁ……セーラー服って奴は。
手を伸ばしてスカートの生地を触った後、尻と太股のラインを撫で回してやる。
う〜ん、やはりまだ発育が足りないようだなぁ?

「う、うぅ……ん?」

お、真希の奴が目を覚ましやがった。
相手の意識が覚醒したことで、一気に凶暴な欲望が漲ってきた。

へへへっ、さっきまで入りこんでいた体が、今度は獲物となるんだ。
立場の逆転――襲うものと襲われるものが入れ替わったってわけだ。
くくく……それじゃあ、たっぷりと遊んでやろうじゃないか……!

「あれ――なんであたし、こんなところで寝てるの……?」

食事の支度をしていたはずなのに、目覚めたらいきなり床に倒れていたんだから、不思議に思うのも当然だろう。
しかも自分が姉の上に寝そべっていることに気付き、我が目を疑ったようだ。

「お、お姉ちゃん!?」

真希は慌てて飛び起きた。
キョロキョロと周りを見渡し、自分の体を見下ろす。

「え……?え?え?あたし……?」

さっきまで綺麗だったはずの制服が皺くちゃに乱れ、食べかすで汚れているのを不審に思っている。
わけが分からず、真希は呆然とこっちを見た。

「ど、どうなってるの……?」

しかし――助けを求めた姉は普段の優しい姉ではなく、寝そべったまま自分を見つめて、不敵な笑みを浮かべているのだ。
俺はゆっくりとなつみの体を起き上がらせると、テーブルの前で立ち尽くす真希にゆっくりと近づいていった。

「ん、ふふふふ……ま〜き〜ちゃぁ〜ん?」

真希は、迫りくる姉に驚いて体を反らせたまま、テーブルに肘を突いた。

「お、お姉ちゃん……?え、と……」

「いけない子ねぇ……あんな真似をして……そんなにイヤらしいことがしたいのぉ……?」

俺はなつみに化けたまま真希の髪を優しく撫でると、素早く股間に手を伸ばした。

「あっ!?」

「こんなにしちゃってぇ……んふふ、今なら分かるわよ……?さっき真希ちゃんが言ってた「気持ち」って奴……ああん、いいわぁ……!この、股間を熱く濡らす感覚……」

「あ、あたし?何で……」

真希は自分の股間の反応にすっかり混乱している。
いつの間にか履いていたはずの下着が失くなり、アソコがグチョグチョに濡れているんだからなぁ。
小便を漏らしたと勘違いしているのかもしれない。

「な、何で、こんなところが濡れてるの……?」

「あらヤダ……忘れたって言うのぉ?じゃあ、思い出させてあげるわ……あの気持ちを……!」

俺はニヤリと笑い、真希の顔を両手でつかんだ。
そのまま、可愛らしい唇に噛み付く勢いで自分の唇を重ねる。

「!」

真希の目が、大きく開かれた。
すぐさま舌を口の中にねじ込む。

姉の舌が、妹の舌に獰猛に絡み付く。
ちゅばちゅばとイヤらしい音が、台所に木霊した。

「んむ……っ、あふ……っ!」

別の生き物と化したなつみの舌が、真希の口内を暴れ回る。
妹は姉の舌攻めから逃れようとするが、頭を動かす度に俺がその後を追い、口を離すことすら許さなかった。
あぁ〜、甘ったるい感覚だぜ……!

「んっ!んんっ!ぷはぁっ!」

息苦しくなった真希は耐えられず、両手で俺の体を突き飛ばした。
目に涙を滲ませ、ゲホゲホと堰を吐き出す。

「なっ――かはっ!何……するのよ、お姉ちゃん!?」

「ふぅ……ご、ち、そ、う、さ、ま。んふ……っ、私とのキスはど〜う?」

俺はウットリとした表情を浮かべながら、唾液でヌラヌラと濡れた唇を指で擦った。

「どうしたの……?変だよ……なんか……お姉ちゃんじゃないみたい……!」

真希の目が怯えの色を灯す。
ふん、中々鋭いじゃないか。

「変?これが本当の私なのよ……真希がそれを教えてくれたんじゃない……さぁ、もっと気持ちいいことしましょ〜う?」

俺は唇を吊り上げるように笑いながら、真希の両肩をつかんでテーブルに押し倒した。

「きゃっ!」

テーブルの上に、真希が仰向けに倒れる。
掌同士を重ねたまま上に伸ばすと、真希の体がバンザイをした状態でテーブルに磔になった。
ひひひ、そそる姿だぜ……!

「んふふふふ、可愛い可愛い、真希ちゃぁん……♪」

「お、お姉ちゃん……?本当にお姉ちゃんなの……頭がおかしくなっちゃったの……?」

「だぁ〜から、これが俺なんだって!――あら、おほほ。ごめんあそばせ?ん〜……お姉ちゃんにそんな酷いこと言うなんて、悪い子ね〜!」

つい地が出てしまった俺は笑ってごまかしながら、さっきのなつみを真似て真希に抱き付いた。
そのまま、奴の耳に舌を這わせる。

「ひぃっ!」

真希がくすぐったさに、たまらず首を竦ませた。
俺は構わず、歯を立てて耳たぶを噛んでやる。

「ひゃあっ!」

「あらぁ……もしかして感じたのぉ?ここが弱いのかなぁ〜?」

真希の過敏な反応が、加虐嗜好をビンビンに刺激する。
俺は嬉々として、耳の縁を指で執拗になぞってやった。

「や、やめ……はぅっ!」

「ああーー、たまらん!子猫みてぇに怯えちゃってもう……くひひひひ!」

悶える真希を見ていたら、無性にムラムラしてきた。
自分のスカートの中に手を潜り込ませ、股間を指で激しく擦る。

「くふっ!いい……たぁまんねえよなぁ、この感覚……!ねぇ〜、真希ちゃ〜ん……ここを触ると、と〜っても気持ちいいのよぉ?そうだ、お姉ちゃんが擦ってあげるね!」

空いている方の手を、真希の内股に再び忍ばせる。
指を蜘蛛のように蠢かせて、グショグショに濡れそぼった秘所をたっぷりと愛撫してやった。

「はぐっ!?ふ……っ、くぅっ!」

「んん〜、その苦悶の表情、そそるわぁ〜♪」

真希は両目を瞑ったまま、歯を食いしばって必死に俺の攻撃に耐えていた。
性の知識も碌に持ち合わせていない年頃で、こんな凄まじい快感を味わっちまったら、衝撃で気が狂っちまうかもなぁ?

「うふふ……気付いてた?実はいつも真希が寝ている姿を覗き見して、私こっそりとオナニーしてたのよ……時々こうやって、体に触りながらねっ!うふふふふふ!」

怯える真希の太ももに、俺の股間を擦り付ける。
耳元に、適当な嘘をでっち上げて囁いてやる。

もはや真希の瞳は、正気の色を失いかけていた。
――と、踝に何かがぶつかったので、テーブルの下を覗いてみる。

おお、酒じゃねえか!
床には、数種類の日本酒の瓶が置かれていた。

「へへ……っ、いいねぇ……!」

目に留まった一本の瓶を持ち上げて、銘柄を確認する。
無意識の内に、なつみの喉がゴクッと音を立てていた。

こんな銘酒を前にして、無視なんてできるはずねぇっての……!
蓋を口で噛み開け、中の液体を一気にラッパ飲みする。

「かぁ〜っ、効くぅ!」

焼け付く感覚が、喉から胃に流し込まれていく。
これだよ、これ!
興奮のあまり、瓶に残った酒を頭から被る。

硝子戸に目を向けると、髪や服がグッショリと濡れたなつみが、たちまち妖艶な女に豹変していた。
くうう、エロいねぇ!

