想いと現実の狭間で@
 作:無名


・・・・・・・・・・・・・・・・

雨が降る中ー
大学の屋上に人影が見えるー

傘も差さずに、雨に濡れたままの男女ー。

男は、女の方を見つめるー。
その目は、とても悲しそうな表情ー。

男の名は、室井 宗太郎(むろい そうたろう)−
この大学の、教授だー

そんな、室井教授の方を険しい表情で見つめているのはー
雪本 梨桜(ゆきもと りお)−

この大学の、女子大生ー。

だがー
中身は”違う”

今、梨桜は、室井教授の中にいるー

”入れ替わり”−
梨桜は、室井教授に身体を入れ替えられて、
奪われてしまったのだー。

「−−わたしの身体を返して!」

声が屋上に響き渡るー


その声を聞きながら、
梨桜は表情を歪めたー。


梨桜に身体を返せばー
俺はーー

室井教授(梨桜)を見つめながらー
梨桜は、瞳を震わせたー


どんなに苦しんだところでー
もう、時は戻らないー。


”梨桜に身体を返すか”

”梨桜の身体を奪うか”

道は、ふたつに、ひとつー。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「−−また室井教授に?」
男子大学生・檜山 裕司(ひやま ゆうじ)が
首を傾げるー。

「−−うん。なんだか最近、しつこくて」
苦笑いしながら裕司のほうを見つめるのは
裕司の彼女で、同じ大学に通う女子大生・雪本 梨桜(ゆきもと りお)−。

梨桜は、とても穏やかで心優しい性格の持ち主で、
しっかり者ー。
友達も多く、彼氏である裕司との関係も良好だったー。
ただ、小さいころから、若干身体が弱く、
そのせいもあってか「守ってあげたくなるような」
そんな雰囲気も出ているー。

「−−あんまりしつこいようなら、
 大学にもちゃんと相談しておいた方がいいかもしれないな」
裕司が言うと、梨桜は心配そうに「うん…」と呟いたー。

室井(むろい)教授ー
”変わり者”として有名な教授で、
元々、とある科学の分野の研究者だったようなのだが、
問題行動が多く、所属していた研究室を追放され、
現在は大学教授として働いているー

「−−俺からも、一言言ってみるよ。
 梨桜から何か言うのも怖いと思うし」

裕司がそう提案すると、
梨桜は「ごめんね、迷惑かけて」と、申し訳なさそうに言う。

室井教授は以前も、痴漢まがいの行為で、
危うくクビになりそうになったことがある、と聞いたことがある。
あくまで”噂”に過ぎず、本当かどうかは分からないが、
いずれにせよ、”火のないところに煙は立たない”ともいうし、
室井教授によい印象がないのは確かだったー。

