想いと現実の狭間で⑥
 作:無名


夕暮れ時の大学の屋上で
夕日を見つめていた梨桜(裕司)-

背後からやってきたのは、
幼馴染の麻奈美ー

「--笠倉さんー」
梨桜(裕司)が呟くと、
麻奈美は静かに微笑んだー。

そして、近づいてくる麻奈美ー。

麻奈美は、静かに口を開いたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

☆登場人物☆

檜山 裕司(ひやま ゆうじ)
大学生。彼女想いの好青年。優しい性格。

雪本 梨桜(ゆきもと りお)
大学生。裕司の彼女。現在は裕司がその身体を使っている。

瀬島 康介(せじま こうすけ)
大学生。裕司の親友で、いざという時、頼りになる存在。

笠倉 麻奈美(かさくら まなみ)
大学生。裕司の幼馴染で良き理解者。

荒瀬 大吾(あらせ だいご)
大学生。不良生徒。廃人同然の状態で入院中。

蘭堂 美穂(らんどう みほ)
大学生。裕司らの後輩。

井守 誠一(いもり せいいち)
大学生。眼鏡をかけたインテリ風男子。

室井教授(むろいきょうじゅ)
大学教授。裕司の身体を奪い、そのまま飛び降りて死亡した。

大久保学長(おおくぼがくちょう)
大学の学長

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「----大丈夫?」
麻奈美が口を開くー

「--まぁ…なんとかー」
梨桜(裕司)は、そう呟くと、再び夕日を見つめたー。

「--でもーー他人の身体で過ごすって大変だな」
梨桜(裕司)は苦笑いしながら、そう呟いたー。

「--特に、性別も変わっちゃってると、本当に色々さー。
 例えば、スカートの中が見えないように、とか
 そんなことまで気にしないといけないー」

梨桜(裕司)の言葉に、麻奈美は「そうだね…」と笑うー。

「---でも、梨桜も、男の身体ー…
 室井教授の身体になって苦しんでるんだよな…
 
 だからーー
 早く、梨桜にこの身体を返してあげたいー」

梨桜(裕司)が、麻奈美の方を見つめながら言うー。

「----」
麻奈美が表情を曇らせるー。

「--俺、呼ばれたんだ」
梨桜(裕司)がスマホの画面を見せるー

そこにはー
”室井教授に入れ替わり薬を提供した人物”からの
招待状ー

とある映画館と、約束の時間が記されているー

「----行くの?」
麻奈美が心配そうに言うー。

「--あぁ」
梨桜(裕司)はそれだけ呟くと、屋上の出口の方に向かうー。

「--裕司くん」
麻奈美が、梨桜(裕司)を呼び止めるー

「----大丈夫」
梨桜(裕司)はそれだけ言うと、
”入れ替わり”を招いた中心人物に会うためー
約束の場所に向かって、歩き始めたー

屋上に一人残された麻奈美は、
寂しそうな表情で、一人、夕日を見つめたー

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「---」
梨桜(裕司)は、梨桜の身体でトイレを済ませるー。

”なんか罪悪感が凄いな…”

女子の身体でトイレ、という行為に
罪悪感を感じながらも
「漏らすわけにはいかないしな…」と苦笑いしながら、
深呼吸をするー。

室井教授(梨桜)に、”ちょっと遅くなるけど、
心配しないで、家の中で待ってて”と連絡を入れると、
”いつも、何もできなくてごめんね…”と
室井教授(梨桜)から返事が返ってきたー。

