標的はわたしの彼氏B

 作:無名




「−−好きなんだ…香澄のこと」

「−−−え?」

きょとんとする香澄。

「−−−こ、今晩はすき焼きなんだ」

訳の分からない言い訳をした幸樹。

しかしー
香澄は微笑んでくれたー

「−−ありがとう…
 わたしこそ、よろしくね…」


その日ー
幸樹は、決めた。
どんなことがあっても香澄を守ると。

幼馴染でもあり、彼女でもある
この大切な女性の、笑顔をいつまでも守ってみせると。


絶対にー。

もう、大事な人の手を
”二度と”離したくはないからー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

・湯川 幸樹(ゆがわ こうき)
高校生。警察官の息子。香澄の彼氏で心優しい性格

・北村 香澄(きたむら かすみ)
高校生。幸樹の幼馴染で彼女。犯罪組織に捕まってしまい、
香澄に変身した偽物とすり替わってしまう。

・俊介(しゅんすけ)
犯罪組織「夢の道しるべ」の構成員。首領である国枝を親と慕う。
現在、変身薬の力で香澄に変身している。

・国枝 泰明(くにえだ やすあき)
犯罪組織「夢の道しるべ」の首領。変身薬を開発し、暗躍する。

・湯川 道雄(ゆがわ みちお)
幸樹の父親。警察官。秘密捜査チームを率いている。

・北村 正春(きたむら まさはる)
香澄の弟。姉のことを慕っている。

・山澤(やまざわ)
犯罪組織「夢の道しるべ」のヒットマン。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「−−−」

香澄の部屋―。

弟の正春が、香澄に向かって、
”この前、姉さんが、変身薬どうこう言っているのを聞いた”と
叫んだー。

沈黙に包まれる部屋。

香澄の部屋の可愛らしい時計の針の音だけが
響き渡っているー

「−−−−−…」
香澄はにっこりとほほ笑む。

「−−−ふふふ、
 深刻な表情をしてるから、何かと思ったら…」

香澄に変身している俊介は、
必死に頭をフル回転させるー。

今はまだ、正体が発覚してしまうのはまずいー。

警察の秘密対策チームを率いる湯川 道雄を始末するために、
その息子、幸樹の彼女である香澄に変身して、
幸樹から情報を探り、最後に道雄と幸樹を抹殺する計画ー。

それが、パーになる

「−−−文化祭で演劇するから、その練習よ」

香澄は、優しく微笑んだ。

「−−−−−−」
正春は、疑いの表情を崩さなかった。

「−−−」
香澄も沈黙する。

正春が口を開く。

「演劇の練習をするのに…
 チャイナドレスを買ったり、バニーガールの服を買ったり…
 そこまでするもんなの?」

正春は言う。
どう考えてもこの前のは”演技”ではなかったー

正春は思うー
姉さんが、誰かに操られているか、
”変身”とか言ってたから、
目の前にいる香澄は偽物ではないかと。

「−−−−」
香澄は、正直面倒臭くなってきた。

思わず、舌打ちをしてしまう。

「−−ねぇ、姉さん。
 2年前の姉さんの誕生日に僕が
 プレゼントしたもの、覚えてる?」

香澄は、そう言われて考える。

”変身”した香澄から、記憶を
引き出すこともできるが
本来、自分の記憶ではない記憶を
思い出すのは容易ではなかった。

香澄に変身している俊介は慌てる。

記憶を探るー。

だがー

分からない

「あああああああああっ」
香澄はイライラした様子で綺麗な髪を
掻き毟った。

そしてー

「うるせぇんだよ、クソガキ」
香澄が低い声で言うと、正春の
胸倉を掴んで、壁に叩きつけた。

「ひっ!?」
壁に叩きつけられた正春が驚く。

「−−今は俺がお前の姉さんだ。
 なぁ?お姉ちゃんにしか
 見えないだろ?

