*この作品は「女子会がやりたくて(青春編)」の後日談になります。こちらもお読みいただくと一層楽しく本編がお読みいただけます。 女子会がやりたくて(同窓会編) -後編- 作・夏目彩香 八.全員集合 三田先生まで合流するのは意外なことだったが、ようやくのことで『女子会同窓会』を行うための準備ができた。十七年前に春彦たちが女子会を行う時に乗り移ったオリジナルメンバーは京香先生、エリカ、そして、由希奈の三人だった。京香先生本人の身体があり、エリカに変身できる変身薬も完成し、三田先生が身につけて運んできた由希奈の皮が存在しているため、春彦たちは三人の姿になれるのだ。それに加えて京香先生と三田先生の娘であるエリナ、山田の婚約者である青木サヤカを加えた五人で「女子会」ができる状態なのだ。みんなの目の前で山田が次なる準備を進めていた。 「じゃあ、ここで『女子会同窓会』をするため、俺らは当時と同じ女子になる準備ができたんだ。まず俺がこの変身薬を使ってエリカに変身すればよくて、次に三田先生がこの憑依薬でエリナに乗り移る。そうするとエリナから水田の魂が追い出されるので、そのまま水田は京香先生に突入する。今度は京香先生から春彦の身体が抜け出て元に戻るので、その状態でここにある由希奈の皮を被る流れならリスクは最小限になるってわけ」 さすが山田はしっかりと次なるプランを練っていた。そして、山田は話を続ける。 「三田先生がさすがに自分の娘に乗り移るのは無理だって言うなら、エリナに対して別のことを考えるけど、どう思いますか?」 山田は由希奈の皮を脱ぎ捨てて普段着姿になった三田先生に確認していた。 「まぁ、確かにエリナは私の娘だから乗り移るのはちょっと抵抗があるよ。自分の娘に乗り移らずに済む方法があるんだったら、それでお願いしたいなぁ」 三田先生の意見を山田は頷きながら聞いていた。 「そりゃ、そうですよね。じゃあ、エリナには水田が使っているのと同じ憑依薬を使ってサヤカに乗り移ってもらいます。でもって、三田先生がサヤカの身体を使えば全員女子の姿でいられますよね。三田先生には春彦が使っているこっちの新しいタイプの憑依薬を使ってサヤカに入り込んでください。サヤカ、いいよね?」 山田の隣にいるサヤカは何も気にすることのない表情をして、身振りを使ってオーケーを出してみせた。 「じゃあ、決まりだね。まずは俺がエリカに変身するんだけど、変身薬の場合は全裸にならないといけないから、女性の視線が気になるここでは変身できないよ。変身後は京香先生の下着や洋服を拝借しようと思ってるから、京香先生の寝室にあるウォーキングクローゼットで着替えまで済ませて来るよ。あとはみんなにさっき言った流れで玉突き憑依をしてくれたらいいだろ。もう一度言うと、まずは三田先生がサヤカに、サヤカがエリナに、水田が京香先生に、そして、京香先生から春彦の身体ごと抜け出るので、この状態で由希奈の皮を被って着替える流れさ」 リビングでは山田に指示されたように三田先生、サヤカ、エリナの姿をした水田、京香先生の姿をした僕の順に並んでみた。さらに三田先生とサヤカにはそれぞれ決められた憑依薬が渡されていた。 「じゃあ、俺は京香先生のウォークインクローゼットで変身して着替えを持って来るから、こっちのリビングでも由希奈の皮を被るところまで終わらせておくように、何か手伝いが必要なことがあれあサヤカに手伝ってもらうといいよ」 山田はそう言い残すと寝室に行ってしまった。リビングに残された春彦たちはすぐに山田が話してくれた玉突き憑依を始めることにしたのだ。 まずは、三田先生とサヤカが手に持っている憑依薬を一気に飲み込んだ。薬の効果は飲んですぐに現れ、三田先生は自分の身体をサヤカの身体にゆっくりと入れていく、それはまるでサヤカの身体に浸透し吸収されていくようにみえた。三田先生の身体が完全に見えなくなったので、サヤカの身体からはサヤカの魂が飛び出ているはず、そのサヤカの魂がエリナの身体めがけて入り込む、エリナの身体から水田の魂が突き出され、水田の魂が京香先生の身体である春彦に侵入して来ると、背中から手で触られているような感覚を春彦は感じていた。 そして、満員電車で背中を押されてホームに降り立ってしまう時のように、春彦の身体は京香先生の身体から降りていた。スライムのような姿から元の肉体に戻ると、目の前に置かれている由希奈の皮を身につけるのだが、余りにもあっけなく服を着たまま包み込まれてしまった。春彦が由希奈の皮を被ったところで、着替えを手に持ちながら山田が変身したエリカがリビングに戻って来た。セットになっている黒ベースのブラジャーとショーツだけ身につけた状態だったが、エリカの身体は三十代の半ばとは思えないプロポーションを維持していたので、全員の視線を一気に集めるのだった。 「私、由希奈のノースリブワンピを着ることにしたから借りるわね」 そう言って春彦がこれから身につけようとしていたノースリーブのワンピースを手に取り頭から被っていた。