ダンタリオンの舞踏会
 作:せなちか


 馬車の外に目をやると、肥沃な田園地帯がどこまでも広がっていた。
 明るい日差しの中、豊富に水をたたえた大河が緩やかに蛇行して流れる。河の向こう側には大きな街があるのが見えた。白い家が立ち並ぶ美しい街だ。

「王子、じきに到着いたします」

 やや緊張したグロリアの声に、アーサーは黙ってうなずいた。街並みの奥に大きな城がたっている。あれが今回の会場だろう。帝都の城よりも遥かに小さいと聞くが、白く優雅なその城と街の規模は、明らかにノーヴァランドのものに勝っていた。

「どうか油断なさいませぬよう。もしものことがございましたら、私に構わず殿下お一人でもお逃げください」
「わかった」

 アーサーは己の武器を確かめた。真新しいタキシードに似合わない刺突用の小剣と、盾の役割を担う短剣。敵の胃袋に収まるかもしれない状況でどれほど役に立つかはわからないが、少なくとも気休めにはなる。

「それにしても、こんなものを懐に忍ばせてダンスパーティーなんて、どこの蛮族だって笑われそうだな」
「お命を狙われるかもしれないのです。蛮族でもよろしいではありませんか。どちらにいらしても、王子は王子らしくなさってください」

 四頭立ての馬車は城に入った。堀はなく城壁も低い。城塞というよりは宮廷といった佇まいで、その点も実戦でいかに敵を防ぐかを重視する彼の国の城とは、かなり異なっていた。

 出迎えに現れたのはでっぷりと肥え太った老紳士だった。

「お初にお目にかかります、アーサー殿下。このたびはお忙しいところ、お招きに応じてお越しくださいまして、光栄の極みでございます」

 帝国の大臣ベックマンと名乗ったその老爺は、慇懃に手を揉みアーサーを先導した。大臣というよりは商人のような態度だった。それも、不良品を高値で売りつけるような商人だ。

「お招き、感謝いたします。皇帝陛下にもよろしくお伝えください」
「我が主も殿下にお会いできるのを楽しみにしていると申しておりました。後ほどご挨拶にうかがいます」
「恐縮です。ところで、クロトリアのレティシア王女はもうご到着されていますか?」
「はい、お昼過ぎにいらっしゃいました。たしか……殿下のご婚約者でいらっしゃいますな?」

 ビア樽のような体型の大臣は、詮索するような目つきをアーサーに向けた。「あのようなお美しい姫君とご結婚あそばされるとは、まことにうらやましい限りで……ひひひ」

 半ば禿げた老大臣の下品な笑い方に怖気が走るのを我慢して、アーサーは自分に用意された客間に向かった。華やかな舞踏会らしく、帝国の要人、そして来賓として招かれた王侯貴族の姿がそこかしこにあった。無論、警備も厳重だ。

「それでは、ごゆっくりおくつろぎを。何かございましたら、この女にお言いつけくださいませ」

 ベックマンは老女を一人置いていった。デボラと名乗った皺くちゃの老婆は、平伏しそうなほど頭を下げた。

「あの高名なアーサー王子のお世話ができるなんて! いい冥土の土産になりました。あたくし、いつ死んでも惜しくはありませんわ」

 やや興奮した様子のデボラは、馴れ馴れしくアーサーの手を取り、帝国に伝わる彼の評判を語った。若くして聡明かつ剣の腕にも優れ、幾多の決闘で負け知らずの勇者だと。アーサーは赤面し、剣で名誉を競う野蛮な風習で名を馳せていることに忸怩たる思いだった。
 王子は老女に、用事で呼ぶまで部屋の外で控えておくように頼み、ホストが訪れるのを待った。

 来客があったのはすぐのことだった。城の偉大なる主人たる女帝……ではなく、アーサーよりやや年下の女性である。金色の長い髪をなびかせた、白いドレスの少女だった。

「ご無沙汰いたしております、アーサー王子。またお会いできて嬉しいですわ」
「オレもです、姫。長旅でお疲れではありませんか?」

 アーサーは部屋に少女を迎え入れ、その繊細な手に口づけをした。
 この女性の名はレティシア。本名は親しい者しか覚えていないほど長く、レティシア・カロリーヌ・フェルナンド・ベアトリス・ド・クロトリアという。ノーヴァランドの隣国、クロトリアの第一王女だ。
 彼女はアーサーにとって大事な婚約者でもある。小柄で華奢だが、まるで開きかけの花のように将来を期待させる美貌の持ち主だ。

 今回、アーサーが帝国主催の舞踏会にあえて出席することにしたのは、このレティシア王女が帝国の招きに応じたことも大きな理由だった。
 版図を拡大し続ける帝国が次に狙うのは、帝国と隣接するノーヴァランド、あるいはクロトリアかもしれない。もしもこの舞踏会が卑劣な罠であれば、レティシアは帝国にかどわかされ、人質にされてしまうだろう。そんなことが起こらぬよう、アーサーは彼女を守るつもりだった。

「お気遣い、お礼申し上げますわ。でも、わたくしは疲れなどいささかも感じておりません。今日の舞踏会をとても楽しみにしておりましたの。愛しい王子にお会いできて、ますます嬉しくなりましたわ」
「オレも嬉しいです。今夜はぜひ共に踊っていただければ……」
「ええ、もちろんですわ」

 答えるレティシアの美貌には、不安や懸念の色はいささかもない。天真爛漫で、世の汚らしいことを一切見たことがないという深窓の令嬢だ。ノーヴァランドの貴族は幼い頃から野原を駆け回り、狩りや決闘を好む者が多いが、隣国のクロトリアの貴族はそのような野蛮なことはしないと聞いている。噂では、この王女は食器よりも重いものを持ったことがないという。

 しかし、たとえ国一番の箱入り娘であっても、帝国の脅威に対抗するためのあからさまな政略結婚であっても、明るく思いやりのあるレティシアのことをアーサーはとても好いていた。自分の剣を彼女に捧げると誓ってからは、ますます強くなったような気がする。
 彼女は血なまぐさい剣や政治、謀略のことなど一切考えなくていいのだ。そんな彼女を守る崇高な義務を、王子は自らに課していた。

「ところで王子、そちらのお綺麗な女性はどちら様ですの?」

 グロリアを見ながらレティシアが訊ねた。年頃の女らしく、婚約者の連れている美女が気になるようだ。

「申し訳ありません、紹介が遅れました。彼女はグロリア。まだ若い騎士ですが、我が国で五本の指に入る剣の使い手です。オレより強い女性ですよ」
「まあ、騎士様……? 剣をお使いになる……?」

 深窓の令嬢は好奇の眼差しをグロリアに向けた。
 無理もない。レティシアの国では女性が武器を手にとることはほとんどなく、兵士や騎士を務める女もいないと聞く。そんな彼女にとって、この若い女騎士がアーサー以上の剣の腕前を誇るなどとは、なかなか信じられないだろう。だが本当のことだった。

 王女にまじまじと見つめられたグロリアは、恥じ入った様子で身をすくめた。

「お恥ずかしい……私のような剣だけが取り柄の卑しい身分の者がこのような席に顔を出すなど、本当に恐れ多いことです。いつもの鎧を着て、隅に控えていたいところですが」
「そんなことはないさ。お前はオレが最も信頼する騎士で、ドレス姿もよく似合ってる。今日はオレよりも、レティシア姫をお守りしてほしい」
「王子がそうおっしゃるのでしたら、ぜひとも頼りにさせていただきますわ、グロリア様」
「はい、この命に代えても……」

 決して筋骨隆々ではないが、しなやかで均整のとれた身体を黄色のイブニングドレスで包み、長い栗色の髪を後頭部で束ねている。才色兼備という言葉の見本であるグロリアは、王侯貴族が集うきらびやかな舞踏会の護衛にふさわしい逸材だった。

 アーサーとレティシア、そしてグロリアが談笑していると、大勢の足音と気配が部屋に近づいてきた。もったいぶるように時間をかけてドアが開き、多数の従者を引き連れた女主人が現れた。

「ホホホ……久しいのう、アーサー」

 アルテンブルグの皇帝、ヒルデガルド・エリーザ・フォン・アルテンブルグは、大きな扇で口元を隠し、鋭い目でアーサーをにらみつけた。これ以上なく豪華な真紅のロングドレスに身を包み、ウェストの細さ、そしてバストの豊かさを彼に見せつけてくる。レティシアも美女だが、いかにも世の男が好みそうな豊満な身体は、華奢な王女にはない大人の魅力を醸し出していた。
 ドレスの裾は優美な曲線を描いて広がり、床まで届くフルレングス。袖はほとんどなく、細い指先から肘までをドレスと同じ真紅の手袋が覆う。
 美貌と権力、野望で己を満たした女帝が、最上級の衣装を身にまとってアーサーの前に立った。

「陛下、このたびはお招きいただき、まことにありがとうございます」

 アーサーは礼儀正しく女帝に挨拶した。内心の動揺を抑え込みながら。

(これが本当にあの女なのか?)

 彼がヒルデガルドと会うのは初めてではなかった。五、六年前、まだアーサーが子供と言っていい歳だった頃、クロトリア主催のパーティーで彼女と話した覚えがある。当時のアルテンブルグは辺境にある小国で、その王妃だったヒルデガルドは線の細い控えめな女性だった。

 それが、今はどうだ。鋭い視線で家来を突き刺し、妖艶な魅力を秘めた美貌は豪胆なアーサーでさえ怯むほどだ。自信と野心に満ち溢れているのがよくわかる。以前の彼女とはまるで別人のようだ。
 このダークブラウンの瞳と髪の女帝は、今年で三十六歳。夫である前国王を幽閉して王位を簒奪し、近隣諸国を次々と併合。いまや大陸のおよそ三分の一に相当する、広大な領土を支配する強大な帝国を築き上げた。
 以前の気弱そうな彼女に、いったいどのような変化があって独裁者の女帝になってしまったのか。アーサーがこの舞踏会に出席した一番の理由は、それを探ることだった。

「ほう……多少は礼儀をわきまえたと見えるな。まったく、しばらく見ぬ間にいい男になりおって」

 女帝はアーサーを値踏みし、上機嫌でそう評した。「今宵はわらわと一曲踊ってもらうぞ。皇帝じきじきの指名じゃ、光栄に思うがよい。ホホホホ……」

 傲慢で手短な挨拶を終え、ヒルデガルドはアーサーの前から去っていった。そのあとに大勢の従者と兵士たちがつき従った。

 かつて知る姿とはまるで異なる女帝に大いに驚かされたアーサーだが、ふと、その目が別の人物に向けられた。

(なんだ、あいつは?)

 女帝につき従う者たちの中に、一人だけ、奇怪な格好をしている者がいたのだ。
 まったく肌を露出させない、紅と黄のまだら模様の派手な衣装。そして大きな獣の耳がついたフード。顔は光り輝く銀色の仮面に覆われていて、年齢も性別もわからない。だが体格からして男のようだった。
 明らかに来賓ではない。帝国の騎士や兵士でもない。職人でも聖職者でも召使いでもなかった。もしアーサーやレティシアを狙う暗殺者であれば、こんな目立つ服装はしないだろう。アーサーの国では見かけない類の人物だった。

(妙な格好をしているな。何者だ……?)

 じろじろその人物を見ていると、その男も王子と視線を合わせた。仮面で表情はわからないが、目が合ったことはわかった。
 若くして剣で名を馳せた王子である。殺気の類を感じることはできるが、その人物の放つ気配は殺気や敵意とは異なるもののように思えた。いずれにせよ、アーサーに関心を持っているのは間違いない。
 好奇心と警戒心の両方からアーサーはその男を観察したが、男は危険な素振りを見せなかった。ただアーサーと目を合わせ、仮面を少しずらしただけだ。

(なんだ……? オレに顔を見せようというのか?)

 男の顔の四分の一ほどが光に晒される。そこに見えるはずの眉や目をアーサーは自分の目に焼きつけようとした。だが、それはできなかった。

 なぜなら、男の顔には何もなかったからだ。

 本来、頭部の中央に左右一対あるはずの目が、そこにはなかった。ひどい火傷を負った、眼球を摘出したなどといった様子はない。そんな傷跡とは根本的に異なる。まさしく、そこには何もなかった。眉のひと筋、髭の一本さえ生えていない。人の肌にしてはやけに白っぽい、つるつるした表面があるだけだった。

(顔がない……? まさかあいつ、仮面の下に仮面をかぶっているのか?)

 あまり考えにくいことだが、そうとしか思えなかった。
 顔のない人間などこの世にいるはずがない。男は二重に仮面をかぶっており、外側の一枚だけをずらしてアーサーを驚かせたのだろう。そう解釈するしかなかった。
 仮面の男はアーサーを困惑させたことに満足したのか、女帝を追って去っていった。

「王子!」

 突然のグロリアの声に、アーサーは我に返った。視線を下げると、一人の少年が自分に近づいてくるのが見えた。少年は手に短剣を持ち、彼めがけて駆けてくる。

(刺客か!? こんな人の目につくところで、大胆な……!)

 彼が反応するより先にグロリアが動いた。短剣を抜いて飛びかかってきた少年を取り押さえた。大声を出さないように口を押さえて室内に連れ込む。
 危うく刺されるところだった。アーサーはあの怪しい男のことを一時忘れ、暗殺者の少年を尋問することにした。

 暗殺者……といっても、とてもそうは見えなかった。歳は十二、三歳。極めて上質の服を着た線の細い少年だった。髪と瞳はダークブラウン。とても利発そうだが、同時に神経質で我がままそうでもある。

「いいか、大声を出すなよ。騒がず暴れず、オレの質問に答えるんだ。お前は何者だ?」
「ノーヴァランドのアーサー王子! よくも母上を惑わせたな! 成敗してやる!」
「ひとの話を聞け。お前は誰だ?」

 軽く平手を食らわせてやると、少年は憎々しげにアーサーをにらんだ。

「僕は帝国の皇太子だぞ! 母上の次に偉いんだ! だから大人しく僕に成敗されろ!」
「皇太子……? お前が?」
「皇帝ヒルデガルドには三人の息子がいると聞いております。長男の皇太子はコルネリウスという名で、いま十二歳だとか」
「へえ……お前、あの女帝の息子なのか。だが、なぜオレを襲うんだ? 母を惑わせたとは?」
「お前が母上を誘惑したんだ! だから僕が成敗しなきゃならないんだ!」
「落ち着け。頼むから落ち着いて、ひとの話を聴け。さもないと……こうだぞ」

 コルネリウスから奪った短剣を喉につきつけ、アーサーは怯える彼を軽く脅しつけた。この手の荒事に関しては、帝国やクロトリアよりもノーヴァランドの方が盛んである。とても一国の王子と皇太子のやりとりとは思えないが、今はこうするより他にない。

 観念したコルネリウスは、ぽつぽつと事情を語りはじめた。

「は、母上は……変わってしまわれたのだ」
「ああ、そうだな」

 アーサーの感想も同じだった。「五、六年前に見た彼女は、いかにも上品で大人しそうなお妃さまだった。とても一国の君主が務まるような女性じゃなかったよ。ところが今はどうだ? あんなに野望にギラついて……まるで別人じゃないか。ひょっとして、偽者が彼女になりすましているんじゃないのか?」

「ち、違う。母上は母上だ。それは間違いない。だが……しばらく前から母上はお変わりになった。父上を幽閉し、若い男どもを囲うようになった。きっとよこしまな男に騙されていらっしゃるに違いない。僕はお前もその一人だろうと思って……」
「待て。なんでそこにオレが出てくるんだ? オレが女帝に会ったのは一度きりだ。そのときのオレは、今のお前と同じくらいの歳の子供だったんだぞ」
「だって、母上はときどきお前の名を口になさるから……」
「女帝がオレの名を? どういうことだ」
「詳しいことはわからない。だが、近ごろの母上はお前にご執心のようだ。だから僕は、お前が母上に会ったり手紙を送ったりして、たぶらかしたものと思ったんだ」
「そんなわけがないだろう。あんな高慢ちきな中年女にそんなことするものか。気持ち悪い」
「お前、母上を侮辱したな!?」

 暴れるコルネリウスを、アーサーは口と手で叱りつけた。少年皇太子が語る内容に心当たりはなかったが、もし女帝がノーヴァランドを併合しようと企んでいると仮定すると、次の国王になるアーサーを狙うのは決して不自然ではない。

 それにしても、妙に引っかかる言い方だとアーサーは思った。十八歳の自分に三十六歳の女帝が懸想しているとは、笑えない冗談である。いくら美人でも、あのように野心でぎらついた年増の女にいささかも興味はない。

「よし。もうひとつオレの質問に答えてくれたら、お前を解放してやる」
「なんだ?」
「女帝の従者の中に、一人だけ妙に派手な格好をしてる者がいるだろう。銀色の仮面をかぶった奴だ。あいつはいったいどこの誰だ?」
「ダンタリオンのことか」
「ダンタリオン……それがあいつの名前か? いったい何者だ」
「宮廷道化師だ。何年か前、まだ父上が国をお治めだった頃にやってきた」
「宮廷道化師? 王侯貴族を笑わせるピエロのことか」
「そうだ。母上はやつが大のお気に入りで、常におそばに置いていらっしゃる」
「ふうん……あんな怪しい男をいつも侍らせるとは、異国の風習は理解できないな」

