縁結びの神様なんて大嫌い!!

   作・JuJu


◆ 14

 学園祭の当日の朝。

 イタ子姫は家に帰っているために、家庭科準備室にいるのは美加と明とヤキソバの三人だけだった。そのために美加も明も地を出してしゃべっていた。

「さて。スープも完成し一段落ついたし、わたしは家に戻るね」

 明となった美加はいったん美加の家に帰ることにした。模擬店に足りないものを来福軒から運んでくるためと、休養中の母の様子を見るためだった。

「俺とヤキソバは学校に残って学園祭の準備をつづけるか」

「ウチはシャワー浴びたいなぁ。確か運動部の部室棟にシャワー室があったはずやで! いまなら生徒が登校してくる前なので使いたい放題や。もちろん明さんも行くやろ?」

「俺は……」

 美加はほおを赤くして、助けを求めるように明を見た。

「そうね。客商売だし、清潔にしておくのは大切かも」

 美加はいたずらっぽく答えた。

「おい! いいのかよ? おまえの体なんだぞ?」

「なによ今さら。もう何度もわたしの体でお風呂にはいっているくせに」

「仕方ないだろう。さすがに風呂に入らないわけにはいかないからな」

「ええから、ええから。女の子の体は清潔にせんとな。なんなら洗いっこしてもええで!」

 ヤキソバはそう言うと、恥ずかしがっている美加の背中を押してシャワー室に連れていった。

 それをあきれて見ていた明も、美加の母に会いに行くために家庭科準備室を出た。


    ◇


 美加とヤキソバがシャワーから家庭科準備室に帰ってくるのに合わせるように、イタ子が登校して来た。

「皆さまお早うございます、戻ってまいりましたわ!」

 イタ子姫は巨大なトランクを引きずりながら家庭科準備室に入ってきた。

「ややっ! イタ子姫、ちゃんと持ってきたんやな! お疲れさまや」

 ヤキソバが言う。

「ずいぶんと大きなトランクを持ってきたわね。中になにが入っているの?」

 イタ子姫が帰ってきたために、美加は再び女の言葉で話した。

 美加が問うと、イタ子姫の代わりにヤキソバが答える。

「ウェイトレスの制服や。明さんが学園祭の出し物の会議の時に制服があればいいなって言っていたやろ。せやからイタ子姫が家に帰る時、店の制服を持ってくるように頼んどいたんや」

「そういえばそんなことも言ったかもしれないわね。すっかり忘れていたけれど。

 でもイタ子の店って言ったらイタリア料理でしょう。模擬店はラーメンなのよ?」

「ぬかりはございませんわ!」

 イタ子姫は得意気に胸を張ると、トランクを開けて服を取り出した。

「それって、チャイナドレスじゃない!?」

 イタ子姫が広げた服を見た美加が驚く。

「やっぱり中華料理といえばチャイナドレスやな」

 美加とは対照的に、ヤキソバは満足そうに頷いていた。

「さて。制服も届いたし、さっそく着てみようやないか? 今日は忙しくなるからなー」

 ヤキソバがそう言ったかと思うと、美加の目の前で平然と学生服のスカートを脱ぎ始めた。

 俺の正体が男だと知っていて、本当によく平然と着替えられるよな……、と顔を真っ赤にしながら思う美加。

「美加さん、女同士なのに何を恥ずかしがっていらっしゃいますの?」

 動揺している美加を見て、彼女の正体が男だと知らないイタ子姫が不思議がる。

 美加がイタ子姫の方を見ると、彼女もブレザーを脱いで下着姿になるところだった。

「ほらほら、堂々としとらんとイタ子姫に男だって正体がばれてまうで?」

 と下着姿になったヤキソバが美加に近づき、耳元でささやいた。くすくすと笑う。

「あ、ああ」

 美加は顔を赤くしながら、ふたりの下着姿を見ないようにそっぽを向き、きごちない手つきで着替え始めた。

 美加の正体が男の明であることを知っているヤキソバは、そんな着替えをニヤニヤした表情でながめていた。


    ◇


 来福軒から学校に戻ってきた明が家庭科調理室のドアを開けると、そこにはチャイナドレスを着たヤキソバが立っていた。ドレスは密着していて体の線が分かるほどだ。足に目を向ければ、光沢のある厚めの黒いタイツを履いているとはいえスリットから太ももが大胆に露わになっていた。高校生が着るにはちょっとセクシーすぎる。

「ヤ、ヤキソバ!? なんて格好しているんだよ?」

 それが学校に戻ってきた明の第一声だった。

「なにってウェイトレスさんの制服や。今日のためにわざわざ用意したんやで?