”そんなことないさ”と、返事を送ると、
梨桜(裕司)はスマホを閉じて、
そのまま、”提供者”との待ち合わせ場所に向かうー。

指定された映画館に到着した梨桜(裕司)-。

”18:30”
映画を観るように、指定されているー。

梨桜(裕司)は困惑しながらも、
その映画のチケットを購入して、
そのまま劇場内に入るー。

室井教授に入れ替わり薬を”提供”した人物は
いったい、誰なのだろうかー。

”売人”はマリア恵ー

”連絡役”は、荒瀬大吾ー

梨桜の身体を奪ったのは、室井教授ー

そしてー
残るのは

室井教授に入れ替わり薬を提供した”提供者”-

荒瀬大吾が口にしていた”監視役”-

この二人だー。

そのうちの提供者が、自ら会う、と言ってきたのだー。


飲み物を手にしながら、梨桜(裕司)は
”提供者”が姿を現すのを待ったー。

室井教授は、単に”提供者”から入れ替わり薬を提供されて
梨桜の身体を奪ったー

単なる”コマ”に過ぎないポジションだったのだと
梨桜(裕司)は思うー。

マリア恵は、入れ替わり薬を売っただけー、

”連絡役”と”監視役”は
大吾の言葉から察するに
”提供者”から入れ替わり薬を見返りに協力しているだけー

と、すればー
今から会う”提供者”が
一連の事件の黒幕だー。


「------」
梨桜(裕司)は緊張した面持ちで周囲を見渡すー。
知っている顔は、いないー。

そして、そのまま映画の上映が始まるー

”理不尽”な扱いを受けて、
人生の希望を奪われた女子大生が主人公の映画だー。

”理不尽な世の中”
そんなテーマの作品なのだろうかー。

そんな映画を見ながら梨桜(裕司)は考えるー。


入れ替わり薬は5本だと、大吾が言っていたー。

1本は、室井教授が梨桜と入れ替わるために使ったー

2本目は、荒瀬大吾が、(おそらく)昆虫と入れ替えられた際に使われているー

3本目は、裕司が梨桜(室井教授)と入れ替わった時に使用されたー。

と、すれば”提供者”が持つのは、残り2本だー。
そのうち1本は、おそらく”監視役”に見返りとして渡すつもりだろうー。


「--ー素敵な映画」
背後から”女”の声がしたー

「---!!」

梨桜(裕司)がその声に
振り返るー

だがー
暗い劇場で、顔がはっきりと見えないー

「----」
その女は、口元に手を当てたー。

”上映中だから、静かにー”
そういう、仕草だー。

”世の中の理不尽”に全てを失った女子大生が
力を神から授かりー
それを逆転、さらには復讐していくお話ー。

最後には、映画の中の主人公の女子大生は
自分から全てを奪った人々に徹底的な復讐をしてー

そして、物語は幕を閉じたー

「----」
梨桜(裕司)は戸惑うー

エンディングのスタッフロールが流れ終わりー
劇場に光が取り戻されるー。

梨桜(裕司)はすぐに後ろを見たー

そこにはーーー

「--あっれぇ~~~~!?
 真犯人はお前だったのか!みたいな顔しちゃって、
 どうしたんですかぁ~?
 先輩ーー」

「---…ーー!」
梨桜(裕司)は言葉を失っているー

映画館の中で、梨桜(裕司)の背後に
やってきたのはー
後輩の蘭堂 美穂ー。

梨桜と同じ美術系のサークルに所属していて、
梨桜を通じて裕司とも知り合い、
”先輩”と懐いていた後輩の美穂ー。

「---…みたいな顔、じゃなくて、そういう顔だよ」
梨桜(裕司)が困惑した様子で、美穂に言うー。

美穂は梨桜(裕司)は、立ち上がると、笑みを浮かべたー。

「--わたしが、マリア先輩から、入れ替わり薬を購入してー
 室井教授に提供した張本人です」

にっこりと笑う美穂ー

映画館の賑やかな音が耳に入らないぐらいにー
梨桜(裕司)は唖然としていた。

「---お話は、外でー」
美穂が、上映の終わった劇場からの移動を促すとー
映画館の前の噴水が音を立てて流れている広場に、
梨桜(裕司)と共にやってきたー。

噴水の音が、響き渡るー

立ち止まると、梨桜(裕司)が先に口を開いたー

「蘭堂さん…君が…?君が、室井教授に入れ替わり薬を…?」
梨桜(裕司)が信じられない、という様子で呟くと、
ネオンに照らされた噴水を見つめながら、美穂は呟いたー

「--この世は、理不尽ですー
 さっきの、映画のようにー」
美穂がクスッと笑うー。

「----」
梨桜(裕司)が美穂の方を見つめるー

美穂は振り返って梨桜(裕司)を見つめると、
「--本当に、理不尽ー」