 大した情報は得られなかったが、アーサーはコルネリウスを解放することにした。いくら無礼な狼藉者といっても、あの女帝の長男で帝国の皇太子である。その身に何かあれば大騒ぎになるだろう。二度と自分を狙わないと無理やり約束させ、アーサーは彼を部屋の外に追い出した。

「やはり、帝国は王子の御身を狙っているのではありませんか? 今からでもお帰りになった方が……」

 主人の身を案じてそう助言するグロリアに、アーサーはかぶりを振った。

「怪しいのは確かなんだが……何かが引っかかる。せっかく虎穴に入ったんだから、あの女帝が何を企んでいるのか、もう少し調べてみたい。ここで逃げたら何もわからずじまいだ。あの怪しい道化師のことも気になるしな」
「危険です。王子の身にもしものことがあれば……!」
「はじめから危険は承知さ。それに、レティシア姫もこちらにいらっしゃる。ここから逃げるなら姫も一緒に連れ出さなくては」
「では、私が姫をお呼びしてまいります。そうすれば、いざというとき姫をお救いできますから」

 グロリアは用心深く部屋を出て、レティシア姫を迎えに行った。




 時刻は夕刻、じきに舞踏会が始まる頃だ。すぐにグロリアはレティシアを連れて戻ってきた。アーサーは礼儀正しく婚約者を再び部屋に招き入れた。

「しかし、レティシア様……」
 グロリアは怪訝な顔で隣国の姫君に話しかけた。「大変失礼ではございますが、その仮面はあまりお似合いではございませんね」
「そうですか?」

 答えるレティシアの繊細な顔は、まったく見えない。縦に長い楕円形の仮面で顔……いや、頭部の前三分の一ほどを覆われているのだ。
 仮面は真っ黒で、黒曜石を思わせるつるつるした材質である。目と口の部分に白でアーモンド型の模様が描かれていた。

 それに対して、アーサーたちがデボラに手渡された仮面は、白と黒が入れ替わっていた。色が違うだけで、サイズや模様はまったく同じ。自分の手の中の白い仮面と、婚約者の姫君がつけている黒い仮面を王子は何度も見比べた。
 今回の仮面舞踏会では、出席者は全員、こういった仮面をかぶることになっているそうだが、あまり優美なデザインとは言えなかった。不気味で不愛想で、人の目を楽しませる用途には使えそうにない。

「オレもグロリアと同じ意見だな。なんだか不気味な仮面だ。本当にこんなものをかぶって踊るのか?」

 アーサーは文句を言った。婚約者の美しい姫君とダンスを踊るのは嬉しいことだが、こんな悪趣味な仮面をつけさせられるのは心外だった。てっきり、目の周りだけを覆うマスクを想像していたのだ。

「デザインも気に入らないが、それよりも視界が狭くなるのが問題だな。こんなものをかぶっているときに敵に襲われたら、戦いづらくて仕方ない」
「それが帝国の狙いかもしれませんね」
「まあ、お二人は何をお話しなさってますの?」

 と、仮面をかぶったレティシア。顔じゅうを覆う仮面のせいか、声のトーンが先ほどとは少し異なる。よく見知ったレティシアのはずなのに、まるで知らない女のように感じた。

「いいえ、何でもありません。ただ仮面舞踏会に参加したことがないので、少々戸惑っているんです」
「王子のおっしゃる通りです。我が国では、仮装舞踏会は風紀を乱すと昔から禁止されておりまして……初めてのことですので、お見苦しい振る舞いをお目にかけるかもしれません。なにとぞご容赦を」
「そうでしたか。でも、ご心配は無用ですわ。この仮面をかぶって、パートナーを替えながらダンスに興じるだけですの。お相手の顔が見えず誰だかわからないと、いっそう面白いのだとか」

 レティシアはアーサーと違い、困惑する様子は特にない。歌劇や舞踏会を好むクロトリアの王女らしく、こうした経験も豊富なのだろう。隣国でありながら、芸事よりも剣や弓の腕前を競うアーサーの国とはまるで異なる。

「もしかしたら、王子もパーティー会場でわたくしが誰か、おわかりにならないかもしれませんわね」
「そんなことはありませんよ。レティシア姫と他の女性を間違えるなんて、ありえません」
「嬉しいですわ。わたくしがどこにいても、必ず見つけてくださいましね」

 三人がそんな会話を交わしていると、ドアがノックされ、外からデボラの声がした。じきに舞踏会が始まるという。
 アーサーは自分の服装を確かめた。会場に刺客がまぎれ、自分の命を狙っている可能性はゼロではない。愛用の剣はいつでも抜けるようにベルトで吊るしているが、とっさの防御に用いるのは短剣の方だろう。いざというとき自分の身を守り、グロリアと共にレティシア王女を連れて脱出できるか。それができると何度も自分に言い聞かせた。

「グロリア、注意してくれ。こんな仮面をかぶっていては、出席者と刺客の区別が難しい。レティシア姫の位置を常に確認して……」
「おおおおおっ!?」

 突然、家来が発した叫びに、アーサーは吃驚した。振り返ると、白い仮面をつけたグロリアが苦しんでいるのが見えた。王国で指折りの剣の腕を持つこの気丈な女騎士が、このように取り乱すとは思わなかった。

「どうした、グロリア!?」
「く、苦しい……王子、その仮面を捨ててください。この仮面は……あああっ」

 どう見ても演技ではなかった。異変が起こっていることを示すように、白い仮面が光りだし、妖しい青い輝きを帯びる。

「すぐにそれを外せ! くそっ、顔に張り付いて……うう、くっ、取れないっ」
 アーサーは悔いた。やはり帝国の罠で、この仮面はつけた者に災いをもたらす呪いの仮面だったのか。
「王子、私に構わずお逃げください。どうか王子は逃げ延びて……ああああ……わ、私が、私が吸われていきます……」

 ドレス姿のグロリアは苦しそうにひざまずき、自分の顔を両手で覆い、主に逃げるよう促した。だが、忠実な部下と婚約者の姫君を置いて逃げ出すなど、誇り高い王子にはできなかった。

「グロリア、しっかりしろ! おい、気を確かに持て! 気を確かに……あっ!?」

 女騎士がつけていた仮面の色が変化していた。白い仮面は妖しい光を放ちながら徐々に青く染まっていき、やがて真っ青になると、その輝きを失ってぽとりと床に落ちた。

「グ、グロリア……!?」

 彼女に寄り添っていた王子の目が見開かれた。信じられないものを見る思いだった。
 仮面が外れ、頭部の前面があらわになった女騎士。ところが、彼女には顔がなかった。仮面の下から現れたのは、目も、鼻も、口もない、つるつるした肉の平面だけだったのだ。
 グロリアはもう動かない。顔を失ったグロリアの身体は、まるで魂そのものを失ったかのように、力なく膝をついたまま微動だにしなかった。死んでいるとは思わなかったが、かといって生きているとも思えなかった。白昼夢を見ているかのようだった。

「な、なんだこれは……グロリアはどうなってしまったんだ? 死んでしまったのか?」
「いいえ、王子様。安心なさいませ。その女は生きております。ただ、顔を奪われただけですわ」

 背後から声をかけてきたのはレティシアだった。黒い仮面をかぶったプリンセスは、床に転がった青い仮面を拾い上げた。

「その女の顔と魂は、体から引き剥がされてこの仮面の中に封じられました。今、その女の体は確かに生きておりますが、中身はなく空っぽです。大した剣の腕と美しさを兼ね備えた女性だったそうですが……この仮面はそれ以上に大したものでしょう。ねえ王子?」
「レ、レティシア姫……?」

 アーサーはようやく気づいた。目の前にいる婚約者が、彼の知っている相手ではないことに。「お前は姫ではないな!? 帝国が遣わした偽者だろう!」

「いえいえ、偽者ではありません。この体はまぎれもなく、あなたの婚約者のレティシア・カロリーヌ・フェルナンド・ベアトリス・ド・クロトリアのものですよ、アーサー王子」

 身震いするほど冷たい声だが、その声は間違いなく愛するレティシアのもの。彼が聞き間違えるはずはなかった。アーサーは彼女から離れ、自分の剣に手をかけた。

「無駄な抵抗はなさらぬ方がよろしいですよ、王子。この姫の体は人質です。もしもあなたがここから逃げたら、傷がついてしまうかもしれません」

 黒い仮面をかぶったレティシアは短剣を取り出し、それを自分の首にあてがった。銀色の鋭い刃が白く繊細な肌につきつけられ、まるで芝居の一幕のようだった。「もっとも、この部屋は既に囲まれておりますから、その心配は要らぬでしょうが」

「いったい何が望みだ……オレの命か!」
「いえいえ、とんでもない。我々は荒事が苦手でして。そのような無粋な真似はいたしません。あなたには我々のお味方になっていただきたく思います、アーサー王子」
「わらわはそなたを高く買っておるのだ。そんなわらわが、ようやく手に入ったそなたをむざむざ死なせるはずがあるまい」

 部屋のドアが開き、現れたのは女帝だった。真っ赤なドレスを身にまとった女帝ヒルデガルド……何人もの子を産んだ中年女とは思えないほどみずみずしい体を惜しげもなく晒し、アーサーの前にやってくる。
 その後ろには武装した兵士たちと脂ぎった大臣、そしてあの仮面の道化師の姿が見えた。

「ヒルデガルド……貴様、何を企んでいる! オレを人質にするつもりか!?」
「人質? 下品な言葉じゃな。安心するがいい。そなたを暗く汚い牢屋に閉じ込めるような真似はせぬ。ホホホ……年若の頃から目をつけておったが、成長してますますいい男になりおったな。これから、そなたには自らの意思でわらわのものになってもらうぞ」
「誰がそんなことを! 何を企んでいようが、ここで貴様を討てば終わりだ!」

 女帝が先頭に立っているのは自信の表れ、つまり油断の証だとアーサーは解釈した。
 目にも止まらぬ速さで、アーサーはレティシアが持つ短剣を叩き落とした。周囲の兵士たちが動く前に、愛用の小剣を抜いて女帝に飛びかかる。十歩ほどの距離は一瞬で無となり、ヒルデガルドを帝国の君主から物言わぬ死骸に変えるはずだった。

 だが、跳躍しようとしたアーサーは突然転倒し、背後から押さえ込まれた。何者かがアーサー以上の速さで襲いかかり、彼を拘束したのだった。

「グロリア!?」女帝を助けたのは、アーサーの忠実な女騎士だった。

「優雅なパーティーでお行儀の悪い真似をなさってはいけませんよ、王子」

 顔のないグロリアは、人間離れした怪力で彼を押さえつけた。口のないグロリアがどこから声を出しているのかわからないが、それは確かにグロリアの声だった。

「まだ説明を終えていませんでしたね。あの仮面で顔と魂を奪われた者は、わたくしめの操り人形になるのです。こちらにいらっしゃるレティシア姫も……ほら」

 レティシアがこちらを向いて、黒い仮面を脱ぎ捨てた。彼女もグロリア同様、顔のパーツを奪われ目も鼻も口もない異形になってしまっていた。

「ああ、悲しいですわ、アーサー王子。婚約者のわたくしが女の命と言える顔を丸ごと奪われても、ちっとも気づいてくださらないんですもの。わたくしの顔なんてどうでもいいと思っておいでなのですか?」
「おのれ、ヒルデガルド! オレのレティシア姫とグロリアを……!」
「ホホホホ……そなたのような若輩の手にかかるわらわではないわ。わらわはいずれこの大陸を統一する偉大な皇帝。わらわを弑せんとする輩は掃いて捨てるほどおったが、いずれもそなたと同じく失敗し、床に這いつくばった。哀れよの」
「黙れ! 王の座を簒奪しただけでは飽き足らず、いくつもの国を奪った盗人めが! 何が皇帝だ、破廉恥な!」
「奪った? それは誤解じゃ、アーサー。わらわは武力で帝国の領土を広げたわけではない。諸国の王たちは、みな己が申し出にて領地と民をわらわに献上したのじゃ。ダンタリオンの仮面のおかげでな」

 道化師が差し出した白い仮面を手に、ヒルデガルドは微笑んだ。「この仮面をかぶせられた者は顔を奪われ、わらわの操り人形となる。おかげで血を流すことなく、わずか数年でアルテンブルグは大陸一の大国となった。すべてはこの男の力があってこそ」
「貴様が……! 貴様のせいか!」

 アーサーは床に這いつくばったまま、女帝の傍らに立つ道化師を憎悪の眼差しでにらみつけた。「ダンタリオン、貴様は何者だ!? 一介の道化師風情が、このような魔性の仮面を持っているはずがない! こんなものをどこで手に入れた!?」
「そういえば、まだ自己紹介を致しておりませんでしたね。ご無礼をどうかお許しください、アーサー殿下」

 慇懃だが冷たい声で道化師は言った。「わたくしの名はダンタリオン。かつてあなた方人間どもに敗れた悪魔の生き残りでございます」
「悪魔、だと……!?」

 信じられない話だった。
 悪魔とははるか昔、神に逆らい人類に仇なした異形の怪物たちだ。長い長い戦いののち、深い地底に封じられたと伝えられる。
 アーサーが子供の頃におとぎ話で聴かされた、人類の宿敵たる魔性の存在。目の前の道化師はその生き残りを自称しているのだ。

「五百年前、我々は偉大な魔王陛下を失い、力を失って散り散りになりました。はるか地の底に逃れた者、自らの体を石に変え眠りについた者……わずかな生き残りの選んだ道はさまざまですが、わたくしは人間にまぎれ、いち道化師として人に仕えることに致しました。今は尊敬するヒルデガルド陛下を笑顔にして差し上げるのが、わたくしの一番の喜びでございます」

 ダンタリオンは派手な銀色の仮面を外した。先ほどほんの少しだけアーサーに見せた素顔……あれは見間違いではなかった。やはりダンタリオンには顔がない。目も鼻も口もない無貌だった。

「ダンタリオン、貴様……本当に悪魔だというのか。悪魔の力でひとの心をもてあそび、己のしもべにしたというのか!」

 アーサーは疑問の核心へとたどり着いた。
 なぜ、控えめで臆病な王妃だったヒルデガルドが王や貴族たちを幽閉し、強権を振るう暴君になったのか。なぜ、小国だったアルテンブルグが次々と隣国を併合し、大陸の三分の一を占めるほどに膨張したのか。
 それはすべて悪魔のしわざだった。このダンタリオンという名の悪魔に魅入られたヒルデガルドは、彼にそそのかされるがまま、忌まわしい力を以て多くの人間を操り人形に変えてしまったのだ。
 はるか昔にヒトを脅かした邪悪な魔物たちを率い、魔性の仮面で罪のない人々の魂を奪う。とても人間のものとは思えぬ邪悪な所業を、アーサーは決して許すことができなかった。

「その通りじゃ、アーサー。いまや、そなたの愛する王女と頼りにしていた女騎士は、ともにわらわのしもべとなった」

 みじめに這いつくばったアーサーを、女帝ヒルデガルドが見下ろした。その両脇に立つのは、顔のない女騎士グロリアと、美貌を奪われた王女レティシアだ。

「どうじゃ、そなたはこうなりたくはなかろう。顔と魂を奪われ、わらわの操り人形になるのは嫌じゃろう」
「黙れ、この売女が! 悪魔に魂を売りやがって!」
「ホホホ、伝統ある王国の王族とは思えぬ下品な言葉じゃな。たしかに、そなたはわらわを許せぬかもしれぬ。だが考え直した方がよいぞ。わらわは寛大じゃ……そなたがわらわに一生の忠誠を誓えば、そなたを傷つけぬと約束しよう。この小娘どもも元に戻してやるぞ」
「なんだと……!?」
「むろん、逆らえばそなたもダンタリオンの仮面をかぶせられ、わらわの人形になるわけじゃ。どうじゃ、考える余地などなかろう? わらわにその身を捧げると誓うだけで、無事に国へと帰れるのだぞ」
「ふざけるな! 悪魔に魂を売った女に、忠誠など誓えるか! たとえレティシア姫ともどもこの場で慰みものになろうとも、たとえこの体を切り刻まれても、オレの魂を悪魔には売らぬ!」

 一時のことであっても、敵に屈服するのはアーサーの本意ではなかった。相手が悪魔の手先となればなおさらだ。一度その魂を悪魔に捧げると宣言すれば、たとえ死しても神の御許へは運ばれまい。邪悪な魔物の眷属として永遠の苦しみを受けるかもしれないのだ。

「売女に忠誠など誓わん! さあ、ここで今すぐオレを殺せ!」
「強情な男よな。だからこそ気に入ったのじゃが……まあ、よいわ。この仮面の中で考え直すがよい。いくら時間をかけても構わぬ。いずれ、そなたの身も心もわらわのものにしてやろうぞ」
「おのれ……!」

 虜囚となったアーサーの顔に、女帝が白い仮面をかぶせた。途端、今まで感じたことのない不快感に襲われる。ぐるぐると目が回り、高いところからどこまでも落ちていくような錯覚を抱いた。