春彦は仕方なくエリカに変身した山田の持ってきたベージュ系のシフォンブラウスとライトブルーのフレアスカートを身に着けた。高校時代は服装が地味な感じの由希奈だったが、今はフェミニンな印象のコーディネートが女子力をアップさせるようだった。 「似合ってるかな?」 不安げな春彦だったがリビングの片隅に置いてある姿見を覗いて見ると、そこには二児の母とは思えないほどの美貌の持ち主がこっちを見つめ返していた。 「とっても似合ってるよ」 周りのみんなはまるで打ち合わせをしていたのかのように一斉の声で言ったのだ。とても似合っている。見れば見るほどそう思うしかなかった。あの時から十七年の月日が経っているので、さすがに若々しさは足りなくなったものの、女性としての魅力を感じるそんな瞳を由希奈は持っていたのだ。 「全員集合!」 リビングの中央で春彦は叫ぶような口調で思わずそう口にしていた。 「じゃあ、予定通りの姿になっているのかこれから確認します。元の身体の名前で呼ぶのできちんと返事を返してくださいね。最初は山田!」 「はい!」 白ベースの花柄ノースリーブワンピースに身を包んだエリカが、ニコッとした表情を交えながら手を挙げて返事をした。 「今度は水田!」 「はい!」 すると京香先生が手を挙げた。紺のスーツにタイトなマーメードスカート、これは十七年前に京香先生がまさに着ていたもので春彦が思いつきコーディネートしたものだ。 「はい、次は三田先生!」 「はい!」 襟元は淡いピンクのカッターブラウスが見え、サラサラなサテン生地がきらびやかな白のタイトスカートは裾のフリルが広がっている山田の婚約者であるサヤカが手を挙げていた。 「それでは、最後にサヤカさん!」 「は~い!」 最後に手を挙げたのはセーラー服に身を包んだ未来の花嫁だった。 「でもって、春彦!」 「あっ、はい!」 山田に言われるとベージュ系のシフォンブラウスとライトブルーのフレアスカートを身に着けた春彦も手を挙げていた。春彦の一番の親友である山田から春彦と呼ばれることには慣れていても、今の奴はエリカの姿をしているだけに自分が呼ばれていると気づくのにちょっと遅れてしまうようだ。 「みんな予定通りうまくいったんだね。じゃあ、これから自分の姿に戻るまでは姿に相応しい言葉遣いをしましょうね。もちろんお互いや自分のことを呼ぶのも気をつけなくちゃね」 リビングの時計に目をやるともうすぐ午後十一時となり、金曜日の夜がもうすぐ終わって週末が始まろうとしているところだった。自分の姿に戻るまではその姿に相応しい言葉遣いをしようと提案したので、春彦をはじめとする全員が各自の姿に合わせるように頭の中で切り替えたのだ。 「それじゃあ、今夜はこれから簡単にここで飲み会をして本格的な女子会は明日にしましょう。飲み会のための買い出しに今からみんなで行って来ない?」 「わざわざみんなで行く必要はないんじゃないの?エリナは未成年なんだし夜遅くに制服姿でうろうろできないでしょ。私とエリナはここに残るから、三人で行って来たらどう?」 そう言ったのはエリナの父親でもある三田先生、いいえ今の姿で言うならばサヤカの提案だった。 「それもそうよね。じゃあ、私たち三人でちょっと行ってきます。二人にはお留守番を頼んだわね」 水田、いや京香先生がそう言うとこのマンションの近くにある二十四時間営業のスーパーマーケットに集団で向かったのだ。 九.買い出し先で ここは、三田家から歩いて五分ほどの距離にある二十四時間のスーパーマーケット。私たち三人は飲み会の買い出しにやって来た。日付が変わるまであと一時間を切っているのにもかかわらず、店内には思った以上にお客さんが入っていた。仕事帰りの会社員の姿も多く見受けられ、金曜日の夜ということもあり急いで家に帰って休みたいというオーラが見えていた。 そんなスーパーの中で京香先生たち三人は買い出しをするため、お酒コーナーに向かっていた。そこには実にさまざまなお酒が置いてあり、ビールを始めとして、発泡酒、ワイン、カクテル、酎ハイ、ウィスキーに日本酒や焼酎、ノンアルコール飲料に至るまで一気に買い占められてしまうほどだった。 スーパーのカゴをエリカが持ち、それぞれ思い思いの飲み物を入れていくと、カゴの中にはカクテルや酎ハイ、ノンアルコール飲料といったものがどんどん入れられていた。家で待っている二人の分に加えて飲料水やおつまみに至るまでカゴの中はすぐにいっぱいになった。 いつもだったらビールや発泡酒でいっぱいになるものの、やはり身体が違うからこそ求めているものは違っていた。そして、レジの方に向かう前に、女性向け下着のコーナーに立ち寄ると、京香先生とエリカは自分好みのショーツとキャミソールをカゴに入れていた。 レジに行くと一台のレジだけで回しているようで、若くて背の高いお兄さんといった感じのレジに並ぶしかなかった。