~おもひでの臨海学校~
   作 : うり稲荷
   挿絵:炎帝竹輪太郎さん


〈1〉Let's 臨海学校


「「「ウォーーーー!!!海だぁーーーー!!!」」」

 クラスメイトたちが喜びの雄叫びを上げている。バスから降りたばかりなのにもうテンションが振り切れているようだ。

「みんな元気すぎだろ。俺は暑いのは苦手だってのに。」

「ふふっ、私もテンション上がってるよ。芳樹(ヨシキ)君と一緒に海に来るのは初めてだもん。」

 そう言って笑いかけてくるのは美桜(ミオ)。三ヶ月前にクラスに転校して来たクラスメイトだ。

 俺は先週彼女に告白して……今は恋人という関係だ。なんとか平静を装っているが正直、美桜の水着姿が見られると思うと期待で頭がおかしくなりそうだ。

 そんな事を考えてると、突然誰かに強引に肩を組まれて体勢を崩す。誰かと言ってもこんなことする奴は一人しかいないが。

「ヘイ、ヨッシー!そんな無頓着そうな顔をしてても頭の中じゃあ『可愛い彼女の水着姿』を想像しまくりだるぉ~~?昨日の晩だってラインであんなに騒いでムギュッ!!」

「てめえ……その事は言わないって話だっただろうがぁ!!」

 ギチギチと男の約束をたった数時間で違えた口を顎ごと締め上げる。こいつは剛(ゴウ)。紹介する事は特にない。ただの小学校からの腐れ縁だ。

「あっはっは!自業自得だよゴウ。相変わらずウチの弟がバカでごめんねー芳樹。顎砕いちゃって良いからさ。」

「んごふぉ、んふぉふぉう!!」

 弟を躊躇いなく見殺しにするのはゴウの双子の姉の梨花(リカ)だ。ゴウと同じ小学校からの仲で、美桜と付き合うまでに色々とアドバイスを貰った恩人だ。そして美桜の親友でもある。水泳部所属のショートヘアーなスポーツ少女でクラスの人気者だ。

「そうか、じゃあ遠慮なく。」

がぎぎぎぎ!!!

「んおーー!!!ふぁが!!!んふぉぉーーー!!!」

「ふふ、幼馴染って良いなぁ。私は引っ越してばかりの生活だったし、そんな仲の人いないから……羨ましいな。」

 バカなやりとりをしてる俺たちを見て、美桜は少し寂しそう微笑んだ。長い黒髪が潮風に吹かれて揺れる。
 ヤバい……綺麗だ……右手の先からもがき苦しむ声が聞こえるけど、そんな事は些事でしかない。

「んんんーー!!んんんぉーーー!!!」

「美桜……もう!そんな事言わないの!思い出なんてこれからいっくらでも作れば良いんだから!」

「ひゃ!あ、ちょっと、梨花……苦しいよ。」

 梨花が美桜を抱きしめる。美桜も本気で嫌がってはいないようだ。女の子同士のスキンシップが正直羨ましい。それを悟られたか、梨花が意地の悪そうな目でこちらを睨みつける。

「おやおや~、芳樹クン。羨ましい~?先週付き合い始めたばかりだもんね~、美桜とのスキンシップの深さはまだまだ私の方が上って事か~。チューもまだなんだって~?私がしちゃう!ちゅー!」

 そういうや否や梨花は美桜のほっぺにチューをした。突然の事に戸惑って美桜の顔が赤くなる。

「も、もう!梨花ぁ!怒るよ!?」

「あっはっは!ごめんごめん、悪ふざけが過ぎちゃったね。でも芳樹、アンタ美桜に寂しい思いさせちゃダメよ?もし美桜を泣かせたら私が芳樹の顎砕くからね!」

 バシンバシンと梨花が俺の背中を叩く。悪ふざけって言ってたけど、お互い奥手な俺たちに気を遣ってくれたんだな。本当に感謝しかない…

「いだだっ!……っ、ああ、分かってるよ……ありがとな。」

「ふふん、良いって事よ!それじゃ、私たちもビーチに向かいますか!集合の後に着替えだったよねー。」

 梨花はビーチに足を向けたが、あ!と何かを思い出したようで俺の側まで来て小声で囁いた。

「ここだけの話、美桜の水着は私が一緒に選んであげたからね!この子ったら
『芳樹君ってどんな水着が好みなのかな……肌、恥ずかしいけど出てた方が……喜ぶのかな』
とか言っちゃってもーーー可愛いかったんだから!むっふっふ、期待してなさい!」

「お、おう。そうか……そう……か。」

「目の色が変わったよームッツリさん。じゃ、また後でね!あ、あとソレはその辺に捨てて良いから。」

 梨花が指差した先には、グッタリと力尽きた剛が俺の右手にぶら下がっていた。そういえば忘れてたな、コイツの存在。

「お、そうだな。」

 ポイ、ベチャ、と地面に剛が放り出される。みんなそれを無視して集合場所に向かい始めた。

「え!?あ、あの、剛君は大丈夫なの?というか、クラスの皆さんも剛君の扱いが……」

「いいのいいの、あのバカ弟は放っておけばゾンビみたいに復活するから。それよりも、水着何着か買ったけど、一番エロいやつ持って来たんでしょうね~?芳樹君、かなり楽しみにしてるみたいよ~?」

「え!?も、もう!一応……アレを……」

 前を歩く美桜と梨花が何やらヒソヒソと話している。ああ、チクショウ、日差しがやけに熱く感じる。俺、顔にやけてないよな?

