【親友は誰だ】 作:果実ろあ ――後天性転換病。 ほんの数年前に新たに発現された病で、症例はただひとつ。 生まれ持った自分の身体が、異性のものへと変化してしまうというもの。 それも徐々に変わっていくのではなく、朝起きた際に、もしくは何かをしているときに突然、そうなってしまうらしい。 まだ世界でも数えられるほどの人数しか感染していないようで、これといった薬もなければ、病気にかかる要因もまだそこまで解明されていない。 とはいえ、他の病気などと比べて痛みや苦しみなんかもなく、肉体の性別が変わること以外に大して実害はないため諦めている者もいるようだ。 そんな奇妙極まりない病気に感染してしまったと、ある日突然連絡が来た。 俺――篝 内斗(かがり ないと)は、高校の卒業を機に上京して一人暮らしを始めた。 それからおよそ三年が経過した現在。 昨晩届いたメールを眺め、自然と口角が上がる。 メールの内容を要約すれば。 病気に感染して女の子になってしまった。もしよければ、久しぶりに会わないか? とのこと。 ――芦良 夜海(あしら やみ)。 幼稚園の頃に出会い、小中高とずっと一緒につるんでいた、言わば親友とも呼べる存在。 俺がこっちに引っ越してきたことでしばらく会っていなかったから、久しぶりに会えるということに喜びを感じざるを得ない。 元気にしているだろうか。 病気にかかった時点で元気にしているかというのも変な話ではあるが、夜海がかかったという病気は体調が悪くなったりとかはないはずだ。 女の子になったとはいえ、昔は毎日のように一緒に遊びまくっていた相手だ。 きっと、また昔のように楽しい時間を過ごせるだろう。 そうだ。身体の性別が変わろうと関係ない。中身は、他でもないあいつ自身なのだから。 そう思ったら、ワクワクして居ても立ってもいられなくなる。 待ち合わせ時間にはまだ少し早いが、もうさっそく向かってしまおうか。 手短に用意を済まし、家を出た。 § キョロキョロと、辺りを見回す。 待ち合わせ場所に決めた公園に辿り着いたが、公園内に人の姿はなかった。 少し早く着いてしまったし、しばらくベンチにでも座って待っていよう。 性別が変わったあとの姿を見たことがないため、すぐに気づけない可能性が高いが……まあ、大丈夫だろう。 俺自身の容姿は何も変わっていないわけで、向こうから話しかけてくれれば何の問題もない。 そうして、ベンチに座ろうとする――寸前で。 「やっほー、ないとー!」 そんな、明るい声とともに。 一人の少女が俺の背に飛びつき、抱きしめてきた。 「わっ、ちょ……っ! だ、誰……?」 「え-? あたしのこと分からないの? あたしだよ、やみだよ」 「は、え……?」 突然のことに、頭の理解が追いつかない。 百五十もなさそうな、小柄な体躯。中学生と言われても納得できてしまいそうなほどの幼い顔立ちに、凹凸のない体型。そして、腰の辺りにまで届く、明るい色をした長い髪。 性別が変わったのは知っている。 だが、こんなにもグイグイ来るようなタイプではなかった。 いくら性別が変わろうと、性格まで変わってしまうものなのか。 と、あまりの衝撃に困惑していると。 不意に、横から甲高い怒声が響き渡った。 「ばっ、お前! 何してんだよ! 離れろ、ばか!」 「あ、あの……はしたない、です」 そこには、またタイプの全く異なる少女が二人。 怒りを露にして眉を吊り上げているのは、俺に抱きついてきた子よりは背は高そうに見えるものの、それでもかなり小柄だ。 癖っ毛混じりの長い髪に、頭頂部からは長いアホ毛。 そして、背丈の割になかなか豊満なものを持っていた。 対するは、内気でおどおどとしている子。 この中では一番身長は高く、髪はセミロング。 自信がなさげに俯いており、脇を閉じているが……そのせいで膨らんだ胸部が強調されていた。 「え、えっと……君たちは……?」 「はぁ? 何言ってんだよ。俺だよ、夜海に決まってるだろ」 「や、夜海、です……その、お久しぶり、です……」 まったくもって、意味が分からない。 何だ、これは。何が起こっているというんだ。 久しぶりに親友が会いに来てくれたと思ったら、その親友を名乗る少女が三人も現れた。 実は三人もいた……だなんて、あまりに現実離れした有り得ないことまで考えてしまう。 いや、だが待て。 これだけ性格が異なる三人なのだ、ずっと一緒にいた俺ならどれが本当の夜海かなんて分かる……はず。 「なあ、信じてくれるよな? せっかく、こうしてお前に会いに来たんだからさ」 「ねぇねぇー、こんな二人は放っておいてやみと一緒に遊ぼうよー」 「あ、あの……騙されないで、ください……」 挙句の果てに、そうやって三人から詰め寄られてしまう。 必死に思い出す。 芦良夜海という、一人の男のことを。 § 「な、なあ……内斗。や、やめておいたほうがいいって」 俺の後ろに隠れ、身体を小刻みに震わせる少年――夜海。 こいつは昔からよく俺の後ろに隠れては、いつも何かに怯えていた。 それは、中学生になった今も変わらない。 だけど、それも無理もないことだろう。 小学生の六年間ずっと苛められ続けてきたのだから、心が弱ってしまっていてもおかしくはない。 いいやつなんだから、もっと笑っていてほしいのだが。 そんな俺の考えとは裏腹に、内気な夜海は中学生になってもまたあっという間に苛めの標的になってしまった。 「大丈夫だよ、俺に任せとけって。