今回の代金は京香先生が払ってくれることになって、時間がかかりそうなこともあって京香先生だけを残し、由希奈とエリカは先にレジを抜けてスーパーの出入口で待つことにした。その時、エリカは由希奈に店内で商品を見ながらぐるぐるしている大学生ぐらいの若い女性を注目するように言ってきたのです。 「ねぇ、由希奈。あの子がさっきポケットに何か入れたように見えたんだけど、レジを通らないでこっちに来るようだったら、ちょっと問い詰めてみない?」 「えっ!?問い詰める?そんなの店員さんがやることでしょ」 「まぁ、本当はそうなんだけど、あの子って私の教え子なのよね。責任を感じちゃうから、もしそうだった私がまずは話をしてみたいの」 エリカが教師になったのは、京香先生との出会いが大きいと感じてはいたけれども、京香先生と同様に責任感の強い教師になったようだった。レジでは店員さんが京香先生の持っているカゴの精算が始まりました。するとさっきの女性はレジに並ぶこともなくスーパーの出入口を抜けてしまったのだ。 「ねぇ、ちょっと、あなた」 さっきの女性にエリカが声をかけた。 「あっ、エリカ先生。。。」 黒い半袖Tシャツの上にベージュの長袖カーディガンを羽織り、シースルーな生地が重ねられたグレーのヒダスカートに白のスニーカー姿の女性は、声をかけたのがエリカ先生だということに気づいたようだ。 「こんばんは!こうやって会うのは、あなたが高校を卒業して以来よね」 「あっ、お久しぶりです。お元気ですか?」 そう言いながら彼女の額には冷や汗が流れているのをエリカは見逃さなかった。 「見ての通りこんな時間でも元気にしているわよ。長話もできないから、単刀直入に言うんだけど、カーディガンのポケットに何か隠していなかったかな?」 「あっ、やっぱり、見られていたんですね、バレずにうまくいったと思ったのに、まさか先生に見られるなんて。。。」 すると彼女はポケットの中から、リップスティックとリップグロスを取り出した。 「とりあえず、私はこのお店の人間じゃないから、ちゃんとレジで支払いを済ませてから、ここに戻って来てね。お金が無いわけじゃないんでしょ」 「エリカ先生ってさすがですね。そんなことまで見抜かれてしまったなんて、わかりました。ちゃんと払って来るようにします」 そう言うと彼女は京香先生が支払いを済ませたレジですぐに精算を済ませた。京香先生がスーパーのカゴから袋に商品を入れ終わるよりも少し早く彼女はレジを通過したため、スーパーから出て交差点の向かいにいる私たちの元に彼女が先にやって来た。 「エリカ先生、ありがとうございます」 「このまま見逃すわけにもいかないし、かと言ってスーパーに突き出すようなこともしたくなかったので、今回だけは見なかったことにしてあげるわ」 軽く会釈をしながら感謝の意を述べる彼女にエリカはクールに対応していた。 「エリカ先生って、高校時代の担任だったんですけど、本当は怒ってしまいそうな場面で、いつも冷静に対処してくれたんです。私が親に怒られないように話をしてくれたり、心理カウンセラーのよう私の心の内が読めちゃうみたいで、やっぱり今もその能力は健在なんですね」 「まぁ、私があなたを担任した頃に比べれば落ちちゃってると思うけど、ストレス発散のためにやったんだなって、すぐにわかっちゃったわ」 「本当にゴメンナサイ。大人になっても高校時代の悪い癖が抜けてなくって、時々こうなっちゃうんです」 「わかったわ。再発防止のためにもあなたの連絡先、教えてくれないかな?」 そうすると彼女はエリカに自分の電話番号を教え、言われるがままにエリカはその番号をスマホに登録した。 「じゃあ、これで登録完了ね。今度は私の方からかけてみるからね」 そう言うとエリカは連絡帳の中から野中美咲(のなかみさき)という文字をタップしていた。するとすぐに美咲のスマホに着信が入っていた。 「それが私の番号だから、何かあったら連絡ちょうだいね。それと、こんなことからはしっかり足を洗うことよ」 「あれ?この子は誰なの?エリカさんの知り合い?」 交差点の向こうから渡って来た京香先生がやって来て、手に持っているビニール袋を私に渡しながら話に加わって来た。 「はい、私の教え子の野中美咲さんです」 「こんばんは」 「あら、こんばんは。エリカさんの教え子ってことは私にとってはまるで孫みたいなものよね」 二人の笑い声が暗くなった空に響いた。 「もしかして、家はこの辺かな?これから私の家で軽く飲み会をするんだけど、時間が良かったら一緒にこない?」 京香先生の口からは思ってもいない言葉が出た。 「えっ、いいんですか?」 「こんなに遅い時間だから、無理しなくてもいいよ」 「私、一人暮らしなので時間だったら大丈夫です。ところで、みなさんどう言う関係なんですか?」 「フフフ、確かに気になるわよね。彼女たちは私の教え子!これからちょっとした同窓会をやるってことになったから、私の家に招待することにしたの」 こうして、美咲も一緒に京香先生の家に向かうことになり、寝る前の飲み会が始まったのだ。 