『エージェント・ダリアの華麗なる転身』 作: ワトソン とあるパーティー会場の受付にて 「招待状を拝見してもよろしいでしょうか」 「えぇ。これでいいかしら?」 「はい。ようこそお越しくださいました、ダリア様」 「ありがとう♡」 ダリアは事前に用意された偽造の招待状で受付を済ませると、係の男ににこやかに笑いかけてパーティー会場に入って行った。 胸元と背中が大胆に開いた赤いドレスに包まれた華麗な美貌は多くの人の目を惹き付けて離さない。 自他共に認める男の情欲を掻き立てる自らの身体を美しく魅せるように歩きながら、今回のターゲットである男に近づく。 傍を通るとターゲットもまた他の男達と同様に目を奪われ、ダリアは視線を合わせて艶やかな笑みを浮かべてその場を後にした。 (ふふっ♪さすがは女好きで有名なカルロスだわ。上手く印象付けられてよかった♪いきなり話しかけるのも怪しまれるし、ファーストコンタクトはこんなものかしらね。あの感じじゃあ彼の方から来てくれるでしょうし、今は一度外に出て状況を整理しましょうか) 外に向かう時も会場内の男達の視線を感じる。 自分の美しさと男達の浅ましさに思わず笑みが漏れてしまうが、それを上手く取り繕うことくらいは彼女にとって容易なことだった。 なぜなら彼女は、『スパイ』なのだから。 ーーーーーー 世の中にはスパイという者達が存在する。 彼らは企業や国、はたまた秘密の組織などに所属して物事を組織の望む方向に動かすために影で動いている。 ダリアもまたそんなスパイの一人だった。 ダリアの所属する組織はカルロスという男に目をつけた。 カルロスは軍人の立場を利用し仲間と共謀して軍の研究機関から研究中の薬品を盗み出した。 幸い研究データは守ることができたがカルロスは今もなお薬品を隠し持っており、何としても彼が他国に逃げる前に取り戻す必要があるという。 そこで秘密裏に事を済ますため、女好きで有名なカルロスに対してハニートラップを得意とするダリアが抜擢されることとなったのだ。 今回の任務では情報の重要度からダリアにはかなりの期待がかかっている。 成功した暁には報酬やその後の待遇も保証されているため、彼女はいっそう気合いが入っており準備にも余念がなかった。 そう、気合いが入りすぎていたのだ。 任務の成功のみに注力し過ぎた結果、頭は事態に最適化するために思考を効率化した。 任務に関わる全てへ最大限の注意をするために、それ以外の脅威度の低いものへの警戒レベルを下げてしまっていた。 だから例えば、スパイとして鍛えられたダリアにとっては大した脅威になりえない『弱い男』が迫っていたとしても気づけないのだ。 ーーーーーー 「~~っっ!!いっ……たいわね……!なんなのよ!」 考え事をしていたダリアは突然大きな衝撃を受けてその場に倒れ込んだ。 頭痛や身体の痛み、うっすらと見える曲がり角から誰かとぶつかったのだと分かる。 前を見ていなかった自分も悪かったとはいえ、思い切りぶつかってくるやつがあるか、と苛つきながら目の前で倒れる人間に文句を言おうとした。 「す、すみません!すみません!急いでて前を見てなくって……え……?」 「な、なんで私がもう一人いるのよぉ……?」 しかしダリアの目の前で痛む頭を押さえて起き上がり必死に頭を下げていたのは、何度も鏡の前で見てきた『ダリア』自身だった。 ーーーーーー 「あんた誰よ!私に化けて何をするつもり!?」 「え?え?ま、待ってください、僕も何が何だか……」 ダリアは目の前の『自分』を問い詰めるが、相手も混乱しているのか要領を得ない応えしか返ってこない。 (私になりすまそうとしてるようには見えないし、私自身にも何か異変が起こってるみたいね……この腕は私のものじゃないし、少し細いけど男の腕かしら?ああもう!意味分かんない!) だが残念ながら状況を落ち着いて整理する暇はない。 ダリア自身が注目を集めていたこともあって周囲の野次馬は徐々に増えてきている。 数々の任務をこなしてきたスパイとしての勘がダリアにこの場に留まることの危険性を伝えてくる。 「ちっ!しょうがないわね……ちょっとこっち来なさい!」 「えっ!?ちょっとどこに!?僕仕事が……」 「こらぁ!ルーク!お前仕事サボる気かぁっ!」 「うわっ!?先輩っ!?すみません、ちょっと今は……」 「何してんのこっちよ!早く来なさい!」 ーーーーーー 所変わってダリアの予約した部屋に逃げ込んだ二人。 一先ず状況を確認するためにお互いに自己紹介をすることとなった。 「ぼ、僕はルークです。17です。ホテルのスタッフとして住み込みで働かせてもらっています」 「そう、分かったわ。私はダリア、ホテルの宿泊客よ。歳は秘密」 「あの、ダリアさん?僕の目にはあなたがその……僕の姿に見えるんですが、これって……」 「奇遇ね、私にはあなたは私の姿に見えるわ。つまり、『入れ替わり』ってやつかしら?まったく、夢なら早く覚めてほしいわ。身体の痛みまであるなんて随分リアルな夢よね」 「あの、ダリアさん、これは夢じゃないと……」 「分かってるわよ。ほんと、夢なら良かったのに……はぁ……」 こんな大事なところで思わぬ落とし穴もあったものだと、ダリアの口からは思わず溜め息が漏れる。 カルロスの誘惑には『ダリア』の身体は必要不可欠。 それどころか大事な商売道具でもある自分の身体がどこの馬の骨とも分からない人間の手にあるということ自体最悪だった。 早く元に戻りたいけれどその方法も分からない。 しかもターゲットは今夜のパーティーを最後にこのホテルから出ていってしまう。 そうなればこの慣れない身体で事態の解決と追跡の両方を行わないといけない。 (となると、この身体で任務を達成しないといけないわよね……幸いこの身体はホテルの従業員だから館内をうろついていてもあまり怪しまれないはず。ターゲットの部屋にも入りやすい。なら後は、予測のつかないコイツだけ……) 「ねぇ、ルークくん。このままだと周りから変に思われちゃうでしょうし、しばらくお互いのフリをしない?」 