その日の授業を終えると、
裕司は、室井教授の研究室に向かうー。

「−−お、裕司!」
そんな裕司を偶然見かけて声をかけてきたのはー
親友の瀬島 康介(せじま こうすけ)−

高校時代からの親友で、
今では固い絆で結ばれている男だ。

ちょっとお調子者な一面はあるものの、
面倒見が良く、友達想いー
いざという時には、身を挺して助けてくれるような
正義感も併せ持っている。

「−−−−梨桜がさ、室井教授からまた飯に誘われてさ」
裕司が戸惑いながら言う。

「へ〜〜、どうしようもねぇな、あの教授も」
康介が首を振るー。

「だから、一言言いに行こうと思ってな」
裕司の言葉に、康介は「大変だなぁ…」と苦笑いしながら、
「俺も行こうか?」と、裕司を見て、真剣な表情で呟いたー。

「−ーえ?あ、いや、いいよいいよ
 ちょっと文句言いに行くだけだし、
 あんまり大事にもしたくないからさ。

 梨桜が逆恨みされたりしても困るしな」

裕司がそう言うと、
康介も「そっか、そうだな」と笑みを浮かべる。

「−ま、何かあったら言えよ。俺に出来ることなら力になるから」

「あぁ、ありがとな」

裕司と康介はそんな会話をして別れた。


そしてー
室井教授の研究室にやってきた裕司は
室井教授の研究室をノックしたー。

「−−どうぞ」
中から声が聞こえるー

わずかにかすれた感じの声ー。

研究室に入ると、室井教授が書類を整理していたー。

「−−ー何の用かな?」
薄汚れた服装に小太りの体格ー
剥げた頭と、神経質そうな顔立ちー。

研究室には、悪趣味な昆虫の標本や
動物の牙などが置かれているー。

「−−−−梨桜を食事に誘うのを、やめて貰えませんか?」
裕司が、単刀直入に室井教授に伝えるー。

「−−−−ふ〜〜〜〜……」
室井教授が自分の薄汚れた洋服を噛み始めるー。

”気に入らないことがあると服や爪をかじるー”
それが、室井教授の癖ー。

「−−梨桜が怖がっているんです…
 別に教授のことを悪く言うつもりはありません。

 ただー…
 何度も同じ人から、食事に誘われたら、
 誰だって怖いと感じますしーーー」

そこまで言うと、室井教授が「あ〜〜〜わかったわかった」と、
手を挙げながら呟いたー。

「−−ーーーわかった。もう君の彼女を食事には誘わない」

「−−−約束してくれますか?」
裕司が言うと、室井教授は、爪をガリガリかじりながら
裕司とは目も合わせず「約束するとも」と答えたー。

その声からは、苛立ちすら感じるー。

「−ありがとうございます。」
裕司は、教授に対しての礼儀を忘れないよう、
頭を下げるー。

「−−−」
室井教授は、イスに座って、服をかじり出すー。

「−−−−」
激しく膝を上下させるー。
苛立っているのか、激しい貧乏ゆすりをしながら、何かをブツブツ呟いているー。

裕司は、そんな室井教授のほうを見つめながら
不安を覚えるー。

”梨桜を逆恨みしたりしないだろうか”
とー。

けれどー
今、これ以上室井教授に何か言えば
逆上させてしまう可能性もある。

「−−すみません。お忙しい中失礼しました」
裕司は頭を下げて、教授の研究室から外に出るー


「−−うぅぅぅうううぅうぅぅぅ」

研究室に残された室井教授は、
うなり声をあげながら、
まるで子供のように、研究室で暴れ始めたー

「−−あぁぁあああああああぁぁああああっっ!」

幼稚園児のように、部屋の中でジャンプしながら
奇声を上げるー。

室井教授が、梨桜を食事に誘った理由は、シンプルだったー。

”可愛かったから”

