想いと現実の狭間で⑦
 作:無名


「--余命半年ー」

美穂の言葉は、無情だったー。

「--室井教授の身体ー、
 病気で、余命半年ですー」

とー。

「---!!」


”梨桜に身体を返して、自分が室井教授になるー、
 ということは、
 裕司自身が余命半年になる”

それを、意味しているー。

「--それでも、檜山先輩はー
 雪本先輩に、身体を返しますか?」

美穂がクスリと笑うー。

「--自分が半年後に”死ぬー”
 それでも、先輩は、その身体を返しますかー?」

梨桜になった裕司の迷いー
それが、一気に噴き出したー。

”余命半年の身体に自分がなるー”

そんなことを聞かされて、冷静でいられるわけがないー。

梨桜(裕司)が目を泳がせて、
落ち着かない様子で、美穂の方を見るー。

室井教授(梨桜)が「裕司…」と悲しそうに呟くー


「--元に戻れば、自分が余命半年になってー
 そのまま彼女の身体を奪えばー
 彼女が余命半年になるー」

美穂はそう呟くと、邪悪な笑みを浮かべたー

「--先輩ー
 そんなに世界の終わりみたいな顔しちゃってー」

と、クスクス笑いながらー。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

☆登場人物☆

檜山 裕司(ひやま ゆうじ)
大学生。彼女想いの好青年。優しい性格。

雪本 梨桜(ゆきもと りお)
大学生。裕司の彼女。現在は裕司がその身体を使っている。

瀬島 康介(せじま こうすけ)
大学生。裕司の親友で、いざという時、頼りになる存在。

笠倉 麻奈美(かさくら まなみ)
大学生。裕司の幼馴染で良き理解者。

荒瀬 大吾(あらせ だいご)
大学生。不良生徒。廃人同然の状態で入院中。

蘭堂 美穂(らんどう みほ)
大学生。裕司らの後輩。

井守 誠一(いもり せいいち)
大学生。眼鏡をかけたインテリ風男子。

室井教授(むろいきょうじゅ)
大学教授。裕司の身体を奪い、そのまま飛び降りて死亡した。

大久保学長(おおくぼがくちょう)
大学の学長

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

凍り付く屋上ー

天気が崩れることを示す冷たい風が吹き荒れー
美穂と梨桜(裕司)の髪を揺らすー

室井教授(梨桜)が
「裕司…わたしは、、わたしはもういいから!」と叫ぶー。

室井教授になった梨桜は、
元々、入れ替わりを拒むつもりだったー

裕司は自分のために十分頑張ってくれたー
それどころかー、物凄い苦労をかけてしまったー

それだけで、もう十分ー
十分すぎるぐらいにー
裕司は頑張ってくれたー。

自分の身体を渡してもー
裕司ならきっと、大事にしてくれるー

「--室井教授からわたしの身体を取り戻してくれただけで、
 もう、十分だからー。

 ありがとう」

室井教授(梨桜)が目から涙をこぼしながら言うー。

梨桜(裕司)は震えながら
「--だめだよ…そんなんじゃ…」と呟くー。

「元に戻れる方法があるんだから、戻らないと、ダメだろ…?」
梨桜(裕司)が入れ替わり薬の容器を手に、呟くー

「---…でも、裕司は元に戻れない…!」
室井教授(梨桜)が悲しそうに言うー

裕司の身体は、もう死んでいるー
裕司の身体を奪った室井教授が、そのまま自殺したからだー。

「--ーーー分かってる…でも、このままじゃ、
 俺も梨桜も元に戻れないままだー」

梨桜(裕司)はそう呟くと、室井教授(梨桜)の肩を掴んだー。

「--どちらか片方だけでも、元に戻れるならー
 俺は、そうしたいー。

 梨桜が反対の立場だったら、きっと梨桜だって
 同じこと言うだろ?」

梨桜(裕司)の言葉に、
室井教授(梨桜)は、悲しそうな表情を浮かべるー。


「---家族」

美穂が呟くー。

梨桜(裕司)と室井教授(梨桜)が、美穂の方を見るー

美穂は風に晒されながら笑っていたー


「--家族、友人、お世話になった教授や先生方ー、
 後輩ー、先輩ー」

美穂の言葉の意味が分からないー。
梨桜(裕司)は美穂の方を見つめながら
表情を険しくしていると、美穂は笑ったー

「---みんな、悲しみますよ?」

そう、言いながらー。

梨桜(裕司)は拳を握りしめるー。

「--そんなこと分かってる!」
とー。

「--でも、、このまま俺が梨桜の身体で生きたって、
 梨桜も、家族、友達も、誰も喜びやしない!

 だからーー
 だから、俺はー」

梨桜(裕司)は”優しい言葉”を
室井教授(梨桜)にかけながらも、内心、激しく揺らいでいたー

元に戻れば、半年後に自分は死ぬのだー。


だからこそー
早く、梨桜と入れ替わって、この身体を返したかったー。

自分が”生きたい”という感情に支配されてしまう前にー


美穂が、梨桜(裕司)の迷いを悟り、笑みを浮かべるー。

「--死ぬの、怖くないですか?先輩」
と、優しい口調で囁きながらー。

「-わたしは、怖いですー
 考えてみてくださいー。

 人間、死んだら、そこでおしまいですー。

 先輩のことですからー
 ”俺はいつでも梨桜のことを見守っているから”
 とか、そんな寒いこと言っちゃうんでしょうけどー」

美穂は、梨桜(裕司)の前までやってくると、
クスッと笑ったー。

「見守れるわけないじゃないですか。

 人間、死んだら”無”ですよー

 何も感じないー
 何も見えないー
 何も聞こえないー
 
 何も思い出せないー
 何も考えられないー
 何もーーー


「--黙れ!」
梨桜(裕司)が大声で叫んだー

梨桜本人が、出したことのないような声が、屋上に響き渡るー。


「-裕司…もういいよ!わたしはこの身体でー」
室井教授(梨桜)がすかさず口を挟むとー
美穂は、今度は室井教授(梨桜)の方を見つめたー。


「--雪本先輩もーーー」
室井教授(梨桜)の方を見つめる美穂ー

「ーー先輩がそんなおっさんの身体になったと知ったら
 ご両親は、さぞ悲しむでしょうね?」

美穂の言葉に、室井教授(梨桜)は震えながら
美穂の方を見つめるー

「-その上、あとちょっとしか生きられないー
 ご両親も、親戚も、友達も、
 みんなみんな悲しみますよ?
 それでいいんですか?」

美穂の”口撃”に、室井教授(梨桜)は目から
涙をあふれさせながら、美穂を睨みつけるー。

「--あ、それともー。
 入れ替わったことを黙ったまま死ぬ道を選びますか?

