真逆な二人の入皮り遊び
  作: マスカレード


下校時刻を知らせるチャイムが鳴る。
とある高校の旧校舎裏。
普段でさえ人が寄り付かないその場所に、彼はいた。
金色に染めた髪をツーブロックに刈り上げている。
不満気に皺を寄せた眉間と鋭い眼。
身に纏うのは制服である学ランだが、前のボタンを閉めず、
その下から赤いTシャツが覗いている。
彼の名は鬼塚公彦(おにつか きみひこ)。
鬼のように喧嘩が強いが群れることを嫌う
今どき珍しい一匹狼の不良少年である。
そんな彼がこの場所に佇んでいるのには理由があった。
「すいません……遅くなりました」
彼に声を掛ける少女がいた。
流れるようなロングの黒髪。
揃えられた前髪の下から除くのは白い肌と純和風美人な顔立ち。
公彦とは違う学校の指定制服であるブレザーを規律正しく着こなしている。
「遅いじゃん西園寺(さいおんじ)」
鬼塚公彦は待ち人である少女の方を向く。
彼女の名前は西園寺麗華(さいおんじれいか)。
公彦が不良だらけの男子校所属なのに対し、
麗華は優等生や会社経営者の子息だらけのお嬢様学校で生徒会長を務めている。
何とも対照的な二人である。
「生徒会の仕事で遅くなってしまいましたの」
直ぐに姿勢を正す彼女には気品が感じられた。
「ふーん。いつもは楽にかたずけるのに『らしくない』じゃん。
 優等生でもそう言うところあるんだな」
悪戯っぽい視線を向けながら公彦は麗華に言った。
麗華は顔を赤くし、そっぽを向きながらそれに反発する。
「そう言うあなたこそ、
 いつもなら隠れてヤニ吸っているんじゃないですの。
 『らしくない』のはお互い様ですわ」
その言葉に公彦は溜息を吐きながら頭を書いた。
「優等生のお嬢様が、『ヤニ吸ってる』なんて言わねーだろ普通」
「うッ……すいません」
「ま、一日もったんだから良いだろ。さ、いくぞ」
「はい……」
二人は旧校舎へと入っていく。
公彦が所属する高校には旧校舎がそのまま残されている。
取り壊し予定ではあるが一向にその計画は進んでいない。
普段は不良のたまり場となっているが、今日は夕方から鬼塚が独占している。
「感謝しろよ。」
「はい……はぁ…はぁ……///」
返事をする麗華は顔を赤らめながら上の空と言った感じだ。
そんな麗華の様子を見て、公彦は突然立ち止まる。
「な、なにを……?」
麗華が言い終わる前に、公彦は彼女の背後にある壁に大きな音を立てて手をつく。
壁ドンの姿勢である。
「んだよ。ずいぶん気が早いんじゃねーのか?」
「ん……ッ」
公彦が麗華のスカートへと手を入れていく。
「や……やめてっ」
グ……ジュルル……ヌポッという音と共に、麗華のスカートからあり得ない物が現れる。
それは勃起した男根であった。
「あーあ。我慢汁こんなに出して。済ましたお嬢様のフリの中身はこれってか?」
次に彼は麗華の顔へと手をやった。
「イヤ……それだけは……おねがい……」
「やーだねっと」
顎の下、首筋の辺りの皮膚を力強くつかむと、麗華の綺麗な顔がぐにゃりと歪んだ。
さらに力任せに引っ張ると、彼女の頭が頭髪ごとスポリと音を立てて剥がれた。
下から現れた顔は金色に染めたツーブロックの髪、射貫くような鋭い目。
赤面し、恥ずかしそうに両手で顔を覆うもう一人の鬼塚公彦であった。


「あ?お嬢様学校の生徒会長様が俺に何の用だよ?」
事態は1月ほど前に遡る。
場所は冒頭と同じ旧校舎裏。
「貴方が鬼塚公彦君ですね。
 そちらは知っているようですけど改めて名乗らせてもらいますわ。
 私は西園寺麗華。以後よろしくお願いしますわね」
「以後よろしく、ね。アンタみたいなお嬢さんがゴミ溜めのゴミとつるむもんじゃねーぜ」
咥えた煙草に火をつけ、彼は言った。
何度か彼女を持ったことはあるが、いずれも上手くいったためしはない。
「失せな。そう言うのは間に合ってる」
鬼塚公彦は不良である。だが、無闇に女性を弄ばない。
そう言うのはポリシーに反する。
「いえ。こちらもタダでアナタと接触しているわけではありません。
 直ぐに立ち去るわけにもいかないんですの。
 先ずは私と一緒にそこに入ってくださらない?
 旧校舎、本日は無人なのでしょ?」
「………………」
自分の悪評を彼は知っていた。
鬼の公彦。気に食わない奴は容赦なくぶちのめす。
実際それは真実だったし、誤解でも何でもなかった。
(周りに人の気配もねぇ。マジでこのお嬢さん一人で来て、
 俺を誘ってんのか?ありえねぇ)
「貴方、毎日に不満を感じているのではなくって?
 だから自分が気に食わないと思う者に対しての暴力を行使するのでしょう?
 騙されたと思って着いてきなさい。そんな日常、今日で終わらせますわ」
「っち。つまんねーもんだったらただじゃおかねぇ」
そう言いながらも麗華の言葉に抗えない物を彼は感じていた。

