憑依尋問官
 作:無名


「どうだ?」
スーツ姿の目つきの鋭い男が、
イスに座ったまま手錠を掛けられている男に話しかけるー。

「ーー…アジトはー西地区の雑居ビルの地下ですー」
手錠を掛けられた男がそう呟くと、
スーツ姿の男は「ー”読めた”のか?」と、
少し嬉しそうに言うー。

「はい」
手銃をかけた男がそう言うと、
「そのアジトの内部の構成は、分かるか?」と
スーツ姿の男の方が呟いたー。

「ーーいえ、そこまでは”読め”ませんー」
手錠をかけた男の返事を聞くと、
スーツ姿の男は「分かったー、ご苦労だったなー」と、
手錠をかけた男のほうを見て微笑んだー

その直後ー

男が「うっ…」とうめくとー
男の口から、煙のようなものが出て来てー
すぐにそれが”人間”の姿になったー

「ーーーー」
ポニーテールの綺麗な顔立ちをした若い女性が、
男の口から出て来たのだー

「ーーこれで、彼らの組織を一網打尽にできますねー」
ポニーテールの女性が笑みを浮かべながら言うと、
スーツ姿の男は満足そうに、
「あぁ、君のおかげだー」と、頷いたー。

ポニーテールの彼女は、刑事ー。

20代にして、表沙汰に出来ない特殊な部署に抜擢されているー。

その理由はー
単に彼女が”真面目だから”ではないー。
それだけで、こんな年齢でこの部署に来ることは出来ないー。

「ーそれにしても、いつ見ても驚きだなー」
スーツ姿の男ー、
彼女の上司である小宮(こみや)警部がそう言葉を口にしー、
続けて、こう言い放ったー

「他人に憑依する能力ー
 そんなものが、この世に実在するとはー」

小宮警部の言葉に、
ポニーテールの女性刑事は「そうですねー」と、笑うー。

彼女ー、
藤村 菜々美(ふじむら ななみ)は
”生まれつき”他人に憑依することができる力を持っていたー

”何故”なのかは分からないー。

だが、生まれつき、何らかの変異だろうかー。
彼女はそんな力を持っていたー。

そしてー
”他人に憑依する”ことで、
その人間の記憶をも、読み取ることができたー。

全部読み取れるわけではないし、
瞬時に読み取れるわけでもないー。
時間はかかるのだがー、
”憑依した身体の脳”を使うためー、
特定の物事を念じ続ければ、その記憶を引き出すことができるのだー。

それ故にー、
菜々美は”憑依尋問官(ひょういじんもんかん)”と呼ばれー、
この特殊な部署に所属していたー。

たった今も、先日捕まえた密輸グループの男に憑依し、
”そのアジトの場所”を記憶から引き出したのだったー。

「君が”悪党”じゃなくて本当によかったよー」
小宮警部がそう呟くと、
菜々美は「確かにそうですねー」と、微笑むー。

「ー使い方を間違えれば”恐ろしい力”だからこそ
 わたしはこの力を、少しでも平和のために役立てたいんです」

菜々美がそんな言葉を言うと、
小宮部長は穏やかな笑みを浮かべてから、
”これからもよろしく頼むぞ”と、
菜々美に対して言い放ったー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

”彼”が逮捕されたのは、
その数日後だったー

裏社会の大物ー
通称”デビル”ー

どこの組織にも属さない一匹狼として知られ、
今まで数々の犯罪に手を染めて来た男ー

”俺は何者にも裁けないー
 俺は俺の好きなように行き、
 気に入らねぇやつはぶっ潰す”

そう堂々と宣言し、その通りに行動してきた男だー。

だが、その”デビル”を先日、逮捕することに成功したのだー

裏社会組織・銀狼(ぎんろう)に潜り込ませておいた
情報屋を使い、
さらには複数のおとり捜査や、法律を超えた手段を用いて
命懸けの作戦を遂行、ようやく”デビル”を逮捕したのだー。

しかし、そのデビルは
”俺は何も語らない”と、言い放ち、
逮捕されてから1週間が経過した現在も
自分の犯した罪も含め
”何の情報”も、口にしようとはしなかったー。

