縁結びの神様なんて大嫌い!!

   作・JuJu


◆ 15

 学園祭が始まった。

 開門とともに一般の人が校内に入り始める。美加たちの模擬店も開店した。家庭科準備室で調理したラーメンを教室まで運ぶ。教室はお客が料理を食べる食堂となっている。

 開店当初はチャイナドレスを着たウェイトレス、通称ラーメン三人娘(命名ヤキソバ)が目当ての、好奇心旺盛な客がまばらに来ていただけだったが、やがて学生が出したラーメンと思っていたらなかなか本格的な味だったと言う話題が口から口に広がり、昼が近づくに連れて廊下には長い行列ができるほどになった。

 今までやる気が見られなかったC組のクラスメイトも、学園祭の当日ということと、忙しそうな美加たち、さらには大盛況している店を見て心を動かされたのか、誰からともなく手伝いをするようになった。ここまで繁盛するとは考えていなかった美加たちは、思わぬ援軍に助かったと感謝した。

 昼時(ひるどき)になり、C組の教室は満員の客でごったがえしていた。チャイナドレス姿の美加とヤキソバ、そしてイタ子姫が忙しそうに配膳に回っている。さらに料理を運ぶために家庭科準備室と教室を往復しているクラスメイトがひっきりなしに出入りをし、また一方の家庭科準備室では明とクラスメイトのがひたすらラーメンを作り、どちらも文字通り戦場のようになっていた。


   ◇


 午後二時を過ぎて、ようやく客の数が減ってきた。働きづめだった美加たちは店をクラスメイトにまかせて、教室の裏側にカーテンで仕切って作ってある休憩室でささやかな休憩を取った。

「まさかここまで繁盛するとは……」

 学習机のパイプイスに腰掛けた美加が、タオルで汗を拭いながら言う。

「ずっと気になっていたのですけれど、美加さんまでウェイトレスにかかりっきりになってしまってよろしいんですの? ラーメン作りはラーメン店の美加さんが作った方がよろしいのではなくて?」

「え? それは……」

「たしかに今まではお客の数が想定以上に多かったから仕方なかったところもありますが、そろそろお客様の数も落ち着いてまいりましたし、明さんに接客を交代してもらって美加さんは家庭科準備室へ行って調理に回った方がよろしいのではなくて?」

 俺の自分の正体は明で、調理はまったくできない、俺が家庭科準備室に行ったところでラーメンなんて作れない――とはさすが言えない。

 そこに、いままでウーロン茶をガブ飲みしていたヤキソバが、返答に詰まっている美加の代わりに答える。

「それはやなぁ……。お客さんにはウチたちのチャイナドレス姿を楽しみにしている人が多いからやで。味の命であるスープはすでに作り置きしてあるし、明さんもラーメンの作り方は美加から教わっているそうやから心配することはないんやで」

「まあそれならばよろしいのですけれど……。

 ――それにしても、中華料理って驚くほど人気がありますのね……。やはりボーノ・シゲトウが新しく進出する新ジャンルは中華にすべきでしょうか……」

「繁盛するのは良いんだけど……」

 美加はうつむいて自分の胸や脚を見た。ウェイトレスとして接客をしているときに、お客の男達の視線が体――とくに胸や脚に刺さるのを感じていたのだ。チャイナドレスは男達の視線から守るにはなんとも頼りない服だった。むしろチャイナドレスを着ているからこそ男達の視線を呼び込んでいるのだ。

 美加が言いたいことをイタ子姫も気が付いたらしい。

「そうですわね。わたくし自身が着てみてわかりました。この制服は集客力はあるようですが、やはりちょっと恥ずかしいですわね……。これはすこしやりすぎかも知れませんわ」

