優しい入れ替わり
  作: しーさまーさ


「お客様、独身なのにこんな大きな部屋を選ばれるのですか?(笑)」
「そもそも結構お高いですけど、お支払いできるんですか?(笑)」

スカーフを首に巻いたその女は小ばかにした笑いをした。

「他のお客様も順番を待たれていらっしゃいます。ご自宅で"おひとりで"検討してください。もうよろしいでしょうか。」
口調こそ営業職に見られる丁寧とした口調であるが、馬鹿にしていることが透けて見える。

「分かりました…」

池田 浩二(いけだ こうじ)は机に広げた賃貸物件の描かれた書類を封筒にまとめると、肩をすぼめて席を立った。

「独身で猫と暮らすために広い部屋だって(笑)。猫とは結婚できないのにね(笑)」
「希、聞こえるよ」
「別に聞こえてもいいじゃん、貧乏人は客じゃないし(笑)」

大山 希(おおやま のぞみ)は客の見送りもせず、わざと聞こえるように隣のブースの同僚に言った。


浩二は手を震わせた。浩二は今年で32歳になるが、確かに彼女はいない。恋愛には奥手なのである。
しかし、猫を一匹飼っている。4年前に雨の公園で捨てられていた子猫を拾ったのだ。名前を"ミー"とつけて可愛がっていた。
兄弟もいない浩二にとって、今はこのミーが家族である。そんな家族と快適に暮らすために部屋を探していたのだ。

(どこまでも馬鹿にしやがって…)

浩二は優しい性格であるゆえ他人から舐められても怒ることは少なかったが、今回ばかりは違った。
家族を馬鹿にされたのである。しかし、本人の前で怒ることができないのも浩二の損なところである。
コンビニでいつもより度数の高いチューハイを買うことぐらいしか抵抗できなかった。

その優しい性格は希とは真反対であった。そんなに賢くない大学を出たが、就職活動は本人の美貌で有利に進んだ。
人事採用担当に色仕掛けで迫り、内定を勝ち取ることは希にとって造作ないことであった。
自分がのし上がるためにはどんな汚い手も尽くす。ライバルを貶め、上司に媚びを売って弱冠27歳にして営業成績はトップである。
そんな希は全ての人間を見下しているため、浩二へ見せた態度など日常茶飯事である。
自分に有利になることしかしないし、この世の全てが自分の思うとおりにならないと納得いかないのである。



「ねえ美紀、あんな男は無理だね(笑)」
浩二が店を出て見えなくなったにも関わらず、希は再び悪態ついた。



浩二が家に着くと元気よくミーが駆け寄ってきた。ミャーミャー言いながら浩二の脚にしがみついた。

「僕はミーだけいたらそれでいいや。」
浩二はそう言いながらミーを抱きかかえた。

コンビニで買ったお弁当を温め、買ってきたチューハイをコップに並々と注いだ。
一足先にご飯をあげたのにミーはお弁当のおかずを狙っている。箸で唐揚げを少しほぐし、ミーの前に差し出した。
ミーは美味しそうにその肉片を平らげると舌なめずりをし始めた。

「幸せそうで嬉しいよ。」
浩二はその愛猫を見つめると微笑んだ。
「今日はね、とても嫌なことがあったんだ。独身で猫を飼っているのを不動産屋の人に笑われちゃったんだ…ハハ…。」
毛づくろいしているミーを横目に愚痴をチューハイで流し込んだ。


「悔しくないの?」
「悔しいさ。凄く美人で仕事ができそうだけど高飛車な奴だったよ…ハハ………………って、え?????」

浩二は思わず箸を落とした。

「誰!?」
咀嚼しきってない唐揚げが口の中にあるがそれどころではない。
目を丸くして部屋を見渡したが誰もいない。

「ヤバ…幻聴じゃん…いつもより強いお酒飲んだからだ…今日は早く寝よ…」
独り言をつぶやくと、残っていたご飯を口に掻き込んだ。

「貴方の心に語り掛けてるわ。私よ、ミーよ。」
浩二は再びぎょっとして膝の上に座っているミーを見下ろした。ミーは浩二の膝の上にちょこんと座り、ひたすらこっちを見ている。
こんなことは初めてだった。全身が黒い黒猫なのだが、身じろぎもせずこちらを見つめていると不気味である。

「嘘だろ…」
「嘘じゃないわ。私を拾って育ててくれてありがとう。感謝してるわ。」
「なんてことだ…こんな小説みたいなことがあるなんて…」

浩二は思わず肩の力が抜けた。腑抜けになっている浩二にミーが更に語り掛けた。

「話せば長くなるんだけど、ある方からとある力を貰ったの。そして、人間に話しかける力も。」
「そんなことがあるのか!信じられん…」
浩二は説明を受けても理解できなかった。

