「魔王と勇者、魔王編」


「おはようございます、近藤さん。いつもご迷惑をおかけします」
父さんがお隣のおばさんに頭を下げる。

「いいんですよ、佐々木さん。うちの優も真生ちゃんの事は気に入ってますから」
お隣のおばさんは笑って父さんに手を引かれた僕を見つめる。
同じく、おばさんの足下には優ちゃんが隠れるようにしてはにかむように僕に微笑む。

「真生ちゃん、もうお熱は大丈夫なの?」
「はい、もう、だいじょ〜ぶです」
僕はおばさんに笑いかける。

「医者に連れて行ったんですけど、半日で治まってしまったので原因がよく判らなかったんですよね。ハハハ」
困惑したように笑う父さん。
昨日の朝、僕は原因不明の高熱を出した。 
いつものように僕をお隣さんに預けに行こうとした父さんは僕の様子に気いた。
父子家庭である為、父は会社に連絡すると慌てて病院に連れて行った。
結果は父さんが言ったように、僕の熱はお昼には平熱に戻っていた。 

原因は不明。 しかし、僕には判っていた。敢えて言うなら"知恵熱"。 ただし、この世界でいうところの知恵熱ではない。 正確には"覚醒熱"

僕はこの世界の人間ではない。 正確には僕の魂が異世界のモノではない。 そう、世界も違えば種族すら人間ではないのだ。 異世界の魔族、しかも魔王なのだ。

我は異世界で勇者に敗れた。人間対魔族による一大対戦。最後は我対勇者の一騎打ち。
結果は勇者の辛勝。

しかし、勇者は我の放った呪によってやがて死に至るだろう。 我の方は保険として掛けていた転生の呪によってこうして異世界に転生を果たした。
そして我は人間族へのリベンジの準備を整えたら再びあの世界へと還るのだ……

ただ、計算違いがあったとしたら、この世界の知恵のある種族が人間一択だった事か。
我が憎き人間へと転生したのは皮肉な話だが、なぁに時間はいくらでもある。向こうに航る頃には我が身を魔族へと変える呪を作り上げているだろう。

それまではこの世界でゆっくりと力を溜めるのだ。なにしろ、この世界には我の天敵となるようなモノは何もないのだから……

しかし、今現在の現実としては三歳児の我にはまだ大人の庇護が必要なので大人しく子供を演じるしかないのが歯がゆくもあるが。

「ほら、真生ちゃんお父さんが会社に行くからいってらしゃいしましょうね」
おばさんが僕の横にしゃがんで父さんの方に向かって手を振る。

僕もおばさんに倣って父さんに向かって手を振る。
「いってらっしゃ〜い」
父さんも笑顔で僕に手を振って会社に出勤して行く。

「じゃ、真生ちゃんもウチにはいりましょう」
僕の手を取って家へと導くおばさん。

家に入るとおばさんの陰にいた優ちゃんがおずおずと出てくる。
「真生ちゃん……」

「おはよう、優ちゃん」
「えへへ、あそぼ……」
はにかんだように僕の手を取る優ちゃん。
多少引っ込み思案ではあるが、なかなか可愛い。
こうしてみると女の子の幼児というのはなかなかに庇護欲をそそられるものだな。

僕は優ちゃんを相手にしつつ、日々をこの世界の情報把握に勉めた。

そして、ある程度の状況把握は出来たのだが、このTVといいこの世界の科学力は恐ろしい程進んでいた。 
最初は魔法かと思ったのだが、この世界には魔法を使う為のマナが全く存在しない。
 
我々魔族には種族によってその魂にマナの生成能力があり、自力で魔法を行使出来るが、人間は自然の中に漂うマナを利用しなければ魔法を行使できない。 なのに、この世界の人間はマナを使わずに魔法を使っているのかと思うほどの科学力を持っていた。これだから人間という種族は侮れない。


一ヶ月、三ヶ月、半年と経つうちにこの世界の事も大体理解できてきた。
人知れず必要な知識を溜め、我が身の魔力を練り上げ、やがてこの世界を手に入れるのも一興。

そんな日々の中、隣の優が高熱を発した。

「ゴメンね、真生ちゃん。今日は優がお熱があるから風邪がうつらないように優の寝てるお部屋に入らないでね。こっちでTVでも観ていてね」
そう言っておばさんが僕をTVのある部屋へと連れて行く。