と、低い声で美穂は呟いたー。

噴水の音が、周囲の賑わいを消すー

梨桜(裕司)は、美穂の方を見つめながら
何て言葉をかけていいかわからない、という表情を浮かべたー。

「---どう反応していいかわからない、って顔してますね?」
美穂が微笑むー。

「---…どうして…?」
梨桜(裕司)が、悲しそうに呟くー

「どうしてなんだ…?」
梨桜(裕司)の言葉に、美穂はクスッと笑うー。

「---言った通りですー。
 この世は”理不尽”-

 さっきの映画の主人公の子と、わたしは同じー」

美穂は、噴水をうっとりとした目で見つめたー

「--わたしからー
 ”先輩たち”は、”希望”を奪ったんですー」

「--蘭堂さんの希望を…俺と梨桜が?」
梨桜(裕司)が戸惑いながら呟くー

後輩の美穂に、何かをした覚えはないー。

「--そうですよ」
美穂は、噴水を見つめたまま、目を瞑ったー。



美穂と梨桜は、同じ美術系のサークル所属ー

数カ月前、とあるコンテストに代表として出展する作品を
そのサークル内で決めていたー。

テーマは”真実の愛”-。

美穂は、将来、美術系の道に進みたいと考えていてー、
そのための努力を日々、惜しまなかったー。

毎日毎日、絵の練習をしてー
毎日毎日、絵の勉強をしてー

夢のために、確実に、一歩一歩、進んでいたー

小さいころからよく、”おじいちゃん”が
美穂の絵を褒めてくれていたー。


”真実の愛”
そのテーマに沿った作品をー
美穂は一生懸命、完成させたー

けれどー

サークルの代表として提出する作品はー
梨桜のものが選ばれたー

教授に抗議しに行った美穂に対してー、
教授は言ったのだー。

「--”彼氏のいる”梨桜の描く”真実の愛”の絵には
 説得力があるー」

とー。


噴水を見つめていた美穂が呟くー。

「---先輩には、彼氏がいるー
 わたしには、いないー
 それだけの理由で、わたし、全否定されたんですよ?」

美穂の言葉に、梨桜(裕司)が困惑するー

「---ぜ、全否定って…」
梨桜(裕司)は困惑してしまうー。

「--”印象”で決まってしまう世の中ー
 わたし、すっごく理不尽だと思うんですー。

 知ってます?
 室井教授も、昔、自分の発見を
 ”インパクトが足りない”という理由で
 他の人に奪われたって」

美穂の言葉に、
梨桜になった室井教授が、そんなことを言っていたような気がするー、と
梨桜(裕司)は思い出すー

噴水の水しぶきを感じながらー
梨桜(裕司)が美穂の方を悲しそうに見つめるー

「室井教授はわたしと同じ
 ”理不尽な扱い”を受けた者同士ー。

 だから、入れ替わり薬を差し出してー
 その身体と、入れ替わらせてあげたんですー」

そこまで言うと、美穂はフッと笑ったー

「--まぁ、思いのほか、室井教授は”無能”だったのでー
 わたしはこうして”プランB"に変更するはめになったのですけどねー」

美穂の言葉に、
梨桜(裕司)は思わず反論するー

「じ、、じゃあ、サークル内で、
 蘭堂さんの作品じゃなくて、梨桜の作品が選ばれたから……

 それで、、それだけの理由で、、こんな…!
 こんなことを!?」

その言葉を聞くと、美穂はほほ笑んだー

「--先輩はー
 わたしがー
 わたしが、漫画やアニメの世界みたいに、
 何十年前から続く因縁でもお話すれば満足ですか?

 これは”現実”ですよー
 
 人間っていうのはー
 些細なことで、動くんですー

 どうしようもないことで、人を恨みー
 どうしようもないことで、人は争うー

 人間ってー
 その程度の生き物じゃないですか

 わたしは、さっきの映画の主人公と同じー。
 わたしを理不尽な目に合わせた先輩たちにー
 わたしは、復讐しているんですー。」

美穂の言葉遣いは”いつものように”丁寧だったー

しかしー
梨桜(裕司)は、美穂が、”この世界を諦めきってしまっているかのような”
底知れない闇を抱えていることに、恐怖すら、覚えたー。

「--でも、だからってー
 色々な人を巻き込んでーー…!

 不満があるからって、こんなーー!」


「--理不尽」
美穂が梨桜(裕司)の言葉をつぶやいて、微笑むー。

「---理不尽でしょう?先輩」
美穂は、ライトアップされた噴水を見つめながらー
とても悲しそうな表情を浮かべたー

「-ーこれがー
 わたしが味わった”理不尽”-

 ”仕返し”ですー。
 悔しいでしょう?
 腹立たしいでしょう?

