標的はわたしの彼氏A

 作:無名




ーーあの日は雨が降っていた。

毎日毎日喧嘩に明け暮れて、
先の見えない日々を過ごしていたー

家族の愛情なんて知らない―
絆なんて知らないー
友情なんて、知らないー。

そんなある日、
彼は出会ったー

生まれて初めて
”親”と思える存在にー。

その人物こそがー
変身薬の製造を画策する犯罪組織・
”夢の道しるべ”の首領ー
国枝だった。

彼の手下と路地裏で喧嘩になり、
手下を殴り倒したことで、
彼…当時まだ10代の俊介は、
国枝に睨まれていたー。

俊介は負けなかったー
国枝を負けじと睨み返す。

すると、国枝は笑った。

「−−お前、ひとりなのか?」

とー。

俊介は、その言葉にも噛みついた。

しかしー
国枝はそんな俊介のことを軽くあしらい、呟いた。

「−−この世は不平等だ。
 どうだ、俺と一緒に”夢”を見ないかー」

国枝は、地面に這いつくばる俊介に
手を差し伸べる。

俊介は、”何をふざけたことを”と思うー

けれどー。
俊介は、生まれて初めて、人に手を差し伸べてもらった。

「−−−名前は?」
国枝が笑う。

「−−俊介…」

苗字は捨てたー。
家族などいない。

だからー
俊介は、苗字を誰にも名乗らなかったー。

「−−−いい名前だ。
 俺と一緒に、夢を手に入れよう」

犯罪組織・夢の道しるべのリーダー
国枝は、俊介の手を優しく握り、
引き起こしたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

・湯川 幸樹(ゆがわ こうき)
高校生。警察官の息子。香澄の彼氏で心優しい性格

・北村 香澄(きたむら かすみ)
高校生。幸樹の幼馴染で彼女。犯罪組織に捕まってしまい、
香澄に変身した偽物とすり替わってしまう。

・俊介(しゅんすけ)
犯罪組織「夢の道しるべ」の構成員。首領である国枝を親と慕う。
現在、変身薬の力で香澄に変身している。

・国枝 泰明(くにえだ やすあき)
犯罪組織「夢の道しるべ」の首領。変身薬を開発し、暗躍する。

・湯川 道雄(ゆがわ みちお)
幸樹の父親。警察官。秘密捜査チームを率いている。

・北村 正春(きたむら まさはる)
香澄の弟。姉のことを慕っている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「−−−分かった。引き続き、情報を探れ」
犯罪組織・夢の道しるべの首領、国枝は
香澄に変身して情報を探っている俊介から
今日の報告を受けると、微笑んだ。

髪型はオールバック。
人を威圧するような鋭い目つきの男だ。

「−−−可愛い声だな」
国枝は呟いた。

俊介の報告ー
俊介は今、香澄に変身している。
その声は、とれも可愛かった。

「−−くくく…」
国枝は、拘束された状態の香澄の方を見る。

「−−−くく…君みたいな可愛い彼女がいるなんて、
 幸樹とかいうガキも幸せ者だな」

拘束された香澄の胸を触る国枝。

「ん〜〜いいふくらみだ?
 何カップだ?くく…」

国枝がイヤらしい顔で笑う。

「触らないで!」
香澄が必死にもがき、
拘束具が国枝の顔に当たる。

「ぐあっ!」
思わぬ反撃に国枝は声をあげた。

「−−くそ…この小娘が!」
国枝は鬼のような形相で、香澄を
殴りつけた。

「ーーーた…助けて…」
香澄は目から涙をこぼす。

そんな香澄を見ながら国枝は微笑む。

「−−無駄だ。
 きみに助けなんて来ない。

 走れメロスという話を知っているか?