だー。

室井教授は、お気に入りの女子を見つけると
いつもアプローチを仕掛けているー。

付き合えるー
とまでは、思っていないー

だが、可愛い女子大生と一緒に食事が出来るーと
考えるだけで室井教授は興奮していたー

「−−はぁっ はぁっ はぁっ」
暴れ終えた室井教授が、荒い息をしながら呟くー

女子大生は芸術品だー。
私にとっては、宝石よりも美しいー。

宝石が目の前を歩いていたら、どうだ?
声を掛けないのも、失礼というものだろうー

「−私はただ、、目の前の芸術を誘っただけなのに!」
室井教授が、洋服をかじりながら怒りの形相を浮かべているとー

そこに、人の気配がしたー。

「−−誰だ!?」
室井教授が叫ぶと、
研究室に入って来た人物は笑みを浮かべたー

「−−室井教授ー。
 教授自身が、”芸術品”になってみる、っていうのは
 どうでしょう?」
笑みを浮かべる人物ー

「どういう意味だ?」
室井教授が、ふーふー言いながら相手の人物を見つめると、
相手の人物は室井教授にあるものを差し出したー。


”入れ替わり薬”
をー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日ー

ニヤニヤしながら、康介が廊下のポスターを見つめているのを見つけて、
裕司が声を掛けるー。

「−お、裕司!」
声を掛けられた康介が振り向くと、
裕司は笑いながら、康介が見つめていたポスターの方を見るー

大学のミスコンに選ばれた”マリア・恵”のポスター。
裕司たちの1学年上の先輩で、
裕司たちとはほとんど接点はないー。

裕司が揶揄うようにして
「−−康介、ホント、マリア先輩好きだなぁ」と笑うー。

「へへ…なんかこう…ハーフな顔立ちがたまらなくてさ」
康介はニヤニヤしながらそう言うと、

「そういえば、昨日はどうだったんだよ?」
と、真顔に戻って呟くー。

「ん?あ〜、まぁ室井教授に指摘はしたんだけどさ、
 あの様子だと、また梨桜を飯に誘ってきそうな気もするなぁ〜」
裕司が困った様子で呟くー

室井教授の態度は、明らかに不服そうだったー。

「ホント、変わり者だよな〜室井教授は」
康介が迷惑そうに呟くとーーー


「−−−?」
康介が立ち止まったー。

大学の一角に人だかりが出来ているー。

「なんだ?」
裕司と康介が目を見合わせて、
人だかりの出来ている方に近づくと、
そこにはーーー

汚らしいシャツ姿の、室井教授がいたー

「ゲッ!室井」
康介が、嫌そうな顔をするー

裕司も同じく嫌そうだー。

人だかりの中心にいたのはー
”室井教授”だー。

しかもー

「−−わたし、、、梨桜なの!雪本 梨桜!
 おねがい!信じて!
 室井教授に身体を入れ替えられちゃったの!」

叫ぶ室井教授ー

周囲が笑っているー
中年のおっさんが「わたしは梨桜なの!」と叫んでいるー

かなり、ヤバい光景だー。

「−−−」
裕司が表情を歪めるー


「−−笠倉さん」
裕司が、人だかりの中に、よく知る女性がいることに気づいて、
声を掛けたー

「あ…!裕司くん」
裕司のことを下の名前で呼ぶのはー
幼馴染の女子大生・笠倉 麻奈美(かさくら まなみ)−。
小さいころからよく一緒に遊んだりして、
裕司に彼女が出来た今でも、友人としての関係は、
梨桜を交えて、続いているー。

容姿に恵まれていてー
勉強も、運動も、料理も、何でもできるー

”笠倉さんに出来ないことは何もない”
と、裕司がいつも言っているぐらいに、
昔から、何に対しても器用な子だー

それでいて、性格も時々毒舌なこと以外は、欠点も見当たらないー。

「−−−何があったんだ?」
裕司が聞くと、
麻奈美は、室井教授のほうを見つめたー

「なんか急にね、室井教授が、
 わたしは梨桜なの!って叫びはじめてー…

 ふふ、笑っちゃうよね」

麻奈美が、室井教授を軽蔑の眼差しで見つめるー

「−−−−−」
裕司は不安になるー。

室井教授が、まるで”本当に入れ替わっているかのように”
見えたからだー。

そういえばー
今日はまだ、梨桜とは会っていなーーー

「−−どうしたの?」

ー!