 先輩ー。

 この世は
 腐ってるんですー。
 
 何もかも、理不尽ー
 存在が理不尽ー。

 先輩たちのような恵まれた人たちを見るとー

 なんだか、こうーー
 すっごくー…
 
 ”むかつく”んですよー」

美穂の口調に憎しみが宿るー。

”蘭堂 美穂”は、
どんな人生を送って来たのだろうかー。

梨桜(裕司)はそんなことを考えてしまうー。


もしかしたら、想像を絶するような人生を、
この子は送ってきたのかもしれないー。

それでもーー

「-……蘭堂さんのしてることはー
 君のしてることはー
 ただの逆恨みだー。

 君にどんな理由があろうともー…
 
 俺は絶対に屈しないし、梨桜にこの身体を返して見せるー!」

梨桜(裕司)が、悲しそうにー
けれども、怒りを込めて叫ぶー。

美穂はクスッと笑ったー

「--マリア先輩から、入れ替わり薬を買おうとしてるんですよね?」

「--!!」
梨桜(裕司)は驚くー

「--”無駄”ですよー。
 マリア先輩と、先輩は、もうー
 ”会えません”」

美穂の冷たい言葉ーー

梨桜(裕司)は、驚いて美穂の方を見つめるー


・・・・・・・・・・・・・・・・・

同時刻ー

マリア・恵が、大学近くのカフェで、
スマホをいじりながら、何かを見つめていると、
カフェの中に警察官が数名、入って来たー

「---!」
マリア恵がスマホを置いて、警察官の方を見つめるー

「--マリア恵さんですねー」
警察官が警察手帳を見せながら言うー

「ーー海外からの密輸の件で、少しお話を伺えますか?」
警察官の言葉に、
マリア恵は驚きの表情を浮かべたもののー
すぐにうすら笑みを浮かべたー

”誰かにチクられたー”
そう、悟ったからだー。

「--ーー残念」
マリア恵は首を振るー。

その表情は、観念したような表情だったー。

マリア恵は、少しだけ悲しそうな表情を浮かべるー。

”お金”が欲しかったー。
彼女の生まれ育った地の、貧しい子供たちを支援するだけの、お金がー。

でもー
いつの間にかーー

「---進む道ーー
 間違えたかな」

マリア恵は静かにそう呟くと、
警察官の言葉に素直に応じて、
カフェの前に止められていた
パトカーに乗り込み、そのまま連行されたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

噴水の水が吹き上がるー。

「--マリア先輩はー
 今頃、警察に連行されています」

美穂はにっこりと笑ったー

「--もう、わたしにもー
 先輩にも
 入れ替わり薬を手に入れる”手段”は無くなったー」

美穂の言葉に、
梨桜(裕司)は思わず、”頼むから梨桜を元に戻してやってくれ”と
叫びそうになるー

だがー
美穂は、”先”に言葉を口にしたー

「安心してくださいー
 入れ替わり薬は”あと1本”ありますー

 それを明日、大学で先輩にお渡しします」

美穂の言葉に、
梨桜(裕司)は「え?」と、変な声を出すー。

意味が分からないー。

美穂が室井教授と梨桜の入れ替わりを仕組みー
入れ替わり薬をこれ以上手に入れることが出来ない状況を、
マリア恵を逮捕させることで作り上げたのにー

入れ替わり薬を、渡すー?

「---それが、正真正銘、最後の1本」
美穂が邪悪な笑みを浮かべたー

”5本ー”
荒瀬大吾はそう言っていたー

1本目は、梨桜と入れ替わる際に室井教授が使用ー、
2本目は、恐らくこの美穂が、大吾と昆虫を入れ替えた際に使ったー
3本目は、室井教授が、裕司と入れ替わる際に使ったー