「えぇっ!?む、無理ですよ!僕はダリアさんのことなんて知りませんし、ダリアさんだって僕の仕事を知らないでしょう!?」 「だからお互いに情報を教えあうのよ。これでもホテルで働いてたこともあるし大丈夫だと思うわよ?だからまずはあなたの周りの人と仕事のことを教えてくれないかしら?」 こうして、ダリアは任務達成のために初歩的な情報収集から始めるのだった。 ーーーーーー ダリアの勧めもあってルークはベッドに腰掛けて説明を続ける。 ダリアはその間もルークのフリでボロが出ないように詳しく質問を重ねながら、仕事道具に手を伸ばし準備を進めた。 「僕からはこれで全部です。えっと、それじゃあ次はダリアさんのことを教えてください」 「分かったわ。でもその前に、髪が少し乱れてるみたいだから直したいの。そのままでいいからちょっと動かないでいてくれる?」 「あ、はい。分かりました」 いくつかのヘアセット道具を手にルークの後ろに回るダリア。 その手には彼にバレないように裏の仕事道具も隠されている。 「そのまま動いちゃダメよ?」 「は、はい。じっとしてま……」 チクリ 「え……?ダ、ダリアさん……?今……何を……?」 「ちょっとあなたには大人しくしててほしいのよ。明日の朝には終わってるから、しばらく眠っててね?」 「そ……んな…………」 警戒心のない相手を封じ込めることなどダリアにとっては造作もないことだ。 特製の神経毒を塗った針で強制的に眠らせた後、手持ちの簡易拘束具で手足を縛る。 「これで良しと!それにしても自分の身体を外から見るなんて中々できない経験よね。うーん、さすが私、いいスタイルしてるわ♪化粧もドレスも派手めにしたからなぁ……下着も、うん、これはエロい。思わず襲いたくなっちゃうわね」 元は自分の身体だからか、ルークの意識がないのをいいことにドレスのスカートを捲って中を見たりとダリアは好き放題に自分の身体を観察する。 ハリのある胸をつついたり揉んでみたりしていると、今の身体である『ルーク』の股間がムズムズとしだして次第に大きく張りつめてきた。 「へぇ、これが男の勃起ってやつ?変な感じねぇ。身体の一点に熱がこもってるみたい。触ってみたいけど、時間もあまりないしさっさと行きましょうか」 ダリアは手早く今の身体で任務を遂行するための準備を済ませると、もう一度大人しく眠っている自分の身体を確認した。 「ちゃんと眠ってるわよね?うん、それじゃあねルークくんと私の身体。また後で会いましょう。その前に私はあなたの身体で『大事なお仕事』をしてくるからね♪」 パチッ スイッチを切り替え、部屋の照明が落ちる。 部屋は暗闇に包まれ、あとにはルークの寝息が響くだけとなった。 「…………んぅ…………んー…………ん?あれ……僕、眠って……?」 しかし、熟練の女スパイの肉体は本来の持ち主の思惑を越え、現在の窮地にその性能を発揮しようとしていた。 ーーーーーー ルークの代わりにホールスタッフとしてパーティーに潜り込むことに成功したダリアだったが、慣れない男の身体では色仕掛けも使えず情報収集に苦労していた。 「飲み物はいかがですか?」 (くそ、上手く行かないわね……この身体じゃ色仕掛けも使えないし、スタッフじゃ会話に入るのも難しいわ……) ダリアが内心の焦燥を接客用の笑顔で隠しつつ打開策を考えている時だった。 俄にパーティー会場がざわめく。 「お、おい、あれ……ヤバイな……」 「あぁ、俺声掛けて来ようかな……」 「馬鹿野郎、お前が相手にされるわけ……ん!?こ、こっちに来るぞ!?」 (何よ、誰が来たって……は……?な、何でアイツが!?) 周囲の男達の目が一点に注がれる方向に目を向けると、一瞬思考が止まりかけた。 なぜならそこにいたのは、部屋で縛ったはずの自分の身体だったからだ。 中身はおそらくルークだろうが、その立ち姿は先ほどまでの現状に振り回される少年のものとは異なっていた。 周囲の嫉妬や羨望の視線を受け、それを当たり前のように身に纏い艶然と笑みを浮かべる。 自信と余裕に満ち溢れた魔性の女がそこにいた。 彼女はダリアと目が合うと真っ直ぐに向かってくる。 声をかけようとする男達をゆるりと断り、困惑するダリアの隣に歩み寄った。 「ウェイターさん、特別なお酒が飲めるって聞いたんだけどまだあるかしら?」 「は、はい。えーと……すみません、今手元にはないですね」 「残念だわ、珍しいお酒らしいから興味があったのだけれど……」 不思議なことに『ダリア』の振る舞いは表情や会話のテンポなどもいつもの仕事用のそれと変わらないものだった。 元々女であるはずのダリアですら無意識に細かな仕草を目で追ってしまうほどに、『ダリア』はその美貌と色気を遺憾なく発揮して周囲の男達の視線を奪う。 となれば、女好きで知られる男か動かないはずもなく、 「やあ、素敵なお嬢さん。実は私もその酒に興味があってね。どうだろう、一杯私と酌み交わして話でもしないかい?」 ダリアが苦労したターゲットとのコンタクトは、彼女の想定通り『ダリア』による色仕掛けによって簡単に達成されたのだった。 ーーーーーー 「どうしてあなたがここにいるのよ!?」 少し化粧を直すと言ってカルロスと分かれた『ダリア』を追い、人目につかない場所へと移動した彼女にダリアは開口一番疑問をぶつけた。 「いやぁ、なんとか抜け出せないかなぁってもがいてたらダリアさんの記憶が思い出せちゃいまして。それでスパイの技術で縄抜けして追いかけてきました」 「はぁっ!?記憶って、嘘、私のことも全部……?」 「全部ってわけじゃないですよ。縄抜けの方法と今回の任務に関する情報をなんとなく。事情は分かりました。僕にも協力させてください!」 最悪なことにこの少年はダリアの身体だけでなく到底人には言えない秘密まで手に入れてしまったらしい。 幸い全ての記憶を読まれてはいないようだが、それでも悪い状況なのには変わりがない。 「協力って言ったって……素人を関わらせるわけには……」 「大丈夫ですよ!