裕司が振り返ると、そこには梨桜がいた。

「り、梨桜」
裕司は、少し安堵の表情を浮かべながら
不思議そうに、人だかりの中心にいる室井教授のほうを見つめる
梨桜のほうを見たー

「−−わ、、わたしの身体を返して!」
室井教授が叫びながら梨桜の方に突進してくるー

「え!?」
梨桜が戸惑った表情を浮かべるー

その顔は、とても演技には見えないー

「−−おい!」
親友の康介が止めに入るー

取り押さえられた室井教授は叫ぶー

「わたしの身体を返して!みんな聞いて!ねぇ!!!
 そいつ、わたしじゃない!!
 わたしが、梨桜なの!」

叫ぶ室井教授を見ながら
梨桜は心底怯えた表情で、
「な、、何言ってるの…?」と呟くー。

裕司が、不安そうにしている梨桜に
「だいじょうぶだから」と、梨桜を室井教授から遠ざけるー。

「−−−何あれ… ついにおかしくなっちゃったのかな…」
裕司の幼馴染の麻奈美が呆れた様子で首を振るー

雰囲気自体は大人しそうな麻奈美だがー
中身は明るい性格で、小さいころから”お姉さん”みたいな感じだー。

「−−−教授!何してるんですか!」
やがて、他の職員が駆けつけて、室井教授は取り押さえられたー。

「−−−…怖い…」
梨桜が裕司の腕をつかみながら呟くー

「−大丈夫…大丈夫だから」
裕司は、梨桜を安心させようとして、そう呟いたー


裕司は一瞬、”本当に入れ替わっているのではないか?”と
不安になったー。

しかし、落ち着いた梨桜本人は「そんなことあるわけないでしょ?」と
苦笑いしていたし、
振る舞いもいつも通りー

あとで、大学側に確認したところ、
室井教授の”妄想”だったことが判明したー。

室井教授が、梨桜のことを想像してばかりいたところ、
自分が本当に梨桜のような気がしてきてしまってー…
と、そういう理由だっただと言う。


「−−完全に頭おかしいでしょ…」
幼馴染の麻奈美が言うー。

「−−今日、実は中身室井教授なんじゃないの?って
 何回も聞かれちゃった」
梨桜が、恥ずかしそうに笑いながら言うー。

「−−はは、そいつは災難だったな」
裕司の親友・康介が呆れた様子で笑うー。

しかし、裕司は難しい表情だったー。

「−−どうした?裕司?」
康介がそんな裕司に気づいて声を掛けるー。


「いや…最近梨桜を食事に誘ったり、
 今日みたいなことがあったり…
 どんどん室井教授がエスカレートしてる気がしてさ…

 これ以上、何か変な行動をしてこなければいいけど…」

裕司の言葉に、梨桜は申し訳なさそうに
「心配かけてごめんね」と呟いたー


・・・・・・・・・・・・・・・

裕司の予感は”的中”してしまったー

「わたしは、、梨桜なの!!!室井教授に身体を入れ替えられちゃったの!」

翌日もー
室井教授は、昨日と同じようなことを叫び出したー。

結局ーー

”ほんの冗談じゃないですか”と
開き直った態度で、周囲の大学職員たちの聞き取りに応じた室井教授ー


その翌日もー
またその翌日もー

室井教授は”わたしは梨桜”と叫んで
トラブルを起こしては、大学の職員に連行されたー


夕方ー
大学の図書館で、裕司がため息をつくー。


「−−何が目的か分からなくて、ホント気味悪いよ」
裕司が呟くと、
「ーー先輩も大変ですねぇ」
と、後輩の蘭堂 美穂(らんどう みほ)が微笑んだー。

大学の美術系サークルに所属していて、
同じ美術系サークルに所属している
梨桜のことを姉のように慕っているー。
その梨桜の彼氏でもある裕司とも、梨桜を通じて知り合い、
今では、裕司のことも、”先輩”と慕っている子だー。

裕司が大学内の図書館で借りていた小説を康介と共に
返却しに来た際に、偶然、鉢合わせして、
顔色の悪い裕司を見た美穂が

「先輩、地球が明日爆発するような顔しちゃって
 どうしたんですか〜?」

と聞いてきたため、
裕司が室井教授のことを愚痴ったところだったー。

「−−−確かにな」
裕司の親友・康介も苦笑いするー。

「−−室井教授のことだし、頭おかしくなったんじゃねぇか?」
ケラケラ笑いながら言う康介に、
「元からあの教授、変わり者ですもんねぇ〜」と、美穂が笑うー。

雑談をする三人ー。

「あ、、」
康介が時計を見ると「そろそろ俺は帰らないとな」と、笑うー。

「−−あぁ、お母さん、元気か?」
裕司が言うと、康介は「まぁな」と笑うー。

康介の父親は、既に数年前に他界、
母親と二人暮らしである上に、
半年ほど前から母親は体調を崩し、病院で入院中だと言うー。

康介は母親の容態を詳しく語ろうとはしないが、
今でも入院中で、毎日のように、お見舞いに行っているー。

「−−ま、とにかく気をつけろよ」
康介が言うと、裕司は「ああ」と手を挙げるー。

「じゃ、俺も帰ろうかな。蘭堂さんも気を付けて」
裕司はそれだけ言うと、図書館を後にしたー。

・・・・・・・・・・・・・

その後もー
室井教授の奇行は止まらずー

1週間が経過したころにはー
大学の学長や理事長も、室井教授の”奇行”を問題視し始めたー。


「−−−マジでなんなんだあいつは?」
あきれ顔で康介が言うー。

連日、「わたしは梨桜なの!」と叫ぶ室井教授ー

梨桜はついに「いい加減にしてください!」と
室井教授に直接言いに行ったー。

だがー
室井教授は、服をかじりながら梨桜を見つめるだけで、
「わたしは梨桜なの!」と再び、奇行を繰り返したー


「−−まぁ、あれだよ。
 みんな室井教授のことは頭おかしいってちゃんと
 分かってるし、
 誰も真に受けたりなんかしねぇから、大丈夫さ」

康介の言葉に、
裕司がうなずくー。

しかし、梨桜は不安そうな表情を崩さなかったー。

「−−だいじょうぶ。何もさせないし、
 大学側にも、再三言っておいたから」

裕司が梨桜にそう言い放つと、
梨桜は、「うん…」と不安そうに答えたー。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