「あーあ、芳樹のやつが可憐な転校生ちゃんのハートを射止めるとはなー。」
「全くだぜ。羨ましくなんかねーぞ畜生!」
「でも結構お似合いのカップルだよねー。私も彼氏欲しいなー。ねえ芳樹君、付き合ってみてどんな感じ?」

 他のクラスメイトたちもガヤガヤ言いながら話しかけてくる。俺としてはあまり目立ちたくなかったけど、片田舎の小さい学校だし、しょうがないか。


ーーーーー


 みんなとワイワイ話しながら集合場所に着いた。見回すと先輩たちや後輩たちも居た。中1の子達はまだ小さい印象だけど、徐々に小学生感が抜けてきている。

 俺たちの学校は同じ敷地に中高校の校舎があるくらいそれぞれが小規模だ。今回の臨海学校は混合で催された。高3の受験生たちに取っては最後のイベントになるだろう。

中1が12名、中2が14名、中3が12名。
高1が16名、高2が12名、高3が14名。
引率の教師6人、総勢86名。
不思議なことに男女が半々になっている。
ちなみに俺たちは高2だ。

「お前たち、ガヤガヤしてないで整列しろーーー!!!!」

 修羅ゴリラの異名を持つ全校の体育を受け持っている体育教員の須田先生の怒号が上がる。皆サッと整列した。

「ん、おい剛のヤツはどうした?」

「いつものやつです。」

「そうか、じゃあ大丈夫だな。ひとまず全員集合とみなす。」

 前方に教員が6人、それぞれ中高の担任たちだ。中央にいる修羅ゴリラは俺たち高2の担任だ。ぶきっちょで厳しいが、とても温かみのある先生だ。

 その隣に高3担任の光吉先生が立っている。美人で色気のある先生だ。とにかく胸が……デカイ(何カップあるんだ?)しかも、人当たりも良いと評判で、全ての男子生徒の憧れと言っても過言ではない。

「よぉし、注目ーー!!!!これから我が校の臨海学校が始まるワケだが、あくまでもこれは学校行事!規律を守って、礼儀正しく、ビーチの他の利用者様方に迷惑をかけないよう気を配って楽しむんだ!騒ぎを起こした奴は2泊3日の間、俺の監督下で過ごす事になる!分かったかああ!!!!」

「「「「はい!!!!!!」」」

「良い返事だ!では光吉先生、何か他に伝えたい事はありますか?」

 修羅ゴリラが光吉先生を促す。その言葉に、皆に丸分かりなくらいの優しさがこもっていた。本人たちは、いや少なくとも修羅ゴリラは隠しているつもりみたいだが、この二人はデキてるともっぱらの噂だ。光吉先生は英語教師なのでビューティ&ザ・ビーストだと陰で囁かれている。

「はぁい皆さん、今日も元気そうで何よりです。須田先生に日々鍛えられてるからでしょうか?ここの生徒たちは皆身体が丈夫ですよねぇ、とても良いことです、うふふふふふふ。」

 修羅ゴリラが柄にもなく照れてる様子だ、顔はしかめっ面なままだが。色々と見てて面白いので皆気付いてないフリをしている。

「えーっとぉ、大事な事は須田先生がおっしゃってた通りですね。皆さん、節度を持って楽しく思い出づくりをしましょう!再集合は16時にこの場所です。時刻の確認を怠らないように。あと、海で遊ぶ時は無茶だけは絶対しないで下さい。先生たちもビーチ周辺を巡回してますので、何かあったらすぐに声をかけて下さい。それでは皆さん、臨海学校を目一杯楽しみましょーー!!」

「「「おおおおおおーーーーーー!!!!!!」」」

 みんな気合十分だ。そうして俺たちの臨海学校は始まった……1人置き去りにしてる気もするが、きっと気のせいだろう。


ーーーーー


 男子たちは着替えを終えて皆ソワソワとぶらついている。女子たちの水着姿をいち早く見ようと企んでるのか、更衣室の周辺にたむろしている。

「……まぁ、俺もその1人なんだが。」

 とりあえず美桜と梨花が出てくるまで庇の下で待機してよう。と思ったら、やたらとテンションの高い声を上げながら奴が近付いてきた。いつの間に復活してたんだ?水着にも着替えてやがる。

「ヨッシィィィーーー!!!ひどいじゃないかーーー!!!みんなしてオレを置いてけぼりにするなんてぇぇぇ!!!先生たちも『剛君のはいつものことだから気にしてなかった』って言うしよぉぉーー!!!オレみんなに嫌われてんのかなぁぁーーー!!!」

 涙を流しながら剛がすり寄ってきた。相変わらず騒がしい奴だけど、流石にちょっぴり可哀想だな。フォローだけでもしとくか。

「そんなワケないだろ、剛。考えてみろ、普通だったら生徒が1人いなかったら大騒ぎになる。だけど、みんな剛が無事に戻ってくると信じ切ってるから騒がないんだ。お前は誰よりも信頼されてるんだよ。自信を持て。」

 ズズズと鼻水をすすると、剛の涙が止まって打って変わって笑顔になる。

「そ、そうか……そうだよな!オレ信頼されてるんだな!ガハハハハハハハ!ところで美桜ちゃんと梨花はまだなのか?」

 こいつが底抜けのバカで良かった。そこがいい所でもあるんだよな。少なくとも俺は剛を信頼してるよ、お前は絶対に友達を裏切らない奴だって知ってるから。本人に言うつもりはないけどな。

 そんな事を考えていたら、何やら周囲がざわめき立っている。チラホラと水着を着た女子たちの姿が見える。そろそろ美桜たちが出てきてもいい頃合なのでは……

「ヨ~シ~キ~君!あれ、バカ弟もいつの間に復活してたの?」

 そう背後から声をかけられて振り向く。するとそこには足首まで肌を覆う競泳水着を着た梨花がいた。ピッチリと健康的な身体のラインが見て取れて、活発なスポーツ少女らしい雰囲気をまとわせている。しかし……

「梨花、その水着どっかで見たことある気がするんだが……」

「おっ、芳樹も気付いてしまったか!ふふふ、何を隠そうこれは一昔前にオリンピックの規定変更までさせ、世間を騒がせたあのスペード社の水着!『レッサー・レーザー』だよ!!」