「---あとの1本は?」
梨桜(裕司)がとっさに聞くとー

「既にーー”監視役”の手伝ってくれていた人に
 渡しましたー
 報酬として」

美穂はそう呟くとー

「もう、監視役の人とは縁を切りましたからー、
 先輩が監視役のことを知ることもないですよ」

と、付け加えるー。

「--明日ーーー
 大学で、”最後の1本”をお渡しします」

美穂は、そう言うと、
梨桜(裕司)の方に近づいてきて、耳打ちしたー

女子大生二人が、
ライトアップされた前の噴水で何やらごにょごにょと
話をしているー

周囲から見れば
”友達ふたり”の微笑ましい光景かもしれないー

けれどー
片方は女子大生ー
片方の中身は男子大学生ー

そして、決して楽しい会話をしているわけではないー

「--ふふ」
美穂は、耳打ちを終えると、噴水の方を見つめてから、微笑んだー

「---では、また明日ー
 先輩♡」

美穂はそれだけ言うと、
そのまま立ち去って行ってしまったー。

「------」
梨桜(裕司)は拳を握りしめたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

帰宅する梨桜(裕司)-

室井教授(梨桜)が精いっぱいの晩御飯を
準備して待っていたー

室井教授(梨桜)も、”元に戻るために色々行動したい!”とは
言っているのだがー、
梨桜(裕司)がそれを止めていたー

大久保学長によって室井教授は解雇されていて
既に大学には入れないし、
大学以外の場所を室井教授の身体でふらふらしていても
何も解決しないー

だから、梨桜には、裕司の自宅で、当面待機
してもらっているのだー。

「--わたしに、わたしが手料理振舞うなんて…
 なんだか新鮮」

室井教授(梨桜)が呟くー。

「---はは」
苦笑いする梨桜(裕司)ー

「-まさか、室井教授の手料理を食べることになるなんてー」
冗談で返す梨桜(裕司)-

「--ーー今度は、わたしの手料理を食べさせてあげたいな…」

そんな風に言う室井教授(梨桜)に向かってー
梨桜(裕司)は意を決して口を開いたー

美穂が噴水の前で最後に耳打ちした言葉を思い出すー。

”最後の入れ替わり薬でーー
 元に戻ればー
 先輩ー
 あなたは、室井教授の身体になるー。

 若さも、彼女も、何もかも、あなたは失うー。

 でもーーーー
 わたしが明日渡す、入れ替わり薬を捨てればー…
 マリア先輩にはもう会えない今ーーー

 入れ替わる方法は無くなりますー

 先輩はーー
 その若い身体でーー
 雪本先輩の身体で生きることが出来るーーー

 よ~~~~く、
 一晩で考えて置いて下さいね。

 どうするべきか”


帰宅した美穂は、微笑むー
噴水の前で、裕司に伝えた言葉を思い出しながらー

”生き地獄”を
裕司たちに味合わせるためーーー

裕司が、仮に梨桜に身体を返せばー
裕司は室井教授の身体で生きていくことになり、苦しむことになるー。
梨桜も、”自分のせいで裕司は室井教授の身体で生きていくことに
なってしまった”と、
恐らく、永遠に自分を責めるだろうー。

裕司が、仮に梨桜に身体を返さなければー
梨桜は室井教授の身体で苦しみ続けることになるー。
そして、裕司は、恐らく”梨桜の身体を奪った”という自責の念から
もう、梨桜とこれまで通り接することはできないだろうー

どちらに転んだとしてもー
二人は”生き地獄”を味わうことになるー。

「-----」
美穂は、邪悪な笑みを浮かべるー

「---どちらの地獄がお好みですか…?
 先輩ー」

クスっと微笑むと、美穂は机の上に飾られている
”祖父”の写真を見つめたー。

「------」
美穂は思うー

この世は、”理不尽”
であるとー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日ー


昨夜のうちに、
梨桜(裕司)は、麻奈美・康介・誠一に
黒幕が後輩の蘭堂美穂であったことを伝えたー。

当然、室井教授になってしまった梨桜にもー。

室井教授(梨桜)は驚きー、
悲しんでいたー。

けれどー
室井教授(梨桜)は、それでも、裕司と一緒に
美穂と会う決意をしてくれたー

”最後の入れ替わり薬”を受け取りー
元に、戻るためー。


「ーーーこ、こんな感じでいいかな?」
室井教授(梨桜)が、外に出かける服装に着替えて笑うー。

「-俺に聞かれてもなぁ…?
 まぁ、いいんじゃないかな」
梨桜(裕司)が苦笑いするー。

梨桜(裕司)はいつものように、大学に行くモードに切り替えて、
室井教授(梨桜)に手伝ってもらいながら
メイクを整えるー。

「--女の人って大変だよな。これが毎日なんて」
梨桜(裕司)が、笑いながら言うと、
室井教授(梨桜)も、
「確かにそうかもね…! でも、男の人は男の人で
 髭とか大変!」と、笑ったー。

慣れない手つきで、髭剃りを使う室井教授(梨桜)-
梨桜(室井教授)が、「あ、そうやると、肌を傷める!」と、
髭剃りの使い方をレクチャーしながら笑うー。

梨桜(裕司)と室井教授(梨桜)は、
穏やかな表情で、大学に向かう準備を終えるー。

「-----」
深呼吸する梨桜(裕司)-


”よ~~~~く、
 一晩で考えて置いて下さいね。

 どうするべきか”

美穂の邪悪な笑みが浮かぶー。


「-----…」
梨桜(裕司)は拳を握りしめるー

”そんなことーーー
 決まってるじゃないかーー”

「--よし、行こう」
梨桜(裕司)が言うと、室井教授(梨桜)は頷いたー。



”運命の日”

