ガサツ姉とマジメ弟 作・挿絵:んごんご |
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■プロローグ■ 突然だが、俺にはだらしない姉がいる。今までひとつ屋根の下で十数年一緒に暮らしてきたが、姉のだらしなさは本当に目に余る。家ではいつも下着姿でウロウロしており、ソファーで腹を出したまま寝るなんて日常茶飯事だ。外では知らないが、俺の知っている家での姉は本当に女らしさがない。 今日も心の中で姉に対してそんな思いを馳せながらキッチンの冷蔵庫を開け、アイスが食われていることを確認する。 「……あのクソアマァーーーッ!!」 ■第一章■ 姉の部屋目がけてずんずんと足音を立てながら階段を駆け上がる俺の名前は一場喜徳。地元の高校に通う男子高校生だ。改めて言うが、俺にはガサツでだらしなくて人のアイスを勝手に食うどうしようもない大学生の姉がいる。俺は姉の部屋の前に辿り着くと、勢いそのままにドアを開けた。 「おい憂乃! また勝手に俺のアイス……!」 俺の姉こと一場憂乃は、下着姿でこちらに背を向け、背中のホックを付けようとしている最中だった。俺は勢いそのままにドアを閉めた。 「何よ喜徳~、アタシに何か用があるんじゃないの~?」 ドア越しに声が聞こえるが、黙って部屋の外で憂乃が着替えるのを待つ。まぁ……今のはノックもせずに開けてしまった自分が悪い。 「ハァ、ホントによぉ……」 「ちょっと、何って聞いてんでしょ~?」 「だっ……!」 憂乃は自らのあられもない姿などお構いなしにドアを開ける。いくら血を分けた姉弟とはいえ異性だ。俺がとっさに下を向くしかないじゃないか。 だが、憂乃は女狐でもある。下を向いた俺の視界にぐいっと顔を現し、見透かしたような半目で見つめてきた。 「あ~、あれ? アイス食べられたからわざわざ怒りにきたの?」 「そ、そうだ! 勝手に食うんじゃねえよ! 謝れ!」 「アンタも女の部屋ノックしないで勝手に入ってきて、何か言うことあるんじゃない?」 「ぐっ……それは……」 「ま、アンタは犬みたいなもんだから別にいいけどね。それよりホック付けるの手伝って、ホラ」 憂乃は俺のやらかしを盾に、冷蔵庫のアイスを食ったことを棚に上げる。そして俺を裸を見られてもいいペットのようにしか思っていないと抜かし、ホック付けを命令してくる。 「ほ、ほらよ……付けたぞ……」 「ん……ふぁ~あ、ありがと~……」 やむなくホックの部分だけを見て慎重に付けてやると、憂乃はその格好のままスマホ片手に階段を降り、一階のリビングへと向かっていった。まただ……また俺はアイツに負けてしまった。どうして俺のようなマジメに生きる人間が憂乃のようなガサツな人間に負けねばならぬのか、本当に解せない。 俺はガサツな憂乃と違い、自他共に認めるマジメ人間だ。勉強も身だしなみも人間関係も全部マジメにやり、将来のことも考えて貯金もしている。まぁ、度が過ぎてバカマジメと言われることもしばしばだが……あと、それと関係ないと願いたいが、この年になって彼女もいない童貞だ……。 いや、そんなことはどうでもいい。これは大きな問題だが、今は気持ちを切り替えよう。俺は頭をブルブルと振り、憂乃の後を追った……頭を振ったのはクセであって、決して俺が犬だからではない。 「フンフンフフ~ン♪」 リビングに着くと、憂乃はテレビを付け、ソファーに寝転びながらスマホをいじっていた。俺はため息をつき、キッチンの冷蔵庫を開けてお茶の入った容器を取り出す。 「そういやアンタさ~、彼女作んないの~?」 「ぐっ……!」 再び憂乃のペースに乗せられそうになる。バカにしやがって、今時の男子のほとんどは彼女なんていないんだぞ。さぞかしそっちは男なんて引く手あまただろうさ……俺は黙ってコップに冷えたお茶をついで一気飲みした。 