想いと現実の狭間で⑤
 作:無名


夕日に照らされる屋上で対峙する
裕司と梨桜(室井教授)-

梨桜(室井教授)をかじっていた爪を見つめるとー
呟いたー

「君は、容姿で”大切なモノ”を奪われたことはあるか?」
梨桜(室井教授)が
梨桜の声で、裕司にそう語り掛けるー。

「---」
裕司は梨桜(室井教授)を見つめるー

夕日で、その表情は見えないー

「--”インパクトが足りない”
 -私はそのたった一言でー
 研究者としての人生を全て、奪われた。

 君にその気持ちが、分かるかね?

 たった一言だー
 私の研究成果が全て奪われー
 若くて容姿に恵まれた女がー
 私の代わりに、研究成果を発表しー
 今ではその女は、”私の研究成果”で
 その界隈では、第1人者になっているー」

梨桜(室井教授)が、悔しそうに呟くー

「----…」
裕司は、表情を歪めるー

”容姿”蔑まれた経験は、裕司にはないー

「--わたしはただーーー
 わたしはただ、容姿に恵まれたこの芸術品のような身体でーー
 もう一度ーー、、
 もう一度」

怒り狂った表情で、梨桜(室井教授)が、
服をかじり始めるー。

裕司は呟くー

「--ーー教授にも、色々あったということですね」
とー。

けれどー
それでもーーー

「--それでも、あんたのしていることは間違っているー!」
裕司が梨桜(室井教授)を指さすと、
梨桜(室井教授)はその綺麗な顔立ちを、鬼のように歪めたー。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

☆登場人物☆

檜山 裕司(ひやま ゆうじ)
大学生。彼女想いの好青年。優しい性格。

雪本 梨桜(ゆきもと りお)
大学生。裕司の彼女。室井教授と入れ替わってしまう。

瀬島 康介(せじま こうすけ)
大学生。裕司の親友で、いざという時、頼りになる存在。

笠倉 麻奈美(かさくら まなみ)
大学生。裕司の幼馴染で良き理解者。

荒瀬 大吾(あらせ だいご)
大学生。不良生徒。いつもスナック菓子を持ち歩いている。

蘭堂 美穂(らんどう みほ)
大学生。裕司らの後輩。

井守 誠一(いもり せいいち)
大学生。眼鏡をかけたインテリ風男子。

室井教授(むろいきょうじゅ)
大学教授。梨桜の身体を奪ってしまう。

大久保学長(おおくぼがくちょう)
大学の学長

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「-ー荒瀬から聞いたー。
 誰かから”入れ替わり薬”を貰ったそうだな」

