使命(クエスト)
 作:ドーン@夜明けの街


「大事な使命だったけれど…こんなにのんびり出来たのは久しぶりね」

明るい金髪を丁寧に結い上げた神官衣を纏った若い女性が、彼女と同じく馬に騎乗して並走している隣の女性に話しかけた。

「そうだな、お互い忙しくなったからな」

こちらは綺麗に磨き上げられた小手と具足、そして優美な曲線を持つ胸当てを装着した女騎士だった。
兜は付けておらず、長く艶やかな黒髪は白銀に輝く鎧の胸の部分まで垂らされ、その美しさを際立たせていた。


彼女たちが仕える聖王国の周辺で魔物たちの活動が活発になっているとの情報が入り、国内では不穏な空気が流れていた。
それを少しでも取り払う使命を受けた高司祭シーラは、国内の村々で光の女神の加護を説いて回る旅を終え、王都への帰途についているのだった。
そして彼女の護衛として、昔からの知り合いである女騎士アイラが同行していた。

ともにまだ二十代前半だが、聖王国ではかなり上位の地位に就いている。
才能と努力、そして、彼女たちが聞いたら不快に思うだろうが、二人の輝かんばかりの美貌がその栄達の速度に拍車を掛けているのは事実だった。

シーラは、見た者の心を癒す慈愛に満ちた微笑みから『光の女神の生まれ変わり』とまで称される清楚な美貌の持ち主で、その優しく献身的な性格と相まって、王都では特に若い男たちに絶大な人気があった。
彼女が講壇に立つ日は、他の日に比べて寄進の額が3倍近くになる程だ。

アイラは、吊り上がった目が彼女の気の強さを映し出しており、近づきがたい雰囲気を持っているが、彼女の凛々しい美しさに異論をはさむ者はおらず、その剣の腕前と重ねて『戦乙女の化身』と噂されている。

二人は幼少の頃からの友人で、線の細いシーラが絡まれているのを助けるのがアイラの役割だった。

「あなたが私の護衛を務めているなんて……あの頃からずっと変わっていないことになるわね、ふふふ」

「ああ、そうだな、不思議なモノだな」

お互い城内で重職に就く身となってしまってからは、こんなに気楽に会話することが出来なかった。
そういう意味では、二人にとっては気分をリフレッシュさせる良い旅であったといえた。



小さな集落に立ち寄って休憩をしていた時だった。
血相を変えた少女が二人に向かって助けを求めてきた。

「騎士様、お願いです!母を!母を助けてください!」

落ち着かせて話を聞くと、家がゴブリンに襲われて、母親がオトリになって彼女を逃がしたのだという。
シーラとアイラは少女の案内に従って、彼女の家へと駆ける。

「こっちです!」

集落から少し離れた森に隣接する場所に一軒家が見えた。

「ここです」

少女に導かれて家に近づき、中を覗く。
3匹のゴブリンが家の中を漁っているが見えた。

「それで母上はどこなの?」

「たぶん、寝室に隠れているのだと思います」

アイラの問いに少女が答えた。

「分かった。では、あなたたちはここで待っていて」

女騎士は腰に差していた剣を抜くと、一人で家の中に飛び込み勇ましく吠える。

「来い!妖魔ども!」

「ギギ!」

彼女に視線を向けたゴブリンたちは、殺意を剥き出しにして飛び掛かっていく。
しかし、狭い屋内では唯一の利点である数の多さを活かすことが出来ず、妖魔たちは1匹ずつ易々と切り倒されていった。

「ふう、久々の実戦だったけど…ゴブリン程度なら問題なかったわね」

一安心して、本来の目的を思い出すと奥に進む。

(ガタッ!)

注意深く様子を伺っていると、奥の部屋の方で物音がした。
寝室らしきドアの前に進むと、確かに中から気配がする。

「娘さんに言われて助けにきました」

声を掛けてみるが返事は無かった。
仕方なく慎重にドアを開けて中に入る。
予想通りそこは寝室で、簡素なベッドとテーブル、それに全身が映せる姿見があった。
そして、ベッドの上には裸の女性が横たわっていた。
30代前半の成熟した魅力を持つ美しい女性で、その容姿は外で待っている少女に似ていた。おそらく母親だろう。
胸がかすかに上下しているので息はしているようだ。
ただ何故裸なのかが分からない。