 余計なこと言わず、お前は
 普通に生活してりゃいいんだよ!」

香澄に変身している俊介は短気だった。
正春への怒りを爆発させて、本性を曝け出す。

「−−−−ね、、姉さんを返せ!」
正春は叫ぶ。

姉の身に何が起こったのかは分からないー
目の前にいる姉の香澄は
ホンモノなのか、それとも偽物なのか。

「うるせぇ!」
香澄は、正春の頬をビンタしたー。

姉に叩かれるのは初めてだー。
正春は強いショックを受けて
泣き崩れてしまうー

目の前にいる香澄が、偽物だったにしても。

「−−うっ…うっ…」
泣きじゃくる正春を見つめる香澄。

「−−−−−−……」

香澄に変身している俊介は思うー。

”夢の道しるべ”のアジトを強襲した
秘密対策チームを率いる警察官・道雄は
憎き敵だー。

そして、その息子である幸樹から道雄についての
情報を探り、最後に2人とも殺す。


だがー

「−−−…この子は…」
香澄は弟を叩いた手を見つめながら呟く。

「−−−この子や、、弟は…」
香澄は複雑な表情を浮かべるー

”何も知らずに、日常生活を送っていた
 この子たちを、巻き込むー?”

香澄は、無意識のうちに、
泣きじゃくる正春の方に近づいて行った。

「−−−ごめんね」
正春の頭を撫でる香澄。

そうせずにはいられなかった。

香澄に変身したことで、
香澄の情が移っているのだろうかー。

それともー
香澄として生きているうちに、
俊介の中に何かが芽生えたのかー。

「−−−姉さん」
正春が香澄の方を見る。

香澄は目をつぶって、
そして、何かを考えると
もう一度目を開いて
正春の方を見た。

「−−必ず、お姉ちゃんは返すからー
 だから、、黙っててくれないかー?」

香澄の言葉に
正春は戸惑いの表情を浮かべるのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

それからもー
香澄として、幸樹に接近し、
父・道雄の情報を探っていたー

が、
実の父親と言えど、秘密対策チームを率いている父・道雄の
ことは息子の幸樹も知らなかったー。

秘密対策チームの本部のありかがわかれば、
と思ったが、それは難しそうだ。

と、なればー
あとは…。

香澄に変身している俊介は
学校の屋上で、お茶を飲みながら夕日を見つめていた

綺麗な黒髪をなびかせる香澄。

「−−−−…」

幸樹は言っていた。
”父”は時々家に帰ってくるとー。

幸樹の家は、香澄の記憶から割り出した。

と、なれば
家に帰ってきた幸樹の父を抹殺することは可能だー。


リーダーである国枝にそのことを伝えると
国枝はこう言った。

”次に父親が帰ってくる日を聞きだせ”

とー

そして、その日がわかったら幸樹の自宅を襲撃し、
憎き警察官・道雄を葬り去り、
ついでに息子である幸樹も葬り去るー

国枝はそう言ったのだった。

秘密対策チームの残りのメンバーについては
またどうにかする。
とにかく”頭”を討ち取るのだ、と。

「−−−−−」

けれどー
香澄に変身した俊介には迷いが生じていた。

「−−−あいつらを殺したあと…
 この子はどうなる…?」

北村 香澄ー

この子は、家族からも
友達からも彼氏からも愛されているー
香澄を演じてみて、とてもいい子だと思うー

そんな子がー
普通に暮らしてきたそんな子がー

「−−−」

恐らく、事が終われば
リーダーの国枝は香澄を散々おもちゃにしたあげく
喜んで殺すだろう。

自分を拾って育ててくれた、親とも言える存在の
国枝はそういう男だ。

息子、とまで呼ばれている俊介にはよく分かる。

国枝は、香澄を生かして返すつもりがないー


「−−−香澄」
背後から幸樹が現れた。

「−−−幸樹」
振り返る香澄。

夕暮れの屋上で、香澄は意を決して尋ねた。

「次に、お父さんが帰って来るのっていつ?」

その言葉に、幸樹は
少し考えたあとに微笑んだー

「次はー26日だったかなー」

と。

今は19日ー。
あと1週間ほど、ある。

「そ、ありがと」
香澄はにやりと笑みを浮かべた。

これで、任務は終わり。
国枝に報告して、あとは実行部隊である
ヒットマンの山澤が、幸樹たちを始末するだろう。

「−−−−−」

「どうしたの?」

幸樹が不思議そうに言う。

「−−う、、、ううん」
香澄は無理やり笑みを浮かべたー

”26日に幸樹の父親が家に帰ってくるー”