そんな状況に困惑した上層部は
”憑依尋問官”である菜々美のいる特別チームに
”デビル”を移送ー。

今日から”憑依”による尋問が始まることになっていたー。

「ーーーーっ…」
”デビル”に憑依した菜々美ー

”どうだ?”
小宮警部が、防弾ガラスに囲まれた部屋からマイクで声をかけるー。

「ーーーー」
いつものように、憑依した相手の記憶を読み取ろうとする菜々美ー。

記憶の読み取りは、すぐにできるわけではないー。
身体を乗っ取ったとは言え、
他人の”脳”に記憶されているものに”アクセス”するには
時間がかかるのだー。

そうー、情報に鍵がかかっているような、そんな感じだー。

何度か憑依して、その身体に馴染みー、
記憶の引き出しを開けるようなイメージで、
”憑依した犯罪者の記憶”を読み取っていくー。

だがー”1回の憑依”で記憶を読み取れる人間は少ないー
どんな人間でもある程度”壁”はあるものだー。

「ーーーーまだ、ダメですねー」
”デビル”と呼ばれた男の身体でそう呟くと、
小宮警部は「まぁ、焦る必要はないさー」と、穏やかな笑みを浮かべるー

「はい!」
デビルの身体で嬉しそうに笑みを浮かべる菜々美ー。

”デビル”は、
あらゆる犯罪に精通していて、
一匹狼故に”あらゆる犯罪組織”の情報を握っているー。

そのためー、
デビルの記憶を読み取ることができればー
非常に大きな情報を得ることが出来るー。

「ーーっっ…」
菜々美がデビルの身体から抜けー、デビルがビクッと震えて意識を失うー。

”デビル”と呼ばれて恐れられたこの男でさえ、
菜々美の”憑依”を前には無力なのだー

「ーーーー…!」
正気を取り戻した”デビル”が一瞬表情を歪めるー。

そしてー
部屋から立ち去ろうとしている菜々美に声をかけたー

「ーーお前ー、今、俺に何をした?」
デビルの言葉に、菜々美は表情を歪めながら振り返るー。

「ーーあなたに教えることは、何もありません」
と、淡々と臆することなく答える菜々美ー

「ーーーー」
デビルは、そんな菜々美をまっすぐと見つめると
「ククー…そうかそうかー」と、笑みを浮かべたー

「ーお前、俺に”憑依”したのかー」
デビルのそんな言葉に、菜々美は「ー!!」と、驚きの表情を浮かべるー。

「ーーーー何のこと?」
菜々美が、動揺を悟られないように、すぐに冷静さを取り戻すと、
冷静にそう尋ねるー。

だが、デビルは笑うー。

「そう驚くことじゃないだろうがー。
 お前がやってきて、俺の意識が飛んだー。

 と、なれば”何をされたか”は、ある程度絞られるー」

デビルは、拘束されている犯罪者とは思えないぐらいに
堂々とそう呟くー。

「ーそしてー、今のこの俺の状況ー。
 寝起きとはちょっと違う、なんとも言えない感覚ー
 気絶とも違うー。
 俺は何度も死にかけて気絶した経験もあるー
 そういう時と、今の感覚は違うー。

 そして、”あんたがわざわざここに来た”

 と、なりゃ、あんたが俺に何かをしたに決まってるー

 ”憑依”
 違うかー?」

”デビル”はそう答えるー

「ーーー(この男)ー」
菜々美は表情を歪めるー

”憑依されている間の記憶”がこの男に残っているわけではないー。

憑依の存在を知っているはずもないー。

けれどー
恐らくこの”デビル”という男はー、
今まで数々の悪事を重ねて、あらゆる経験をしてきて
そういう”過酷な世界で生き抜いたからこその鋭い勘”を持っているのだー。

そんな今までのあらゆる経験がー
”急に意識が飛ぶ”という不可解な状況をすぐに理解しー

”憑依”と確証を持っているわけではないもののー
恐らく自分の中で”何が起きたか”を3つぐらいの候補に絞り込んでいるのだろうー

「さぁーどうでしょうね」
菜々美は動揺を全く見せずにそう言い放つー。

どのみち、誰であろうと、菜々美の憑依には抗えないー
この”デビル”という男の脳にある記憶も
数日のうちには引き出せるー。

「ーーーーーー」
”デビル”は立ち去っていく菜々美の後ろ姿を見つめながら
笑みを浮かべたー

「”憑依”かー」

デビルは、菜々美の今の反応からー
”自分は憑依された”と確信していたー。

そしてーーーー

”俺の中に入ってくるとはいい度胸だー”