大学の正門をくぐる裕司ー。

「よぉ」

背後から声を掛けられた裕司が振り返ると、
そこには、素行不良で問題になっている男子大学生・
荒瀬 大吾(あらせ だいご)がいたー。

退学間近、とも聞いた気がするー

「−−−…なんだよ?」
裕司が、大吾の方を見つめながら返事をすると、
大吾は笑みを浮かべたー

「−−最近、面白れぇことになってるじゃねぇか。
 お前の彼女」

とー。

「−−あ?」
裕司は不満そうに大吾の方を見つめるー。

いつもスナック菓子の袋を持ち歩きながら
行儀悪く、それを食べている大吾ー

今日もポテトチップスをかじりながら
大吾が裕司を見つめるー

「−−−怒るな怒るな。
 ちょっと冗談言っただけじゃねぇか」

大吾はそう言うと、
「食うか?」とポテトチップスの袋を裕司に向けるー。

「ふざけるな。いらないよ」
裕司はそれだけ言うと、
大吾に背を向けてそのまま立ち去っていくー


大吾は、そんな裕司の背中を見つめながら
ポテトチップスをバリっとかみ砕いたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・

それからさらに数日が経過するー。

室井教授の奇行はさらに続くー

まるで”狂ったストーカー”のように…

大学側もさすがにあきれ果てたのか、
大学の大久保(おおくぼ)学長らは、
室井教授の処分を検討し始めるのだったー。


しかしー
そんな中、事件は起きたー

「−−−」
梨桜が、大学から帰ろうとしているとー
室井教授に声を掛けられたー。

「−今日も、いい天気だね」
室井教授が、頭をかきむしりながら笑うー。

「−−−…何か、御用ですか?」
梨桜は警戒心をあらわにするー。

”わたしが梨桜なの!”などと叫んでいる
”頭のおかしな男”を前にしたらー
警戒するのは当然だー。

梨桜は梨桜ー。
入れ替わってなどいないのに、
そんなことを言われてしまうと、
梨桜自身も気味が悪いし、
決して、良い気持ちはしない。

「−−−わたしの…わたしの彼女になるつもりは、ないか?」
室井教授が、信じられない言葉を口にしたー

「−−は…?え…?
 あ、、あの…ごめんなさい…
 わたしは彼氏もいますし…

 …と、いうよりも、もういい加減にしてください!
 教授が、教え子に告白するなんて…」

梨桜は、そこまで言いかけて、言葉を止めたー

室井教授が服をかじりながら
「うぅぅぅぅぅぅううう…」と、まるで獣のように
梨桜を睨んでいるー。

「−−−…あ、、、あの…失礼します」
梨桜は足早に立ち去ろうとしたー。

しかしー

「−−これが最後のチャンスだ!
 君は、芸術品のように、美しいー。

 まるで、宇宙の誕生をこの目で見つめているかのようだ!」

室井教授が、梨桜に向かって叫ぶー。


”完全に頭がおかしい”
梨桜は、そう思いながら足早に立ち去ろうとするー。

ーードン!


「−−!?」
梨桜の目の前に、室井教授ー。

いつの前にか、走って追いかけてきていた室井教授が、
梨桜の目の前にいたー。


「−−−−もう一度だけ言うー
 私の女になるつもりは、ないか?」

ふー、ふー、と息をしながら、
室井教授が下品な笑みを浮かべるー。

「−−−お、、お断りします!」
梨桜が毅然とした態度で室井教授にそう言い放ったー

「−−ぐぐぐぐぐぐぐ…ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ…」
爪をがりっがりっとかじる室井教授ー。