ダリアさんの記憶を頼りにすれば簡単な技術だって使えるはずです!」 「はずって……それじゃ困るわよ。中途半端な技術しかないなら私の身体を危険に晒すだけじゃない」 縄抜け程度の技術ではいざという時に身を守ることすらできない。 他にも思い出したものはあるかもしれないが、どこまで信用していいものかは分からないだろう。 それゆえダリアの不安が消えることはない。 しかし、今のルークは今回の任務において最も有効なものを持っている。 「お願いしますよぉ……その身体じゃ上手く行ってないんじゃないですか?女の色気を使ういつものやり方は、その男の身体じゃ十全に発揮できないはずですよね?この身体が……必要なんじゃないですか……?」 カルロスに対して最も有効な手段、それは『女の魅力』だ。 『ダリア』の色気と男を誘う技術、その有効性はさきほどパーティー会場で示された。 そしてルークがそれを使えることも既に証明されている。 (うぅっ!さすが私の身体……確かに、この魅力は必要かもしれないけど……でも……) 漠然とした不安がダリアを逡巡させる。 スパイとしての勘がこの作戦に潜む穴に警鐘を鳴らしているのかもしれない。 「ねぇ……お願いしますよぉ……♡任務達成のためです。僕を、この身体を上手く使ってください♡」 しかし、魔性の魅力というものは、時に人の思考を乱し重要な懸念を霧に包む。 「あぁっもうっ!分かったわよ!あなたにも協力してもらうわ!ただし!私の言うことを聞いてもらうからね!」 「はい♪これからよろしくお願いしますね♪」 心を覆う不安を振り払うようにダリアは強い声で命令を下す。 『ダリア』の身体のルークを使うという、今回の任務において最も有効的で、最も危険な方法を選んでしまった。 ーーーーーー ルークの協力もありカルロスの籠絡は順調に進んだ。 ルークは『ダリア』としてカルロスの注意を引き、ダリアは『ルーク』としてホテル内を巡って準備を進める。 結果的にホテルの関係者が一人味方になるのはとても強く、予期せぬアクシデントにより成功が危ぶまれていた任務にも達成の目処が立ってきた。 『こちらルーク、今エレベーターに乗りました』 「了解。音声も良好よ。最終確認といきましょうか」 現在ルークはカルロスの宿泊する部屋へと向かっている。 パーティー会場でも誘いを受けたが、お互いに色々と準備を済ませる名目で一度分かれた。 化粧や身繕い含め“身体の準備”を済ませ、今夜は二人でゆっくりと過ごそうというのだ。 もちろんルークとダリアは身繕い以外にも色々と“準備”を済ませているのだが。 「カメラの方も特に問題はないわね。合図は覚えてる?」 『肯定なら歯を1回、否定なら2回鳴らすんでしたよね。覚えてますよ、カチ』 ルークはネックレスに偽装した小型カメラとピアス型の通信機を身に付け、ダリアは部屋から遠隔で指示を出す。 「あなたの仕事はカルロスに睡眠薬を飲ませること。部屋の水に入れてもいいし、口移しも一つの手ね」 『口移しだと僕も眠っちゃいませんか?』 「私の身体は耐性があるから少しくらいなら大丈夫よ。正体がバレて襲われそうになったら持たせた麻痺針を使いなさい」 ルークは確認のために髪止めを触る。 『分かりました。でもそんなに簡単にチャンスが来ますか?部屋に連れ込まれてすぐに抱かれちゃうかもしれませんよ?』 「そうなっては欲しくないけど、一番それが可能性高そうなのよね。覚悟しといて」 『大丈夫ですよ♪実は部屋でちょっとダリアさんの身体触っちゃって、女の身体ってとっても気持ちいいんですね?女のセックスも結構期待してるんですよ~♪』 「はぁ!?あんた何勝手なことしてるのよ!?あ、コラ!胸を揉むな!」 『カチカチ。あ、そういえばこうやってカメラを胸に押し込んだらどうなるのかな~?いいもの見れました~?』 ダリアの注意もどこ吹く風とばかりに今の自分の持つ巨大な双丘を揉むルーク。 しかしそんな風にふざけていられるのもそう長くはない。 『カルロスの部屋の前に着きましたよ』 「ここからはふざけてないで気をつけなさいよ」 『カチ……サポートよろしくお願いします』 ーーーーーー 「やあ、よく来てくれた。おお、これはなかなか……パーティー会場で見たときも美しいと思っていたが今はそれ以上だ。実にそそられる」 「ふふっ、嬉しい♡あなたのために準備をしてきた甲斐があるというものだわ。ねぇ、こんなところじゃなくて、ベッドの上で隅々まで見てくれない?」 「ああ、それもそうだな。さあ、入りなさい」 カルロスに招かれ、ルークは部屋に足を踏み入れた。 背後でドアが閉まる音が聞こえ、それから下卑た男の視線を強く感じる。 気持ち悪いはずのそれに、ルークはどこか快感を感じ始めていた。 (視線とかあからさまだなー。まあ隠す気もないんだろうけど。それにしても男にエロい目で見られるなんて気持ち悪いと思ってたけど、へぇ……♡ダリアさんの身体だからかな?これは結構いいかも……♡) ルークの人生は貧困と天涯孤独いう点を除けば、後は起伏の少ないひどく平坦なものだった。 家族は彼が中学生の時に病でなくなり、その後はバイトなどの稼ぎで生活していくことになった。 とはいえ、両親が生きていた頃も家族皆同様の生活だったため代わり映えはしない。 底辺からの飛躍も、絶頂からの転落もない。 ただその日を生きるために仕事をこなすだけの、誰からも注目されることのない貧しく平凡な生活。 それがこれまでのルークの知る世界だった。 そしてそれは、今日この日に大きな衝撃とともに変わることとなった。 取るに足らない少年の身体は男を虜にする魔性の女の身体と入れ替わった。 嫉妬、羨望、好意、欲情、例えそれが同性からのものであったとしても、これまでの自分に浴びせられることのなかったものだ。 注目が、人の視線が気持ちいい。 それは彼が初めて知った蜜の味だった。 (こいつの全身を舐め回すような視線、お前もこの身体が、僕のことが気になって仕方ないんだろう?あぁ、気持ち悪いけど気持ちいい♡美女の特権ってやつ?