ゼリージュース!外伝 幸せの黄色い・・・(後編)【最終話】

作:toshi9



 PPZ−4086の力で高原社長の秘書・田丸さんに乗り移った僕は、高原社長に細かく崩した白のゼリージュースを差し出した。見かけは氷を入れてよく冷やしたカル〇ス。もちろん、高原社長はそれがゼリージュースだなんて、全く気がついていない。何の疑いも無く受け取ったグラスに口をつける。

 ごくっごくっ

 僕の目の前で、社長は受け取った白色のゼリージュースを一気に飲み干した。

 やがて社長の体がゼリー状に変わっていく。

 でも社長は自分の変化に全く気がついていない。

 でもそのうちに意識を失ったのか、椅子に座ったまま社長はうな垂れてしまった。持っていたグラスが床にゴロンと落ちる。

 ついにこの時が来たんだ。
 社長の生殺与奪をこの手の中に収める瞬間が。

 僕は 高原社長をどうしようかいろいろ考えを巡らした。

 今の社長はたとえ動きたくても自分では動けない。意識も無い。
 別のものに変形させるのも思いのままだ。

 全くの他人に変身させてしまおうか、誰もまともに話を聞いてくれないような幼い子どもでもいい、ろれつの回らない年寄りでもいい。それより確実に話ができないように、喉を潰してしゃべれないようにしてしまおうか。
 ……いや、人間の姿をしているといつか何とか元に戻ろうとしてしまうかもしれない。
 そうだ、犬や猫の形に変形させて高原社長の存在を抹殺してしまおう。
 それが僕の出した結論だった。

 手を社長の体に伸ばす。

 でも……

 伸ばした両手が止まる。
 僕の手はどうしても社長の身体に触れることができなかった。

「くそう、こんなチャンスはもう二度と無い。今が千載一遇のチャンスなんだ。やるんだ俊行」

 もう一度自分を奮い立たせようとした。でも手が動かない。

「できない、そんなことできないよ。人としてそんなことはできない」

 僕は伸ばした手をおろして自嘲気味に首を振るしかなかった。

「きっと由紀さんに笑われるだろうな、ここまできて、あと一息、もう一歩なのに、あはは」

 最後の白のゼリージュースの変形効力ももうすぐ尽きる。そうなるともう社長を強制変身させて彼女の野望を阻止することはできなくなる。全ては元の木阿弥だ、でも……
 他に方法がないんだろうか……何とかできないんだろうか。
 ぐるぐると頭を巡らす。
 永遠とも一瞬とも思える時間が過ぎていく。
 その時、はっと思いついたことがあった。

「そうか、そうだった」
 
 伸ばした手をおろしたまましばらく社長を見ていると、ゼリー状だった姿が元の社長の姿に戻っていく。
 社長が頭を上げる。意識も戻ったようだ。

「社長お味はいかがでした?」
「うん、良く冷えておいしいわね。でも普通のカル〇スでしょう」
「はい。ところで社長、お願いがあるのですが」
「あら、田丸さんがお願いなんて珍しいわね、何かしら?」
「ゼリージュースのレシピを全て廃棄して欲しいのです。データーのバックアップも含めて全て。そして、ゼリージュース関連の業務提携契約は全て破棄してください。社長ならできますわよね」
「え? あなた、何を言い出すの?」
「わかったわね!」

 僕は語気を強めて社長に迫った。

「わ、わかったわ」
「『わかりました』ですよね、社長」
「……わかりました」

 社長の言葉は従順なものに変わっていた。目がどこかうつろだった。
 白のゼリージュースのもう一つの効果が効いているのがわかった。

「作業は全て今すぐに終わらせること、絶対ですよ」
「でも田丸さん、あなたがどうしてそんなこと」
「復唱は!?」
「高原友香梨は、今からゼリージュースのデーターと全契約を破棄します」
「では、すぐに進めてください」
「わ、わかりました」