「おおおおお……!? こ、これがあの仮面の……!」
「そうじゃ、いくつもの国の主を虜にした魔性の力よ。いずれそなたの魂もわらわのものにしてやるが、今は体だけで辛抱しておかねばならんな。ああ、口惜しいことよ」

 ヒルデガルドの声を聞きながら、王子は意識を仮面に吸い取られていく。自分が自分でなくなるような恐怖に必死で耐えるも、彼の心は肉体を離れ、ダンタリオンの仮面の中へと移し替えられる。四肢や五感がわからなくなり、アーサーの存在はただ一枚の仮面の中に封じられた。

 気がつくと、アーサーの眼前に女帝の顔があった。三十代半ばの妖艶な美女の顔が間近に現れ、目を背けることもできない。手足どころか首を動かすことも、声を出すことさえできなかった。
 おそらく、魂が仮面に封じられたためだろう。今のアーサーは、文字通りすべてが女帝の手中にあった。

「ホホホホ……これでノーヴァランドとクロトリアは我が帝国の属領じゃ。アーサーの心をわらわのものにできなかったのは心残りじゃが、なに、時間はいくらでもある。必ずや、こやつをわらわにかしずかせてみせようぞ」

 アーサーの魂が入った仮面を、自慢げに道化師に見せびらかすヒルデガルド。よほどアーサーに執着していたのだろう。仮面の中の王子にとってはいい迷惑だが、殺されなかったことでいずれ復讐の機会が巡ってくるかもしれないと思った。こうなったからには何としてでも生き延び、自分やレティシア姫、騎士グロリアの体を元に戻さなくてはならない。

「おめでとうございます。ところで陛下、折り入ってわたくしめからご報告いたしたいことがございまして……」
「なんじゃ? 何なりと申せ」
「実は、そろそろお暇をいただきたく存じます。大変名残惜しいのですが……」
「なに? そなた、今なんと申した」

 女王は意外を通り越して驚きの表情で道化師を見返した。「暇を乞う? わらわが大陸すべてをこの手にするまで力を貸すと誓ったではないか。そちら悪魔は約定をたがえぬはずだな?」
「いえいえ、それが……陛下のお望みは大陸制覇だけではございませぬ。そちらのお望みの方を叶えて差し上げました」
「何の話じゃ? わらわの望みはこの大陸すべてをわらわのものにすること。それ以外にあるまい」
「いいえ、つい先ほどもおっしゃったではございませんか。ノーヴァランドのアーサー王子を手に入れること……それも陛下のお望みの一つ。間違いないことです」
「アーサーを? 確かにそう言ったが……」
「わたくしめと陛下の契約は、陛下のお望みを一つ叶えるまででございます。アーサー王子が陛下の御手に収まった今、この辺りでお暇をいただきたく存じます。それに……」
「それに?」
「わたくしめの本当の主が、間もなく復活なさいます。急いでそちらに駆けつけねばなりませんので」
「なんじゃと? そちの本当の主とは、どこの誰じゃ?」
「それはあなた方、愚かな猿どもがお気になさる必要のなきこと……」

(なんだ、仲間割れか?)

 仮面の中でアーサーは訝しがった。
 この場の雰囲気が一変していた。ヒルデガルドとダンタリオンのとげとげしい会話は、忠誠と信頼で結ばれた主従のものとは思えない。つい先ほどまで女帝を喜ばせることだけが役目だった悪魔の道化師は、今はあの魔性の仮面を手に女帝に相対していた。

「もしやそなた、わらわに刃向かう気か? わらわは今、機嫌が良いのじゃ。わざわざその機嫌を損ねる愚かな真似を致さぬ方がよいぞ。数百年前にわらわたちに滅ぼされた死にぞこないの分際で……」
「我々が敗北したのは、あなたにではございませんよ、陛下。我々は雌伏のときを過ごし、人間どもの力が弱まるのをずっとずっと待っておりました。そして今、ようやくそのときが訪れたのです」

 道化師が指を鳴らすと、周囲の兵士たちの間から、緑色の肌を持つ奇怪な生物が現れた。その数は十を超え、たちまち女帝を取り囲んだ。

「どういうつもりじゃ、ダンタリオン!?」

 初めて目にする人型の生き物に、ヒルデガルドの手の中のアーサーは驚いた。
 背丈はアーサーの半分ほどか。人間と同様に四肢を備え、二本の脚で直立しているが、全身のシルエットはやけにごつごつして歪んでいる。顔は鼻筋がいびつに曲がり、大きな目と口、そして狼のような牙を生やしていた。
 年老いた老人と体毛の少ない猿の姿を足して二で割ったようにも見えるが、凶悪な肉食獣のような面構えや薄汚れた緑の体色は、それらとは似ても似つかぬものだった。申し訳程度に腰回りを獣の毛皮で覆い、「ギギッ、ギギッ」と奇怪な声で鳴いて女帝を威嚇する姿も奇妙だった。

「ゴブリンはご存じですね? 数百年前、魔王陛下のしもべとして大陸中に散った、もっとも小さく弱き魔物ですよ。残念ながらそのほとんどは消えてしまいましたが、ほんの少しだけ生き残り、今はわたくしめの手足となってこの世に潜んでおります」

 アーサーがおとぎ話でしか聞いたことのない邪悪な存在に囲まれ、ヒルデガルドの表情が険しくなった。「そなたたち、何をしておる!? この無礼な者どもをつまみ出せ!」

 帝国に君臨する皇帝の命を受けても兵士たちは動かない。皆、魂を失っているかのような虚ろな表情で立ち尽くすだけだ。

「ゲギャギャ、ギギギッ」
「ああっ、何を致す!?」

 ゴブリンと呼ばれる小鬼たちが飛びかかり、真紅のドレスごと女帝を押し倒した。ヒルデガルドの手からアーサーの仮面がこぼれ落ち、冷たい床に転がった。
 守る者のないヒルデガルドは、ただの無力な女に過ぎない。それでも気丈に道化師を見上げ、鋭い眼力でにらみつけた。

「放せ! わらわにこのようなことをして、許されると思うておるのか!? こちらには契約が……」
「当然、許されますよ。もはや契約は終わりました。わたくしめはもう欲深いあなたの命に従う必要はありません。愚かな人間の分際で我々を侮った罪、その身で償っていだたきましょう」
「だ、誰か! 誰かおらぬか!? この無礼な乞食を捕らえよ! 縛り首にしてしまえ!」

 女帝は必死で抗おうとしたが、多数のゴブリンたちに押さえつけられ、身動き一つとれない。

「放せ、ダンタリオン! 今すぐ狼藉をやめ、わらわに従うなら命だけは助けてやる! わらわは偉大な帝国の……!」
「うるさいですね。少し黙っていていだたきましょうか。この仮面をかぶってね」
「ううっ!? おのれ、許さぬぞ……! 卑しい乞食の分際で、よくも……!」

 ダンタリオンに白い仮面をあてがわれ、女帝はとうとう声も出せなくなった。仮面が落ちると、目も鼻も口もない、平坦な肉の面が姿を現す。女帝はアーサー同様、顔と魂を仮面の中に封じられたのだ。脂ぎった老大臣も同様の目に遭う。

(とんでもないことになったな。これから一体どうなるんだ……?)

 肉体を奪われたアーサーは、固唾をのんで事のなりゆきを見守るしかない。悪魔の力で諸国を次々と併合した帝国の陰謀。女帝の裏で糸を引いていた悪魔の反逆。そして間近に迫った悪魔の主人の復活……恐るべき謀の数々に、手足のない今の自分が恨めしかった。

「さて……下品な猿の分際で、今までよくもこき使ってくれましたね。本当ならこの手で八つ裂きにしても足りないところですが……そんな野蛮で荒っぽいやり方は、わたくしめの好むところではありません。どうしてやりましょうか……」

 ダンタリオンは女王の仮面、大臣の仮面、そしてアーサーの仮面を順番に拾い上げた。そして指を鳴らすと、顔のない女帝と大臣、王女、女騎士、そして王子の身体がふらふらと立ち上がる。顔のない操り人形の整列だった。

「そうだ、今夜は舞踏会でしたね。せっかくの仮面舞踏会、存分に楽しんでからこの国を離れると致しましょう。あなた方は大事なゲストですよ。ふふふ……」

 白い手袋をはめたダンタリオンの手が、アーサーの仮面を優しく撫でた。ただそれだけでアーサーは無性に眠くなった。まるで赤子が母親の手の中で安らぐように、凛々しい王子の意識は深い深い闇の中へと落ちていくのだった。


 アーサーが目覚めると、微動だにできない自分を認識した。
 手足どころか指一本動かせず、呼吸をすることさえ叶わない。自分の体内にある心臓の鼓動さえ感じられなかった。もし自分が死んだとしたら、きっとこうなるのだろうと思った。
 だが、アーサーは死んだわけではなかった。肉体から顔と魂を剥ぎ取られ、魔性の仮面の中に封印されているのだった。指一本動かせないのも当然だった。なにしろ動かす指がないのだ。

(ここは……?)

 どういう仕組みになっているのか、仮面になっても目は見えるし、耳も聞こえる。視界が狭くてよく見えないが、どうやら広大な空間の中にいるものと推測された。
 ホール。そう、ここは城の広間だった。
 その隅に大きな木製の籠が置かれ、アーサーはその中にいた。大きな籠の中にはたくさんの仮面が詰め込まれ、乱雑に積み上がっていた。
 アーサーが今いるのは仮面が積み上がった山の、一番底の部分だった。

「さあ、そろそろ時間です。舞踏会の始まりですよ。皆様、今宵はたっぷりとお楽しみくださいませ」

 ダンタリオンがパーティーの始まりを宣言すると、虚ろな表情の楽隊が演奏を始めた。こんな不気味な夜会でなければきっと心弾んだだろう、軽やかな曲だ。

「魅惑のダンスパーティーに参加なさる方々は、どうぞこちらにおいでください」

 悪魔の招きに応じて、数十人の男と女が進み出た。その多くはドレスやタキシードを着ていたが、中には得体の知れない化け物たちの姿があった。

(な、なんだあれは……)

 アーサーは夢を見ているのではないかと疑った。明らかに人間とはかけ離れた体型と、体のあちらこちらに生えた長い角や爪、牙は、子供の頃に聞いたおとぎ話に出てくる魔物たちの姿そのままだった。
 一番前の列に見えたのは、成人男子の半ばほどの背丈の緑色の小鬼……ゴブリンだった。対照的に、アーサーの倍近くはあろうかという巨体の怪物はオーク。頭の左右からねじくれた角を生やし、煽情的な黒のボンデージに身を包んだ女はサキュバス。名前はわからないが、山羊の頭部と裸の人間の体を持つ魔族の姿もあった。
 こんな恐ろしくおぞましい化け物どもが帝国にはびこり、あまつさえ各国の要人が集う舞踏会に参加しようというのだ。まるで悪魔に捧げるサバトのような光景に、アーサーは身の毛がよだつ思いだった。

 特筆すべきは、出席者は誰一人として顔がないことだった。男も女も、そして魔物たちさえもあの仮面をかぶせられ、目も鼻も口もない傀儡に成り果ててしまったのだ。

(なんて邪悪な……オレたちは一体どうなってしまうんだ)

 もしや、ここで邪な悪魔を呼び出し、仮面に封じられた人々の魂を生け贄に捧げるつもりではあるまいか。
 恐れおののくアーサーだが、反撃の機会はいまだ訪れない。何としてでもレティシアだけは助けると決意したにも関わらず、このままあえなく悪魔の贄にされてしまうことも考えられた。
 恐怖を感じているのは彼だけではない。彼と同様、仮面に魂を封じられた他の者たちも同じ思いのようだった。

(おのれダンタリオン、卑しい乞食め。わらわをたばかりおって。ああ、口惜しや……)
(もうおしまいだ。陛下も大臣ものっぺらぼうにされちまった。帝国も終わりだよ。だからあんな怪しいやつを信用するなって、俺は言ったんだ)
(ヒルデガルド、貴様のせいだぞ! 貴様が悪魔に魂を売ったせいで、私も王子もこのような姿に……)

 籠の中に積み上げられた仮面たちの怨念が、アーサーにも伝わってくる。アーサーはそれらの無念のつぶやきの中からレティシアのものを探したが、いくら念じても彼女の声を聞くことはできなかった。

「ふふふ、皆様にはこれから仮面をつけてダンスを堪能していただきます。仮面舞踏会ですからね」

 ずらりと居並ぶ出席者たちを見回し、ダンタリオンは満足そうにうなずいた。「さあ、最初に仮面をかぶる方はどなたにしましょうか。決めた……そちらのあなた、ノーヴァランドの騎士グロリア様に致しましょう」

(私?)

 籠の中のグロリアが反応した。ダンタリオンの前に黄色のドレスを着た女が歩み出て、うやうやしく一礼した。それはノーヴァランドの女騎士、グロリアの顔のない身体だった。

(わ、私の体が……おのれ、悪魔め!)

 グロリアの心の声が聞こえてくるが、グロリアにもアーサーにもどうすることもできなかった。
 ダンタリオンはそんな操り人形のグロリアを眺めると、籠の中に無造作に手を突っ込んできた。

「さて、どなたのお顔になるでしょうか。ふふ、楽しみですね……さあ、これです!」

 道化師は青い仮面を一枚手にとると、それを顔のないグロリアに放り投げた。グロリアはその仮面を、ためらいなく自分の顔面にあてがった。仮面から青い色が抜けていき、やがて墨で塗りたくったように真っ黒になる。それは、はじめにレティシアがかぶっていた仮面とまったく同じ色だった。
 グロリアは仮面を外した。すると、その仮面の下からは目も鼻も口もない異形の顔ではなく、見覚えのある老婆の顔が現れた。

(な、なんだあれは……!)

 奇怪極まりないグロリアの姿に、アーサーは大いに狼狽した。
 若々しい手足と肌、艶やかな栗色の髪は明らかに二十歳前後の若い女のもの。だが、その顔だけが年老いた老婆のものに変わっていたのだ。

「あら? あたくしは一体……まあ、この体は!?」

 はじめにアーサーたちを案内した、腰の曲がったデボラという老婆。その老婆の顔がついたグロリアは、今の自分の若くしなやかな肉体を驚きの目で、そして嬉しそうに眺めた。

「デボラ、それはノーヴァランドの女騎士様の体です。今宵はその体でダンスを披露してください。若い頃を思い出して、ね」
「あらあら、まあ……夢みたい。あたくしの体がこんなに若くて綺麗になっちゃうなんて」

 顔だけが皺くちゃになったグロリアは、自分の体を恍惚の表情で見下ろした。「この手、この脚……ああ、体じゅうが活力に溢れているわ! いくらでも踊れそうよ。声だっていつものしわがれ声じゃない。髪もサラサラして白髪の一本もないなんて……ああ、なんていい体なの。ダンタリオン様、ありがとうございます!」
 ホールの壁にはあの姿見と同じものが備えつけられており、グロリアはその前に立っていつまでも己に酔いしれていた。

(わ、私の体があの老婆のものに……か、返せ! 私の体を返せ!)

 籠の中でグロリアの仮面が吠えたが、何の意味もなかった。

「皆さま、ご覧いただけましたか? この仮面はただ人の顔を魂ごと剥ぎ取るだけではなく、他人の体に移し替えることもできるのです。今、ご覧いただいたように、デボラの顔と魂をグロリア様のお体に移して差し上げました。今宵はこのように皆さまのお顔を取り替えた上で、ダンスパーティーをお楽しみいただければと思います」

(なんだって!?)