裕司が言うと、
梨桜(室井教授)は表情を歪めるー。

「--答えるものか…!」
とー。

「--どうやったら元に戻れる?
 ーー誰から入れ替わり薬を貰った?」

裕司は、そう言いながらもー
梨桜の身体で突然屋上から飛び降りようとする危険性も
考えー、常に警戒していたー

夕日に照らされる中、梨桜(室井教授)は呟くー

「--君に教える義理はないー」
とー。

「答えろ!」
裕司が大声で叫ぶー

屋上に響き渡る裕司の声ー

「---自分の立場をよく考えてみろ」
梨桜(室井教授)が笑うー

そして、突然両胸を触りながら笑いだすー

「--この身体はぁ… 今や私のモノ…♡
 この身体は私のモノであって、同時に人質でもある…♡
 ふひっ…

 どうかね?彼女が自分の胸を触っている姿を見るのはー」

梨桜(室井教授)の挑発に、裕司は
拳を握りしめるー。

「--……まぁいい」
梨桜(室井教授)は呟いたー。

「-”取引だ”」
とー。

その言葉に、裕司は表情を歪めるー。

「--取引?」
裕司の言葉に、梨桜(室井教授)は頷いたー。

「-わたしはなぁ…君のせいで”愛想”を尽かされてしまったー
 ”入れ替わっていること”が君にばれてしまったことが
 よほど、つまらなかったようだー。

 全部、君のせいだ」

梨桜(室井教授)はそこまで言うと続けたー。

「---どうだ?取引しないか?
 君に、”私に入れ替わり薬を提供した人間”を教えるー

 私はこの身体で、研究者としての地位を確立させたら
 必ず君や、君の彼女にも、贅沢できるほどの支援を約束するー」

梨桜(室井教授)が悪そうな表情を浮かべるー

「--梨桜の身体で、そんな顔をするな」
裕司が呟くー。

「---!」
梨桜(室井教授)が表情を歪めたー

「--”梨桜の身体を返す”
 どんな条件を突きつけられてもー
 梨桜の身体を返す以外の取引には応じない!」

裕司が叫ぶと、
梨桜(室井教授)は夕日に照らされながらー
「貴様ぁあああああああああああああああ!」
と、襲い掛かって来たー

裕司に殴る・蹴るの暴行を加える梨桜(室井教授)-

屋上のフェンスに叩きつけられた裕司はー
必死に梨桜(室井教授)に食い下がるー

「梨桜の身体を返せ!
 お前に入れ替わり薬を提供したやつは、誰なんだ!」

裕司が梨桜(室井教授)の腕を掴んで、必死にもがくー

二人が、夕日が差し込む屋上で争いを続けているー

「--この身体は、、この身体は、、わたしのもののはずだったのに!」
梨桜(室井教授)が怒りの形相で服をかじり出すー。

裕司が「ふざけるな!!!」と、怒りの形相で叫ぶー。


”あなたは、もう終わりー。
 期日までに”わたしの言う通り”にしなかったらー
 わたしは、あらゆる手を使って、あなたを破滅させるー。

 ”わたしの言う通りにすればー”
 あなたは、その身体を使えないけれどー
 まだ”チャンス”があるー。”

室井教授は、先日、彼女から言われた言葉を思い出すー。

”プランBへの変更”
室井教授は、もう用済みであるとー

言うとおりにしなければ
どんな手を使ってでも、破滅させるとー

あの女はー
荒瀬大吾を躊躇なく始末したー

自分も確実にーー

室井教授には、逆らうことはできなかったー

「--想いと、現実は違うーーー
 
 君もーーー
 苦しむがいいさー」

梨桜(室井教授)が、”全て”を諦めたかのような表情で
そう呟くとー

そのまま、
裕司にキスをしたー

「--!?!?!?!?!?!?」
裕司が驚くー


”言う通りにしなさいー”

女に言われた言葉を思い出すー

”その身体とー
 彼の身体を入れ替えなさい”

”そしたらーーーー”


「--どうせ!!!どうせ消されるならーーー!」

彼は叫んだーーー


「どうせ消されるなら!貴様に地獄のような苦しみを味合わせてやる!」

叫んでいるのはー
裕司だったー

「--!?!?」
裕司が両手を見つめるー

「これは…梨桜の身体…!?」
梨桜になってしまった裕司が驚くー

梨桜(室井教授)と裕司が入れ替わりー
裕司が梨桜の身体に、
室井教授が裕司の身体になったーー


「---ーー想いと現実の狭間でーー
 もがき苦しむがいい!」

裕司(室井教授)は、そう叫ぶとー
屋上のフェンスを飛び越えたー

「--なっ!!!おい!」
梨桜の身体で叫ぶ裕司ーーー


「--ーー地獄で会おうーーー」
裕司(室井教授)は邪悪な笑みを浮かべるとー

自ら、倒れるようにして、屋上から真っ逆さまに転落したー



「うああああああああああああああっ!」
梨桜(裕司)が悲鳴を上げて屋上から下を見るー

裕司(室井教授)の頭から血が流れてー
どう考えてもーー
裕司の身体はーーーー

・・・・・・・・・・・・・・・・・

夕日が沈みー
暗くなっていく大学の敷地内ー

病院に搬送される裕司(室井教授)を
茫然と見つめる梨桜(裕司)-


「---ご苦労様でした」
室井教授への感謝の言葉を述べて
クスッと笑う女ー

梨桜になった裕司の姿を物影から見つめるー。

”梨桜の身体のまま”
自殺させても良かったのだがー
”それ”ではつまらないー

もっともっと、苦しめるためにはーー
”この形”が一番だからー。


結果ー
裕司の身体は”即死”

梨桜の身体で、研究者として
再起を図ろうとしていた室井教授は、
入れ替わり薬を提供した人物から見切りをつけられてー
”最後の仕返し”と言わんばかりに
裕司の身体を奪いー
飛び降りたのだったー

