鏡男の成り代わり
 作:黒憑


「美鈴先輩はいつも綺麗でかっこよくて……それに優しくて、ずっと憧れで……そんな先輩のことが大好きなんです! わ、私と、その……お付き合いして……くれませんか?」

 とある公園のベンチにて、想い人に愛の告白を行う一人の女子大生。

 彼女の名前は深山結衣(ふかやまゆい)。パッチリした目元と艶やかな唇が特徴的な顔立ち、フワッとしたボブカットの黒髪。背は小柄で全体的に少し幼い印象を持ちながらも、ブラウスを押し上げる胸元の膨らみやくびれた身体付きは年相応の女性らしさも垣間見える。

 そんな子が可愛らしい顔を真っ赤に染めて必死に言葉を紡ぎだす様は、おそらくその辺の男であれば途端に惚れてしまいそうな愛らしさに満ち溢れていた。

 もっとも、告白を受け取った相手……彼女の隣に座る女は複雑な表情を浮かべる。

「……ごめんなさい」

 美鈴先輩と呼ばれた女……橘美鈴(たちばなみすず)は申し訳なさそうに頭を下げる。綺麗で整った顔立ちとダークブラウンの長髪。スレンダーで長身の体型、さらにスキニーデニムに包まれた美脚はスラッとして美しく、可愛らしい結衣とは別種のありとあらゆる美しさを備えた美女だった。

 2人はここからほど近い女子大に通う大学生。お互いに演劇部に所属する3年生と2年生の先輩後輩同士であり、時折2人で小旅行にも行くような仲の良い間柄だった。

 しかし、今の両者の間に流れる空気はあまりに重苦しい。

「その……気持ちは凄く嬉しいの。結衣ちゃんは明るくて優しくて……それに演劇の時は凄く一生懸命で私にもよく相談しに来てくれて……本当に大好きな後輩で、凄く大切に思ってる。でも……私の“好き”は結衣ちゃんの“好き”とは多分違くて……」

 言いづらそうに口をつぐむ。なるべくなら大切な後輩の心を傷つけたくはない、しかしはっきり言わないと彼女に変な希望を持たせて苦しめてしまう可能性もある。それはあってはならないと、あらゆる感情が頭の中を駆け巡る。

「そ、そう……ですか……」
「ほんとにごめんなさい。結衣ちゃんは本当に大切な後輩で……それなのに傷つけちゃって……」
「い、いいんですよっ。むしろ私が我慢できずに告白しちゃって……先輩を困らせちゃってごめんなさい……」

 結衣は気丈に口にするも、その目には涙が浮かぶ。

「演劇部で先輩の演技に惚れて……普段も凄く綺麗でかっこよくて、クールで……でも凄く優しくて……そんな先輩のことが女同士とかも関係なく好きになっちゃって……それで気持ちを抑えられなくて、告白しちゃって……」
「結衣ちゃん……」
「でも、困りますよねっ。先輩は……そっちの気は無いですもんね。先輩と今まで一緒にいて何となくわかってたことなのに……ほんとごめんなさい。今日はもう帰りますねっ」
「結衣ちゃん待って――」

 美鈴の呼びかけも虚しく、結衣は涙を拭いながら走り去ってしまう。その背中をただ呆然と見送ることしかできなかった。

「はぁ……」

 気落ちしたまま一人暮らしのワンルームマンションに帰ると、そのままゆっくりとベッドに腰掛ける。そして向かいに置かれた全身鏡をぼんやりと見つめる。

 下はスキニージーンズに、上は七分丈の白い無地のカットソー。幾分シンプルではあるが、長身でスラッとした脚や均整の取れた美しい体躯、そして鼻先の高い整った顔立ちには充分に映えるコーディネートだった。

 もっとも彼女は自身の美しさを鼻に掛けるような人間ではない。ただ――

「もう、これで何回目かしら? 女の子に告白されるの……」

 鏡に映る自身の容姿を見ながらポツりと呟く。綺麗で長身で、それでいて大学では女子大の演劇部のためか男役を任されることも多い美鈴は、今までに何回も同性からの告白を受けてきた。