今日ー
裕司と梨桜の入れ替わりに関わった人間たちの
運命は決まるー。


”------”
先に大学に到着していた幼馴染の麻奈美が、
スマホを握りしめるー。

「---」
どんよりとした曇り空を見つめながらー
麻奈美は、悲しそうな表情を浮かべるー。

”入れ替わる”
それはー
裕司が、室井教授の身体で生きていくことを意味するー。

「----」

悔しさー
悲しさー
怒りー

あらゆる感情が湧き上がっては消えていくー。

”大好きな裕司”が、
室井教授の身体になってしまうかもしれない、
という現実ー

「---わたし、何も力になれないー」
麻奈美は、壁に向かってそう呟くー。

「----」
ちょうど、そんな麻奈美の姿を見かけた
裕司の親友・康介が、戸惑いながら麻奈美の方に近づいてくるー

麻奈美は、腫れた目に涙を浮かべて康介を見たー

「---笠倉さんー」
康介は戸惑ってしまうー

麻奈美の目は
”一睡もせずに、何度も泣いたー”
そんな目だったからー

「---……裕司くんも、梨桜ちゃんも助けてあげたいのにー
 それが、できないなんてーーー

 悲しいね」

麻奈美はやっとの思いでそれだけ呟くと、
康介の前から立ち去っていくー。

「---」
康介が複雑な表情で、曇り空を見つめるー。



「------そう、、、ですか」
大久保学長は、受話器を置くと、表情を曇らせたー。

大学のミスコンに輝いたマリア・恵が昨日、
違法薬物の輸入で逮捕された件を聞かされたのだー

「---」
頭を抱えてため息をつく大久保学長ー

大学の名誉を守りたいー
大久保学長はそれだけに固執していたー

だからこそ、マリア恵が怪しげなものを
大学内で売りさばいていることも見て見ぬふりをしてきたし、
室井教授らが引き起こした”入れ替わり”の騒動も
なんとかもみ消そうとしてきたー。

しかし、既に、大学で起きている問題は
大久保学長一人の力ではどうすることも出来ない
レベルにまで来ていたー。

「---……」

ドン!と、机を叩く大久保学長ー

その音がー
自分しかいない部屋の中に虚しく響き渡ったー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

美穂が指定してきたのは、
夕方ー。

大学での1日が終わってからの時間帯だったー。

室井教授(梨桜)には近くのネットカフェで
待機してもらい、
梨桜(裕司)はひとまず大学に向かうー。

”----”
梨桜(裕司)は、梨桜にこの身体を返すつもりだったー。

マリア恵が逮捕されてしまった今、
マリア恵が生まれ育った地から、彼女が裏ルートで
輸入していたという”入れ替わり薬”を手に入れることは
もうできなくなってしまったー。

残りは、美穂が持つ”最後の1本”だけー。

あと1回しか入れ替わることが出来ないー。

梨桜にこの身体を返せばー
裕司は、室井教授の身体で生きていくことになるー。

曇り空を見つめる梨桜(裕司)-

「--彼女になったと思ったら、今度はおっさんになるのかー」
ため息をつくー。

室井教授の身体になったらー
どうしようかー、

色々昨晩から考えていた梨桜(裕司)