十.買い出し帰り ここはマンションの内廊下、京香先生は財布の中から鍵を取り出し玄関の扉をゆっくりと開けていた。玄関からはまっすぐな廊下につながり、そのままリビングへと続く構造です。玄関に入って見ると廊下に甘い匂いが広がっていた。玄関に靴をきれいに置きリビングへとたどり着くと、ダイニングテーブルの中央にアロマキャンドルが並べられていた。 「こんな遅い時間なのに買い出しご苦労さま」 本来の姿はこの家の主であるサヤカが四人を出迎えると労いの言葉をかけてくれた。エリナは寝間着姿に着替えており、スマホの画面とにらめっこを続けていましたが、見知らぬ人を見かけた途端に声をあげた。 「あれっ、お母さん。こんな時間にお客さんなの?」 「エリナ。この人はエリカ先生の元教え子の野中美咲さん。私からすると孫弟子に当たるわね。フフッ」 「私からも紹介するわね。京香先生の娘で今は私の教え子でもある三田エリナさんに、あちらは立花サヤカさんと言って高校時代の同級生の婚約者よ。さっき、買い出しに行った三人で女子会をやろうとしたんだけど、こんなに増えちゃった」 「あっ、そうだったんですね。野中美咲さんって、どこかで聞いたことがあるような名前ですね。よろしくお願いします」 「野中美咲です。こちらこそよろしくお願いします」 「エリナです。美咲さんって呼んでもいいですか?」 「いいわよ。エリナちゃんって何歳なの?」 「十六です」 「じゃあ、私とちょうど十違いなのね」 美咲にそう言われるとエリナは何かを思い出したように美咲に話しかけていた。 「あっ、ちょっと美咲さん、エリナの部屋に来てくれないかな。ちょっと見せたいものがあるんです」 「そうなの?何かしら」 エリナに気を許したのか美咲はエリナと一緒に部屋に行ってしまった。リビングに残された四人は、買ってきたものをリビングの上に並べ始めた。買ってきたものがそんなにたくさんあるわけでも無いものの、テーブルの面積はぐっと狭まってしまった。 「エリナったら何を思いついたのかな?」 「まぁ、あの子に何か考えがあるんでしょ。だってあの子は元々……」 私が話し始めようとするとエリナの部屋から悲鳴のような声が聞こえた。急いでエリナの部屋に向かい素早く扉を開けてみると、そこにいたのはエリナだけだった。 「あれっ?美咲さんはどこに行ったの?」 部屋の中を見回しても彼女の姿は見当たらなかった。一体何が起こったのか理解するためにはエリナを問い詰めるしかないのだ。その時、サヤカがゆっくりとエリナの部屋に入って来た。 「野中美咲。あっ、わかったわ!私の中学時代の同級生よね」 「その身体が記憶していますよね。それなら、ただの同級生じゃないことに気づいたでしょ」 「そう、中学時代は私の両親が離婚する前で西田サヤカだったんだ。野中美咲は悪女グループのリーダー的存在で、私のことをイジメ続けていた。結局、これがきっかけで両親が離婚して、私も転校するしか無かった。立花サヤカとなってからは幸いなことにイジメられることも無かったけど、そんな彼女が目の前に現れたから居ても立っても居られず、復讐しようと考えていた」 サヤカにとっては暗い過去が実は今を生きる原動力となっていた。自分が不幸な生き方をするきっかけとなった人物に再会した時には、無念をはらさずにはいられないのだ。 「そうよ。野中美咲に再会したら、彼女に仕返しをしようとずっと計画していたわ。今はエリナちゃんの身体だから、これがチャンスだと思って、ちょっとだけ懲らしめてやることにしたの。私が受けたことからすればずっと軽い仕打ちだけどね」 そう言うとエリナは立ち上がり、自分の部屋の奥にある扉を開けた。するとその中に人影を見ることがでた。 「美咲さん?」 その人影の正体を見ようとするのだが、何やら様子がおかしかった。暗がりの中にいるのであまりよく見ることはできなかった。 「彼女にはこの薬を飲ませたの」 エリナは何やら薄いイエローの錠剤を見せてくれた。それを見たエリカ先生とサヤカはそれが何なのか気づいたようだった。 「まさか!それを飲ませちゃったの?」 二人はどうやらそれが何なのか知っているみたいだった。当然と言えば当然のことだが、めそめそと泣いていた人影が暗がりの中からゆっくりと姿を現わしていた。そして、その姿を見るや目を疑がってしまうのだった。。 「やっぱりこの姿に変えちゃったんだね。こうなるとしばらく元に戻ることないんだよねぇ、どうしようか」 現れた本人が一番当惑しているものの、この中では誰も気にかけることはないでいた。 「私がどうしてこんな姿に変えられなくちゃならないのよ!」 エリナの部屋に響いた声のトーンはまるでバリトンのような低い声だった。首元には喉仏が少しだけ出ており、身長は百五十センチぐらいのやせ型、少し長めの髪はぼさぼさでまとまりがなく、ところどころにニキビのある童顔な顔はどうみても男の子、胸はぺしゃんこで身体には体毛がいっぱいだった。