「な、何だってぇーーーー!!」

「これでこのビーチ最速女王の座は私のものだぁ!!!ハッハッハッハッハ!!!まぁ、着るのがちょ~っとキツかったから他の水泳部の子に手伝ってもらったんだけどネ。」

 なんて奴だ……臨海学校で着る必要が全くない高性能水着を!?……やっぱり双子揃ってバカなところがあるよな。遺伝なのだろうか。こいつらの父親と母親はそんな事ないのに不思議だ。

「おおおおおお!!流石オレの姉だぜ、梨花!!胸がほとんどなく水の抵抗が少ないそのボディに『レッサー・パンダー?』は最強の組み合わせじゃねえか!!最速の女王はお前で決まりだぜ!!それは良いとして美桜ちゃんはどこだぁ?きっと梨花と違って女の子らしい水着姿でブフグゥオーーーーーッッ!!!!」

 梨花のえぐるような後ろ回し蹴りが剛の横っ面にクリーンヒットした。5メートルほど吹っ飛ばされてゴロゴロ転がって止まった。ピクリともしていない。コイツはどうしていつも………合掌。

「ゾンビって燃やせば復活しないよね……?芳樹はどっかでマッチ買ってきて、私は駐車場でガソリン調達してくるから。」

「落ち着け落ち着け。」

 梨花を宥めてつつ周りを見渡す。美桜はどこにいるんだ?

「あ、そうだ。美桜ー!そんな所に隠れてないでこっち来なさいよー!」

 ビクッと、更衣室の壁の陰にいた美桜が動いた。おずおずとこちらに歩いてくるその姿に、文字通り見惚れてしまった。

 淡い水色のシンプルなビキニで、胸が挑戦的に谷間を作っている。ほっそりした腹部へ視点を下すと、初めて目にするおへそがどうしようも無く可愛らしい。パンツはローライズで左右の鼠蹊部が覗き出ている。一歩進むごとにその腰回りの動きに目を奪われる。ダメだ、頭が働かない……

「ふっふっふ、ばっちり魅了されてしまってるね芳樹君。こりゃあ彼氏として気の利いた一言を言わなきゃあ男が廃るねぇ~?」

 美桜がすぐ目の前まで来る。引っ込み思案なイメージの強い美桜の普段は隠されたプロポーションを前面に押した水着姿の美しさに、ただただ圧倒されていた。こんなに美しいものがこの世にあったのか…

「ど……どうかな……芳樹君?」

 控えめな性格の美桜がこのような水着を着るのには相当の覚悟が必要だっただろう。その気持ちが嬉しくて、舞い上がって叫びたくなるのをグッと堪える。

「あ……その……き、綺麗だな……可愛い。」

「……!はぁ……良かったぁ。」

 お互いぎこちなく視線をズラす。美桜の反応も可愛すぎて直視できない。そんな俺たちを見て梨花が声を荒げる。

「付き合いたてのカップルかぁーー!!!!ってそうだったわね。芳樹もまぁ…大負けに負けて及第点って所ね。とりあえずビーチに行きましょ。他のみんなを待たせてるわ。」

「あ、あれ?そういえば、みんないつの間に?更衣室までは一緒だったのに。」

「アンタたちの邪魔しないようにって気を利かせて先に行ってるわよ。さあ、海を楽しみましょうか!波がアタイを呼んでるぜ!」

 梨花も大分テンションが高いようだ。対照的に双子の片割れは虫の息だが。

「え、えっと……剛君は……?」
「ほっときなさい、あんな可燃ゴミ。」

 吐き捨てるように梨花が言う。あれは剛が100%悪かったから俺からは何も言えない。

 しかし、及第点と言われて少し悔しい。俺は美桜に声をかけてそっと手を繋いだ。

「じゃあ……行こうか?」

 美桜の表情が一瞬赤くなって、溶けるようにほころんだ。

「うん……!」

「芳樹もすこーーーしは彼氏らしくなったわね。悔しいなぁー美桜を独占できなくなるなんて、しくしく。」

「梨花はいつだって私の1番の親友だよ。転校してきたばかりの私がみんなと仲良く慣れたのも梨花のおかげだし、芳樹君と恋人になれたのだって……ね、芳樹君?」

「ああ、そこはもう感謝してもしきれないな。」

「ちょ、ちょっとぉー、何よ藪から棒に。褒めても何も出ないわよぉ、ふふふっ。」

 そんな他愛のない会話をしながら前へ歩き出す。俺たち2人の夏は始まったばかりだ。また1人置き去りにしてる気がするが、きっと気のせいだろう……


〈2〉入れ替わりビーチバレーチャレンジ!


 その後、クラスメイトと合流した俺たちは中学生と高校生混じえて海で泳いだり、誰かが用意してたスイカでスイカ割りをして遊んだ。剛はいつの間に復活してた。

 美桜の水着姿はやはり一際目立っていたらしく、周りの男どもから終始視線を向けられていた。良い気分がしねぇ。でも美桜もやっと俺たち大勢と共通の思い出を作れて嬉しかったのだろう。恥ずかしさも次第に抜けて、心から楽しんでいる様子だった。俺も今はそれで十分だ。

 遊んで暫くして、何人かで飲み物を買いに出店に行く事になった。俺と美桜、梨花と剛に他のクラスメイト数人は一旦大所帯から離れて、飲み物を飲みながらビーチを散策する事になったのだった……

「しっかし、夏休みでもないのにそこそこ混んでるなぁ。親子連れもカップルも多い。みんな同じ旅館に泊まるのかね?」

「そうかもね、あそこの旅館は大きいし。私の家族も常連なんだよ。剛はいつも騒ぎを起こすから女将さんと旦那さんに私も一緒にすっかり顔を覚えられちゃって、あはは。」

「へぇ、梨花の行きつけの旅館ってこと?行くのが楽しみ!」

 美桜の目がキラキラしている。よっぽど友達と宿泊するのが楽しみだったんだなぁ。引っ越しの都合で中学の頃は修学旅行にも行けなかったって言ってたし……涙が出そうだ。

「あそこの大浴場はそれはもう立派だよ!この町の数少ない名物だからね!それはそれとして~……美桜、自由時間は彼氏と逢引きするんでしょ?後で人のあまり来ない場所教えてあげるからね。ふふふ。」

「えっ!?も、もう!梨花ぁ!」

 チラッと俯きがちにこちらを見る美桜の顔が可愛い。てか、ずっとさっきから可愛いしか考えてない。口も回らない。くそ、なんだか情けないな。美桜の水着姿が可愛すぎるんだよ!