「彼女いたらアタシが可愛がってあげたのに~」 「もしできても、お前に会わせるのだけは死んでもゴメンだ」 「何でよ~、アタシがアンタに彼女紹介しないからひがんでるの~?」 「そういう問題じゃねえわ! もう……」 俺は呆れてダイニングのイスに腰かけ、テーブルに頬杖をついてテレビを観る。テレビではお笑い芸人たちがワチャワチャとスマホを持って何かをしている。何だ? ……ああ、顔交換アプリか。 「あ、これ最近人気のやつじゃん! こないだもサークルでやってめっちゃ盛り上がったわ~」 「あっそう」 「アンタやったことないの? これめっちゃ面白いわよ?」 「興味が無い」 「ふ~ん……」 存在そのものは知っているが別段興味がなく、その話はもうどうでもいいだろというような素振りでぼーっとテレビの画面を見つめ続ける。何が顔交換アプリだ。そんなことして何が面白い。どうせなら顔だけじゃなく体ごと交換した方が面白いだろ……と思っていると、ふいに真横に視線を感じた。 「じ~っ……」 「わあっ!?」 その方向を向くと、憂乃が至近距離で俺の顔をじっと見つめていた。びっくりした俺は足をテーブルの脚にぶつけてしまい、その痛さに悶える。 「い、いって……! 何だよ急に!」 「アンタ顔は良いのにね~、ホント……」 「だっ! さ、触んな!」 片手を頬に近づけてきたのでとっさに避ける。憂乃は少し不満げな顔をしながらも、すぐに表情を含み笑いに変え、スマホを持ったもう片方の手を上げる。 「な、何だよだから!」 「せっかくだから~、試してみない? 顔交換ア・プ・リ♪」 「嫌だわ! ちょ、やめろ!」 何と憂乃はこの間に顔交換アプリを起動しており、顔交換をしようと言ってきた。断固拒否しようとしたが、足の痛みもあって上手く逃げられないうちに、あえなく片腕を組まれてしまった。 「じっとする! 男ならバタバタしないの!」 「だっ……! クソ、一回だけだぞ……」 「はーい、じゃ、撮るね~♪」 これほどまでに俺は憂乃の犬なのか。全く自分が情けない……だがまぁ、痛いわけではないし一回だけだ。弟として甘んじて受け入れてやろう……そう自分に言い聞かせ、憂乃がかざすアプリの画面にしぶしぶ顔を入れる。そもそも、顔を入れ替えたところで体との整合性が取れていないヘンテコな姉弟のツーショットができるだけだ。何が面白いのやら……まぁ、憂乃と体が入れ替わるってんなら話は別だが……。 そして憂乃は意気揚々とシャッターボタンを押した。次の瞬間、画面が強く発光し、瞬く間に視界が真っ白になった―――。 ■第二章■ あれからどれほど時間が経っただろう。気が付くと、俺は床にうつ伏せになって気絶していた。まぶたの裏がチカチカする……憂乃め、つくづく余計なことしやがって……。 机の角を掴んで何とか立ち上がると、視点の高さに違和感を覚える。俺ってこんなに背低かったか? さっきの光で平衡感覚がおかしいのか? 頭を掻く。普段より長くてサラサラの髪の感触……まるで女の人のそれのようで、我ながら少し興奮してしまった……っていかんいかん、それどころじゃない。とりあえず状況の整理だ。この事態の元凶の憂乃はどこだ……部屋中を見渡しても、机に突っ伏して寝ている俺の姿しかない……ったくあいつめ……ん? 「俺……?」 待て、何でそこに俺がいるんだ? 俺は俺だろ? どういうことだ? まさか、さっきの光で幻覚を見ているのか? それか幽体離脱か? 何それ怖い。え、どうしたらいいんだ? とりあえずそこにいる俺に触ったら元に戻るのか? 「お、おい……」 もう一人の俺の頬を指でツンツンすると、そいつが目をピクピクさせながらゆっくり目を開ける……俺の指、こんなに白くて綺麗だったかな……声もおかしいぞ……。 「ん、あれ……寝てた……」 「なぁ、これって一体……」 「あれ……何でアタシがいるの……?」 「……は?」 