 アーサーは声にならない叫びを発した。ダンタリオンによって顔と心を奪われた人々は、元に戻るのではなく別人の体にされてしまうのだという。自分の体ではなく、他人の体になってしまうのだ。そのうえ出席者の中にはおぞましい魔物たちも交じっており、ひとつ間違えたら、邪悪な化け物にされてしまうことになりかねない。

 アーサーの懸念はさっそく現実のものとなった。
 次に呼ばれたのは、生地の少ない革製の衣装、黒のボンデージを身にまとったサキュバスである。褐色の肌に長い銀色の髪、コウモリを思わせる黒く巨大な翼と尾が明らかに人間とはかけ離れているが、豊満な体つきは人間の男を魅了してやまない。

「皆様、この者はリリスといいます。私の部下だったのですが、残念なことに魔族の中でもとびきり出来が悪く、ほとほと困り果てておりました。そんな彼女を夜会に参加させることをお許しください」

(ダンタリオン様……私がほんの少し失敗したからって、顔を剥いでもてあそぶなんて。ひどい、ひどいわ)

 籠の中で聞こえる女悪魔の嘆きに、アーサーは震えあがった。同じ悪魔であっても、ダンタリオンはこの女が役立たずという理由で顔のない傀儡に変えてしまったのだ。
 そんな顔なしのリリスにダンタリオンが放り投げたのは、アーサーも知っている人物の仮面だった。仮面をつけたリリスの顔は、帝国の皇太子、コルネリウスのものになっていた。

「う、うう、僕はいったいどうなったんだ……な、なんだ、この体は!?」

 ヒールの高いブーツが災いして、リリスはその場に転倒した。子供の頭ほどもある巨大な乳房、抱きしめたら折れてしまいそうな細い腰と手足……非常にアンバランスな体に、彼女はしばし立ち上がることができなかった。

「おやおや、あなた様はコルネリウス殿下でいらっしゃいますか。ご気分はいかがです? 人間からサキュバスの体になるなど、とても貴重な体験でございますよ」
「も、元に戻せ! 僕の体を早く戻せ!」

 なんとか立ち上がってダンタリオンに飛びかかろうとしたリリスを、屈強な兵士たちが数人がかりで押さえつけ、ホールの隅に連れていった。なおも暴れる彼女を組み敷き、虚ろな顔の男たちは鎧を脱ぎはじめる。

「な、何をするんだ! 僕は帝国の皇太子だぞ! 母上の次に偉いんだ! お前たちなんかが気軽に触っていい相手じゃ……ひ、ひいいっ!?」

 リリスの眼前に突きつけられたのは兵士たちの男性器だった。硬く勃起した一物がサキュバスに狙いをさだめ、ぬかるんだ切っ先で褐色の肌を撫で上げた。

「サキュバスの餌は人間の精ですからね。殿下にはダンスの前に、お食事を充分召し上がっていただこうと存じます。きっとお気に召すと思いますよ」
「や、やめろ! お前ら、そんな汚いものを僕にくっつけていいと思って……お、おおっ!?」

 リリスの口が無理やりこじ開けられ、そこに勃起したペニスが侵入した。初めて口にするであろう肉棒に目を白黒させる彼女を、兵士たちは容赦なく犯した。

「ん、んんっ、やめ、やめろおお……んんっ、んっ。ひいいいいっ」

 パン、パンと下品な音があがり、生臭い牡の臭いが立ち込める。帝国の皇太子の魂を宿したサキュバスを、兵士たちは代わる代わる凌辱した。

「ああっ、な、なんだこれぇ。す、すごい。すごく気持ちいいのぉっ。ああっ、あひっ、あふっ」

 いくら心が嫌がろうとも、淫魔の肉体は貪欲で男たちの精を渇望していた。リリスの喘ぎ声はだんだん熱を帯び、パーティーの出席者たちを大いに興奮させるのだった。

(おお、コルネリウス……なんということ。この恨み、絶対に晴らしてやるぞ)

 女帝は変わり果てた姿の我が子を哀れんだが、彼女もアーサー同様に虜囚の身だ。おそらくこれから自分たちは籠の中から取り出され、縁もゆかりもない、どこかの誰かの体にされるのだろう。

(運良く自分の体になったら反撃もできようが……それは難しいだろうな。あの皇太子のようになっては目も当てられない……)

 今のアーサーもヒルデガルドも、悪魔ダンタリオンの余興の道具に過ぎなかった。彼の気まぐれで顔や魂を奪われ、着せ替え人形のように別人の体に移される運命だった。
 せめて武術に秀でた者の肉体を得たら抵抗できる可能性はあるが、この夜会の出席者はホストもゲストも、いずれも武芸や決闘を好まぬ王族と貴族ばかりだ。例外はアーサー、グロリアなどほんの数人だろう。
 しかし、なんとしてでもあの道化師に反撃し、自分やレティシアの体を元に戻さなくてはならない。

 そんなアーサーの決意をあざ笑うかのように、顔のないレティシアの体がダンタリオンの前に出た。

(レ、レティシア姫! やめろ、ダンタリオン! 姫の顔を元に戻せ!)

 アーサーは必死で許しを乞うたが、道化師は仮面が入った籠をあさり、一枚の青い仮面を姫に放り投げた。それはレティシア姫の仮面……ではなかった。

「ひひひひ……これはレティシア姫の体か。こりゃあいい」

 レティシア姫の美貌は、そっくりそのまま帝国の肥え太った老大臣ベックマンのものに置き換わっていた。
 顔だけがベックマンになったレティシアは、自分の細い腰や腕、膨らみかけの乳房をドレスの上から撫で回して笑った。

「ワシも数え切れんほどの女を慰みものにしてきたが……自分が若いおなごになるというのは、思ったよりいいものじゃの。まして、帝国でも評判になるほどの美しいレティシア姫の体じゃ。男に戻るのをためらうくらいよ。ひひひ……せっかくだから楽しませてもらうとするかの」

 アーサーが最も愛する娘の声で、レティシアは下品な言葉を並べ立て、自分の清い体をまさぐり彼を挑発した。

「ああ、柔らかい体じゃ。それにいい匂いもする。この体がワシのものとは……ひひひ、最高じゃわい」

(お、おのれ、レティシア姫……オレが必ず元の体に戻して差し上げます)

 返事はなかった。仮面の中に封じ込められたレティシア姫の魂は眠っているのか、あるいはこの籠の中にはいないのかもしれない。

 アーサーは泣いた。生涯添い遂げることを誓った相手の心と体を目の前でもてあそばれても、囚われの身となった彼にはどうすることもできなかった。血の涙を流すほど慟哭した。もしも今、ここで自らの命を絶てばこの連中を道連れにできると囁かれたら、彼はためらいもなくそうしていただろう。己の無力に歯を食いしばって耐えるしかなかった。
 次々に籠の中の仮面が出席者に配られる中、アーサーは自分の出番をじっと待ち続けた。いずれ彼にも新しい体が与えられるだろう。その体であの忌々しい道化師に反撃することを期するしかなかった。

 やがて、アーサーの仮面が籠の中から取り出され、宙を舞った。

(きた……! 頼む、どうかオレの体であってくれ! いや、この際、若い男の体なら誰のでもいい!)

 仮面が装着され、急速に五感が戻ってくるのを感じた。アーサーの魂が空っぽの肉体の隅々にまで染み渡り、肉体と魂の結合が進行する。四肢の感覚が戻り、己がその場に直立しているのを自覚した。

「オ、オレは、オレは誰になったんだ!?」

 ようやく声が出せるようになったことに安堵しつつも、その声が低く力強いものではないことに失望する。己の口から出てきたのは聞き覚えのある女の声だった。
 自分の体を見下ろして最初に視界に入ったのは、これ以上なく豪華な赤いロングドレスだった。光沢のあるシルク生地は薔薇のような真紅に染められ、ゆったりしたシルエットがウェストの細さ、そしてバストの豊かさを強調している。ドレスの裾は優美な曲線を描いて広がり、床まで届くフルレングス。袖はほとんどなく、細い指先から肘までをドレスと同じ色の手袋が覆っている。靴はドレスの裾に隠れて見えないが、細いヒールによって踵が持ち上げられる不安定な感覚があり、今にも転びそうだった。

(そ、そんな。この体は……まさか……)

 大慌てで姿見に駆け寄り、今の自分の姿を確かめた。背丈を超える大きな姿見に映っていたのは、よく知っている人物だった。いや、知っているどころではない。

「ヒ、ヒルデガルドおおおぉッ!?」

 アーサーの顔がついた女帝は絶叫した。

 女帝。
 そう、どこからどう見ても、今の自分は帝国の女帝、ヒルデガルド・エリーザ・フォン・アルテンブルグだった。
 君主として、そして母親として絶頂にある女ざかりの艶やかな肉体。十八歳の隣国の王子の魂が移植されたのは、そんな仇敵の体だった。
 武術や剣術になど縁のない、三十六歳の子持ちの人妻の身体。これではダンタリオンに反撃して元の体を取り戻すことなど、到底不可能だった。慣れないヒールで立っていることさえ難しい。

「そ、そんな……オレがあの女帝になってしまうなんて。よりにもよって、なんでこんな女の体に!」

 まさか、この世で最も憎らしい女に自分がなってしまうとは。目の前が真っ暗になった。

「王子! そのお顔……まさかアーサー王子なのですか!?」
「コルネリウス!? いや、まさかグロリアか?」

 駆け寄ってきた帝国皇太子の姿に、女帝は目を丸くした。皇太子の顔は、ノーヴァランドの女騎士グロリアのものになっていた。

「はい、私はグロリアです。ようやく自由に動かせる体が手に入ったのはいいのですが……この少年の体では、王子をお守りすることは難しいかもしれません。申し訳ございません……」
「オ、オレもこんなおばさんの体になっちまって……ハイヒールやドレスは動きにくいし、胸は重いし、一体どうしたらいいんだよ……」

 王子の顔が張りついた女帝、そして女騎士の顔が結合した皇太子。いまや実の母子になった主従は手を取りあい、非力な女子供の体になった不安を伝えあった。

「とにかく、今は元に戻る方法を探さなくては。グロリア、レティシア姫のお顔を見かけたか? あちらに姫の体だけはあるのだが……」

 ヒルデガルドが視線を向けた先には、白いロングドレスを着たレティシアの姿があった。帝国の老大臣、ベックマンの顔がついたレティシアは、自分の体をドレスの上から撫で回し、実に満足そうだった。見ているだけで忌々しいが、今はそれよりもレティシアの顔を探す方が重要だった。

「いいえ、レティシア姫のお顔は見ておりません。もしやダンタリオンが持っているのかも……」
「人質ってことか? どこまでオレ達をもてあそぶつもりだ」

 アーサーの顔になったヒルデガルドはうめき、ダンタリオンをにらみつけた。しかし、丸腰の女の体では、悪魔の道化師にとって何の脅威にもならない。道化師は涼しい顔だ。

「さあ、皆さま、ご自分の新しいお体はいかがですか? 今宵はそのお体でダンスパーティーをお楽しみいただければと思います。もちろん、ご自分がかぶっていらした黒き仮面も、くれぐれもお忘れなきように。一度黒くなった仮面は、もうお顔に吸いつくことはございませんので……」

 ダンタリオンの合図と共に、楽隊が陽気な舞曲を奏でる。ダンスパーティーが始まったのだ。

「王子、いかがなさいますか?」
「周りも踊りはじめたしな……奴の意図がわからない以上、この体でへたに動くのは危険だ」
「私も同感です。ここはあえて奴の手にのり、隙をうかがって元の体に戻ることを考えねばなりません」
「そうだな。グロリア、オレとダンスを踊ってくれるか?」
「ええ、喜んで」

 卑劣な悪魔の思い通りになるのは癪だが、パーティー会場の各所にダンタリオンに操られた兵士たちが配置され、反撃の機会はまだ訪れそうにない。不慣れな女の体ならばなおさらだった。
 今は自分の体に戻ることを優先させるべきだと思った。それには、あの白い仮面が必要になるだろう。
 ダンタリオンの言葉と今まで観察した結果から、どうやら白い仮面は使い捨てのようだった。人間の顔と魂を奪い、別の人間に移し替えることができるが、それは一度だけ。一度顔と魂を移植した仮面はその役目を終え、黒く変色する。こうなると、何の魔力もないただの仮面になるらしい。
 元の体に戻るためにはあの白い仮面を探し出し、自分の魂を元の体に移し替えねばならない。今はその機会が訪れるまで、このふざけた余興に付き合うしかないのだ。

 ヒルデガルドは息子の手をとり、音楽に合わせて踊った。巨大と表現してもいいほどに裾の広がったロングドレス、そして細いハイヒールの動きにくさに辟易しながら。

「む、胸が重い……肩がこる。筋肉がなくて力が入らない……」
「王子、大丈夫ですか? そんな年増の女の体におなりになって」
「あまり大丈夫じゃない。はらわたが煮えくり返りそうだ」
「ああ……でも王子のお体、いい匂いがします。なんだか気が安らぎます……」
「おい、大丈夫か、グロリア?」

 赤いドレスの女帝は、愛する息子の体を抱き寄せた。不慣れな女の体のせいか、豊かな乳房でコルネリウスの顔を圧迫してしまう。彼は赤面し、硬くなった股間を母親の脚に押しつけた。

「お、おい……何を硬くしてるんだ」
「ごめんなさい、王子……ああ、でも、もっとこうしていたい……」
「は、離れろ!」

 不安になったヒルデガルドは、思わずコルネリウスを突き飛ばした。すぐに後悔したが、突き飛ばされた息子を抱きとめた相手を見て、目を丸くした。

「ホホホホ……まさか、そなたがわらわの体になっていようとはな。やはり我らの因縁は深いのう」
「貴様は!?」

 ヒルデガルドの前に現れたのはアーサーだった。舞踏会にふさわしく光沢のある黒いタキシード、そしてブラック・タイの装いの凛々しい王子。そんなアーサーが嬉しそうに彼女を見下ろしていた。
 当然のことだが、アーサーの顔は彼のものではなかった。
 長い睫毛にややふくよかな鼻翼、そしてぷっくりと膨らんだ紅色の唇。若い男のものとは明らかに異なる、野心に満ちた子持ちの女の顔。それは帝国の女帝、ヒルデガルドのものだった。

 三十六歳の女帝の顔になったアーサー。
 そして、十八歳の凛々しい王子の顔になったヒルデガルド。
 顔と心を交換した二人は向かい合い、他ならぬ相手が自分の肉体を得たことを確かめあった。

「なんで貴様がオレの体を!? 今すぐオレの体を返せ!」
「仕方あるまい。これもすべてダンタリオンが致したこと。じゃが、わらわはそなたの体になれて嬉しく思うぞ。この若く力強い体がわらわのもの……ホホホ、気に入ったぞ」

 男の声で高笑いするアーサーを、ヒルデガルドは不快に思った。よりにもよって、なぜこんな相手と体が入れ替わらなくてはならないのか。

「さあ、今宵は舞踏会じゃ。わらわがそなたをリードしてやろう」

 差し出された手を見つめ、ヒルデガルドは嘆息した。少年から男のものになりつつあるそのたくましい手は、つい先ほどまで自分のものだった。
 ホストとゲストが入れ替わった男女は一曲を共にし、不慣れな異性の体でダンスに興じた。途中、ヒルデガルドがバランスを崩して転びそうになると、そのたびにアーサーが情熱的に抱きしめるのだった。

(まずい……この体では、ダンタリオンどころか、男になったヒルデガルドにさえ敵わない)

 真っ赤なドレスごとアーサーに抱きしめられ、ヒルデガルドは危機感を抱いた。あの白い仮面さえあれば目の前の自分の体を取り戻せるのだが、ホールのどこを見ても目に映るのは効力を失った黒い仮面ばかりだった。
 二人は二曲、三曲とパートナーを替えずに踊り続けた。ヒルデガルドが拒否しても、アーサーは離れようとはしない。二人をあえて邪魔しようという者もなく、ヒルデガルドはいつまでもアーサーの手の中だ。

 そのうちに、楽曲が舞曲ではなくなった。

「なんだ、この曲は? 妙だが……」

 ヒルデガルドは足を止めた。聞いたことのない艶やかな音色に、他の出席者も踊るのをやめ、その場に立ち尽くしていた。

「さあ、次の幕が上がりました。これからは踊るだけでなく、ダンスの相手とより親密になっていただきます。今宵をひとときの夢とお思いになって、お楽しみくださいませ」
「な、なんだって……?」

 困惑する最中、アーサーの力強い腕につかまれ、ヒルデガルドの身体は引き倒された。そのまま彼に組み敷かれる。

「何をする!?」

 女帝は抗おうとしたが、両の手首は王子がしっかりと床に押さえつけていた。食器よりも重いものを持ったことがないであろう女の細腕ではどうしようもなかった。

「ホホホ、知れたこと……そなたをわらわのものにするのじゃ」

 頬を赤く染めたアーサーは女帝の顔で笑うと、ヒルデガルドの豊満な胸に顔をうずめた。砲弾の形をした乳房が真紅のドレスの生地の内で弾み、男になった女を興奮させる。「ああ、良い香りじゃ。自分では少々気になっておった臭いじゃが、男となった今はなんとそそられることか」
「や、やめろっ。オレは男だぞ、こんなの気味が悪いっ」
「今は女じゃろう。わらわが男で、そなたが女。体こそ入れ替わっておるが、わらわはそなたとこうするときを待ちかねておったのじゃ。ああ、たまらぬ」

 ヒルデガルドの魂を宿したアーサーは、赤いドレスの胸元を乱暴に引っ張り、女帝の巨乳を露出させた。やや黒ずんだ乳頭に舌を這わせ、赤子のように吸いあげる。

「や、やめろ、やめろおっ。ああっ、あっ」

 王子の顔が張りついたヒルデガルドは、男に乳を吸われて喘いだ。男だった頃には想像もしなかった感覚に怖気が走る。凛々しい顔を嫌悪に歪め、目の前の彼を喜ばせた。
 白い肌が火照り、息が荒くなる。得体の知れない熱を自らの奥に感じた。

(な、なんだ。これは明らかにおかしい……一体何が)

 ヒルデガルドは周囲に助けを求めようとしたが、他の出席者も似たり寄ったりの状態だった。みな発情したように赤面し、床の上で淫らな振る舞いに熱中していた。

「貴様のしわざか、ダンタリオン! 貴様、皆を操っておぞましい行いを……!」
「ふふふ、これが仮面舞踏会の醍醐味です。皆が仮装し仮面をかぶり、王侯貴族が乞食のように振る舞い乱行を楽しむ。どうか皆さまも、今宵限りのお楽しみ、存分に興じてくださいませ」