 メロスは友人のセリヌンティウスを助けるために
 必死に走った。」

国枝の言葉に、香澄は”何を言ってるの?この人…”と
言わんばかりに国枝を見つめる。

「メロスがセリヌンティウスを助けに走ったのは
 なぜだと思う?」

国枝が香澄に顔を近づけて囁く。

「それは、セリヌンティウスが捕まっていることを
 知っていたからだ」

国枝はそう言うと、
香澄の胸を両手でわしづかみにして
力強く揉み始める。

「んんんんっ…」
香澄が苦しそうな声を出す。

「くふふ…
 きみのメロスは、
 きみが捕まっていることを知らないー
 
 だからー
 きみのメロスはセリヌンティウスを助けに行かないー

 きみを助けには来ないんだよ!
 くははははは」

国枝は笑いながら香澄の胸をさらに
力強く揉み始めたー

・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーーー香澄!」

翌日の昼休みー

男子トイレに入ろうとしている香澄を
見かけて幸樹は叫んだ。

「え?」
香澄が振り返る。

「そこ、男子トイレだけど?」
幸樹が苦笑いしながら言う。

香澄ははっとしたー。
香澄に変身している俊介は男だ。
香澄になってから数日が経った今も、
ついこういうミスをしてしまう。

「あ、、ほ、、ほ、ほんとだ」
香澄は苦笑いしながら女子トイレの方に向かう。

「−−なんか最近、疲れてない?」
幸樹が呟く。

「え、ど、どうして?」
香澄に変身している俊介は、
一瞬、”疑われているのか?”と思ったー

しかしー

「−香澄が悩んでるなら
 俺も少しでも力になりたいからさ。
 いつでも話しぐらいなら聞くよ。

 …ちょっと、頼りないかもだけどな」

幸樹が笑いながら言う。

”わたしのことを心配ー?”

香澄は心の中で嘲笑う。

”本物のわたしは、捕まっているのよー”

と。

「ありがとう」
香澄はそれだけ呟いて、トイレの中へと入って行った。


トイレに入った香澄は鏡を見つめて笑う。

「ぷっ…くくく…
 バカなやつだ…」

香澄は顔に手を当てながら
おもしろすぎて震えていた。

「くくくく…わたしは香澄じゃないんだよ〜…
 ふふふ…ぷっ…うふふ、あはははははは!」

表情を歪ませて香澄は、トイレで笑い続けたー



放課後ー。

「−−そういえば、この前のお話だけど」
香澄が下校しながら呟く

「ん?」
幸樹が香澄の方を見る。

「幸樹のお父さんって家に帰って来てるの?」
香澄の言葉に、幸樹は苦笑いする。

「そんなに、俺の父さんに興味があるのか?」

と。

だが、少しすると幸樹は答えた。

「まぁ…月に数回かな、会えるのは」

ーと。

幸樹はどこか寂しげだった。

「そう…月に数回帰って来るのね…」
香澄は意味深な笑みを浮かべた。

「(くくく…いいぞ…
  もっと喋れ…!)」

香澄はゾクゾクしながら続ける。

「−−…くふ…あ、、え…っと、
 お父さんってどんなところで働いてるの?

 ほら、警察でも色々なチームとか担当、
 あるじゃない?」

香澄が言うと
幸樹は香澄の方をじーっと見つめた。

「え…な、、何よ?」
香澄はギクッとした様子で言う。

すると、幸樹はニッと笑った。

「−−ー香澄って意外と、
 警察の仕事に興味あるんだな?