けれども、答えは見つからないー
自分が、梨桜の側にいれば、いつまでも梨桜のことを苦しめることに
なってしまうかもしれないー。

梨桜はきっとー
自分のことを責めるだろうー。
それは、裕司にも分かっているー。

”梨桜を、出来る限り傷つけないようにするためにはどうするか”
梨桜(裕司)は、自販機で、ジュースを買うと、
それを飲みながら空を見上げたー

「--ー……檜山…なんだよな?」

「-!?」
名前を呼ばれた梨桜(裕司)が横を見ると、
不良・荒瀬大吾を殴った件で停学になった眼鏡のインテリ大学生・
井守 誠一の姿があったー

「--井守…!そっか、停学明けか…よかった」
梨桜(裕司)が笑うと、
誠一は眼鏡をいじりながら、
「---なんか、調子狂うな…」と、笑ったー。

自分の身体が死亡しー
梨桜の身体になってしまったことは、誠一にも既にスマホで伝えているー。

「---……もう、どうするか決めたのか?」
誠一の言葉に、梨桜(裕司)は悲しそうに頷くー。

「-返すさ。この身体を梨桜にー。
 彼女の身体を奪って生きていくなんて、
 ありえないだろ?」

梨桜(裕司)が悲しそうに笑うと、
誠一は「--お前は、室井教授の身体で生きていくってことか?」と
聞き返したー。

「----……」
梨桜(裕司)の表情から笑顔が消えるー。

ジュースを手に持ちながらー
悲しそうに空を見上げるー

「---ーーーだってーーー……
 そうするしか、、ないだろー?」

とー。

”理想”はー
裕司も、梨桜も元通りになってー
また、二人で歩んでいきたいー

でもー
”現実”はー
もう、裕司の身体は死んでいるー。
どんなにあがいても、どんなに”想っても”-
元の状態には、戻れないー

「--話は終わりだー。
 ”大学生”としての最後の1日、堪能するよ」
梨桜(裕司)は飲み終えたジュースをくずかごに入れると、
そのまま足早に立ち去って行ったー

「-----」
梨桜(裕司)の後ろ姿を見つめながら、誠一は呟くー

「----迷いーーー」
裕司にはまだ”迷い”があるー
誠一には、そう感じられたー

”梨桜に身体を返す”ことに、
まだ、迷いがある、とー。

そんな梨桜(裕司)の不安を察した誠一は、
不安そうな表情を浮かべたー

・・・・・・・・・・・・・・・・・

昼休みー

食堂で、梨桜(裕司)はパフェを食べていたー

「--お?珍しいな」
康介が笑いながら、梨桜(裕司)に話しかけるー

”裕司”が、パフェを食べているなんてー、と
笑う康介ー

幼馴染の麻奈美もやってきて、笑いながら
他愛のない話題を口にするー

「はは…梨桜の身体だと、美味しいんだよ、これが」
梨桜(裕司)が言うと、
康介は「なるほどなぁ~確かに梨桜ちゃんは好きだもんな」と、笑ったー。

「--俺も不思議な気分だよ」
梨桜(裕司)はそう言いながら、おいしそうにパフェを平らげたー。

「--あんまり食べすぎちゃだめよ~?
 梨桜ちゃんが太っちゃう!」
麻奈美が冗談を口にするとー、

「はは、大丈夫大丈夫、今日で身体を返すから!」と
笑ったー

康介と麻奈美は、梨桜(裕司)を
なるべく元気づけようと、明るい話題を振りまこうとしていたー。

しかしー
どうしても、どうしても、
暗い方向に話が進んでしまうー。

裕司の身体は既に死んでいるー
康介にも、麻奈美にも、”裕司が梨桜に身体を返す”
ことがどういう意味か、よく理解できているー

それは、裕司が室井教授の身体で生きていくことになるー

つまり、何十年分も人生を失うことになるのだー。
生きていれば儲けものー…
と、考えることも出来るかもしれないー

けれど、やはりー
自分の身体を失い、何十年も年老いた身体で生きていくことになるー
と、いうのは、辛いのだー。

「--……室井教授の身体って、、どんな味覚かな」
梨桜(裕司)は笑いながらそう呟いたー

でもー
その目は、とても悲しそうだったー

麻奈美は、そんな梨桜(裕司)の目に耐えられなくなって
梨桜(裕司)の手を思わず握るー

康介も、悔しそうな表情で歯ぎしりをするー。

自分たちに、出来ることは、少ないー。
身体を代わりに差し出すことも、出来ないー。

入れ替わり薬は、”あと1個”しか、ないー。
つまり、あと1回しか入れ替わることができないのだからー。

「--そんな顔するなよ…笠倉さん」
梨桜(裕司)はそう呟くと、
麻奈美をそっと、優しく抱きしめたー。

「--この身体なら、女の子同士の友情でー済むよな?」
冗談を口にしながら、梨桜(裕司)は
初めて幼馴染の麻奈美を優しく抱きしめたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

夕方ー

室井教授(梨桜)は、
スマホを確認するー

”大学の授業、終わったよ。これから合流しようー”

梨桜(裕司)からのメッセージ。
これから、後輩・蘭堂美穂が待ち受ける屋上へ向かうー。

どんよりとした空を見上げながら、室井教授(梨桜)は
”うん”と返事をするー。

室井教授になった梨桜は、ある決意をしていたー。

”---裕司に、辛い思いをさせることは、できないからー”
室井教授(梨桜)の悲しそうな瞳ー

裕司とは”異なる”決断ー

それを胸に、室井教授(梨桜)は、
カフェで会計を済ませると、大学の方に向かって歩き出したー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

大学の正門前で、梨桜(裕司)と
室井教授(梨桜)は合流したー。

そこには、麻奈美と、誠一の姿もあるー。
親友の康介は、いつものように、病気の母親のお見舞いに行くために
先に帰ったのだというー。

「--裕司くん…」
心配そうにしている幼馴染の麻奈美に対して、
梨桜(裕司)は笑うー。

「---”二人で来るように”指定されたから…
 俺と梨桜で行くよ」

梨桜(裕司)が言うと、
麻奈美は、「でも…」と心配そうに呟くー。

「---笠倉さん」
誠一が、麻奈美を呼んで首を振ると、
誠一は眼鏡をいじりながら梨桜(裕司)と室井教授(梨桜)の方を見つめたー。

「----気をつけろよ」

誠一は、それしか言わなかったー


梨桜(裕司)は頷くー。

そして、室井教授(梨桜)の方をまっすぐ見つめたー。


「---行こう」

「---うん」

梨桜(裕司)と室井教授(梨桜)が互いに頷くー。

”梨桜ーー…
 必ずこの身体を、梨桜に返すからー”