「そうだな……自由時間になったら……な。」

「おやぁ?一丁前に彼氏面しおってこやつー。この梨花ちゃんに任せな!ばっちり秘密スポット教えたげる!」

 茶化すように梨花が俺の顔を覗き込む。コイツ、本当に世話好きだよな。余計な事する時も多いが…今は感謝だ。俺も早く美桜と2人っきりになりたい。

「ヒュー、俺たちのヨッシーがもう遠い世界の住人だなぁ。」
「くそぅ、裏切り者め……!末永く幸せに爆発すれば良いんだ!」
「あ、夜は女子会するからねー。美桜ちゃんも逢引きの後に来てね!根掘り葉掘り色々と聞くから!」

 他のクラスメイトにからかわれながらも、俺たちは楽しく散策を続けた。


ーーーーー


「おーーーーい!!!なんかあっちの方でイベントやるらしいぞーーーー!!!観に行こうぜーーーー!!!」

 どこからともなくテンションの高い剛が出現した。

「そーいえば、お前途中からどこに行ってたんだ?いつの間にか消えてたが。」

「美味そうな魚が泳いでたから泳いで捕まえてた!!!可哀想だったから逃してあげたけどな!!!」

「お前、素潜りで素手で魚捕まえられるのか……?相変わらず野生児なこって。」

「褒めんじゃねーよぉ照れるなぁエヘヘヘヘ!!!」

 マジでコイツ同じ人間種なのか、と時々疑いたくなる。本当にどこででも生きていけそうだな。

「私だってそれくらい出来るわよ!自慢にならない事ではしゃがないでよ、恥ずかしいなぁもう。」

「わぁ!2人とも凄いなぁ……!」

 美桜は称賛してるが、お前たち双子はどこかおかしいぞ、やっぱり。

「ところでイベントって何だ?毎年臨海学校でここに来てるけど、そんなもの今までなかったじゃないか。」

「向こうの方でビーチバレーのコート作ってあったんだ。多分それで遊べるんだぜ!!!みんなで行こーぜぇーバモスバモス!!!」

「何でスペイン語?」

 そうツッコミつつ剛の後をついて行くと、確かにそこにはバレーボールネットが張ってあった。その横で見るからに目立つ2人の『黒光りのマッチョマン』が大声でイベントの勧誘をしていた。何だアレ…???

『サァーサァー!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!皆様の中にバレーボール対決に挑戦したい男女カップルはおりますかぁー!?対戦するのは我が弟ロドリゲス・マイキー・ジュニア!彼1人に勝つ事が出来れば豪華景品を差し上げます!男女カップル限定です!さぁ、勇気ある者はナノリデヨー!!』

 拡声器で勧誘する小柄な細マッチョの隣で、身長2メートル近くある大柄のマッチョがポーズを決めている。見るからに怪しいが大丈夫なのか?

「ゴーカケーヒンだってよ!!!なぁ梨花、オレたちキョーダイで組めばラクショーだろ!!!やろーぜ!!!イェー!!!」

「確かにあのくらいなら勝てそうだけど、ここはやはり男女カップルと言えば……芳樹と美桜、挑戦しなさい!!」

「は?」「えぇ!?」

 美桜と声が重なってしまった。てか、お前たち双子なら楽勝なの?マジ?

「美桜はバレーボール経験者でしょ?芳樹も運動全般イケるじゃない!大丈夫、これも夏の思い出よ!」

「ったく、そーいうことか。よし、ここはお前らに任せるぜ!!!全力で応援してやるからな!!!なぁみんな!!!」

「「「おー!!!」」」

 周りのみんなが盛り上がってしまってる。ここで引き下がるのは流石に格好悪いな。

「美桜は良いのか?嫌だったら素直に言って良いんだぞ。」

「夏の思い出……ううん!やってみたい、芳樹君とならきっと大丈夫だよ。」

 美桜はギュッて両手を握って真っ直ぐ俺の目を見つめてくる。ここまで来たら、やるっきゃないな!

『ヨーヨーヨー!!!そこの若者たちよ!!!イーカンジに盛り上がってるねー!!!挑戦するのはそこのウイウイシーカップルかなぁーーー?!!そりゃー良かった!!!(隣の双子だったらロドリゲス1人にゃ任せられなかったからなぁ)ボソッ……』

 ん、あいつボソッて双子って言ったか?コイツらが双子って傍目じゃ分からないはずなのに、どーして……

 美桜と2人で手を繋いだままコートに入る。なんだか気恥ずかしい。

『カモーン!!!勇敢なるカップルよ!!!ヒア・カムズ・ザ・ニューチャレンジャーズ!!!観衆の皆様、大きな拍手で盛り上げてクダサーイ!!!』

ウォーーパチパチパチパチ!!!!!
「あの彼女、可愛くね!?」
「わぁ、スタイル良い!」
「男の方もタッパあるなぁ、こりゃ結構イケるんじゃないか?!」

 見物人もそこそこいるな。こりゃ緊張するぞ。美桜は大丈夫か?