デビルは笑みを浮かべるー

「忘れるなよー
 お前が深淵を覗くとき、深淵もまたお前を覗いてるということをーーー」

そう囁くと、デビルは余裕の表情を浮かべながら
拘束されたままの状態で、目を閉じたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「お姉ちゃん、いつも本当に忙しそうー」

今日はー
妹の野々花(ののか)が、姉である菜々美の家にやってきていたー。

「ーいつもごめんね」
菜々美は、警察官としてー、その中の憑依尋問官として
働いている時とはまるで別人のような、穏やかな笑顔を浮かべると、
そんな言葉を口にしたー

菜々美は、毎日多忙で、家のことが疎かになりがちー。
そんな菜々美のことを見かねた妹の野々花が、時折、こうして
菜々美のサポートにやってきてくれているのだー

「いいのいいのー、わたしももう就活は終わってるしー、
 まぁ、来年は同じようにできるか分からないけどー
 学生のうちは、ねー」

野々花は現在大学生。
既に就活を終えて、来年からは社会人だー。

菜々美と野々花は年が5歳ほど離れていてー、
野々花はまだ学生だったー。

野々花と雑談しながら、菜々美はふと”デビル”のことを思い出すー。

妹の野々花も”憑依”のことは知らないー。
憑依のことは、警察内部のごく一部の人間しか知らないー。

その憑依を一瞬で見破ったデビルー。

”やっぱりあいつー、只者じゃないー”
菜々美がそんなことを思っていると、
「大丈夫?そんな怖い顔してー」と、心配する野々花の声が聞こえて
菜々美はふと我に返ったー

「あ、大丈夫大丈夫ーごめんね!」

明日もー
”デビル”への憑依尋問を行うー。

あの男から”記憶”を引き出すことができればー
裏社会の色々な情報が手に入るはずだー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーーー焦らず、ゆっくり、なー。
 奴は逃げることはできないー。」

小宮警部の言葉に、菜々美は「はい」と、頷くー。

翌日ー

再び”デビル”が拘束されている部屋の外にやってきた菜々美は
”デビル”に憑依する準備を始めるー

”来たー”
デビルがニヤリと笑みを浮かべるー

”ー俺に憑依するということはー
 深淵に足を踏み入れるということだー”

デビルは邪悪な笑みを浮かべるとー
びくっと、震えて菜々美に憑依されるー

「ー憑依成功ですー」
憑依された”デビル”は、身も心も支配され、菜々美がその主導権を握るー。

「ーーーーー」
目を閉じて、菜々美がデビルの身体から記憶を引き出そうとするー。

”全部、一気に読み取ろうとする必要はないー
 少しずつでも構わんー。無理はするな”

小宮警部が、ガラスに隔たれた部屋からマイクでそう指示を下すー

ゆっくりと頷くデビルー。

”ーーーーー!!!”

だがー、
菜々美は、ふと”闇の中から魔物が出て来て、それに飲み込まれるような”
そんな不気味なイメージを覚えて、思わず目を開くー

”どうした?”
小宮警部が、”憑依されているデビル”にそう確認するー

「ーいえー。問題ありません」
デビルの身体でそう呟いた菜々美は
”この人の闇はー…ものすごく深いー”と、
記憶を探るのが簡単なことではないということを改めて実感してー、
再び記憶を読み取ろうと、目を閉じたー

・・・・・

「ーーー今日も、ダメでしたー
 なかなか記憶の靄が強くて、時間がかかりそうです」

菜々美がそう言うと、
小宮警部は「構わないー。君のペースでいい」と、穏やかに告げるー

「ありがとうございます」
菜々美はそう呟くと、頭を下げてその場から退出したー。

「ーーーーーククククク」
正気を取り戻したデビルは笑みを浮かべるー

「ーーお前みたいな小娘ー、俺が逆に支配してやるぜー」
デビルは小声でそう呟くと、ニヤァ…と、笑みを浮かべたー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