病院で、自分の身体が死んだことを聞かされた
梨桜(裕司)はーー
自分が大好きな彼女の身体になったことに
反応も示さないぐらい、茫然としていたー

自分の身体が、死んでしまったー。


一体、どうすればーー


「--どういうこと…!?」
騒ぎを聞きつけた幼馴染の麻奈美が、
病院に駆け付けるー。

既に、時間は20時を回ったところー。

「---…」
梨桜(裕司)が麻奈美の方を見つめるー

「--ーあんた…裕司くんに何をしたの!?」
麻奈美が目に涙を浮かべながら叫ぶー。

麻奈美は、梨桜の中身が室井教授だと思っているのだろうー。

「--ーーーー…」
梨桜(裕司)も、涙目で麻奈美を見つめ返すー

「----笠倉さん…俺…」
梨桜(裕司)が目から涙をこぼすー。

麻奈美が「えっ…?」と、不安な表情を浮かべるー

「---……俺の身体が……死んじゃったよ」
梨桜(裕司)の言葉に、麻奈美は言葉を失ってしまったー。


病院の待合室で、麻奈美に全てを打ち明ける裕司ー

「--裕司くんが、梨桜ちゃんの身体にー
 室井教授が裕司くんの身体にーー」

麻奈美は深刻な表情を浮かべるー。

自分の身体が死んでしまったことに、深く落ち込んでいる梨桜(裕司)-

疲れ切った梨桜(裕司)の表情を見て
麻奈美は呟くー

「で、、、でも、ホラ、裕司くんはまだ、こうして
 生きてるんだし、、」

麻奈美はどう言葉を掛けてよいか分からず、
必死に梨桜(裕司)を明るくしようとしたー。

「---ごめんな…心配ばかりかけてー…」

梨桜(裕司)は、そんな麻奈美の気持ちを読み取り、元気に振舞おうとするー。

二人で、今後のことを話しあうー。
親友の康介や、停学中の誠一には、麻奈美が
話を通しておいてくれる、とのことだったー。

裕司の”身体”の死ー
裕司の家族は悲しむだろうし、
やることが、山積みだー。

室井教授の中身は死んだー

けれどー
まだ、何も解決していないし、
状況はさらに悪化したと言えるー。

”売人”は、おそらく”マリア恵”で間違いないー

けれどまだ
”マリア恵から入れ替わり薬を買い、室井教授に提供した人物”と
”監視役”なる人物の正体が分かっていないー。

「-ーー…とにかく、梨桜の身体が無事でよかった!
 俺が梨桜である以上、梨桜の身体が悪用される心配はないからな!」
梨桜(裕司)は無理に明るく振舞うー。

自分の身体が死んだー
そんなことを、すぐに受け入れられるはずはないー

それでも、前に進もうとする梨桜(裕司)を見て
麻奈美は、何とも表現しがたい感情に襲われたー

「------」
立ち上がった梨桜(裕司)がふと立ち止まるー。

「---?」
麻奈美が首を傾げると
梨桜(裕司)が振り返ったー

「--あ、、あのさ、、あの…」
梨桜(裕司)が恥ずかしそうにしているー。
麻奈美は、その理由が分からず、「え?」と声を上げるー。

「--あの……ト、、トイレ行きたいんだけど…
 ど、、、どうすればいいのかな?」
顔を真っ赤にしている梨桜(裕司)を見て、
麻奈美も「えっ!?」と顔を赤くしながらー

「あ、、え、、えっと、、、と、とにかくついてきて」と、
一緒に女子トイレに入っていくのだったー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

帰宅した梨桜(裕司)は、事情を室井教授(梨桜)に
説明するー。

「---……」
室井教授(梨桜)は、そっか…と呟くー。

「---ごめんな…梨桜の身体を勝手に使っちゃって」
梨桜(裕司)が笑うー

裕司自身、かなり動揺していたのだが、
それでも、梨桜に心配を掛けまいと明るく振舞うー。

「--でも、これでもう悪用される心配は無くなったしー
 あとは俺が”入れ替わり薬”とやらを
 室井教授に提供した人を見つけて、
 入れ替わり薬を貰えば、元に戻れるからー」