アルコールが一気に回ってきたのが分かる。
成人になったばかりのなつみの体じゃ、無理もないか……

喉のひりつきはかなりのものだが、酒の美味さは格別だった。
血液に酒が染み込んだことで、体が直ぐに火照り出す。
ますます性欲が漲ってきたぜ!

目の前に寝そべる真希を、欲望の赴くままに無茶苦茶にしたい――
スカートの裾から覗く白い太股を見下ろしながら、俺は口の端からダラリと粘性の強い涎を垂らした。

「ふひひ……真希ちゃんの綺麗な肌が見たくなったわぁ……」

まな板に置いてあった包丁をつかみ、逆手に持つ。

「ひぃっ!」

切っ先を向けられた真希が、恐怖に顔を歪めた。
俺はセーラー服の襟元を強引に引っ張り、服の生地に刃を通した。

「い、いやぁぁぁっ!」

真希が泣き叫ぶ。
制服が裂け、少女の柔肌が露わになった。
穢れのない肌の白さが、俺を益々獰猛にさせる。

「さあ、服を脱ぎ脱ぎしましょうねぇ〜。うふふふふ!」

包丁でセーラー服を力任せに斬り裂き、生地を左右に引っ張る。
ビリビリと破れた制服の破片が辺りに飛び散り、露出した真希の肌の面積がどんどん広がっていく。

「やだっ!やぁぁぁぁ!助けて……誰かぁっ!」

「そんなに泣かないでぇ……大丈夫、痛いのは最初だけ……すぐに気持ちよくなってくるんだからぁ……ひひひ!ねっ、おねぇ〜ちゃぁん!あ、姉は俺だっけ?ぎゃはははははは!」

上半身を半裸にしたまま、絶叫する真希。
俺はその姿を見ながら、ゲラゲラと笑う。

気付けばなつみの秘所から、壊れた蛇口のように大量のイヤらしい汁が溢れ出ていた。
スカートの上からでもハッキリと分かるくらい、股間の生地の色が濃く変色している。

どうやら、いつの間にかイッていたらしい。
妹に乱暴を振るっているってのに、姉の体が性的絶頂を感じていたんだ!

たまらず、スカートの中に手を突っ込んで、股間を乱暴に指で刺激してやる。
ああ……こうして女を弄びながら、俺自身も女の快感を堪能できるんだからなぁ……
まったく、最高だぜ!


「お、お前たち……何をしている!?」

――その時、突然男の声が台所に響き渡った。
背後を振り向くと、何時の間にか部屋の引き戸が全開に開かれ、1人の男が立っていたんだ。

龍太郎……!
俺の――兄貴だ。

今となっては、この家の主。
そう……親父が死んだ今、一族の長となった男。

大企業の社長で、親族の中でも世間体ってやつを最も気にしていた野郎だ。
だからと言うか……奴にとって、出来の悪い弟である俺の存在など赤の他人も同然――消し去りたい過去のようなもんだろう。
生前から、こいつとは喧嘩ばかりしていたからなぁ。

姿を見ないと思ったが、こんな屋敷の隅で油を売ってやがったのか。
長男の癖に、弟の葬式を立派に上げてやろうって想いも持ち合わせていないのかよ……けっ!

「あら……おじさま。丁度いいところに――」

俺は龍太郎を見つめながら、ニッコリと微笑んでやった。
顔に張り付けたなつみの柔和な笑みで、内心の憎悪を擬態しながら。

「今からこの子を犯そうと思っていたんですけど……ご一緒に、どうです?」

すでに失神しかかっている真希を指差し、俺は扇情的に腰を振って龍太郎を誘った。

「な、なつみ君?一体、何を言っとるんだ……!」

奴は唖然とした表情で、ズカズカと室内に入ってきた。
俺たちの痴態を止めさせようってのか?

「イカ臭ぇ顔近づけんじゃねぇよ、このジジイがッ!」

俺は空になった酒瓶をつかんで振り上げると、龍太郎の頭に叩きつけてやった。

「ぐあっ!」

” ごつっ”と言う鈍い音と衝撃に、龍太郎がくぐもった悲鳴を上げた。
醜く太った体が、無様に床に倒れ込む。

「おやおや、どうしたんですぅ〜おじさまぁ?もう年なんだから、足元に気を付けないと危ないですわよぉ……ほほほほほ!」

受け身も取れずに四肢を伸ばしてもがく様は、まるで人間大の蛙だな。
額から血を流し、呻き声を上げる龍太郎を見ながら、俺は悪女にでもなった気分で口に手を当てて哄笑した。


「何の騒ぎだ……?」

「あ、あなたっ!?」

騒ぎを聞きつけたのか、周囲にいた連中が次々に台所に入ってきた。

「あなた、しっかり!どうしたんです?なつみさん!これは一体……?」

龍太郎の元に駆け寄っているのは、奴の妻だ。
テーブルの上で気を失っている真希にも何人かが近付き、介抱している。
やってきた連中は揃って、この場に漂う異様な雰囲気に絶句していた。

まぁ、無理もないだろう。
床に散らばった作りかけの料理や割れた皿。
明らかに乱暴を受けたとしか思えない、あられもない姿の真希。
それらを放置したまま、人を見下すような顔でニヤつくなつみ。
誰がどう見ても、この騒動を起こした張本人は明白だ。

こっそりと姉妹の肉の味を楽しんでいたつもりだったが――
気付けば、結構な騒ぎになってきちまった。

……まぁいい。
とりあえず、この場での遊びはそろそろ潮時のようだ。
これ以上暴れたところで、どうせさっきのように男どもに押さえつけられるのがオチだろうからな。

俺は酒瓶を放り捨てると、手櫛で髪を整え、なつみ本人の表情を思い浮かべながら、菩薩のような微笑みを浮かべた。
柔らかい仕草で、小首を傾けて全員に向き直る。

「皆さん、お揃いでようこそ……ここにある料理は飲み放題食べ放題ですので、どうぞごゆっくりとお寛ぎ下さい。あ、そうそう……ヤりたい人がいたら、私がお相手しますわよ。何なら、そこに転がっている妹も起こして3Pでも楽しみますか?うふふふふ。あはははははははははははははははははははは!」

場にいる全員を指差し、狂ったように笑い続けながら、俺はなつみの肉体から抜け出した。
脱ぎ捨てた体が、床に崩れ落ちる。

途端に、台所が蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
幽体に戻った俺は、特等席でパニくる連中を見物させてもらう。

さてさて――この後、こいつらはなつみのことをどう思うのか?
なつみは妹を、真希は姉を、どのような目で見るのか?
今まで当たり前のように築き上げてきた人間関係も、僅か数分の間に跡形もなく崩れ去っちまったってワケだ。
ひひひ、いい気味だぜ!

あ〜……それにしても、酒に慣れない体で飲み過ぎたせいで、悪酔いしちまったかもなぁ。
幽体に戻ってもまだ意識に影響があるみてぇだ。

だが――この酩酊感も悪くはない。
夢見心地のまま、次なる獲物の体で楽しむ遊びをあれこれと考える。

誰に何をやらせるのかも、俺の自由なんだからなぁ……
それに、まだまだ獲物はたっぷりといるんだ。

さあ次は、誰を堕としてやろうか……?

へっ。
へへ。
へへへへへへへ!
ひゃははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!


続――






 
死.



ひひひ……奴らの間抜け面はマジで傑作だったなぁ。
さて、次はどんな手で連中をからかってやろうか?

偉そうに踏ん反り返ってるオヤジの娘に乗り移って、そいつの眼前で自慰でもするか……
母親に取り憑いて、息子に襲い掛かるってのもいいなぁ?

どれほど良識のある人間だろうと、俺の手にかかかれば容易く魂を穢すことが可能なんだ。
焦る必要はない……一人一人、ゆっくりと狂わせていけばいい。
そう、ゆっくりとなぁ……!