そいつは目をこすりながらこちらを見るや否や、訳の分からないことを言い出した。どうやら幽体離脱ではないようだが、オネエ口調の自分が目の前にいるという新たな問題が発生した。 「いや、何言ってんだよ俺……」 「俺? 何言ってんのよアタシったら」 「いや、お前はアレだろ? もう一人の一場喜徳だろ?」 「え? 違うけど、そっちこそ一場憂乃じゃないの?」 ……だんだん何が起きたのか分かってきた気がする。髪や指や声も、頭の中で広がっていくとある説と照らし合わせれば全て辻褄の合うことだ。 「もしかして……憂乃……?」 「え? 喜徳……なの……?」 「お、おう……」 次の瞬間、そいつは俺の白くてか細い腕を掴む。あまりの力の強さに抵抗ができず、俺はそのまま強引に洗面所へと連れやられた。 「……!」 洗面所に辿り着くと、先程の説はすぐに立証された。鏡の向こうには俺と憂乃がいる。しかし、立ち位置が明らかに逆だ。そして表情や仕草も、まるでお互いがお互いのマネをしているようで……。 「憂乃、これって……」 「さっきのアプリは顔交換じゃなかったのね……もっとそれ以上のものだった……」 「つまり……俺たち……」 「入れ替わっちゃったね~! プハハ!」 「いや笑い事かよ!」 前略、旅行中の両親様。さっきのアプリは顔どころか体そのものを入れ替える機能があったようで、俺と憂乃は見事に体が入れ替わってしまいました……。 「い、入れ替わったって……どうすんだよ!」 「さ~ね~、どうしよっか?」 「何でそんな余裕なんだよ!」 「まぁまぁ、そんなに焦んなさんなって」 ホームラン級のバカかこいつは。焦らないわけないだろ常識的に考えて。今後どうすんだよ。お互いの生活ってやつがあるだろうが! 学校にバイトに人間関係、それに、トイレとか風呂とか……アレの処理とか……。 「ん~? 何~? 早速やらしいことでも考えちゃった~?」 「だっ……! アホか! 心配してやってんだよ!」 「あっそ~、それはありがとね、憂~乃ちゃん♪」 「ひんっ!」 俺になった憂乃に突然胸をつんっ、とつつかれたその時、今までに感じたことのない変な感覚が全身に伝わり、男としては情けなくも、女としては可愛いと思われるであろう声を出してしまった。 「あはは、かわい~♪」 「ふ、ふざけんな! 何しやがんだ急に!」 「え~、だって体はアタシなのに反応がアンタ丸出しでめっちゃ面白いし~、こんぐらいいいでしょ♪」 「や、やめろって……ああっ!」 そしてお次はと言わんばかりに尻をむんずと掴まれ、再び女々しく喘いでしまった。ああ、男からのセクハラってこういうことなんだな……俺はそれを俺になった姉から教わるハメになった。まだ俺は今の事態に順応できていないというのに、こいつは何て野蛮……もとい、ガサツすぎる女なんだ。もっと女の体は……じゃなかった、弟は丁重に扱えよ、まったく……。 「あ! てかそろそろコンパじゃん! ヤッバ!」 「え?」 「あー、もうしょうがないわ! てか面白そうだしこのまま行こ!」 「お、おい、何なんだよ一体……」 倒錯的なセクハラが終わると、憂乃は突然不穏なことを言い出し、足早にリビングへと戻る。もう訳が分からん、これが夢なら頼むから早く覚めてくれ……頭を抱えながら俺もリビングへ戻ると、憂乃はどうやら自分のスマホで友人にメールをしているようだった。コンパか、ビッチめ……いや、今の憂乃は俺の体だからビッチはおかしいか? それじゃあヤリチンか? いや、ていうか……。 「おまっ! 俺の体で行くつもりかよ!」 「うん! 男女比合わなくなるけどちょっくら借りてくわ!」 「バカか! ドタキャンしろよ! 女が女を相手にするとか意味分かんねえよ!」 「今は男だし~? ぶっちゃけ今回つまんなそうだから行こうか迷ってたけど、これで行く理由もできたし! アハハ!」 「アハハじゃねえ! ちょ、待てよ憂乃!」 