梨桜(裕司)が笑いながら言うー。

少なくとも、
梨桜の身体が悪用される心配は無くなったー。

裕司は、初めての女の身体にドキドキすることはあれどー
梨桜の身体で悪いことをするようなことは、絶対にしないー。

入れ替わり薬さえ手に入れれば、梨桜は元通りになれるー

「--でも、それじゃ裕司は!」
室井教授(梨桜)が目に涙を浮かべるー

どうしてもー
どうしても、
室井教授が泣いているように見えてしまって
目を逸らす梨桜(裕司)-

「--わたしだけが元通りで、幸せに…なんて、無理だよ!
 裕司も、、裕司も、元に戻らないと…!」

室井教授(梨桜)の言葉に、
梨桜(室井教授)は、歯ぎしりをしたー

「--分かってるよーー
 それが”理想”だなんてことはーー

 でもーー
 でも、もう、俺の身体は死んじゃったんだよ」

梨桜(裕司)は悔しそうに叫ぶと、
室井教授(梨桜)は「ごめん…」と呟いたー

「-----」

沈黙に包まれる部屋の中ー

梨桜(裕司)も、室井教授(梨桜)も、気まずい雰囲気に
飲み込まれて、沈黙することしかできなかったー

・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日ー

「昨日は、ごめん」
梨桜(裕司)が笑うー。

「---…わたしこそ、ごめん」
室井教授(梨桜)の言葉ー。

一晩かけて、
頭を冷やした二人は、互いにお詫びの言葉を口にするー

「--大学行くけど、この格好で平気かな?
 メイクとか正直、全然ー…
 昨日、ネットでみたケド…」

梨桜(裕司)が言うと、
室井教授(梨桜)が微笑んだー

「--正直、30点ぐらいかな?」
とー。

「--はは、厳しいなぁ…
 どんな風にすればいいか、教えてもらえるかな?」
梨桜(裕司)が言うと、
室井教授(梨桜)は、「もちろん!」と、
二人とも、笑顔で、大学に向かう準備をし始めたー

辛い現状ー
けれども、闇に飲まれたら、終わりー。


大学に向かう梨桜(裕司)は、途中で親友の康介と合流するー

「マジで梨桜ちゃんになってるし!」
康介が笑うー

そして、冗談で”梨桜ちゃんの胸、触らせてくれよ~!”と口にする康介ー

「おいこら!」
梨桜(裕司)が笑うー

裕司にも分かっているー

康介は”あえて”細かく聞かずー
裕司に気を遣っているのだとー。

「ーーーありがとな」
梨桜(裕司)が言うと、
康介は照れ臭そうに目を逸らしたー


”負けないー”

梨桜の身体になっても、やるべきことは同じー

”ゴール”は近づいたー

室井教授に奪われた梨桜の身体は、取り戻したー。
あとは、この身体を梨桜に返すだけー。


大久保学長から呼び出されていた梨桜(裕司)は
学長の部屋へと入るー。

「失礼します」
梨桜(裕司)が頭を下げると、
大久保学長は「どうぞ。お座りください」とイスを示した。

高齢ではあるものの、その眼光は鋭い大久保学長ー
”誰に対しても敬語”

そして、”鋭い眼光”が、そのアンバランスさを引き立てるー。

「----雪本梨桜さんー
 いいやーー
 檜山裕司くん…と言えばいいですかね?」

大久保学長はうすら笑みを浮かべながら呟いたー

「え…」
梨桜(裕司)が驚いていると
大久保学長は、「驚くことはありません」と穏やかな笑みを
浮かべて首を振ったー

「--昨日の屋上でのやり取りを見てしまっただけです」
とー。

大久保学長と、梨桜(裕司)が見つめ合うー。

「---そ、そうですか…」
”もはや言い逃れはできないー”

そう、悟り、
梨桜(裕司)は
大久保学長にこれまでのことを語るー。

大久保学長が味方であるかどうかわからない状況である以上ー
”話す必要のない部分”は省きつつ、要点のみを話すー。

大久保学長は頷くと、
鋭い目で梨桜(裕司)を見つめたー。

「-君は、雪本梨桜として学生生活を送っていただきますー。

 檜山裕司くんは、自殺したー。

 いいですね?」

大久保学長の言葉に
梨桜(裕司)は表情を歪めたー。

「--どういうことですか?」
とー。

「--代わりに、室井教授は、復職させることにしましょうー

 君は、雪本梨桜として、
 雪本さんは、室井教授として
 これまで通り大学生活を送ることが出来るー。

 不都合が、ありますか?」

大久保学長の脅しじみた敬語に、梨桜(裕司)は
「--いや、そういうことではなくーー」と反論しようとしたー

しかしー

「--余計な騒ぎを起こされては困るんですよ」

大久保学長が、梨桜(裕司)を睨んだー。


「-ーうちの教授が入れ替わり薬などというものを使って
 教え子…しかも女子の身体を奪った…
 そんなことが明るみに出たら、我が大学はどうなります?