「むぅ?」

獲物を探す為に屋敷内をさ迷っていると、ようやく人の気配のする部屋を発見した。
今の俺は、この世とあの世の狭間にへばり付いている中途半端な状態だが……
何度か生きた人間の肉体に乗り移った所為か、幽体のままでも人間の存在を感知出来るようになっていた。

肉体があった頃のような五感とは違う、所謂「第六感」なのか?
戸の向こうからは、明らかに人間の発する「気」みたいなものが漂ってきているのが分かる。

ここは――死んだお袋の私室だったはず。
ならば、中にいるのは女に違いない!

「へへへ、だ〜れ〜か〜なぁ〜?」

精々、堕としがいのある獲物であってくれよ。
俺はおどけながら戸を擦り抜け、室内に好奇の視線を巡らせた。

「!」

だが――そこにいたのは、予想だにしなかった人物だった。
俺はあまりの驚きに、金縛りにかかったように動けなくなる。




「ひ、ひと……み……?」

化粧台に座る後ろ姿は間違いない。
見間違えるはずがない!

瞳。
俺の……妹だ。

――そうか。
ここに来た時に受付にいた女……あれが瞳だったんだ。
まったく気付かなかった。

5年――いや、7年ぶりか?
すっかり大人の女になっちまって……

俯く瞳の後ろ姿を見つめながら、俺は呆然と立ち尽くことしかできなかった。
さっきまでのドス黒い感情は何処へやら、まるで頭から冷水をぶっかけられ、悪酔いから覚めた時のような気分だ。

親族どもへの復讐心に支配されていた時は、すっかり意識から抜け落ちていた。
いや……死の衝撃の影響なのか?
実の妹である瞳の存在を、俺はすっかり忘れてしまっていた。
生者への恨みが、その対象外である妹の存在だけを記憶の底に封じ込めていたのか。

そう――俺にとって、瞳は特別な存在だった。
肉親の中でも、彼女だけは他の連中とは違った。
荒み出した俺を前にしても、兄妹として当たり前のように接し、敬ってくれた。
居場所のなかった家の中で、瞳は俺にとって唯一心の寄り所だったんだ。

勘当された時、心底俺を心配してくれたのも彼女だけだった。
最後に見たこいつの哀しそうな顔を……今でも、はっきりと覚えている。

そうだ……瞳は、本当に無垢だった。
幼い頃からの妹との思い出が、走馬灯のように蘇る。

俺はゆっくりと、瞳に近付いた。
化粧台の椅子に座る姿を、まじまじと観察する。

後ろで団子状に纏められた黒髪。
喪服に包まれた細身の体。

瞳は、思い出の中よりも遥かに美しくなっていた。
子供だとばかり思っていたが……7年経ったのだから、もう20代も半ばのはず。
つくづく時の流れを感じるぜ。

「ああ、瞳……」

聞こえないと分かっているのに、耳元でその名を囁く。
よく見れば、瞳は声を殺したまま嗚咽しているではないか。
泣き崩れたその顔は、まさに一人の成人女性のものだった。

俺の為に泣いているのか……?
そう言えば、俺が笑いかけてやればこいつは心の底から嬉しそうな顔をしたものだ。

瞳――
お前だけが、俺を理解してくれる。
俺の死を慈しんでくれるのか……?

灼熱の砂漠の真ん中で、オアシスをみつけたような気分だ。
胸が締め付けられる。

俺は自分の死に対して、はじめて他人への罪悪感を感じていた。
他の連中の存在など完全に消え去り、妹のことだけが心の中を埋め尽くす。

ああ、今の俺に実体があれば、すぐにお前を救ってやれるのに。
瞳の悲しみを、取り除いてやれるのに。

いや――
俺の中で、『瞳になりたい』という感情がむくむくと膨らんできた。

妹の悲しみを消す為にも、俺がこいつと一緒になる。
そうだ、瞳とひとつになるんだ!

『俺』が、『瞳』になる……!
何と言う蠱惑的な響きだろう。

可哀想な瞳……
可愛い妹……
分かり合える存在……!

そうだ。
それがいい。

俺の中で眠るんだ、瞳。
俺が全てを包み込んでやる。
兄として、男として。
お前と、ひとつに……!

幼子をあやす気分で、泣き震える肩に手を伸ばす。
そのまま、幽体を瞳の中へ忍ばせようとする。


「ぎゃっ!」

ところが、体に手を近付けた途端に、激しい痛みが俺を襲った。
たまらず後方に飛び退き、掌を確認する。

――特に傷はない。
しかし、まだ指先が痺れている。

何だ?
俺はワケが分からないまま、瞳の様子を確認した。

さっきまでと、何が違うってんだ。
まさか、肉親には乗り移れないとでも言うのか?

恐る恐る手を前に突き出しながら、痛みの正体を探る。
すると、瞳の腕に近付けた時にだけ、ビリビリと「圧」を感じるのに気付いた。
妹の腕を、もう一度よく観察する。

ひょっとして……”数珠”か?
瞳の手首に巻かれた、葬儀用の数珠。
これが、悪しき霊を払う破魔的な役割でも果たしているってのか?

そう言えば――
良子は最初から葬儀にまともに参加するつもりなどなかったから、こんなものは身に付けていなかった。
手伝いに来ていただけのなつみたちは、言わずもがなだ。

つまり……この手の仏具を持った人間に、霊は乗り移ることができないってのかよ?
何てことだ。
誰に乗り移ろうかあれこれ画策していたのに、そもそもほとんどの人間に入り込むことすらできなかったとは!

蛇の生殺しにもほどがある。
目の前に俺が一体化するべき唯一の肉体があると言うのに、それが叶わないなど冗談じゃねぇ!

どうにかして、瞳に乗り移る方法を探さなければ……
俺は、かつてないくらい頭を必死に回転させた。


――要は、あの数珠さえ外してしまえばいいんだ。
だが、どうやって?
霊体で触ることができなくとも、誰かの肉体に入った状態ならば可能なのか?

すぐさま部屋を飛び出し、手近な器を探す。
くそっ!なつみの奴にもう一度乗り移りたいところだが、あんな騒ぎを起こした後じゃ難しいだろう。

肉体を手に入れても数珠に触れられない可能性を考えると、その対策も考えなければならないが……
そもそも、ほとんどの人間が喪に服した格好をしている以上、乗り移れる相手すら希少じゃねえか!

屋敷を飛び出して、どこかから適当な相手を連れてくる……?
駄目だ、そんなことに時間をかけていられるかよ!

くそっ!
どうすればいい!

焦り、周囲を探っていると――
庭の方から甲高い笑い声が聞こえてくるのに気付いた。

あれは……?
壁を擦り抜け、外に出る。
周囲に視線を巡らせると、広い庭を元気に走り回る5歳くらいのガキたちの姿があった。

「きゃはははは!」

「もう、まってよ〜!」

重苦しい大人たちの空気など関係ない様子で、2人は何がそんなに面白いのか、追いかけっこに夢中の様子だ。
俺の目は、自然と幼女の方に引き寄せられた。

癖のない柔らかそうな黒髪と、可憐な顔立ちから漂う面影は――
間違いない!
あれは、瞳の娘だ!

――風の噂で、俺が家を飛び出した後に妹が嫁いだ話は耳にしていたが、まさかあいつが、こんなにも大きな子供を育てていたとは。
一緒にいるのは、誰か親族の息子なのか?
まるで邪気のない姿は、黒い情念に包まれた幽霊の身には酷く眩しく映った。


”これ”だ……!

素晴らしいアイデアが閃いた。
俺の思惑を叶えるためには、これを利用するしかない!

庭を駆け下り、瞳の娘の側に近付く。
間近でよく見ると、益々幼女の顔は瞳の幼い頃と瓜二つに思えた。

服装を念入りに調べる。
よし……この場に合わせた黒い子供用のワンピースを着ているが、さすがに数珠などは身に付けていないな!

お前の名前すら知らないが……頼むぜ、姪っ子。
叔父さんの手助けをしてくれ!