「でもこうやって貴方は私の語り掛けが聞こえているんでしょう?」
「そうだけども…じゃあ、その力っていったい…」
浩二は少し声を震わせながら問いかけた。

「落ち着いて聞いてちょうだい。その力は入れ替わる力よ。」
「なんだそりゃ?」
思わず浩二は抜けた声になった。

そんな浩二に構わずミーは説明する。
「ある二人の意識をそのまま入れ替えることができるの。ただし、一回だけ。後悔しても戻れないわ。」

「そんな力があってどうするんだよ…」
浩二は深くため息をついた。

「貴方、入れ替わってみたら?」
ミーは優しい声でそう問いかけた。

「はは…誰と入れ替わるんだよ…」
浩二はまだコップに残っていたチューハイを一気に飲み干しながらそう言った。

「しかしすげぇ力持ってんだな。ミーは…」
ミーは浩二が話すのを遮った。
「でも、貴方が誰かと入れ替わって幸せになって欲しい。私は頑張って一人で生きていく。貴方は少し良い人すぎる。」

浩二はハッとさせられた。ミーの顔を見るが、時折瞬きをするだけである。
「貴方はその女と入れ替わったらどうでしょう。美人で仕事ができるなんて素敵じゃない?」

「はははははは、ミーも面白いことを言うね。」
浩二は大きな声で笑った。
「そんなの嫌だね。だってミーと一緒に暮らせないじゃないか。ミーは俺の大事な家族なんだから。」

「そんな風に思ってくれてたの…嬉しい…。」
心なしかミーの瞳はうるんでいた。
浩二までもらい泣きしそうになりながら、食器を片づけ始めた。ミーは再び毛づくろいをしている。

「いやぁしかし、ミーにそんな力があったとはなぁ。驚いた。でもお話しできるなら一人暮らしが淋しくなくなるからそれは良かったかな。ははは。」
浩二がお弁当の残骸をゴミ袋に入れ、お箸とグラスを洗い始めた、その時であった。

「あれ…ミー、ちょっと待てよ。」










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(なにこれ…まぶしい…大きい部屋…夢かぁ)
希がそう思った瞬間である。

「ようこそ、僕の家へ。」

寝転がっていた希の前に浩二が立ち塞がった。

「あ、あんた、昼間の奴。まさか、監禁までするなんて!私、初めて見た時から怪しいと思っていたのよ。この犯罪者!警察呼んでやる!」
希は立て続けにそうまくし立てた。

「あらら、呼ぶのは犬のお巡りさんかな?」
浩二はプッと噴き出した。
「何言ってんの、あんたやっぱりアタマいかれてるんじゃない!!」
希は浩二を睨み付けた。

「おー怖っ。ねー、ミーちゃん。こいつどうする…?」
浩二は台所に向かって叫んだ。

「あら、もう目覚めちゃったの?やっぱり聞いてた通り、勝気ね(笑)。」
希は声のする方に振り返った。

「ああぁあぁあぁあぁあああ、あなただれよ!!!!!!!!」
希は目玉が飛び出そうになりながらそう叫んだ。
それもそのはず、希の前には希が立っているのだから。

「そんなに大きな声出さなくてもいいじゃないか。せっかく可愛いのが台無しだ。」
浩二はニヤつきながら言った。
「誰よこいつ、私と瓜二つじゃない!!」
希はまたしても大きな声をあげた。
「その子はミーちゃん。かわいいでしょ?」
浩二は冷静に言った。
「嘘だ!なんかおかしい!」
希がそう言って立ち上がったわけだが、すぐに異変を感じた。

「あれ、なにこれ、なんで立てないの!?」
戸惑いの色を隠せなかった。

「あっ可愛い~写真撮っとこ~」
浩二はスマホでバシャバシャ写真を撮り始めた。
希は首を振ってまだ動揺しているようである。

「ようやく自分の姿が分かったかい?大山希さん。」
浩二はスマホをポケットにしまい込むと希を抱きかかえた。

「今の貴女はこれです。」
浩二は二歩あるいて大きな鏡の前に立った。希は何が起こっているか分からなかったが、鏡の前に立つと血の気が引いた。
そこには散々バカにした男に抱きかかえられた黒い猫が映っている。

「これが…わたし…どういうこと…」
希が力なく一言いうと浩二は床に降ろしてやった。

「君の姿は僕が飼っていたミーという猫。ただ、この猫が凄くてね。2人を入れ替わらせる能力を習得してきちゃってね。ミーは僕に貴女と入れ替わるように勧めてきたんだ。ただ、それはミーと暮らせなくなるから嫌だと言ったんだよ。そしたらあることを思いついちゃってね。ならば、ミーと貴女を入れ替えたらどうかなって。人間同士じゃないからどうかなと思ったけど、上手くいっちゃった(笑)。」
浩二は雄弁に笑いながらそう言ってのけた。