 悪いことは言わないー

 あとは”こちら”で後始末します。
 これ以上、君たちが黒幕を追い、危険に身を晒すことはありませんー

 ”本件”からは、手を引きなさいー
 いいですね?」

大久保学長の言葉にー
梨桜(裕司)は戸惑うー

どう、返事をするべきかー。

「---」
表情を歪めながらも梨桜(裕司)は、
「--分かりました。必要以上に騒ぎはしませんー」
と、返事をしたー。

イスから立ち上がった梨桜(裕司)は
落ち着かない様子でスカートを整えると
まだ座ったままの大久保学長の方を見て呟くー

「--でも、”元に戻るため”、黒幕を追うーー
 これは、やめるつもりはありません。

 失礼します」

梨桜(裕司)は、自分の意思をはっきり伝えると
そのまま頭を下げて、学長の部屋の外へと出たー


「---------」
大久保学長は、梨桜(裕司)が出て行った扉を見つめながら
険しい表情を浮かべたー

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「----」
大久保学長の意図が分からないー

そうは思いながらも、梨桜(裕司)は、
入れ替わり薬の売人であると思われる、マリア・恵の
様子を探るー

”売人”

”室井教授に入れ替わり薬を提供した人物”

”監視役”

残る関係者は、この三人だー。

売人と”提供者”は同じかもしれないー。

だがー
別にいる可能性も高いー

しかし、今分かっているのは
”売人”がマリア恵である可能性が高いー、ということだけー。

梨桜(裕司)は鋭い目つきでマリア恵を尾行するー。

ふと、大学内の鏡に梨桜の姿が映るー
梨桜の鋭い眼差しー

(…梨桜、こんな顔も出来るんだな…)
そんな風に思いながらも、邪魔な髪をどかしながら、
梨桜(裕司)は、マリア恵の追跡を続けるー。

「----」

しかしーー
マリア恵は梨桜(裕司)の尾行に気づいていたのかー
廊下の曲がり角を曲がったところで、姿を消したー

「--くそっ!」
梨桜(裕司)は、マリア恵の追跡をひとまず諦めて、
梨桜の身体で次の授業に向かったー

・・・・・・・・・・・・・・・

「-ーーー!」
梨桜(裕司)は昼休みの食堂で、
麻奈美と共に昼食を食べていたー

「-どうしたの?」
麻奈美が不思議そうに呟くー

「--あ、いや…」
梨桜(裕司)が、カツ丼を見つめながら戸惑っているー。

「--え?あ、梨桜ちゃん太っちゃうかもって心配?
 確かに、気を付けたほうがいいかもね」

麻奈美が笑うと、
梨桜(裕司)は、「あ、いや…なんかいつもよりおいしくないなって」と
苦笑いしたー

そういえば、梨桜はカツ丼とか、そういうのは苦手だったー。

今は梨桜の身体ー
と、いうことはー
梨桜の味覚、ということなのだろうかー。

いつも裕司が良く食べていたカツ丼の味が、全然美味しく感じられないー

「--あ~確かに身体が変われば味覚も変わるかもね~!」
梨桜(裕司)からその考えを聞いた麻奈美も、梨桜(裕司)の
意見に同調したー。

「----あ」

「?」
梨桜(裕司)が振り返ると、
そこには後輩の蘭堂 美穂がいたー。

梨桜と同じ美術系のサークルに所属している子だー。

美穂が足早に立ち去っていくー

麻奈美と梨桜(裕司)が不思議そうな顔をするー

「--ねぇ、なんであの子、裕司くんの顔を見て…