「はい、わかりました。優ちゃん、大丈夫?」
「えぇ、ただの風邪だと思うけど、もう少ししたらご近所のお医者さんに連れて行くから少しの間だけお留守番頼める?」

「うん、その間、TV観てるから」
「ホント、真生ちゃんはお利口さんね」
そう言って、おばさんは朝の家事を済ませるべく部屋を出て行く。

……風邪?少しの病気くらいなら僕の魔力で回復させてやれるんだが?
僕はそっと優の寝ている寝室に入り込む。

……そこで僕は優の発熱がただの風邪ではない事に気づいてしまった。

風邪による発熱?違う、これは僕が一年前に患ったものと同じヤツではないのか?
覚醒熱?だが、何に覚醒するというのだ?優もまた異世界からの転生者だと?
同じ地域、同じ期間に二人の転生者?そんな偶然があるのか?

僕は更に優の躰を鑑定する。
え?なんで優の生気が僕と繋がってるんだ?胸の辺り…… 
ちょっとまて?確かに優の胸の辺りに小さな痣のようなものがあったな? ……えっと?まてまてまて?

まさか、コイツ、勇者? 思考がパニックになる。
落ち着け、落ち着いて考えろ。

とりあえず、今、コイツが覚醒するのはマズい。
と言うか、今までコイツが僕に懐いていたのは僕が魔王だからか? 
僕への意識が裏返しなっていて好意的だったが、覚醒すれば正しく敵対意識となって僕に向けられるのか?

そうすれば、かなり不味い事になる。隣家の真生を優が毛嫌いするようになれば僕は今までのように面倒を見て貰えなくなる。

僕は今の自分の全魔力を優の封印に注ぎ込んだ。
そのおかげで優の発熱は治まったが、このままでは十数年もすれば封印が解ける。

布団の中で穏やかな顔で眠る優。 
十数年後に再封印を施すか? まぁ、今はなんとかこっちが先手を打てたのは幸いだった。

なんと言っても正体は勇者だからな。面倒な。こうして寝ていれば可愛いものだが。

改めて優の寝顔を見つめる。
あの凶悪、非道(魔族視点)な男がこんなに可愛い女の子になってまで転生して追ってくるとはなんという執念。

………… 
あれ?ちょっと待てよ?

こいつ、このまま普通の女の子として成長させればどうなるのかな? 
この世界の女子は色々と誘惑が多い。美味しく甘い食べ物に可愛い服、楽しいイベント。

それに向こうの世界ではこいつは親もなく孤独に育ったという。 この世界においては優しい父母に恵まれた生活。
向こうの世界とこっちでは雲泥の差だ。

くくく、十数年後、覚醒した勇者が自分の姿を目にした時の驚きが楽しみではないか?

その間、僕は自分の魔力を練り上げ、完全な躰を作り上げるとしよう。
十数年のアドバンテージは勇者にとって取り返しのつかないものになるだろう。

勇者よ、十数年後に柔らかくか弱い躰で目覚めるといい。 
それまでは我がお前を優しく甘やかせて、我に逆えないお嬢様へと守り育て上げてやろう。

僕は自分の思いつきにほくそ笑み、部屋をそっと出た。


「あれ?優ちゃん、お熱下がってる?ちょっとお熱を計り直しましょうか?」
「だいじょ〜ぶ、もう治ったぁ」
しばらくして寝室からおばさんと優の元気な声が聞こえた。

勇者よ、何も知らずに生きていくがいい。
十数年後に絶望を味あう為にな。


しかし、魔王は見誤っていた。
この時、勇者は精神こそ封じ込められはしたが、体力、技術面は半覚醒していた事に気づいてなかった。
いかに魔王が甘やかし育てようと、勇者は魔王に甘えつつも無邪気に無自覚に体力を鍛え上げていった。

そして魔王の誤算の二つ目は、人間に生まれ変わった事により我知らずそんな勇者に惹かれていった事だろう。
十数年の月日は魔王に人間としての情を芽生えさせていったのだ。

やがて勇者が覚醒する運命の日より、二人の強烈なツンデレによる世界を巻き込んだ狂詩曲が奏でられる事になるのであった。



               E N D










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