 でもーー
 そうしたら、雪本先輩のご両親ー
 可愛そうですよねぇ?

 大事な娘の中身は、娘じゃないのに
 それを知らずにこれからも、娘を大事にし続けるー

 ほんっと~に…
 可愛そうですよねぇ~?」

美穂はそこまで言うと、震えながら
美穂を睨む室井教授(梨桜)を見つめてクスッと笑ったー

梨桜(裕司)も、怒りに震えているー。


「--ー入れ替わって元に戻っても、地獄ー
 ---入れ替わらずに、そのままでも、地獄ー」

美穂は笑うー

これが、”プランB"-

美穂の”願い”を邪魔した二人をー
地獄に突き落とすー

それしかーー

それぐらいしかーー

”感情”をぶつける場所が、ないからーー


空から、雨粒が落ち始めるー。


「--わたしの身体を返して!」
美穂が叫ぶー

「--ーーー」
室井教授(梨桜)が表情を歪めるー。

「---って、言ってみたらどうですか?」
美穂の言葉に、室井教授(梨桜)は、悲しそうに座り込んでしまうー。


「-俺は死にたくない!」
美穂が、梨桜(裕司)の方を見つめながら叫ぶー。

「--って、言ったらどうですか?」

その声を聞きながら、
梨桜(裕司)は表情を歪めたー。

梨桜に身体を返せばー
俺はーー

室井教授(梨桜)を見つめながらー
梨桜(裕司)は、瞳を震わせるー。

どんなに苦しんだところでー
もう、時は戻らないー。

自分の身体は、もう、元には戻らないー。

”梨桜に身体を返すか”
”梨桜の身体を奪うか”

道は、ふたつに、ひとつー。

「---所詮、人間は追い詰められたら醜く争うー
 そういうものなんですよー

 ほら、ほら、ほら!醜い本性をわたしの前で曝け出してくださいよ!」

雨の音が響く中ー
室井教授(梨桜)は座り込んで泣き崩れているー

梨桜(裕司)は、激しく迷うー

”死にたくない”
”梨桜に身体を返してあげたい”
その二つの気持ちが、ぶつかり合うー。

緊迫した空気が張り詰めるー。

室井教授(梨桜)も、自分の気持ちと戦っていたー
”元の身体に戻りたい”という気持ちは当然あるー。
でも、”大好きな裕司を苦しめたくない”という気持ちもー。


美穂が、ふと屋上の入口の方に視線を逸らすー。

人の気配がしたからだー。

「--裕司!梨桜ちゃん!」
屋上に、幼馴染の麻奈美が駆けつけたー。
眼鏡をかけた友人・誠一も後からやって来るー。

美穂が、裕司と梨桜、二人だけで来るように指定していたため、
裕司たちは二人で屋上にやってきていたが、
麻奈美と誠一も、やはり、心配になって
後から屋上に駆け付けたのだったー。


「--笠倉さん…井守…」
梨桜(裕司)が二人の名前を呟くー

麻奈美が「--心配だから…来ちゃった…」と悲しそうに呟くー

誠一は、眼鏡の水滴を拭き取りながら、
美穂の方を見つめているー。

室井教授(梨桜)に麻奈美が話しかけるー

そんな光景を見てー

「---」
梨桜(裕司)は少しだけ、ふっと、笑ったー。

「--みんな…ありがとうー」
梨桜(裕司)は思うー。

ここまで、裕司はたくさん、仲間に支えられてきたー。

裕司一人だったらー
きっと、梨桜の身体を取り戻すことも、できなかっただろうー。

そしてー
裕司一人だったらー
きっと、梨桜の身体を奪う道を選んでいただろうー。


でもー
仲間たちの姿を見て、決心がついたー。

このまま梨桜の身体を奪う道を選べばー
この笑顔は消えてしまうー

みんなの笑顔はきっと、もう二度と戻らないー

だからー

「---」
梨桜(裕司)が、麻奈美と話をしている室井教授(梨桜)の
肩を掴んだー

そしてー

有無を言わさずー
梨桜(裕司)は室井教授(梨桜)にキスをしたーーー

・・・・・・・・・・・・・・

雨の音だけがーー
屋上に響き渡るー。

美穂は、唖然としているー

麻奈美と、誠一も驚いた表情で、
ふたりの方を見つめるー

「--ゆう…じ?」
梨桜が、泣きそうになりながらーー

室井教授の身体になった裕司の方を見たー


「--ーーやっぱりさー
 梨桜の身体の中身は、梨桜が一番似合うからさー」

それだけ呟くと、室井教授になった裕司は
寂しそうに微笑んだー。

本当にーー
寂しそうにーーー

「----はは…俺、あと半年の命かーー」

雨粒が降り注ぐ上空を見つめる室井教授(裕司)-


「--ゆ、裕司くん…そんな…」
麻奈美は唖然とした様子で、室井教授になった裕司の方を見つめるー。

「--檜山…」
誠一も室井教授(裕司)の方を見て、戸惑っている様子だー。


「---ーー梨桜と、みんなが笑顔でいてくれることー…
 それだけで、俺は十分だから」

室井教授(裕司)が言うと、梨桜は、自分の身体に
戻ったことも忘れて、
室井教授になってしまった裕司に近づくー

何て言葉をかけていいかわからないー。
裕司の身体はもう死んでいるー
もう、入れ替わる手段もないー
裕司は、室井教授の身体として、あとわずかの余命を生きていくことになるー。


