異世界の姫になっていた自分…。

サラリーマンとしての日常を過ごしながら
次第にその境界線が揺らいでいく…。




ある日、目を覚ますと異世界の姫になっていたA

 作:無名




「はぁ…身体がいてぇ…」
帰宅した俊介は、一人呟く。

♪〜♪〜〜〜♪〜!

隣の部屋のロックミュージシャンが
へたくそなダンスでも踊っているのだろうか。
とてもうるさい。
しかも、音痴だ。

「クソ野郎が」
俊介は呟く。

ピンポーン!

部屋の扉が激しくノックされる。

大家さんだ。

「−−あんた!何時だと思ってるんだい?
 少しは静かにしな!」

怒鳴り込む大家さん。
俊介は思う。

”どう考えても隣だろうが!”と。

だが、このおばさんは、
ガラの悪いロックミュージシャンの男にびびっているのか
俊介に文句を言いに来る。

「−−−申し訳ありません」
俊介は、謝ってしまう自分にも腹が立った。

「まったく。勘弁してよ」
大家さんはそう言うと、
舌打ちしながら立ち去った。

”隣のヤローに文句言えよババアー!”

俊介は心の中でそう叫んだ。

「やってらんねー!」
チューハイの空き缶を投げると
俊介は不貞腐れた様子でそのまま布団に入った。

・・・・・・・・・・・・・・・・

「−ーー姫様…!」

ーー!?

俊介は慌てて起き上がる。

そこはーー
”姫”の部屋だった。

「よかった〜!
 姫様…半日以上も眠ったままで」

ふと見ると、そこは、”昨日見た夢”と同じ
王宮だった。

横には、メイド。
あの、着替えを持ってきたメイドだ。

しかも、よく見ると、そのメイドは
会社の後輩女性・麻美によく似ていた。

「−−−あ…え…?お、、おれ…?わたし」

口から出るのは女の声。
あの姫の身体だ。

”え?2日連続で同じ夢を見るなんて、おかしくね?”

俊介はそんな風に思う。

「−−姫様…急に鼻血を噴きだして、
 倒れちゃったので、わたし、どうすればいいかな…って」

メイドが言う。

「−−…そ、、、そう、、ご、、ごめんなさい」
姫のふりをしながら言う。

またこの夢か。
やけにリアルだし、女の身体になれるから
悪い気はしないー

しかしー。

俊介は昨日のことを思い出す。

”罪人のジロー”を処断したー
そして、現実で”山盛次郎部長”が、死んだー。

偶然なのか?

俊介は、困惑しながらも言う

「ーーあの…あなたの…名前は?」
そう言うと、
メイドが「え?」と呟いた。

「いえ…その…なんでも」
俊介は言葉を詰まらせる。

この姫は、当然、このメイドの名前も
しっているだろう。
と、言うよりも、そもそも自分はこの姫の名前も知らない。

夢だからー
名前なんてないかもしれないがー。

「−−−わたしは…マミです」
メイドが答えた。

「−−そ、、その…私なんかの名前を…」
メイドのマミが顔を真っ赤にしながら言う。

「−−え…な、、なんで赤くなって…?」
俊介は戸惑う。

現実世界の後輩・麻美の顔をした
メイドのマミが顔を赤らめている。

麻美は、生意気な後輩女性だ。
カワイイが自分のことを見下している。

だが、このマミはー

「−−い、、いえ、、姫様がわたしに興味を
 持って下さるなんて…その…その…」
マミは真っ赤になっている。

おいおい…
そんな可愛い仕草されたら…

”興奮しちゃうじゃないか”

俊介はそんな風に思いながら、
マミを見つめる。

「−−−あ…ひ…姫様…
 そ、、そんな、、、わたしを見ないで下さい〜」

メイドのマミが困り果てた様子で言う。

”ダメだ!可愛すぎる!”

そう思った俊介は、姫の身体でマミを抱きしめたー。

「−−−あぁああああああ〜〜
 ひ、ひめさま〜〜!
 わ、、わたし〜〜
 しあわせですぅ〜〜〜〜!」
メイドのマミが嬉しそうに叫ぶ。

なんだこの面白いメイドは。
そう思いながら俊介は呟いた。

「−−かわいい!」

と。

その言葉にマミは「あぁあああ〜ん!」と
嬉しそうに叫んだ。


少しして、落ち着くと、マミによって、
ドレスから、甲冑姿へと着替えさせられた。

女の着替え―
しかも、女の子に着替えさせてもらっている。

”なんだこのご褒美は”
俊介は思う。

ずっと、このままこの夢を見ていたい。

そんな風にさえ思った。

姫用の、程よく女を強調した鎧に着替えた姫。

俊介は、姫として、廊下を歩き始めた。

”そうだ。
 俺は酷使されるサラリーマンだ。
 夢の中でぐらい、楽しんだって良いじゃないか”