「じゃあ行ってくるから! あ、そうだ……」 俺の言葉を全てつっぱ抜け、憂乃はあっという間に支度を済ませる。そして最後にこちらへ近づくと、憂乃になった俺の胸元に人差し指を当て、耳元で俺とは思えないイケボで囁いてきた。 「アタシのカラダ……好きにしていいわよ?」 「……!」 「んじゃ、留守番よろしく~♪」 バタン! と玄関の扉が勢いよく閉まる。あまりにも非現実的でハチャメチャな展開に、俺は玄関で呆然と立ち尽くす。そして玄関横の姿見に映る、同じく呆然と立ち尽くす憂乃の姿を見つけ、その様子をただただ見つめ続けた。 ■第三章■ 憂乃が俺の体で家を出てからしばらく経った。憂乃の体になった俺は、自分の部屋のベッドの上で大の字になり、天井を見つめていた。正直、今まで生きてきてこれほど色んなものを失った代わりに色んなものを得て、頭が混乱したことはない。そしてそれが何の前触れもなく起き、現実では到底あり得ないことであれば、混乱はいよいよもって最高潮に達する。 ……が、俺が混乱から平静を保てるようになったのは意外にも早かった。無論、体が入れ替わることなんて前代未聞だが、この事態になるにあたって幸運なことがいくつかあったのだ。一つ目は、両親が旅行中で家にいないこと、二つ目は、俺と憂乃が二人とも夏休み中なこと、そして三つ目は……。 「入れ替わった相手が、よく知っている相手なこと……」 これがもし見ず知らずの女の人だったりしたら一大事だ。ある日突然赤の他人、ましてや異性と入れ替わるとなれば、きっと俺は俺でいられなくなっていただろう。考えただけでもゾッとする。しかし、相手が身内であればまだ平静は保てられる。憂乃とは今まで十数年と一緒に過ごしてきたし、歳の近い異性では唯一気兼ねなく話せる存在だ。何より、向こうも俺のことをよく知っているとなれば混乱が軽減されるのも必然だ。 「そうだ、きっと元に戻る方法があるはずだ。俺が心配しすぎなだけなんだよな……」 憂乃の突飛な行動には驚いたが、あれだけ余裕綽々な態度なら、もしかすると元に戻る方法を隠しているかもしれない。正直、あいつが何をしでかすかなんて分かったもんじゃないが、とりあえず今は心配するのをやめよう。 「さて、そんじゃあ勉強すっかな……」 俺は自他共に認めるマジメ人間。今の事態に左右されることなく、夕方から予定していた勉強をしようと勉強机に向かう。そしていざイスに座ろうとした時、あの言葉がふいに脳裏をよぎった。 『アタシのカラダ……好きにしていいわよ?』 「……!」 その瞬間、全身の血が一気に頭へのぼる感覚を覚えたので、思わず顔を天井に向けた。そしてその反動で下を向くと、今の体がナイスバディの異性であることに改めて気づかされた。 「うおっ……!」 姉を性的な目で見ることが無理なことであることは、世の弟諸君なら分かることだろう。それはルックスとかスタイルとかは関係ない、生まれついての呪縛のようなものだ。しかし、今、自分が完全な『女の人』になっていると思わされると、そんなことはどうでもよくなってきた。自分の持ち前のマジメさすらかなぐり捨てて、今の事態をじっくり楽しみたいという本能に襲われそうになったのだ。 「ぐぐ、ぐ……!」 白く透き通ったきれいな両手が勝手に動き、眼下に見える大きな両胸を鷲掴もうとするのを、歯を食いしばりながら理性で必死に食い止める。理性と本能が頭の中で熾烈な戦争を繰り広げている。だが、理性は防戦一方で、本能に頭を占領されてしまうのも時間の問題だ。このままではまずい。 「クソッ、ダメだ!」 こんなことを考えていては勉強どころではない。俺は勉強机を離れて再びベッドに向かい、寝転がって気持ちを落ち着けようと、今度はうつ伏せに大の字になった。鼻先の枕を嗅げば男の臭いがする……首を曲げて腕を嗅げば女の匂いがする……おかしくなりそうだ。落ち着け俺。体は女でも心は男だ。