それを伝えれば、もう終わりだー
香澄に成りすます必要もなくなるー

「−−−…」
なんだかー

俊介は、不思議な気持ちになる。

親代わりの国枝の役に立つことができる。
それは、とても嬉しいことだ。

自分たちの組織
”夢の道しるべ”に壊滅的な打撃を与えた
警察の秘密対策チームを許しておくことはできない。
報復したい気持ちも当然あるー

しかしー

それでもー

「−−−−…ずっと、、ずっと一緒にいたいな…」
香澄は、小さな声でそう呟いたー。

「え?」
幸樹が不思議そうな顔をして振り返る。

「−−−ううん、なんでもない」
香澄は切ない表情でそう答えたー

幸樹の父親が帰ってくるのは26日ー
今は19日ー

まだ、報告しなくても、
最終的な計画に狂いは出ないー

香澄に変身している俊介は、
ギリギリまで報告を遅らせる決意をして、
幸樹の方に歩んでいくのだったー

・・・・・・・・・・・・・・

「−−ぐへへへへへへ!」

夢の道しるべのアジト。

リーダーの国枝が、
失禁している香澄を見ながら
笑っていた。

「−−−くふふふ〜
 女子高生の、そういう姿、見るのも
 なかなか快感だなぁ」

アジトでは国枝がご機嫌そうに
拘束された香澄を見て笑っているー

ずっと拘束されたままの香澄は
すっかり汚れていたー。

食事も最低限しか与えられていないー

「−−−そんな目で俺を見るな」
国枝は笑いながら言う。

香澄は、強い子だったー。
拘束されてー
悲惨な仕打ちをうけてもなおー

まだ、国枝のことを睨んでいた。

「−−くくく…そういう目、キライじゃない」
国枝はそう言いながらニヤリと笑みを浮かべる。

「その表情が”恐怖”に歪む瞬間が楽しみだ」

国枝は笑うー

香澄に変身している俊介が、
幸樹の父親が帰宅する日を幸樹から聞きだしたらもう終わりだ。

俊介を呼び戻しー
この女は、始末する。

生かして帰すつもりなど、
最初から、ないー

「−−−−それにしても」
国枝は鋭い目つきで、虚空を見つめたー

「−−−−−」

俊介のやつー
変身薬を使って香澄に成りきって、
楽しんでいないかー?

国枝はそんな疑念を抱いていたー

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「〜〜きゃああああああ!」
香澄が目に涙を浮かべている。