それともダリアさんの身体が特別エッチなだけかもね♪) カルロスはルークを部屋に招き入れると無遠慮にその女体をまさぐり始めた。 (わお、強引だなぁ♪んっ♡なんだよ、猿みたいにサカっちゃってさ♪そんなにこの身体がいいのかな?) 「なあ、ダリア?」 「んふふ~♪なぁに?カルロス♡」 「視線の隠蔽が随分とお粗末だな。薬は水に入れるつもりかい?」 「っ!?なんで…… ドスッ それを……」 声色の変わったカルロスに対して動揺してしまったのがまずかった。 首筋に針のようなものを刺され、ルークの全身から力が抜ける。 力なく見上げると、ひどく冷たい軍人の顔をした男が覗き込んでいた。 「これでも軍人の端くれなものでね。私の離反に対してハニートラップを専門とする追っ手が差し向けられたという情報は既に掴んでいたのだよ。ふむ、ネックレスに小型カメラ、ピアスは通信機か。後はいざという時の武器かな。どれ探させてもらうぞ」 カルロスは手際よくルークの身につけた仕込み道具を外していく。 ほどなくしてドレスは剥ぎ取られ、髪飾りに隠された毒針も見つけられてしまった。 「杜撰な手際に加え大した武器も持っていない。となると囮、または餌と言うべきかな?いやはや、実に美味そうだ」 「くそ……力が……身体が……なに……打った……?」 ルークは必死で身体を動かそうとするが、全身が熱くゆだるような感じがして何故か力が入らない。 「おや?私が持ち出した薬の情報を知らされていないのかね?こいつは特殊な媚薬でね。特徴的なのは……」 カルロスは次第に熱を持ち始めていくダリアの身体、その下腹部をそっと撫でる。 「あぁんっ♡♡!?な、なんでこんな……」 すると今まで感じたこともないほどの強烈な快感がダリアの身体を走った。 「強力な興奮作用と遅効性ながら高い血圧上昇効果があることだ。こいつを使えばかなりの確率で性的興奮状態での血管の破裂、すなわち腹上死を引き起こすことができるんだよ」 「そ、そんな……」 「私は君の死体が見つかる前にホテルを出る。宿泊客の記録から私の関与は知られるだろうが、死体から検出される成分は一般的な媚薬と同じだからただの事故として処理されるだろうね。そして幸い、事故死程度なら今の私の力でも握り潰せる」 カルロスは勝ち誇った顔でルークの脚を掴み股を開かせる。 ルークの意思に反してダリアの身体は雄々しい男の象徴に期待し秘所を濡らす。 「助けに来た君の仲間に罪を着せるのもいいかもしれないな。それじゃあ、人生最後の悦楽を楽しんでくれたまえ!」 「っっっんあぁぁーーーっっっ♡♡♡」 ーーーーーー ルークがカルロスに嵌められたことを知ってすぐ、ダリアは部屋を飛び出していた。 渡した通信機は掛け布団に覆われたのかくぐもった音声しか伝えてこない。 (くそ!こんなことになるなんて!カルロスが上手だった?いえ、そもそもいくら私の記憶が一部読めるとはいえ素人に任せたのがまずかった!何がフォローすれば大丈夫よ!) このままではカルロスを取り逃がすどころか自分の身体を死なせてしまう。 一刻も早く阻止すべくダリアは人目も憚らずホテルを走る。 しかしそれはホテルスタッフにとっては推奨されない行動だ。 焦る彼女の前に暴走を止めようと他のスタッフが立ちはだかる。 「おいルーク、お前何やってんだよ。大人しくしろって」 「離してください!急がなきゃいけないんです!」 「だとしてもお客様が見てる前で不穏な雰囲気は出すなって」 「いいから離しなさいよ!」 「あ、おい!待て!」 ダリアはスタッフの制止を無理矢理振り切り部屋へと走る。 そんな彼女を抑えるべく人は増え、それを避けるためにダリアは迂回を選択。 カルロスの部屋に辿り着くまでにかかる時間が増えることとなった。 ーーーーーー 「っ♡あっ♡♡っっ♡♡」 「ははっ、さすがはハニトラ要員だ!中々の名器じゃないかっ!」 ダリアが他のスタッフに足止めを食らっている間もルークへの凌辱は続いている。 もはや快感で声を上げることすら困難となり、頭は熱で朦朧としてきていた。 (こんなに気持ちいいの初めて……部屋で弄ってみたときは初めての女の身体ですごい気持ちよかったけど……女のセックスってこんなに気持ちいいんだ……) 靄のかかった頭で思い出すのは数時間前の未知の快感の記憶だ。 ーーー 暗闇で目を覚ましたルークは縛られた自身の現状に気づき、なんとか抜け出そうともがいた。 その過程で入れ替わった女体の感触を僅かながら感じ、次第に夜目が利いてきたことで視認できるようになった魅惑的な肢体を彼は一人見て楽しみ始める。 「なんで縛られてるのかとか色々分からないことも多いけど……この身体をこんな近くで見放題ってのは役得だよなぁ。んしょっと、おぉ、揺れる揺れる♪」 自身の肉体に対する男の興奮を感じ取り、ダリアの身体はそれを肉体的な快感へと変換した。 ーーー 今もカルロスから絶えず与えられているのはそれとは少し異なる。 内から滲み出てくるものではなく外から与えられるものだ。 (でも、なんだろ……これ知ってる気がする……?あれ……?なんでだろ……ああ、あの時弄ったのだっけ……?) ーーー 縛られながらもダリアの身体から沸き上がる淡い快感を一人楽しんでいると、ルークの頭に知らない記憶が過った。 「ん?あれ?なんだろこれ?よく分かんないけど、これをこう……?あれ?こうだっけ?えーと……」 曖昧な記憶を頼りに縄を外すと、後に残ったのは自分の自由にできる美しい女の身体だけだ。 身に沸き上がる欲求に逆らわずルークはダリアの身体で女体の快感を享受した。 その過程で彼はダリアの自慰の方法や今回の任務の情報を思い出し、自らの好奇心と僅かに宿った使命感を胸にパーティー会場へと向かった。 ーーー 「少しは反応がないとつまらないなっ!」 「んあぁぁんっっっ♡♡♡」 (違う。あれじゃない。あんな一人で弄ったのじゃない。下腹部から全身に広がる快感も、男の荒い息づかいも、自分の濡れた嬌声も♡もっと前だ。僕は知らないけど、これを知ってる……♡) ハニートラップを武器とするスパイに求められるものとは何だろうか。 