帰宅した菜々美は、”デビル”のことばかり考えていたー。

”デビル”に憑依した時に感じたあの深い闇ー。

「ーーー……」
何をしてても、あの男のことが頭に浮かんでくるー。

ため息をついて、
「ーあの人は手ごわそうー」と、表情を歪めると、
”でも”と、ため息をついてから、
”絶対にあの人の記憶を読まないと”と、言葉を口にするー

今日は何だか疲れたー

そう思いながら、菜々美はその日も眠りについたー。

3日目ー。

「ー今日も俺に憑依するのか?ククー 
 まぁ、好きにするといいさー」

”デビル”の異名を持つ男は、今日も余裕の笑みを
浮かべながら菜々美を見つめたー。

”憑依”されて、”尋問”されるのは自分の方だと言うのに、
何故か菜々美の方が気圧されているー

そんな、状態ー

「ーー今日こそ、全てを教えてもらいますー」

菜々美は、そう言い放つと”デビル”に憑依したー

「憑依完了しました」
”デビル”の身体を支配した菜々美は、ガラス張りの部屋から
状況を見守っている小宮警部のほうに向かってそう言い放つと
小宮警部は”今日もよろしく頼む”と、マイク越しにそう言い放つー

「はい」
先程までとは別人のような穏やかな表情で”デビル”は
そう返事をすると、
目を閉じて、記憶を読もうとし始めるー。

あらゆる犯罪組織との関りも持っている”デビル”の記憶を
引き出せば、警察にとって相当有益な情報となるー

「ーーー」

「ーーーーーー」

がーーー

目を閉じて記憶を読もうとしていたその時だったー

”デビル”が目の前に現れたのだー

「ーーククククー
 女ー、俺に憑依するとはいい度胸だー」

デビルが笑うー

「ーーー!」
菜々美がビクッと震えるー

デビルはそんな菜々美に近付いてくるとー

「ーー逆に俺がお前を支配してやるよー」
と、菜々美に顔を近づけてーー
菜々美にキスをしたーーー

「ひっ!?!?!?!?!?」
びくっと震えて、”デビル”の身体のまま目を開く
菜々美ー。

変なイメージを見たー
当然、現実ではないー。

だがーーー

「はぁ…はぁ…はぁ…」
青ざめた表情で息を吐き出していると、
小宮警部は”今日は憑依尋問は中止だ”と、中止を指示しー、
すぐに菜々美はデビルの身体から抜け出したー

菜々美は動揺しながら、
部屋から出ていくー

そんな菜々美に対して、デビルは余裕の表情で言葉を口にしたーーー

「ーーお前は、俺のしもべになるんだー…
 もうじきなー」

とー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日ー

小宮警部は、菜々美を呼び出して、
菜々美の状態を確認していたー

「ー私としては君に無理をさせるつもりはない」
小宮警部が、そう言い放つー

昨日ー”憑依尋問”の最中に
菜々美は突然、怯えるような声を出したー。

その後、デビルから抜け出して、少しすると徐々に
落ち着きを取り戻したものの、
”今まで”あのようなことはなかったー

「ーー大丈夫ですー。
 わたしは、あの人に憑依して、必ず、役目を果たしますー」

菜々美の言葉に、
小宮警部は少し心配したような表情を浮かべてからー
「分かったー。だが、無理はするな」と、
菜々美の方に向かって力強く言い放つー

菜々美は「はい」と、返事をすると、
そのまま今日も”憑依尋問”を始めようと
”デビル”を拘束している部屋に向かったー

「クククー俺をここから解放してくれよー」
拘束されている”デビル”が余裕の表情で呟くー。

だが、菜々美はすぐにそれを否定するー。

「ーーあなたを解放することなど、できません」

とー。

「ーククククー
 そうかな?俺には見えるぞー?
 お前が俺を解放して、俺と共に悪事を働くさまがー」

デビルのそんな態度に、菜々美は
「黙りなさい!」と、声を荒げるー。

小宮警部はそんな様子を心配そうに見つめるー。

菜々美はすぐに、ハッとしたのか、
すぅっと深呼吸をしてー、
「わたしを動揺させようとしても無駄ですー
 あなたが何を隠そうとも、わたしは全て読み取ることができるー」と、
淡々と言い放ったー

”あァーいいぞーその目ー
 逆に俺がお前を喰らってやるー”

そんなことを思いながら”デビル”は目を閉じるー。
逆に支配してやる、という強い思いをー
あまりにも強い意志を抱きながらー。

「ーーーーーうっ…」
デビルは今日も憑依されたー。

”デビル”ほどの犯罪者であっても、
菜々美の憑依自体には抗うことはできないー。

だがー
憑依された側のあまりにも強い”精神力”がー、
憑依している側である菜々美を徐々に蝕んでいたー。

「ーーー……」
菜々美は、デビルの身体で今日もデビルの記憶を探るー。

「ーーーー!」
そしてー、菜々美はデビルの記憶をついに読み取ることに成功したー。
まだ、一部だー。

しかし、犯罪組織との取引場所や、
犯罪組織間での金の流れー
そういった重要な情報が、デビルの中から読み取れたー。

「ーーー”やった!これでー”」

デビルの身体のまま、菜々美がそんなことを思っているとー
突然ーー
菜々美の前に、まるで大蛇のような、禍々しい蛇が現れたー

”ククククー
 俺の深淵を覗いたなー?”