「−−あははははは!」
笑う幸樹。

「−−はぁ〜〜〜…」

ジェットコースター。
一周したころには、香澄は放心状態だった。

「あはははは!香澄、そういえば苦手だったよな、こういうの」
幸樹が手を差し伸べる。

香澄は目に涙を浮かべたまま
幸樹の手を掴んだ。

香澄に変身している俊介は
”絶叫マシン”が苦手だったー

小さい頃から遊園地になど、
一度も来たことが無かったから
今日が初経験だがー
どうやら自分は絶叫マシンが苦手なようだ。


遊園地―

こんなに楽しい空間だなんてー

香澄に変身している俊介は、
知らぬうちに心の底から
香澄として笑っていたー

「−−−ねぇねぇ、次はあれに乗ろうよ〜!」
香澄は嬉しそうに幸樹の手を引っ張る。

「ははは、なんだか今日の香澄は
 凄い楽しそうだな〜」

幸樹が笑いながら
香澄と一緒に次の乗り物へと向かうー

メリーゴーランドー

コーヒーカップー

お化け屋敷ー

スターシップ。

色々な乗り物に乗って行くー。


そしてー
幸樹と香澄は観覧車へと乗り込んだ。

辺りは暗くなり始めてー
夜景がきれいに見えるー。

「−−−−今日は楽しんでもらえた?」
幸樹が言う。

「−−うん。すっごく楽しかった」
香澄は心からの言葉を幸樹に伝えたー

闇の世界で生きてきた俊介に
とって、こんなに楽しいことは
今まで一度もなかったー

そしてー
自分たちの組織”夢の道しるべ”のために
幸樹の父親を探るはずだった俊介は
いつの間にか、香澄として幸樹のことが
本当に好きになり始めていたー。

幸樹は、本当に優しくて、いい人だー。

そんな幸樹を裏切るー。

俊介は、迷っていたー


「−−−来年も、また来ようか!」
幸樹が笑う。

「え…」
香澄は幸樹の方を見つめる。

「−−−来年…」
香澄は、悲しそうな表情を浮かべるー


自分は、香澄じゃないー
もうすぐ自分は幸樹を”殺す”側に戻るー

そしてー
ホンモノの香澄は国枝によって、処分される…。

「−−−−」
香澄は知らぬうちに目から涙をこぼしていた

「−−来年は、、もう無いの…」
香澄は、ボタボタと目から涙をこぼすー

来年はーーー

もう、ない。

幸樹にもー
香澄にもー
自分にもー

泣きじゃくる香澄。

そんな香澄を見て、幸樹は香澄を抱きしめて
キスをしたー

「−−−−だいじょうぶ。
 来年も、あるさ」

幸樹はそう言って笑う。

「来年もまた来ようー。
 ほら、約束」

幸樹が笑いながら手を差し出すと、
香澄は涙を拭きながら幸樹と”約束”したー。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

帰り道ー

香澄は、目に涙を浮かべていたー

幸樹はとても優しいー
いや、幸樹だけじゃないー

学校のクラスメイトたちや
香澄の家族もそうだ。

生まれてから過酷な人生を送ってきた
俊介は知らない世界ー

”−−この世は不平等だ。
 どうだ、俺と一緒に”夢”を見ないかー”

リーダーでもあり、親でもある国枝のことが
全てだったー
彼が、全て正しいと思っていた

けれどー

「−−−どうすれば…」
香澄は目から涙をこぼすー。

香澄に変身してからもうすぐひと月ー。
俊介は、香澄として過ごすうちに
”平穏な日々”を知ってしまったー

そして、香澄に変身したことで、
香澄の優しさに影響されたのだろうかー

「−−−俺は…」
香澄はひとり呟くー

今ある”幸せ”を手放したくないー

そんな風にまで思いはじめていたー。

けれどー
これは自分の幸せではないー
香澄という少女の幸せだー。

「−−−−よぉ」

ーー!

香澄の正面から、
爬虫類のような目つきをした男が現れる。

いつも無表情で生気がないー
何を考えているのか分からないー。

”夢の道しるべ”の同士でありながら
俊介は、この男のことが苦手だったー

「−−−−ガキの父親、いつ帰ってくるか分かったか?」
”夢の道しるべ”のヒットマン・山澤が冷徹に呟く。

日付は分かっているー
幸樹が言っていた。
父親が次に帰宅するのは26日だ。

秘密対策チームの所在地が不明な以上、
夢の道しるべが、幸樹の父親・道雄を殺すには、
その日しかない。

それを伝えれば終わるー

もう、香澄のふりをする必要もないー

全ては終わるー

幸樹を殺しー
幸樹の父親・道雄を殺しー、
そして、用済みになった香澄を処分する。

”夢の道しるべ”の邪魔をするものは許されないー

そう、これでいいー
これでー

今まで通り。
何もかも。

だがー
香澄は口を開くことができなかった。

そんな様子を見て山澤が言う。

「−−お前…変なこと考えてねぇだろうな?」
山澤が呟きながら香澄を背後から
抱きしめるようにして笑う。

「−−−ケケ…確かに可愛い女の子だな。
 でもよ、忘れちゃいけねぇ。
 お前は俊介だ。

 国枝さんの指示は絶対だろうが?あ?」

山澤が香澄の胸を揉みながら言う。

「や…やめて…!」
香澄が拒否の姿勢を示すと
山澤は笑う。

「なんだぁ、女の子みたいな仕草しちゃって…クク」

山澤はそこまで言うと、真剣な表情に
なって言った。

「−−答えろ。ガキの父親はいつ、帰宅するか、
 もう聞きだしたんだろ?」

山澤は手に、銃のようなものを持っている。

暗い夜道ー
しばらくの沈黙ー

香澄は、
幸樹たちの顔を浮かべるー

そして、次に
”夢の道しるべ”のメンバーの顔を浮かべるー。

「−−−−26日」
香澄は、そう呟いた。

「−−−−」
山澤が口元を三日月に歪めたー。

「−−−ご苦労様」
山澤はそう呟くと、
香澄に耳打ちをしたー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