もちろん股下には男子の象徴がぶらさがっていたのだ。衣服は身に付けておらず裸だった。 「エリナ、あなたったら早まってしまったのね。こんなことをしても何の懲らしめにもならないのよ」 ここで話し始めたのはサヤカだった。サヤカは高校生ぐらいの男の子に駆け寄り肩にゆっくりと手を置き話しを続けたのだ。 「びっくりさせてしまって、ごめんなさいね。こうなってしまったから話すんだけど、私はあなたとかつて同級生だった西田サヤカよ。両親が離婚して今は立花を名乗っているから、さっきの自己紹介では気づかなかったでしょ。でもね、私はあなたを見た瞬間に野中さんだって気づいたのよ。エリカ先生がこんな人を連れてくるって送ってくれたときに、エリナと一緒にあななの写真を見たんだけど、あなたと再会したら使おうと思っていたこの薬をエリナが使っちゃったのよね。私は使う気がなかったのにエリナはどういうわけか使っちゃったってわけ、だから、ごめんなさいね」 「使っちゃった?どうしたらそんなことを平気で言えるのよ?」 男の子の口調はまるでオカマのようでしたが、本来の姿は野中美咲という二十代の女性だった。怒るのも無理はなかったのだ。 「私のカバンにはいつもこの薬を入れておいたのよ。中学の頃にあなたから散々イジメられていたでしょ。覚えているわよね。女子生徒の中でもあなたを中心とするグループが私のことをよくイジメていた。本当に悔しかったけど、あの事がきっかけで私の両親は別れて、私は母に連れられて転校したわ。あなたがよく言ってた『イジメられる方が悪いんだよ』という言葉を忘れることが無かった。だから、高校に入ってから懸命に勉強して薬大に入ったのよ。あなたを痛めつけるための薬を私が作りたかったの。結局はその頃に私のフィアンセと出会ったんだけど、彼が製薬会社の御曹子で共同開発したのがこの薬だったの。いつかあなたに会ったら飲ませてやろうと思っていたのは確かよ」 サヤカの話を聞きながら男の子となった美咲は、エリナの部屋にある姿見に全身を映していた。 「この姿って、キモスギじゃん!何てことなの!こうやって見るとマジでキモ過ぎる!」 「そうよ。この薬は飲んだ人の姿をキモスギこと上杉良太(うえすぎりょうた)くんの身体に変えてしまう薬なのよ。効果は約二十四時間で、身体が変化するだけでキモスギの記憶を使ったりはできないからね。この薬を飲ませるのに今はタイミングが悪かったのよ。エリナが早まっちゃって本当にゴメンナサイ」 サヤカの目は真剣な眼差しそのものだった。その目に見つめられるとキモスギとなった美咲の中にあった恥ずかしさと怒りがいつの間にか収まっていたのだ。 「サヤカさん、ゴメンナサイ。あの頃の私はあなたをイジメることが生き甲斐だと思っていたんだけど、私の悪さは未だに抜けていなかったの。さっきもちょっと悪いことに手を出そうとして、エリカ先生に助けられたって言うのに、やっぱり私って根っからの悪なのかなって反省し始めたんだけど、こうなったのも私に責任があるんじゃないかって思うわ。キモスギの声でこんなことを言うのも恥しいけど、私がやってきた仕打ちについて全て謝ります。本当に申し訳ございませんでした」 キモスギは全裸姿のままサヤカに対してその場で土下座をしていた。その姿を見ていたエリナはキモスギに言った。 「美咲さん、心から反省しているのがよくわかりました。これからはサヤカさんをイジメるようなことはもちろん、軽犯罪からも足を洗ってくれますよね」 深く土下座をしながら、キモスギの身体で美咲はその言葉に反応して深く頷いていた。 「それだったら、すぐに戻る方法を教えますよ。いや、それともせっかくだから私たちのナカマになるのはいかがですか?」 こうして、エリナの部屋でサヤカが美咲に意味ありげな言葉を言い出すと、これから本格的に飲み会が始まるのだった。 十一.飲み会 三田家のダイニングには、ひとりひとりがそれぞれの思いでテーブルを囲んでいた。両側に三人ずつ座っているのだが、京香先生、エリカ、由希奈が左から順に座わっており、反対側には由希奈の向かいには姿は違うものの美咲、そして、エリナ、サヤカが席に着いていた。 美咲の姿は未だにキモスギのままだった。三田先生の下着を借りて身に着けていたのだ。油っぽい吹き出物が皮膚から出てくる上に、目の前にいるのはお姉さん方ばかりなので、思春期の男の子となった身体が何もしなくても反応していた。特に隣に座わっているエリナが同年代ということもあり、手を触れただけでも恥しくなってしまうのだ。 「すぐに戻る方法を早く教えてくれませんか?」 部屋の中にキモスギの太い声が響いた。 「すぐに戻りたいのかしら?それとも私たちのナカマになることもできるのよ!」 「サヤカの言うナカマってどういう意味なんですか?」 「実はね。ここにいる私たちって、それぞれ別人なんだよねって言ったら信じられるかしら?」 