大蛇から”デビル”の声が響くー

「ーーー!!」
菜々美が身構えると同時に、

”俺の深淵を覗くお前を、逆に俺が喰らってやる”と、
大蛇の姿をした”デビル”が、菜々美を精神世界の中で喰らったー

「ーー!!!!!」
びくっと震えて目を開ける”デビル”ー

憑依して、支配しているはずなのにー
そんな風に思いながら、菜々美はデビルへの憑依を終えて、
デビルの身体から外に出るー

「ーーー」
意識を失ったままのデビルー

菜々美は、尋問室から出ると、
小宮警部の前に立ちー、
言葉を口にしたー

「ーー今日も、何も読み取ることはできませんでしたー」
菜々美が淡々とそう呟くー

「そうかー」
残念そうに頷く小宮警部ー

”嘘”の報告をした菜々美ー

その菜々美の”瞳”は、いつもと少し違う輝きに満ちていたー…。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

”今日は元気みたいでよかったー
 この前、お姉ちゃん、何か悩んでたみたいだからー”

妹の野々花と電話で話すー

先日、野々花が姉・菜々美の家に遊びに来た際にー
菜々美が何か考え込んでいる素振りを見せていたことを
心配していた野々花ー。

しかし、今日は”元気”な菜々美に戻っていたため、
安心しながらそう言葉を口にしたー

「ーあ、うんー
 あの方のことを考えててー」

菜々美がそう言うと、

”あの方?”
と、野々花が電話の向こうで不思議そうにそう呟くー

「あ、ううんー
 なんでもないー」

菜々美はそれだけ言うとー
”早く、あの方から記憶を引き出さないとー”
と、心の中でそう呟いたー

だがー
不思議と、”デビル”の尋問を始めた頃よりもー、
菜々美の心は穏やかだったー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌日ー

「なぁ、取引しようぜ?」

”デビル”がそう言うと、
菜々美は「ーーそんなこと、できるわけー」と、
デビルのほうを見つめるー。

「ーーーお前が、力を貸してくれればできるー。
 クククククー
 
 どうだ?
 俺をここから出す”手伝い”をしてくれたらー
 お前のことを”俺の女”にしてやるぞ?

 クククー
 俺に抱かれたいだろ?」

デビルが挑発的にそう言い放つとー

「ふざけないでください!」と、
菜々美は声を荒げたー

「ーあなたは、自分の立場が分かってない!」
菜々美のそんな言葉に、”デビル”はククク、と笑いながら
真っすぐと菜々美のほうを見つめるー

そんな”デビル”を見て、菜々美はドキッとしてしまうー

あのー
纏わりつくような鋭い目ー
そのまま全てを任せたくなってしまう魅力を感じるー

「ーまぁいいー
 今日もするんだろ?憑依ー
 好きにしな」

デビルはそれだけ言うと、笑みを浮かべながら
余裕の表情で菜々美に憑依されたー。

菜々美は、デビルの記憶を読み取ろうとするー。

デビルの身体に連日憑依を続けた甲斐もあり、
ついにデビルの記憶を大分引き出すことができるようになったー。

”デビル”のような、圧倒的な精神力を持つ人間であろうと、
繰り返し、憑依していればいずれ記憶を引き出すことが出来るー

だがーーー

”ーーわたしはーー……”
デビルの記憶を読み取り、憑依を終えるー。

しかし、
菜々美は小宮警部に”今日も何もー…手ごわい相手ですー”と、
無意識のうちに報告していたー

”ー…デビル様ー”
菜々美は、ふと、無意識のうちにそんな風に思いながら
”デビル”のほうを見つめるー

「ーーーー」
デビルが意識を取り戻して、菜々美のほうを見つめるー

”ククククー
 確実にーあの女はジワジワと俺の意志に染まっているー”