「頑張ろう、芳樹君!豪華景品も思い出にするぞぉ!」

 結構気合入ってるみたいだ。俺も頑張らなきゃな。バレーボールはそこまで経験は無いが、多少遊んだ事はあるし、気合いで何とかしよう!

『それではルールの説明だ!相手のコートにボールを入れたら1ポイント!1セット5ポイントの3セットマッチィ!2セット先取した方が勝利!身体のどの部分を使っても良いから3タッチ以内に相手コートにボールを返せばOK!楽しむためだ、細かい事には目を瞑るぜ!判定はフェアに行うから安心してくれぃ!』

 まあ、イベントで素人も挑戦するだろうから細かいルールは省いてるか。相手はマッチョと言えども1人。ならば……

「よし美桜、ボールを左右に振ってあのマッチョを走らせよう。このコートの広さならイケるはずだ。」

「うん、分かった。それくらいなら楽勝で出来るよ。」

「よーし、やるぞ!」

 相手コートには黒光りするマッチョがポージングしながらこっちを見ていた。不気味だが、きっと勝てるはずだ。

『最初のサーブ権はカップル側にあるぜ!!!それじゃーイッテみよーーー!!!レディーーーファーーーーーイ!!!』

 そして、ビーチバレーチャレンジの火蓋が切って落とされた。これがこの後起こる『とんでもない事態』に繋がるとは、この時は思ってもみなかったのだ……


ーーーーー


 試合は俺たちの目論み通りに進んで、1セット目は勝利した。
 相手側もカップル2人が運動神経が抜群だとは予想してなかったのだろう。段々と焦りの色が見えてきていた。

「ヘイ、アルバート!このカップルはメチャンコ強いゾ!彼女の方なんて見た目以上にバレーボールがウマイゼ!このままじゃマケチマウヨー!」

『落ち着けロドリゲス!コリャー参ったネ!こんなハズじゃなかったんダガ!』

 あの拡声器マッチョはアルバートって名前だったのか……

『こーなったら!!カップルのオフタリサン!!このコートじゃあいくら我が弟ロドリゲス・マイキー・ジュニアと言えども実力者2人相手はキッツイゼー!!だからハンディを背負って貰うゼー!!!ヒュー!!!』

 周りの見物人から軽くブーイングが起こった。だが、美桜はハンディに賛成のようだ。

「良いんじゃないかな?私も流石に1人相手に気が引けてたし……」

「まぁ……美桜がそう言うなら良いか。おーい!ハンディの件、了承するぞー!どーすりゃ良いんだー?俺が片腕だけでプレイとかかー?」

 そう聞くと、拡声器マッチョはニヤリと笑った。背筋にゾッと悪寒が走った。

『いやいやいや!!!お2人とも両手両足どこを使っても大丈夫ですともーー!!!た、だ、しぃ~~~………お互いの恋人の身体のなーーー!!!!』

 は?一体何を言って……うぉ!?

 突然、拡張機のマッチョが光り輝いた。正確には拡張機を持ってない右手の上に謎の青い光が揺らめいている。

「スゲー!!!なんだアレ!!!手品か?!!!梨花スゲーぞぉーー!!!」

「ちょ、何アレ、大丈夫なの!?これ、やめさせた方が良いんじゃ……」

 ザワザワと周囲がどよめく、明らかに普通じゃない光景だ。手品にしても突拍子なさすぎる。これは一体……!?

『我が一族の筋トレ法と共に伝わる魔術!!!その秘技をここでご覧にイレヨーーー!!!ゔぃんがーでぃあむれびおさーーー!!!!』

 「何だその謎設定!?てか、それ有名な映画の物を浮かせる呪文だろ!!って、うぉおおおーーーー!!!」
「きゃあああああああーーー!!!」

 美桜を庇う暇もなく、青い光が俺たちに放たれた。周りの景色が歪んで、感覚が消えて行く。美桜は…無事…か………





 突然身体に感覚が戻ってきた。頭の中がミキサーにかけられたようにクラクラする。美桜……美桜はどこだ……?

 影で覆われていたような視界が次第に晴れてきた。目の前にバレーボールネットが見える。なら、側に美桜がいるはず。

「あっ、うわっ!」

 身体を動かそうとしたらバランスを崩してしまった。身体の重心がどこだか分からない。フラリと揺れて尻餅をついてしまった。すると……

ぶるん!!

 と胸に揺れを感じた。身に覚えのない感覚だった。なんだか身体が自分のものじゃないみたいだ。そんなわけないと思いつつ、視線を下に向けると……

綺麗な2つの膨らみが、そこにはあった。淡い水色の水着によって中心に寄せられて、引き込まれそうな谷間を形成していた。美桜、美桜か!?あれ、でもなんで美桜の胸が目の前に!?

「美桜……?え、あれ、何だこの声!え?」

 両手を顔の前に持ってくる。白くほっそりした綺麗な手だ。何度かしか繋いでない、美桜の手だ。見間違えるはずがない。思わずその手を両胸に当てる。

もにゅ……むにょ……ぷにぃ……

「あっ、え、感触が……ある!?何だこれ……」

 顔に手を当てて、胸の更に下の方を覗くとほっそりした腹部と淡い水色のパンツ、ムチっとした太腿がある。股間は三角形で、そこは平ぺったくて…

「嘘……だろ!?そんな事が……」

 バッと手をそこに持っていく。ペタリンコ、スリスリとなだらかな斜面を撫でる。水着の撥水性のある布地の感触を指先に感じる。奥の方までスルッと指が滑る。クニリとそこが押される感覚がある。男性の象徴は、跡形もなく消えていた。