そしてこの布団も枕も男の俺のもんなんだ。今までのように使って何が悪い。 「すー、はー……すー、はー……」 深呼吸をして息を整える。端から見れば、男の部屋で変なことをしている痴女に見えるだろう。それでも今は自分の体で、自分の部屋にいるんだから何も問題はない。そうさ、全部大丈夫なんだ。例え普段オナニーをしている場所でも、俺は……。 「……オナ、ニー」 その時、俺は完全に墓穴を掘ってしまった。そうだ、ここは寝る為だけの場所じゃなく、そういうこともする場所だ。だとするとヤバイ。このままだと、俺は完全に本能に乗っ取られてしまう。 「はぁっ……はぁっ……」 すぐにこの場から抜け出そうとしたが、覆いかぶさった布団が俺を逃がすまいと重くのしかかり、行く手を阻んでくる。視界の先の部屋の明かりが、長い長いトンネルの出口のように遠く見える。 「はぁっ……! はぁっ……!」 俺のベッドという男の棲家に拠点を移した本能が、あっという間に理性を駆逐していく。この体が、男の臭いに敏感に反応して疼く……。 「はぁっ……!」 やがて布団から何とか手を出そうとした時、痛恨のミスを犯していたことに気づく。昨晩、オナニーのオカズに使っていたエロ本が、布団の中に置かれていたままだったのだ。オカズにしたばかりの全裸姿のセクシーな女の人が、薄暗い闇の中でこちらをうっとり見つめているのを見た時、頭の中の最後の理性たちがプツン、と押し潰された。 「……うあああああ!!」 それは、髪の毛からつま先に至るまで、男の本能が女の体を完全に支配したことが分かった瞬間だった。俺は女の声で雄叫びを上げ、着るものから枷になるものへと変わった下着に手をかけた。 「はぁ……はぁ……」 生地にこすれる地肌、二の腕に当たる胸の感覚、それだけで童貞の俺には十分すぎるものだったが、今からやろうとすることは、それの比にはならないほどたまらないものだ。 『アタシのカラダ……好きにしていいわよ?』 言い出しっぺはお前だからな、憂乃。俺がマジメだからってカマをかけたか? ふん、生憎俺はマジメである前に思春期男子だ。こんなエロい体を目の前にして……。 「ガマンできるわけ……ねえだろ……!」 ベッドの上に立ち上がり、改めて体を見下ろす。胸の辺りにはいつもの不毛の平原はなく、青い下着に覆われた二つの豊かな山と、くっきりとした渓谷がある。そして奥には桃色のパンティーの湿地帯もある。その湿地帯に見慣れた突起岩はなく、黒く生い茂った草原がうっすら透けて見えている。 「ふぅ……よし……!」 その絶景をしっかり心に記憶すると、肩紐に手をかけ、勢いよく外した。予想通り、二つの山がはち切れんばかりに揺れながら姿を現した。白くて大きくて良い匂いのするその雄大な山々は、初めて女体の神秘を目の当たりにする本能を痛烈に刺激する。その刺激につられて山頂の両乳首がみるみるうちに勃起していくのを見ると、本能はさらに刺激を受け、いっそう体の興奮へと変換されていく。 「はぁっ……はぁっ……ん、しょっ……」 そして最後の砦のパンティーに手をかけた。尻から太もも、ひざ、すね、かかと……体を前のめりにしてゆっくりと通過させていき、両足から脱出させると、ベッドにポイと落とし、再び立って見下ろす体勢を取った。 「お、おお……! すげえ……!」 まさしく理想的な女の人の裸体だった。パンティーに保護されていた股間は、つるんとした肌の上に綺麗に整えられた陰毛が生えており、その先にはやや湿った女性器が見える。今しがた生み出された興奮のせいか、ムワッとした匂いを醸し出しながら小刻みに震えている。 こんなにエロい体が今の自分の体なんだと実感し、ずっとこのままでいたいという気持ちにさせられた俺は、両手で体を強く抱き締めた。憂乃の体であることとかどうでもいい、とにかく、今はこの体を離したくない。 「へへ……女が俺の部屋で全裸になって興奮してる……俺と同じ変態なんだな……!」 