 将来、婦警さんにでもなるのか?」

幸樹はそう言った。

「ふふ…ひみつ…!
 (バカなやつだ)」

香澄は内心であざ笑う。

一瞬、疑われてるのかと思ったが
そんなことはない。
こいつはただのバカだ。

いやー
彼女に犯罪組織の人間が変身しているなんて
誰も、思わないか。

「−−ちょっと憧れちゃうな〜って」
香澄がにこにこしながら言うと、
父親を褒められて気分がよくなったのか、
幸樹は、”父さんに聞いてくるよ”と
約束してくれた。

「ばいばい!」

わかれ道―。
香澄と幸樹はそれぞれの家に向かう。


「バカなやつー」
自分が”香澄”だと思われていることに
興奮してゾクゾクしている俊介。

「−−この女の将来…か」
香澄は自分の身体を見つめながら呟く。

「−−用が済んだら…」

香澄に変身している俊介は
そこまで呟くと、口を閉ざした。

用が済んだらー
この女は処分される。

俊介が親と慕う国枝なら、そうする。

本物の香澄を、まるで小学生が昆虫をいたぶるかのように
嬉々としていたぶりながら、国枝は、
この女を殺すー

「−−−…」
少しだけ複雑な表情を浮かべて、香澄として振る舞うため、
俊介は香澄の家へと向かった。

・・・・・・・・・・

夜ー

「−−−あ、父さん」

「おう」

幸樹の父親である道雄が久しぶりに帰宅していた。

お風呂上りの幸樹は、
久しぶりの父との時間を過ごすために
リビングに向かう。

椅子に座り、道雄は笑う。

「最近はどうだ、上手くやってるか?」
道雄の言葉に、

「あぁ、父さんに心配をかけるわけにはいかないからさ」
と幸樹は笑いながら答えた。

道雄は仕事柄、家を留守にしていることが多いが
子供との関係は良好だった。

どんなに忙しくても父の道雄はこうして家に
帰ってくるー

そして、幸樹自身も警察の特殊チームで
活躍しているという父のことを微笑ましく思っていた。

1週間に数回ー
あるいは、半月に1回ー
滅多にない父との会話を楽しむ幸樹。

ふと、幸樹は彼女の香澄のことを思いだす。

「あ、そういえばさ…」
幸樹の言葉に、父の道雄は「ん?」という感じで
話を聞く。

「俺の彼女の香澄がさ、
 父さんの仕事に最近やたらと興味を持っているんだけどさ。
 父さんの仕事のこと、俺もよく知らないし、
 どこまで教えていいのかな〜って」

幸樹の言葉に、道雄は
「はは、香澄ちゃんか。彼女も元気か?」と笑った。

香澄と父の道雄も、何回か面識がある。

「最近やけに、聞いてくるから
 何か教えられることがあればって、思うんだけど」

幸樹の言葉に、道雄は
「香澄ちゃんが俺の仕事に…」と言って
難しい表情を浮かべた。

「………」
道雄は、犯罪組織”夢の道しるべ”が
何を作ろうとしていたか知っているー

それは、禁断の薬品ー
”変身薬”

人が自由に他人の姿を
そっくりそのままコピーできて
記憶までも引き出せるようになってしまったらー


”この世は、終わる”

道雄は、それほどまでに変身薬に対して
危機感を抱いていた。

誰が誰だかー
目の前にいる人間が本当に本人なのかー。

そういったことまで分からなくなり、
犯罪は多発するだろうー。
成りすましに、替え玉にー、すり替わりー…
変身して人の記憶を探ることもー。

そんな、薬を世に出すわけにはいかない。
情報を公にするわけにもいかない。


だからこそ、
必死の捜査で、ようやく”夢の道しるべ”の
アジトを見つけて、強襲、
無事に組織を壊滅させたのだった。


「−−父さん?どうしたの?」
幸樹が、お茶を飲みながら
難しい表情をしている父に話しかけた。

「−−ん?あ、いや、何でもない」

道雄は、
”急に道雄の捜査に興味を持ちだした”という
香澄のことが気になったー

「変身薬は完成していないはずだ…
 そんなこと、あるはずがない」

変身薬は完成していないはずー。
それに、組織は叩き潰した。
襲撃したアジトの中に
”夢の道しるべ”の指導者とされている男、
熊田 雄吾(くまだ ゆうご)もいたー。
組織は、壊滅したはずだー。