「なによ…それ…黙って聞いてたら…何言ってんのよ、早く戻しなさいよ!!」
「その力は一回しか使えないの。」
希が怒る中、今度はミーがそう言ってのけた。

「だからね、私も貴女も死ぬまで一生このまま。頑張りましょ。」
ミーは希の頭を撫でながら笑った。

「それにしても、人間のカラダって不便ね。こんな布をいっぱい着ないといけないのね。トイレも大変だったのよ。浩二さんに教えてもらいながら…ね?」
「ははは。僕もあまり分からなかったから少しこぼれたね。あははは。」
そびえ立つ二人の笑い声が希に降り注いだ。

「私の身体使って何してるのよ!!!」
希は恥ずかしさのあまり叫んだ。

「あら、さっきも言ったじゃない。もうこの身体は貴女には一生返らないの。私が何したっていいでしょ?それに私、浩二さんと結婚するわね。一応、大山希の名前で生きていくわね。」
ミーはそう言うと浩二の前に立った。

「何言ってんの!私はお金持ちのイケメンと結婚するの!そんな冴えない男となんか…!」
ミーはわき目も触れず浩二に抱きつき、目を閉じた。浩二も静かに目を閉じてて熱い接吻を交わした。
とろけるような口づけ。見せつけるような口づけはしばらく続いた。

希は言葉にならないようなことを叫ぶが、二人にはどこ吹く風であった。

「貴女の人生、楽しませてもらうわ。」
ミーは希を一瞥するとほくそ笑んだ。

するとミーはどこからともなく首輪を出してきて、狼狽える希にあっという間に付けてしまった。
「気分はどう?貴女はこの小さな首輪でさえ自分で外すことができなくなったのよ。鈴がチリンチリンなって嬉しいわねぇ。」
そして速やかに希を掴んでゲージに入れてしまった。
「これからここが貴女のお部屋よ。広くていいお部屋でしょう?でも貴女は、私たちの赦しを請わないとそこから一歩も出られないの。」

「ふざけるな!こんなことが許されるわけないわ!今に見てなさい!」
希はこの状態になってなお、悪態をつくのである。

「ふふ、いいわ。貴女が私たちに逆らったらどうなるか考えてみなさい。ご飯とお水、トイレの用意は誰がするのかしらね?」
ミーはゲージの中の希を見下ろしながら言った。

「謝るなら今だぞ。」
気づくと浩二もゲージの傍に立っていた。

「ご、ごめんなさい…」
希は微かな声で言った。心が屈した瞬間であった。

「別にいいのよ?嫌なら出て行っても。でも野良は厳しいわよ~。あっ、そういや最近、発情期だからオス猫がよく鳴いてるわね。襲われちゃうかもね。」
ミーはソファーに座りながら意地悪なことを言う。

「ごめんなさい…」
「分かったならいいの。賢いネコちゃんね。」
ミーはニヤリと笑った。


(こんなことになるなんて…わたし、これからどうすれば…何か、解決策があるはず、何か…)

希は現実を受け入れられないようであった。
それもそのはずだ。一夜にして、若くして成功を収めているキャリアウーマンから一匹の猫になったのだから。
希はうつろな目でゲージの外を眺めるしかなかった。


「きゃ、浩二さん。あの人の前でこんなことして!」
浩二はソファーに座っていたミーを押し倒した。希は目を疑った。つい半日前まで自分のカラダだったのに、今や奪われておまけに嬌声をあげてるではないか。
浩二は激しく抱き着き、貪る。

「私のカラダでそんなことしないで!」
希は叫んだが、2人は気にしない。熱い抱擁に熱い接吻。浩二の情熱がほとばしる。
希は目の前で自分の身体が浩二に飲み込まれていくのを傍観するしかなかった。

女の顔は紅潮し、あっという間に浩二が覆いかぶさった。グレーの部屋着からすらっと伸びる白い肌。
浩二は舐めるように見渡すと、静かに胸をまさぐった。薄い部屋着の上からでも分かる豊かな膨らみ。若さゆえ、ツンと張っている。

「それ以上触らないで!!!」
希はゲージに顔を押し付けて叫んだが、二人は聞く耳すら持たない。

「浩二さん。キて…。」
オンナの顔になったミーは上ずった声で浩二を誘った。
あっという間に身に着けていた一切の衣類は剥かれ、そこには二人の男と女がいるのみである。

「これがオンナの幸せなのね…浩二さん、好き。」
元自分の身体が、希の思っていることと真反対のことを言っている。希を気狂わせるには十分であった。

浩二のイチモツは青筋を立てて天を衝いている。

(あいつを馬鹿にしたために…私の身体が…)

希は激しく自分を責めた。
半日前、浩二を馬鹿にしていなければ…。

そんな希をよそに、目の前の"人間たち"は快楽を貪る。
寝そべる浩二の上で腰を沈める元自分。快感に身をよじり、ここに書くのも憚られるような声をあげる。
浩二は何度も突き刺し、2人ともあっという間に果ててしまった。



獣のような生々しい交わりを見せつけられた希は、疲れ果てて眠るほか無かった。






そう、これは2人と一匹の家族のお話…。












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