「な、何だよそれ……っ!?」
旧校舎のとある教室に公彦の声が響く。
西園寺麗華がアタッシュケースから取り出したのは肌色の物体。
それを彼女は公彦が見やすいように広げて見せた。
人の頭を丸々剥がしたような『皮』である。
目、鼻、口に中身は無く空虚な穴が空いているのみだ
しかもあろうことか、その顔は彼、鬼塚公彦のものであった。
「ふふ。驚いたようですわね。百聞は一見に如かずですわ」
長い髪を縛り、キャップに収めた彼女は、その皮を被る。
ギュムギュムと言う音を立て顔のパーツを整えたら。
「お、俺がいる……」
口をあんぐりと開けて公彦は言った。目の前に自分と同じ顔がある。
そんな奇妙な経験を前に、喧嘩に強い彼もただ困惑するばかりである。
「西園寺財閥の技術の粋を駆使した特殊マスクですわ。
 声も変わって、まるで鏡を見ているようでしょう?」
「た、たしかに……いやでも俺そんな声してるか?
 あと男の声でその喋り方はちょっと……キモイ」
「ん……んじゃ顔に合った喋り方にしてやるか。
 自分の声ってのは骨に伝わるから他人が聞えるのとは違って聞こえるんだぜ。
 後は体の方だな……」
そして公彦の顔をした麗華はさらに大きな肌色の物体を広げる。
先ほど被った物が頭の皮だったのであれば、今度は体の皮である。
公彦のごつごつとした筋肉質の身体が精巧に再現されている。
「さて、今から着替えるけど、何だ?俺の裸に興味あるのか?」
麗華はにやにやと笑いながら公彦に尋ねる。
「な!?服の上から着れねーのかよ?」
「それは流石に無理だ。肌と密着して動かせる設計になってるからな」
「んじゃ……そっぽ向いてる。終わったら声かけろ」
「律儀だな。直ぐに見ることになるってのにさ。ま、お前がそう言うなら」
公彦はそっぽを向きながら、自分の頭の中を整理し始める。
なぜこんなことに付き合っている?
今すぐこの場から離れようと思えば造作もない。
だが、可憐なお嬢様が自分の皮を被って自分とそっくりな見た目になった。
この事実が彼をこの場に縫い付けていた。
(ひょっとしたらこの後俺は……)
そんな公彦を尻目に、麗華は一糸まとわぬ姿となった。
豊満な胸を持ちながら、無駄な贅肉のない完成された肉体。
その上についているのがしかめっ面の不良少年の顔なのだからアンバランスである。
(でも、これを着れば……)
筋肉質な身体の皮、それの背中についたジッパーを下ろす。
足を入れながら、彼女は自分が全く別の存在になっていくのを心底楽しんでいた。
筋肉質の両足。股間にはもちろん男性器が生えており、
彼女の高揚とリンクして勃起していた。
(ですが、まだまだ。本番はこれからですわ)
下半身を着込み、上半身へと移る。
大きな胸は厚い胸板に押し込められ、
白く細い腕は逞しく雄々しいそれを纏っていく。
背中のチャックを閉めれば、西園寺麗華はもうそこにはいなかった。
「もういいぞ」
麗華の言葉に振り向いた公彦の前には一糸まとわぬ彼自身がいた。
足元には麗華が纏っていた制服が転がっていた。
「…………マジか」
「さて、ようやくスタートラインだな。
 これを見たら俺が何をやりたいのかも、分かってくるんじゃないのか」
アタッシュケースからもう一人の公彦はそれを取り出す。
流れるような黒髪に順和風美人な顔つき。
西園寺麗華の頭を模した特殊マスクであった。
「今度はお前がこれを被って、西園寺麗華になる。俺とお前で入替らないかって話だ」
「お、俺が……お前に……?」
オウム返ししながら、彼はこの流れを半ば予想していた。
「ああ。『俺』がお前に、お前が『私』になる。面白いと思わねーか?」
「そんなマンガみたいなこと……」
「出来るだろ。もっと近づいてよく見りゃいい」
「…………」
実際よくできている。多分、麗華は一日くらいは演じきってしまいそうである。
「…………体の傷は再現できてないんだな」
「流石にそこまではな……。気に食わないならまた出直すが……」
「いや、裸見せる相手もいないしな。ほんと鏡見てるみたいだ。
 だから、そんな自信なさげな表情するなよ。俺『らしくない』」
「じゃぁ……ッ!」
嬉しそうに彼女は反応する。彼も興味がなかったわけではない。
両親から育児放棄され、幼少の頃から拳でものを言うことが身に着いてしまった自分。
自分以外の人間は一体どのような人生を送っているのだろうかと。
しかも、西園寺麗華はお嬢様学校の生徒会長で財閥の御曹司。
彼の住む世界の埒外の存在。それと入れ替わることができるというのなら。
「その皮貸せよ。着方も教えてくれ」