 道化師は手を叩き、パーティーの出席者たちに乱交を推奨した。悪魔にそそのかされた人々はぼんやりした顔で笑い、にやけ、己の顔と体を紅色に染め上げた。

「ああっ、ああっ、こ、こんな……やめろおっ」

 ヒルデガルドの乳頭が硬くしこり、まるで男性のペニスのように勃起した。それが自分の体の一部だとはどうしても信じられない。アーサーの歯がしこった乳頭を噛みしめ、ぴりぴりした刺激を彼女にもたらした。その巨乳も乳首も確かに自分自身のものだった。
 彼女は恐怖した。異性の肉体になるのはなんとおぞましいことか。いくら心が嫌がったところで、好色な女の肉体は若く魅力的な男に凌辱されると、はしたなくざわめいてしまうのだ。帝国皇太子コルネリウス、そしてその二人の弟。三人の子を産んだ三十六歳の熟れた体は、甘い香水の香りを漂わせて発情を始めたのだった。心と体の大きすぎる乖離に、ヒルデガルドの目に涙がにじんだ。

「はしたない女よの。こんなに硬くしおって」

 アーサーは女帝を組み敷き、その胸に鎮座する二つの肉の塊を代わる代わる貪った。ドレスのすべすべの生地越しに、硬く尖ったものを押しつけてくる。その正体に気づいて、ヒルデガルドははっとした。

(オ、オレのものが脚に当たって……ああ、太ももを突いてくる)

 発情した女体は汗ばみ、若く美しい王子を誘惑した。いくら抑えようとしても抑えきれない。魂が肉体を制御するのではなく、肉体が魂を従わせようとしていた。
 王子の手が高価なドレスを引き裂き、女帝の裸体を衆目に晒した。ヒルデガルドは悲鳴をあげたが、誰も彼女を助けようとはしない。魔性のダンスパーティーの出席者たちは、みなアーサーとヒルデガルド同様、淫らな振る舞いに熱中していた。

 体じゅうが男の体液でべとべとになったサキュバスが、ひざまずいて手を伸ばしたのは帝国の皇太子だ。皇太子の顔がついたサキュバスが、女騎士の顔になった皇太子のズボンをまさぐり、硬くなったペニスを取り出した。

「や、やめろ。これはお前の体ではないか……ひっ、ひいっ!?」
「えへへ、僕の体、とってもいい匂いがする。このチンチンは僕のものだ……」

 時おり幹に鋭い爪をたてながら、リリスはコルネリウスの男性器を愛撫する。異性の体になった元女騎士は耐えきれずに精を放った。

「ひいいっ!? な、何をする……お前、そんな魔物の体になって悔しくはないのか」
「気持ちいいから、これでいいんだ。お前も僕と楽しもうよ……このチンチンもっと味わいたいよ」
「や、やめろっ! そんなことをするなっ! あっ、ああっ!? んんっ……」

 情熱的な接吻を交わす二人のすぐそばでは、老女の顔が結合したグロリアが自慰の真っ最中だ。
 赤いドレスははだけ、美しい肌があらわになる。周囲の目も気にせず、彼女は一人遊びに熱中していた。

「ああ、この若い体があたくしのもの……なんて素晴らしいのかしら。ここをこうすると……ふふっ、お腹の奥がきゅんと疼くわ。あたくしは女を取り戻したのよ。もう最高……あっ、ああんっ」

 ノーヴァランドの王子を守るはずの女騎士は、帝国の下働きの老女の顔で自慰にふけった。豊かな乳を揉み、湿りはじめた秘所をまさぐる。コルネリウスとリリスの交わりを観賞しつつ、荒い呼吸を繰り返すのだった。

 周囲の狂った饗宴に理性を蝕まれながら、アーサーになったヒルデガルドは女帝になった王子を丹念に、そして荒々しく愛撫し、発情した彼女を存分に乱れさせた。苦悶の吐息は甘い嬌声へと変わり、自分が人間の牝になったことを女帝は思い知る。

「ホホホ、見てみよ、アーサー。そなたのここはこんなに潤み、卑しい蜜を垂れ流しておるぞ」
「う、嘘だ、そんなわけないいっ」

 身をくねらせる女帝の秘所に、王子は手を差し入れ、指に絡みつく液体を彼女に見せつけた。とろけた肉が止めどなく蜜を垂らし、挿入をいまかいまかと待ちかねているのがわかった。

(ダ、ダメだ。こんな破廉恥な行いに屈してはいけない。オレは誇り高いノーヴァランドの王子だ。なんとしてもオレの体を取り戻して、レティシア姫を助けるんだ。こんなことで音をあげては……)

 そのとき、あの道化師がヒルデガルドとアーサーのすぐそばに立った。
 道化師は緑色の邪悪な小鬼、ゴブリンを連れていた。飼い犬のように鎖を繋がれた真っ黒な首輪をつけたゴブリンは無貌で、まだ他者の顔を移されてはいなかった。

「さあ、皆さま、宴はまだまだこれからです。とても心温まるイベントをご用意しました。お手の空いていらっしゃる方はぜひご覧ください」

 そう言ってダンタリオンが取り出したのは、誰かの顔と魂が封じられたと思しきあの青い仮面だ。ヒルデガルドは胸騒ぎを覚えた。

「こちらは今宵、ゲストとしてお越しくださったノーヴァランドの王子、アーサー・フレデリック殿下です! 殿下は、我らが皇帝ヒルデガルド陛下とお顔を交換し、仮面舞踏会を楽しまれていらっしゃいます。そんな殿下にはお美しいフィアンセ、レティシア・カロリーヌ・フェルナンド・ベアトリス・ド・クロトリア王女がいらっしゃいまして、王女は殿下同様、今宵のゲストでございます。さて、図々しくもレティシア姫のお美しいお顔を拝見したいのですが、どちらでしょうか?」

 問われて、ヒルデガルドは周囲を見回した。肥え太ったベックマンの顔が張りついたレティシアの体だけは確認できたが、彼女の顔はどこにもなかった。
 ダンタリオンは思わしげに、手の中の仮面をもてあそぶ。

 まさか……。

 ヒルデガルドが乳房を揉まれ、秘所を愛撫されながら見守る中、ダンタリオンは青い仮面をゴブリンにかぶせた。仮面は黒く染まり、封じられていた顔と魂を解放する。

「ウ、ウウン……ココハ? ワタクシ、一体ドウナッタンデスノ?」

 仮面を外したゴブリンの顔は、もはや醜悪な魔物のそれではなかった。
 アーサーの背丈の半分もない緑色の小鬼。尖った耳が生えたその頭部に、美しい王女の顔が結合していた。青くつぶらな瞳、すらりと通った鼻筋、桜色の薄い唇、透き通るような白い肌……楕円形に切り取られたレティシアの顔面が、ゴブリンの醜い体と一つになっていた。

「ひ、姫っ! レティシア姫ええっ!」

 ヒルデガルドは吠えたが、彼女の体はアーサーに押さえつけられ、蜘蛛に囚われた蝶のよう。どうすることもできなかった。

「なんと、姫のお顔はこちらでした! ふふふ、レティシア姫……今のご自分のお姿をよくご覧ください」
「エ? ワタクシノ体……エエッ!? ナ、ナンデスノ、コノ手ハッ!?」

 レティシア姫の顔がついたゴブリンは、獣のように低く不快な声でわめき、自分の両手にまじまじと見入った。節くれだち先端に鋭い爪を生やした両手は、明らかに人間のものではなかった。
 虚ろな目をした兵士たちが、数人がかりで大きな姿見を運んできた。その正面に立たされたほとんど裸のゴブリンは、姿見に両手をつき、目の前に映った緑色の魔物の体が自分のものであることを、長い時間をかけて理解した。

「コ、コレガワタクシノ体デスノ!? ソ、ソンナ……コレハ夢……キット悪イ夢デスワ」
「申し訳ございません、レティシア姫。あなた様の美しいお体は、ただ今わたくしめが拝借させていただいております」

 ぽろぽろ涙をこぼすゴブリンの前に、ベックマン大臣の顔を持つレティシア姫が歩み出た。レティシア姫は脂ぎった老爺の顔で笑い、鈴の音のような声でゴブリンに語りかけ、白魚のような指で自分の繊細な肌を撫で回すのだった。

「ワ、ワタクシノ体!? オ願イデスワ、ワタクシノ体ヲ返シテ!」
「申し訳ございません、姫様。ダンタリオンのやつめが謀反をくわだてまして、ワシでは姫のお顔を元に戻すことはできませぬ。最悪、一生このまま……などということもあるやもしれませぬな。ひひひ……安心せい。お前の体、ワシが大事に使うてやるわい」
 と下劣に笑い、レティシアは哀れなゴブリンを蹴飛ばした。ゴブリンは悲鳴をあげて床を転がり、兵士に足蹴にされてしまう。

「や、やめろ! レティシア姫を放せ……ああっ、やめろおっ」

 アーサーの舌がヒルデガルドの秘所を舐め回していた。発情しきった女体には力が入らず、ただはしたない蜜を垂れ流すばかりだった。

「ひひひ、愉快、愉快。ん、お前……なんじゃそれは」ゴブリンを見下ろしたレティシアの表情が変わった。「お前、なんと! オスのゴブリンではないか!? きらびやかな舞踏会の席でこんなものをさらけ出しおって、まったく卑しい魔物じゃわい!」

 レティシアの白い手がゴブリンの下半身に伸び、垂れ下がった一物を無造作に掴んだ。ゴブリンの背丈は人間の半分ほどしかないが、性器はほぼ同じサイズだ。下級の魔物の性器を手袋越しに握りしめ、王女は実にご満悦だ。

「アアッ、ナニヲナサルノ……ナ、ナニヲ触ッテイラッシャルノ」

 王女の顔がついたゴブリンが声を震わせた。絹の手袋の生地がペニスを擦り、男根に血液が集まりはじめる。卑しい小鬼のペニスは見る間に硬くなっていった。

「お前、興奮しておるのか? おうおう、下品じゃのう。こんなグロテスクな一物をぶら下げたレティシア姫の姿など、見とうなかったわい」

 レティシアは醜悪な顔で笑いながら、美しい顔のゴブリンを責めたてる。根元を掴んで幹をシュッ、シュッと摩擦すると、魔物の陰茎は表面に血管を浮き上がらせて、ビクビクと脈動するのだった。

「アア、オヤメニナッテ……ナ、ナンデスノコレハ、コノ硬イモノハナンデスノ……」
「ひひひ、教えてやろう。これはお前のチンポじゃ。オスゴブリンのお前の体には、こんないやらしいものがくっついておるんじゃよ! ワシの綺麗な手にしごかれて、今にも爆発しそうじゃわい!」
「ヤ、ヤメテェ。チンポ、ワタクシノチンポ、シゴカナイデ……」

 ゴブリンの頭部に張りついた王女の顔は、羞恥と快感の入り混じった表情で喘いだ。悩ましげに体をくねらせ、舌を出して息を荒げる。誰も見たことのないレティシア王女の淫らな顔に、パーティーの皆が見入っていた。

「ははは、なんて不気味な姿だ。あれが本当にレティシア姫か?」
「あんなものをおったてちゃって、いやらしいわ。醜い魔物そのものね!」

 出席者が揃ってあざ笑う中、ゴブリンはますます興奮の度合いを高めていく。

「ナ、何カキマスワ。オ腹ノ奥カラ何カガ……アアッ、イケマセンワァッ。デ、出ルッ、出マスゥッ」

 レティシア王女の手ほどきを受け、ゴブリンははしたなく絶頂した。とろけた顔で粘液を次から次へと噴き出し、赤い絨毯に白い地図を描いた。

「ひひっ、たっぷり出しおったわい。何が姫じゃ、何が王女じゃ。ワシの手でしごかれて精を噴き出すゴブリンのどこがプリンセスじゃ。ひひひ……プリンセスはこのワシじゃ!」

 ベックマンの顔になったレティシアは、喘ぐゴブリンを床に押さえつけると、その上に馬乗りになった。周囲の兵士たちが白いドレスを引きちぎり、可愛らしい下着を露出させる。

「ハァ、ハァッ……ナ、何ヲナサルノ? オ願イデスカラ、ワタクシノ体ヲ返シテクダサイ……」
「黙れ、魔物め。この体はもうワシのもんじゃ。ワシの体でワシが何をしようがワシの勝手じゃろ? たとえば……こんなことをじゃ」

 レティシアの手が、再びゴブリンの一物を握りしめた。射精を終えたばかりのペニスはすぐさま活力を取り戻し、柔らかな王女の手の感触に震えた。
 レティシアはゴブリンの上にゆっくりと腰を下ろしていく。ずらされたショーツの奥にうっすら毛の茂った秘所が現れ、そこに下劣な魔物の亀頭が接触した。

「ヤ、ヤメテ……ワタクシノ初メテハ、アーサー王子ニ捧ゲタイノ……」
「そんなもの知ったことか! なら勃起を我慢すればよかろう! こんなにおったておって……ワシのまんこにハメたいのはわかっておるわ! いくぞ……」

 そのままレティシアは体重をかけ、自らゴブリンとの性交に至った。
 破瓜の血が滴るのをヒルデガルドは見た。レティシアは十六年間大事に守ってきた純潔を、隣国の王子に捧げるはずだった処女を、緑色の小鬼に献上したのだ。

「おおっ、これが女の痛みか!? ひひひ、たまらんのう。ワシの体が内側から押し広げられておるわ! 美しいレティシア姫の初めての男が卑しいゴブリンというのが、また最高じゃわい!」
「アアッ、オヤメニナッテェ……コンナノ許サレナイ……アアッ、ワタクシノガ絡ミツクワ……」
「初めての女の味はどうじゃ? たまらんじゃろう? ひひひ、女はこうやって動くんじゃぞ」

 レティシアは肥え太った男の顔で嬉しそうに吠え、ゴブリンの上で腰を上下させる。まだ肉づきの薄い王女の尻がゆっくり往復し、ゴブリンとプリンセスとの結合部を大勢の者にさらけ出すのだった。
 ゴブリンの体に結合したレティシア姫の顔は、苦悶と絶望に満ちていた。
 だが、それもはじめのうちだけ。ベックマンの魂に支配されたプリンセスのボディが浅ましいセックスを始めると、たちまち心奪われ、赤面して気持ちよさそうに喘ぐのだった。

「アア、ワタクシノチンポ、マタ出チャイマスワ。アッ、アアンッ、コンナ気持チイイノ、我慢デキマセンワッ。アアッ、出ル、マタ出マスッ」
「おおっ!? おお、出とる出とる。また出しおって、ひひひ、我慢が足りぬぞ。もっとワシを楽しませろ」

 老大臣の顔がついたレティシアは、舌なめずりをしてゴブリンとの許されない交わりにのめり込む。アーサーのために守っていた操を邪悪な小鬼に捧げ、このうえなく満足そうだった。

「ひ、姫、姫えええっ! うう、放せっ! オレの姫があんな……!」

 ヒルデガルドは涙を流し、無力な自分をひたすら罵った。命にかえても守ると誓った少女が目の前で処女を散らされ、奇怪な姿になって邪悪な娯楽に興じているのだ。絶望に目の前が暗くなった。

「ホホホホ……愉快、愉快。レティシア姫と醜いゴブリン、お似合いの夫婦じゃぞ。ああ、今宵はなんと素晴らしいパーティーなのじゃ。ダンタリオンのやつに裏切られたときはどうなることかと思うたが、やはりあやつは最高の道化師よ。こんな素晴らしい余興でわらわを楽しませてくれるのだからな」

 女帝だった王子は実にご満悦のようだった。「さあ、アーサー。われらも楽しもうぞ。今宵、わらわとそなたは契りを交わすのじゃ」
 アーサーの猛りきった一物が、ほとんど裸のヒルデガルドに突きつけられた。もはや逃れるすべはない。深い絶望の沼に突き落とされた彼女は抵抗らしい抵抗もできず、たくましいペニスに貫かれた。

「や、やめろぉ。男のものなど気持ち悪い……おお、はっ、入ってくるうっ」

 被虐の快感に声が震えた。一気に奥まで蹂躙され、雄々しい痺れが腹の奥に染み渡った。
 凄まじい熱と硬度だった。まだ十代の王子のものは音をたてて女帝の膣内を押し広げ、潤んだ粘膜を圧迫する。体の芯を串刺しにされる息苦しさに女帝は喘いだ。

「ひいっ、苦しい、息ができない。ひいっ、ひいいっ」
「こ、これが女の中なのか。なんという心地よさじゃ。わらわのものを包み込んで、締めつけて……ああ、たまらぬ。腰が止まらんっ」

 すっかりアーサーの身体を我がものにした女帝の顔は、正面から力強く彼女を抱いた。時おり弾む乳房に噛みつき、硬くしこる乳頭をもてあそびながら、自在に肉棒を抜き差しした。
 王子が体内を荒々しく往復するたび、女帝は引きつった悲鳴をあげた。長く肉づきのいい両脚を抱え上げられ、パン、パンとリズミカルな音が鳴る。敏感な女の奥を執拗に突かれ、ヒルデガルドの声はますます色っぽいものへと変わっていった。
 艶やかな女体を犯される愉悦が理性を奪い、王子の魂をとろけさせた。絶望に暗くなっていた視界が桃色に染まり、嫌悪感が急速に薄れていく。