この素晴らしい体を俺のムッツリな心と男臭い部屋で板挟みにし、俺と同じ変態色に染め上げてやりたいという欲望が、脳内からドバドバとあふれ出してくる。俺はたまらず、ベッドに勢いよく飛び込む。 「あ~、気持ちいい……俺の臭いと女の匂いが入り交じって……んん……」 布団に体をなすりつけながらベッドを遊泳する。体から湧き出る女の匂いが次々と布団に吸い込まれていき、布団から湧き出る男の臭いが次々と体に付着していく。螺旋状に交差する二つのニオイが、俺の嗅覚をおかしくしていく。 そしてそれを堪能した後、俺はいよいよ両手を両胸に押し当てた。むんず、と手荒く鷲掴まれた両胸は、手のひらの動きに沿って形を変える。夢中で揉んでいくに従って感度も上がっていき、本能が順調に暴走していく。 「んふ、んふふ……たまんねえ……」 いくら揉んでも飽きることがない。なぜならいくら揉んでも気持ちがいいからだ。揉むだけでイってしまいそうだ。手の動きが止まらない。両手がもはや俺の意思を無視して動いている。 「ふ……ふわぁあ~~~っ!?」 そんないたずらな両手が親指と人差し指を丸くし、両乳首を強くつまんだ瞬間、俺は今までに出したことのない声で大きく喘いだ。強烈すぎる刺激が一瞬で脳にまで伝達され、危うく気絶寸前になりながら仰向けに倒れる。 「ふはぁ、ふはぁあ……これが、女の乳首の快感……!」 男の時では決して味わえなかった快感を味わい、その余韻に浸りながら、ぼやけて紗のかかった天井を見つめる。何て……何てイヤらしい体なんだ……! 「こうなったら……全部味わってやるぜ……!」 俺は覚悟を決めた。このまま元の俺に戻れなくても、快感のあまり死んでしまってもいい。気の済むまでこの体を貪り尽くしたい。憂乃の体で、女の体で、女としてイッてしまいたい――! ■第四章■ ぼやけた視界をくっきりさせると、起き上がってあぐらをかき、すっかり濡れた股間の女性器を見つめる。そして制止の効かなかった両手を一瞬で手なずけ、そこを目がけて右手を襲いかからせた。 「ふおっ!?」 予想以上の気持ちよさだった。胸を揉んで得た段階的な快感と、乳首をつまんで得た突発的な快感、それらを足してなお敵わないくらいの強い快感で思わず内股になる。男性器をしごくことで得られる快感が、ほんの僅かなものであったと痛感させられる……そのまま、女性器を手のひらで優しくこすり、オナニーを開始した。 「んんっ……ふううっ……!」 右手にこすられる女性器が愛液を垂らしていく……この部屋で、この場所で、オカズ片手に男性器をしごいていたかつての俺を思い出す。俺の部屋で女が同じ行為をしていると思うと、スケベな笑みが止まらない。 「ふっ……! ふっ……! ふっ……! んんっ……!」 さらにこすっていくと、強い快感の波が押し寄せてきた。その波に逆らわずに右手を動かし、左手で胸を揉む。波は次第に渦を巻き、どんどん巨大化していく……。 「ふぁ……はぁ……はぁあっ……!」 チュートリアル代わりのオナニーをたっぷり堪能した俺は、ついに指を女性器の奥に突っ込み、絶頂までのカウントダウンに入った。 「ひぐぅ! うっ、ううっ……!」 二本の指でGスポットと呼ばれる場所を探していく。こするだけでとてつもなく気持ちよかったのに、中にもっと気持ちいい部分があるだなんて、つくづく女体というものはずるい……。 「うあっ! ……こ、ここか……」 やがて奥のわずかに空いた空間に到達すると、途端に身の毛がよだつほどの鳥肌が立った。いよいよだ。いよいよ俺は、女としてイってしまうんだ……。 グチュッ……。 「ほおおおっ! ううっ……!」 ヤバイ。指を一回上下しただけで天国だ。心臓がバクバクして胸が焼けるように熱い。でも俺は死ぬ覚悟でイクって決めたんだ。このまま限界を超えてやる――! グチュッ……! グチュッ……! 