騎士たちの演習風景を見つめる。

「−−お、あいつは」
姫の声で呟く俊介。

演習中の騎士の中に、
アパートの隣の部屋に住む迷惑な
ロックミュージシャンの顔をした奴がいた。

「あいつもいるのか、なんか笑えるな」
小声でつぶやく。

その時だったー

「姫様!」
騎士の一人が、俊介の近くにやってきた。

”山岳部の調査隊が
 消息を絶ちました”

そういう報告だった。

”また、魔物が現れたのかもしれません
 追加で調査隊を派遣しますか?”

その言葉に、俊介はしばらく考えていたがー

ある考えが頭をよぎった。

ここで、あのロックミュージシャンの顔をした騎士を
派遣したらどうなる?

山盛次郎部長の顔をした
ジローを処断したら、
山盛部長が死んでいたー

ただの偶然だと思うし、
正夢の類だとは思うが、

もしもー

もしも

”この世界”と”現実”がリンクしているのだとしたら…。

「ーーあの騎士と、あと数名、あなたたちで選んで
 派遣してくれるか……か、、しら」
女言葉を使うことに戸惑いを感じながらもそう言うと、
報告しにきた騎士は「はっ!」と頭を下げて
そのまま、ロックミュージシャンの顔をした騎士と、
他数名を、山岳地帯に派遣するための準備を始めた。


夜ー。

「姫様、お食事の用意ができました」

そう言われて、王宮の中を移動する俊介。

メイドのマミにドレス姿に着替えさせてもらった俊介は、
”相変わらず歩きにくいなぁ”と思いながら案内された
場所に辿り着くー

そこにはー
豪華な食事の数々が並んでいた。

「うわぁ〜〜〜〜!すっげ〜〜〜!
 え、これ全部俺が食べていいの!?」

騒ぐ姫を見て、
側近のマグナスが呟く。

「姫様…父君が亡くなられて、
 今は姫様がこの国の上に立つ立場になられたのですぞ。

 もう少し自覚を持ってくだされ」

とー。

「ご、ごめんごめん」

ついいつもの癖で話してしまう。
少なくとも、この夢の中では、自分は姫なんだ。
姫らしい振る舞いをしなくては。

側近のマグナスや
王宮騎士団長のカペルらが揃う中、
豪華な食事を口に運んでいく姫。

しかし、姫の食べ方はとても汚らしい

「−ーーコホン」
マグナスがそれに気づき、姫のマナーの悪さを指摘した。

「−−ごめんごめん」
そう言いながら、姫様のテーブルマナーなんて
分からないぞ、と呟きながら、なんとか俊介は食事を終えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

夜ー

「姫様。お着替えです」
メイドのマミが、着替えを持ってくる。

マミに手伝ってもらいながら着替える俊介。

「−−−ありがとう」
俊介は、マミに抱き着いた。

どうせ夢だ。
会社の後輩女性の麻美は確かに可愛い。

現実では相手にしてもらえないからー
せめてー

「ひ・・姫様…!そんな…わたしなんかに…!」
マミが困惑した様子で
顔を真っ赤にしている。

「いいんだ…いえ、いいのよ…
 わたし、あなたに感謝してるんだから」

そう言って、マミにキスをするー

現実じゃ、絶対無理だ。

「ふぇぇ〜? ありがとうございますぅ〜?」
マミは幸せいっぱいの顔で笑みを浮かべたー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「−−−−!?!?」

ふと気づくと、俊介は自分の部屋に立っていた。

「−−−あぁ…またあの夢を見てたんだった」

ーーーん?

俊介は、ふと疑問に思う。

”なぜ、立っている?”

とー

目を覚ましたらいつもの部屋ー。
それは、いい。

だがー
何故自分は立っているのだ?