お前を苛めるやつなんて、俺が許さないから」 「ちょ、ちょっと……そのせいで、内斗がターゲットにされたら……」 「いいんだよ、お前から俺に変わるならそれはそれでさ」 「よ、よくないってばぁ」 必死に止めようとする夜海だったが、俺は止まる気など毛頭ない。 先ほど言ったことは、全て心の底からの本心だ。 夜海が笑えるのなら、もう泣かずに済むのなら。 そして、ほんの少しでも前向きに生きられるようになるのなら、何でもしてあげるつもりだった。 ――その結果。 「ほ、ほら、だから言ったじゃん……」 床に仰向けに倒れる俺に、夜海は泣きそうな顔で俺の顔を覗き込む。 夜海を苛めている張本人のところへ行き、苛めをやめるように言った俺だが。 簡単にやめるようなやつではなく、そこから殴り合いに発展。 とても喧嘩が強いわけではない俺は、こうしてボロボロになってしまったというわけだ。 「大丈夫だって。いくら殴られても、お前のことを守るくらいはできるよ」 「な、内斗……」 そんな、決して普通とは言えない学校生活は。 高校三年生まで続いた――。 § 「……」 考え込む。 目の前の三人の少女を、順に見る。 性格と口調が一致しない。 内気な少女がそうなのかと思ったが、俺に対して敬語で喋るだろうか。 であれば――。 「……まず、君は違う」 「ふぇっ?」 俺の身体に抱きついたままだった明るい少女を、俺の身体が引き剥がす。 性格も、言動も、口調も、何もかも。 俺の知っている夜海とは相違がある。 会っていなかった数年間で変わったというレベルではない。 「ぶーぶー……」 不満そうに唇を尖らせているが、さすがにここは間違えたくはない。 たとえ間違えたところで特に何もなかったとしても、俺にとっても数少ない親友だから。 残りは二人。 俺は、そっと人差し指を向けた。 男勝りな口調で、憤っていた少女に。 「君が――いや。お前が、夜海なんだろ?」 「……」 返事はない。 ただ、静かに少女はこちらへ歩み寄り――。 「――ああ。久しぶりだな、内斗」 そう言って満面の笑みを浮かべ、白い歯を覗かせた。 § 「お、俺を……試した?」 夜海が誰なのかを当てたあと、全員でベンチに座り。 他の二人までもが夜海の名を騙っていた理由を話してもらった。 そう。 俺のことを、試していた、と。 「ごっめんねー。お兄ちゃんが内斗くんのことが気になるって言ってたから、誰が本人なのかを当てることができたらそれは正真正銘の愛だ! と思って~」 「え……?」 「ばっ、余計なこと言うな! つまり、あれだ。お前がおれに相応しいかどうか、試したんだってさ」 よく分からないが……合格した、ということなのだろうか。 親友に相応しいも何もないとは思うのだが。 ちなみに、最初にいきなり俺に抱きついてきていた明るい少女は、夜海の妹――庵(いおり)。 そして、おどおどとしていたほうは、夜海の母親――杏子(あんず)さん。 若々しすぎて、まさか母親だとは思わなかった。 昔からよく一緒に遊んでいた俺たちではあるが、お互いの家族とはあまり会ったことがない。 会うときはいつも学校か、どこかへ遊びに行く場合が多かったから。 そのせいで、てっきり騙されかけた。 「それにしても、随分性格が明るくなったんだな、夜海」 「……ああ。お前のおかげで、な。それに、せっかく久しぶりにお前に会えるんだ。昔みたいに暗いままでいられるわけないだろ」 ああ。やっぱり、この感じだ。 言葉では全く言い表すことなどできないが、この落ち着く空気がやっぱり夜海なのだ。 数年ぶりでも、相手が少女の見た目に変わっていても、この空気感だけは変わることなどなかった。 そのことに安心感を覚え、自然と口角が上がる。 「うんうん、やっぱり内斗くんが夜海ちゃんを想う気持ちは本物みたいね。お母さん、許す!」 「だから何言ってんだ母さんも!」 さっきの内気な様子とは正反対の笑顔を浮かべ、ぐっと親指を立てる杏子さん。 先ほどあれだけ暗い雰囲気だったのは、昔の夜海に成りきっていたからと言っていた。 なかなか演技派なのは素晴らしいことだが、俺を騙そうとするのはやめていただきたい。 でも、初めて母親や妹みんなで一緒にいるところを見たが。 とても仲が良さそうで、羨ましさすら感じる。 そして今その輪の中に、俺がいてもいいものかどうか。 「ほら、内斗。いつまでもこうしていたってしょうがないだろ、一緒に遊びに行こうぜ。昔みたいにさ」 「夜海……」 夜海は、俺に笑顔で手を差し出す。 そんな女の子にしか見えない顔にドキッとしている自分に気づき、首を左右に振る。 相手は親友だ。相手の中身は男だ。ドキドキとするんじゃない、俺。 そんな胸中を悟られないようそっと手を取り、立ち上がる。 「それじゃあ、あとは若いお二人でって感じかしらねー」 「あたしも若いから、一緒について行っていい~?」 「だめに決まってるでしょ。もしかしたらこのままベッドインするかもしれないんだから」 「聞こえてんぞ! するわけないだろっ!」 笑みが溢れる。 ああ、楽しい。 やっぱり夜海となら、何歳になっても一緒にいられる気がした。 いや、違う。 何歳になっても、一緒にいたかった。 「……どうした?」 「いや、何でもない」 怪訝そうに問うてくる夜海に、笑って誤魔化す。 しばらく訝しそうな表情をしていたものの、それ以上の追及はしてこなかった。 「それじゃあ、どこ行く?」 「そうだなぁ……」 二人で肩を並べて、歩き出す。 特に面白いことなど何もなくても。 ずっと、ずっと、笑顔は絶えなかった。 俺も、夜海も。 |