とは言え――「ガキ」に乗り移ることなんて、出来るのか?
真希でさえ、入り込んだ俺の魂が溢れるのではと思える小柄さだったが、その比ではない。
どう考えても、器より中身の方が大きいんだぞ?
いくら実体のない魂とは言え……

と、あれこれ悩んでいても仕方ない。
ええい、とにかく試してみるか。

駆け回る瞳の娘を捕まえるように前に回り込んだ俺は、その小さな体に両手を巻き付けた。
ズブズブと、肘から先が肉体に入り込んでいく。

「ひ……っ!?」

娘は小さな呻き声を漏らすと、その場に立ち尽くした。
――やはり、未熟な精神は乗っ取るのが容易い。
一切の抵抗もなく、俺の幽体が肉体に浸透していく。

乾いた大地に水を垂らしたように、小さな体に幽体がみるみる吸い込まれていく。
どうやら、マジで魂に質量は関係ないようだ。
俺は完全に瞳の娘の意識を支配した。

「……」

腕を持ち上げて、思い通り肉体が動くのか確認する。
うおお、小せぇ!
何だこの手のサイズは?
まるで人形だ!

視界も、地面が近すぎて違和感が激しい。
自分が小人になったみたいだ。

「ゆりちゃん……?」

後ろから、一緒に遊んでいた小僧が不思議そうに声をかけてきた。
ほう、娘の名は「ゆり」と言うのか。
心の中でその名をつぶやくだけで、以前から知っていたような親近感を覚える。

……とにかく、この体ならば瞳に近付くのも容易のはず。
急いで部屋に戻るとしよう。

「ねぇ〜、どこいくのぉ?」

ところが、歩き出した途端に小僧の方まで付いてきてしまった。
こいつからすれば、今の俺が遊び友達にしか見えていないんだろうが……
このまま金魚のフンみたいに後を追われても面倒だ。

「ちょっとだいじなようがあるの。ここですこしまってて」

口調に気を付けながら、弟を躾ける姉のように言い聞かせる。
うぅむ、舌が短いからか、かなり喋りづらいぜ。

「えぇ〜?やだやだぁ!もっとあそぼうよぉ!」

だが、敵は思いのほか手強かった。
小僧はワンピースのスカートを引っ張って、猿のように暴れて駄々をこねてきやがったんだ。

ったく、これだからガキって奴は……
こんなところで手間取ってる場合じゃないってのに!

恫喝して追い払おうかと思ったが、泣き叫ばれて騒ぎになるのも面倒だ。
一計を案じた俺は素早く手を伸ばし、相手の股間をわしづかみにした。

「!」

小僧は驚いた顔で、そのまま全身を硬直させる。
俺は短い指を器用に動かして、短パンの上からイチモツを優しく摩ってやった。
外的刺激を受けたことで、小僧の股間が一丁前にウィンナーほどの硬さになってきたのが分かる。

「ねぇ、きもちいい……?」

幼い声に妖艶さを滲ませながら、甘ったるく問いかける。
小僧は目を白黒させたまま、コクコクと首を縦に振った。

「しばらくおとなしくしてなさい。いうこときけば、あとでもっときもちいいことしてあげるから……」

股間を愛撫しながら懇願すると、小僧はあっさりと従った。
この歳で早熟に性癖を開花させちまったかもしれんが……
まぁ、そんなことはどうでもいい。
股間から手を離して小僧を置き去りにしたまま、俺はその場を後にした。

庭に面した廊下から屋敷に入り、急いで瞳の元へと向かう。
くそっ、実体のない幽霊とは違い、生身での移動はやはり面倒だな……
それに操っているのが幼女の体な為、ちょっとした距離を歩くのにもかなり消耗する。
瞳に再会できる興奮を必死に抑えながら、やっとお袋の私室の前まで帰ってきた。

「はあ、はあ、はあ……」

乱れた呼吸を整える。
落ち着け……
落ち着くんだ、俺。

今度は一方的にではなく、実際に妹と顔を合わせるんだからな……
それも、あいつの娘として。

深呼吸と共に、イメージトレーニングを繰り返し思い浮かべる。
問題ない……これまでだって何度も他人になりすましてきたんだ。
意を決した俺は、私室のドアを開けた。

室内に足を踏み入れると――
瞳は先程と変わらず、化粧台に座っていた。

「あら、ゆりちゃん……どうしたの?」

人の気配に気付いてこっちを振り返った瞳は、入ってきたのが自分の娘だと分かると、素早く目に溜まった涙を拭い、微笑みを浮かべた。

ああ、本当に瞳だ……!

向けられているのがゆりへの眼差しだと分かっていても、妹と目を合わせていることに言いようのない感動を覚える。
このまま兄として、思いの丈をぶちまけたいところだが――
ギリギリで思い止まる。

焦るな……
これを切り抜ければ、今度こそ瞳と”ひとつ”になれるんだ!
今は、兄ではなく娘になりきらなければ。
自己暗示を繰り返し、肩から力を抜く。

「おかあさん……」

無心で口を開くと、自然と子供らしい口調になった。
てってってっと母親の元へ駆け寄り、力一杯抱き付く。
瞳の体は、想像以上の柔らかさだった。

「疲れちゃったの……?ちょっとおねんねする?」

瞳はゆりの髪を優しく撫でながら、椅子から降りて目線を合わせてきた。
本当に、母親なんだな……
慈愛のこもった姿は、女神と思えるほどだ。

俺は妹の体を抱きしめながら、チラッと腕に巻かれた数珠を観察した。
手を近付けてみたが――とりあえず、痛みを感じる様子はなさそうだ。
やはり、肉体に入り込んでいる状態では影響がないらしい。
それでも「厭な気」みたいなものは依然漂ってきているので、やはりこいつを外さないことには瞳に入り込むのは無理そうだった。

「ねぇ、おかあさん……ないてたの?」

「え……?」

「どこか、いたいの……?ゆりがなおしてあげる!」

布石を打つために、娘になりきって瞳に話しかける。
実際に血が繋がっているからなのか――先程の姉妹のフリをするよりも、容易にゆりらしく喋ることができた。

「ううん、大丈夫。どこも痛くないよ」

「じゃあ、なんでないてたの?」

「それはね……とても、悲しいことがあったから……」

「かなしいことって?」

「……お母さんの、とても大切な人がね。遠くに行ってしまったの……」

最初は言い淀んでいた瞳だが、やがて訥々と語りだした。
娘には真摯に接したいと思ったのだろう。

「たいせつな、ひと……?」

「その人ね……すごく不器用で……誤解されやすい人だった。でも、私の前だけでは……素直な姿を見せてくれたの」

「……!」

瞳の言葉に嗚咽が出そうになり、たまらず歯を食いしばって耐える。
うっかり自分の正体を明かしたくなる欲求に、必死に抗う。
何よりも、瞳が発した言葉に深い感銘を受けていた。

お前も……俺と同じ気持ちを抱いていたのか……!

思えば俺の家は、徹底した男社会だった。
それ故、良子のような女は異質だったからな。
特に大人しい瞳は虐げられ、相当不自由な生活をしていたはずだ。
こいつの結婚だって、家柄目的で龍太郎辺りが無理やり嫁がせたに決まっている。

――話を聞けば聞くほど、瞳の苦労が痛いほど伝わってきた。
俺の死を聞いて、激しくショックを覚えたこと。
一刻も早く病院に駆けつけたかったが、嫁いだ身ではそれも叶わなかったこと。

瞳は、今日まで会いに来れなかったことを俺に詫び、こんなところでひっそりと泣いていたのだ。
何といじらしい……!

ヤバい。
胸が張り裂けそうだ。
感情が膨れ上がり、ゆりの小さな体が破裂するんじゃないかと心配になってきた。
抱き付いた腕に、ぎゅっと力を込める。

待っていろ……
今すぐ、お前のその哀しみを俺が取り払ってやる……!