何か不自然さを感じて慎重に部屋を見渡す。
そして、テーブルの上に置かれたモノに目が留まった。
良く見ると水晶で出来た裸婦像のようだった。
神々しいまでに美しい女性のシルエットで、もしかすると女神を表現したモノなのかもしれない。
質素な家屋には不似合いなモノである。

「彼女に見せれば何か分かるかもしれない」

親友である女司祭の顔を思い浮かべながら像に手を伸ばす。
すると突然、像が淡い光を纏ったかと思うと、次の瞬間、強烈な光を放つ。

「うっ!!!」

強大な魔力を浴びて女騎士は、一瞬だけ呻き声をあげて美しい顔を苦悶に歪めるが、すぐに無表情になる。
光を遮ろうと反射的にあげた手がだらりと下がり、全てを忘れたかのように脱力して、その場に立ち尽くす。

『それではお前も裸になってもらおうか』

どこからともなく声が響き渡った。
しっとりと落ち着いた女性の声だが、なぜか男のような口調だった。

「…はい…」

自分のするべき事を与えられた女騎士は素直に1つ頷くと、鎧の留め具に手を掛けた。
その視線は遠くをぼんやりと見つめているように虚ろであったが、体の動きはしっかりしていた。
鎧を外し終えた女は、休む間もなく下に着ていた厚手の服も脱ぎ捨て、続いて下着にも手を掛ける。
やがて命令通り全裸になったアイラは、まるで自分自身が裸婦像になったかのように、再びその場に立ち尽くすのだった。

『くくく…、さすがは女神が直接魔力を込めたアイテム、凄い魅了の力だ。警戒していた女騎士でもこうなってしまうのだからな…。では鏡の前に来るんだ!』

「…はい…」

再び響いた女性の声に従いアイラが姿見の前に立つと、鏡の中には不思議なことにベッドで寝ているはずの母親の裸体が映し出されていた。

『この母親の体もなかなかのモノだったが、今度のはもっと楽しめそうだ』

そう呟いた鏡の中の女の輪郭が歪み、ゆっくりと変形し始めた。
少し緩んでいた手足はスラリと鍛え上げられたモノになり、体全体の印象も若返っていく。
胸の大きさは幾分小さくなったものの、ハリのある綺麗な形に戻り、色が濃くなっていた乳首にも明るい桜色が蘇る。
肩の上で切り揃えられていた黒髪は、ツヤを取り戻しながら背中まで伸びていく。
ふっくらとして穏やかに見えた顔は細く引き締まり、少しタレ気味だった目も強気に吊り上がり、全体的に凛々しさを得て若く輝く美貌となっていく。
やがて、本来の役割を果たすかのように、鏡はアイラの姿を完璧に映し出すようになっていた。

だが次の瞬間、鏡の中のアイラだけニヤリと笑みを浮かべると、前に進み、鏡から抜け出す。
そして、呆然と鏡の前で立ち尽くしているもう一人のアイラの胸に片手を伸ばすと、じっくりと味わうように揉み始め、残った手で確かめるように自分の胸を揉む。

「くっくっく、確かに同じ感触だな。お前の姿、確かに貰ったぜ」

今回はアイラの声で下品な男口調の言葉が響き渡った…。



一方、外で待機していた女司祭と少女は、他に魔物が潜んでいないか警戒していた。
ゴブリン1匹くらいなら、シーラでも護身の武器で十分相手に出来たし、それ以上出てきても、アイラが駆け付けるまでの時間を稼ぐくらいの自信はあった。

女騎士が家の奥に進み姿が見えなくなると、少女が震えながら腕にしがみついてきた。
その力が思いのほか強かったので少し驚いたが、恐怖心のせいだろうと理解して、安心させるように話しかける。

「心配しなくても大丈夫よ、お母様は無事に決まっているわ。それに助けにいった彼女はとても強いのよ?」

しかし、見上げた少女の顔は、予想に反して笑みを浮かべていた。

「ふふふ、捕まえた~」

少女の言動に不気味さを感じたシーラは問い返す。

「一体どうしたの?何がおかしいの?」

「だってぇ~、こんな若い男が好みそうな容姿の人が目の前にいるのよ?素敵なことでしょ?」

上機嫌で応えた少女の笑顔が、急転して怒りに歪む。

「はんっ!その綺麗なお顔で男どもからチヤホヤされてきたんだろ!憎たらしいね!」

それは先程までの少女の可愛らしい声とは違う、しわがれた女の声だった。

「お前の全てをいただくよ!安心しな、あたしがたっぷり楽しんでやるから!」

少女の可愛らしい顔の形が崩れ、原形を留めないレベルで歪む。

「な!」

驚いた女司祭の視線の先で、かろうじて笑みを浮かべていると分かる異様な姿の少女の口が開いたかと思うと、シーラの顔をめがけて大量の粘液が飛び出す。

「ひっ、うぐっぐぐ…」

悲鳴を挙げようとするが、口の中に次々と侵入してくる粘液で言葉にならない。

(…助けて…アイラ…)