「---そんな…こんなことってー」
涙を流す梨桜ー

雨粒に混じって、梨桜の涙が屋上の床に落ちるー。

「いいんだ。梨桜」
室井教授(裕司)が優しく笑うー。

室井教授とは思えないような、優しい笑顔ー。

梨桜は泣きながら、裕司にかける言葉を必死に探すー。

やっとの思いでー「ごめんなさい」という言葉を絞り出したー。


「---笠倉さん」
室井教授(裕司)は、麻奈美の方を見つめるー。

「--井守」
そして、誠一の方も見つめるー。

「--ー本当に、ありがとうー。」
室井教授(裕司)は、二人にお礼の言葉を告げるー。

もう、後悔はないー。
大切な梨桜を守ることができたー
みんなの日常を守ることができたー

それだけでーーー。

麻奈美が美穂の方を睨むー。

そして、美穂に駆け寄るー。

「--あんた」
麻奈美が美穂の目の前で、美穂に言い放つー

自分が雨に濡れていることも忘れて、
麻奈美は、怒りの形相で美穂を見つめるー

美穂は放心状態ー。

裕司が、そんなに簡単に”梨桜に身体を返す”選択を
するとは思わなかったのだー

もっとドロドロとした地獄を見せてくれる、と、
そう思っていたー

「--あんた、、裕司くんを元に戻しなさいよ!」
麻奈美が怒りの形相で美穂の胸倉を掴むようにして、叫ぶー。

「--ーーー無理」
美穂が、それだけ呟いたー。

「--入れ替わり薬は!?!? 早く裕司くんを、元にー」
普段は、口調を荒げることなんて滅多にない麻奈美が
美穂を鬼のような形相で追い詰めているー

元に戻った梨桜と、裕司の友人の誠一が、
その様子を複雑そうに見つめるー

「--無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理」
美穂が、狂ったようにそう呟いたー

「---ふざけんな!」
麻奈美が怒り狂った様子で美穂をビンタしようとするー。

だがー
それを室井教授になった裕司が、止めたー

麻奈美が泣きながら「裕司くん…」と呟くー

室井教授(裕司)は、悲しそうな目で
麻奈美を見てほほ笑むとー

「俺のために怒ってくれてありがとうー」と
優しく微笑んでー
麻奈美の肩をポンポンと叩いたー。

「--濡れると、風邪、引くから」
室井教授(裕司)がそう言うと、
屋上の入口付近の屋根の下に行くように麻奈美に言うー。

麻奈美は悲しそうにしながらも、頷くと、
梨桜、誠一が待つ、屋根の下へと向かうー。

室井教授(裕司)は濡れながらー
座り込んでいる美穂の方を見つめたー。


「--もう、入れ替わり薬はないー
 もう、先輩の身体はこの世にないー!」

美穂は、歯ぎしりしながら、室井教授(裕司)を見つめたー

「先輩は、余命半年ー!
 もう、死ぬしか、死ぬしかないんですよ!

 ふふ、、、ふふふふ、あははははははっ」

狂ったように笑う美穂ー

”美術系サークルのコンテストに応募する、サークル代表の作品が
 自分のモノではなく、梨桜のものが選ばれたー”

確かにー
”彼氏がいるから”と、いう理由で梨桜のものを選んだ
サークル担当の教授の言動には、問題があるかもしれないー

けれどー
それだけでー
それだけのことで、
こんなことをーー

室井教授(裕司)は、美穂の方を悲しそうに見つめるー

「----ふ、、ふふふ、、

 憐みの表情…みたいな顔ですね…先輩。
 
 わたしが、
 ドラマみたいな理由を話すことでも期待しているんですか?