「はあぁ……! じゅるっ……!」 汗、涙、よだれ、顔中が色んな液でべちょべちょだ。体中も汗だくで熱気を帯びており、股間は愛液でぐっしょりしている。それでも俺は、絶頂へいざ行かんと手を動かす。 グチュッ! グチュッ! 指の動きが激しさを増す。俺は内股からガニ股に体勢を変え、絶頂を迎える準備を整える。 グチュッ! グチュッ! グチュッ! 「んあっ……! あっ……!」 グチュッ! グチュッ! グチュッ! 「ああああっ! ああっ! はぁんんっ……!」 グチュッ……! 「あっ……! うあああああ~~~っ!!」 そして俺は女としてイッてしまった。紅く膨張しきった女性器が勢いよく愛液を噴射し、体が激しい痙攣を起こす。ああ、このまま死んでしまいそうだ。でも、こんな快感を味わえたんだ、それでもいい――。 視界が徐々に暗くなっていく。俺はこのまま憂乃として死んでしまうのか。他人に迷惑をかけないマジメさがモットーの俺だったのに……ごめんな、憂乃……。間もなく俺は、眠るように意識を失った。 ジリリリリ……ジリリリリ……。 「んん……」 目覚まし時計の音で俺は目を覚ました。朝か? ……いや、窓を見る限り夜だ。そして、勉強の都合で目覚ましをセットしていたのを今思い出した。だるくて重い体を起こしながら、うるさく鳴くそれを止める。 「……ヘアックション!!」 ベッドに座るや否や、大きなくしゃみが出る。高い声、口を覆う白い手、汗で冷え切った全裸の女体……生きてる。よかった。夢じゃなかったんだな。 そのまま体操座りになり、さっきまでやっていたことを振り返る。あんなことや、こんなこと、女体を十二分に堪能したのを振り返る……俺は正真正銘の変態だな。しかも、その体が実の姉のものとなれば本格的にマジメ失格だ。このまま変態男子にシフトチェンジしてやろうか……いや、体が元に戻らなかったら変態女子か? 何それ超興奮するんですけど。それをオカズにまたオナニーでもしようかな……。 ガチャッ! 「ただいまー! ホラ上がって上がって!」 「お邪魔しま~す!」 「わっ! や、やべっ……!」 その時、一階の玄関が開く音と人の声がしたので、慌てて部屋のドアが閉まっていることを確認し、布団にくるまった。服を着たいがそんな余裕もなさそうで、息を殺して部屋に入られないことを祈った。 「ごめんね~、今日うちの姉貴が欠席しちゃって。人数合わなかったでしょ?」 「いいよ別に~! 喜徳くんが来てくれたおかげでめっちゃ楽しかったし!」 俺の声と知らない女の人の声……憂乃のやつ、まさかコンパで持ち帰りしたのか? つくづく勝手なことを! あれ、階段上がってきてる……もしかして俺の部屋来るつもりか? ちょっと待てよ! 「じゃ、部屋こっちだから……あっ」 「ん? どうしたの?」 「……いや~、ゴメン! そういや俺の部屋めっちゃ汚かったわ! 別の部屋でしない?」 「何それ~! 私そういうの全然OKなんですけど!」 「いやいや、その可愛い服汚すわけにはいかないから! あ、そうだ! 姉貴今出かけてるから姉貴の部屋行こうよ!」 「も~、しょうがないな~」 憂乃は何かを察したのか、俺の部屋に入るのをやめ、自分の部屋へと向かって行った。危ないところだった……もう少しで色々とヤバめな勘違いをされる状況になるところだった……。 しかし、入れ替わってから結構な時間が経つが、未だに元に戻る気配はない。さっきは本能のまま激しく致してしまったが、理性を取り戻した今、やはりこのままではいけないと思った。実際問題、この体でオナニーをし続けていたら、いずれ本当の意味で昇天しかねない。それに、さっきの憂乃みたいにすぐに異性を演じられる自信もない……。 いや、ていうか、長年男として生きてきた俺より早く女を落とすアイツすごくね? ……いやいや、元々女だから女の気持ち分かるって意味じゃ落とせるのは当たり前だろ! ……いやいやいや、たった数時間で完璧なモテ男演じてすぐに落としたアイツやっぱすげえって……。 