「ねぇ、おかあさん」

「なぁに?」

「あいたい……?」

「え――」

「そのひとに、あいたい?」

声と眼差しに力を込めて、正面を向いて問いかける。
娘のただならぬ気配に気圧されたのか、瞳は思わずと言った風に息を呑んだ。
しかし、やがて――

「ええ……逢いたい。逢って、またお話がしたいわ」

――と、願いを口にしたんだ。
満足のいく答えに頷いた俺は、子供らしい満面の笑みを浮かべた。

「じゃあ、ゆりがあわせてあげる!」

「え……?」

キョトンとする瞳の後ろに回り込み、鏡越しに顔を覗き込む。
化粧台には、一見よく似た母子の姿が映し出されていた。
――もっとも娘には、俺と言う霊が取り憑いているんだがな。

「いまからおかあさんは、ゆりのいうとおりにうごいてね!」

「ど、どうしたの……?」

「い〜から!これはおかあさんのためなんだよ?はい、まえをむいて!」

「う、うん……こう?」

戸惑っていた瞳だが、子供らしい気遣いだと思ったのか、大人しく従うことにしたようだ。
椅子に座り直し、前を真っ直ぐ見つめる。

「じゃあ、いきをすって〜、はいて〜」

「ス〜、ハ〜ッ……」

「こころをおだやかにしたら、あいたいひとのかおをおもいうかべてね」

「本格的なのね……どこでこんなこと覚えたの?」

「さっき、 おじさん ・・・・ におしえてもらったの」

「そうなんだ……」

親戚のオヤジあたりが、子供だましのまじないでも教えたと思ったのか。
馬鹿馬鹿しいはずなのに、母親として娘が満足するまで付き合ってやるつもりのようだ。
どこまでも優しい親心に、涙が出そうになるぜ。

「あ、そうだ!おかあさん……これ、てにまいてちゃだめだよ」

「これって……数珠のこと?」

いよいよ『詰み』に入った俺は、指先で瞳の持つ数珠を突いた。
やはり、触っただけでも相当の不快感が込み上げてくる。

「よけいなものをみにつけていたら、そのひとにあえなくなっちゃうんだから!」

「ええ〜、そんな決まりがあるの?」

「い〜から!それ、はずして!」

「はいはい、分かりました」

子供じみた理不尽な言い分にも、瞳は黙って従ってくれた。
手首から数珠を抜き取り、化粧台の上に置く。

これで……
ついに、瞳に乗り移る障害が消え去ったんだ……!

興奮を鎮めて、妹の背中に手を置く。
ひっそりと唾を飲み込み、声の震えを抑える。

「そ、それじゃあ、めをつむって」

「はい」

「そのひとのこと、つよくねんじて」

「念じればいいのね?」

瞳は俺の指示の通りに、静かに集中した。
子供に付き合っているつもりが――いつの間にか真剣にやっていることに、本人も気付いていないようだ。

「おかあさん……?」

「うん……思い浮かべているわ」

「もっとだよ。つよく、つよくねんじなきゃ」

「んっ……」

「もっと!もっとつよく!」

「にい……さん……」

「そう!そのおもいをもっとぶつけて!」

「……逢いたい……兄さん……!」

閉じられていた唇が開き、溢れた想いが声として漏れる。
瞑った目から、一筋の涙が零れ落ちた。

瞳……!
たまらず、背中から抱き付く。

「おれもだ……あいたかったぜ。ひとみ……!」

「え――兄、さん……?」

ゆりの声が、俺としての言葉を発する。
娘の中に違う「何か」が潜んでいることを感じ、瞳の体が強張った。

俺はそんな妹を安心させてやろうと、ゆりの中から自分の幽体をゆっくりと切り離していった。
そのまま瞳の肉体に身を重ねていく。

「ぁ……っ!?」

背後に違和感を覚えた瞳が、驚いた声を上げた。
俺の侵入に抗い、体が拒絶反応を起こしているのが分かる。

安心しろ……
怖がることはない。

これまでの女どもとは違い、優しく、包み込むように乗り移っていく。
その耳に「大丈夫、大丈夫だ」と囁きながら。

「あ……っ!あ、ぁ……っ!」

突然襲い掛かる不可思議な感覚に翻弄され、瞳は完全に恐慌をきたしている。
俺は諭すように、子守唄を唄うように、妹の意識を眠らせていった。

ああ……いい気持ちだ。
瞳、お前の体は、今までの誰よりも暖かくて、本当に気持いいぞ。

他の連中の肉体が量販店で売られている既製品の服だとしたら、瞳の体は特注で作られたとびきりのドレスだった。
まさに、肉体と言う名の最高の礼装だ。

社交界にデビューする高貴な家柄の娘のように、その体を大事に着込んでいく。
瞳の意識が、俺の奥底に沈んでいくのをはっきりと感じた。

ついに……
ついに俺は、瞳になったんだ……!


ゆっくりと目を開ける。
そこには、新たな世界が広がっていた。

正面にある化粧台の鏡に映る俺の――いや、瞳の姿……!
やや幼さの残る顔立ちだが、良子なんかとは比べ物にならないほど美しい。

「はぁ……っ」

鏡の中で、瞳がうっとりとした顔をしている。
先程までの怯えた様子は、微塵も感じられない。

――そうか、お前も嬉しいのか?
兄である俺と一緒になれたことが、そんなにも嬉しいのか!

「ああ、瞳……!」

鏡に両手を突いて、そこに映る妹の顔に頬擦りする。
硝子の冷たさが頬越しに伝わってきた。
瞳の声が、俺の言葉を発しているのがたまらなく嬉しい。

勢いよく椅子から立ち上がる。
俺の意思通りに、瞳の肉体は動いてくれた。
これまで良子たちに乗り移ってきたのだから当たり前のことなのだが……妹の体を思い通りに動かせる感動は、格別だった。

足元を見ると、ゆりが畳の上に倒れている。
支配していた俺が抜けだしたから、気を失ってしまったんだ。

ふふっ、安心しろ瞳……
他の連中とは違い、娘はちゃんと介抱してやろう。
お前との念願の邂逅は、それからだ。

「――ゆりちゃん……ゆりちゃん」

母親になりきり、娘の体を擦る。
何度か揺すっている内に、ゆりは目を覚ました。

「う、う〜ん……?」

目を擦りながら、ゆりが起き上がってきた。
きょろきょろと周りを見回して、不思議そうな顔をしている。
庭で遊んでいたはずなのに、気付いたら屋内にいたんだからな。
おまけに、目の前には母親までいるんだ。

「ありがとう、ゆりちゃん。あなたのおかげで、私の願いは叶ったわ・・・・・・・・・

先程瞳自身にやられたように、髪の毛をぽんぽんと叩いてやる。
それだけで、胸の中がたまらなく暖かくなってきた。
これが、母性って奴なのか?

「おかあさん……?」

ゆりはポカンとしていたが、母親が喜んでいるのを感じ取って、意味が分からないながらもすぐに笑顔になった。
俺の体に抱き付き、猫のように甘えてきた。
その小さな体を抱きかかえてやり、しばし親子の時間を堪能する。

「……さ、お外で遊んでらっしゃい。お母さんは少し大事な用があるの」

「うん、わかったぁ!」

「あ……そうそう、ゆりちゃんにこれをあげるわ。飽きたら捨てちゃってもいいから」

俺は化粧台に置いた数珠を指さした。
瞳と一緒になることを邪魔した、忌むべき代物だ……
視界に入るだけで苛立ちが込み上げてくる。

「いいのぉ?わ〜、すてき!」

ゆりは予想以上に喜んだ。
大人っぽいアイテムを手に入れて、ご機嫌の様子だ。

引き戸を開けて、娘を送り出してやる。
廊下をぱたぱたと走っていくのを見届けてから、窓の方に移動する。
ここからは、庭の様子がよく見えた。
小僧のところに戻ったゆりは、早速遊びを再開したようだ。

「ねえ、さっきのまたやってよ!」「え〜なんのこと〜?」と言う会話が聞こえてくる。
俺はフッと笑い、窓から離れた。

これでついに――全ての障害が取り除かれた!