 っていうか、梨桜ちゃんの顔を見て
 慌てて立ち去って行ったの?」

麻奈美の問いかけに
梨桜(裕司)は、少し首を傾げながら
「--授業が終わったら、話を聞いてみるよ」と呟いたー

・・・・・・・・・・・・・・・

大学の授業が終わり、
梨桜(裕司)は美穂を呼び出したー

「-な、、なんですか?
 お前をこれから滅茶苦茶にしてやる!みたいな顔をして…」

美穂は、いつもの言い回しで梨桜(裕司)の前に
やってくるー。

梨桜(裕司)は戸惑いながらー
「あ、、あのさ、さっき、お、、いや、わたしの顔を見て
 逃げてくような感じがしたから、なんでかなって」
と、梨桜の口調を真似て言ったー

「--え???あ、、え、、えっと、、その…」
美穂は目を逸らす。

梨桜(裕司)が戸惑いながら「ど、どうしたの?」と言うと、
美穂は、ようやく口を開いたー

「じーー、実は、檜山先輩から、
 そ、、その…雪本先輩の中身は室井教授だって…
 聞いたので…」

と、気まずそうに美穂は呟いたー

「--あ」
梨桜(裕司)は思わず変な声を出したー

そういえばー
この前、
”後輩の美穂が、梨桜(室井教授)に変なことをされたり
 しないように”と、
梨桜の中身は室井教授だと伝えていたのだったー。

”そっか、今、俺は梨桜の身体でー、
 蘭堂さんが俺を見て、逃げ出したのは
 俺が、梨桜の中身は室井教授だって伝えたからか”

ややこしいー

そう思いながら
梨桜(裕司)は少し考えてからー

「--実はー」
と、苦笑いしたー

「---えぇっ!?!?!?」
美穂が驚くー。

「--じ、じゃあ、雪本先輩の顔なのに、
 中身は檜山先輩なんですか!?」

”声がでかいよ”と、苦笑いしながらー
「まぁ、そういうこと」と
梨桜(裕司)が呟くと、
美穂は、少ししてからー

「---で、でも、それじゃ先輩の身体は…」
と、裕司の身体は死んでしまったことを、
悲しそうに指摘したー

「--俺なら大丈夫」
梨桜(裕司)は、そう呟くと、
”急に呼び出してごめん”と、
美穂の前から立ち去ろうとするー。


「---大丈夫って…」

美穂がふと、口を開いたー


「---先輩……
 その身体を返すってことはーー

 先輩が室井教授の身体で生きていくことになるんですよ…?

 それでも、、いいんですか?」

と、不安そうに呟くー

梨桜(裕司)は表情を歪めたー。

「-----」

鏡を見つめるー

自分の身体は既に死んでしまったー
梨桜に身体を返すということはー

”自分が、室井教授になるということー”

「---…」
梨桜(裕司)は表情を曇らせるー。

「---あ、いえ、ごめんなさい…」
美穂が”余計なことを口にした”と言わんばかりに謝罪するー

「あ、いや、それは分かってるー。
 でも、この身体は、梨桜のものだからー」

と、梨桜(裕司)は笑みを浮かべながら、
美穂の方を見つめたー

・・・・・・・・・・・・・・・

暗い表情で、大学から外に出る梨桜(裕司)-

「----」
梨桜(裕司)は途中でデパートのお手洗いの中に入ったー

顔を洗いー
気持を落ち着けようとするー

鏡には、綺麗な瞳の梨桜の顔が映るー

「------はぁぁああああああ…」
イライラした様子で髪の毛をぐしゃぐしゃにすると
梨桜(裕司)は、今一度深呼吸をして、心を落ち着けたー

”今は余計なことを考えるのはやめるんだ”