「無い……無い!!胸が、あって……!!それにこの水着、俺はまさか……!?」

「ひゃあああああ!!!何でトップが脱げてるの?!!あれ、おっぱいが無い……え?!!うっ、けほっ!!何この声、こんな低い……え、そこに居るのって……私……!?」

 声がした方を見ると、胸を腕で隠して猫背になっている『俺』が居た。しかし、砂浜のど真ん中に鏡があるはずもない。生身の『俺』が居た。それを俺が肉眼で見てるって事は……

「美桜……美桜なのか?まさか俺たち……」
「芳樹君……芳樹君なの!?もしかして私たち……」

「「い、入れ替わってるーーー!!??」」

 見物人たちは何が起こってるか理解してないようだ。剛たちも何やら騒いでいる。

「おーーーーーい!!!お前ら大丈夫なのかーーー!!!無事かぁーーーー!!!」

「もう良いわよ、2人ともこっち来なさい!!そのマッチョたち怪しいわ!!逃げて!!!!」

 俺と美桜は暫くボーッと互いを見つめていた。信じられない事が起きている。でも、今は確かに一刻も早くここを離れないと……!

「んしょっ……ひゃ!あわ!!」

 動揺して上手く立ち上がれず、砂に足を取られてまた尻餅をついてしまう。男とバランスの取り方が少し違うようだ。

 それを見た美桜(身体は俺だが)が腕で胸を隠し気味にこちらに駆けてきた。

「芳樹君……!」

 美桜は手を差し出している。その意図を理解して、俺を『俺の手』を握り返すとグィッと力強く引っ張り上げられた。今の自分の体重の軽さに驚いた。

「うぉっ……さ、さんきゅーな美桜……うう、声が。」

 自分の喉が振動して、そこから高い女の子の声が出ている。どうしても慣れそうにない。

「逃げよう、芳樹君。今は取り敢えず!」

 そのまま手を引かれてクラスメイトたちがいる場所まで走る。ぶるんぶるんと胸が揺れて非常に落ち着かない。揺らさずに走る方法とかあるのかコレ?付け根が若干痛い……!

 それに今手を引いてる『俺』の身長が高いように感じる。大男に引かれてるんじゃなくて、俺が小柄になってるんだ。歩幅も変わってて、砂の上を走りにくい!

「うわっ!」
「くぁっ!」

 砂に描かれたコート模様を越えようとしたらボヨン!!と見えない壁に弾かれた。美桜と2人して尻餅をついてしまう。自分のお尻もなんだかプルプルしてるような……美桜のお尻なんだよな……

「芳樹君、大丈夫?」

「え?あ、ああ……何とか。美桜こそ平気か?」

「うん、平気。でもこれ、何なの?こんな魔法みたいな事が現実に起こるなんて……」

 すると突然、ずっと黙っていた拡張機の男が喋り出した。嬉々とした声色で、俺たちと観衆に語りかける。

『HAHAHAHAHA!!!!!サイコーだ、サイッコーーーーーだよ君たちぃ!!!!!やはり魂を入れ替えるのは若い男女カップルに限るねぇーー!!!!!その反応、タンノウしましたーーーー!!!!YEAHーー!!!!』

 やはりこのマッチョがやったのか!?さっきの青い光は魂を入れ替える魔法なのか!!

「え……?さっき2人の様子が変だったけど、入れ替わってるって事!?そんな事、起こるわけが……でも、さっきの2人の様子は……」

「タマシイ?入れ替える?ってどういう事だ?おい、芳樹!!!どーしたんだ突然転んで!!!んぉ?……なんだぁコレ!?なんか見えないブヨブヨした壁があるぞ!!!」

「ご、剛君!ここに私たちもそれで中から出られないの!!」

「あ?剛君ってなんだよ、気持ち悪りぃなぁ。まあいいーや。ちょっと下がってろ。こんなもん蹴れば突き破れらぁ!!!!」

 美桜の言葉に顔をしかめた剛が、見えない壁と向かい合って距離を取る。助走をつけてそのまま飛び蹴りをした!

『ストーーーーップ!!!サセナイゼーーーー!』

 拡声器マッチョがそう言った瞬間、剛の身体がビタっと空中で静止した。またもやあり得ない光景を目の当たりにする。

「な、なんじゃこりゃーーーー!?」

「ちょ、剛!?大丈夫なの!?」

 梨花が心配して駆け寄るが、剛はコンクリートで固められたように空中を動けない。
   
『ナンピトたりとも邪魔はさせないゼーー!!!さぁ、カップルよーー!!!入れ替わった身体のまま我らにチョーセンするがイイーー!!!HAHAHAHAHA!!!』

「くっ!卑怯だぞテメーら!」

「芳樹君……!どうしよう……」

 こんな超常現象を引き起こす奴ら相手に腕力で逆らっても無駄だろう。入れ替わる以上の事をされないうちにこの勝負を終わらせた方が良い。

『あ、ソウソウ!入れ替わり魔法は24時間で効果が切れるから安心シロヨー!それか、我らマイキーブラザーズに勝てれば戻してやるヨー!』

「クソ、どこまで信用して良いのか。美桜……こーなったらもう後1セット取って勝つしかなさそうだ。いけるか?」

「うう……胸出してるの恥ずかしいけど、頑張るよ。」

 俺の顔をした美桜が猫背のまま不安そうに腕を組んで胸を隠してる。これも奴らの狙いだろう。俺たちは再びロドリゲス・マイキー・ジュニアと向き合う。

 ……美桜の目線だとめっちゃデカくて怖いな、あのマッチョ……


ーーーーー


 そうして俺たちはビーチバレーを再開したが、奮闘虚しく2セット連続で取られて負けてしまった。
 慣れない身体ではさっきの半分も力を出せなかった。走ったり、ジャンプするたびにぷるんぷるん揺れる胸が意識されてしまった。しかも、見物人の男衆の視線が俺の胸に突き刺さっていたのをまざまざを感じた。女の子ってこんなものに耐えているのか。