容姿、話術、あとは手先の技術なども挙げられるだろう。 だが、数多の男達を惑わし、時に殺してきたダリアの武器はそれだけではない。 男に抱かれながらもチャンスを狙い、正体がバレて追い込まれるなどの危地にあっても挽回する力があったからこそ、彼女は歴戦のスパイ足り得たのだ。 その武器とは、自身の行動を阻害する薬物や快感への耐性と瞬時の状況判断力。 そして、状況を改善するための手を“自身の記憶から引き出す”力だ。 (……あ……そっか……『私』これ知ってる……♡♡あはっ♡そっかぁ♡そういうことかぁ♡) 瞬時に、ルークの動きが変わった。 脱力して快楽を享受するだけだった身体に力を入れ、だらしなく投げ出していた脚でカルロスの腰を捕まえ強引に引き寄せる。 「なっ!?急に動きが変わっ……んぐっ!?」 倒れ込んだ上体を首の後ろに腕を回すことでさらに近づけ、口を塞いで舌を絡めとる。 カルロスの目には先程までの未知の快感に喘ぐ女ではなく、獲物を刈り取る女スパイの緩く細められた目が映っていたことだろう。 一瞬動きを止めたカルロスにルークは薬を塗った爪を差す。 これはダリアと二人で準備したものではなく、もしもの時のために彼女が常に身に付けていた奥の手だ。 しかしこれもルークは知って、いや“思い出していた”。 それぞれの爪に仕込んだ効果の異なる複数の薬を適切な順番で差すと、効果が増しカルロスの動きが止まる。 「こ、こんなものがあるならなぜ今まで使わなかった……」 「さっき思い出したのよ。あなたのおかげでね♪そうそう、この身体って薬物に対する耐性まであるのよ?だから媚薬の効果も薄れて頑張れば動けたってわけ♪奥の手も持ってたし、本当にいい身体よね♡」 自分の身体のことを他人事のように語る彼女の姿にカルロスは困惑を隠せない。 「だ、誰なんだお前……何か変だぞ……私を追ってきたスパイじゃないのか……?」 「ふふっ♪そうね、私は『ダリア』。あなたを追ってきた女スパイよ?あなたのおかげで、たった今そうなったの♡」 ルーク、いや『ダリア』はただただ嬉しそうに陶酔したように笑う。 「でも、まだ足りないわ。私が完全に『ダリア』になるにはもっと思い出す必要があるの。だから、ねぇ?あなたも協力してくれない?」 もはや痺れて天井を仰ぐのみとなったカルロスに馬乗りになり、熱く甘い吐息を吹き掛ける。 頭が蕩けそうになった直後、突き刺すような痛みを感じたカルロスが見たのは『ダリア』の手の中にあるあの媚薬のアンプルだった。 「私が必要な記憶を思い出すまで付き合ってね?それじゃあ、“人生最後の悦楽を楽しんでね”♡」 室内には肉を打ち付けるような音と女の嬌声と男の悲鳴が響く。 それもやがて、一つが消えた。 ーーーーーー 一方ダリアは従業員達に追われ隠れつつなんとかカルロスの部屋までやってきた。 しかし次に如何にしてカルロスを処理するかという問題が立ちはだかる。 予備の銃は持っているためドアを開かせて不意打ちというのが成功率が高いか。 だがそれをやってしまえば『ルーク』は人殺しの汚名を着せられ、行動が制限されて自身も元の身体に戻るのが難しくなる。 それでも、自分の身体(とルーク)を死なせるわけにはいかないと、まさに部屋の正面に立った時だった。 部屋の扉が内から開いた。 「ふぅ、早く戻らないと心配させちゃ……あら?」 「!?どうしてあなたが……カルロスは!?アイツはとうしたの!?」 部屋から出てきたのはカルロスに襲われ既に殺されているかもしれないと思っていたルークだった。 多少乱れてはいるがドレスを着直し、一見して外傷なども見られない。 「んーと、うん。少し薬の効きが悪くなってきたので暴れてたらカルロスの動きが鈍くなったんですよ。爪か何かに薬でも仕込んでましたか?」 「え?えぇ……確かに奥の手の麻痺毒は仕込んでたけど……」 「だったらそれのおかげですね!そのあとは薬を奪って逆に打ち込んでやったんです。そしたらしばらくして動かなくなりましたよ」 中に入って確認もしたが確かにカルロスは事切れていた。 室内の状況もルークの説明と矛盾することはなく、幸運にも彼は窮地を脱出してカルロスを返り討ちにしたのだろう。 しかし、妙な違和感がダリアを包んでいた。 あまりに上手く行きすぎていないだろうか? この少年はこんなにも簡単に人の死を告げられるような人間だっただろうか? 「ダリアさん、そろそろ行きませんか?ホテルの従業員が来たら面倒ですよ」 それでも今はその違和感を飲み込んで一刻も早くこの場から逃げなければいけない。 底知れない不安に蓋をして、ダリアは部屋を後にした。 ーーーーーー その後の顛末だが、『ダリア』と二人でホテル内を歩いていた『ルーク』は他の従業員に見つかった。 『ダリア』の口から彼を部屋に呼んだことが伝えられ、美女の誘いに舞い上がった馬鹿がやらかしたということで彼女の取り成しもあり『ルーク』は厳重注意で済まされた。 そして『ダリア』は早朝にチェックアウトし、『ルーク』もまた忽然と姿を消すことになる。 「はぁ……今回は散々だったわ。結果オーライだけど未だに身体は元に戻ってないし、これからどうしようかしら……」 「でも組織には入れ替わりを信じてもらえたんですよね?戻る方法も探してくれるならまだ希望はありますって」 「まったく呑気なもんねー。戻る方法ったっていつになるか分かんないのよ?それまでどうやって任務をこなすのよ」 「それなら僕が手伝いますよ♪もう部外者なんかじゃないでしょ?」 「そうだけどー」 数日後、組織への連絡も済ませた二人は詳しい結果報告と心身の異常の調査のため組織本部へと向かっていた。 道中、任務から解放されて改めてダリアの身体になった幸運を認識したのかルークが色々とふざけだしたのは大変だったが、それももうすぐ終わる。 あとニ、三日もすれば本部に着く。 そうすれば、この入れ替わりという馬鹿げた現象の解決にも一筋の光が見えるかもしれないのだ。 そう思えば、ダリアの苦悩も少しは軽くなった。 