 -言ったでしょうー?
 世の中は理不尽だってー。

 わたしは理不尽な仕打ちを受けたー
 その復讐に、わたしは、先輩たちを理不尽な目に遭わせたー

 ただ、それだけですー」

美穂の言葉に、
室井教授(裕司)は、込み上げてくる怒りを抑えながら、
美穂の方をまっすぐ見つめて、言い放ったー。

「---こんなことをして、蘭堂さんは、満足なのか?」

とー。

「---」
美穂が、室井教授(裕司)の方を見上げるー。

「--俺と、梨桜を理不尽な目に遭わせてー
 俺たちが滅茶苦茶になってー

 それを見て、蘭堂さんは、満足できるのか?」

美穂は、答えないー

「-蘭堂さんが、心の奥底で、何を考えているのかは、俺には分からないー。
 本当に、サークルの件だけなのかもしれないー

 でもーーー」

室井教授(裕司)は、答えない美穂に対して、
ハッキリとした口調で、断言したー

「-蘭堂さんは、間違ってるー。絶対に
 
 こんなことをしてても、蘭堂さんは絶対に幸せになんて、なれないー」

強い意志の込められた口調にー
美穂は返す言葉も失って、首を振るー。

室井教授(裕司)は、美穂に背を向けて、
屋上の入口の方を見るー

そこにはーー

「--!」

たった今、屋上にやってきたばかりの裕司の親友・康介の姿があったー。

梨桜・麻奈美・誠一を無視して、
康介は雨降る屋上にまっすぐ歩んでくるー。

「--裕司!」
康介が叫ぶー。

「---”監視役”は俺だー」
室井教授(裕司)の方にまっすぐ歩んでくる康介が、そう言い放ったー

「---え」
室井教授(裕司)が唖然とするー

梨桜も、麻奈美も、誠一も驚いているー。


”監視役”ー

入れ替わり薬を”マリア恵”から購入した”蘭堂美穂”-

蘭堂美穂は、”連絡役”であった”荒瀬大吾”を通じて
”室井教授”に入れ替わり薬を手渡したー。

そして、その大吾が”裕司たちの行動を監視して、美穂に伝えている監視役”が
いると言っていたー。

その監視役はずっと不明のままだったー。

美穂が昨日、”監視役には既に報酬を渡した”とも言っていたー

その、監視役がーーー


「---こ、、康介…ど、、どういう意味なんだ…?」
室井教授(裕司)が信じられないという表情で康介を見るー。

康介が室井教授(裕司)の前にやってくると
康介は、鋭い目つきでー、けれども寂しい感じで、言葉を口にしたー

「--監視役は、俺だー。
 蘭堂さんに頼まれて、お前たちの行動を監視してー
 蘭堂さんに伝えていたー」

康介の言葉に、
麻奈美が「あんたが…!?どうして!?」と叫ぶー。

康介は答えないー
雨に濡れたまま、麻奈美・梨桜・誠一の方を見つめるー。

麻奈美は怒りの形相で「--どうして!どうしてなの!」と叫んでいるー。

梨桜は、寂しそうな表情で、康介を見つめているー

誠一は、軽蔑の眼差しを康介に浴びせているー。

康介は、三人の方を見つめて、自虐的に笑みを浮かべてから、
室井教授(裕司)の方を見つめたー

「--俺の母さん、病気なのは、知ってるよな」
康介が言うと、
室井教授(裕司)は「あぁ…」と頷くー

康介の母親は、病気で入院中だー
父親は、既に数年前に他界、
母親と二人暮らしである上に、
半年ほど前から母親は体調を崩し、病院で入院中ー。

康介は、母親のお見舞いに頻繁に通っていたー

「--もうさ、助からないんだ。母さんは」
康介がそう呟いたー

「え…」
室井教授(裕司)が驚くー。

康介は、母親の病状を語らなかったが
既に、余命宣告を受けていて、
助からないのだと、康介は説明したー。


そんなときのことだったー

康介は、偶然、
蘭堂美穂と、荒瀬大吾が会話している場面を目撃してしまったー。

そしてー
康介は入れ替わり薬の存在を知ってしまったー。

話を盗み聞きした康介は、
蘭堂美穂が荒瀬大吾に”協力してくれれば、入れ替わり薬を報酬として渡す”
ことを約束しているのを聞いて、すぐに思ったー

”この薬があればー
 母さんを助けることが出来るー”

とー。

「-ーー母さんを、助けたかったんだー」
康介が歯ぎしりしながら呟くー

康介の家は、昔から決して裕福ではなかったー
その上、父親まで既に亡くなっていて、
母親には、本当に苦労をかけたー。

もうすぐ一人前になって、ようやく親孝行できるー
そう思った矢先の、母親の病ー。

「--どうしても……どうしても……」
康介の目は真っ赤に染まりー
悔し涙のようなものを流しているー

入れ替わり薬を手に入れれば、母親は助かるー
既に”入れ替わる”ことを承諾してくれている相手もいる、と
康介は説明したー。

「------」
室井教授(裕司)は康介の方を見つめているー。

何て言葉を掛けようか、迷っていたー

雨が降り注ぐー。
入り口付近に雨宿り状態の
梨桜と麻奈美、誠一が、複雑そうな表情で
康介たちを見つめるー

室井教授(裕司)と、
全てを自白した康介と、
座り込んだまま黙っている美穂が、雨に濡れているー。

「--でも、そんなのお前たちを裏切った理由には、ならないよな」
康介はそう呟くと、室井教授(裕司)の方をまっすぐ見つめたー

「ーーーーー」
室井教授(裕司)は、康介を見つめ返すと、

「-梨桜を巻き込んだことは、絶対に許せない」
と、強い口調で言葉を口にしたー

康介がうなずくー。

荒瀬大吾は昆虫と入れ替えられて廃人状態ー
室井教授は裕司の身体のまま死亡ー

多くの、犠牲者が出たー

そのことは、絶対に許さないー、
室井教授(裕司)は康介にそう言い放つー
座り込んだままの美穂にも聞こえるようにー

「でもーーー」
室井教授(裕司)は、あらゆる負の感情を飲み込んで、
康介の肩をポンポンと叩いたー。

「--お母さんが、助かって、良かったな」
とー。

室井教授(裕司)は、それ以上何も言わなかったー

雨の屋上に
座り込んだままの美穂と、立ったまま項垂れている康介を残して、
屋上の入口のほうー
梨桜、麻奈美、誠一が待つ方に向かって行くー

「----」
康介は、今一度歯ぎしりをすると、
突然、室井教授(裕司)の肩を掴んだー

あまりにも、強い力ー

室井教授(裕司)は、突然のことに驚くー

そして、驚くと同時にーー
康介が、室井教授(裕司)にキスをしたー

「--はっ!?」
麻奈美が驚くー

「--えっ!?」
梨桜も驚くー。

「--!?」
眼鏡をかけたクールな誠一も驚くー

座り込んだままの美穂も驚いて目を見開いたー。

屋上に落ちて来る雨粒の音だけが、
響き渡るー。

そしてーーー

「---男とのキスは、最初で、最後だー」

そう、康介がー
いやー
室井教授が呟いたー

康介のポケットから、
”容器”が音を立てて転がり落ちるー。


「--あれは」
美穂が呟くー

康介のポケットから転がり落ちたのは、入れ替わり薬ー

「---どうしてーー」
康介が呟いたー


「--ーーー」

康介は、美穂から”報酬”としてもらった
入れ替わり薬を母親には使わずー、
それを飲んでこの屋上にやってきてー
そして、室井教授になってしまった裕司に対して
使ったのだー