道雄は、自分が考えすぎだと思い直して、
ため息をついた。

「−−…悪いな。
 俺の捜査は秘密捜査だから、
 お前の彼女にも、お前にも、
 あまり話はできないんだ」

道雄の言葉に、
幸樹は笑った。

「いいさ。俺は父さんのこと、
 誇りに思ってるし、
 言えないことがあるってのも、分かってるから」

その言葉に、道雄は「すまないな」と微笑んだ。

・・・・・・・・・・・・・

「んふふふふ…」
香澄は笑いながら鏡に向かって
ポーズをとっていた。

香澄に変身している俊介は、
夜、香澄の家に帰ると、
リーダーである国枝への報告を真っ先に行い、
報告を終えると、あとは、香澄の身体を
存分に楽しんでいた。

「−−こんなふくらみがあるなんて…
 何日経っても慣れそうにないな〜
 んふふ」

香澄が嬉しそうに微笑む。

香澄が持っている服は落ち着いたものが多かった。

香澄に変身している俊介はひそかに
昨晩、ネットで”お楽しみ”のための服を購入した。

香澄のお金を使ってー。

どうせ、ホンモノの香澄はもう生きては帰れないだろう。

チャイナドレスを着てポーズを決める香澄。

「んふふふふふ!か〜わ〜い〜い〜!」

香澄に色っぽいポーズを取らせて
女子高生みたいな喋り方をしてみる。

「うふふ…」
香澄は満面の笑みで、チャイナドレスを脱ぐと
次の服を着始める。

「……それにしても」
香澄は自分の裸を見ながら微笑む。

「変身薬…完璧な効果だ」

香澄は着かけていたレオタードを床に落とすと
自分の身体を撫ではじめた

「変身…他の人になりきれる…あぁ…最高だ」
香澄は恍惚の表情を浮かべたー

試験段階だった変身薬ー
開発は最終段階だった。
見切り発車で使ってみたものの、
その効果に問題はないー

”−−−いい名前だ。
 俺と一緒に、夢を手に入れよう”

”親”でもあるリーダー・国枝の言葉を思い出す。

「−−−夢ー」

人が、自由に好きな人間の姿を奪い、
なり変わることのできる世界ー

犯罪組織・”夢の道しるべ”が描くー
ディストピアー。

「−−……もうすぐだ」

香澄は不気味な笑みを浮かべる。

”夢の道しるべ”を調査している
秘密対策チームの指揮官を殺し
”警察に警告”するー。

その任務を果たしたらー

「−−くくく…
 くくくくくくく…」

香澄は悪魔のような形相で笑い始めた。


「−−−−−−!!!」

香澄は
気付いていなかったー

外から”覗かれていた”ことにー


「−−はぁ…はぁ…」
姉である香澄の部屋から離れた弟の正春は
冷や汗をかいていた。

姉の香澄に聞きたいことがあって
香澄の部屋をノックしようとしたときー
中から不気味な声が聞こえてきてー
正春は部屋を覗いてしまったー

そこには、チャイナドレスを身に着けて
ポーズを決める香澄の姿があった。


”変身…他の人になりきれる…あぁ…最高だ”

香澄が呟いていた言葉が頭から離れない。

「姉さん…?」
正春は、姉の部屋の方を向いて
ガタガタと震えることしかできなかった。

・・・・・・・・・・・・・・

翌日


「おはよ〜!」

香澄が登校すると、
香澄の親友であるクラスメイト・優奈(ゆな)が
声をかけてきた。

「−−−あ、おはよう」
香澄も適当に微笑み返す。

「−−そういえばさ、最近、香澄、
 すぐ帰っちゃうケド、どうかした?」
優奈が言う。

「え…?べ、、別に」
香澄がそう言うと、優奈は微笑む。

「そっか。ならいいんだけど、
 最近、少し元気がない気がして、心配で」
優奈の言葉に
香澄は、一瞬表情を歪めた。

「心配ーー?」

「−−うん。だって私たち、友達じゃん!
 香澄が元気ないと、心配だよ!」

微笑む優奈。

香澄は、「そ、、そっか」と顔を伏せる。

「−−あれれ〜?やっぱなんか悩んでる〜?」
優奈が笑う。

「−−悩み事があるなら、お姉さんに
 相談してみてもいいんだゾ!」

優奈がふざけた調子で、
香澄の手を握る。

「−−−ちょ、、ちょっと」
思わず顔を赤らめてしまう香澄。

「−−お、、お姉さんって、同い年でしょ?
 私たち!」

香澄がそう突っ込むと、
優奈は「そうだね〜あはは」と言いながら
先に教室の中へと入って行った。

「−−−心配…」

香澄は少しだけ表情を暗くした。


教室の中を見つめる香澄。
クラスメイトたちが楽しそうに談笑しているー

香澄に気付いて
優奈たちが「ほら!早くおいでよ〜!」と手招きする。

「・・・・」

香澄に変身している俊介は思うー

”こんな世界が、あるのかー”