あの夜感じた不安は今も続いている。 結局ルークは『ダリア』の身体を得て浮かれているだけの少年にしか見えず、これまでの旅路でも“何も異常は見つからなかった”からだ。 ーーーーーー 本部に着いた二人はいくつかの検査を受けた後、『主任』と呼ばれるダリアの上司にあたる人間に報告を行っていた。 「なるほどな。確かにいくつかの質問、検査の結果君達の入れ替わりは信じるに値するものという結果が出た。しかし残念ながら身体に異常は見られなかったようだな」 「そうですか……しばらくは仕事も難しそうですね」 「うむ。なるべく早く原因を見つけたいところだが、どれだけかかるかは分からない。一応今の身体のままでも仕事をする方法を考えてもらいたい。それから、ルークくんと言ったか、君にはしばらくこの本部に滞在してもらう」 「えっと……しばらくってどれくらいですか……?」 「原因が究明されるまでだから、やはり正確な時間は分からないな。滞在中の衣食住は保障するし、君が望めば何かしらの仕事も用意しよう」 「はぁ……分かりました」 「それでは、今日はここまでとしよう。君達の今後についてはまた後日詳しいことを話す」 そして主任の口から退室の命が出された。 結局事態の解決はまだ遠く、二人の今後は不透明なままだった。 「そうだ、ダリアさん。これからの生活のことで相談したいことがあるんですが、今夜お時間ありますか?」 「別に今からでもいいわよ?夜遅くなったら思考も鈍くなっちゃうでしょ」 「いえいえ、今はここを見て回りたいので遠慮します。相談もそんなに時間はかからないはずですしね」 「そう。それじゃあ夜にね」 「はい。また夜に」 そうして、その後は二人で本部を見て回った。 ルークの気になった所を順番に、彼にとっては初めての場所だったはずだが、迷うことなくスムーズに進んだ。 ーーーーーー その夜、二人は与えられた部屋でくつろいでいた。 ダリアの服装は動きやすいシャツとハーフパンツ、そしてルークはタンクトップとショートパンツのルームウェアだった。 以前ダリアは少年の身体には目の毒だとルークに注意したのだが、むしろからかわれてしまったのでそれ以降は強く言わなくなった。 「それで?相談って何よ。そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」 「そうですね。それじゃあ……」 「ちょっと、なんで隣に座るのよ。話をするなら正面の方がいいじゃない」 「え~?別にいいじゃないですか♪それともこんなに近くだと興奮しちゃいます?」 ダリアの腕に自身の腕を回してからかうような口調でおどけるルーク。 元は自分の身体とはいえその色香は少年の身体には効果抜群だ。 「そんなわけないでしょ!……はぁ、もういいわ。このまま聞くわよ。それで?」 ダリアは顔を少し熱くしながらも、腕を払いルークに話を促した。 「ああそうそう!相談についてでしたね。実は……この身体貰っちゃおうかなって♪」 「は?」 チクリ 「え……?うそ、身体が動かな……私の薬を使ったの!?何で、どういうことよ!」 「ダリアさんにはちょっと大人しくしててほしいんですよね♪あ、これって入れ替わった日のやり取りに似てません?まあ今回使ったのは睡眠薬じゃなくて身体の動きを鈍くするだけのお薬ですけど」 ルークは実に楽しそうに、まるで悪戯が成功した子供のような、それでいて人を騙す悪女のような笑みを浮かべる。 「いやぁ、僕はもう元になんか戻りたくないんですよね」 「戻りたくないってどういうことよ!?」 「どういうこともなにもそのまんまですよ。そんな大した能力もないホテルマン、あ、もう違いますね。ただの子供なんかに戻りたくないんですよ。僕は凄腕の女スパイの方が気に入っちゃいました♪」 「このっ!返しなさい!」 「嫌ですよーだ♪そんなに返して欲しいなら力ずくでどうぞ♪でも、男の身体で私に勝てると思ってるの?」 人を馬鹿にするようなおどけた態度から一転、ルークの雰囲気がガラリと変わった。 男を挑発し誘うような仕草は普段の『ダリア』と遜色のないものだ。 「あなたやっぱり私の記憶をかなり引き出してたのね……」 「あら、気づいてたの?いつからかしら」 「カルロスが死んだあの夜からよ。二人が暴れたように偽装してあったけれど、爪痕や薬の刺し跡は綺麗なもんだったわ。手際が良すぎて偶然にしては出来過ぎてるもの」 ダリアがその可能性に思い至ったのはホテルを出てからしばらくしてのことだった。 漠然とした不安に輪郭が与えられたことで彼女はルークの動向に気を配っていた。 しかしそれでも、おかしなところを見つけることができなかったのだ。 「分かってるなら説明は不要よね。じゃああなた、私達の今の状況を正しく理解してるかしら?」 「あなたが私の身体を奪おうとしてるってことでしょ」 「それもそうだけど、もうどうしようもないわ。それよりも、重要なのは私とあなた、『ダリア』の記憶を持つ存在が二人いることが問題なのよ」 「あなたが組織を裏切る可能性のこと?はっ、そんなに甘くないわよ」 馬鹿にするように嗤うダリアだったが、ルークにはまったく効いているようには見えない。 それどころか残念なものを見るような顔を向けられてしまう。 「あなた、その身体でどうやって他のスパイから身を守るの?その頭の中にある『ダリア』の記憶、組織の情報を狙って誰かがあなたを襲うとは思わなかったのかしら?」 「っ!そ、それは……」 「裏切りの可能性のある身体と情報の保護に問題のある中身、組織も頭を悩ませたでしょうね。だから私は、本部へ向かう途中あなたの目を盗んで組織へ連絡して、一つの提案をしたの♪」 ニコリと、指を立てて笑う。 「私が新しい『ダリア』になりますってね♪」 「っ!そんなの信じられるわけがないでしょうが!そんなことを組織が認めるはずが……」 「認めたわよ?言ったでしょ?“もうどうしようもない”って♪」 今回のルークの行動は既に組織公認のものとなっている。 