縁結びの神様なんて大嫌い!!

   作・JuJu


◆ 8

 体が入れ替わったふたりはとぼとぼと自転車を押して歩いていた。秋の三日月がときどき雲に隠れながらふたりを照らしている。九月も下旬になり夜の気温は涼しかったが、まだ夏の湿気が残っていてじめっとした空気だった。

 住宅街の夜道にカタカタと自転車を押す音が鳴り響く。美加が明の、明が美加の自転車を押して歩く。

「明日が休日でよかった。次の日からいきなり美加になりきって学校生活なんてできる気がしない」

 美加が言った。

「ほんとうよね。一日とはいえ明の体に慣れるだけの余裕があったのは、せめてもの救いだわ」

 明が言った。

 その後はまた沈黙が続いた。しばらく歩いて明は再び口を開く。

「やっぱり、わたしは明の家に帰らなくちゃならないのよね」

「それはそうだろう。俺はもちろん美加の家に帰る。

 お前はまだいい。美加は器用だから、俺の両親の前でも俺の真似をうまくやれるだろう。

 だが正直言って、俺は美加の母親の前でお前のふりができるか自信がない。母親にばれないか心配でしかたがない」

「お母さんだって、さすがにわたしたちが体が入れ替わったなんて考えないわよ。わたしでさえ、いまだに信じられなくらいだし」

「一番の懸念材料なんだが、おまえは店の手伝いをしているよな。俺はおまえの家のラーメン屋の手伝いなんてできない点だ」

「明は料理なんてカップ麺くらいしか作ったことないものね。インスタント麺ばかり食べていないで、日頃から生麺から調理していればよかったのに」

「今さらそんなこと言っも始まらないだろう。どうしたらいい?」

「こうしたら? お母さんに学園祭までは学校の行事に集中したいから家の手伝いは休ませてとお願いするの。学園祭の後のことはまた考えましょう」

「本当にそれで店の手伝いは免除してくれるのか?」

「学園祭実行委員になったことはお母さんに伝えてあるし、学園祭が近づいたら店のお手伝いがおろそかになるのはお母さんも分かっているから大丈夫だと思う。学園祭の準備のために、ここの所いっぱいお手伝いしておいたしね」

「分かった。美加がそう言うのならば、美加の母親に談判してみよう。

 あとはあまり自信はないが、なるべく美加に見えるようにつとめてみる」


    ◇


 ふたりは美加の家に着いた。

「じゃがんばってね。成功を祈る!」

 胸の前にこぶしをあげて、明が笑顔で言う。

 見え見えの空元気で励ます明に、美加は思わず苦笑してしまう。少しだけ元気が出た。

 互いに自転車を交換すると、明は明の自転車を押して歩き出した。

 美加は夜道に消える明の後ろ姿を最後まで見ていた。


    ◇


「た、ただいま……」

 美加となった明は、美加の家の玄関に入った。緊張のためわずかに声がうわずっていることに気がつき慌てる。幸(さいわ)いなことに、美加の母はここにはないかった。

 玄関をあがり廊下を歩く。美加の母は家の一部分を改装した店舗部分の厨房にいた。寸胴鍋を見ながらなにやら作業をしている。料理にうとい美加にはよくわからなかったが、おそらくラーメンスープの支度をしているのだろうと思った。

 美加の家は母子家庭で親は母親しかいない。そのために厨房以外には人がおらず、ここ以外の家の中は静かなものだった。

 母は頭は三角巾を乗せている。薄手のセーターを押し上げる胸は大きく、それも男性客を呼び込む一因だろうと美加は思う。

 高校生の娘がいるというのに、いつ見ても若くて美人だ。美加も大人になればこんな美人になるのかなと思った。

「美加、お帰り。ごめん、手が放せないんだ。それで明君との学園祭の打ち合わせは終わったか?」

 美加の母親は調理にかかりっきりで、美加の方を向く余裕がないらしい。忙しく働きながら訊ねる。

「う、うん。それで思った以上に忙しくなりそうなんだ。だから今日からから学園祭までお店を手を手伝えないけれど、いいかな?」

 精一杯、美加の口調真似をする。

「いいよ。前から言っていたからね。そのためにこのところ結構がんばってくれていたしね。学生最後のみんなでやるイベントなんだから、思いっ切り楽しみなよ」

「……お店はひとりで大丈夫?」

「大変だけどがんばるさ。その代わり高校卒業したら一日中店のお手伝いしてもらうから覚悟しなよ」

 美加の母はからかうように言葉を返した。

「それよりも、今日はもういいから。

 お風呂が沸いているから入ってきなよ。明日からも学園祭の仕事が忙しいんだろう?」

 美加の母親に気を使わせてしまった。それでも正体がばれる前に美加の母から離れられるのは助かったと明は思った。


    ◇


 明は言われたとおりに、美加の家の脱衣所に入った。

 それから脱ごうとして服に手を掛けたところで、はたと気がつきその手を止める。

「これはさすがにまずいんじゃないのか……」

 風呂に入るということは、美加の服を脱がすことになる。美加の裸を見ることになるのだ。

 だからといって風呂に入らないわけには行かない。洞窟(どうくつ)で転がったために、服にも体にも泥が付着していた。

「くそっ! なるべく裸を見ないようにして……」

 美加はたどたどしい手つきで服を脱ぐと、風呂場に入っていった。


    ◇


 一方その頃。明になった美加も、明の家に帰っていた。

 明は普段から無口なので、ほとんど喋らなくて良い。そのため明の家族にもばれにくくていいなと明は思った。

 家に帰った明は風呂にお湯を入れていた。洞窟で転がったので、体が汚れていて一刻も早く体を洗いたかったのだ。

 脱衣所で明の服を脱く。

 なるべく下半身を見ないようにつとめて風呂場に入った。

 湯船に浸かると体のあちこちに軽い痛みが走った。坂道を転がったときに出来たすり傷だった。

 そういえば元のわたしの体はすり傷をおっていなかったな。おそらく坂を転がっているとき、明がわたしを抱き包んでくれたためたろう。明が身を挺して守ってくれたんだな、と明になった美加は思う。

 改めて明の体を確かめる。女の服が似合うんじゃないかと思えるほど細い体だ。

 こんな細い体でわたしのことを守ってくれたんだ。

 胸が熱くなる。

 やっぱりわたしは明のことが好きだ。明になった美加はあらためてそう思った。


    ◇


 風呂から上がった美加は、体にバスタオルを巻いた姿で二階にある美加の部屋に入った。

 幼い頃は美加の部屋に来ていたのに、高校に入ってからはこの部屋にはいるのは初めてだな、と気づく。

 タンスを開けると、色とりどりに下着が並んでいた。

「この中から俺が選ぶのか?」

 羞恥に襲われる。かといっていつまでもバスタオル一枚の姿でいるわけにはいかない。美加はその中から、真っ白い上下を選ぶととまどいながら美加の体に着けた。

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