梨桜(裕司)は、自分の手をギュっと握りながら
心の中でそう呟くー。

”--わたしは…裕司に辛い思いをさせたくないー
 だからーー”

室井教授(梨桜)が、心の中で呟くー。


そしてー
大学の屋上に二人は、到着したー

「---待ってましたよ…先輩」
美穂が笑みを浮かべながら、風でなびく髪を押えるーー。

「--蘭堂さん…」
梨桜(裕司)が悲しそうに美穂の方を見つめるー。

室井教授(梨桜)が
「どうして…どうしてなの…!」と、
美穂の方を見つめながら叫ぶー。

美穂は、梨桜と同じサークルに所属している後輩ー。
梨桜も、美穂のことを可愛がっていたし、
裕司と知り合ったのは、梨桜を通じてだー。

「---先輩には、彼氏がいるー
 わたしには、いないー
 それだけの理由で、わたし、コンテストに作品を
 提出できなかったー。

 それだけの理由でー」

美穂の言葉に、
室井教授(梨桜)は”たった、それだけでー”と
叫びそうになったー。

けれどー
梨桜は思うー

後輩の美穂にとっては”たったそれだけ”のことでは
ないのかもしれないしー
そんなこと、口にするべきではないー、と。

「--」
代わりに、悲しそうな表情を浮かべる室井教授(梨桜)-

美穂はクスッと笑うー。

「--わたしが、アニメや映画の世界のようにー
 長年積もり積もった、宿命みたいな理由をお話すれば
 満足ですか?

 わたしが、実は過去にこんなことがあって、
 こんな風に傷ついてーー
 みたいなお話をすれば満足ですか?」

美穂の言葉に、
室井教授(梨桜)は、より悲しそうな表情を浮かべるー。

「---”現実”はーー
 こんなものですよー。

 些細なことで、人を憎んでー
 些細なことで、他人の人生を、壊すー」

美穂の瞳に、悲しみの色が浮かぶー。

「---まぁ、そんな話はいいんです」
美穂は、梨桜(裕司)と室井教授(梨桜)を見て微笑んだー。

そして、小さな容器を取り出したー。

「-これが、入れ替わり薬ー」
屋上に吹き荒れる強風で、美穂の髪とロングスカートがゆらゆらと揺れるー。

「---入れ替わり…薬」
梨桜(裕司)がそう呟くと、室井教授(梨桜)に
”待ってて”と呟いて、
そのまま美穂の方に近づいていくー

”本当に素直に、蘭堂さんは入れ替わり薬を渡すのだろうか”

そう、思いながらー
梨桜(裕司)は、美穂と同じように風で揺れる髪やスカートを押えながらー
美穂の目の前に立ったー

「--」
美穂は、ふふっ、とほほ笑むと、そのまま梨桜(裕司)に
入れ替わり薬を手渡すー。

梨桜(裕司)が美穂から離れて
室井教授(梨桜)の方に戻っていくー。

「-あとはそれを飲んでーーー
 相手とキスをすればー”入れ替わり”完了ですー」

美穂が微笑むー。

「---」
梨桜(裕司)は意を決して、それを飲もうとするー。
室井教授(梨桜)が、”何か”を言葉を口にしようとするー

その時だったー

「--余命半年ー」

美穂がふいに呟いたー

「---え?」
梨桜(裕司)は、入れ替わり薬の容器を持つ手を止めたー。


「--余命半年ー」
美穂はもう一度そう言うと、口元を歪めて、笑みを浮かべたー

「--室井教授の身体ー、
 病気で、余命半年ですー」

とー。


「---!!」

梨桜(裕司)が表情を歪めるー


”梨桜に身体を返して、自分が室井教授になるー、
 ということは、
 裕司自身が余命半年になる”

それを、意味しているー。

「----…!」
梨桜(裕司)は驚いた表情で、美穂と、そして室井教授(梨桜)を見つめてー
言葉を失ったー


⑦へ続く


・・・・・・・・・・・・・

コメント


次回が最終回になります!!
かなり長い期間書いているので、私も、この物語を書くのが
日課になりつつ…(笑)

お祭り参加は3回目(他サイト様も含めると4回目)なのですが、
普段、毎日更新している私でも、
お祭りに参加するときは、緊張しちゃいますネ…!

私のサイト向けにお話を書く時とは違って、
妙なドキドキがあります…☆


今日もお読み下さりありがとうございましたー!!















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