裕司は自分にそう言い聞かせて、お手洗いから外に出たー

・・・・・・・・・・・・・・・

「--これはー?」

顔を上げて、その人物は驚いたー

相手の女が微笑むー

”報酬”だとー。

女は”入れ替わり薬”をその人物に渡したー

「---でも、まだ」
”監視役”の人物は、そう呟くと、
”室井教授に入れ替わり薬を提供した女”は笑みを浮かべたー

”もう、大丈夫”
だとー。

「--そろそろわたしから、”挨拶”するからー」

彼女は不気味な笑みを浮かべたー

・・・・・・・・・・・・・・・

翌日もー
梨桜(裕司)は、
マリア恵を尾行したー。

現状の手がかりは
”売人”である、マリア恵のみー。

マリア恵から、
残る”室井教授に入れ替わり薬を提供した人物”と
”監視役”についても、情報が手に入るかもしれないー

最悪ー
入らずとも”入れ替わり薬”を手に入れることができればー
梨桜にこの身体を返すことだけでも、出来るー


「----…いい加減になさい」
マリア恵が立ち止まったー

梨桜(裕司)が、咄嗟に身を隠そうとしたが、
手遅れだったー

「--あら、あなたはーー…」
マリア恵が少しだけ驚いた表情を浮かべるー。

”入れ替わり薬”を売った張本人である以上ー
梨桜と室井教授が入れ替わったことも
知っているのかもしれないー

「---単刀直入に言うー」
梨桜(裕司)は、梨桜として振舞うこともせず、
マリア恵に単刀直入に質問したー

「--誰に、入れ替わり薬を売ったー?」

とー。

だが、やはり、マリア恵は答えなかったー

「---答えないとーー
 大学側に薬の売買のことを報告するー」
梨桜(裕司)は怒りの形相でマリア恵を見つめるー

しかしー

それでも、マリア恵は余裕の表情だったー

「--ふふふ…
 わたしのことを、大学に報告しても無駄よー。
 大久保学長は、”わたしが違法な薬品を売買してること”を
 知っていて黙認しているのー。

 どういう意味か、お分かりかしら?」

マリア恵の言葉に、
梨桜(裕司)は、無言でマリア恵を睨みつけるー。

「--大久保学長は”大学の評判”を落としたくないのー
 だから、あなたが仮に大学側にわたしのことを話してもーー
 無駄ーーー。」

梨桜(裕司)は、舌打ちしたー。

マリア恵から”入れ替わり薬を5本”購入した人物を
聞き出すことは、今の時点では難しそうだー。

大久保学長が、マリア恵の裏の顔を知っていて黙認しているとなれば
大学に伝えても、無駄だろうー。

そう判断した梨桜(裕司)はー
すぐに”もう一つの目的”を口にしたー

「--入れ替わり薬を、売ってもらうことは、出来るのか?」
とー。

梨桜(裕司)の言葉に、
マリア恵は一瞬「え…?」と首を傾げたもののー

「--ふ~ん…」

と、笑みを浮かべたー。

しばらく考えるマリア恵ー。

「----確かに”入れ替わり薬”は存在するわ」
マリア恵は、そう口にしたー。

この前は”ない”と言っていたが
梨桜(裕司)の雰囲気からー
裕司本人の入れ替わりを経験したと悟ったマリア恵は
そう答えたー。

「---……それを、売ってもらうことは、できるのか?」
梨桜(裕司)がマリア恵を睨むー

女子二人がにらみ合う中ー
マリア恵は、ため息をついたー

「--いいわ。売ってあげましょうー。
 ただ、故郷から取り寄せるからー
 少し時間がかかるけど、
 いいかしら?」

その言葉に、梨桜(裕司)は頷くー

「-ーーーふふ、じゃあ、また連絡するわ」
マリア恵はそれだけ言うと、足早に立ち去っていくー。

「---」
”くそっ”と梨桜(裕司)は呟きながらもー
”入れ替わり薬”を手に入れることが出来れば、
ひとまず、梨桜にこの身体を返すことができるかもしれないー…

と、少しだけ”希望”も感じるのだったー

・・・・・・・・・・・・・・・・・

数日が経過したー。

親友の康介と昼休みを過ごす梨桜(裕司)-

梨桜(裕司)が新発売のお茶を飲みながら、
隣にいる康介に「これうまいな…お前も飲むか?」と
微笑んだー

「え…あ、、いや…」
いつも、裕司と、回し飲みをすることは珍しくないのだが
康介が顔を赤らめているー

「---っあ、、、そっか…悪い」
梨桜(裕司)は、
自分が”女子”の身体であることを自覚して
気まずそうに呟くー

「いや、、いや、いいんだけどさ、つい、な」
と、康介は笑うー。

「--そういえば、最近、お母さんは元気か?」
梨桜(裕司)が言うと、
康介は、少しだけ寂しそうに「--まぁ、な」と笑うー。

康介の母親は、病気で入院中ー
正直、”あまりよくない”と噂では聞いているー。

「---ありがとな」
康介は、心配してくれている梨桜(裕司)にお礼を述べるー

その時だったー

♪~~~!