デビルは、そう確信するー

菜々美の態度や、口調ー
”俺を見る目”が、毎日少しずつ変わっているー。

あまりにも強すぎる執念が
”憑依している側”の菜々美に影響を与えているー

”さぁてー
 あと数日もあればー
 あの女はーーーー俺のものだ”

デビルはそう確信しながら、ペロリと自分の唇を舐めたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

帰宅した菜々美は、
帰宅すると同時に、服を着替えることもなく、
資料を手に、パソコンを起動して、
何かを調べ始めたー

「ーーーーーー」
菜々美は、しばらくするとため息をつくー

”デビル様を無事に逃がすためには、どうしたらー…”

既にー
本来の使命のことを考えられなくなっていた菜々美ー

菜々美は、”デビル”を逃がすために
あの施設の見取り図や警備、
そして小宮警部たちをどうやって欺くかー
そのことだけを考えていたー

「ーーデビル様…」
パソコンの画面を見つめながらうっとりとした目つきで
その名前を呟く菜々美ー

「ーーー使い方を間違えれば”恐ろしい力”だからこそー
 わたしはこの力を、役立つことに使いたいー」

菜々美はそう呟くと、
”憑依相手”であるデビルから、逆に自分が強い影響を
受けつつありー、
それがもう”手遅れな段階”まで進んでいることにすら
気付けぬまま、静かにそう呟いたー

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーーなるほど、それは確かに一理あるな」

小宮警部が頷くー。
菜々美から”警備体制についての提案”を受けて、
小宮警部がそれに頷いていたのだー

「ーー現在の警備体制だと、こっちの区画に隙間が
 生じていてー
 万が一、何か起きた場合にここを突かれる可能性があるー か。
 確かにそれもそうだなー」

小宮警部はそう呟くと、
菜々美の”進言”通りに警備体制を変更することを決めるー。

「ありがとうございます」
菜々美はそう言いながらも、笑みを浮かべたー。

”これならー
 このルートで、外に出ることができるー”

菜々美は嬉しそうに笑みを浮かべるー。

警備体制の隙を改善するー
そんな提案の”フリ”をして、実は菜々美は
”ある区画”の警備を意図的に薄い状態で、
小宮警部に進言したのだー。

そのルートを使いー、
”デビル様”を逃がすためにー。

そしてーー
”そんな意図がある”とは、気付かれないように
何重にも、カモフラージュもしておいたー。

案の定、小宮警部は、菜々美の狙いに気付かず、
そのまま警備体制の変更を指示したー。

「ーー今日も、憑依かー? ククー」
デビルがそう言い放つと、
菜々美は突然、デビルの頬をビンタしたー

「いい加減に、諦めなさいー」
デビルの胸倉を掴み、デビルに顔を近づけるー

しかしーーー

”あなたを脱走させる準備が整ったー
 決行は明日ー。

 わたしがこの施設が停電するよう、仕込んでおくから
 準備しておいてー”

と、小声で素早く伝えたー

デビルはその言葉を聞くと、
ニヤリと笑って、目で返事をしー
そして、周囲にバレないように、
菜々美に向かって唾を吐き捨てたー

菜々美は「ーこれ以上、わたしたちを馬鹿にしないで!」と
叫ぶ演技をしながらー
”デビル”に憑依するー

憑依してー、
デビルの”記憶”に脱出経路を刻みつけるー

もはや、菜々美に”デビルから情報を引き出す”つもりは
全くなくなってしまっていたー…。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その日の夜ー

今日も”デビル”に憑依したことで、
菜々美にはさらに強い影響が現れていたー

「ーーデビル様… あぁぁ…デビル様♡」

今日ー
”デビル”に唾を吐きかけられた頬を触りながら
うっとりとした表情を浮かべると、
やがて、”デビル”のことを考えながら
その指をしゃぶり始めたー

狂ったように指をしゃぶりながら
荒い息をすると、興奮した様子で
そのまま一人、”デビル様”と何度も連呼しながら
自分の身体を弄り始めてしまうー

顔を赤らめながら、恍惚の表情を浮かべる菜々美ー

もはやー
”この時点”で誰かが菜々美の異変に気付いて
それを止めようとしてもー、
もう元通りにすることはできないー。

そんなことが分かってしまうぐらいにー
菜々美は壊れー、”歪んで”しまっていたー。

♪~~

♪~~~~

スマホが鳴るー。

妹の野々花からの電話ー。

菜々美に聞きたいことがあって、
何も知らない野々花がたまたまかけた電話だったがー
もはや、”デビル様”に夢中な菜々美が
電話に気付くことはなかったー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日ー

