◆ 主な登場人物 ◆

美加(みか) …… 高校三年C組・女。個人経営のラーメン店の娘。クラスの学園祭実行委員長。

明(あきら) …… 高校三年C組・男。カップタイプのインスタント・ラーメンが好き。クラスの学園祭実行委員。

ヤキソバ …… 高校三年C組・女。美加の親友。焼きそばパンをこよなく愛する。エセ関西弁を使う。

イタ子姫 …… 高校三年A組・女。県下に支店を広げるイタリア料理店のお嬢様。



◆ 作品紹介 ◆

美加(みか)と明(あきら)は高校三年生。高校最後の学園祭を目前に、ふたりの体が入れ替わってしまう!?

それは美加が明と恋人になりたいと、縁結びの神様にお願いしたことが原因だった!!

JuJuがお贈りする《TS青春ラブコメディー》!



◆ プロローグ

「キャー!!」

 美加は思わず叫んだ。なぜならばそこには〈もうひとりの自分――美加が横たわっていた〉からだ。

 美加はひるんで一歩後ずさりをした。

 仰向けに地面に横たわった美加は死んでいるかのように、目を閉じたまま動きもしない。

 美加はひたすら、もうひとりの美加に向かって懐中電灯を照らし続ける。

 するとなんと、もうひとりの美加が目を開いたではないか。

「……美加、まぶしいからライトを向けるなよ」

「わっ……、わたしが喋った!!」

「何を言っているんだ……。ああ……、おまえにこんな場所に連れてこられたせいで酷い目にあった……」

 そう言いながら、もうひとりの美加がおっくうそうに立ち上がる。それから下を向き、懐中電灯に照らされた自分の体を見て唖然とした表情をした。

 もうひとりの美加の表情が、やがて驚愕にゆがむ。

「どうして俺が美加の姿に……?」

「そんなのわたしが聞きたいわよ!」

「待て。おまえのその声……と言うことは……、まさか……」

 美加の持つ懐中電灯のあかりは、言葉の続きをうながすようにもうひとりの美加を照らし続けている。

「暗くておまえの姿がよく見えない。美加、自分の体を照らして見るんだ。俺の推測が間違っていなければ……」

 美加は言われたとおり、自分の姿をあかりで照らした。

「キャー!!」

 ふたたび叫び声が洞窟に響き渡った。

「どうしてわたしが明の体になっているのよ?」

「それは俺が聞きたい」

 ふたりは時間が止まったようにしばらく見つめ合い、それから言った。

「俺たち……」

「わたしたち……」

 そして、異口同音に叫んだ。

「入れ替わっている!?」





   縁結びの神様なんて大嫌い!!

   作・JuJu



◆ 1

 九月も下旬ともなればニュースや天気予報で猛暑猛暑と連日連呼していた今年の夏も過ぎ去り、替わって秋の涼やかな風が青空をゆるやかに流れていた。

 ここは神奈川県某所にある、とある高校。その校舎の三階にある三年C組の教室で、白い半袖ブラウスに黄色の袖無しの薄手のニット・セーターと、えんじ色のチェック柄のリボン型ネクタイとスカートという学生服姿の女の子が、教壇に背筋を伸ばして凛と立っていた。

 彼女が精一杯に声を張りあげたため、長くまっすぐな黒髪が軽く舞う。

「それでは、クラスでやりたい出し物を提案してください」

 教壇に立つ三島(みしま)美加(みか)のよく通る声がむなしく教室に響く。なかば予想していた通り、提案をしてくるような生徒は誰ひとりとしていなかった。

 あー、やっぱりこうなるか。こんなことなら学園祭実行委員長なんてやるんじゃなかったなぁ〜。

 などと美加は心の中で後悔の愚痴を吐く。本気で肩を落とし溜め息をつきたかったが、立場があるためにそんな疲労の表情を苦笑いで隠す。

 学園祭実行委員は一年の内でたった一度だけしか活動しない期間限定の役割である。だからこそ、その役目をここで果たさなければならない。なにしろ学園祭開催まであと一カ月もないのだ、いいかげん本気で動き出さないと間に合わなくなってしまう。高校最後の学園祭が失敗に終われば――それも自分のせいで失敗したとなれば――自分の性格からしてそのメモリアルは人生の後悔として生涯記憶に残るだろう。高校時代を懐かしく思い出したときの汚点になることは間違いがなかった。