「それぞれが別人!?まさか、私が飲んだような薬をみんな使っているってこと?」 「ピンポーン!正確よ、さすがに自ら体験したから物分かりがいいわね」 「ということは、ここにいる全員が自らの姿では無いってことなんですか?」 「いちいち正体を教えはしないけど、そういうことよ」 「じゃあ、すでに私もナカマなんじゃないんですか?こうして他人の身体に変身しちゃってるもの」 「ん~、そうよね。でもね、それぞれ自分の望んでいる姿になったのよ。あなたにもその気があるなら、思いのままにしてあげられるわよ」 「そんなこともできちゃうんですね。それなら一刻も早くこの姿から解放されたいです」 「じゃあ、ナカマになるってことでいいわね」 「はい。また、変身する薬を飲めばいいんですか?」 「あっ、それはね。この中から選べるのよ。全て私のフィアンセが作ったものなんだけど、私も助手としてかなり協力しているの」 「選ぶってどんなものがあるんでしょうか?」 「入れ替わり薬、憑依薬、変身薬、そして、皮物薬を準備してるんだけど、今日はみんなで女子だけの飲み会をしようと思っていたからね。女性になって欲しいのよね」 「そりゃ、私は当然女に戻りたいです!でもって、ここにはステキなお姉様方もいれば、女子高生までいるんですよね。エリナさんと同じくらいの女子高生に戻ってみたいです」 「じゃあ具体的には誰になってみたいと言うのはあるかな?ある程度は実現できると思うわ」 「じゃあ、こんなことってできますか?高校生のキモスギくんがとっても可愛らしい女子高生に変身するのはどうかな?」 「そんな簡単なことでいいの?じゃあね」 サヤカはそう言うとバッグの中を手探りしプラスチック製の小さな瓶を取り出した。ふたを開けると錠剤を二粒だけ手に取った。 「その姿でこれを飲んだら良いわよ。この二粒を一緒に飲むことであなたの言った通りになるわ。変身する時に体温が急上昇することを考えると、下着も全部脱いだ方がいいわよ」 「みなさんの前で全部脱ぐんですか?」 「みんな大丈夫よね。キモスギくんの全裸姿を見るのは一瞬だし、ここにいるみんなには慣れていることだから気にすることはないわよ」 サヤカが(と言っても中身は三田先生だが……)そう言うとキモスギくんの姿をした美咲はすっかり安心した。手の上にある錠剤をじっと見つめながら、飲もうか飲むまいかの迷いはなくなった。身に着けていた下着も全て脱いでしまうと、口の中に二粒入れ水と一緒に飲み込んだ。 「すっかり飲んじゃいました。薬の効果はすぐに出ますか?」 「もちろんよ。まずは、あなたの身体がどろどろに溶けていくわよ」 サヤカがそう言うと、キモスギの身体は溶け出してまるでスライムのようになってしまった。床の上にはRPGゲームでよく見るようなぷるぷるの塊が動いていた。 「みんな!これ見てみてよ。この塊が今度はどんな風に変形していくのかよく観察してちょうだい」 五人の目に見られている物体は縦に伸びていき、まるでわら人形のような人の形が現われたのです。顔、胴体、右腕、右脚、左腕、左脚がバランスよくできあがると、表面が固まって人間の皮膚らしくなった。 「そろそろ終盤戦よ。エリナに近いプロポーションになるから、あなたの下着と寝巻きを貸してくれるかな?」 エリナ(とは言っても本当はサヤカ)はサヤカに言われる少し前から準備をしていた。彼女が持っている中でも上等の黒い下着と腰元のフリルが可愛らしいパープルピンクのパジャマが用意されていた。 「まずは下半身から完了したわよ」 きっと締まったウエストからすらりと伸びた脚、足の大きさはエリナとほぼ同じ大きさのようだった。両腕も人間の質感に戻って細く長い指を持った手が形造られていった。そして、胸元が大きくなり少くだけ隆起したバストが幼さを醸し出していた。 「残るは頭だけなったわ」 全身の変身が終わろうとしていた。残る頭からは黒くてさらさらの健康的な髪が背中まで伸びていった。そして、つるつるしていた顔にも目、鼻、口、耳ができあがり大きさと形が自然と形成されていったのだ。眉毛や睫毛も整えられ、薬による変身は終わったようだった。 「あとは彼女が目覚めるのを待つだけよ。喜こんでくれるかしら?」 エリナの部屋の中央には見知らぬ美少女が眠っていた。私たちは彼女が目覚めるのを、息を飲みながら待っていたので、部屋の中はとても静まり返っていたのだ。 十二.目覚めの散歩 リビングのブラインドを一気に上に上げると太陽の光が差し込んで来た。昨日の雨とは打って変わり気持ちのいい青空が広がっていたのだ。少しだけ遠くに目をやると海がキラキラと輝いて見えていた。 ベッドがあるのは夫婦の寝室とエリナの部屋だけなので、由希奈はリビングの隣にある客間に布団を広げて一夜を明かした。あれから夜遅くまで飲んでいたのだが、この身体はアルコールの分解能力が高いらしく、頭がクラクラすることもなく気持ちよく目覚められた。 