「……むむむぅ」 元に戻るべきだと思っていたのに、気づけば憂乃を感心してしまっている。いかん、変な思考に陥っている。もうこうなったら勉強だ。勉強で全部忘れちまおう。よし、じゃあすぐ服を着て……。 「あ、あれ……?」 視界が急に歪み始めた。何だよもう、突然なことが続きすぎだろ、勘弁してくれよ……あれ、ヤバイ、これ普通の目まいじゃない、視界全体が回って……。 「うぐぅ……! おおっ……!」 あまりの目まいに強く頭を抱えると、服を着る余裕もないままベッドに横たわり、目を閉じて収まるのを待った……神様、助けてくれ……。 ■エピローグ■ 「……くん! ……徳くん!」 「んん……」 「喜徳くん!」 「……はっ!」 次に目を覚ました時、視界の先に、心配そうにこちらを見つめる女の人がいた。やれやれ、目覚まし時計の次は女の人か……そう思い、頭痛の余韻で頭を抱えながら体を起こす。いや、ていうか……。 「だ、誰!?」 「え!? いや、私だけど……」 「わ、私って……あ、その声……」 「も~、急に目まいがするって言って倒れたからびっくりしたんだよ~? 大丈夫?」 「え? あ、ああ、まぁ……」 体を見下ろすと、さっきよりがっしりとした体つきになっている。つるぺたの胸の奥には、パンツ越しにふっくらとした見慣れたモノがあるのが分かる。間違いなく元の俺の体だ。そうか、さっきの頭痛はそういうことか。なんつータイミングだ……まぁいい。俺は深呼吸をし、ホッと胸をなで下ろした。憂乃の体は最高に気持ちがよかったが、やっぱ自分の体が一番落ち着くぜ。ただいま、俺の体。 「どうかした?」 「え? ああいや、何でも、へへ……」 ……いや待て。戻ったはいいけどどうすんだこの状況。いきなり帰ってくれって言える感じじゃないだろ。綺麗で巨乳な年上っぽい女の人だし、憂乃の部屋だし、何故か俺もこの人も下着姿だし……え、詰みじゃねこれ? 「んじゃ、続きやろうよ。私と喜徳くんの下着を交換して、男女の立場逆転エッチするんでしょ?」 「……へ?」 「喜徳くんって、イケメンで陽キャなのに性癖めっちゃ変態なのマジウケるわ~! じゃ、ブラとパンティー脱ぐね!」 「え、いやちょ、待っ……」 「ん~? もしかして脱がして欲しいの~? 早速女子スイッチ入るとかポイント高いんですけどっ♪」 「ひゃんっ!」 「あはは! 乳首に爪ツンってするだけでそんなに感じるとか可愛い~! んじゃ、脱がしてあげるからじっとしててね~!」 「ひゃあああ……! や、優しくして……」 「もっちろん! たくさん気持ちよくしてあげるからね♪」 詰み展開でパニックを起こす俺にトドメのカオス展開が襲い掛かったその瞬間、俺は考えることをやめ、この人に完全に身を預けることにした。優しくパンツを脱がされ、生暖かいブラとパンティーを優しく装着させられ、優しくベッドの上に押し倒された俺は、俺のパンツを履いたトップレスの女の人に優しく抱いてもらった。ああ、もう全部どうでもいいや……。 しかし、今日は俺のマジメというアイデンティティが完全に失われた一日だった。黒歴史決定だぜ……いやまぁ、白歴史でもあるんだけど……そういや、元に戻ったならアイツは今頃俺の部屋にいるな。あ、やべぇ、オナニーしたまま服着てなかった……うん、どうでもいいや……あ~、気持ちいい……ずっとこうしていたい……。 バンッ! 「ちょっと喜徳! アタシの体でオナニーしたでしょ! ホントに好きにするバカがどこにいんのよ!このクソド変態!」 「お前もなクソアマ! 入ってくんなボケェ!!」 唐突に部屋の扉が開き、俺の毛布で体を隠して顔を真っ赤にした憂乃が叫んできたので、俺も返す刀で叫び返した。ガサツな姉とマジメな弟は、どっちもヘンタイでした……。 おしまい |