しかも、部屋には俺一人。
誰の邪魔も入らない。
余すところなく、この体を動かせるのだ!

さあ、瞳。
共に兄妹の時間を、楽しもうじゃないか……!

すでに何度も女の体に入りこんでいるのだから、いい加減慣れてもいいはずなのに……
新たに手に入れた肉体を自由にできることは、その度に新鮮で言い知れない興奮がある。

しかも、これは瞳の体なんだからな。
頬に手を添え、柔らかい感触を楽しむ。

弾力のある触り心地がたまらない。
実に女らしい肌触りだ。
顎の細さといい、鎖骨から肩にかけての華奢なラインといい、乗り移ったことで妹の成長した肉体の美しさを益々実感する。

「綺麗だ……」

俺は、鏡の向こうの瞳に向かって微笑んだ。
鏡像の瞳も、穏やかな笑みを返す。

幽霊だった時は、対話もままならなかったからな。
先程会話はしたが、あくまでも娘としてだ。

そんな瞳に――どんな台詞でも自由に喋せることができるんだ。
何か言わせてみようか?

「兄さん、見て。私の体を……!」

瞳になりきり、両手を大きく開いて鏡と向き合う。
背筋がゾクッと震えた。

瞳が……こんなはしたない言葉を口にするなんて……!

しかし鏡の中の妹はこれまでの女たちと同様に、俺の顔真似をしているような表情で、どうにもおかしい。
瞳らしい表情を作ろう思うのだが、やはり他人の顔を模倣するのは難しかった。

――妙な話だ。
本人がいつも無意識に浮かべているはずの表情を、鏡の前で必死に作ろうとしているんだからな。

「ふふ……っ」

だが、鏡の向こうで微笑んでいる瞳は、記憶の中からは考えられないほどに妖艶で、実にいい女だった。
こいつの性格からして、契りを交わした自分の旦那にだってこんな顔を見せるとは思えない。

つまり、この表情は俺だけに見せてくれるもの。
愛を誓った男ですら知らない姿でさえも、自ら進んで俺に披露してくれているのだ……!
――顔も知らないこいつの 良人 おっと への優越感が、ふつふつと湧き上がってくる。

きっと瞳も、俺がいなくなったことへの哀しみを、男の胸で癒そうとしたのだろう。
だが、無理することはない。
好きでもない男と、体を重ねる必要なんてない。

俺がお前を癒してやる。
心配せずに、俺の中で安らいでいるんだ。

……だってそうだろう?
お前のことを大切に思っているのは、この俺だけなのだから……!

「ああ、嬉しい……」

瞳が両手を合わせて、心から安らいだ顔をした。
小首を傾げると、後ろで結んだ髪の毛が襟足をくすぐる。
他人の肉体に入ると、普段よりも神経が敏感になるんだろうか?
何気ない動作にもイチイチ反応してしまう。

これまで乗り移った女たちは、復讐心からその肉体を奪ったわけだが……
こうして純粋に女の感覚を楽しもうとすると、その一動作一動作が男からは考えられない甘い刺激を与えてくれるのが分かった。
俺はあらためて、女の肉体の素晴らしさを実感していた。

よしよし、抱擁してやろう。
ギュッ、と自分の――瞳の体を抱きしめる。

小柄でも、瞳自身の手で触ると何の違和感もなかった。
いや、むしろ手に余る感じだ。
その大きな一因としては……やはり胸か。
両手を体に巻き付けようとしているのに、それを邪魔しようとする膨らみがある。
しかも信じられないくらい柔らかい感触が、腕から伝わってくるのだ。

抱きしめたまま腕に力を込めると、ぷるぷると肉の弾力が跳ね返ってきた。
腕と体の間に、クッションでも挟み込んだように。

ああ、この感触がたまらない……!
愛しい妹の体を、その手で弄る。

この柔らかさは……癖になりそうだ。
自然と口が綻んでくる。
肉体そのものも、喜びに喘いでいるようだ。

細く長い指を躍らせながら、俺はふっくらとした乳房の上に両手を添えた。
呼吸と共に上下する胸。
羽毛布団の感触を楽しむように、そこにゆっくりと指を埋めていく。
喪服の上から、両手の指が乳房に沈んでいく。

「優しく、優しく……」

指で胸の膨らみを、鞠のように転がす。
摩る度に喪服とブラジャーと肌が擦れ、心地良い触感が伝わってきた。
一度乳房を中央に寄せた後に、下から思いっきり掬い上げる。

「あぁ……んっ!」

何と言う感触だろう。
瞳の胸は大きすぎず、かと言って小さすぎず、掌で包んだ時のフィット感も抜群だった。
女の乳房ってやつは、本当に素晴らしいな……!

これは――美だ。
人と言う名の芸術だ。

胸から生まれた快感が、穏やかな波のように体中を駆け巡る。
全身が、快楽と言う名の海になったようだ。

触れば触った場所が、様々な表情を生み出してくれる。
俺の欲求に、瞳の体はちゃんと応えてくれていた。

喪服の生地の滑らかさまでもが心地良い。
こんな恰好をしている瞳を、実の妹を辱しめている背徳感が、益々俺を興奮させる。

鏡の中では、黒衣の女性が狂おしいまでに美しい踊りを踊ってくれていた。
――不思議な気分だぜ。
死者を慈しむために喪服を着た人間を、死者である俺が慰めているんだからなぁ!

「はあ……!瞳……っ!」

鏡の中の瞳がもっと美しくなるように、俺はこの体を愛撫し続ける。
手の甲に口付けをし、指に舌を這わせてから、片手を下腹部に移動させた。

妹の、瞳の、大事な所……!
子供ができた母親のように、優しくそこを撫で擦る。
瞳の股間はすでに喜びに満ち満ちていて、スカートの上から少し触るだけでも、敏感な反応を返してくれた。

「くうぅ……太陽が中で暴れているみてぇだ……!」

火照った体を左右に揺らし、スカートの裾から手を忍ばせる。
奥はすっかり熱気に溢れていた。

パンスト越しに撫でる秘所の感触もたまらない。
生地の手触りと肉の弾力が混じり合い、股間の熱をさらに上昇させる。
指で刺激をさらに与え続けていると、下腹部だけでなく全身まで火照ってきた。

ああああ、駄目だ!
もう我慢できねぇ!

あまりの熱さに耐えられず、喪服の上着を豪快に脱ぎ捨てる。
興奮を鎮めるために、裸体を解放した瞳を鏡に映してみる。

おお、さらに美しいぞ……!
俺は一瞬我を忘れて、ブラジャーを身に付けただけの妹の姿に見入った。
服を脱いだことで、こいつの体が大人の女性である事実が際立って目に飛び込んでくる。

肌が空気に触れた影響で、体の感度がさらに跳ね上がっていた。
勃った乳首が、ブラを押し上げているのが分かる。

そうか……お前も、俺の愛撫がそんなに嬉しいのか?
ならば一緒に、もっと溺れようじゃないか……!