 高原社長は机のパソコンを操作する。
 キーボードを打つ指が震えていた。
 だが最後のENTERキーを押そうとする指が止まる。

「どうしました? 何をためらっているんですか?」
「これを押したら、私の計画の全てが……」
「やりなさい!」

 言葉に力を込める。
 高原社長の中で葛藤が続いていたのだろう。
 己の野望と、白のゼリージュースの服従させる力が彼女の中でせめぎ合っているんだ。

「早くキーを押してください」

 僕はもう一度命令を出す。
 その瞬間、白のゼリージュースの支配力が彼女の意志を完全に超えた。

 社長の指がENTERキーをポンと押す。

 画面に「データーは消去されました」のメッセージ。

「バックアップは無いですね」
「ありません……あ…あ…ありま……」
「あるんですか?」
「は、はい」
「バックアップも全て消去してください。一切残さないように。わかりましたね」
「は……い」

 社長は別のホルダーを立ち上げると同じように消去のエンターキーを押した。

「これで全てです」
「USBメモリーにはコピーしていないんですね」
「そ、それは……」
「あるんですか?」
「はい」
「私にください。今すぐに」

 社長は机の引き出しから小箱を取り出すと、中から1本のメモリスティックを取り出した。手が震えている。
 その手からメモリースティックを受け取る。
「もうありませんね」
「これでコピーも含めて全てです」
「感謝します。次は契約解除の手続きを取ってください」
「でも契約関連は法務部に諮らないと、それに先方の意向もありますし」
「ここの社長はあなたでしょう、理由なんて何とでもなりますよね。早く廃棄の手続きを進めてください」
「わ、わかりました」

 社長がパソコンを操作する。
 画面に映し出される契約書類に関するキーを次々に押していく。
 そして、最後に画面に「契約書No.20030301 契約解除完了」のメッセージが出た。

「はぁ、はぁ、はぁ」
「よくやりました。ありがとう」
「田丸さん、どうしてこんなことを」
「これは社長には必要ないもの。手に入れてはいけないものです」
「で、ですが」
「捺印した契約書もシュレッダーにかけてください。必ずやるんですよ。そして……その後ゼリージュースの事は全て忘れなさい、いいわね」
「は、はい」

最後に強く言い残して社長室を出ると、僕は開発室に戻った。

「由紀さん、終わりました」
「うまくいった?」
「はい、はじめは身体を変形させて言葉を話すことをできなくしようかと思っていたんですが……それはできませんでした」
「そう、やっぱりね」
「え?」
「優しいあなたには無理かな〜って思ってたんだけど、でももっと良い方法を思いついたんでしょう」、
「はい。白色のゼリージュースを飲んだ社長は、わざわざ身体を変形させなくても飲ませた田丸さんの言いなりです。逆らう事はできません。彼女の身体で社長に命令しました。データーも全て消去されたし、契約も破棄。あとは大丈夫でしょう」
「でも今のあなた、秘密を社長と共有している腹心、田丸秘書も何とかしないと」
「彼女が使えるPPZ-4086はもう使えるものはありません。田丸さんにも全てを忘れてもらいますよ。由紀さん、白色のゼリージュースの残りをください」
「え、ええ」
「僕が飲んだら、彼女にゼリージュースもPPZ-4086のことも全て忘れなさいと命令してください。そうすれば彼女ももう何もできないでしょう」
「なるほどね、わかったわ」

 僕は白のゼリージュースを飲んで彼女の体から抜け出ると、自分の身体に戻った。後は由紀さんがうまくやってくれるだろう。

 ゼリージュース、僕の、いや由紀さんや虹男さん、そしていろんな人の思いが詰まった夢の飲料。
 決して悪用なんかさせない。
 もっと世界の為に活用できるはずだ。
 そう、いつか世の中の全ての人が他人とわかりあえるようになれる様な、そんな風に使えると良いな。