「−−−はぁぁぁ…なら仕方ないー。」
室井教授が悪魔のような笑みを浮かべたー

「−−私が、君になるー」

「−!?」

突然、室井教授が梨桜にキスをしたー
もがく梨桜ー。

そして、梨桜と室井教授はその場に倒れ込んだー


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

同時刻ー
裕司と、幼馴染の麻奈美が、
大学の出口に向かって歩いていたー。

大学前で、梨桜と合流する約束をしている裕司は、
少し遅れてその場所に向かっていたー。

「−−え〜ホントに?
 裕司くんと梨桜ちゃんってば、大学にいるうちに
 結婚しそうなイメージ、あったんだけどなぁ〜」

幼馴染の麻奈美が言うー。

「ーーははは、まだそこまでの話はないよ」
裕司が言うと、
麻奈美はほほ笑んだー

「−−小さいころは、”麻奈美ちゃんと結婚するー”
 なんて言ってたのにね?」

麻奈美がいたずらっぽく笑うー

「おいおい、やめてくれよ〜
 修羅場とか、勘弁だからな?」

裕司が言うと、
麻奈美は「うそうそ、わたしは裕司くんと梨桜ちゃんを応援してるからね!」と
笑みを浮かべたー。

その時だったー

「−−−裕司!」
物影から梨桜が姿を現したー

ニコニコとほほ笑んでいる梨桜ー。

「−−−あ、梨桜!お待たせ」
裕司が言うと、梨桜は裕司の方に近寄ってきてほほ笑むー。

「−−じゃあ、また」
裕司が麻奈美に向かってそう言うと、
麻奈美も「うん」とほほ笑むー

梨桜と麻奈美の目が合うー。

麻奈美が不思議そうな顔をしていたその時だったー

「−−−裕司!」
物影から室井教授が姿を現したー

「−−−」
梨桜が笑みを浮かべるー。

「−−裕司!!助けて!!わたし、、わたし、本当に室井教授に
 身体を入れ替えられちゃった…

 そっちの、わたしは、、わたしじゃない!」

室井教授が叫ぶー

「−−はぁ…」
裕司が頭を抱えるー

”またか”

「−−室井教授…いい加減にしてもらえませんか?」
裕司が荒い口調で言うー

「−−−!!」
室井教授が戸惑うー。

「−−−」
梨桜が、裕司の背後で笑みを浮かべたー

その様子を少し離れた場所で、麻奈美も
事の成り行きを見守っているー

麻奈美も最近”室井教授が梨桜を名乗って迷惑をかけている”
ことは知っていたし、実際にその場面を見たこともあるー。

「−−−ち、、違うの…!今度はほんとに!」
室井教授が叫ぶー

「−−いい加減にしてくれよ!」
裕司がついに声を荒げたー

「梨桜が怖がってるんだよ!
 なんでそんな意味わかんない行動するんだよ!

 梨桜に、俺に何の恨みがあるんだよ!」

裕司が言うー。

「−−ち、、ちがっ…わた…」
室井教授が、梨桜の方を見るー

梨桜がー
凶悪な笑みを浮かべていたー
口元に涎を貯めながらー

そうー
”今回”は、
本当に入れ替わっているー

室井教授がここ最近、
何度も何度も”わたしは梨桜なの!”と叫んでいたのはー
”この日のためー”

既にー
大学側も、裕司も、みんなーー
”室井教授の、わたしが梨桜なの発言 に呆れ切っていたー”

その状況を作り出すための、罠ー


「−−−いい加減にしなさいよ!」
麻奈美も割って入るー。

「−−ち、、ちが…わ、、わたし、、本当に、、本当に梨桜なの…」
室井教授(梨桜)が目に涙をためるー

「−−もういいです いこう梨桜」
裕司はあきれ果ててそう呟くと、梨桜(室井教授)に声を掛けるー

まさかー
”今回は”本当に入れ替わっているとは、夢にも思わずにー


梨桜は、内心で笑いながら裕司と共に歩くー

”クククー
 ついに、、ついに芸術的なこの身体を手に入れたー”

「−−−梨桜?」
裕司が、笑みを浮かべている梨桜(室井教授)の方を見るー

梨桜(室井教授)はその視線に気づいて微笑んだー。

「−−−裕司が、必死に守ってくれて、嬉しくて」
とー。

「−−はは、当たり前さー」
裕司は、何も知らないまま、そう呟いたー

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「−−あはははっ!ああははははははっ!!!ははははははははっっ!!!」

狂ったように笑う梨桜(室井教授)