『ゲェーームセェーーーット!!!残念無念マタライシュー!!!勝ったのは我が弟ロドリゲス・マイキー・ジュニアだーー!!!』

「チクショウ……美桜、すまなかった。俺が足を引っ張ってた。」

「ううん……私も、芳樹君の身体ならもっと出来たはずなのに、こんな身長高くて腕力もあるのに、それを活かせなかった。悔しい……!」

『入れ替わってしまってもフントーしたこの若きカップルにも声援を送ってクレーー!!!お互いを信頼した良いコンビネーションだったゼーーー!!!』

ヒューパチパチパチパチ!!と、周りから声援が送られた。観衆にとっては面白いショーだったらしい、俺たちは不安と混乱で楽しくもなんともないけどな。こいつらもみんな入れ替わってしまえば良いんだチクショウ。

「おい、マイキー・ブラザーズ。本当に24時間で元に戻れるんだろうな?」

『オイオイ、男女の身体が入れ替わるなんてキチョーな経験なのにもう戻りたいのカー?もうちょっとお互い異性のカラダを楽しんだらドーダー?』

「そんなのはどうでもいい!とにかく元に戻せ!」

『ショーガナイナー、障壁作ったり、あのボーヤの動きを封じたりして今は魔力がスッカラカンだから、3時間後にまたこっちに来たら戻してやるヨー!』

「ま、マジか……?本当だろうな?」

『マジマジ、俺たちも楽しませて貰ったし、これでマンゾクさ。』

 ニコッと弟マッチョもサムズアップしてくる。意外とあっさり頼みを聞いてくれて拍子抜けした。案外良い奴らなのか?得体が知れなさ過ぎるが。

 その後、コートを囲んでいた見えない壁も消えて、剛の拘束も解けた。心配していた友人たちに取り囲まれたが、俺と美桜が入れ替わっているのを確認すると皆驚いていた。
 ひとまず海の家に行って休憩を取ることにした俺たちはその場を後にするのだった。


〈3〉小休止、そしてお手洗い……


海の家のテーブル席にて休憩中………

「それにしても、あんたたち本当に入れ替わったのねー。芳樹が美桜で、美桜が芳樹なんて違和感バリバリだわ。」

 梨花が俺たちを交互に見比べながら言う。他の友人たちも入れ替わりの事を何とか信じてくれた。

「そんなの俺たちが一番感じているよ。俺は美桜の体で背も小さくなったし、歩くときのバランスも違うし、後……野郎ども視線をメチャクチャ感じるしし……女の子ってこんな風に見られてるんだな。」

 それを聞いた美桜が俺の顔で少し困ったような顔をする。

「美桜は特別に可愛いからね~、芳樹あんた美桜の体で変な事しちゃダメよ?さっきだってお尻とか触ってたでしょう。」

「な、あ、あれは水着が食い込んでズレてたから直しただけだ!他は触ってねーよ!」

「よ、芳樹君、声!目立っちゃうよ……」

 あ、と俺は口をつぐんだ。何人かがこちらの席をチラチラと見ていた。
 そうだった、元に戻れるまで入れ替わりの事は隠しておかないといけない。ビーチバレーを見物していた人も結構いたから手遅れかもしれないが……

「別に気にしないでいいんじゃねーかー?あのマホー使いのマッチョが後で戻してくれるんだろ。それまで普通に遊んでればいいだろ。」

 と言いながらムシャムシャと焼き鳥を頬張る剛。こいつ、人の気も知らないで……

「ちょっと剛!あんたもノーテンキすぎるのよ。芳樹はともかく男の子になっちゃった美桜は大変なんだから!」

 俺はともかくって何だ。プルプルと視界に入ってくるおっぱいとかどうしても意識してしまう股間とかお尻とかこっちも煩悩を抑えるのに必死なんだが!

「私は、その、芳樹君の身体になって、背も高いし、力も強いし、結構……楽しいかも。それに芳樹君にだったら、私の身体預けても良いから……あんまり気にしないでいいよ?彼氏……なんだし……」

「美桜……」

 何だか胸にジーーンと来てしまう。俺、美桜の彼氏で本当に良かったよ……

「もう……美桜は危機感がないのよ。いくら芳樹みたいなトーヘンボクでも男は狼なのよ!気を付けなさい!」

 昔のポップソングの歌詞みたいな事を言いつつ梨花は俺を睨む。

「そんな睨むなよ、変な事はしねーよ。大切な美桜の身体なんだし……」

 興味がないわけがないけど、美桜に嫌な思いはさせたくない。ただ、実は海の家に入った頃から感じていた感覚が……結構やばい事になってる。

「うっ………」モジモジ

 テーブルの下で太ももを擦り合わせる。股間の相棒がいないのを意識してしまうが、こうしないと漏れてしまいそうなのだ。

「えっと、芳樹君……もしかして、お手洗いに行きたい?」

 俺の異変を美桜が気付いたみたいだ。流石にこれ以上我慢するのは無理だ。

「ちょっと芳樹、いつから我慢してたのよ!女の子は早めにトイレ行かなきゃだめなのよ!」

「そんなに我慢してねえよ……ちょっとトイレ行ってくる。」

 ガタタ、と椅子から立ち上がる。勢いで嘘をついてしまったが、今は一刻も早くトイレに行きたい。

「大丈夫なの、芳樹?女の子のトイレの仕方分かるの?ねえ美桜、私が芳樹に付いて行ってあげようか?」

「い、いいよ!そんな女子みたいに連れ立って便所なんて……って、今俺は女子か。」

「う、ううん。きっと大丈夫だよ梨花。えっと、芳樹君……あんまり見ないようにしてもらえると、嬉しいかな。」

 美桜が顔を赤らめる。自分の顔だからちょっと変な気分になるが。

「……ん、努力する。」

 そう行って俺はそそくさとトイレに向かった。去り際に梨花が「努力じゃないわよ、絶対よ!」と注意するのが聞こえたが、正直もう余裕がなかった……


ーーーーー


「ゲッ……あの行列はトイレ空くの待ってるのか?嘘だろ?」

 芳樹がトイレの見えるところまで来ると、女子トイレの前に7人の水着の女性たちが列を成していた。それに対して男子トイレの前には人っ子一人いない。入ればすぐに利用出来そうだ。