部屋には隠しカメラが仕掛けられ、事の顛末は記録されているのだ。 「それでも簡単には信じてくれなくてね。私の忠誠を試すために指令が与えられたの。『組織の情報秘匿のために、古い身体ごと情報を処分しろ』、それが今回の指令よ」 「そ、そんな……」 信じていた組織から裏切られ、ダリアの身体から力が抜ける。 だが、まだ希望は残っている。 「あなたにもまだ逆転の目はあるわよ?結局問題になってるのはあなたの力不足について。だったら、情報を守り抜くだけの力があることが証明できれば処分は免れられるわ」 「そうか!そしてもしあなたがこの任務に失敗すれば……」 「私は新しい『ダリア』にふさわしくないとされて、一刻も早く私達を元に戻すために動いてくれるかもしれないわね」 身体はまだ動かせないがやる気は十分だ。 強い意思を持ってダリアはルークを見返した。 「で、そんなことさせるわけないわよね♪そんな気持ち一つで男のあなたがどうにかできるほど、『ダリア(わたし)』は甘くないって知ってるでしょ?」 ルークは仰向けに寝かせられたダリアの上に勢いよく座り込むと、腰を激しく揺らして彼女の男性器を刺激する。 その腰遣いは数多の男達を堕としてきたもののほんの一部だったが、男になって間もないダリアに強烈な快感を与えた。 「んあぁっ♡そ、それでも……♡私は絶対にあなたに勝って身体を取り返すのよ……っんふぅっ♡」 「やってみなさい?ボ~ク♡」 ーーーーーー 「んっ♡あぁっ♡ぐっ♡ふっ♡」 「ほらほらどうしたの?さっきまでの威勢はどこ行っちゃったのかなぁ♡こんなんじゃいつまで経っても私には勝てないわよっとぉ♡」 密室に二人の嬌声と交合の音だけが響く。 脳が焼ききれそうな快感の波に飲まれながらも、ダリアは逆転の一手のために思考を回し続けていた。 (正直きっついっ♡けど!まだなんとか耐えられてる……遊んでるのか、それとも完全に私の記憶を思い出せたわけじゃないのかは分からないけど、私はまだ冷静に物を考えられている……はず) 逸物も口内も、全身を蹂躙されながらも考えることだけは止めない。 (コイツは私を処分するように言われてた。でも普通はセックスだけで人は死なないし、カルロスが持っていた薬を打たれた感じもしない。それなら、どこかで疲れ果てた私を殺すために動きを止めるはず……そこを狙って逆に襲うしかない) そしてその時はそう遠くないうちに訪れた。 ダリアは考えることだけに集中していたため傍から見ればぐったりとしているように見える。 そしてルークもまたダリアを早く堕とすために激しく動いていたためか、決着を早めに着けようとしていた。 「ふー、少し疲れちゃった♡でも、あなたはそれ以上みたいね。これくらいヤればもういいでしょう。一思いに殺してあげるわ」 そう言って、ルークが武器を取ろうと立ち上がりかけた時だった。 (今だ!) 「っ♡♡♡お"っ♡♡♡……」 ダリアは力を振り絞って腰を跳ね上げた。 それまで自分の為すがままに動いて快感を調節していたルークは不意の一撃に一瞬放心してしまう。 その隙を見逃さずダリアはすかさずルークを押し倒し、反撃に転じようとする前にさらに一突きして黙らせる。 「散々好き勝手やってくれたわね……でも、お仕置きの時間よ?その身体の気持ちいいところ、ガン突きしてイキ狂わせてやる!」 「お"っ♡♡♡ほっ♡や、やめへぇ♡お"ごっ♡♡♡」 「あはははっ、お"ごっ、て!そんな汚い声私は出したことないわよっ!とぉ♪」 形勢逆転とばかりにダリアは力の限り腰を振ってルークをヨがらせる。 先程までの勝ち誇った顔ではなくだらしなく喘ぐだけの雌の顔はダリアの嗜虐欲をそそらせた。 「ほら!どうしたのよ!私を殺すんじゃなかったの!ざまぁないわね!私の身体があってもあなたじゃ私に勝てないのよ!」 身体の熱は最高潮に達し、無理矢理覚えさせられた精液が込み上げる嫌な感覚も今はどうしようもないほどの期待を抱かせる。 (あぁ!これが男の女を抱く喜びってやつなのかしら!目の前の雌をぐちゃぐちゃにしてやりたい、自分のものにしてやりたいって思っちゃう!) 絶頂の瞬間はもうすぐだ。 激しい征服欲に駆られ、それに逆らうことなく目の前の雌の腰を掴んで強引に竿を突き入れる。 「おら!イケ!イっちゃえ!」 「ーーーっっっ♡♡♡」 蒸し暑い室内に男の荒い息が殊更大きく響く。 「はーっはーっ、ははっ、あはははっ!何よ大したことないじゃない!あんだけ大口叩いといて結局この程度!」 ダリアはぐったりとしたルークを見下し、高笑いを上げながら尚も激しく自身の欲望を雌の身体にぶつける。 「ははっ、こうしてみると男の身体も案外いいじゃない。気に入らないやつを組伏せて強引に犯す。私の身体でサカってた男共もこんな感じだったのかしら♪」 思い出すのはダリアが今まで騙してきた男達のこと。 男の性欲とは、征服欲とは、こんなものだったのかと、“ターゲットの男達と同じようなことを考える”。 「ふふっ♡そんなに良かった?私の身体を犯すのは♡」 「……え……?」 ドスッ 「あ……が……うそ……なんで……?」 「なんで……?それはもう、ふふっ♡あはははっ♡全部演技だったからに決まってるじゃない♡」 堪えきれなかった笑みがこぼれる。 男の欲を擽り、実に綺麗に手玉に取った悪女は、茫然とした男の頭を胸に抱きしめ艶然と嗤う。 「私の身体の気持ちいいところを突いてくるのは良かったんだけどねぇ♡今までの男に比べたら君のはちょっと小さいかなぁ♡」 「っ!」 「ふふっ♡ちゃんと恥ずかしいって思うんだ?すっかり男の子じゃない♡」 「ち、ちがっこれは!んあっ♡や、やめ♡動かないで♡」 「え~?ダ~メ♡ほら、“散々好き勝手やったお仕置き”ってやつよ♡」 もはやダリアに先程までの勢いはなかった。 反抗も、凌辱も、すべてが掌の上のことだったと知り、彼女の心は大きく揺らいでいる。 「私が『ダリア』としてやっていけるかを見せるなら、ちゃんと男を操る技術も見せないといけないじゃない?あなたは上手く転がされてくれたわ♪まるで今まであなたが騙してきた男達みたいに♡」 心だけではない。 