”デビル”が拘束されている施設が突然停電するー。

デビルを逃がすためー
菜々美が仕組んだ停電だー。

すぐに非常電源による照明がつくもー
菜々美は、それすらも事前に準備をしていたー。

非常電源もダウンし、
施設内は大混乱に陥るー。

そしてー
菜々美がデビルの拘束されている部屋に駆け込んだー

「ーご主人様ー
 今すぐ、逃げましょう」

菜々美がそう言うと、
”デビル”は余裕の表情を浮かべながら
「いいのかー?」と、呟くー

「ーはい、もちろんですー」
嬉しそうに微笑む菜々美ー。

デビルは「そうかー…ククー」と、
拘束を解かれた自分の身体の動きを確認しながらー
「お前を俺の女にしてやる」と、笑みを浮かべるー

「ーありがとうございます…♡」
嬉しそうにー
目に涙さえ浮かべながら菜々美は
”デビル”からのキスを受け入れると、
そのまま、デビルを先導し始めたー。

昨日の菜々美の進言により、
菜々美が通るルートは隙だらけー

”ご主人様を、必ず逃げさなくちゃー”

そう思いながら、菜々美は、
必死に出口を目指すー

だがー
出口についたその時だったー

「何故だー? 藤村ー」

その声に、菜々美は振り返るー。

そこには、銃を手にした小宮警部の姿があったー。

小宮警部は、停電の直後
”もしかしたら”と、勘を働かせてー
この場所にやってきたのだー

「こ、小宮警部ー」
動揺を見せる菜々美ー

一瞬”わたしは何をしているの?”という、
疑問が脳裏に浮かんだもののー
それはすぐにかき消されたー

”ご主人様のためにー”

とー。

「ー邪魔をしないで下さい!小宮警部」

菜々美が、デビルを守るようにして、
小宮警部の前に立ちはだかるー。

「ーー藤村ー 何を考えている?
 その男に、何か言われたのか?」

小宮警部のその言葉に、
菜々美は「ーわたしは、自分の意志で、ご主人様を逃がそうとしてるんです!」と、
言い放ったー

「ご、ご主人様ー?」
小宮警部が困惑していると、
デビルがニヤリと笑みを浮かべたー。

「ーー…藤村ー。
 そして、”デビル”
 話は後で詳しく聞くー

 大人しく投降しろー」

小宮警部が銃を向けながら、そう言い放つと
”デビル”は両手を上げたー。

”デビル”の異名を持つ彼もー
所詮は人間ー。

小宮警部の持つ銃で撃たれれば、死ぬー。

デビル本人も、それは理解しているー。

菜々美が不安そうに”デビル”のほうを振り返るー。

そんな菜々美のほうを見て、
”デビル”は笑みを浮かべたー

「ーー無事に逃げることができたらー
 お前を”俺の女”にしてやるー」

そう、言葉を口にしながらー

「ご、ご主人様ー…」
菜々美は心底嬉しそうな声でそう言い放つと、
キッ、と小宮警部のほうを睨みつけたー

そしてー
撃たれることも恐れず、小宮警部に向かって突進していくー

「ーーー藤村!」
小宮警部は、そう叫びながらもー
”菜々美を撃つ”という判断を一瞬、躊躇しー、
銃を蹴り飛ばされてしまうー。

菜々美と激しい戦闘を繰り広げる小宮警部ー

戦闘中に、仲間に向かって「今すぐ応援を頼む!」と、
無線で連絡を入れるー。

やがてー
小宮警部が菜々美を倒して、手錠を掛けようとするー。

だがーー

「ークククー
 その女も哀れだよなー?

 俺に憑依しすぎて、毎日毎日、”染まっていく”のに
 気付けなかったー

 汚染されているのは自分の方であることに、気付けなかったー」

”デビル”のそんな言葉に、
小宮警部は一瞬動揺するー。

「なっ… ふ、藤村に何をした!?」
そう叫ぶ小宮警部ー

しかしー
それは命とりだったー。

パァン!