「少し所じゃないわよ。恥ずかしくて恥ずかしくて」

「でもコスプレみたいで、ウチは楽しいで! どうや美加さん? ウチ色っぽいやろ?」

 そう言うとヤキソバはセクシーポーズを決めた。心底楽しそうだ。

「また混み始めたわ。おしゃべりしていないで、どんどん料理を運んで!」

 三人で話しているところに、クラスメイトの女子が教室を仕切っているカーテンから顔を覗かせて発破をかける。三人娘はあわてて持ち場に戻った。

「やはり恥ずかしい……」

 接客に戻った美加は、男たちの視線にそうつぶやいた。


    ◇


 午後三時になり、学園祭終了のアナウンスが構内に流れる。三年C組の学園祭の出し物、ラーメンの模擬店は大人気のまま終わった。

 美加たちとC組のクラスメイトが教室と家庭科準備室の片づけを終えたころには、午後五時になっていた。学園祭は無事に終わり、C組のクラスメイトも満足そうに家路についていった。

 残った美加たち三人も、家庭科準備室に集まり帰りの支度をしていた。イタ子姫だけは、急用が出来たために自分の家に帰っている。

「後はわたしの店から借りてきた物をかえしにいくだけね」

 美加が言う。

「大繁盛やったなー。苦労して準備したかいがあったで」

 みんなはやりとげた笑顔をして、心地よい疲労感に包まれていた。

 そんな中、片づけの途中で突然急用が出来たと言って抜け出していたイタ子姫が家庭科準備室に戻ってきた。その表情は暗い。

「ただいま戻りましたわ……」

「イタ子もクラスが違うのに模擬店を手伝ってくれて、それとチャイナドレスありがとう。おかげて無事学園祭を終えることが出来たよ」

 浮かない顔をしているイタ子を気をつかったのか、明はあかるい表情を作っていった。

「礼にはおよびませんわ」

「いったいどこ行っていたんや。このあと美加のお店で打ち上げあげをすることにしたんやで?」

「実家に戻っていましたの。実は……」イタ子姫はゆっくりと話し始めた。「ボーノ・シゲトウに嫌がらせをしていた犯人が見つかったと私設警備隊から連絡がありまして……」

「例のイタ子の店の警備員のことやな? それで犯人が分かったのならよかったやないか! それやのにどうして落ちこんでいるんや?」

「それが、みなさんに謝らなくてはならないことがありますの……。学園祭の前日に、何者かにラーメンスープに洗剤を入れられましたわよね? その犯人も奴らだったらしいのですわ」

「なんやて? でもどうして犯人に全く関係のないウチらの学園祭で、スープに洗剤をいれるような真似をしたんや?」

「まったく関係ないとも言い切れないわよ。おそらくは……」

 美加が難しい顔をしながら言う。

「美加さんのご想像通りですわ。警備を強化したためにボーノ・シゲトウに嫌がらせの出来なくなった犯人達は、娘のわたくしが学園祭で模擬店をするということをどこから聞きつけたらしく――実際、学園祭は一般のお客様を呼ぶために校外に宣伝をしておりますし――今度は模擬店の嫌がらせを始めたというわけですわ」

「もしかして、わたしたちのクラスでもないのに学園祭当日手伝ってくれたり、チャイナドレスを用意してくれたのって、謝罪するつもりで……」

 美加が言う。

「学園祭のお手伝いとは別ですわ。お手伝いはわたくしが好きでやったことです。ですがご迷惑をおかけしたのは事実……」

「イタ子は悪くなんてないぞ。むしろイタ子も被害者じゃないか」

 明が言う。

「それにイタ子のおかげもあって模擬店は無事成功したわ。ありがとうイタ子」

「せやで。誰ひとりとしてイタ子姫を責めるような奴はおらん! C組の模擬店を手伝ってくれて、本当ありがとうな」

「皆様……」

 イタ子姫は安心したような感謝したような表情をして、美加たちひとりひとりの顔を見た。

「犯人がわかったなら、それでいいじゃないの! 一件落着よ!

