代行屋 桐原初美編 act1

    作:Howling




「何てこった!?」

新興スタントマンチームの社長、三村陽一は頭を抱えた。

陽一の会社は、専属のスタントマン5人で各地のショーやイベントに精力的に参加していた。

そんな中、チーム内の紅一点、桐原初美に大きな仕事が舞い込む。

彼女の動きを評価した大手プロダクションから、ある特撮番組のスタントの仕事の依頼が舞い込んできたのだ。

それは、覆面ストライダーシリーズ最新作『覆面ストライダーエクリプスツヴァイ』。

前作、覆面ストライダーエクリプスが空前の大ヒットとなった影響で続編制作が決定したのだ。

本作の一番の見所として、新進気鋭の女優、笠沖綾乃が前作から演じてきたヒロイン金城春奈。

彼女が追加戦士、"覆面ストライダーフレイア"として戦う展開がある。

長年続いてきたシリーズの最新作で、追加戦士にして女性ストライダー。

近年においてもなかなか例を見ない採用ということもあって、アクション面においてもそれに見合う実力者が求められていた。

そこで、初美に白羽の矢が立ったのだ。


これを足がかりに、会社の規模を大きく出来れば・・・・陽一はそう考えていた。

初美もまた、初めての大がかりな仕事に気合いを入れて一層激しいトレーニングに身を投じていた。

あとは撮影を待つのみ・・・・・

しかし、そこにトラブルが発生する。



練習中、初美がけがをしてしまったのだ。

ハイレベルのアクションを追求し続けた無理が祟った結果だった。

治療のため、2週間の絶対安静を強いられた。



初美に見合う実力を持った別の女性スタントマンの代理など、陽一の会社に用意できるはずもなかった。
撮影開始まであと3日・・・・・

「どうすれば・・・・・」

陽一は1人事務室で悩んでいた・・・

そんなとき、陽一のスマホに一本の電話がかかる。誰だこんなときに・・・・
少しのいらだちとともに通話ボタンを押す。

「もしもし・・・・」

「あー陽ちゃん?」

突然に掛かってきたこの電話。それは、まさに"切り札"となるものだった。




翌日・・・病室で1人初美はたたずんでいた。

脚には太く巻かれたギプス。
怪我の痛々しさを物語っている。

「はぁ・・・・やっちゃった・・・・・どうしよ・・・・」

初美は1人自己嫌悪に陥っていた。

好きなアクションを最高の舞台でやる絶好のチャンスをふいにしてしまったからだ。

そんなとき、病室のドアがノックされた。

「?どうぞ・・・・」

入ってきたのは陽一だった。見舞いの花束を持っている。

「初美・・・大丈夫か?」

「社長・・・・」

陽一の姿を見るなり、初美の目に涙が浮かぶ。

自らのふがいなさと陽一への申し訳なさからだ。

「すいません・・・私・・・・!」

泣きそうな初美を見てとっさに駆け寄る陽一。

「待った待った。怪我したのはしょうがない。気にするな」

「で、でも・・・・」

しばらくの間、嗚咽を漏らしながら泣く初美に陽一は寄り添った。


「・・・・すみません。」

「いや、いいんだ。」

陽一は花束を脇に置いた。

「なあ初美。」

「?」

「どんな形でも、この仕事やり遂げたいか?」

陽一の問いかけに首をかしげる初美。

「そ、それはもちろん・・・・!!!」

初美の目に迷いはなかった。

「で、でもこの状態じゃ・・・・」

陽一は手を初美の前に出してそれ以上何も言わなくていいと示す。

「心配するな。手段はある。びっくりするかもしれないけどな」

陽一はそう言って外に向かって声を掛ける。

「入ってくれ」

その直後、病室のドアが開く。

「え!?えええ!?」

初美は思わず声を上げた。

病室に入ってきたのは、上下黒色のライダースーツ。

若干茶色の入ったロングヘアー。