室井教授になった康介が言うー。

「---俺に、出来るのは、これだけだー。
 本当に、すまなかったー」

康介になった裕司は戸惑っているー


「--ーー必死に、梨桜ちゃんを助けようとしてる
 お前を見てたらさー

 必死にー
 必死に裕司と梨桜ちゃんを助けようとしてるお前たちを見てたらさー…

 俺、何やってるんだろうなって…」

室井教授(康介)が
天を見上げるー。

「それでも、母さんのため、母さんのため、って
 自分で自分を誤魔化して
 ここまで来たけどー

 やっぱ、、ダメだったー…

 親友を、余命半年のおっさんの身体になんか、しておけねぇよ…」

室井教授(康介)の言葉に、
康介(裕司)は表情を歪めるー

美穂も険しい表情で室井教授になった康介を睨んでいるー


「-ーもっと早くー
 もっと早くーーーー

 言いだす勇気があればー
 お前の身体も死なずに済んだのにーーー

 本当に、、、本当にすまなかった」

室井教授(康介)は雨に濡れたまま、
康介(裕司)に向かって土下座したー


もう、裕司を裕司に戻すことはできないー
裕司の身体は、死んでしまったからー。

これがー
”残された最後の1本の入れ替わり薬”で出来る、
精一杯の償いー。

自分が、室井教授の身体を引き受けー
裕司に、自分の身体を差し出すー。

もちろん、それでも、裕司が”他人の身体”で
生きていくことになるのは変わりないー。

でもー
それでも、
余命半年の室井教授の身体よりはーー

これしかーー
これしか、もう、方法はないからー。

裕司の人生を奪ってしまった”償い”を
するためには、これしかーー

康介(裕司)が、室井教授(康介)に近づくー

「--------」


雨がさらに強まるー


”親友”に裏切られたー
大切な梨桜を巻き込んだー
裕司の身体は死んでしまったー
荒瀬大吾や室井教授も巻き込んだー

あらゆる感情が沸き上がって来るー。

母親のためとは言え、
入れ替わり騒動を引き起こした美穂に手を貸しー、
親友を裏切り、多くの人を傷つけたことは、
許されることではないー

だが、康介はギリギリのところで改心したー

もう、手遅れなこの状況で、
やっとの思いで、絞り出した”償い”がー

”自分の身体を裕司に差し出し、
 余命あとわずかの室井教授の身体を引き受けるー”

だったのだろうー。

康介(裕司)は、
”これ以上責める言葉”は、かけなかったー。

”お前はどうするんだ?”

という気持ちやー

”お前の身体で生きていくなんて、やっぱり罪悪感がー”

という気持ち、
色々な気持ちが、裕司の中に溢れるー

だがーー

室井教授になった康介の目を見て、
康介になった裕司は、全てを受け止めたー

”親友が、多くの人を巻き込んだ”罪”をどう償うか
 考えた上での決断ー

 そして、覚悟を決めた上での決断”

裕司は、それを受け止めー
室井教授(康介)を見て、静かに頷いたー。


「---蘭堂さんは、俺に任せろー。
 俺たちが引き起こしたことだー。
 後始末は、俺たちで、つける」

室井教授(康介)の言葉に、
康介(裕司)は、一瞬、美穂と室井教授になった康介で心中するのではないか、と
思ってしまったが、
すぐに室井教授(康介)の目を見て
そうではないことを悟るー。

「---」
康介(裕司)は頷くー。

そして、それ以上、言葉を掛けずー
康介の覚悟を受け取った裕司は、
康介の身体で、屋上の入口ー、
梨桜、麻奈美、誠一が待つ方に向かうー


「--裕司!」
室井教授(康介)が叫んだー

「--お前と親友になれてーー
 本当に良かったー

 梨桜ちゃんも、笠倉さんもーー
 そして、クソメガネも!

 本当に今まで、ありがとなー」

室井教授(康介)はー
”俺、こんな大切な仲間たちを自ら捨てたんだな”と
自虐的に微笑むー。

「--ったく、こんな時でもクソメガネ呼ばわりかよ」
誠一はそう呟くと、
屋上から立ち去っていくー

麻奈美も、寂しそうに屋上から立ち去るー。

康介になった裕司は、
梨桜の方を見つめるー

梨桜は少しだけ迷った後にー
「--裕司…ありがとう」と、優しく微笑んだー

雨に濡れる屋上に残った
室井教授(康介)と美穂ー。

「-----裏切者っ!」
美穂が叫ぶー。

「---…」
室井教授になった康介は、美穂の方を見つめたー。

「--世の中って理不尽だよなー。
 思い通りにならないことばっかりー。」

室井教授(康介)が、座り込んだままの美穂に近づいて
しゃがみこんだ状態で、美穂に話しかけるー

「--でも、誰だって、理不尽な目に遭いながら
 それでもなんとか、必死に前に進もうと生きてるー」

室井教授(康介)は、そう呟きながら、
美穂の方をまっすぐ見つめたー

「-君は、現実から目を背けて、逃げてるだけだー。
 他人に八つ当たりをして、鬱憤を晴らしてるだけだー。」

裕司や梨桜は、どんな理不尽な目に遭おうと
現実と想いーー
理想と現実の違いの狭間でもがき苦しみながらも、
立ち向かったー

いやー
他のみんなだってそうだー

裕司の幼馴染・麻奈美は、
裕司のことが好きなのに、彼女になれなかった”現実”
梨桜の身体が室井教授に奪われて、一瞬”チャンス”と思ってしまいながらも
最後には、裕司の幼馴染として、裕司と梨桜を応援する道を選んだー

過去に妹を失っている誠一も、
必死に妹の分まで生きようとしているー

誰もが、
理想と現実の違いに苦しみながらも、なんとか、生きているー

「-ーあんただって…あんただって!」
美穂が室井教授(康介)を見つめながら叫ぶー

「--あぁ、俺も、逃げてたー。
 裕司を裏切って、梨桜ちゃんを裏切ってー
 入れ替わり薬を手に入れて、母さんを救おうとしてたー。

 どうして、俺の両親ばっかりこんな目に遭うんだって、
 理不尽に感じて、その現実から目を背けてたー。

 蘭堂さんと同じだー

 俺も、理不尽な現実から、目を背けてー
 友を裏切って、自分の欲求だけを満たそうとしてたー」

室井教授(康介)は、そう呟くとー

「でもーー」
と、雨降る空を見つめたー

”それじゃ、ダメなんだってー
 あいつらが気づかせてくれたー”

とー。

裕司たちの一生懸命さー
どんな理不尽にも立ち向かう懸命さー、
彼女である梨桜のため、自分が余命半年の室井教授の身体を
引き受けて、梨桜に身体を帰す道を選んだ裕司の想いー

それらが、室井教授(康介)にも、
現実に立ち向かう力を与えてくれたー。

「--蘭堂さん」
室井教授(康介)が、美穂に手を差し伸べるー。

「俺も、現実に立ち向かうー
 罪を、受け入れて償うー。

 だから、蘭堂さんもー
 一緒にーー

 俺が一緒に、償ってやるからー」

室井教授(康介)の言葉に、
美穂は観念した様子で、
室井教授(康介)の方を見つめたー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「----」

大学の構内に戻った康介(裕司)、梨桜、麻奈美、誠一の4人は
戸惑いの表情を浮かべていたー

「--も、元に戻れてよかったね!梨桜ちゃん!」
麻奈美が元気づけようとして梨桜に言うと、
梨桜は「うん…みんな本当にありがとう」とお礼の言葉を
述べながらも、康介の身体になった裕司の方を見つめたー