シーラは必ず助けに来てくれるはずの親友の名前を心の中で叫び続けた…。


………


数日後、王城に隣接する神殿の、とある高官の執務室に、報告の為に訪れたシーラとアイラの姿があった。

「よくぞ無事に帰ってきてくれました、ご苦労様です」

「ありがとうございます、最高司祭様」

最上位の神官衣を纏った初老の女性がねぎらうと、シーラは笑顔で応えた。
最高司祭と呼ばれた女性は、次はアイラに向き合う。

「道中、危険な目に遭ったりはしませんでしたか?」

「いえ、ゴブリン数匹に遭遇した程度です。なんの問題もありませんでした」

「そうですか。あなたも護衛の任務、ありがとうございます」

報告に頷きながら最高司祭は礼を述べると、再びシーラに向き合い、告げる。

「早速ですが、信者の皆さんにあなたの無事を知らせる意味も兼ねて、講壇に立ってもらいます。よろしいですね?」

「はい、最高司祭様」

シーラは笑顔で引き受けた。




「まったく、人使いの荒い最高司祭様だ。まるでどこかの女神様みたいだぜ」

退室して廊下に出ると、アイラの姿をした『俺』は、彼女の声を使って地の口調でぼやいた。

『俺』の能力は、鏡の中に潜み、映った相手を完全にコピーする。
装備を付けたままの相手でもコピーはできるが、その場合、身に着けているモノも俺の体の一部になるため、脱ぐことが出来なくなる。
だから、女の姿をいただく時は全裸で写し盗り、その体を楽しませてもらうことにしている。

「まあ、そう言わないで折角の機会なのだから有効に使いましょう。私の姿を信者の皆さんの目に焼き付けるの」

シーラは澄ました顔で淑やかに諭す。

「お前の?くくく、まあ、どっちでもいいけどな」

「そういえば、あの二人はどうしたの?」

皮肉めいた『俺』の返答を全く気にせず、女司祭は思い出したように質問してきた。

「ああ、あいつらは森で待機していた魔物たちの餌にしたさ。女の柔らかい肉が好物だからな。仲間が犠牲になったんだ、そのくらいの役得がないとあいつらも可哀そうだ」

お互い興味の薄い内容の会話をしながら歩いていると、信者たちに埋め尽くされた聖堂に到着した。
中央に進むシーラを『俺』は入口の側で見送った。



壇上に立った女司祭は信者たちを見渡すと、微笑みを浮かべて語り始めた。

「皆さん、今日は私の帰還を優しく迎えてくださり、ありがとうございます」

壇上から信者たちに言葉を投げかけるシーラの姿と、それを見上げる信者たちの姿を見て、『俺』はアイラから写し盗った美しい顔を軽く歪める。
この女の正体と昔の姿を知っている『俺』には、失笑を抑えるのが困難だった。

「…旅の途中、確かに邪悪なモノの存在を感じました。しかし、私は女神さまのおかげでこうして皆さんの前に立っています…」

(確かに女神のおかげで、その姿でそこに立っているな…うん、間違ってはいない…)

『俺』は心の中でツッコミを入れる。
その間もご高説は続いていた。

「…楽しい時間を過ごそうと欲すること、愛しい人と一緒に居たいと欲すること、そういった事を欲するのは自然な事で、女神さまも否定されていません…」

そしてシーラは、最前列で熱い視線で自分を見つめていた若い男の信者に向けて、意味深な笑みを浮かべる。
その笑みを向けられた若者は、更に熱狂的な視線でシーラを見つめ始めるのだった。

「…最後に、皆さんに女神さまの祝福がありますよう、私は心から願っております…」

(さて、どっちなのやら…)

『俺』にとってはツッコミどころ満載の茶番がやっと終わった。



「シーラ様!」

女司祭が退場しようとすると若い男に呼び止められた。
シーラはその美しい顔に慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら振り向く。