スマホにメッセージが届くー

”例のモノ”明日には届くわー。
 明日、時間をとれるかしら?”

「--!!」

マリア・恵からのメッセージ。
”例のモノ”とは入れ替わり薬のことだろうー。

「どうした?」
康介の言葉に、梨桜(裕司)は、マリア恵との件を説明したー

「--なるほどな…
 それで、梨桜ちゃんに身体を返すってことか」
康介の言葉に、梨桜(裕司)は頷くー。

梨桜にこの身体を返せば、自分は
室井教授の身体になってしまうー

そして、裕司自身の身体は既に”死亡”しているー。

だがー
とにかくまずは、梨桜に身体を返すことー
それが、先決であると自分に言い聞かせるー。


昼休みが間もなく終わるー

その時ー
もう”1通”知らない番号からのメッセージが届いたー

”ーー答えを教えてあげるー”

「---!?」
梨桜(裕司)がそのメッセージを見つめるー

”今日、大学が終わったらー
 ここに来なさいー”

追加で送られて来たメッセージー

そこには時間と場所が指定されていたー

”--わたしがマリア恵から入れ替わり薬を購入しー
 室井教授に提供した”元凶”--”

「---!!」
梨桜(裕司)は表情を思わず歪めてしまうー

”全ての元凶”からの直接のメッセージ。
しかも、そこには”会おう”と書かれているー。

「----……どういうつもりだ?」
梨桜(裕司)は表情を歪めるー。

一体ー
こいつは誰だー?

何かの罠かー?

”売人”はマリア恵

”提供者”と”監視役”は不明ー

そのうちの
マリア恵から入れ替わり薬を購入し、室井教授にそれを提供したー
”提供者”が自ら姿を現すと言ってきたのだー。

「---」
スマホを握りしめる梨桜(裕司)-

仮に、罠だとしてもー
梨桜(裕司)の答えはひとつだったー

”行ってやるー
 誘いに乗ってやるよー”

梨桜(裕司)はそう決心しながら、大学の構内を歩き始めたー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

大学での1日が終わるー

夕暮れの屋上から、夕日を見つめる梨桜(裕司)-

自分の身体とは違う長い髪が、風に揺れるー
落ち着かない様子で髪を押える梨桜(裕司)-。

「-------」

元に戻ればー
自分は、室井教授の身体になるー。

そのあと、どうするー?

どうしても、そのことを考えてしまうー
考えないようにしようー

そう、思っていたはずなのにー
どうしても、それを考えてしまう。

室井教授(梨桜)と入れ替わればー
梨桜は、梨桜の身体ー
つまり、元の自分の身体に戻ることが出来るー。

けれどー
裕司は、室井教授の身体になってしまうー
そして、自分の身体は、もう、死んでいるー。

「----」
歯ぎしりをする梨桜(裕司)-

”とにかく、今は梨桜を元に戻してー
 自分のことはそれからー”

と、何度も何度も言い聞かせるー

でもー
”それから、どうする?”

その疑問が、何度も何度も頭の中を回転するー。

”そのあと”どうするのかー

自分の身体は、もう、死んでいるのにー

「---」
梨桜(裕司)が背後を振り返るー

屋上にやってきた人物を見て、梨桜(裕司)は
その名前を呟いたー

「--笠倉さんー」
梨桜(裕司)の言葉に、
屋上にやってきた裕司の幼馴染・麻奈美は
少しだけ寂しそうに、笑みを浮かべたー


⑥へ続く


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

コメント

残りもあとわずかになってきました!

登場人物たちがどのような結末を迎えるのか、
ぜひ見届けてあげて下さいネ~!

⑤を書き終えた現在は、
春真っただ中!という感じで、
私の苦手な暑い季節が近づいてきている時期デス…笑

でも、これが皆様の目に届いているころには
きっと、涼しい空気になりつつあるはずなので…
その日を目指して頑張ります☆


お祭りということで、作品数も多い中
このような長い作品を読んで頂けている皆様には
本当に感謝デス!

他の作品のついででも、十分嬉しいので、
他の作品共々、楽しんでくださいネ…!

ではまた次回をお楽しみに~☆















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