 それとイタ子姫は別な教室に行っているから、美加の口調に戻ってもええで?」

「それにしてもすごいかっこうね……」

「親友のピンチや! ウチで出来ることならなんでもするで!」

「気持ちはありがたいけれど……」

 ヤキソバってばコスプレ感覚で楽しんでいるなあ……、と美加は思う。

「とうぜん、美加になった明さんもチャイナや。明さん、出てきてやー!」

 ヤキソバが呼ぶと、家庭科準備室の奥から、美加が恥ずかしがりながら出てくる。女のふりをする必要がないので大股で歩いてしまっているため、チャイナドレスの足のスリットから太ももが大胆に露わになっている。

「明! わたしの体でなんて格好をしているの!? 本当にこんなもの着て接客するつもりじゃないでしょうね」

「俺だって恥ずかしいに決まっているだろう。だけど模擬店は成功させたいし……。それにヤキソバやイタ子だって着ているんだから、俺――と言うか美加だけが着ない訳にはいかないだろう?」

「う〜。そうだとしても……」

「せや。発案者が着ない訳にはいかんやろ。なにしろ明さんが出したアイデアなんやからな」

 それを聞いた明は、改めて美加を見た。

「それ本当? 明、あなたが発案者なの?」

「いや……その……」

 あわてていたが、やがて弁解を諦めたのか明は肩を落とすと、嘆息してから言った。

「覚えているか? 学園祭の出し物の会議の時、ウェイトレスの制服にしようといっただろう」

「そうだったかしら?」

「それを思い出したウチが、イタ子姫ならば自分のお店のウェイトレスの服があるだろうと思うて、朝登校するときに持ってきてもらうように頼んだんや」

「俺はウェイトレスの服で接客したらどうかと提案しただけで、こんな露出度の高いチャイナドレスのつもりではなかったんだが……」

「さすがにウチも、チャイナドレスは予想外やったけれどな」

 ヤキソバがそこまで言ったとき、イタ子の高笑いが聞こえてきた。

 美加たちが声のした方に振り返ると、奥のドアがいきなり開いて、チャイナドレスを着たイタ子が入ってきた。

 イタ子も恥ずかしいのか頬が赤かったが、それよりも対抗心が優ったらしい。すこしヤケ気味で言う。

「おーっほほほほ! 美加さん、お帰りになったのね? お早うございます!

 全日本チャイナドレス・クィーン選手権優勝者の実力、ご覧下さいまし!」

 そういうとイタ子はチャイナドレス姿を見せつけるように、手に持っていた羽根扇子を開いてポーズを取った。

 全日本チャイナドレス・クィーンというのがどんな物なのか分からないし、どうしてイタリアン・レストランの娘がそんなコンテストに出場したのかもわからないけど、確かに言うだけの事はあって似合っている、と美加は思った。まったくイタ子は育ちも顔もいいんだから――胸はわたしよりも小さいけれど――、黙っていればすごい美人なのにな。あの性格がすべてを台無しにしているのよね……。

「それで、このチャイナドレスはイタ子が用意したというのは本当か?」

 イタ子姫が帰ってきたので、美加は明の演技に戻った。

「その通りですわ!」

「どうしてチャイナドレスなんだよ? 中華料理店の制服なら、もっと別なのもあるだろう!」

 明は詰め寄った。

 男に迫られてちょっと焦りながら、イタ子姫はしどろもどろに答える。

「どうしてって……。これしか用意できませんでしたし……」

「ほんまや。一晩の短い時間でよく用意できたのは感心したで」

「実はボーノ・シゲトウで事業拡大を考えておりまして、試験的に中華料理店が挙がっておりますの。これはその中華料理店用のウェイトレス服の試作品ですわ。そのために様々なサイズの服がありますのよ」

「だから、すぐに用意できたのね……」

「明さんも、イタ子姫だってC組でもないのに手伝ってくれているんやし……。な、ここは怒りを収めてや」

「そんなことは理解している。わかったわかった。ヤキソバがそこまで言うんだったら学園祭はこの服装で行こう」

「それじゃ改めて、明さん、美加の晴れ姿をよく見てやってや。ほんま良う似おうとるで!」

「まあこのわたくしが用意した衣装ですから当然ですけれどね」

 美加のチャイナドレス姿は、女の子ふたりには意外と好評らしい。

 しかし美加には、一番感想が聞きたい人がいた。

「明……。わたしのはどうかな?」

 美加は明を見た。彼は明らかに彼女を見て見とれていた。声を掛けられて、あわてて正気を取り戻して返事をする。

「似合っているんじゃないか?」

「本当?」

 誉められて美加は安心した。明に誉められると、素直に嬉しいという気持ちがわいてくる。

「明さん、もしかして美加に見とれていたんじゃあらへんか?」

「そ、そんなことは……」

 わずかに顔を赤くすると、明は顔を背けた。

「ふふふ」

 ヤキソバが意味ありげに笑いを口に含む。

「チャイナドレスを着たウェイトレスが三人。これで〈ラーメン三人娘〉結成やな!」

「ラーメン三人娘って……。焼きそばパンの会とか、ヤキソバは変なことばかり考えつくのね……」

 美加があきれる。

 そこにイタ子姫の声が響いた。

「皆様、次は教室の準備をしませんこと?」

「そうだな、教室に向かうぞ!」

 明は照れを隠すように気の引き締めた声を上げると、みんなをつれて家庭科準備室を出た。

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