「ひっ、ひいっ。もうやめてくれっ。奥突かないで。おっ、おおっ、もうやめてくれえっ」

 言葉とは裏腹に、ヒルデガルドの体は最愛の男をこのうえなく歓迎していた。膣の壁はそれ自体がまるで生き物のようにうねり、はしたない蜜を次から次へと垂れ流しては陰茎に絡みつかせる。粘膜が蠢き、収縮が止まらない。
 アーサーの若くたくましい肉棒も、そんな彼女の期待に応えるように膣内を暴れ回った。浅いところを丹念に擦ってきたかと思えば、一転して深々と刺し貫いて女帝の息を止める。たった今男になったばかりとは思えぬ巧みな腰づかいに、ヒルデガルドになったアーサーは翻弄されるばかりだ。

「そらごとを口にしてはならぬぞ。そなたの体はこの通り、腰を振って大喜びじゃ」
「そ、そんなわけない。オレは男……おおっ、おっ、おほおおおっ」

 かん高い嬌声があがった。凛々しかった王子の顔立ちは女帝に移植されて赤く色づき、異性の快感に陥落寸前だった。口をぱくぱくさせて喘ぎ、大きな尻を悩ましく揺れ動かして目の前の男を誘惑する。

「ホホホ、わらわの体は気に召したか? ならば良いことを教えてやるぞ、アーサー」
「おおっ、おっ、おほっ、おほおおんっ。よ、良いこと……?」
「うむ、女は月に一度、腹の中に卵を産み落とすのじゃ。男と交わればいつでも孕むわけではない。月に一度、卵が産み落とされた日に交われば子を宿し、母になる。聞いておるか? そなたの体のことじゃぞ」
「た、卵……?」

 ヒルデガルドは発情した苦悶の表情で、アーサーの話に耳を傾けた。既に理性はとろけ、内容はろくに頭に入ってこなかったが、孕むという言葉だけは認識した。

「うむ、そうじゃ。そして、今宵はわらわが月に一度、卵を産む日。この日にそなたを招き、舞踏会を開くと決めておったのじゃ」
「そ、それって……」
「左様。今宵、そなたはわらわと子をなすのじゃ。まさか体が入れ替わるとは思わなかったが、これも一興。さあ、そなたを孕ませてやろうぞ」

(オ、オレが……孕む? オレがヒルデガルドに犯され、女帝の子を身籠る……)

 消えかけていた意思の光が灯り、女帝は目を見開いた。非力な四肢を振り回し、必死の抵抗を試みる。完全に組み敷かれている彼女にとって無駄な行為でしかなかったが、抗わずにはいられなかった。

「や、やめろおっ。貴様と子をなすなど耐えられぬ! 死んだ方がましだ!」
「ホホホホ、いやもいやよも好きのうちよな。体は正直じゃ。ほれ、こんなにも締めつけがきつくなったぞ」
「おお、うおおおっ。やめろ、やめてくれ。そんな激しく……おほっ、おほおおんっ」

 コツ、コツと子宮を突かれ、ヒルデガルドはたちまち屈服する。まだ二十年も生きていない少年の魂が、排卵を迎えて火のついた牝の体を押し留めることは不可能だった。意識が朦朧とし、自分が男か女かもわからなくなる。
 膣内を削られる甘美な痺れが波紋となって、女帝の体を揺さぶった。受胎に最適の女体は貪欲だった。持ち主の意思を無視して王子の体にしがみつき、淫らがましく尻を振った。豊かに実った乳房が弾み、黒ずんだ乳首からは液体が染み出した。体は完全に受精の準備を終えていた。

「ホホホ、出すぞアーサー。わらわの子を孕むがよい。おお、腹の底からせり上がって……おおっ、出るっ。出すぞっ」
「おほっ、おほおおんっ。おおっ、出てる、中で出てるうっ」

 充血したペニスがいっそう膨らみ、女帝の胎内に熱いマグマを撒き散らした。十八歳の亀頭が三十六歳の子宮口に密着し、次から次へと白い樹液を注ぎ込む。凄まじい熱量だった。
 四肢が引きつり、ヒルデガルドの乳首から母乳が噴き出した。歓喜の涙を流し、女帝は絶頂に達した。

(ああ、腹の奥が熱い……孕んでしまう)

 今まで味わったことのないオルガスムスだった。目の前が鮮やかな紅色に染まり、自分のすべてが官能の波に飲まれて流される。全身がふわふわと浮くようだった。
 ヒルデガルドの口元はだらしなく緩み、半ば白目を剥いていた。女としての初めての性交は、あまりにも熱く激しいものだった。
 ノーヴァランドの王子、アーサー・フレデリック。そして帝国の女帝、ヒルデガルド・エリーザ・フォン・アルテンブルグ。
 互いの顔と魂を交換した二人は愛する男女の交わりに没頭し、子を孕むための儀式を無事に終えたのだった。若い精は熟れた卵と結合し、十月十日ののち、一人の赤子となって生まれいずるだろう。自分の腹の奥に新たな命が宿りつつあることに、ヒルデガルドは夢心地だった。

「お、おおお……おおっ、ほっ、ふうう……」
「ホホホ、いやらしい顔じゃ。凛々しい男と思うておったが、今は浅ましい牝の顔よ」

 前後不覚の彼女を見下ろし、アーサーの顔面に張りついた女帝の顔がにいっと笑った。自分のものだった女体に心ゆくまで精を注ぎ込むと、痙攣する彼女をひっくり返した。

「ああっ、な、何を……? おっ、おおっ、また……! おほおおおんっ」

 ヒルデガルドの悲鳴があがった。
 射精を済ませた若いペニスはいっこうに萎えていなかった。アーサーの手がヒルデガルドの尻たぶをつかみ、獣のような体勢で彼女を犯した。膣内に注ぎ込まれた精液をかき回し、秘部を再び責めたてた。

「若い体は一度では終わらぬ。そなたの体はまだまだ足りぬと言っておるぞ、アーサー」
「おっ、おほっ、おほおおんっ。もうやめろ、許してくれええっ。おっ、おほっ」

 帝国に君臨する女は泣きわめいたが、その肉体は決して嫌がってはいなかった。はちきれんばかりの乳から母乳を垂れ流し、排卵を迎えた子宮が貪欲に精を飲み干した。淫らに腰を振って許しを乞うたが、たくましい王子の体は仇敵を決して許さなかった。

「今からそなたはわらわの妻じゃ、アーサー。健やかな子を産み、わらわの帝国を盛り立ててくれよ」
「おおっ、おっ。イク、またイクっ。おっぱいからミルク出るううっ」

 ヒルデガルドになったアーサーは涙と愛液、母乳を撒き散らし、これ以上なく浅ましく無様な姿を周囲に披露した。

「皆さま、ご覧ください。我が帝国の女帝ヒルデガルド陛下と、ノーヴァランドのアーサー王子の愛の営みを。仲睦まじいお二人が愛し合っておられるお姿に、私も顔がほころびます」

 悪魔の道化師ダンタリオンが自分たちをあざ笑う声が聞こえたが、今のヒルデガルドは気にしなかった。少年になったグロリアも、ゴブリンになったレティシア姫も、既にどうでもいい。ただ発情しきった女の体で快楽を貪ることしか考えられなかった。

「パーティーもいよいよ盛り上がってまいりました。皆さま、新しいご自分の体にはご満足いただけましたか? これからはそれが皆さまご自身のお体になります。一生元には戻れませぬので、どうぞ大切になさってくださいませ」

 ダンタリオンはさらりと、とんでもない言葉を口にした。
 一生元には戻れない。三十六歳の子持ちの女になったアーサーは、十八歳の若く引き締まった王子の身体にはもう戻れない。あの仮面を使って魂を肉体から取り出し、他人の体に移し替えることができるのはダンタリオンだけだ。その彼が元に戻さないと宣言すれば、もうこの会場の誰もが元の体に戻ることはできないのだ。

「しかし、慣れぬお体で戸惑っていらっしゃる方もいらっしゃるかと思います。そこで不肖ながら私めが、皆さまに力をお貸ししとうございます。皆さま、よろしいですか?」

 道化師は仮面の中で笑いながら、ホールで乱交にふける群衆に新たな娯楽を提供する。人々の体が不気味な紫色の光を帯びはじめた。
 目の錯覚ではなかった。その光は煙のようにゆっくりと広がり、体の周囲に伸び始めた。まるで意思をもっているかのように、光はほかの誰か一人を目指す。幼い皇太子から放たれた光は女騎士グロリアの体に、そしてゴブリンの体から湧き出た光はレティシア姫の体にまとわりついた。

 ヒルデガルドとアーサーも例外ではなかった。ヒルデガルドの体から湧き出た光ともモヤともつかないものは、少しずつ強さを増してアーサーに近づく。反対に、アーサーの光はヒルデガルドに。二人の光が重なり合って繋がった。
 激しいセックスに夢中の二人は、自らに起こった異変にすぐには気づかなかった。王子に背を向け、尻を持ち上げられる格好で繋がる女帝ヒルデガルドは、何度目かもわからぬオーガズムに身を震わせた。

「おおっ、イクイクイクっ。アーサーのがわらわの中に注ぎ込まれておるうっ」

 下品にわめいて小便を漏らすと、ようやくヒルデガルドは解放された。硬度を失った若い王子のペニスがずるりと音を立てて秘部から抜け出し、女帝はべとべとの体で床に寝転がった。

「はあ、はあ、はああっ……わ、わらわは……わらわは、もうダメじゃ」
「ははは、酷い姿だな、アーサー王子。いや、女帝ヒルデガルドか?」

 心ゆくまで女を征服したアーサーは、満ち足りた顔でヒルデガルドを見下ろした。その顔つきが先ほどから変化していることに女帝は気づく。

「そ、そなた、それはどうなっておる……? 顔つきがまるで男のようではないか」

 三十六歳の女の顔を移植されたはずのアーサーの容貌が、さらなる変化を遂げていた。目元や口元は引き締まり、元のアーサーの容姿に幾分か近づいている。遠目に見たら、アーサー本人にしか見えないだろう。

「ああ、やっぱりそうか。でもお前もそうじゃないのか? そこの鏡を見てみろよ」
「え? わ、わらわの顔が……!?」

 壁の姿見を眺めたヒルデガルドは、驚きに目を見開いた。長い睫毛にやや広がった鼻翼、そしてぷっくりと膨らんだ紅色の唇。凛々しかったアーサーの顔は、いまやヒルデガルド本人のものと見まがうばかりだ。乳を噴き出す巨乳を垂らし、引き裂かれたドレスで肌の一部だけを覆った自分が、やけに色っぽい美女に見えた。

「こ、これは、これはわらわの顔ではないぞ! これはそなたの……」
「いやいや、それは貴様の顔だ、ヒルデガルド。そしてこれはオレの顔だ」

 アーサーはやけに自信たっぷりの様子で答えた。女にとって顔は命のはずだが、その顔が別人のものに変化しても大して気にならないらしい。身も心も男になってしまったのか。

「ダンタリオン! そなた、わらわに何をした!?」

 仮面の道化師に問いかけると、ダンタリオンはうやうやしく女帝に一礼した。

「ご安心ください。私はただ、御霊の形をお体に合わせて変えただけでございます」
「御霊の形……魂の形?」
「左様です。この場にいらっしゃる皆さまは、いずれも私に囚われた身。その御霊を半分ほど抜き出し、新しいお体に合うように移し替えたのです。つまり、今の陛下の中には陛下と王子の御霊が混じっております」
「ははっ、そうか」

 その説明に笑ったのはアーサーだった。「道理で、アーサーのことがよく思い出せるわけだよ。アーサー、貴様、初めて抱いた女はそこにいる若い女騎士だったろう? 命を賭しても主君を守ると言っておきながら、妾の地位を狙っていたとはな。なかなか大した淫売じゃないか」

「な……!?」女帝は仰天した。「なぜそなたがグロリアのことを知っておる!?」
「なに、なんてことはないさ。思い出せるんだよ、アーサーのことが。オレ自身がアーサーだって、オレの中の何かが囁いてるんだ。今ならアーサーと互角の腕で剣を振るうことだってできそうだぜ」
「そんな……とても信じられぬ。アーサーはわらわじゃ。そなたではない」
「なら、お前はどうなんだ? 言葉づかいがさっきまでのオレみたいになってるぜ」

 女帝は気がついた。自分のものになった異性の肉体に、もうほとんど違和感を覚えないことに。

「わ、わらわはヒルデガルド……ではない! オレはアーサーだ! オレの体を返せ!」
「嘘をつくな。思い出してみろよ、その体の記憶を。初めてオレたちが会ったときのことを」
「初めて会ったとき……!?」

 不安を感じながらも、ヒルデガルドは反射的に数年前の思い出を脳裏に呼び起こしてしまった。あの日、まだ小国の王妃であった自分が、まだ幼かった頃のアーサーと出会い、恋に落ちてしまったことを。

(こ、これがわらわの記憶……!? そんなはずはない! あの頃のわらわは既に三十を過ぎ、子供も三人も産んでおったのじゃ! そのわらわが、たかだか十二、三歳の子供に惚れるなど……)

 彼女は否定しようとしたが、すべて事実だった。
 異国の地で巡り合った少年アーサーはとても利発で可愛らしく、大きな花のつぼみのように将来を期待させた。パーティーに同席して彼と言葉を交わしたヒルデガルドは、年甲斐もなく彼を欲しいと思ってしまったのだ。帰国して少年への想いはかたく心の奥に封じたが、その歪んだ願いに悪魔が目をつけた。

「王妃様、私はダンタリオンと申します。あなた様の願いを叶えるために参りました」

 ある日、仮面をつけた道化師が現れ、ヒルデガルドに囁いた。彼に操られるように彼女は国王である夫を幽閉し、自らが女王の座についた。そして、近隣諸国を次々と併合し女帝を称した。

(ち、違う。これはオレの記憶じゃない。これはヒルデガルドの……わらわの記憶)

 秘めていた慕情が胸の奥から湧き上がり、中年の域に入りかけている女を色めかせる。自分がもはや男ではなく、女になっているのがわかった。王妃でも女帝でもない。恋に狂った一匹の牝だった。

「どうだ、思い出したか? ヒルデガルドはたった一人の男のために巨大な帝国を築き、多くの人々を傀儡に変えてしまったんだ」
「ち、違う! わらわがやったことではない! すべてそなたが……」

 反論しようとしたヒルデガルドの体が抱きしめられ、唇が塞がれた。口内に分け入ってくるアーサーの舌に隅々まで舐め回される。女帝の下腹がきゅんと疼いた。

「愛している……愛しているぞ、ヒルデガルド。身も心もオレのものになれ」
「ダ、ダメじゃ、わらわはヒルデガルドではない……わらわがこの世でただ一人愛しておるのはレティシア姫じゃ」
「嘘をつくな。貴様はオレを愛しているんだ。それとも、あんな女がいいっていうのか?」

 アーサーの力強い腕が、ヒルデガルドの首を押さえた。無理やり向かされた視線の先には、ゴブリンとレティシアの姿があった。
 アーサーが愛したレティシアは、四つんばいになって緑色の小鬼を受け入れていた。そんな彼女の尻をゴブリンがわしづかみにし、獣の交尾の体勢で猛々しく犯していた。

「ああっ、たまりませんわ。おチンポ、おチンポがワシの気持ちいいところをつついてますのっ」
「ギギギッ、メス……人間ノメス……犯ス……気持チイイ、オオッ、タマランッ」
「ああ、もっと、もっと突いてくださいませ。ワシ、お腹の奥が弱いんですのおっ」

 レティシア王女の頭部と結合した老大臣の顔はすっきりと痩せ、より整った顔立ちになりつつあった。元が醜いためせいぜい不細工な女という形容がふさわしいが、今の彼女を見て男の顔だとは誰も思わないだろう。
 それに対して、ゴブリンの頭部にくっついたレティシア姫の顔は、もはや人間のそれではなかった。目は鋭くつり上がり鼻はねじくれ犬歯を剥き出し、よりゴブリンに近い容貌へと変化していた。口から出てくる音声も、既に獣か魔物のそれだ。理性を失い、人の心を無くしつつあるのがはっきりわかった。
 身も心も醜いゴブリンになりつつある王女を見て、ヒルデガルドは涙が止まらない。

「ああ、レティシア姫……やめろ、やめるのじゃ。これ以上、わらわを悲しませるでない。あああっ!?」

 そんなヒルデガルドを押し倒し、アーサーは再び下半身を露出させた。

「どこを見ているんだ? もうこれでわかっただろう。オレたちはもう、ずっとこの体で生きていくしかないんだと」

 へたり込んだ女帝の眼前に、アーサーは男性器を突き出した。あれほど射精したペニスは既に力を取り戻し、びくびくと脈打ってヒルデガルドを威嚇していた。

「オレたちは相思相愛の男と女だ。何をしたらいいかわかるな?」
「わ、わからぬ。こんなはしたないものを突き出されても……うっ、うぐっ」

 女帝の唇を押し広げ、切っ先が割り込んできた。記憶によればフェラチオは初めてではなかった。若い頃はさきの王であった夫に奉仕し、帝位についてからは情人の男たちのものを味わった。愛する王子のペニスをくわえさせられると、自然に舌が肉柱を舐めはじめる。浅ましい習性だった。