 
 自分の身体で改めて開発室に戻る。
「今度こそお疲れ様ね、田丸さんにも処置しておいたわ」
「ありがとうございます。これでほんとに終わったんですね」
「そういうことね」
「……少し疲れました、由紀さん、僕は一度家に戻ります」
「うん。落ち着いたらまた来てちょうだい」
「はい」

 由紀さんとはこのままお別したほうが良いんだろうか、いやそんなことないよな。まだ彼女と一緒に何かができる気がする・・

 微笑んで見送る由紀さんと別れると、僕は一度会社の研究室に戻った。
 窓からはもう西日が差し込んでいた。

 長い1日だった、でもこれで全てが終わったんだ。

 思わずほぉ〜っと安堵の溜息が出てしまう。
 
 僕は自分のノートパソコンを開いて電源を入れた。

 ここの残しているゼリージュースの全データーをどうしよう、そしてUSBメモリはどう処分しようか。
 パソコンが起動するのを待ちながらそんな事を考えていた。

 そうだ、広幸のパソコンがあったな、あれに裏ファイルを作れば誰も気づかないだろう。あそこに全てのデーターを移しておくか。

 僕はパソコンのデーターファイルを移すべくUSBメモリカードを差し込んだ。

 だが……そこで全てが解決したわけではなかったことを思い知らされた。

 ゼリージュースのデーターの一部が消えていたのだ。


「裏のデーターがない」

 もう一度探してみるが、裏ゼリージュースのデーターファイルは見つからなかった。

「おい、誰か僕のパソコンをいじらなかったか?」

 まだ部屋に残っている山口に聞いてみた。

「ええ? 小野さんのパソコンが誰も触ってないっすけど」
「それじゃ、昨日僕が部屋を出た後、何か変わったことは無かったかな」
「……そう言えば、昨日は大野が最後まで残っていたっすかね。でも大野の奴、今日は朝から本社に直行しているみたいっすよ。突然だったんで驚いていたんですけど」

 大野か、そう言えば昨日の奴の言動は少しおかしかったな。
 研究所に残していたデーターを、大野が盗み取って本社に持っていった?
 誰の差し金だ、それともまさか大野が自分で?

 大野の事をどうしようかと考えていると、室長に呼び出された。

「小野君、高原ビューティクリニックから業務提携契約が一方的に破棄されたということで、本社は今てんやわんやだそうだぞ。君、先方で何があったんだ、何か思い当たることはないのかね?」
「いえ、まさか上のほうでそんなことになっているなんて、びっくりです」
「とにかく、ゼリージュースの販売計画は根本から見直さないといけないそうだ」
「そうですね。室長、それについては僕からも改めて提案させてください」

 本物のゼリージュースを世に出す。まだ諦めちゃいけないよな。


 その後、高原ビューティクリニックからゼリージュースが発売されることはなかった。
 その代わりに、僕は会社にネット通販部門のEC事業部にゼリージュース販売専用の実験店を立ち上げてもらった。それは特定の会員専用のサイト、いわゆる裏サイトだ。
 そこで表の3品、赤と青、そして黄色のゼリージュースを売る。
 正しく使ってくれる人に、完成されたゼリージュースの素晴らしさに触れて欲しいという思いからだった。


 だが僕の手を離れてしまった裏のゼリージュースは、その後闇ネットで一部が売られていると聞く。
 製造に必要なハーブエキスをどうやって入手したのかわからない。虹男さんが簡単にそんなルートに渡すとも思えない。
 だが事実、裏が使われたとしか思えないいくつかの事件の噂が僕の耳にも入ってくる。

 人の有りようを変え、人の欲望を増幅させる裏のゼリージュース、その拡散を僕にはどうすることもできない。
 でも…まだ何かできることがあるはずだ。製造元を見つけ出して作ることができないようにしたい。

 僕の管理下に置いた表のゼリージュースは人を幸せにできる可能性がある。
 でも裏はだめだ。
 作った僕にも責任があるけれど、ぜったいに量産できないようにしないと……