直前の凌辱劇で既に身体も疲れ切っている。 反撃も、もうできない。 「実はもう一つ指令を受けててね?それが『カルロスから取り戻した薬の臨床データの収集』。さっきあなたに打ったのがそう。私の決め手は武器じゃなくてこっちだったのよ」 先程からダリアを襲っている頭痛の正体はそれだ。 ルークにノせられ、激しい性交の果てに血圧は高まっている。 これなら終わりは近いだろう。 「最後に男の快楽をたっぷり知れて良かったんじゃない?こんな経験、そうそうできることじゃないわよ?ふふっ♡役得ね♡もっと感じて♡ほーら、パンパン♡パンパン♡」 逃げることも許されない。 ダリアの腰にはルークの脚が回され、無理矢理ピストンを続けさせられている。 頭痛がひどくなるが、下半身は再び快感に包まれていく。 「これでもあなたには感謝してるのよ?あなたがあのホテルに来なければ私はあのままあそこでつまらない男の人生を送っていたでしょうから」 頭痛はさらにひどく、もう目の前は朦朧としている。 最期まで危険を警告し続ける頭に反して、逸物は欲望に正直だ。 そして心は、こんなときだと言うのに、どこかでこの先を期待してしまっている。 「こんないい身体をくれてありがとう、ダリアさん。あとは新しい『ダリア』(ぼく)に任せて。元『私』(あなた)の代わりは新しい『ダリア』(わたし)がやるから♡だから、ね?もう逝きなさい♡」 これまで以上の強い頭痛とともに、ダリアの意識は闇に沈んでいった。 ーーーーーー 後日、ダリアは次なる任務のため本部で準備をしていた。 「ちょっとちょっと!いつまでかかってるんですか!しっかり働いてください!」 「仕方ないでしょ!あなたの身体は私の身体より性能悪いんだから!文句言うならあなたのこの馬鹿な頭に言いなさいよ!」 「もうその身体は私の身体じゃなくて君のだって分かってないのかな~?あ、馬鹿だから分からないのか♪駄目駄目だねぇ、ルークくぅん?」 その傍らには文句を言いながらも彼女を手伝うルークの姿がある。 実はあの時の指令に関してダリアはルークに二つ嘘をついていた。 一つは、ルークを処分して実力と忠誠を見せるのではなく、行動をコントロールし管理できる能力を示すこと。 そしてもう一つは、最後に投与した薬はカルロスが奪ったものと同一ではなく、効果を弱めて調製されたものだったことだ。 臨床実験はその新薬のものだった。 「うぅ~、なんで私がこんなことしなきゃいけないのよ!」 「はぁ、しょうがないじゃないですか。組織にとっては仕事の知識と有能なこの身体さえあればいいんですから。むしろあなたは大事な情報を持っててもそれを守ることができない貧弱な身体ごと処分される予定だったのを僕が上に掛け合って僕のサポートにしてもらったんですよ?生きてるだけでも良かったじゃないですか♪」 ダリアは事前の連絡の段階で『成り代わり』とは別にルークの助命も願っていた。 あの指令も、むしろそれを通すためのものだったと言える。 「それもこれもあなたが身体を返せば良かった話じゃない!」 「そんなこと言っても戻り方なんて未だに分かってませんし……こんないい身体手放せませんよ♪もう男には戻れませんね♪まあ仕事はきついですけど……」 「あなたはいいわよね。あの仕事に成功したことで評価されていい思いしてるんだから。それに比べて私は貧相な男の身体で自分の身体を奪った男のサポートだなんて……」 カルロスからの薬の奪還、『入れ替わり』という未知の現象に関する治験、男の精神が入ったことでより磨かれたハニートラップの技術。 ダリアの評価はあの時を機に大きく上がった。 「うーん……貧相なのは否定しませんが元は自分のものだった身体を悪く言われるのはちょっと……それに男の身体も悪くないでしょう?何度も手取り足取り教えてあげたじゃないですか♪」 「それが嫌なのよ!簡単に興奮しちゃって仕事も手につかないし不便ったらありゃしないわ!気持ち悪いし大嫌いよ、こんな身体!」 ルークは男の身体への不満を撒き散らす。 しかし、それが吹けば飛ぶような小さなものであることをダリアは知っている。 「本当に?本当にそう思ってる?気持ちよく、なかった?」 「う……ええ!気持ちよくなんてないわよ!」 「え~?この前はあんなに気持ちいい気持ちいいって言ってたのに~?私を抱いた男共はこんな気持ちだったんだ、って散々私を犯したのに?」 「あ、あれは別に……」 「じゃあ今日はやめる?」 「っ!」 ダリアの一言で、ルークの動きが止まる。 「ふふっ♪今日はこの前よりもーっと気持ちいいことしてあげようと思ってたんだけどなぁ♡そっかぁ、嫌ならやめとこっかぁ♪」 「べ、別に嫌なんて言ってないし……」 「じゃあやってほしいのぉ?」 「そ、それは……」 煮え切らない態度を取るルークにダリアの手が伸びる。 「ほら、男の身体は正直よ?ここをこんなに硬くして精一杯主張してる♡あなたも正直に言ってくれたらまた気持ちよくしてあげるわよ♡ほら、私に言ってみて?気持ちよくなりたいって♡」 「う、うう……き、気持ちよくなりたい……」 大した手間はかからない。 既に堕ちた男だ。 ダリアが一撫ですれば、ルークは簡単に転がされてしまう。 「よく言えました♪じゃあ今日の夜まで楽しみに待っててね♪」 「えっ!?」 「ん~?どうしたのかな~?今は仕事の時間でしょ?ちゃんと働かない人にはご褒美は上げられないかなぁ。それじゃあ、頑張ってお仕事しようね♪」 「うう……このぉ……馬鹿にしてぇ……」 「前より気持ちいいのは本当よ?頑張った分だけいっぱい気持ちよくしてあげるから♡」 「っ!」 「ふふっ♪男の身体も悪くないでしょ?」 コクコク 少し前の反抗はどこへ行ったのか。 瞳に期待と浅ましい欲を滲ませて首を振る男の姿に、ダリアの口角が自然と弧を描く。 (ああ楽しい♪こんな楽しみ知っちゃったら余計にこんな男になんか戻りたくないわよね♪頑張って働いてちょうだいね。あなたと、私のためにね♪) 終わり |