(ああ、アーサーのものを舐めて……な、なんという大きさじゃ。顎が外れそうじゃ)

 今までの男たちの中で最も太くたくましい一物を賞味し、女帝はうっとりした顔で丹念に奉仕した。何度も精をそそがれた女陰が疼き、よりいっそうの交合を求める。我慢できずに指でいじりだした。

「ははは、スケベな女だ。くわえながら自分を慰めるとはな。あれほど注がれてまだ足りないか」

 アーサーは優越感たっぷりにヒルデガルドを見下ろし、乱暴に腰を突き出した。凶器と化した肉の塊が女帝の喉を繰り返し突いて、誇り高い彼女のマゾヒズムを刺激する。帝国に君臨する美しい女主人の姿とは思えない。惚れた男には何をされても逆らえなかった。

「うう、うぐっ。うごごご、おおっ」
「ああ、いい気持ちだ。貴様の喉はたまらないな、ヒルデガルド。とても皇帝陛下とは思えないよ。体じゅうからいやらしいメスの臭いがするぞ」

 苦しさに涙がこぼれ、息も絶え絶えだ。しかし己の陰部をもてあそぶ手は止まらない。三十六歳の女帝は隣国の王子に責めたてられ、至上の喜びに打ち震えていた。

「うごっ、うごごっ。おおお……おおっ、おっ、おごごおっ」
 目の前が赤く染まり、理性が官能に押し流される。膣口から精液を噴き出しながら女帝は昇天した。喉の奥を何度も何度も亀頭に突かれながら、見苦しく絶頂した。白い肌が桜色に火照り、汗ばんだ体が淫猥な体臭を周囲に撒き散らした。
「またイったのか。我慢のできない女だ。もっと躾が必要だな」

 アーサーはぐったりした女帝を四つんばいにさせると、後ろから秘所に手を伸ばした。長い指が陰唇を這い回ったあと、菊門に移る。
 ヒルデガルドは正気を取り戻した。「そ、そこは……」

「そうだ、貴様が考えている通りだ。ヒルデガルドのことは何でも思い出せるはずだな? こちらに男を受け入れた経験がないことも」
「ひっ、ひいいっ」

 ひくひく蠢く肛門に指を入れられ、ヒルデガルドは身悶えした。普段は排泄にしか使わない不浄の穴に男の指を突っ込まれたのだ。苦痛に声が漏れた。入念にほぐされて体をくねらせる。

「そ、そこはやめてえ……い、痛いっ」
「大丈夫だ。日頃はもっと太いものが出ていく穴だからな。当然、オレのものを受け入れることだってできるだろうよ」

 尻に当たる硬い感触に、ヒルデガルドは恐れおののいた。王子が何をしようとしているかは明らかだった。誰の侵入も許したことのない菊門を、巨大な一物で串刺しにしようというのだ。汁に濡れた切っ先が排泄の穴を圧迫した。

「ゆ、許して、許してたもれ。そのようなもの、裂けてしま……ああっ、あひっ」

 汗が一気に噴き出した。メリメリと音をたてて分け入ってくる長大な異物が、裸の女帝を喘がせた。全力でアーサーを絞めつける括約筋が引き剥がされ、さらに奥への侵入を許す。

(は、入ってくる。わらわの肛門にアーサーが……ああっ)

 後ろの処女を男に捧げたヒルデガルドは、震える四肢で必死に姿勢を維持した。あまりの圧迫感に気をやってしまいそうだった。冷や汗が額から頬を伝い、顎先から滴り落ちた。
 充分に濡れ、ほぐされても、侵入者の大きさは想像をはるかに超えるものだった。内側から無理やり押し広げられる苦痛に、美しい国母はひたすらおののくしかない。
 アーサーは途中でやめることはしなかった。少しずつ、だが着実に腰を進め、ヒルデガルドの腸を貫く。たくましい一物が根元まで飲み込まれたことに、女帝はひどく驚いた。
 膣、女陰、そして菊門と、これてヒルデガルドは美貌の王子にあらゆる穴を征服されてしまった。いくら苦痛を感じても、彼に対する恨みはいささかも湧かない。惚れた女の弱みだった。

「嬉しそうだな、ヒルデガルド。こちらの穴で孕むことはできんというのに、心の底から変態だな」
(ち、違う。このようなことをされて喜ぶはずがあるまい。それにアーサーを慕っておるのはわらわではない。わらわはヒルデガルドではない……)

 三十六歳の女帝の魂と、十八歳の王子の魂。年齢も性別も異なる二つの魂が、熟れた女体の中で一つに融けあっていた。いくら否定したくても、自分の中に女帝がいるのはたしかだった。三人の子に恵まれ帝国の頂点に君臨しながら、惚れた少年に好き勝手に嬲られて喜ぶマゾヒストが自分の一部だ。
 王子は腰を動かしはじめ、生まれて初めてのアナルセックスを女帝に教え込んだ。腸の粘膜を削られる排泄にも似た感覚がヒルデガルドを戸惑わせた。

「ああっ、ううっ。し、尻が焼けるようじゃ……あああっ、あひっ」
「浅ましい女だ。それ、周りを見るがいい。皆が貴様を見て笑っているぞ。尻の穴でチンポをくわえて大喜びする姿を笑っているぞ」
「ああっ? ち、違う。わらわがそんなこと……み、見るな、見るなぁっ」

 アーサーに促されて周囲を見回すと、人々が乱交の手を止めてヒルデガルドの痴態を観賞しているのがわかった。穴という穴に王子のペニスを挿入されて歓喜に乱れる自分のことを、皆が笑っていた。

「はは、見ろよ、あの女を。何が皇帝だ。何が女帝だ。あれじゃただの色狂いじゃないか」
「王子、見損ないました。すっかりいやらしい中年女に成り下がって……まるで商売女じゃありませんか。妊娠でも何でもしてください」
「仕方ありませんわ、セックスは気持ちいいものですから。ああ、ワシも前後の穴にゴブリンのおチンポをハメられるの、たまりませんわあっ」

 ヒルデガルドと入れ替わる前のアーサーを知る者も知らぬ者も、皆が揃って女帝のアナルセックスを嘲笑していた。すっかり消え失せていた羞恥の念が湧き上がり、気が動転する。

「み、見るな、これは違う……わらわは、わらわは……」
「何も違わないさ。貴様は穴という穴にチンポをハメられて喜ぶ変態だ」

 王子が己を引き抜き、そしてまた差し入れた。認めたくはないが、決して苦しいだけではなかった。前の穴とは質の異なる快感に女帝は悶えた。

「おおっ、おほっ。おお、たまらんっ。尻、わらわの尻がああっ」
「認めるんだ。自分はもう王子ではなく、ケツの穴にチンポをくわえ込んでよがり狂う売女だってな。そら、出してやる。ケツでザーメンを飲み干せっ」
「そ、そんなあっ。おお、イク。尻、尻でイってしまうっ」

 直腸の粘膜に灼熱の樹液が叩きつけられ、女盛りの身体はたわんだ。アクメの波が押し寄せてヒルデガルドの心に恥辱の官能を刻みつける。ヒルデガルドは衆目の中、甘い声で泣きわめき、母乳を噴き出しながら幾度目かのエクスタシーを迎えた。


 とろけるような夢心地の中、ヒルデガルドは悲鳴と怒号を耳にした。
 焦げる臭いが鼻をつく。
 熱を感じた。火照った体の熱ではなく、熱い空気と煙を身近に感じた。

「おい、起きろ!」

 男の声、そして体を揺さぶる力強い腕。どこか馴染み深いそれに、ヒルデガルドは目を開いた。
 見えたのは凛々しい青年の顔だった。
 ノーヴァランド王国第一王子、アーサー・フレデリック。優れた容姿、頭脳、そして剣の腕を兼ね備えた十八歳の若者がヒルデガルドを抱き起こしていた。

「うう、いったい……? アーサー、何が起きた……?」
「火だ! 火事になってるんだ! 早くここから逃げろ!」

 焦ったアーサーの額には、冷や汗ではない雫が垂れていた。夜も更けているというのに、まるで焼けるように暑い。

「火事? なぜじゃ……なぜ火の手が」

 女帝はぼんやりした顔で王子に問うた。
 ほとんど衣類を身に着けておらず、体じゅうに男と女の体液が染みついていた。とても帝国の女帝とは思えない、浅ましく煽情的な姿だった。

「ダンタリオンが火を放ったんだ! あいつ、オレたちが寝ている間に焼き殺すつもりだ。とっととここから逃げるぞ!」
「ダンタリオンが?」

 女帝は辺りを見回した。
 ついさっきまで盛大な舞踏会が催されていた城の広間は、いまや地獄と化していた。泣きわめいて炎から逃げ惑う者、衣服に火がつき床をのたうち回る者、煙を吸って倒れる者……火と煙がホールのあちらこちらから上がり、動ける者は我さきにと逃げ出していた。

 幸い、出口は開いているようだ。今ならまだ逃げられる。

「レティシア姫は? 姫の体と顔はどこじゃ」
「体はここを出ていったはず。顔の方は……あそこだ」

 アーサーの指す方を見やると、レティシア姫の顔がついたゴブリンが獣のように吠えながら床を転がっていた。どうやら、火に囲まれおびえているらしい。

「グロリアは? コルネリウスは?」
「もう逃がした。あとは貴様だけだ。早く逃げろ!」
「ダンタリオンは……」
「知らん! とうにここを離れ、本当の主のやらのところに向かったんだろうよ。オレたちの体を元に戻すこともしないで、な」

 アーサーは忌々しげに答えた。ホールにいた招待客のほとんどは顔と体が他人と入れ替わったまま、元に戻ってはいない。このまま戻れないのかもしれないと女帝は思った。

 ヒルデガルドは、顔だけが人間のプリンセスになったゴブリンをもう一度見た。
 顔と魂が半分ゴブリンのものと混じりあい、レティシア姫ではなくなってしまった王女の顔。もはや理性をなくしてしまったのか、苦しそうに吠えるその顔は、おとぎ話に出てくる悪鬼そのもののように醜悪だった。

「アーサー、そなたは姫の顔がついたゴブリンを頼む。必ずや外に連れ出してくれ」
「貴様もだ。何をぼんやりしている? とっとと逃げるぞ」
「わらわは……まだ逃げられぬ。わらわは行かねばならぬ」

 ヒルデガルドは出口とは反対の方向に向かった。

「おい、何を言っている!? 貴様、死ぬ気か……あちっ!」

 女帝の細腕をつかもうとするアーサーに、ヒルデガルドは焼けた布を押しつけた。反射的に手を放した隙をついて駆けだす。ドレスも靴もなくしたせいで、軽やかに走ることができた。

「ヒルデガルド!?」
「姫を頼む! わらわもきっと戻るから、外で待っておれ!」

 素裸の女帝はホールを駆け抜け、長い長い回廊を走り、城の奥へと向かった。
 自分のなすべきことをヒルデガルドは理解していた。今、己がすべきは嘆き悲しみながら炎に焼かれることでも、恐慌に陥り出口に逃げ出すことでもない。元凶を探さねばならないと思った。

 月明りが照らす無人の城内は静かで、漂う煙と焦げる臭いさえなければ、とても快い夜だった。
 いくつかの部屋をさまよった末に、ヒルデガルドがたどり着いたのは玉座の間だった。数百年の歴史がある城のこと、歴代の王が寝室として使ったり、執務室に用いたりしてきたという。今は改装され、皇帝の拝謁に用いられている。
 ここは彼女の部屋だった。金箔があしらわれた豪奢な壁の装飾、巨大なシャンデリア、足首まで埋まりそうな絨毯……女帝となったヒルデガルドはこの玉座の間で多くの者を見下ろし、広大な帝国の頂点に立つ喜びにひたったものだ。
 その玉座には今、彼女ではなく妖しい道化師が座っていた。
 無貌の悪魔、ダンタリオン……かつて人々に仇なし恐れられた、魔族の生き残りである。

「これはこれは……まさかあなたが、このようなところにいらっしゃるとは思いませんでした」

 ダンタリオンは来客の姿を認め、玉座の上で手を叩いた。

「ここはわらわの部屋じゃ。わらわが来て何が悪いか」
「外の騒ぎをご覧になったでしょう? この城はじきに焼け落ちます。早くお逃げになった方がよろしいかと」
「ならば、そなたはなぜここに残っておる。死ぬ気か?」
「わたくしめは人ではございませんので、火に焼かれても死にませぬ。ここで苦しみのたうち回る連中の哀れな姿を見届けたのち、我が真の主のもとに参上しようかと思いまして」

 道化師は肩をすくめた。この人外の存在にとって、人の命は散々に苦しめて楽しむための玩具でしかないのだ。「あなたこそ、なぜお逃げになりませぬ? 皇帝陛下ともあろうお方が、このままでは退路を絶たれ、大事なお命がここで損なわれてしまいますよ」

「仮面をよこせ。レティシア姫の顔を元に戻すための仮面をな」
「ほう……?」
 道化師の声に感嘆の色が混じった。「まさかそのためだけに、ここにいらしたと?」

「その通りじゃ。わらわは元の体に戻れずとも良い。だがレティシア姫だけは元に戻してもらう」
「くくくくく……あなたは面白いお方だ。自分が元に戻れなくても、姫だけは助けたいとおっしゃいますか」
「わらわはまだ良い。同じ人間で、それも帝国の頂点に立つ女の体じゃ。だがレティシア姫はあのような醜い化け物に……あれだけは許せぬ。オレは、たとえ自分が自分でなくなってしまっても、姫を守ると誓ったんだ」
「わたくしめが嫌だと申せばどうなさいますか? 床に這いつくばって靴を舐め、悪魔に魂でも売りますか」
「嫌だというなら戦うまで。たとえ死んでも、絶対に姫は元に戻してやる」

 アーサーの顔がついた女帝は、両の拳を握りしめて言った。丸腰、それも裸の女帝は、一人の兵士さえ倒すことはできないだろう。そんな彼女がダンタリオンに勝てるはずもない。

「ははははは……そんなひ弱な女の体でわたくしめと戦うおつもりですか。なんと愚かな! 皇帝ではなく、道化師でもなさったらいかがです?」
「なんとでも言え。たとえ心や体が自分のものじゃなくなっても、オレはオレだ。オレらしくしなくちゃな」
「愚か、あまりも愚かです。しかし……実に旨そうだ」
「旨い?」

 予想外の返答に、ヒルデガルドはきょとんとした。

「わたくしめのことを少しお話ししましょうか。わたくしめはドッペルゲンガーという悪魔でございます。悪魔にも様々な者がおりましてね……神に逆らい天から落とされた者、異界より呼び出された者など出自は様々ですが、わたくしめは人の心から生まれいでた者です」
「人の心から生まれた……」
「その通りです。ひどく傷つき歪んだ人間の心が生み出した幻、それが実体を持った者……それがドッペルゲンガーです。ゆえに我々は、人の心を喰らいます。怒り、悲しみ、憎しみといった人の心が我々の糧なのです。そしてあなたのような強く気高い心の持ち主には、非常に上質な糧になる素質がございます」

 ヒルデガルドは複雑な気分になった。肉食獣から「お前は旨そうだ」と褒められているも同然だ。とても素直に喜べるものではないだろう。

「気に入りましたよ、アーサー王子。そんな醜く脆弱な女の魂が半分も混じっていてなお、その意志の強さ……ここで死なせるのが惜しくなりました。これを持ってお逃げなさい」

 道化師は自分がつけている銀色の仮面を外し、ヒルデガルドに放り投げた。派手な銀色に光るその仮面は、彼女が見た白や黒の仮面とは、明らかに異なるデザインだった。

「これは?」
「その仮面を、元に戻したい者の顔にかぶせなさい。そうしたら、その者の顔は元に戻ります」
「本当か!? ならば、これでレティシア姫を……!」
「ただし、その仮面で元に戻せるのは一人だけです。姫を助けることは、ご自分が元に戻るのを諦めることを意味します。あなたにその覚悟はおありですか? その年増の女の体で一生を過ごすことになるのですよ」

 ヒルデガルドは力強くうなずいた。「姫さえ元に戻るのであれば、そんなこと構うものか! そなたのしたことは絶対に許せぬが……これに限っては礼を言うぞ、ダンタリオン」
「そうですか……」

 顔のない道化師の姿は薄れて、煙のように消え失せる。「あなたとはいずれ再会を期したいものです。できるだけ近いうちにね……それまでお元気で」

 あとに残されたのはヒルデガルドの手の中の仮面だけだ。

 それからのことはよく覚えていないが、燃え盛る城の中を走り抜け、なんとか脱出できたのだろう。気がつくと、ヒルデガルドは城の外でアーサーやレティシアと合流していた。

「ヒルデガルド! 貴様、その仮面は……!?」
「すまぬ、説明はあとじゃ。さあレティシア姫、元に戻してやるぞ」

 老大臣の肥え太った顔が張りついたレティシア姫に銀の仮面をかぶせると、仮面はまばゆい光を放った。光る仮面が地面に落ちると、レティシア姫は元通りの美貌を取り戻していた。

