奪われた者の末路
  作: CA_KOIKE


「緊張してきた…」

結婚式場の控室で呟く。
思い返せば様々なことがあった。おままごとで夫婦になったことから始まり、一緒に遊ぶようになって…お互いを意識し始めたのはいつだっただろうか?

私は今日、幼馴染と結婚する。愛する女性と誓いの言葉を宣言するのだ。
気を引き締めなくてはな。

「……?」

見られている…?
3歳くらいか?純白のドレス風ロンパース、花が詰められた籠を持つ女の子がこちらを見ている。
フラワーガールか?

何か違和感があるな。
何と言うか…怖い。獲物を見る鷹のような目をしている。
初めて見る女の子だが…どこかで見たような…?

「なんだったんだ…?」

しばらく見つめ返していたら、踵を返して去っていった。
その後ろ姿に強烈なデジャブを見る。

そうだ、あいつに似ているんだ。
かつて彼女をストーカーしていたあの男に。姿形は全く違うが……。

「新郎さま。間もなく入場です」
「あ、はい。わかりました」

考えても仕方がない。今は式に集中しよう。
彼女に恥ずかしいところ見せられないからな。

彼女と合流し、腕を組んで入場する。人生で最も幸せな時間だった。
開会宣言が終わり、誓いの言葉を口にしようと息を吸った瞬間…左足を抱きしめられた感覚があった。

「えっ」
「……ちぇんじ」

足に抱き着いていたのは、見覚えのある少女で…悪意に満ちた顔が目に入る。
その口が開いた直後、脳が揺れる。

なんだ…?急に…眠気が…。
立っていられない……。

私の意識はそこで途切れた。



(うぅ……?)

何かに座った感覚があって、深い海に沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。

『お待たせしました。式を再開します』
(なんだ…?一体何が起こった…?)

遠くから主催の声が聞こえる。
起きなければ…。起きて愛を誓わないと…?

壇上にいるのは誰だ?愛する女性と、私の姿をした男がいる…。
そこにいるのは私だ。お前じゃない…。

(え……?)

喋れない…口内にあるのはなんだ?私は何を咥えている…?

立ち上がろうと伸ばした足が空を切る。
体がふわふわとしたものに包まれているような感覚に気付く。

(なんだ…これは……)

どうして私の服の袖が白いんだ…?私が着ていたのはタキシードのはず。こんなフリルがたっぷり縫い付けられた服ではない。
……妙にお腹周りが温かい。まるで綿に包まれているような……。

ここはどこだ?何に座っている?
結婚式場にこんな全身を包み込むような形状の椅子はなかった。
目の前にある手すりはなんだ。これではまるでーーーー

「ふぇ……?」

ここで理解した。自分はおむつを履いていて、ドレス風のロンパースを着用し、ベビーカーに収められているのだと。

入れ替わった?いや、そんな非現実的なことが起こるわけがない。

「「誓います」」

俺の体の中にいるのは誰だ?いや、わかった…あの男だ。彼女をストーカーしていたあの男に体を奪われたんだ。
どうやったかは分からないが…この幼い身体に潜んでいたあの男に、精神を入れ替えられてしまった。

ベビーカーという名前の拘束具から抜けだせない少女は目に涙を浮かべたが、新婦はそれに気がつかない。
愛する男が、別人になっている可能性など微塵も考えていない。

(くそっ‼くそっ‼)

おしゃぶりを吐き出せない。ちゅうちゅう♪としゃぶるのをやめられない。
おしゃぶりを咥えるという行為が、食事や睡眠と同じくらい大切に感じる…‼

(……っ)

私の姿をした男がこちらを一瞥して、ニヤリと笑む。それを見た私の心に激しい怒りと…恐怖。
自分よりずっと大きな大人に見られて…少し体が震える……。

「へっ……?」

私は…失禁していた。腰を包む布に、温かい液体が広がっていくのを止められない。
止めようと思ったが、どう力を籠めたらいいかわからない。

開放感と同時に、純粋な感情に襲われた。それに心の奥底にあった何かを破壊され…私は、泣いてしまった。

「うぇぇぇん…‼うぇええん…‼」

声を抑えられない。静寂に満ちていた式場に鳴き声を響かせてしまう。
恥ずかしい…でも、止められない…。

「大丈夫、怖くないよ」
(ふぇ……♡)

いつの間にか近寄ってきていた元自分の体に微笑まれた瞬間、まだおむつの取れない女の子の感情で満たされた。

その笑顔を見ているだけで楽しい。目の前にいるのは憎まなければいけない相手だと理解できているのに、少しの怒りも抱けない。

「あっ…♪」

やさしく頭を撫でられたら、一体何を考えていたのか分からなくなった。
圧倒的な安心感に、身も心も塗り潰される……♡

(かっこいい……♡)