26日ー

山澤が、幸樹の自宅を襲撃ー
幸樹の父親である秘密対策チームのリーダー・道雄を始末するー

そして、香澄に変身している俊介は、
幸樹を呼び出しー
人目につかない場所で始末するー。

「−−−−−−」
香澄は迷っていた。

「−今日、遅くなるから」
香澄は、母親にそう告げる。

「あら?そうなの?
 ご飯はだいじょうぶ?」
母が笑う。

「−−−うん」
香澄はそう答えた。

香澄に変身している俊介は
香澄の家族を通じて、
家族の暖かさを知った。

本当に楽しかったー。

この家族を、悲しませるようなことは
できるのであれば、したくはない。

けれどー。

今日の夜、香澄の姿で幸樹を殺しー
それでもうおわりだ。

ここに戻ってくることはないー。
今日、リーダーの国枝がホンモノの香澄を
始末するだろうー

この母親はー
父親はー
どれだけ悲しむだろう…

「ねぇ…」
香澄は思わず口を開いた。

「もしも…
 もしもさ、
 わたしがいなくなっちゃったら、
 お母さんとお父さんは、どう思う…?」

香澄が聞くと、
母親は「え?」と首をかしげた。


「−−悲しいに決まってるだろ」
父親が言った。

「香澄ー。
 娘がいなくなったら、悲しいに決まってるだろ。

 大事な大事な、娘なんだから。

 もちろん、正春だってそうだ。
 二人とも、俺達の大事な子供だ」

父親はそう答えた。

母親も笑いながら「そうよ」と答える。

「−−そっか。
 ありがと」

香澄は少しだけ微笑むと、
家の外へと向かう。


「−−−姉さん!」
背後から正春が声をかけた。

「−−…本物なのか、偽物なのか、
 姉さんが操られてるのか…
 もう、何が何だか分からない」

玄関でそう呟く正春。

けれどー
正春は、言った。

「−−必ず帰ってきて、姉さんー」

とー。

正春は姉がいなくなってしまうような気がした。

今、目の前にいる姉は
本物なのか、偽物なのかー
正春には、もう分からない。

けれどー

「−−姉さんのこと、大好きだから…」

正春は震えながら玄関先で涙をこぼした。

”本物なら、ちゃんと帰ってきてほしいー”
”偽物なら、本物の姉さんを返してほしいー”

正春の言葉に
香澄は少しだけ微笑んで、
正春を抱きしめたー

”だいじょうぶ”

とだけ、答えてー。


香澄は、正春から離れて、
家から外へと出たー

”さようならー”

香澄は呟く。

”そして、ありがとうー”

この家は、香澄に変身している俊介に、
家族のぬくもりを教えてくれたー

香澄の姿で、ふかぶかと頭を下げると、
香澄は、鋭い目つきになって、
そのまま目的地へと向かった。


今日ー
自分は、幸樹を殺すー

幸樹をデートに誘っていた香澄ー
人気のない秘密の絶景スポットー

そこで、幸樹を始末するー。

そしてー
今日は、幸樹の父であり、秘密対策チームのリーダーである
道雄が、家に帰宅する。
そこをー仲間の山澤が襲撃し、始末するー。

これで”夢の道しるべ”の敵である
警察の秘密チームのリーダーを葬り去ることができる上に、
”これ以上、我々に関われば家族にも被害が出る”という
警告にもなる。

恐らくー
道雄の死は、秘密対策チームの解散に繋がるだろう。
誰だって、家族に危害を与えられたくはないはずだー。


「−−上手く、やれよ」
山澤と合流し、山澤から銃を受け取る。

「−−−あぁ」
香澄は、悪の目に戻り、
山澤から銃を受け取ったー。

二人は、互いのターゲットを殺すためー
歩み始める。

「−−標的は、わたしの彼氏…」
香澄は自虐的に笑うと、幸樹と待ち合わせた
デートスポットへと向かった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