スカートを捲り上げ、パンストの中に手を突っ込む。
指が獰猛な動きで恥毛を掻き分け、侵入すべき穴に入り込む。
瞳の秘所はすっかり濡れそぼっていて、指を出し入れする度に生まれる気持ちよさで、頭が真っ白になった。

「んふ……っ!」

膨らんだ小豆を摘まむと、痺れる感覚が股間から脳天を貫く。
脚がガクガクと震え、まともに立っていられなくなる。

畳の上にうつ伏せになり、股間を弄りながら体を床に押し付ける。
その恰好のまま腰を揺すっていると、自然と乳房も畳に擦り付けられた。
胸の圧迫感を楽しみながら、一心不乱に股間を攻め立てる。

「ん……あ、あああっ!すっ……ごい……!」

少し汗ばんだ肌の匂いが、微かに鼻腔をくすぐった。
乳房と秘所の2点を中心に、まさに天にも昇るような気持ちで意識が白んでいく。

――息を弾ませたまま、視線を化粧台の横にある年季の入った姿見に向ける。
そこには、獣のような格好で這いつくばる瞳の姿が映っていた。

「美しい……最高だ、瞳……!」

思わず感嘆の声を上げる。
かつて感じたこともない興奮が、俺の心をわしづかみにする。

男女の性交なんて目じゃない。
俺たちは合一を果たし、誰もが味わったことのない至高の快楽園に辿り着いたのだ。

良子、洋介、てめえらにこの素晴らしさが分かるか?
この家に集まった糞ども、見えるか?
俺たちの至福に満ちたこの姿を!

そうだ、生きる価値があるのは瞳だけだ。
瞳だってこうなる事を望んでいたはず。
てめぇらなんかと一緒にいるのは、うんざりだとな。
このまま永遠に俺たちだけの世界が続けば、どれだけ素晴らしいことか……!

「はあ……!はあっ!最高だ……!最高……さい――はううっ!」

秘所が悲鳴を上げる。
目の前がチカチカする。
体温がどこまでも上昇していく。

やばい……
こ、これ以上はもう!
止めようと思っても、指が、腰の動きが止まらない!

瞳……
瞳……
瞳……
瞳……
瞳……

「ひ、瞳ぃぃぃぃーーーっ!!」

肉体から魂が飛び出すくらい強烈な感覚が、股間から吹き上がった。
骨がバラバラに砕けるような衝撃と、蜜の中に体を沈めたような心地良さが同時に襲ってくる。

瞳の体は、性的興奮の極点に達したのだ。
女の体ではじめて到達した新天地に、俺は心の底から歓喜していた。

「ハア……ハア……ハ、ハハ……ハハハハ……!」

力なく笑いながら、畳の上に仰向けになる。
視界の隅で上下する胸の双丘。
股から静かに広がる緩やかな恍惚感。
瞳と俺は、同時にイったってわけか……ヘへヘ。

清々しかった。
肉体という器から開放された俺だが、やはり意識の奥底には黒い欲というものがこびり付いていた。
ジャンクフードに舌が慣れたガキのように、肉の入れ物で得られる快楽ってやつが忘れられないらしい。

俺は今になって、生に対する喜びを噛み締めていた。
肉体と言う「形」を取り戻したんだ、もはや幽霊なんてあやふやな存在に戻る気は微塵もない。

瞳として、一緒にこの肉体で生きていきたい――
そんな思いが胸中を過る。

俺が瞳として生きていく……か。
ふふ、名案だな。
瞳だって、この家の連中には恨み辛みが嫌と言うほど溜まっているだろう。
俺と手を取り合って、そんな奴らに復讐してやるんだ……
兄と妹が、力を合わせて!

素晴らしい。
実に素晴らしい!
これ以上の妙案はない!
お前もそう思うだろう?

「素敵……」

瞳になりきってつぶやく。
心の底から安堵している声だ。

真の意味で瞳と「ひとつ」になる――
その為には、肉体だけでは駄目だ。
こいつの『魂』そのものとも重なり合わなければ!

起き上がり、化粧台に座る。
鏡越しに、最愛の妹と向き合う。

「瞳……」

再びその名を、力を込めた言葉でつぶやく。
ジッと鏡に映る顔を見つめ、俺は静かに意識を集中させた。

俺は……瞳。
俺は、瞳……!
瞳なんだ……!

鏡の向こうにいる妹の姿を、余すところなく脳裏に焼き付ける。
体の奥底に眠るこいつの魂を浮上させ、力一杯抱きしめてやる。

さあ、俺にすべてを委ねるんだ。
瞳……!

体を前に突き出す。
鏡の向こうにいる妹に、そっと口づけをする。

唇に伝わってくる冷たい感触。
胸から湧き上がってくる暖かい感情。

瞼を閉じ、瞳の存在だけを心に想う。
眠っている瞳にも、俺の存在を教えてやる。

魂を、ひとつに……
俺の魂と、瞳の魂をひとつに……

兄と、妹の意識が、真に”ひとつ”になるんだ……!



「……」

乱れていた呼吸が、いつの間にか落ち着いていた。
鏡から口を離し、深々と息を吐き出す。
「私」は――ゆっくりと、目を開いた。

化粧台に映る、自分の顔。
けど、見慣れたはずのその顔からは、すっかり悲しみの感情が消え去っていた。
あれほど泣き腫らしていたのが嘘みたいだ。

その原因が、自分の中にあることがハッキリと分かった。
胸に、そっと手を添える。

暖かい――
自分の中に、自分ではない別の存在が宿っているのが分かった。

「ああ、兄さん……」

ウットリとつぶやく。
そう。
私の中には、確かに兄がいた。

私は瞳であり、また兄でもあるんだ。
自分の体を抱き締め、しみじみと感慨にふける。

――なんだか、不思議な気持ち。
どこまでも沈んでいた心が、今は雲一つない空のように晴れ晴れとしている。
それと同時に、心の奥底でメラメラと燃えている黒い炎を感じ取れた。
これは間違いなく、兄の怒りだ。

今、その昏い感情が、確かに私の中にある。
もはやその想いは、私の想い。
周囲を焼き尽くしてもし足りないくらい激しい感情が自分の中に宿っているのが、この上なく嬉しい。

「見ていて……兄さん」

鏡に映る自分に向かって、決然とつぶやく。
そう。
兄が果たせなかった願いは、私が果たして見せる。

その決意と共に、最後の誓いの口づけを鏡と交わす。
股間の奥で、私の体が喜びに震えていた。


――今の私は、さっきまでの私とは違う。
もうこんな部屋の片隅で、居場所もなくじっと隠れている必要もないんだ。
さあ、兄さん……外の世界に踏み出しましょう。

脱ぎ捨てた服を拾い上げ、袖を通す。
鏡を見ながら、身だしなみを確認する。
もう少し、兄好みの見た目にしようかしら?

バレッタを外し、後ろで結んでいた髪を解く。
頭を左右に振ってから鏡を見直すと、背中まで下した黒髪がいい感じに乱れ、男が好きそうな憂いを帯びた妖艶さが醸し出されていた。
うん、いい感じね。

――そんなことをしていると、ズカズカと乱暴な足音が近づいてくるのに気付いた。
私はゆっくりと、後ろを振り返る。

引き戸が乱暴に開き、一人の男が部屋に入ってきた。
不機嫌さを隠しもしないその顔つきは、よく見知った相手だった。
私の、良人だ。

「おい、帰るぞ!もうこんな気味の悪い場所にいられるか!」

良人は神経質そうに目をギョロギョロと動かしながら、吐き捨てるように叫んだ。
息苦しいのか、ネクタイを外そうとせわしなく手を首元に伸ばしている。

「今度は、手伝いに来ていた姉妹の気が触れたらしい……やはりこの家は呪われているんだ!だから俺は来たくなかったんだよ……!」

先程からの騒ぎのことを言っているのだろう。
兄の仕業だとも知らず、もっともらしい怪談じみた物語を早口で捲し立てている。

元々、彼は私の家柄にコンプレックスを抱いていた。
それもあって親族が集まるこの葬儀に来るのを最後まで嫌がっていたが、世話になった龍太郎の手前、渋々ついてきたのだ。

――良人は、親の威光だけで今の地位までのし上がってきた男だった。
龍太郎のような権威のある者には逆らえず、外ではヘラヘラと相手の機嫌を伺い、家庭で私相手に鬱憤を晴らすことしかできないような小心者だったのだ。