「ん〜〜〜ついに手に入れた!!
 あはっ!あはははははははっ!」

梨桜の家に帰宅した
梨桜(室井教授)は、一人子供のようにはしゃいで、ジャンプしたり
万歳したりしているー

喜んだり、怒ったり、感情が高ぶったりすると、
暴れる室井教授の癖ー

「−−−」
梨桜(室井教授)は、スマホを開くー

指紋認証をクリアして、
スマホを開くと、
梨桜(室井教授)は表情を歪めたー


”あの変態教授のことは、俺がどうにかするから
 梨桜は心配しなくていいよ”


”ガリっ”

スマホを見つめていた梨桜(室井教授)は怒りの形相で、
爪をかじり始めるー。

爪を噛む癖などなかった梨桜(室井教授)が
ガリガリと綺麗な爪を噛んでいるー。

「−−−ううぅぅぅうぅううううう……
 あああああああっ!」

スマホを放り投げて、怒り狂った様子で、
部屋で飛び跳ねる梨桜(室井教授)−

やがて、可愛らしいベッドの上で落ち着くと、
梨桜(室井教授)は服をかじりながら呟いたー

「−ーー”容姿”に恵まれた貴様たちには分かるまい…」

とー。

・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日ーーー

「−−−おはよ〜!」
梨桜(室井教授)が微笑みながら近づいてくるー。

「−−−あ、おはよう」
裕司がそう言いながら、梨桜(室井教授)の方を見るー

全体的に黒い服装に身を包んだ梨桜(室井教授)ー。

いつもと、少し違うー
そんな違和感を一瞬覚えたー

梨桜(室井教授)が少し恥ずかしそうに、黒いミニスカートを押さえながら
裕司の方を見たー。

そして、口を開くー

「−−−これ、可愛いでしょ?」
梨桜(室井教授)が微笑みながら、
身に着けたペンダントに手を触れるー。

「動物の牙をから作られたペンダントなの!ふふふ」
梨桜(室井教授)が身に着けていたのはー

動物の牙から作られたペンダントー

正直、梨桜にはあまり似合わない気がするし、
裕司は強い違和感を抱いたー。

「−−−あ、、あぁ…そうなんだ、似合ってるよ」
裕司がお世辞を口にするー

そんな裕司を見つめながら
梨桜(室井教授)は内心で笑みを浮かべたー


”ククク…私自身が芸術品になれて嬉しいよー”

梨桜を芸術品とまで言い放っていた室井教授は、
自分自身が梨桜になれたことで、
自分が芸術品そのものになったような快感を味わっていたー

そしてー

”−−少しずつ、私好みに変えていってやるー”

梨桜(室井教授)は笑みを浮かべるー
室井教授自身が好きな”獣”の牙のペンダントを身に着けることはー
”梨桜を支配して、意のままにしている”ということを
室井教授が自分自身で感じるための、マーキングー。


「−−−−あ、そうだ、俺、レポート提出してこないと」
裕司が言うと、
梨桜(室井教授)は静かに微笑んだー

「うん。行ってらっしゃい」
とー。


裕司が立ち去っていくと、梨桜(室井教授)は笑みを浮かべたー

「−−君の彼女は、もう、私のものだー。
 私はーー”室井 梨桜”になったんだからな…
 くくくくくっ」

梨桜の声でーー
室井教授自身の苗字である”室井”を名乗らせてみるー

激しく興奮したー
激しく支配している感覚を覚えたー

唇をペロリと舐めると、梨桜(室井教授)も大学の方に向かって歩き始めたー

・・・・・・・・・・・・・・・・・

レポートの提出を終えた裕司が、大学内を歩いていると、
眼鏡をかけたインテリ男子・井守 誠一(いもり せいいち)
に声を掛けられたー

「−−−室井教授の件は、もう片付いたのか?」
誠一が眼鏡をいじりながら、心配そうに裕司の方を見つめるー

誠一は、非常に頭が良い反面、神経質で気難しい一面があるー。
無神経でトゲのある発言で人を傷つけてしまうこともあるものの、
本質的には悪い人間ではなく、その知識力は、時として力にもなってくれる人物だー。