とー。

俊介は知らないー。

絆もー
友情もー
恋愛もー

何もかもー。

「−−−うん、今行く!」
香澄は、そう答えると、
友達の輪の中へと入って行く。

香澄に変身した際に
香澄の脳の記憶もコピーしているから、
その気になれば香澄になりきることも可能だ。

優奈をはじめとする友達と、
楽しく談笑する香澄ー。

香澄に変身している俊介は、
裏世界に生きる自分のことを
ほんの少しの間だけ忘れて、
香澄として、楽しい時間を過ごしたー

・・・・・・・・・・・・・・

昼休み

弁当を食べながら香澄は笑う。

「−−−−」
香澄の母が弁当の中に入っていた
オムレツに「がんばって」と
ケチャップでペイントしていた。

「−−−ふふ」
香澄は思わず優しい笑みを浮かべてしまう。


「−−香澄」
背後から、彼氏の幸樹が現れる。

「あ、幸樹」

いつも幸樹と香澄は仲良く昼食を食べている。

「ごめん…父さんのことだけどさ、
 やっぱり機密上、話せないみたいだよ」

幸樹が申し訳なさそうに言う。

香澄は思わず舌打ちをしてしまう。

しかしー

「−−そっか、ごめんね」
笑みを浮かべると、
香澄は話題を変えたー。

”そのうちボロが出るかもしれないー
 こいつの父は、時々家に帰ってくると言っていた。
 その日を探り、リーダーに伝えて、
 自宅にいるこいつの父を殺せばいいー”

香澄が難しい顔をしていると
幸樹は心配そうに香澄の方を見つめる。

「なんかさ、最近、悩んでないか?」
幸樹が言う。

「え…わ、わたし?」
香澄はとっさにボロを出さないように返事をした。

「なんか、考え込んでることが多いっていうか
 笑顔を無理やり作ってるような…
 そんな感じがするけど、大丈夫?」
幸樹が笑いながら言う。

香澄は「う、うん!なんにもないよ!」と
可愛らしく両手の仕草を加えて、笑顔を浮かべる。

「−−−そうだ」
そんな香澄の様子を見て、幸樹は笑った。

「今月の後半、遊園地デートでもしよっか。
 香澄も行きたがってし。
 俺の驕りでもいいからさ!」

幸樹の言葉に、
香澄が「え、、え、、遊園地デート?」と戸惑う。

「なんだよ〜?
 行きたがってたじゃんか〜?」
幸樹が苦笑いしながら言う。

確かに、香澄の記憶にも、そんな記憶はある。

「−−−わ、わかった…行くわ」
香澄はぎこちない言葉遣いでそう返事をしたー

・・・・・・・・・・・・・・・・・

夜ー

”遊園地でデートすることになりました”

香澄に変身している俊介から連絡を受けた
犯罪組織”夢の道しるべ”の首領・国枝は
笑みを浮かべた。

「くくく…楽しむのもいいが、
 ほどほどにしておけよ」

国枝はそう言うと、
可愛らしい声で返事をした俊介との
連絡を終えて、
冷徹な表情で呟いた。

「…山澤(やまざわ)」

背後から、爬虫類のような目つきの男が
姿を現す。

”夢の道しるべ”に所属する
ヒットマンー。

「−−−……念の為、お前も、奴らを見張れ」

国枝が冷たい声でそう言うと、
山澤と呼ばれた男は無言で頭を下げて
アジトの出入り口へと向かった。


「……」

俊介から報告を毎日受けている国枝は
”ひとつの不安”を覚えていたー。

俊介が、香澄という少女として
生きることを、
徐々に楽しいと感じているような、
そんな感じがしたのだ。

もちろん、国枝が親代わりとして、
小さい頃から育ててきた俊介に
そんな感情があるはずがないー。

だがー
国枝は慎重な男だったー

自分は表舞台に立たず、
熊田という”表向きの指導者”を立てることによって
警察のアジト襲撃からも逃れた。
警察は、熊田を逮捕したことで、
”夢の道しるべ”が壊滅したと思っているだろう。