その顔は初美そのものだった。

そっくりさんなんてレベルではない。鏡を見るようにうり二つだった。

「う、嘘・・・・私!?」

もう1人の初美は笑みを浮かべると、病室内でバク転を決めそこから片脚立ちで蹴りを三発放った。

素人目に見ても切れのある蹴り。


初美はその姿を見てすぐに分かった。自分の動きそのものだったからだ。


「しゃ、社長・・・これは・・・・!?」

「ああ、驚くのも無理ないよな。俺も驚いてる。順番に説明するよ・・・」



それは、昨日のことだった。


「あ〜もしもし陽ちゃん?」

「ああ千春?悪い、今ちょっと悩んでてさ・・・・」

「え?どうしたの?」

「実はさ・・・大きな仕事来てるんだけどうちの社員が怪我して頓挫しそうなんだよ・・・」

「ふ〜ん・・・・」

「ふ〜んて・・・・・まあそんなわけで今は・・・」

「待って。私、陽ちゃんの手助けできるかも。」

「はい?」

「今からうちの店に来て。あと、ちょっと持ってきて欲しいものがあるんだけど・・・・」

唐突に切られた電話。電話の主は中学からの同級生からだった。

名前は、緑川千春。





「・・・・ここか」

陽一は、指定された場所の入り口まで来ていた。

店の名前は「SUBSTITUTE AGENCY」

人材派遣か何かだろうか・・・・

迷う暇はなかった。
とりあえず話だけ聞いてみる。ダメそうならすぐに切り上げよう。
そう思い立って陽一は店のドアを開けた。

「あーいらっしゃい陽ちゃん。」
ウェーブのかかったロングの茶髪で、細身ながらも、豊満な胸を持ち合わせた女性が白衣姿で出迎えた。
彼女こそ緑川千春だ。
白衣の下には紺色のカッターシャツにタイトスカートを着こなしており、
脚もまたストッキングで引き締め脚線美を強調している。

「で、例のものはあった?」

千春に尋ねられた陽一は、ジップ付きの透明袋を取り出す。
中には、長い黒髪が一本入っている。
初美の髪の毛だった。彼女が普段使用しているロッカーに落ちていたのを拝借したのだ。
気が引けたが、背に腹は代えられない。

「ありがと。じゃあ、1時間だけ待ってて。
 お茶かコーヒー入れたげて。」

千春が奥に向かって声かけると、白のスーツ姿の女性が現れた。
キリッとした印象の美人だ。

「コーヒーかお茶、どちらにしますか?」

「・・・じゃあ、コーヒーで。ああ千春、急いでるんだけど・・・」

「ふふっ、分かってる。でも損はさせないわ。」

そう言って千春は駆け足で奥に入っていった。

「・・・・・・」

陽一は途方に暮れたまま椅子に腰掛け、出されたコーヒーを啜った。

それから、時間だけが流れる。



「ふふふ、お待たせ。」
千春はにこにこしながら陽一の前に姿を見せる。

「なあ千春。一体・・・」

「まあまあ。見てもらったら分かるわ。入って」


千春が声を掛けると、奥から足音がした。


「・・・!?えっ!?ちょ!?!?」


陽一は目を丸くして絶句した。

奥から現れたのは初美だったからだ。

初美が緊張した面持ちで立っている。
思わず陽一は駆け寄った。

「は、初美!?何で!?け、怪我はっ!?」

「ちょ、ちょっと待っ・・・・」

初美?は戸惑うばかりだった。

「おいっ!」
「あ痛っ!?」

千春が手刀を陽一の頭に軽くたたき込む。

「な、何だよ・・・・!?」
陽一は千春を見やる。

「うちの子を虐めないでくれる?」

「う、うちの子?」

「まあいいわ。拓人君、見せてあげて」

千春は初美?に向かって「拓人」と呼びかける。


「!?どうゆう・・・・」

陽一が戸惑うのを余所に、初美?は自らの後頭部に手を這わせた。

「え、えええええええええ!?」

何と、初美?の顔の皮がベリベリと剥がれたのだ。

その下にあったのは、大学生くらいの、それも男だった!!!