「ああ、わたくし……わたくし、元の体に戻ったのですね。よかった……!」

 醜いゴブリンにされていたレティシア姫は涙し、自分の体が完全に元通りになったことを喜んだ。

「貴様、この仮面はどこで……? ああ、黒くなって……!」

 アーサーが拾い上げた仮面は銀の輝きを失い、墨を塗ったように真っ黒になっていた。
 ダンタリオンの言葉通り、この仮面で元に戻せるのは一人だけ。王子の顔と魂が半分混じったヒルデガルドは、その一人にレティシア姫を選んだのだ。

「すまぬ……これでそなたもわらわも、二度と元には戻れぬ。許せ、アーサー」
「オレはこの体になって嬉しいが……貴様はいいのか、ヒルデガルド?」

 ヒルデガルドは答えず、黙って微笑むだけだった。三十六歳の裸体が月と炎に照らされ、鮮やかな艶を放っていた。

「ナ、ナンジャ!? ナゼワシガコンナ体ニ……」

 振り返ると、緑色の小鬼の顔がベックマンのものになっていた。美しいプリンセスの代わりに、肥満した老大臣の顔がゴブリンの体と結合したようだ。
 ヒルデガルドは笑った。アーサーも、レティシアも笑った。悪魔が催した魔性の舞踏会で皆が心と身体をもてあそばれたが、いまや首謀者のダンタリオンは退散し、ほぼすべての者の命が助かった。レティシア以外は誰もが変わり果てた姿になってしまったが、今はこれでいいと女帝は思った。


 城の塔からは帝都のすべてを見渡せる。
 大陸の約三分の一を占める巨大な帝国の首都にふさわしく、街の各所で工事が進み、併合した新領土からやってきた貴族たちの館、商館、小金持ちの集合住宅などが立ち並びつつあった。
 そんな賑々しい都を見下ろしながら、帝国皇太子コルネリウスは女たちの奉仕を受けていた。

「うふふ、またイキそうね。手の中で出したい? それともお口?」

 無礼にも皇太子にそう問いかけたのは、巨大な乳房で皇太子の小ぶりな一物を挟んでいる銀髪の女だった。ほとんど紐のような黒い革製のボンデージはおよそ宮廷内の衣装にふさわしくはないが、注目すべきは背中から生えたコウモリのような黒く巨大な翼と、先端が尖った細い尻尾だろう。それは仮装ではなく、女の体に備わる本物の器官だった。

 女の名はリリス。かつて人間の敵として恐れられた悪魔の一員で、男の精をすするサキュバスである。

「な、中で……中で出したい」

 時おり快楽にうめきつつ絞り出した皇太子の返事に、リリスは妖艶な笑みを浮かべた。自慢の乳をぶるぶる揺らし、椅子に座った皇太子の上に乗る。ボンデージの衣装の隙間から濡れそぼった女陰が口を開け、皇太子のペニスを飲み込んでいった。

「ああっ、熱い……熱いよ」
「まだ出さないでね。もうちょっと私が楽しんでから……ふふっ、可愛い」

 砲弾型の巨乳を顔に押しつけると、十二歳の少年は恥ずかしそうに赤面する。その反応が気に入ったのか、女魔族はコルネリウスに何度も何度も口づけた。
 妖艶な美女でありながらどこか少年の面影を感じさせるリリスと、まるで男装の麗人のような凛とした雰囲気のコルネリウス。よく似た顔立ちの少年と妖女が情熱的に舌を絡め、性器を重ね合わせる。

「可愛い、可愛いわ、コルネリウス。あなたと私は同じ魂を二つに分けた存在……あなたとこうしてると僕を感じて、とってもいい気分になるんだ。あなたもそうでしょう?」
「わ、私は半分グロリアだけど……でも、君の言う通りだ。こうして君の中に入ってると、なんだか安心するんだ。まるで母上の中にいるみたいで……」
「うふふ、いつまでたっても甘えん坊なんだね。それで次の皇帝になれるのかな?」

 リリスは少年の頬を長い舌で舐め、腰をくねらせ彼を喘がせた。彼女が今の彼女になってから半年以上が経過し、いまや多くの貴族たちがリリスの虜になっている。王侯貴族たちの魂を支配していたダンタリオンを失い、混乱が確実視された帝国にとって、彼女が持つ魅了の力は安定した統治に不可欠のものだった。役立たずの魔族として主に切り捨てられたリリスは、皇太子の魂が混ざったことで有能な統治者に豹変したのだ。

「先ほどから仲間外れにされて寂しいですわ。どうかあたくしも可愛がってくださいませ」

 と、二人の間に割り込んだのは、帝国の騎士グロリアである。若く美しい肉体を持つ彼女は鎧を脱ぎ、下着姿で皇太子を誘惑していた。
 弱冠二十歳で帝国一の剣の腕を誇る女騎士だが、その顔はお世辞にも美女とは言いがたい。皺くちゃの老婆デボラの顔と魂が半分混じっているから仕方のないことだが、そのせいで皇太子の寵愛をなかなか受けられずにいる。

「だーめ、この子は私のもの。私が半分混じってるんだから……ああっ、あんっ」
「それを言うなら、あたくしだって半分はグロリアですのよ。皇太子殿下と同じですわ。ねえ?」
「そ、そうだな……ああっ、なんという心地よさだ。搾りとられる……ううっ」

 歓喜の声をあげ、コルネリウスは自分の片割れであるサキュバスの中に己を注ぎ込む。むせかえるような男と女の臭いが立ち込めた。
 そろそろいいだろう。ヒルデガルドはドアを開け、室内に足を踏み入れた。

「お楽しみのところすまないが、支度してくれないか。もう到着したらしい」
「陛下、今日は何かありましたか?」

 三人の男女は顔を見合わせ、いったい何の話かと揃って首をかしげた。

「忘れたのか? 今日はアーサー王子とレティシア姫が訪問される日だ」

 帝国の女帝は呆れた声で息子に告げた。この半年ですっかり淫蕩な皇子になってしまい、将来が大いに不安である。

 部屋を出て塔の階段を慎重に下りながら、ヒルデガルドは自分の腹に手を当てた。

「こいつ、どっちなんだろうな。わらわには四人目じゃが、オレにとっては初めての……」

 三十六歳の女の腹部は少しずつ膨らみ、重量が増しつつあるのを日々実感している。腰痛や息苦しさにもだいぶ慣れたが、今でも心の整理がついているとは言えない。

 ヒルデガルドは私室に戻って着替えることにした。妊婦になってからは控えていたヒールの靴に久しぶりに足を通し、あの日と同じ真っ赤なロングドレスを身にまとう。きついコルセットで腹を締めつけることはさすがにしなかったが。

 本日は重要な一日になるはずだった。ただ隣国の王子と王女の公式訪問というだけではない。三つの国が手を取り合い、共に発展していくことを宣言する場になるだろう。
 ダンタリオンの行方は今もわからないが、数百年ぶりに復活した悪魔の勢力が人間の社会を脅かすのはそう遠い話ではない。その脅威から帝国を守る義務がヒルデガルドにはあった。
 ドアが開き、何者かが部屋に入ってきた。ノックなしで皇帝の私室に侵入してくるのは、皇太子コルネリウスと淫魔リリスの二人だけだ。そのどちらかだろうと推測して、ヒルデガルドは構わず身支度を整えていた。

 ところが、そんな女帝の口が何者かの手によって塞がれた。明らかに幼い皇太子やリリスの手ではない。力強い男の手に背後から顔を覆われ、若い女帝は目を白黒させた。

「う、うぐっ。うっ、ううん」

 片方の手が口を塞ぎ、もう片方の手が彼女の乳房を揉みしだいた。それはコルネリウスでもリリスでもなかった。酔った暴漢がこのような無礼な真似をしたら極刑を免れないだろう。
 いったい何者か……慌てふためくヒルデガルドの耳に、侵入者が口づけた。

「ふふっ、前に見たときよりもっと色っぽくなったな。本当にいい女だよ、お前は」

 聞き覚えのある、若い男の声だった。いや、聞き覚えがあるどころではない。それは女帝にとって自らの半身とも言うべき男の声だった。

「アーサー!」
「申し訳ございませんわ……お止めしたのですが」

 男の手が離れ振り返ったヒルデガルドの前に、アーサーとレティシアが立っていた。
 凛々しい男の顔立ちと野心溢れる母親の顔が融合した王子、アーサー・フレデリック。ヒルデガルドにとっては、自身の肉体と魂を持つ双子のような相手である。

「許せ、あまりの魅力に我慢できなかった。ホホホ……孕んでからはますます色香が増しておるぞ。わらわのものも、ほれ、この通りじゃ」

 アーサーはヒルデガルドの手を取り、自らの股間に押しつけた。そそり立ったたくましい一物の存在を布越しに感じて、女帝は赤面した。

「く、くだらない悪戯はやめろ。今日は公式の訪問だろう。臣下の者たちや民衆の前で不埒な行いにふけっては、帝室の権威に傷がつく」
「そなたの言葉とは思えぬな。宮廷の儀礼や権威など気にしておらんかっただろうに」
「この半年間、いろいろと大変だったんだよ。ダンタリオンがいなくなってから、国内が急に不安定になってな」

 女帝はかつての王子の口調で述懐した。「あの仮面の力で家臣たちを従わせ、諸国を併合したからな。やつの力がなくなったことで、たまっていた溶岩が一気に噴き出したんだ」
 リリスのおかげで今はだいぶ収まったがね、とつけ足した。あの仮面舞踏会の日から何もかもが変わってしまったが、危ういバランスの中で皆がそれなりにうまくやっている。

「レティシア姫、お元気でしたか?」

 女帝はレティシアを見た。
 直接会うのは半年ぶりだ。半年前まで婚約者同士だった女たちは見つめあい、どちらからともなく腕を伸ばして相手を抱きしめた。

「ええ、王子こそ……ああ、お腹がこんなに大きくなられて」

 レティシアはヒルデガルドの腹の膨らみに手を置き、いとおしげに撫で回した。「この大きなお腹におなりのご夫人が、本当にわたくしのアーサー王子ですのね」

「そうです。オレは女になって、母親になってしまいましたが……でも幸せです。こうして元通りのあなたと再びお会いできたのですから」
「王子……ああ、わたくしのアーサー王子……」

 レティシアはヒルデガルドにしがみつき、接吻をねだった。アーサーの面影を残したヒルデガルドの唇が王女のそれに重なり、女たちは恋人同士のキスに没頭する。三十六歳の女帝と十六歳のプリンセスは、今もなお愛しあっていた。

 抱き合う二人が、急にバランスを崩してソファに倒れ込んだ。横からアーサーが突き飛ばしたのだ。

「何をする!?」
「ホホホ、そなたらも人が悪いの。わらわをのけ者にしおって……さあ、楽しませておくれ」

 アーサーは礼服の中から勃起したペニスを取り出し、ヒルデガルドとレティシアに突きつけた。自分を孕ませたオスの臭いに、女帝は言葉を失った。
 若き王子の願いに応えたのは美しいプリンセスだった。ためらいなく舌を伸ばし、王子のものに奉仕しはじめたのだ。

「姫!? そ、そんな……」
「よろしいのです。わたくしはこのお方の妻ですから……実はわたくしのお腹にも、このお方のお子が宿っておりますの」
「ええっ……!?」

 絶句するヒルデガルドの頬を、アーサーの陰茎が打った。主人が覚えの悪い犬をしつけるように、王子は女帝を責めたてる。彼女は仕方なく口を開き、自らも奉仕に加わった。

「ひ、姫……オレは今もあなたを愛しております。それなのになぜこの男と……?」
「王子のお気持ちはわかっておりますわ。でも、わたくしにとっては、このお方もまぎれもなくアーサー王子でいらっしゃいますの。王子のお体と、お声と、たくましいこの殿方……どちらかを選ぶことなんてわたくしにはできませんわ。どちらもわたくしのアーサー王子ですの」
「……ということじゃ。わらわの心の半分はアーサーで、そなたの半分はわらわじゃ。アーサーが二つに分かれたのじゃから、どちらもアーサーで構わぬじゃろう。どちらもアーサーでヒルデガルドじゃ。ほれ、もっとうまく舌を使えよ」

 以前よりも柔和な顔立ちになったアーサーは、二人の口に交互に性器を突っ込み、女たちの味くらべを楽しんだ。「ヒルデガルドもレティシアも、どちらもわらわの妻になってもらうぞ。今日はそれを広く知らしめるためにやってきたのじゃ」
「そ、そんなの聞いてないぞ。オレと姫がどちらも貴様の妻になるなんて……」

 青ざめた顔のヒルデガルドはソファに押し倒され、陰部をさらけ出される。たっぷり男の肉棒に触れて発情した体は、下の口からだらしなくよだれを垂れ流していた。

「そなたも姫も、既にわらわの子を身籠っているのじゃ。何も問題あるまい。これで三つの国は一つになり、未来永劫栄えることじゃろう。さあ、お待ちかねのものを食べさせてやるぞ」

 王子の陰茎が女帝の入口に分け入り、音をたてて貫いていく。女の体が羞恥と歓喜に震えた。

「ひいっ、ひいいっ。こんな、いきなり……太い、深いいっ」

 若いペニスは相変わらずの凶器だった。妊婦の膣を内側からゴリゴリと押し広げ、帝国に君臨する女帝にあられもない悲鳴をあげさせる。
 最愛の男のものをくわえ込み、ヒルデガルドは乱れるばかりだった。レティシアの目の前だというのに、自ら腰を振って激しい突き込みをねだる痴態をさらけ出し、女帝の誇りも威厳もかなぐり捨てる。

「あっ、あひいっ。こんなの耐えられない……」

 一度屈服して孕んだ女体は正直だった。ヒルデガルドは母乳を噴き出し赤いドレスを汚しながら、惚れた男に接吻を繰り返した。

「王子ったら、こんなに気持ちよさそうにしてらっしゃって……ああ、わたくしよりも大きなお胸からお乳を噴き出して、なんていやらしいんですの」

 ヒルデガルドの体の上にレティシアが乗った。アーサーの代わりに女帝とキスをし、巨乳を揉んで戯れる。「お願いですわ、王子。わたくしと共にこのお方の妃になってくださいませ。三人で夫婦となり、それぞれの国のために尽くしましょう。このお方もわたくしも、それを望んでおります」

「わ、わかった。わかったから……ひいっ、許してえっ。おほ、おほおおんっ」

 二人がかりで絶頂に追いやられるヒルデガルド。半ば意識を失った彼女の代わりに王子の性欲のはけ口になったのは、うら若きプリンセスだった。

「ああっ、今度はわたくしに……は、激しいですわあっ」
「ホホホ、この半年でそなたの体は知り尽くしておるからの。乱れるさまをアーサーに存分に見せつけてやるがよいわ」
「あっ、ああんっ。い、いけませんわ。わたくし、このままではおかしくなってしまいますの……」

 美しい顔を赤らめ、レティシアは荒い呼吸を繰り返す。
 あの忌まわしい仮面舞踏会の日のあと、元の顔と体に戻れたのは彼女ただ一人だ。だが、あの狂宴の影響がまったくないわけではなかった。動物の交尾の体勢でアーサーに抱かれていたレティシアが、突如として獣のような吠え声をあげたのだ。

「ゲギャギャッ! ゲヒィーッ!」
「おお、発作が始まったか」
「チンポ、チンポたまんねぇぜ! ワ、ワシのマンコが燃えちまうぞぉ! ギギッ、ゲヒィーッ!」

 レティシアは日頃の上品な振る舞いを忘れ、美貌を醜く歪ませた。その顔つきはあの日に見た緑色の小鬼のものによく似ていた。

「ほれ、あの日のことを思い出して、もっと乱れるのじゃ。ホホホ、面白いものよな。レティシア、そなたは人間か? それともゴブリンか?」
「ゲゲゲッ、ギギッ? わかんねェよぉ! だってゴブリンなんだからよォ! 考えたってわかるわきゃあねェだろうがっ! ゲゲゲッ、ゲギャアアッ!」
「ひ、姫……いったい何が?」

 意識を取り戻したヒルデガルドは、己の上で我を忘れてよがり狂うレティシアの姿に唖然とした。
 どうやら、あの醜いゴブリンの心がほんの少し彼女の中に混じってしまったようだ。嘆き悲しむ女帝の秘所に、王子が再び滑り込む。

「や、やめろっ。オレの姫がこんなことになって……おっ、おほおおおっ、おお、たまらんっ」
「ゲヒャヒャヒャッ、たまんねェなァ! ひひひ、人間のおなごの体は最高じゃあっ! ゲヒィーッ!」

 仰向けになったヒルデガルドと、その上でうつ伏せになったレティシアがかわるがわる犯される。孕み腹の中にアーサーの精を心ゆくまで注ぎ込まれ、高貴な女たちはこれ以上ない幸せを貪るのだった。
















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