「−−あぁ、井守か…。昨日もまた”わたしは梨桜なの!”って
 言ってたよー」

裕司が言うと、
誠一は、眼鏡をかけなおしながら「そうか」と呟くー。

「−−−完全に頭おかしくて、困っちゃうよ…
 梨桜も不安がってるしー」

裕司が苦笑いしながら、そう告げると、
誠一は、眼鏡を光らせながら呟いたー

「−−−”本当にイカれてるやつ”は、入れ替わったなんて
 言わないさ」

とー。

「え?」
裕司が首を傾げる。

誠一が裕司に近づいて、裕司をまっすぐと見つめたー。

「−−−…”頭がおかしいだけ”のやつは、
 入れ替わったなんて、言わないー。

 室井教授は”何か目的があって”
 奇行を繰り返しているんじゃないか?」

誠一の鋭い指摘に、裕司は

「−−−でも、、何があるってんだ…?」
と、戸惑いの表情を見せるー

誠一は眼鏡の位置を調整しながら、呟いたー

「それは僕にも分からないー
 けど、気をつけろよ…檜山」

裕司に向かって、そう言い放つと、
思い出したかのように、呟いたー

「それとーーー
 室井教授がお前を探していた」

「−−え?」

裕司は、”また俺に何か用なのか?”と
不安を覚えるー

「−−−わかった。ありがとう」
裕司がそう言うと、誠一は「いいさ」と、だけ返事をするー。

そして、立ち去ろうとする裕司に言葉を付け加えたー。

「−−−気をつけろよ」
とー。

「−−−ああ」
誠一と別れた裕司は、室井教授の研究室に向かうー。

室井教授の”奇行”

何か目的があるとすれば、
いったいーーー…

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーーーーわたし…負けない」

昨日は、大学の室井教授の研究室で一晩を過ごしたー

室井教授になってしまった梨桜は、
”室井教授の家”も知らないため、
帰ることすらできなかったのだー。

けれどー
一晩かけて気持ちを整理した室井教授(梨桜)は
トイレの帰りに偶然出くわした誠一に”裕司を探している”と、
伝言を頼んだのだったー。

裕司はきっと、ここに来てくれるー

「なんとか…
 なんとか、裕司にだけでも信じて貰わなくちゃ…」

室井教授(梨桜)はそう呟くと、
決意の表情で、裕司がやってくるであろう
研究室の入口の扉を見つめたー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「はははははっ!!最高だよ!!
 これでもう私は誰にも馬鹿にされない!」

梨桜(室井教授)が、大学の一室で笑っているー

スカートを履いているのに、
足を広げた状態で座り、
室井教授の癖である”貧乏ゆすり”をしているー。

足を激しく動かしている梨桜(室井教授)を
見ながら、同じ部屋にいる人物は笑ったー

「−−−ん?あぁ、これか?癖でね」

梨桜(室井教授)は相手から指摘されて
貧乏ゆすりを止めるー。

「−あぁ、わかってるとも。
 彼の前では、普通に振舞うさ」

梨桜(室井教授)はそう呟くー。
相手が室井教授に釘を刺し、そのまま立ち去っていくと、
梨桜(室井教授)は笑みを浮かべたー

「芸術品のような美しいこの身体ー
 そして、私の頭脳ー」


梨桜(室井教授)が笑いだすー。

「今度こそ、私の研究を世間に認めさせてやるぞ!
 ふふふふ、ひひひひひひひひひ!」

まるで子供のように飛び跳ねながら
狂ったように笑う梨桜(室井教授)を見て、
梨桜(室井教授)と同じ部屋にいる人物は
寒気すら覚えたー

”外見が同じでも、まるで別人みたいだー”

とー。

狂ったようにはしゃぐ梨桜(室井教授)を見て
今一度、”彼氏にばれないように”と釘をさすと、
その人物は、その部屋から静かに立ち去って行ったー



Aへ続く


・・・・・・・・・・・・・・・・・

コメント

今回のお祭りに参加させて頂きました!

解体新書様のお祭り参加は
「フュジティブ」「標的はわたしの彼氏」に続く、
3回目ですネ…!
(※上の2つと繋がりはないお話なので、安心してください〜!)

今回が最後のお祭りになるということで、
解体新書様へのご恩返しになればと
今まで以上にボリュームの多い作品を用意してみました!

実はこれを書いている時点で、まだ2021年になったばかりだったりするので
皆様のお目にかかるのは相当先なのですが、
今からその時が楽しみデス!
(…と、いうよりこれをお読みになられているということは
 もうその時が来ているのですネ笑)

このコメントは@を書き終えた時点で書いているので
私自身もこれから!というところなのですが、
最後までお付き合いいただけると嬉しいデス!


お読み下さりありがとうございました!













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