”同じ年齢の男子”の身体になったとは言え、
やはり、他人の身体であることには変わりはないー

裕司は、もう、裕司として生きていくことはできないー

「----……はは、俺なら大丈夫」
康介(裕司)は笑ったー。

「--こうして、みんなと一緒にいられるんだし、
 生きてられるだけで、幸せさ」

康介(裕司)は、色々複雑な思いはあったものの、
そう、前向きに呟いたー。

「-ーーーー」
誠一は、康介(裕司)の肩をそっと叩くと、
そのまま麻奈美に声をかけて立ち去っていくー

”ふたりにしてやろう”という
誠一の配慮だったー。

麻奈美も、複雑そうな表情を浮かべながら、
康介(裕司)と梨桜に声をかけてから、立ち去っていくー



「--梨桜」
康介(裕司)が言うー。

「--イヤだったら、無理しなくて、いいからな」
康介(裕司)の言葉に、
梨桜は戸惑うー

「-ほら、中身は俺でも、身体は康介のだしー
 それに、俺だって、中身が梨桜だってわかってても
 室井教授の身体の梨桜には、うまく接することができなかったしー」

”恋人”の身体が変わるー
その、複雑な気持ちを、裕司はよく理解しているー

梨桜が、室井教授の身体になっていた間ー、
裕司は何度も何度も、戸惑ったからー。

”今まで通り接するのは難しい”
そう、思ってしまったからー

「--俺は梨桜が元に戻れただけで十分だし、
 これからも、友達として、近くにいることができれば、それでーー

”別れ”も覚悟した康介(裕司)の言葉ー

しかしー

「--!」

梨桜が康介(裕司)に抱き着いて、
有無を言わさず、康介(裕司)にキスをしたー

「--えっ…」
康介(裕司)は顔を赤らめながら梨桜を見るー

梨桜はにっこりとほほ笑んだー。

「-ー身体が何でも、わたしにとって、裕司は裕司ー。

 そんなこと言わないでー。
 裕司は、これからも、わたしの大切な存在だよ」

梨桜の言葉に、康介(裕司)は「梨桜…」と呟きながらー
「でも、俺は室井教授の身体の梨桜のことを…」
と、言葉を口にしようとするー

裕司は、室井教授になった梨桜をうまく愛せなかったー

それなのに、自分だけ愛してもらおうなんてー

「---わたしには、できる」
梨桜が優しく笑いながら康介(裕司)の方を見つめたー

「--身体が誰の身体でも、わたしには、できるー。
 裕司は、裕司だもん」

梨桜の言葉に、康介(裕司)は一瞬”嫌味”かと
思ったものの、
梨桜には、そんなつもりはまるでなかったー。

続く梨桜の言葉で、康介(裕司)も真意を理解するー。

「でもーー
 わたしには、裕司みたいなことはできないー」

梨桜が言うー。

「-え」
康介(裕司)が言うと、
梨桜は、笑いながら答えたー。

「-わたしじゃ、裕司みたいに、
 室井教授に立ち向かったり、入れ替わりを仕組んだ人を探すなんて
 絶対できないよ…

 立場が逆だったら、たぶん、わたしは何もできなかったー」

梨桜はそこまで言うと、康介(裕司)の方をまっすぐ見つめたー

「カンペキな人間なんて、いないー
 誰にだって、できること できないこと、あるでしょ?

 だからー
 気にしないでー。」

何でも完璧にできるー

それは”理想”-

でも、人間はそんなに完璧な生き物じゃないー
どんなに理想を追い求めても、現実は厳しいー

「---梨桜…」
康介(裕司)はそれだけ言うと、優しく微笑んで答えたー

「--身体は変わっちゃったけどー
 これからも、一緒に……そばにいてくれるかな?」
康介(裕司)が言うと、
梨桜は「うん」と、嬉しそうに頷いたー

・・・・・・・・・・・・・・・・・

数日後ー。

「----行くの?」

室井教授になった康介は、誰にも会わないように、
大学から自分の私物を回収して、引き上げようとしていたー。

そんな室井教授(康介)の姿を偶然見かけた麻奈美が声をかけるー。

「--笠倉さん」
室井教授(康介)が振り返ると、麻奈美は少し
怒った表情で室井教授(康介)に近づいたー。

「-…あんたが、”監視役”だったなんて」
麻奈美の言葉に、室井教授(康介)は「言い訳はしないさ…」と、
首を振ったー。

「---」
麻奈美は、掛ける言葉が浮かばず、戸惑うー。

康介の”裏切り”は許せないー。
康介が美穂と結託せずに、美穂が入れ替わり薬で悪事を
企てていたことを、先に裕司たちに伝えていれば
こんなことにはならなかったのは事実ー。

けれどー
一方で、
”母親を助けたい”-
という康介の気持ちはある程度理解できたし、
康介が改心した点も含め、
許せないけど、これ以上責める気持ちーー
にも、なれなかったー

「ねぇ…”お母さん”と入れ替わってくれる人って誰だったの?」
麻奈美が言うー

康介は、屋上で
”既に母親と入れかわってくれる相手も決まっている”
というようなことを言っていたー

「----」
室井教授(康介)は頭を掻きながら答えたー

「--俺だよー。
 俺が、母さんに身体を差し出すつもりだったー」

室井教授(康介)が言うー。

それしかなかったー。
誰かを犠牲にすることは出来ないー
だから、康介は入れ替わり薬を手に入れたら
自分と母親の身体を入れ替えて、母親を助けるつもりだったー。

「---……バカみたい
 そんなことして、お母さんが喜ぶと思う?」

麻奈美が呆れた顔で言う。

「---だよな…。
 でも、、、でもさ、それでもー
 俺は、助けたかったんだー

 ずっと、苦労をかけてばっかだったからー」

室井教授(康介)が空を見上げるー。

今日の空は、晴れているー

結果的に母親を助けることはできずー
自分の身体まで失ったが、でも、どこかー
すがすがしい気持ちだったー。

「---ま、結果的に身体を渡す相手が変わっちゃったけどな」
室井教授(康介)はそれだけ言うと、

「--俺も、母さんも、余命あとわずかだからさー。
 俺は最後まで、母さんの側にいるよー。

 どんな姿でも、母さんの側にいることがー
 最後の親孝行だと思うからー」

室井教授(康介)はそれだけ言うと、
麻奈美に背を向けて、「じゃあな」と呟いたー。

「--------」

麻奈美は何も言わなかったー。

室井教授(康介)の背後で自動販売機の音がするー

そしてー
「待って!」と、麻奈美が駆け寄って来たー

「ん…?」
室井教授(康介)が振り返ると、
麻奈美が「難しいと思うけど、あんたに暗い表情は似合わないー
だから、元気出してー」と、
麻奈美が、りんごジュースを、室井教授(康介)に手渡したー