 そう考え、そうならないように美加は学園祭実行委員としての使命をまっとうしようとする。落ち込む気力を奮い立たせ、ふたたびクラスメイトに向かって熱弁をふるいはじめた。

 それだというのに、約三十名の生徒がいる教室で彼女の声に耳を傾けているのはたったのふたりだけだった。

 そのひとりは美加と同じ教壇に立っている男子生徒、宮本(みやもと)明(あきら)。彼は美加の横に立ち黒板の板書役をしている。白いワイシャツとえんじ色のチェック柄のネクタイとズボンの制服を着ていて、制服なので当然なのだが、こうしてふたり並ぶとお似合いの男女がお揃いの服を着ている風に見えた。

 明は美加が学園祭実行委員に立候補したとき、彼女ひとりではおぼつかない助けが必要だと考え、幼なじみのよしみで仕方なく一緒に学園祭実行委員になったのだ。体の線の細い美形で、顔立ちは良いが無気力さのオーラを全身から発している。まったく注目もされていない彼女を憐れんで、疲れ切ったような目で仕方なく耳を傾けているといった感じだ。

 もうひとりは机に座った女子生徒、ヤキソバだ。ヤキソバはあだ名で本名は亀中(かめなか)柚(ゆう)というが、まわりからは常にヤキソバと呼ばれている。ショートボブでタヌキのような顔をした愛嬌のある子だった。小学生の頃、美加や明が在籍する小学校に転校してきたのだが、ふたりと知り合い仲良くなったのは高校に入ってからだった。こちらはクラスの中で唯一やる気がたぎっていた。目をきらきらとさせながら教壇の美加の話を聞いている。美加の親友ということもあるが、それ以上に祭りなどにぎやかなイベントが好きだという理由の方が大きいかも知れない。

 残った約三十名生徒は教壇に立つ美加に視線さえ向けていなかった。その中で机の上に教科書に参考書と大学ノートを広げている生徒は進学組だ。九月も下旬。三年生で受験をひかえた彼らにとって、学園祭の準備などにうつつを抜かしている余裕はなかった。

 もう一組は高校の卒業後は就職するグループ。みんな机の下に隠しながらスマートフォンを操作している。就職の情報を得ているか、あるいはゲームに夢中な連中である。

 ちなみにクラスの担任教師は学園祭は生徒たちの自主性を尊ぶというお達しをして教室にはいなかった。今ごろは職員室で出涸らしのような薄い番茶でも飲んで好物の芋羊羹に舌鼓を打ちながら、他の教師と歓談していることだろう。

 こんなことならば学園祭委員なんかになるんじゃなかったと、美加は今日何度目になるかわからない後悔を心の中でしたが、いまさら嘆いたところで意味はない。それに自分の意志で候補した以上、責任を果たしなんとしても学園祭の出し物を成功させなければならない。

 どうして美加がこんなに苦労の多い学園祭委員長になったかといえば、この学校の方針で生徒は全員なにかの委員活動をせねばならなかった。楽な物は競争率が高くて抽選になる。当たれば良いが外れた場合は残り物を選ぶことになり、その残り物は誰もが嫌がるしんどいものであることは当然のことわりであった。美加の家はラーメン屋を営んでおり、放課後は店の手伝いをしなければならないので委員活動にかまけている余裕はなかった。母ひとり娘ひとりで暮らす家庭では美加は大切な戦力である。その点、学園祭委員は大変だから希望者がいないため確実に当選することができる。しかも活動をするのは学園祭の一カ月前くらいだけで、その他の時期はまったく自由でなにもしなくてよいのが、店の手伝いをしなければならない美加には魅力的だった。とはいえ、あの時はこれほどまでに大変だとは想像だにしていなかったのだが。そのことを理解していた明は、美加ひとりでは大変だろう幼なじみのよしみとして手伝ってやると言って、美加と一緒に学園祭委員になったのだ。