一緒に寝ていたエリカはまだ布団の中をゴロゴロしているが、みんなの様子が気になるので一人で部屋を回ってみることにした。まずは夫婦の寝室に入ってみた。ここではもちろん京香先生が「自分」のベッドに寝ていて、その隣にはサヤカが「自分」のベッドで寝ていた。別の部屋に移動しようとすると、京香先生がむくりと起き上がり由希奈に向かって「由希奈さん、おはよう」と挨拶してきたので「おはようございます。先生」と返していました。何よりも黒のネグリジェに身を包んでいる姿はとてもセクシーでした。 次に向かったのはエリナの部屋だ。ここにはもちろんエリナが「自分」のベッドに寝ており、その隣にはエリナとほぼ同じ背格好ながら、エリナよりも長い髪を持ち、目鼻がパッチリしている少女が一緒に寝ていた。昨日の夜に美咲がキモスギくんから変身した新しい姿は、KPOPアイドルグループのメンバーに瓜二つでした。そこで、この姿に相応しくミサという名前で呼ぶことにしたのだ。 エリナとミサはそれぞれ姿は違えども同級生だった二人だ。お互いに和解したのでこうして一緒に寝ることもできただろう。カーテンの隙間から入る日差しにもかかわらず、全く起きる気配はなかった。ゆっくりと扉を閉めてリビングに戻った。すると冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに入れる京香先生の姿があった。 「目覚めの牛乳って、何だか京香先生らしいですね」 「そうよね。なぜか、この身体が求めてるのよ。普段だったら飲むことだって無いのに、私の身体だと美味しく感じるわ」 「いつもならこんな早い時間に起きるはずが無いですよね。それに先生のネグリジェ姿ってとっても素敵ですよ」 「フフフ、ありがと。一緒に寝ているサヤカさんって本当はこの家の主人じゃない、私の姿を見て情欲を沸かしていたようなんだけど、自分の身体じゃないから襲って来なかったけど、襲われてもいいって変な気分なのよねぇ」 そんな風にやりとりをしていると客間の扉が開いて、エリカがリビングに入って来た。 「あっ、もう二人とも起きてたの?おはようございます」 「エリカ、おはよう。よく眠れた?」 「うん、よく眠れたよ」 「エリカさん、おはよう。エリナのピンクのワンピースパジャマがよく似合ってるわよ。まるで高校生みたいに見えるわ」 「先生ったら、冗談言い過ぎ!エリナのパジャマを借りたんだけど、着丈がちょっと短いだけで、問題無く眠れたわ」 「由希奈さんは、私のパジャマがピッタリよね。せっかく三人で早起きしたんだから、さっそく着替えて海岸線沿いを散歩して来ない?今日はみんなで湘南までドライブするって決めたけど、散歩の帰りに朝ご飯の準備もするってことで、寝ている三人にはここにメモ書きでも残しておけばいいでしょ」 京香先生の提案を受け入れた由希奈とエリカは、すぐに着替えを済ませた。由希奈とエリカは昨日と同じ格好、ベージュ系のシフォンブラウスとライトブルーのフレアスカート、白ベースの花柄ノースリーブワンピースという出で立ちですが、下着は昨夜買ったものを身につけていた。 着替えてきた京香先生はいつもの紺のツーピース姿ではなく、バイオレットのマキシワンピースに身を包んでいた。普段の先生とは違っていつもよりも優しさを感じられるデザインに惚れ惚れしてしまうのだ。三人とも軽く顔を洗っただけで、すっぴんのまま散歩にでかけることにした。 「私が書き置きを残しておいたから、さっそく出かけましょうね」 ダイニングテーブルの上には京香先生の字体で書かれたメモが残され、私たちは家の外へと出て行った。マンションの玄関を出ると爽やかな風が吹いて来た。ゆっくりと歩きながらまずは海の方へと向かって行った。二人の顔を見るだけでも気持ちのいい朝がやって来たのがわかった。 「先生、ここから海までどのくらいあるんですか?」 マンションから歩き始めると私は京香先生に尋ねた。 「そうね。距離は四百メートルぐらいなので五分もあれば到着するわ」 「そうなんですね。この厚底サンダルって歩きにくいです」 「私も今はハイヒールなので慎重に歩かないとすぐに倒れてしまいそう」 「あっ、そうだったわね。私だけ運動靴だから気にしてなかったんだけど、その靴で散歩するのはちょっと酷だったかも、ゆっくりと歩きましょう」 そうやって三人は一人ひとりのペースで海岸線まで向かうことにした。先を行く京香先生とそれを追う由希奈とエリカ、昔懐かしいそれぞれの身体を外で動かすことに喜びと楽しさを感じながら、マンションから近くにある海へと向かっていた。 十三.海岸線 目の前に水平線が続いているのが見えると足元には砂浜に差しかかっていた。運動靴の京香先生はそのまま波打ちぎわへと向かったものの、由希奈とエリカは厚底サンダルとハイヒールを脱いで手に持ち、京香先生の後を追いかけた。波がザブーンと砂浜に打ち上げたかと思うと水が引いていくのを繰り返す海岩線まで足を運び、由希奈は海水の冷たさを直に感じていた。