そしてー
今回もそう。

”万が一”
俊介が迷うようなことがあれば、
送りこんだ山澤が、俊介もろとも、”全てを処理”するー

そういう筋書きだ。

「−−−−…くくく」
国枝は拘束されたままの香澄の方を見つめる。

「週末、きみの彼氏は
 偽物のきみと遊園地デートをするそうだ」

国枝が笑いながら言う。

香澄は目から涙をこぼしている。

「くく…悔しいか?デートに行きたいか?
 んふふふふふふふ」

泣きじゃくる香澄を見て笑う国枝。

国枝は、弱いものが苦しんだり
悲しんだりする姿が、小さい頃から大好きだった。

「きみも可哀想に…
 ホンモノのきみは、こんなに苦しい思いを
 しているのに、誰もそのことに気が付かない」

国枝が香澄の胸を触りながら言う。

「んふふふふふふ…っ
 素晴らしいだろう?
 これが我々の変身薬の力だよ!

 この薬を裏社会にばらまいたらどうなる?
 全世界にばらまいたら、どうなる?」

国枝の言葉に、
香澄は、国枝を睨みながら無言で
”あなたは狂ってる”というメッセージを送る。

「−−”夢の世界”の誕生だー!
 秩序は壊れ、人々はなりたい自分になることができるようになる。

 そう、我々が人類を夢に導くのだ!」

”夢の道しるべ”首領の国枝は
嬉しそうにそう叫んだー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日の夜ー。

家族で食事を食べていると、
母が呟いた。

「−−−正春…どうかしたの?」
香澄の弟の正春が
ここ数日、元気がない。

今日は特にだ。

「−−−あ、いや…」
正春は食欲もない様子だ。

「−−正春?だいじょうぶ?」
姉の香澄として、香澄に変身している俊介は
正春のことを心配してみせた。

「−−−−…」
正春は青ざめた表情で香澄を見る。

数日前
正春はーー
見てしまった。

”変身…他の人になりきれる…あぁ…最高だ”

姉さんが、姉さんじゃない…?


正春は、見てしまった”恐怖”を
誰にも言うことができず、震えていたー。



食後。

香澄は自分の部屋に入る。

「−−はぁ〜」
香澄が椅子に座って足を組む。

「−−綺麗な脚…」
ミニスカート姿の香澄は
自分の足を見つめて笑みを浮かべた。


コン コン


ドアをノックする音が聞こえた。

香澄は慌てて組んでいた足を元に戻し、
姿勢よく椅子に座り直すと、
「なぁに?」と可愛らしく声を出した。

「姉さん…ちょっと、話が」

弟の正春だった。


「話…?」
香澄が言うと、
正春は部屋の入口の扉を閉めて、
香澄の方を真剣な表情で見つめる。

「な…なに…?
 な、なんか、怖いよ…?」
苦笑いしながら香澄が沈黙を破ると、
正春は、深呼吸してから、
香澄の方をもう一度まっすぐ見つめて、
こう呟いた。

「−−−−本当に、姉さんは、姉さんなのか?」

とー

「−−…!!」
香澄は表情を歪める。

「この前…姉さんに用があって
 この部屋に入ろうとしたときに見ちゃったんだ…
 姉さんがチャイナドレスを着て、その…
 エッチなことをしてたり…

 男の人みたいな言葉を呟いていたり…
 ”変身”って言ってるのを…!」

正春は香澄を睨むようにして言った。

決死の呟きー。

そしてー
その言葉を聞き終えた香澄は
にっこりと微笑んで、口を開いた…



Bへ続く

・・・・・・・・・・・・・・

作者コメント

第2話でした〜!
お楽しみ頂けましたか〜?

第1話の終わりにもお話しましたが
「変身モノってこんな感じかな〜」みたいな
感じで試行錯誤しながら
何とか完成した作品です〜!

第2話もお読み下さりありがとうございました☆!









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