 大野は誰と組んでいるんだ、何をしようと言うんだ。
 大野たちとは長い闘いになるんだろうな、でも必ず叩き潰す。
 これ以上不幸な人を増やさないために
 

 僕は久しぶりに実家に戻った。

「母さん、ただいま」
「あら俊行、今まで何の連絡もしないで、何か会社であったんじゃないの? 体は大丈夫? 」
「うん、大きなプロジェクトを任されていたんだけれど、一段落したんでようやく帰ってこれたっていうわけだよ」
「そお、今日は広幸も雪菜もいないけど、いつまでいるの?」
「今夜一晩泊まって、明日には戻るつもりなんだ」
「そお、慌ただしいのね。でも久しぶりに一家揃っての夕食ができるね、母さん楽しみ」

 そう言って母さんがにこにこと笑う。

「ああそうだ、僕の部屋はどうなっているんだろう」
「そのままにしているわ」
「じゃあ、今日は部屋を使わせてもらうよ」
「ええ、疲れているんでしょう、ゆっくりお休みなさい」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」

 二階の一番手前が広幸の部屋、そして雪菜の部屋、一番奥が僕の部屋だ
 僕は自分の部屋に入らずに広幸の部屋に入ると、パソコンの置かれた机に座った。
 広幸の部屋に置かれたパソコンは元々僕が使っていたのを譲ったものだ。帰ってきたら僕も使えるようにしているが
 その事は広幸も知らない。
 僕はパソコンを起動させると、ゼリージュースのデーター、それにここからショップのデーターをチェックできるように、接続用のソフトを入れた。

「これでいい、いざという時には使わせてもらうよ、広幸」

 ようやく一段落だ、僕は奥の自分の部屋に戻るとベッドに寝転がった

「疲れた……」



「兄さん、俊行兄さん」

 いつの間にか眠ったらしい僕を起こす声は、雪菜だった。

「兄さんったら、帰ってくるなら帰ってくるって教えてくれた良いのに。そしたらもっと早く帰ってきたのに」

 目の前にちょっと不満そうな、でも嬉しそうな雪菜の顔。

「雪菜か、どれくらい眠ってたんだろう」
「もう夜の7時よ」
「そうか……広幸は?」
「まだ帰ってこないの。お母さんが待ってないで夕食にしましょうって」
「そうか、そうだね」

 3人で夕食、久しぶりだった。雪菜の顔、母さんの顔を見ながらの食事は美味しかった。
 この平和、ぜったいに失わないようにしないとな。

 
 翌日僕は残念がる母さんと雪菜を尻目に家を出た。
 ゼリージュースを正しく使うための戦いはこれからだ。
 ゼリージュースで不幸になったいろんな人を助けてやらないと。




 だが運命はまだまだ僕を騒動から解放してくれないらしい。
 次に家を訪れた時、広幸が新たな騒動をもたらすことになるんだけど、それはまた別なお話。


(ゼリージュース!外伝 完)




長い間最終話を書けずに放置していた「ゼリージュース!外伝」ですが、これにて完結です。
物語をきちんと最後まで書き上げるというのは大変ですね。今回の「ゼリージュース!外伝 幸せの黄色い・・・(後編)」も構想はできていたんですが、広げた風呂敷を閉じるための作品で、TS要素としてはあまり面白さが出せない点がなかなか書き進められない大きな要因でした。でも書き上げないと「ゼリージュース!外伝」が作品として完結されないので、20周年に向けてとにかく書き上げることにしました。
私のデビュー作品でもある「ゼリージュース!外伝」。多くの人に読んでいただけて、今までのいろんな方に感想をいただけた、いろんな思いの詰まった作品です。こうして無事に最後まで書き上げることができて良かったです。
私の分身でもある小野俊行、またどこかで活躍できると良いですね。
ではこれからもどうぞよろしくお願いします。

 toshi9より感謝の気持ちを込めて。















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