厚底サンダルとエリカのハイヒールは京香先生の隣に並べて置いておいた。 「朝から海水に足を入れるなんて、思ってもいませんでした。京香先生の家ってこんなに海が近かったなんて」 「そうよね。ここだと海が散歩道なのよ。三田先生と結婚してから今の家に引っ越したんだけど私たちお互いが海好きなこともあって、ここに決めたのよね。やっぱり海の香りっていいわよね」 「京香先生が一人暮らししていたマンションもすぐそばですよね。前のマンションと間取りが似た感ですし、先生のコスプレ衣装だってそっくりそのまま納められていますよね」 エリカも海水に足を濡らしながら京香先生と話をしていた。海風が強く吹くのでよく耳をすまさなければ声もよく聞こえなかった。 「今日はみんなで江の島までドライブすることにしたでしょ。そろそろ家に戻って準備しないとね」 「ドライブするのはいいんですけど、車はどうします?三田先生の車って何人乗れましたか?」 「私の車は五人乗りだから全員乗るのは難しいけど、主人の車なら八人乗りなので六人が一台で乗って行けるわよ」 「あっ、だから昨日寝る前にサヤ力さんが一台で行けるって言ってたんですね。その車って保険はどうなっているんですか?」 「確か、夫婦どちらも運転できることになっているはずなんだけど、実は私が運転したことないのよね。少し大きな車だから私が運転するのはちょっと気が引けるし、どうしたらいいかな?」 都心に住んでいる水田にとってはお金があっても日常で運転する機会もなく、京香先生の身体でも三田先生の車を運転したことがないので京香先生として運転するのも無理なようだった。 「今日だけ保険を追加するにしても、記録に残したら三田先生が後で困るわよね」 「それなら、エリカの車は使えるかな?」 「私は未だに実家暮らしだからね。両親の車しかないし、自由に使えないわよ」 「私も大きな車を持っていて、いつも運転しているけど、家は関西だから取りに行けないしね」 「それなら、こうするのはどうかな?サヤカも車は持ってないけど免許はあるので、サヤカが車を借りてサヤカが運転するなら大丈夫だよね。普段から運転している三田先生がサヤカの身体で運転するなら問題ないわよね」 「サヤカが運転するって姿は想像できないんだけど、みんなの状況を考えるとそれが一番のようね。じゃあ、さっそく私の家に戻って準備しちゃいましょう!」 そう言って運動靴で駆け出す京香先生の姿を、残された二人は追いかけることはできず、濡れた足を急いでハンカチで拭いてからゆっくりと三田先生の家に向かった。 「おはようございます」 ようやく私たちが三田先生の家に到着すると、さっきまで寝ていたエリナが出迎えてくれた。パジャマ姿のままなので、京香先生にたたき起こされたに違いない。海に濡れた足を気にしながら廊下を歩き、さっそく浴室に入って足をきれいに洗った。 「シャワー浴びていいかな?」 すっきりしたところで浴室にやって来たのはサヤカだった。本来は自分の家なので勝手の知れた場所、三田先生が使っている歯ブラシに手を伸ばして歯磨きをしていた。歯磨きが進んでいたので誰もその歯ブラシを使ってはダメと言うこともできなかった。由希奈とエリカは浴室から出て身支度を始めることにすると、歯磨きを終えたサヤカはさっそく裸で浴室に入っていった。本来の自分の無意識と身体の意識が交錯しているためか、裸を見られても全く平気だった。 エリナの部屋に入ってみるとベッドにはミサがまだ寝ていた。美少女と言うにふさわしい彼女の穏やかな寝姿を見ているだけでも、朝からなんだか得した気分に由希奈はなったようだ。しかし、早く準備を済ませて出発しなければならないので、彼女を優しく起こすことにした。 「ミサ!朝ですよ。起きて出発の準備をしないとね」 ミサはすっかり疲れてしまったのか、起きる素振りも見せなかった。そこで肩に手を当てて揺り動かすのだが、それでも目を開けることすらしなかった。まだ夢の中にいるミサを起こすにはどうしたらいいのかと少し考えると、キモスギくんの姿になってしまった彼女の姿が思い浮かんで来たのだ。 「あっ!キモスギくんに戻ってる!」 由希奈はエリナの部屋に響くように大きな声で叫んでみた。すると、身支度を進めているみんながエリナの部屋へとやって来た。ミサは部屋の入口に他の四人が集まる気配を感じたのか、ハッとして布団の中からムクリと起き上がったのだ。起き上がるとすぐに両手を高く挙げて背伸びをしていた。 「아~, 언니들이 안녕!(ア〜, オンニドゥリ アンニョン)지금 몇시에요?(チグム ミョッシエヨ)」 すっかりKPOPアイドルのミサになりきっているようで、目覚めの一言として韓国語が飛び出していた。 「アンニョンハセヨ、ミサ。今なんて言ったの?」 「아~, 미안 미안(ア〜, ミアン
ミアン)。ゴメンなさい。さっきは、お姉さんたちおはよう!今何時?って言ったんだけどわかるわけないよね」 |