「クソ……男子トイレならすぐに入って用を足せるのに……」

 しかし、美桜の身体でそんなことするわけには行かない。ひとまず大人しく列に並ぶがもともと尿意を我慢していた芳樹には辛すぎる状況だった。尿意の主張が強まっていく。このままでは絶対に漏らしてしまう。

「うう……まずい……!こうなったら……!」

 芳樹は列を離れて、ある場所を目指して駆け出す。ブルンブルンと美桜の胸が揺れて、通り過ぎる男どもの露骨な視線を感じる。俺の彼女だぞ!見るな!と思ってしまうが、同じ男として気持ちも分かるから、なんとも複雑な気分だ。

 辛うじて尿意に耐えながら、芳樹はビーチの端、人気のない岩場にたどり着いた。

「うぅ……はぁ……美桜には悪いけど、ここで野ションするしか、ない……」

 ここの岩陰なら誰にも見られる事はないはずだけど、何があるか分からない。急いで済ませて戻らなければ危険だろう。

 芳樹はそのまま奥まった所の大きな岩の後ろに回る。潮が少しだけ流れ込んできていて、そこの水溜りに放尿すればバレる事はなさそうだ。

「うあっ!もう……だめだ……!ションベン、出してえ……!」

 足踏みしてサンダルがパチャパチャと音を立てる。無我夢中で水着のアンダーを膝まで下ろす。激しい尿意でエッチな気分になんてなれない。

 美桜の身体でも男の大と同じポーズなら大丈夫なはずだ。そのまま屈み込む。転ばないようにバランスを取ると、下腹部が圧迫されて膀胱に排尿する信号が伝わったようだ。

しゃああぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!

パチャチャチャーーーーーー!!!

 岩場の水溜りが美桜のおしっこで黄色く染まっていく。満潮になれば跡形もなく排尿の痕跡は消えるだろう。

「はぁっ!!う、あぁ……やっと……ションベン……出せた……」

 海の家、女子トイレの行列を経てここまでの我慢から解放された安心感で心が安らぐ。それと同時に美桜の身体でする初めての女子の放尿に対する恥ずかしさと罪悪感と興奮がこみ上げてくる。

「お、俺……本当に美桜の身体で、ションベンしてるんだ……勢いと音が響いてて……聞かれてないよな?」

 キョロキョロと周りを警戒するが、人影は見当たらない。このまま全部出し切ってしまおう。

しゅううぅぅぅーーーー………ピチャン……

「はぁ……出し切った……みたいだ。みんなの所に急いで戻らないと。」

 美桜のアソコを見たい衝動に駆られたけど気合いで押し込めて、少し汚いがパンツをそのまま上げて穿く。ピチッと何も無い股間に水着が張り付いてドキッとする。

「……少し海水で洗ってしまおう。臭いがしたら嫌だしな。」

 少し移動した所で、水溜りの水を掬い取ってパチャパチャと股間に当てる。男と全く違う感覚で、ゾワリと股の奥でギュッと何かが動く感覚がしたが、今はその違和感を振り切らなければ。

「……うう、イケナイ気分になってしまいそうだ……戻ろう。」

 そう言って俺は胸をプルプル震わせながら、小走りで海の家まで戻るのだった。またもや男どもの絡みつくような視線に晒されたのは言うまでもない。


ーーーーー


「おい、マイキーブラザーズ。約束通り俺と美桜を元の身体に戻してくれ。」

 入れ替わったまま過ごす事3時間。事情を知ってるクラスメイトたちのお陰で、他の生徒たちに何とかバレずに過ごす事が出来た。何度か剛が口を滑らせそうだったが、その度に梨花はエルボーで剛を黙らせていた。

「ヨーヨー!来たかうら若きカップルよ!マッチョは約束は守るぜ!筋肉に顔向け出来なくなるからナー!」

「からナー!」

 ニコッと笑いながらポージングするマイキーブラザーズ。もうなんでも良いから元に戻して欲しい。

「ソレジャー2人以外は少し離れててクレー。効果範囲絞るのは意外とムズカシイんだぜ、なにせコレ実は敵対軍団を混乱に陥れる為の魔法だからナー……と、ソリャーーー!!!」

 細マッチョのアルバートの右手に青い炎が浮かぶ。見るのは2度目だけど迫力がある。こんなトンデモな事実、知られたら普通にマズいんじゃないか?何かしらの対策はしてるのだろうけど……俺の考える事じゃないな。

 アルバートの周りにゆらりと砂埃が舞う。すると弟マッチョのロドリゲスが突然顔をしかめた。どうやら砂が鼻に入ったようだ。そして……

「ブェーーーーーーックショーーーーーン!!!!」

 くしゃみをした勢いで兄マッチョを背中から突き飛ばしやがった。

「アッラァァーーーーー!!?」

 アルバートがズザザと転ぶ。青い炎は最初の位置で浮遊したままだ。なんだかデカくなってきてるような……?

「マ、マズい!!このままじゃ辺り一帯に魔法がエクスプローーージョンだぁ!!」

 ビガーーー!!!!と炎が青い光となって急速に広がっていく。一瞬の事だったのでビーチの誰一人として逃げる事は出来なかった。

 俺は美桜を庇おうとしたけど、美桜が俺を庇うように抱きしめてきた。これ、本当は俺の役割なのに……

 そうして、ビーチは青い光に包まれた。人々の運命や如何に!次回に続く〈未定〉!






















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