「それでは着方をレクチャーしていきますわ」
「何で頭脱いんでんだよ」
「私の素の顔と見比べたほうがいいかと思いましたの。
 あと、自分の顔で懇切丁寧に女体への変身をさせられるのもイヤな気分でしょう?」
目を細めながら彼女は言った。何とも妖艶な表情である。
「私とは逆の順番で行きましょう。先ずはその身体の皮。特殊スキンスーツを着てくださいまし」
「……触ってみた感じマジで人の肌みたいだな。どうなってんだこれ?」
「西園寺財閥で、元々は人体の欠損や酷い傷を隠すために人工皮膚の研究をしておりました。
 まぁこのスーツとマスクは私が秘密裏に造らせたものですけどもね」
「……意外とお嬢様もワルなんだな」
「あなたほどではありませんことよ」
そんな会話をしながらスーツに足を通していく。
筋肉質な足が白くほっそりした足に包まれ、
垂れ下がった男性器は偽の女性器の下へと隠されてしまった。
「す、すげぇ……こ、これが女の感覚なのかよ……」
「あんまり弄るのはお勧めしませんわ。
 それに、お楽しみはまだまだこれからじゃないんですの?」
興味本位で陰部へと手を伸ばした公彦の耳元で麗華は囁く。
その言葉を受けてさらに上半身を着込んでいく。
筋肉質な腕は白くほっそりとしたモノに、
厚い胸板の上には豊満な乳房が乗り、体験したことのない重みを感じていた。
「で、でかいな。……ん///」
軽く揉んだだけで言い知れぬ快楽が頭を駆け抜ける。
しかしまだ終わっていない。西園寺麗華の頭部を模したマスクに目をやる。
未だ被っていないマスクには本来あるはずの眼球はなく、歪んだ状態で置いてある。
「こ、これを被るのか」
「ええ。キャップで髪を纏めて、首の穴を広げてそこに頭を入れてください」
麗華に促されてマスクを手に持つ。
高鳴る鼓動が止まらない。これを被れば自分は全く違う存在になれる。
彼女の説明通りに頭を被り、目、鼻、口の位置を調整していく。
人工皮膚の裏地から視界が広げると、思いのほか顔への圧迫感は感じなくなっていた。
「微調整は慣れるまで私がやります。さ、これを見て」
彼女が差し出した鏡に映るのは、切りそろえた前髪の順和風美人。
西園寺麗華の顔であった。
「こ、これが俺……?」
そう呟く口から出るのは女性特有の綺麗なソプラノボイス。
顔を軽く触れて見る。確かに自分の感触だ。
自分が瞬きすると鏡の中の少女も瞬きする。
不思議な感覚だった。
「そんな言葉使い、私はしませんわ。
 まぁ初日ですし今はそれでもいいでしょう」
再び彼女は公彦のマスクを被ると、突然彼を押し倒し、その唇を奪った。
口の中で舌と舌が絡み合う。目を見開けば互いに自分の唇を奪う自分自身が映る。
「これからじっくり、『私』のことを教えてやんよ。
 だから、『俺』のことを教えてくれ」
「……はい///」

そうして一カ月。
二人は旧校舎で互いの情報を教え込みながら、身体を重ね合わせていた。
自分に持っていない要素を快楽と共に取り込み、
遂には丸一日入替るという遊びを決行したのだ。
「ごめんなさい。気を悪くさせてしまいましたね。
 貴方になるとちょっと気が強くなってしまいますの」
「別にいいよ。その方が『俺らしい』し。それより、周りの奴らにバレてないよな?」
「心配には及びませんわ。喧嘩の経験はございませんが、
 貴方ほどの知名度があればハッタリで一日通せましたもの。
 それよりもそちらの方が心配ですわ。生徒会の勤めで遅れてきましたし……」
麗華の言葉に気まずそうに公彦は頬を掻く。
「いやぁ。流石に自分のスペックの低さはカバーできなかったけどさ……
 『西園寺お嬢様も日々多忙でお疲れなのですね……』って皆助けてくれたんだよな……」
「それはちょっと困りましたわね……。
 不審に思われても困りますし、今度の入替り遊びはまた先にしましょう。
 では、いつものアレをやって今日もお開きといたしましょう」
「ああ。そうだな」
二人は慣れた手つきでマスクをかぶり、互いに抱きしめ口づけをした。
「さぁて。お前には『私』をもっと教え込んでやらねえとな。
 覚悟は良いかよ?」
不敵な笑みを浮かべ、『鬼塚公彦』は『西園寺麗華』を見つめた。
「はい。お願いします……」
正反対な二人の秘密の営みは、こうして続いていくのであった。 

fin













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