幸樹は、先にデートスポットに
到着していたー

「−−−−−…」
幸樹は複雑そうな表情を浮かべながら、
遠くを見つめる。

最近、香澄はー


「おまたせ…」
背後から香澄の声がした。

振り返る幸樹。

幸樹は「いい景色だね」と、
夜景の方を指さした。

都市部からは少し離れたこの場所。
夜は、とてもきれいな夜景が見える。

あまりメジャーな場所ではなく
知名度が低いために
秘密のデートスポットとして密かに
人気だった。

「−−−−−−」
香澄も、夜景を見渡す。

「−−−きれい…」
香澄は呟いた。

こんな気持ちで、夜景を見たのは初めてだー。

”夢の道しるべ”
自分たちが、やろうとしていることは
正しいことなのか。

変身薬を完成させ、
誰もが自由に変身できる世界。

リーダーの国枝は、それを”夢”と語る。

自分という牢獄から抜け出し、
なりたい自分になる。

人は、生まれながらにして、
容姿も、立場も、選ぶことはできないー

そんな、枷から人間を解き放つのが
”変身薬”であるとー

「−−−」
けれど、香澄になって、
生活した俊介は思うー

世の中は、自分の思うほど、腐っていなかったー
小さな幸せは、そこら中に転がっていたー

もちろん、その小さな幸せですら
手にすることのできない人間もたくさんいるー

けれどー。
自分が不幸だから、
他人の幸せを壊して良いのかー?

変身薬をばらまくことで、
”この綺麗な夜景”も失われるのではないかー。

「−−香澄」
幸樹が、夜景を見つめたまま難しい表情を
浮かべている香澄に声をかける。

香澄は、目に涙を浮かべていたー

自分を育ててくれたのは、国枝さんだ。
国枝さんに、自分はついていかなくてはならないー

香澄は、無言で幸樹の方に近づくと、
幸樹にキスをしたー

「−−!?」

しばらく、そのままでいる香澄。

「−−ごめんね」
そう呟くと、香澄はようやく幸樹から離れた。

「ご、ごめんね、って…?
 俺、別に謝ってもらうようなことされてないケド…」

そこまで言って、幸樹は言葉を止めたー。

香澄がー
香澄が、銃を向けて、
微笑んでいるー。


「−−−−ふふふふ…」

香澄は怪しげな笑みを浮かべる。

「−−−−…ど、、、どうして…?」

幸樹は、
困り果てた表情で、彼女の方を見つめる。

「ど…どういうことだ…?」

「−−−…ふふふ…わたしの標的はあなた…」

香澄が笑う。

「−−−わたしはね…
 香澄じゃないの…」

目の前にいる”香澄”にしか見えない存在は笑う。

笑いながら、煙草を取り出すと、
それに火をつけた。

まだ高校生の香澄が
煙草をふかしながら妖艶に微笑む。

幸樹は、銃を突きつけられている状況と、
いつもと違う香澄の様子を見ながら
困惑するー

そして、
”香澄”にしか見えない存在は
香澄のふりをするのをやめて、
本来の口調で話し始めた。

「−−”俺”は、薬を使って
 お前の彼女の姿に”変身”していたのさ…

 お前から情報を引き出し、そしてー
 殺すためにー」

香澄が男言葉で話すー
その笑みは、邪悪な笑みだったー。
いつもの香澄の笑みとは、違うー

「−−−……か、、香澄はどこにいる!?」

幸樹は叫んだ。

目の前にいる香澄が偽物ならば、
本物の香澄はどこにー?

「ーーククク…
 1か月前、俺達が拉致して、
 それからは俺が本物と入れ替わって、
 女子高生の香澄ちゃんを演じていたのさ
 うへへへへへ」

香澄が汚らしい笑みを浮かべた。

「−−−香澄は、生きてるのか!?」
幸樹が叫ぶ。

「−−あぁ。
 今も、俺たちのアジトで監禁している」

目の前にいる”偽物”は
そう言うと、たばこを地面に放り投げて
微笑んだー

「−−−もう、恋愛ごっこは終わりだー」

”香澄”に変身し、
1か月間、香澄のふりをして生きてきたー

それが、今日、終わるー

綺麗な夜景をバックに、
香澄は、幸樹の方に銃を向けるー。

「−−−…楽しかったぜ…
 あばよ…」

香澄はそう言うと、構えていた銃を放ったー。


Cへ続く

・・・・・・・・・・・・・・

作者コメント

次回で最終回〜☆
今回は、第3話でした!

お祭り参加は今回で2回目で、
他サイト様向けに小説を
作るのも今回が2回目なのですが、
私のサイトで
いつも通り書く小説とは
違った緊張感がありますネ…!

このコメントを書いているのは
実はまだ蝉が鳴いている季節なので、
実際にこの小説が皆様に届くのは
まだまだ先なのですが、
今からドキドキです…!







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