首から下が、初美の姿というのが不気味さを際立たせた。

「な、何だよこれ・・・・」

陽一は千春に詰め寄る。千春はにんまりと笑みを浮かべる。

「ふっふっふっ・・・・・これがうちの"仕事"よ。
 困ってるときとかにその人の代行を務めるの。
 その人の姿を精巧にコピーした"皮"を着せてね。」

そう言って千春は初美の顔の皮を掴み引っ張ってみせる。

「触ってみて。びっくりするわよ。」

千春に促され、陽一はその皮に触れる。
その部分は、薄く長く伸びた。

「うわっ、すごい・・・本物の皮膚みたいだ・・・・」

「すごいでしょう?体型とか関係なしにその人の身体に変化できるのよ。
 それじゃ、初美さんに戻ってもらっていいかしら?拓人君。」

千春はそう言って顔の皮を拓人に被せ直す。
すると、首筋の裂け目は消え、歪んでいた顔の形も初美の端正なそれに戻った。

「ほら、こんな風にね。身内でも区別は絶対につかないわ。」

「す、すげぇ・・・いやでも姿だけでもこっちは動きとかがないと意味が・・・」

「心配ないわ。それじゃ"初美さん"、あれやってもらえるかしら?」

千春は"初美"に振る。

「はい。」

そう言うと、"初美"は2人と距離を取る。
そこから、腰を落とし、構えを取った。

「はああああっっっ!!!!」

気迫に満ちたシャウトの後、数発のジャブを繰り出し、そこからバク転、その後隙を見せることなく片脚立ちから蹴りを3発、
さらに飛びながらの回し蹴りを決めた。

「!?」

その動きに目を見張る。初美のムーヴメントを完璧にこなしていたのだ。

陽一は千春に尋ねる。

「ねえ、中の人アクション経験あるの?」

「ううん、全然。」

「えっ!?」

「うちの皮着るとね。その人の癖や動き、一部の記憶とかもシンクロしちゃうの。
 違和感なく完璧に代行できるわ。」

「す、すげぇ・・・・」

「それにね。彼は特撮番組よく見てるの。今回依頼があったっていう
 覆面ストライダーもちゃんと見てるわ。十二分に仕事を代行してくれるはずよ。」

そう言って笑みを浮かべる千春。


「つまり、スーツアクトレスのスーツアクトレス・・・・」

陽一は、目の前にいるもう1人の初美を見つめていた。

「・・・・本人と相談してきていいか?」

「もちろん。」

「受けたとき、依頼料はどうしたらいい?」

「ううん、今回はサービスするわ。何でもやる気全開だし」





「・・・・というわけなんだ。」

「そうなんですね・・・」

初美は目の前に現れたもう1人の自分をじっと見ていた。

「ただ、一番尊重したいのはお前の意思だ。
 一からすべてを自分でやりたかったというなら今回の依頼は断るが・・・・」

「いえ、社長。この人に代行をお願いします!」

「!?いいのか?」

「信じられないけど、怪我が治るまで私の代理をこなしてもらえるなら・・・・ 
 どんな形でも"私"がスタントできるなら後の仕事にも繋がるかもしれないし。」

初美の決意は固かった。

「・・・・分かった。やろう!」

陽一は"初美"に向き直って一礼した。

「というわけで、今回の仕事、初美の怪我が治るまでお願いします!!!」

"初美"は素に戻って戸惑う。中身の意識が"拓人"に戻っていた。

「あ、頭を上げてください。全力でやります!初美さんのためにも・・・・」

"初美"は決意をこめて言った。

その腕を、本物の初美が掴む。

2人の初美がお互いを見つめる。

「頼むわよ」

意思の強い視線を"初美"にぶつける。

「・・・・任せて!!」

その思いに応えるように、拓人は意識を切り替え、"初美"として返した。

こうして、"初美"による、覆面ストライダーフレイアのスーツアクトレス代行が決定したのだった。


act2へ













inserted by FC2 system