本当に……器の小さな男。
これまでは理不尽に当り散らされ、罵詈雑言を黙って受け止めるしかなかった私だけど、兄を宿した今となっては、そんな彼も自分に纏わりつく蠅にしか思えなかった。
無感情に冷めた視線を、喋り続ける良人に向かって投げかける。

でも――この男は、これからの『 私たちの計画 ・・・・・・ 』に使える駒の一つだ。
龍太郎から家と財産を奪い、地位も名声も地の底に叩き落とすために。

いくら兄を宿したと言っても、何の力も持たない私がどれだけ上手く立ち回ったところで、大人しくそれを聞く人間などいない。
人を動かすには、それ相応の象徴が必要になる。
だから私の傀儡として、当面良人には矢面に立ってもらわないと。

化粧台から立ち上がり、ゆっくりと彼の側に近付く。
妻の中身が変質してしまったことも知らず、良人はブツブツと怨嗟の言葉を吐き続けていた。
いまだに外せていないらしいネクタイをつかみ、強引にこっちを向かせる。

「おい……!?」

乱暴な扱いに声を荒げるが、すぐに言葉を飲み込んだ。
ここにきて、私の雰囲気がいつもと違うことにようやく気付いたらしい。
ネクタイを引っ張ったまま、くっ付くくらいの距離に顔を寄せる。

「この家って息がつまりそうで、本当に嫌になっちゃう……」

ワザと甘ったるい口調で、上目づかいに良人を見つめる。
軽く喘ぎながら体をくねらせるだけで、彼の目の色が明らかに変わり、ゴクッと生唾を飲み込んだ。

ネクタイを解いてやり、シャツのボタンを外して、襟元から手を忍ばせる。
肌に触れるだけで、良人はみっともないくらい敏感な反応を見せた。
体の中で興奮が渦巻き、パンパンに膨らんだ風船のようになっているのが分かる。
後は、針を刺すように一押してやればいい。

耳元に顔を近付け、フッと息を吹きかける。
私はそのまま、ねっとりとした声で――

「きて」

――と、つぶやいた。
それだけで、良人は野獣と化した。

わあわあと訳の分からない叫びを上げながら、乱暴に抱き付いてくる。
溜まりに溜まった鬱憤を、私の体で解消するために。

うふふっ、これではまるで母親に甘える子供ね。
背中を擦って、彼の思いを受け止めてやる。
何か言おうと顔を上げた良人の口をキスで塞ぎ、すぐに舌をねじ込む。

「んっ……んふっ」

首の後ろに手を回し、頭を激しく振る。
息を荒げながら、獰猛に舌を貪る。
良人の表情が、驚きと歓喜に染まった。

服の上から胸を弄ってくる。
ぎこちない触り方……
兄とは大違いね。

私は常にリードして、彼の興奮を誘ってやった。
ズボンのファスナーを下してパンツ越しに股間を撫で摩ると、たちどころに良人の息子は元気になった。
向こうも負けじと、私のスカートの中に手を突っ込んでくる。
腰を振って、ストッキングとショーツを脱がせる手助けをしてやる。

チラッと下を向くと、良人の肉棒はすでに臨戦態勢に入っていた。
股を開き、昂ぶった男根を迎え入れる。
彼は私の片脚を腕に抱えたまま、体を密着させてきた。

さすがに体勢がきついので、押入れの襖で背中を支える。
私たちは立ったまま、互いに腰を叩きつけ合った。

「ん……っ、はっ、はぁっ、んんっ」

「くっ、瞳……瞳ぃ……!くおっ!」

硬くなった肉棒が私の奥を突き上げ、鋭い快感が這い上ってくる。
肉を打つぱん、ぱん、と淫靡な音が部屋に鳴り響く。
……それにしても、兄以外の男に自分の名を呼ばれることが、こんなにも不快に感じてしまうなんて。

「んぶっ!?」

良人の頭を抱き締めて胸に埋めることで、余計な言葉を吐かせないようにさせる。
さあ、私の腕の中で、赤子のように甘えていなさい……
蕩けるほどの快楽の中で、何も考えられなくなるくらい骨抜きにしてあげるから。

「あっ、あんっ、あっ、あぁんっ」

体を上下に揺すり、そのリズムに合わせて艶めかしい吐息を吐く。
私が腕を強く抱きしめると、良人はその都度腰を振るスピードを速めた。

ふふっ。
そうそう、その調子よ……

――ふと横に視線を巡らせると、箪笥の上に生前の母が映った写真立てが乗っているのを見つけた。
私は写真の中の母と、視線を交わらせる。

ねぇ、見て……母様。
私と兄が、一つになった姿を。
母様も、私たちが歩む復讐の旅路を見守っていてください……!

両脚で良人の体を挟み込み、力強く腰を振る。
秘所が飢えた蛭と化して、彼の肉棒を貪欲に搾り取る。

もっと……
もっとよ……!
もっと、激しくっ!

「ぉ……ぉ……っ!くおおっ!?」

私の攻めに耐え切れず、良人が間抜けな呻き声を漏らして全身を痙攣させた。
どうやら、オーガズムに達したらしい。
こっちはようやく気分が乗ってきたところだと言うのに……本当に、情けない男。
これなら、棺の中の兄の遺体とヤッた方がよほどマシだったんじゃないかしら?

「す、すごい……!ハハッ。お前、いつの間に……!?」

良人の方はようやく呼吸が整ったのか、すっかり興奮した様子で目を爛々と輝かせていた。
妻が自分の為にこれほどのテクニックを身に付けたのかと、都合のいい解釈をしているようだ。
第2ラウンドを始めようと近付いてくるのを、目の前に指を突き付けて制止させる。

「――続きは帰ってからにしましょう……ほら、ゆりを連れて来て」

「あ、ああ……」

私の指示に、良人は大人しく従った。
ふふっ、これならあと数回調教してやるだけで、私に従順に従う『犬』になってくれそうね。

後は、この男を使って全てを手に入れてみせる。
それまでの間、しばらくは貞淑な妻を皆の前で演じなければならないのが煩わしいけれど。

ああ、そうだ。
どうせなら、良子 義姉 ねえ さんも調教してやろうかしら?
あの傲慢が服を着て歩いているような女が、私の足元にひれ伏した姿を想像すると……
はあっ、またアソコが濡れきちゃった……!
ズボンを履き直した良人が慌てて部屋を出て行くのを余所に、私はひっそりと昏い情念を昂ぶらせていた。

――この部屋も、もはや必要のない場所だ。
名残惜しむように母の私室を見回した私は、最後にもう一度化粧台を振り返った。
鏡には、不敵に笑う自分の顔が映っている。
兄そのものの歪んだ笑顔が。

……しばらくは、この表情ともお別れね。
兄さんには私の――瞳と言う名の『仮面』を被ってもらわないと。

良人の陰に隠れて、しばらくは雌伏の時間を耐え抜きましょう。
そして頂点に上り詰めたその時、龍太郎たちの眼前でこの仮面を剥がしてやるの。
うふふっ、私の素顔を見たあいつらがどんな顔をするのか、今から楽しみで仕方ないわ。

引き戸を開け、廊下に出る。
幽体ではない肉の足で、床板を軋ませる。

もはや、私たちの邪魔をする者は誰もいない。
さぁ、兄さん……悪徳と欲望と退廃に満ちた世界に帰りましょう。

私と共に。
私と永久に。


手を取り合って、
優雅なステップを踏んで、
誰にも気付かれないように、ひっそりと楽しむのよ。

―――私たちだけの、ワルツを。






・本作品はフィクションであり、実際の人物、団体とは一切関係ありません。
・本作品を無断に複製、転載する事はご遠慮下さい。
・本作品に対するご意見、ご要望があれば、grave_of_wolf@yahoo.co.jpまでお願いします。

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