 さて。そんな怠惰(たいだ)が蔓延(まんえん)する教室の中、その空気を吹き飛ばすようにひとりの女の子が元気よく声を上げた。

「はいはいはい!」

 美加の親友の女の子ヤキソバが挙手をした。こちらはニットは着ておらず、白色の半袖ブラウスと、えんじのチェック柄スカート姿だった。

 彼女は指名もされないうちに立ち上がる。

「ウチは焼きそばパン屋さんがええと思うで!」

「却下だな」

 教壇で板書の担当をしている明が切り捨てるように言う。

「えー、なんでや? 誰でも簡単にできるで? こう、鉄板を用意してな。……その上で焼きそばを焼いて。……最後に切れ目を入れたコッペパンにはさめば、焼きそばパンの出来あがりや!」

 焼きそばパンを調理するジェスチャーをするヤキソバ。

 熱の入ったジェスチャーをおえ、ヤキソバはこれで学園祭の出し物は焼きそばパン屋に決まっただろうと鼻息荒く自信満々にうなずく。ところが「周りを見て見ろ」と言わんばかりに明が室内を顎(あご)で指した。慌ててヤキソバが教室を見渡すと『高校最後の学園祭の思い出が焼きそばパンかよ』といった呆れた雰囲気が漂っている。みんな準備をする気はないものの、学園祭当日を楽しみにしているところもあるのだ。

「やっぱりアカンか……」

 ヤキソバは消沈してイスにすわる。

「とはいえ模擬店という提案は悪くはないかもしれないな。ここに本職の飲食店の娘がいるし」と明は教壇のまん中に立つ美加を一瞥(いちべつ)してから言葉を続けた。「ラーメンならなんとか行けるんじゃないのか?」

「ええ〜? それじゃ家でお手伝いしている時と変わらないよ」

 それに対し、明はだまって教室を見た。

 美加もつられて教室をながめる。そこには相変わらずのやる気のない光景があった。やはり学園祭の準備を手伝おうとする気持ちがある者はいないようだ。

「わかったか? この分じゃ俺とおまえとおまけのヤキソバの三人で学園祭の準備をしなければならない。

 それも仕方がない。みんな受験勉強や就職活動で忙しいんだ。俺だってお前が学園祭実行委員じゃなかったら無視を決め込んでいたところだ。おまえの気持ちも分かるが少しは妥協しろよ。

 とにかくこの小人数で成功させたいのならば、美加が得意とするラーメンの模擬店をやるのが最適であることは明白だ」

「でも……」

 それでも美加は譲らない。

 そこで明は奥の手を出さざる得なかった。

 明は教室の生徒に向かって言った。

「みんな聞いてくれ。女子生徒にはウェイトレスの制服なんか着てもらったらどうだろうか」

 これに対し、ひとりの男子生徒が「それならラーメンでいいんじゃねーの」とやる気のないながらも賛成の声を上げた。それに対し耳だけは立てていたらしい大半の男子たちも同意するようにうなずく。やはり男は制服女子に弱いな、男を動かすには色仕掛けが一番だ、と明はしてやったりと思う。

「多数決で、決定だな」

「ちょっと待ってよ。そのウェイトレスの制服を着るのって、わたしじゃない」

「学園祭を成功させたいんだろう?」

「はぁ……。しかたないか……」

 美加が溜め息を吐き出しながら、頭をもたげるようにうなずいた。学園祭実行委員長という立場上懸命につくろっていた笑顔も、いつのまにかやめてしまっている。

 明は黒板に振り返るとチョークを手にとって〈模擬店 ラーメン〉と書いた。

「では学園祭のクラスの出し物はラーメンの模擬店で決定します。よろしいですか? 異議がある人はいませんか?」

 美加が力なく言う。教室のどこからか、申し訳程度のやる気のない声で「異議な〜し」という声がおこる。

「多数決でラーメンの模擬店で決定しました」

 美加は振り向くと厭(いと)わしそうな眼差(まなざ)しで黒板に書かれたラーメン模擬店の文字を確かめ、ふたたび溜め息をついた。


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