室井教授(康介)は、以前、
病院で落ち込んでいる麻奈美に、
自分も同じように、飲み物を手渡して「元気出せよ」と
声をかけた時のことを思い出したー。

麻奈美はきっと、その時の「お返し」のつもりなのだろうー

室井教授(康介)は微笑みながらー

「-おっさんに、りんごジュースか」と、苦笑いしたー

今の康介は”室井教授”の身体だー。

その言葉にー

「ーーあんただって、わたしにコーヒー渡して来たでしょ!」

と、麻奈美は笑いながら、室井教授(康介)の肩を叩いたー


”ありがとなー

 そしてー

 ごめんなー”

大学の方を振り返りー
室井教授(康介)は、そのまま姿を消したー

余命あとわずかー。

でもーー

”同じ立場になってみてー
 初めて母さんの気持ちがわかったよー”

大事な人を傷つけてー
大事な人を裏切ってまでー
生きていたいかー

きっと、母さんはNoだろうー。

自分だって、そうだー。


”大切な人に、最後まで側にいてほしいー”
”大切な人たちに、幸せでいてほしいー”

室井教授(康介)は少しだけ自虐的に微笑むとー

「-俺、最後まで母さんの側にいるからなー」
と、母親の入院する病院へと向かって行ったー


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「---蘭堂さんは、自首したよ
 ま、どんな罪になるかは、わからないけど」

眼鏡をいじりながら、誠一が言うと、
康介(裕司)は「そっか」と呟いたー

「--蘭堂さんは…どうして、こんなことしたんだろうな?」
康介(裕司)が空を見上げながら呟くと、
誠一は眼鏡の位置を調整しながら言ったー。

「--きっとー
 ”あの時”からだー」

とー。

誠一は、蘭堂美穂と同じ中学・高校の出身で
一学年下ではあるものの、美穂のことを元々知っていたー。

美穂は、とても良い子で、真面目な子で、
明るい子だったのだと言うー。

「--おじいちゃんが大好きな子でさ、
 小さいころから、よくおじいちゃんに絵を見せてあげていたらしい」

誠一がそこまで言うと、
目を閉じながら”続き”を語ったー。


誠一が高校2年、美穂が高校1年の時だったー。

美穂の祖父が事故で死んだー。
美穂の目の前で、暴走車に跳ねられて、死んだー。

犯人は、認知症の高齢者ー。

”責任能力なし”

何の、罪にも問われなかったー。

その時からだったー
美穂の口癖が”理不尽”になったのはー

その時からだったー
美穂が異常なまでに”美術”に執着を示すようになったのはー


”おじいちゃんに、私の絵を届けるんです”
「--って、いつも言ってた」

誠一の言葉に、康介(裕司)は表情を歪めたー。

「---」
康介(裕司)は、少しだけため息をつくと、そのまま
大学の木々を見つめたー。

「---」

蘭堂美穂のしたことは許されないー。

けれどー
目の前で、祖父が車にはねられて死ぬ場面を目撃しー
その上、その犯人は何の罰も受けることなくー

彼女は、裕司に想像も出来ないほどにー
過酷で、理不尽な思いをしてきたのかもしれないー

そしてー
美術のサークルで”落とされた”ことが
最後の引き金となってー


ギリギリのところで、掛けられていた
”理性”と言う名のブレーキが、壊れてしまったのかもしれないー。


「---井守」
康介(裕司)が言うー。

「--ん?」
誠一が康介(裕司)の方を見るー

「--人生って、なかなか思い通りにはいかないな…」
少しだけ寂しそうに呟いた康介(裕司)ー

そんな康介(裕司)を見つめながら、
誠一は少しだけ笑うと、「そうだな…」と呟いたー。




人には、秘めた想いがあるー

こうあってほしいー
こうなりたいー

色々な夢があるー。



「----」
大久保学長は、受話器を置いて、イスにもたれかかったー。

大学の名誉を守りたかったー
そのため、色々な不祥事を闇に葬ろうとしたー。

けれどー
それも、限界ー

マリア・恵が薬物の売買で逮捕されー
蘭堂美穂が入れ替わり騒動で自首ー。


大久保学長は、理事会で”解任”が決定したことを告げられたー。

「----」
大学のシンボルを見つめる大久保学長ー。

”大学を守りたかったー”

その”想い”は、届かなかったー



全てが自分の想い通りに行く人間なんて、いないー

人は躓き、
こんなはずじゃなかったと後悔しー、
幾重もの理不尽な思いに耐えー
それを乗り越えてー

少しでも、自分の想いに、理想に近づこうともがいていくー。



「----あなたは?」

病室に入って来た室井教授(康介)を見て、
康介の母親は驚くー。

「---」
室井教授(康介)は、黙って母親の手を握ったー。

「--あんた…」
康介の母親は、見た目は違えど、それが自分の息子であると悟ったー。

「……俺……ごめんな…」

”母親を救うことは出来ないー”
どんなに、想いを抱いてもーー
母親を助けることは出来ないー

”助けられなくてごめん”

そしてー

”親友を犠牲にしてまで、入れ替わり薬を手に入れようとするような
 ダメな息子でごめん”

そんな意味の込められた謝罪の言葉ー。

母親は、少しだけ微笑むと、黙って室井教授(康介)の頭を撫でたー。


”母さんを救うことはできないけどー
 最後まで一緒にいてあげることはできるー”