とー。
夢から覚めたとき、昨日はちゃんと布団に寝ていた。

だが、今日は…

俊介は、自分の部屋の隅っこに敷かれた布団を見る。

布団は、綺麗に畳まれていた。

「−−立ったまま寝てたのか?俺…」
そう思いながら、仕事に向かう俊介。

なんだか、夢のことばかり考えてしまって
ぼーっとする。

「いけないいけない。
 いくら夢の世界が楽しいからと言って…!」

俊介は首を振る。
ついに、自分は夢でしか楽しみを見いだせなくなってしまったのかー
と、思いながら。

「おはようございます〜」
俊介が挨拶する。

山盛部長が座っていた場所には
新しい部長がやってきていた。

だが、部長は挨拶もしなかったし、
何故か、俊介も新しい部長に興味がなかったー

まるで、”その部分は物語と関係のない、背景かのように”

「−−よぉ。今日も疲れたツラしてるな」
生意気な後輩の足利が言う。

先輩に対する口のきき方が相変わらずなっていない

「−−ほっとけ」
俊介はそれだけ呟くと、
ふと、後輩女性の麻美の方を見た。

ドキッ!
俊介は夢の中でのマミを思い出す。

い、、いけないいけない!
麻美を見てニヤニヤなんてしてたらそれこそー

「−−−−!姫様」

ーーー!?

麻美がそう呟いた気がしたー。

・・・・・・・・・・・・・

帰宅すると、
やかましい音がなくなっていた。

今日、何の仕事したかな〜なんてことを思い出せないぐらいに
疲れた俊介は思う。

そういえば、夢の世界で、
隣の部屋のロックミュージシャンと”同じ顔”をした騎士を
山岳地帯に派遣した。

もしかしてーー

「あ、大家さん」

ちょうど、大家さんが廊下を歩いていたので声をかけた。

「ここの部屋の人は?」
俊介が、騒音自称ロックミュージシャンのいた部屋を指さす。

「−−ここの部屋の人?」
大家さんが首をかしげた。

「−−”あんたがここに入居したときには、空き部屋だったはずだよ”」

大家さんは、そう言ったー


部屋に戻った俊介は、怯えていたー

”夢”が”現実”にリンクしているー

夢でジローを処罰したら、山盛次郎部長が死んだー
夢でロックミュージシャンの顔をした騎士を派遣したら、
ロックミュージシャンが消えたー

全て”自分の思い通り”に進んでいるかのようにー

そういえば、後輩女性の麻美もー

それに…
なんだかおかしい。
夢を見るようになってから、
”全て自分の思い通り”に進んでいる気がするー

そしてー

”まるで、既存の情報だけで組み立てたかのようなー”


「−−−姫様!」

ーー!?!?


俊介は飛び跳ねるようにして起き上がった。

「おはようございます!姫様♪」
メイドのマミが上機嫌で部屋の掃除をしていた。

「−−あ、、、お、、おはよう」
姫ー

俊介は思う。

ちょっと待て。と。

今、俺は寝てなかったぞ、と。

俊介は帰宅して、家で考え事をしていただけだ。
絶対に寝ていない。

なのになぜここに?

俊介は思うー


「−−−姫様…今日は民衆の方々に、
 顔を見せる日ですよ〜!
 頑張ってくださいね!」

マミが目を輝かせながら言った。


準備を終えて、
王宮の窓から顔を出す俊介。

何十万…いや、それ以上か。
大勢の民衆が「ひめさま〜!」と叫んでいる。

「…姫…民たちに希望の光を…」
側近のマグナスが言う。

「手を振ってあげてください」
近くに居た別の騎士が言う。

言われる通りに俊介が手を振る。

俊介の浮かない顔に気付かない民衆たちは
大歓声を上げた。

「−−−姫は、この世界では希望の光なのですぞ」
マグナスは、そう呟いたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

部屋に戻りながら俊介は考える。

おかしいー
次第にリアルと夢の境界線がおぼろげになっている気がするー

いやー
俊介は”ある”考えを頭に浮かべたが、
それを振り払った。


「−−姫…」
名前を呼ばれて振り返ると、
そこには王宮騎士団長のカペルがいた。

「あ…あぁ…え、、、っと、、か、、、カポス」
俊介が言う

「カペルです」
カペルが苦笑いしながら言うと、
姫に近づいてきた。

そしてー

「−−私も2年前に転生したんです。
 私と同じ世界から来たのかは知りませんが、
 ”ここは”良い世界ですよ。

 見てる限り、男性の方だと思いますが、
 羨ましいですよ。
 姫様に転生できるなんて」

カペルは小声で呟いた。

「えーー?」
俊介は驚いてカペルの顔を見た。

「−−これ、姫様、次の予定が待ってますぞ」
側近のマグナスがやってくると、
カペルは頭を下げて、そのまま立ち去ってしまった。

「転生ー?」
俊介は、不安に思いながら、カペルの後姿を見つめた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

夜ー

今日もいつものように仕事が終わる。

後輩の足利や麻美が笑いながら
談笑している。

そしてー
足利が伸びをしながら言う

「っかし、おかげで人が一人増員できますね」

その言葉を聞いた
”山盛次郎”部長は微笑んだ。

「まったくだよ。」

とー。


Bへ続く








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