幼い日の彼女が、夢中になってシンデレラを読んでいたのを思い出す。
幼い女の子が抱く、お姫様になりたいという感情がどういう物なのかを理解した。夢を見ているような気分だ…♡

……?
むねがどきどきして…あたまがぼうっとする……。目のまえの男の人のことしかかんがえられない……♡
すき……♡

「泣き止んだ?」
「ああ、もう大丈夫だよ。再開しようか」

指輪交換を行う男女。拍手で満たされた会場。
恋という名の熱にうなされた少女はそれをぼんやりとした目で見ていた。

いいなぁ…あの女の人…。わたしも指輪ほしい…♡おひめさまになりたい…♡
はやく大きくなりたいなぁ……♡

(なんだか…ねむい……)

自分が男の大人であったことを忘れた少女は睡魔に抗えず…眠った。

それを確認した新郎は、小さく笑っていた……。



とある保育園で、その2人は再開した。

「気分はどう?」
「っ……‼」

結婚式が終わった後、ベビーカーを押されて帰宅して…美味しいご飯を食べて、眠って…。
次の日の朝、テレビの前で元気に踊っていた時に全てを思い出した。

私は、知らない夫婦の子供になっていた。

「こんなの…やーなの‼」

言葉が出ない。気がついた時には身体相応の語彙しか使えなくなっていた……。
心が体に引っ張られている。このままいったら私は…。

文字はもう読めない。可愛いぬいぐるみを見たら夢中になって遊んでしまう。
大好きな服はドレス風ロンパース。これを着てお姫様ごっこをしたら、楽しすぎて男であったことすら忘れてしまう。

「妻とはうまくいっているよ」
「からだかえしてっ…‼」

気がついたら、両手を大きく開いて、だっこをねだるポーズをしていた。もう頭はトロトロに溶けていて…大好きという気持ちを抑えられない。

おうじさまにぎゅっとしてほしい…。っ…だめ‼あれはわたしのからだ‼
おこらないとっ‼

「ぁ……ぅ……」

目の前に突き付けられた鏡に写っていたのは、今にも泣きだしそうな少女だった。
ぬいぐるみをぎゅーっと抱きしめ、体を震わせて怯えている。

これが…私。
あ…だめ…自覚したら…だめ…。どうしたらいいのかわかんないっ……。

「やだぁ…やだぁ…」
「奪った女性とお金は大切に使うので安心していいですよ」

元々の自分の名前は何だったか。愛した女性の名前は何だったか。もうぼんやりとしか思い出せない。
私は、もう手遅れな段階まで幼くなってしまっている…。

「頑張ってね」
「やぁぁ……‼」

自分の姿をした男が去っていく。必死に手を伸ばすが…届かなかった。
幼い身体という檻から逃れられない。

私は、保育園に置いて行かれた…。



私の一日は、おむつを交換されることから始まる。

「おねしょなかなか治らないね。大丈夫、頑張ろうね‼」
「う…うん…」

タオルで拭かれ、特大サイズのおむつを履かされる。女児向けアニメのキャラクターがプリントされた恥ずかしい一品。
このクラスで履いているのは私だけだ。当然だろう、もう保育園卒業も間近なのだから…。

(たすけて……)

『おしっこを我慢する』という以前は当たり前にできていた行為が全くできるようにならない。
なぜだかは全くわからない…。

ドレス風ロンパース姿の少女は知らない。入れ替わる直前に、脳細胞の一部を破壊し、身体の成長を遅らせる薬がその身に過剰投与されたことを。

(いまはがまん…‼大きくなってふくしゅうするんだ…‼ぜったいに、だいじなひととじぶんのからだををとりかえす‼)

自分の心身がこれ以上成長することがないと知るのはもう少し後の話。
その願いを叶えるために必要な力を手にする日は永久に訪れない。

(あっ……)

楽しく踊って遊んでいたら、唐突におまたの下が気持ち悪くなって…泣いちゃった。
おっきなこえで、ないちゃった。

「ふぇええん……えぇん…」
「大丈夫だよ~」

熊のぬいぐるみを渡されて、反射的にぎゅーっと抱きしめてしまう。そのまま床に寝転がさせられて、おむつを替えられる。

だめ…くまちゃんぎゅーしたら…あんしんしちゃう…。

微睡んだ脳で少女は考える。

あれ…?
わたしっておんなのこ…だよね?あっているよね…?
……?とってもたいせつなひとがいたきがするけど…だれだっけ…?

まぁいいや……。

「……zzz」

少女は柔らかな寝顔を浮かべていた。















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