 さあ、打ち上げに行きましょう!」

 美加がそういうと、みんな頷いた。


    ◇


 美加たちは来福軒から借りた調理器具などの入った段ボール箱を抱えながら校舎を出た。

 やがて駅前を通り抜け、商店街まで来た。

 商店街はほぼすべての商店がシャッターを下ろしていている。通行人はそれなりにいるものの、それらは駅前のスーパーマーケットを行き帰りする客ばかりだった。暮れ始めた夕日が商店街をぼんやりと照らし、この場所の寂れた雰囲気を増長させていた。

「イタ子、A組を手伝いに行かなくてよかったのか?」

「構いませんわ。あんなやる気のないクラスの学園祭なんて。

 それよりも聞いてくださいまし。ボーノ・シゲトウに入った犯人とは、脱サラしてこの商店街に最近店を開いた喫茶店でしたのよ。今はもう閉店したそうですけれど」

 イタ子姫はするどく目を細めてシャッターを下ろした店が建ち並ぶ商店街を見た。あのシャッターのどれかに模擬店の嫌がらせをした店があったのだろうか、と明は思った。

「同じ飲食業とはいえ、コーヒーを出す喫茶店と、イタリアンを出すイタ子の店では、客層が違うんじゃない?」

 美加が言う。

「おそらく開店したもののお客が入らず、売り上げが好調なイタ子姫の店をうらやんでの犯行やろうな。要は八つ当たりやね」

「ただでさえこの商店街は寂れていると言うのに、今から店を出すなんて自殺行為よ」

 美加が言った。

「飲食店は参入しやすいからな。また退場が多いのも飲食店だ」

 明が言った。

「それにしても、迷惑な話やで……」

「ひと事じゃない。たとえば資本力のあるイタ子の店みたいなのが中華料理店を始めたら、美加の家みたいな個人店はたまったものじゃない」

 明が言う。

「たしかに勝てないかもね……」

 美加が言う。

「ボーノ・シゲトウのことならご安心なさいませ。

 確かに先日まで別なジャンルの飲食店を開拓するということで、その中には中華料理店が有力でしたが。さきほど実家に帰ったときに、別ジャンルに進出する計画は中止になったと伝えられました。

 ですからチャイナドレスはもう必要ありませんの。よろしかったら記念に差し上げますわ。

 ボーノ・シゲトウはこれからも、イタリアン一筋でまいりますわ!」


    ◇


 四人は美加の家のラーメン店・来福軒に来ていた。借りた食器や器材も戻し終わり、美加たちは打ち上げを始める。

「それじゃ打ち上げのラーメンを作っちゃうわね。明、手伝って」

「わかっている」

 美加は模擬店で余った材料とスープでラーメンをこしらえることにした。明が手伝いに入る。美加になった明は調理などできないのだが、ラーメン屋の娘が調理ができないとイタ子姫に変だと疑われるので、調理はすべて明になった美加に任せて、ラーメンを作っているフリだけをしていた。

 やがてラーメンが出来上がり、テーブル席で美加・明・ヤキソバ・イタ子姫がラーメンをすすった。

「焼きそばパンもええけど、ここのラーメンは最高やなー!!」

 ヤキソバが嬉しそうに言った。

「確かに、うまいな……」

 美加が思わず明の素に戻って、ぼそりと独り言をこぼす。

 その小さな声のつぶやきを、隣りに座っていた明は聞き逃さなかった。からかうように訊ねる。

「美加、今おいしいって言ったよな? いつもカップ麺の方がずっと美味いしいっていっていたのに」

「あ……! いや、お腹が減っていたからよ。お腹が減っている時は何をたべてもおいしいものよ」

「つまり生麺はおいしいってことだろう? これからはインスタントラーメンばかり食べていないで、ちゃんとした食事を取ること」

「いやいや!! そんなことは言っていないって。ラーメンはインスタントが一番よ!!」

「やっぱり生麺だ!!」

「インスタント!!」

「とはいっても、やっぱり焼きそばパンが一番やね!」

 ふたりの会話に割って入ってヤキソバが言う。

「なにをおっしゃいますの? 麺類ならパスタ! やはりイタリアンに限りますわ」

 さらにイタ子姫も会話に加わる。

 こうして生麺のラーメン・インスタントカップラーメン・焼きそばパン・パスタと、麺類はどれがうまいかを言い争いをしながら、あわただしくも楽しかった学園祭の日は終わった。

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