室井教授(康介)は
「俺…最後まで、そばにいるからー」

と、寂しげな様子で呟いたー



現実は、厳しいー

叶わない夢ー
届かない想いー
襲い掛かる理不尽ー

人は誰でも、想いと現実の狭間で苦しんでいるー


けれど-


「---最近どう?」
麻奈美が食堂で、梨桜を見つけて声をかける。

「--あ、笠倉さん!うん!すっかり元気だよ!」
梨桜がスイーツを食べる手を止めてほほ笑むー。

「--色々な梨桜ちゃんを見て来たけどー
 やっぱり、中身が梨桜ちゃんの状態が、一番しっくり来るね」

笑いながら言う麻奈美ー

室井教授が中身の梨桜ー
裕司が中身の梨桜ー

色々、見て来たー

けれどー
やっぱり、梨桜の中身は、梨桜ちゃんじゃないとー、
と、麻奈美は思いながら「それ、おいしそう~!」とスイーツを
指さすー。

「新メニューなんだって!」
梨桜が言うと、麻奈美が「じゃあわたしも食べよ~」と、
食堂のカウンターの方に向かって行くー

スイーツを手に、嬉しそうに戻って来た麻奈美に対して
梨桜は「本当に、ありがとう」と、改めて
入れ替わっていた時のお礼を口にしたー

「----ううん。わたしは何もー」

麻奈美は、そう言いながら、少しだけ寂しそうな表情を浮かべたー


本当はー
自分が、裕司の彼女になりたかったー。
そんな想いは、今でも、あるー。

一瞬とは言え、
室井教授と入れ替わってしまった梨桜を見て
”チャンス”だと思ってしまった自分もいるー。

麻奈美もまた、想いと現実の狭間で苦しみー
そして、苦しみぬいた末に、答えを出したー

「--裕司くんも、梨桜ちゃんも、わたしの大切な”友達”だからー」

彼女になることはできないー

でも、2人とも、麻奈美にとっては大切な親友ー。

彼女になることはできなくてもー
こうして、一緒にいられることが、今の麻奈美にとっては
一番の幸せだったー。

「--梨桜、笠倉さん」
康介の姿をした裕司がやってくるー

「--あ、裕司!」
梨桜が嬉しそうに手を振るー

麻奈美も、「裕司くん」と、笑顔を浮かべるー

康介(裕司)が、梨桜と嬉しそうに雑談しているー。
梨桜も、とても楽しそうだー

そんな様子を見つめながら
麻奈美は静かに微笑んだー


梨桜もどこかでー
彼氏の裕司が康介の身体になってしまったことには思うところがあるだろうー。

裕司もー
自分が康介の身体になってしまったことで、色々と不便な思いも、
辛い思いもしているはずー

でもーーー
今、康介(裕司)と梨桜の二人からは、全くそれを感じさせないー。


”理想”とまではいかなかったけれど、
与えられた”現実”の中で、必死に前に進もうとー
いやー
もう、既に進んでいるー。


「--それおいしそうだなぁ~」
康介(裕司)が、梨桜と麻奈美が食べていた新作のパフェを指さす。

「-ー美味しいよ~?裕司も食べる?」
梨桜がスプーンを康介(裕司)の方に向けるー。

「--康介の口に合うかなぁ~」
笑いながら梨桜のパフェを一口貰う
康介(裕司)-

「--うまっ!これはうまい!康介の口でもうまい!」
康介(裕司)が嬉しそうに笑うー。

決して”自虐ネタ”ではないー
もう、”康介の身体で生きる”と、前を向いているー


「---俺も頼んでくる!」
康介(裕司)が味見して美味しいことを確認すると、
自分の分も、と、食堂のカウンターの方を見つめるー

立ち上がった康介(裕司)が麻奈美の方を見て
少しだけ微笑むと、麻奈美に近づいて小声で囁いたー

「もう、大丈夫だから」
康介(裕司)はそれだけ言うと、優しく笑うー

「え」
麻奈美が一瞬戸惑うと、
康介(裕司)は笑ったー

「笠倉さんとは、幼馴染なんだし、
 ”心配”が顔に出てると、すぐに分かるさ」

とー。

麻奈美は事実、裕司が康介の身体になったことを、
まだ心配していたし、複雑な気持ちだったー

「--俺なら大丈夫ー。
 笠倉さんにも、みんなにも、色々違和感があると思うけど、
 …とにかく、俺はもう大丈夫だからー。」

康介(裕司)の言葉に、麻奈美は「うん」と、安心した様子で微笑んだー。


康介(裕司)が立ち去っていくと、
梨桜が麻奈美に「何て言われたの~?」と笑いながら尋ねるー。

「え?うん、もう大丈夫だから、って」
麻奈美が言うと、梨桜は、康介(裕司)の後ろ姿を見ながら微笑んだー。




想いと現実の狭間でもー
全て、想い通りにいかなくてもー
理不尽まみれのこの世界でもー

きっとーー
生きている限り、幸せを見つけることはできるからー



「---」
康介(裕司)は自分の手を見つめて、少しだけ寂しそうに笑うと、
前を向いて歩み始めたー



おわり


・・・・・・・・・・・・・・・

コメント

ついに完結…!
お祭りでたくさんの作品が存在する中、
わざわざ私の作品を、
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました!!

TS解体新書様でのお祭りは今回が最後になる、とのことで、
TS解体新書様への感謝の気持ちと、
皆様への感謝の気持ちを込めて、今回は今までの作品以上に
ボリュームの多い作品を作りました!

TS解体新書様は、私がまだサイトや執筆を始める前から
知っていたサイトで、作品を読んだりもしていて、
私にとっても思い出深いサイト様ですし、
過去に、2度お祭りにも参加させていただいたこともあり、
とても、お世話になっているサイト様デス…!

そんな解体新書様の最後のお祭りに参加できたことを
とても嬉しく思います☆!

TS解体新書様のサイト自体は、今度も続いていくと思いますので、
今後も応援する気持ちは変わりません!

私自身も、これからもTSFの世界の片隅で、
頑張っていきたいと思います!!

ここまでお読み下さった皆様、
そしてTS解体新書様、
本当にありがとうございました☆!














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