銃声が響き渡るー

菜々美が、小宮警部の足を銃で撃ちぬいたのだー

「ぐっ…ぁ…!」
倒れ込む小宮警部ー

立ち上がった菜々美は「ご主人様!」と、叫びながら
”デビル”に駆け寄るー。

「ーさぁーーー…刑事さんよー
 いいや、菜々美ー

 俺に忠誠を示せー
 そいつを、撃ち殺せー」

その言葉に、
”人を殺したこと”などしたことがない
菜々美が表情を歪めるー

「どうした?」
”デビル”が笑みを浮かべながら言うー。

小宮警部は、足を撃たれながらも立ち上がり
「藤村…!バカな真似はやめろ!」と叫ぶー

困惑する菜々美ー

すると、なかなか小宮警部を撃とうとしない菜々美に
しびれを切らしたのか、”デビル”はうすら笑みを浮かべながら
「そうかそうかー…」と、頷いたー

「お前はその程度の女だったのかー。
 せっかく俺の女にしてやろうと思ったのにー
 残念だよー」

”デビル”が、あえて、見放すような言葉を口にするー

すると、菜々美は
「ご、ご主人様ー…!?」と、憔悴しきった様子で
声をあげたー

「ー俺のために働けない女は、いらないー」
デビルが冷たく言い放つー。

そんなデビルの様子に、泣きながら
「わたしを捨てないでくださいー!ご主人様!」と、
子供のように泣き始めるー

「ふ…藤村ー…」

”いつもの菜々美”を知っているからこそー
小宮警部はその変わりように呆然とするー。

そしてーーー

「ーーー…あんたのーーあんたのせいー…!」
菜々美が、泣きながら小宮警部のほうを睨みつけたー

「ーーーふ、藤村!気をしっかり持て!」
小宮警部が必死に叫ぶー。

だがー
その言葉は届かなかったー

菜々美は泣きながら小宮警部に向かって銃を放つと、
倒れ込んだ小宮警部に向かって何度も何度も
銃を放ったー

倒れた小宮警部を見つめながらうなだれる菜々美ー

少し間を置いてから”デビル”が笑みを浮かべながら
声を掛けるとー
菜々美は笑いながら振り返ったー

「ーーわたしは、ご主人様に全てを捧げますー
 これで、わたしをご主人様の女にしてくれますか?」

とー。

「クククーいいだろうー」
”デビル”は満足そうに言うと、
その場で菜々美にキスをしてー、
”自分に憑依していた女”を逆に歪めー、
自らの手ごまとして、そのままその施設から立ち去って行ったー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

藤村 菜々美は”警察官”としての職務を放棄して、
凶悪犯の”デビル”を脱獄させた挙句、逃亡ー。

その後”デビル”の命令で、さらにデビルに対して憑依を繰り返し、
完全にデビルの闇に染まりー、
今ではデビルと結託して
自分の美貌と”憑依”を武器に、裏社会で暗躍しているー。

憑依を悪用した犯罪の数々に、警察ですら手出しは出来ず
彼女は、今では
裏社会で”サキュバス”と呼ばれて恐れられていたー。

「ーーお姉ちゃんー……」

もう、そこに”お姉ちゃん”はいないー。

妹の野々花は、家賃滞納の挙句姿を消した
姉・菜々美の家で、
”いなくなってしまった”お姉ちゃんのことを思いながら
寂しそうな表情を浮かべたー

おわり

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

コメント

解体新書様20周年おめでとうございます~!☆

私も、憑依空間を始める以前から、
解体新書様のことは知っていて、
時々足を運んだりしていました~!

当時、見ているだけだった私が今ではこうして
書く側になっていて、
その上、解体新書様に私自身の作品も掲載されるように
なっているなんて、夢にも思いませんでした…!

創作を始めて、色々な出会いもありましたし、
本当にここまでやってきてよかったデス~!

そんな私の2倍以上の歴史がある解体新書様…!
やっぱり、今でも私にとって、尊敬するサイト様の一つですネ~!

今回は、スケジュール的に作品を作れるかどうか、
微妙なところでしたが、
解体新書様への感謝の気持ちと、今後の発展をお祈りする気持ちで
「憑依尋問官」を書かせていただきました~!

いつもとは”逆”で、憑依する側がジワジワ支配されていってしまうという、
少し変則的な憑依でしたが、いかがでしたか~?

少しでも皆様の楽しい時間のお手伝いが出来ていれば嬉しいデス!

お読み下さった皆様、
このような企画に参加させて下さったToshi9様、
全ての皆様にありがとうございます~!










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