「はい、なんでしょうか?」

男は躊躇いながらも言葉を続ける。

「…先程壇上から私に向けられた微笑みは何だったのでしょうか?」

「私があなたと二人だけの時間を過ごしたいと欲したからですよ」

男の問いに女司祭は微笑みを浮かべたまま、淑やかに即答する。

「そ、それは!」

興奮する男に寄り添ったシーラは、優しく囁く。

「さあ、こちらへ…」

そして二人は誰もいない部屋へと消えるのだった…。



「…全く、好きなもんだぜ。まあ、昔のあいつじゃあ誰にも相手にされなかったんだから仕方ないか…」

その様子を遠くから眺めていた『俺』はアイラの声で呟く。



数年前、俺たちはあるダンジョンで女神に出会った。
どうやら魔物たちが崇める闇の神のようだったが、気に入れば俺たちの願いを叶える『祝福』を与えてやると言って来た。

『完璧に変装したい!』

腕の立つ盗賊の二つ名である『怪盗』の称号を持つ俺はそう願い、この相手の姿を写し盗る能力を授かった。
素晴らしい能力ではあったが、鏡が無いと使えないなど多少使い勝手が悪いので、配下となる事を条件に、女神の魅了の魔力が宿ったアイテムを与えてもらったのだった。

『美しい姿を手に入れて、男どもとヤリまくりたい!』

優秀だったものの、醜い容姿と歪んだ性格のせいで誰からも女として相手にされなかった相方の女魔法使いは、そう願った。
すると女神は機嫌良さそうに笑みを浮かべると、女を吸血鬼とスライムの間のような化け物に作り変えたのだった。

そいつが女司祭シーラの中身を食い尽くし、その皮を被って成りすましているのだった。
食べた相手の記憶や能力も奪うので、本人を演じるのは容易だ。
とはいえ、あの下品で醜かった女が、いまや清楚で美しい神官に成りすましているなど、出来の悪い冗談としか思えなかった。
しかも、その容姿に釣られて交わった男どもは、この女の下僕に生まれ変わるのだ。

今回の使命はこの女に任せて、俺はサポートに徹すればいいだろう。



このクエストを受けた時に女神と交わした会話を思い出す。

「…喜んで引き受けますが…前から不思議に思っているのですが、何故、女神さまは直接降臨してその力を振るわれないのですか?」

俺は思い切って以前からの疑問を女神にぶつけてみた。

『神々の協定でそれは出来ぬのじゃ。もし我々が直接力を振るって争えば、人間も魔物も全て滅んでしまう。勘違いしておるかもしれぬが、わらわは人間を滅ぼしたい訳ではない』

特に機嫌を損ねるということもなく、澄ました顔で女神は答えてくれた。

「では、なぜ我々にこのような祝福を与えて下さったのですか?」

『我々の取り決めで、気に入ったモノたちに力を授けることで世界に干渉することになっているのだ。まあ、お前たちに与えた祝福は、半分はわらわの余興じゃがな』

「…」

絶句した俺の様子を愉快そうに眺めた女神は、その美貌をわずかに引き締めて言葉を続けた。

『わらわは欲望に忠実な世界を創りたいのじゃ。人間も魔物も欲望に忠実になることで、より高みの存在になるとわらわは信じておる。そのためにも、秩序を重んじる聖王国などという存在は潰さねばならん。だが、やつらには力がある。だから内部から腐らせるのじゃ、わかったな?』

「はっ!」



俺たち二人は、能力を得た代償として、元の姿を失った。
ときどき自分が何者であるのか分からなくなる時があるくらいだ。
だが後悔は微塵もしていなかった。
今後も闇の女神の手先として数々の人間の姿を奪い、それを楽しんでいくだろう。
しかし今は、この聖王国を混沌に導くという大事なクエストを果たすのだ…。



(あとがき)
こんばんは、ドーン@夜明けの街です。
私の脳内に棲みつくモノたちが欲望に飲み込まれていく話を文章にしています。
個人的な願望としては、マンガの原作とかも挑戦してみたいです。

今回の話はブログやPixivで公開している『狙われた女魔導士』の男と同様に、女神に異能を与えられた二人の物語です。
最初はリメイクのつもりで書いていたのですが、アイデアを盛り込むうちに登場人物が増えていったので、別の話に仕上げてみました。
感想とか頂けたら嬉しいです。







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