 最初は中学の頃。それからは高校、そして大学でも数回。もっとも高校や大学については、いずれも女子校だったことが拍車を掛けたのかもしれない。

「告白されるのが嫌なわけじゃないけど、女の子にそういう気持ちが向かないというか……」

 あくまで恋愛対象は男性。女同士が気持ち悪いという感情があるわけではないが、自らはどうしてもそこに恋愛感情が芽生えない。それは今までに告白された女性に対しても、そして結衣に対しても変わらなかった。

「でも……結衣ちゃんは凄く良い子だったからなぁ。告白を断る時はみんな泣くし、心が痛むのはいつものことだけど……なんだか今回はいつもよりも辛いわね」

 演劇部では結ばれるカップル役を務めたこともある間柄。2人で旅行に行ったこともある気の合う後輩で……それでもまさか結衣が自分に特別な感情を抱いていたとは思いもしなかった。

「はぁ、気まずいなぁ。明日部活に行きたくない……どうやって顔を合わせればいいのかしら」

 ボソッと呟いた、その時――





(だったら俺が代わりに行ってやろうかぁ?)

「!?」

 突然耳に入った声。それは男っぽい口調とは不釣り合いな綺麗で透き通った女性の声だった。

「え、だ、誰かいるの?」

 泥棒でも入っていたのか……あまりに急な出来事に混乱し、周囲を見渡す。しかし部屋の中に人影などどこにもない。一体今の声はどこからきたのか、まるで脳内に響くような……そして何だか“凄く聞き覚えのある声”だったような……そんな思いを抱く。

(へへっ、ここだよ)

 一体どこなのか……何とか声を頼りに視線を向けた先――





 そこには鏡があった。

「え、あそこから……?」
(せいか~い! うひひっ)
「!?」

 思わずビクっと身体を震わす。無理もなかった。

 美鈴の視線の先にある鏡、そこには先ほどもチラッと見た自身の姿が確かに映っている。ところが、その表情が……今の自身の驚きを映し出すはずの鏡の中の“彼女”がニヤりと笑ったのだ。

「えっ、ちょ……どういう……こと?」

 あまりの混乱と得体の知れない恐怖に口元も小刻みに震えてくる。しかしその様子を鏡が映すことはなく、なぜかそこに映る“彼女”は醜悪な笑みを浮かべ続けていた。

(いいねぇ、その驚いた顔。やっぱり美人はどんな顔しても映えるよなぁ。それにスタイルも良いし……こりゃ相当レベルたけぇなぁ)

 なおも鏡に映る“美鈴”は、その綺麗な声とは不釣り合いな男言葉を発しながらジロジロと美鈴の全身を舐め回すように見つめる。

「なん……なの……?」

 鏡の中の自分に文字通り“見られている”かのような気色悪い感覚。全身に悪寒が走り、思わず両手で身体を抱きしめようとしたのだが――

「え……? か、身体が……動かない……?」

 先ほどまでは動いたはずの腕も、手も、脚も、全てが金縛りにあったかのように一切の身動きがとれなかった。あまりの異常事態に、普段はクールで冷静な美鈴の顔も真っ青に染まっていく。

「ちょ、何よこれ!? どうして身体が……い、いやっ! 誰か――」

 一人暮らしの部屋の中で、それでも必死に大声で助けを求めようとしたのだが。

(助けて!! ……あ、あれ? 声が出せない……? そんな……)

 不安と恐怖のあまり、いよいよ泣きそうな表情を浮かべる美鈴をよそに、鏡の“美鈴”はなおもニヤけた笑みを浮かべながらスッと立ち上がる。

 すると――

(きゃっ……な、なんで!?)

 それに合わせて美鈴もベッドから立ち上がる。いや、“させられた”と言った方が正しい。鏡の中の“彼女”と全く同じ動きをとるかのように身体が勝手に動いたのだ。

 益々混乱する美鈴を見て、鏡の“彼女”は本人であれば決してしない邪悪な笑みを浮かべながら、鏡の奥から手前へとゆっくりと歩いてくる。それに合わせて美鈴も同じように歩かされる。鏡に向かって一歩ずつ……本人の嫌がる意思を完全に無視したかのように。

(ちょっと何これ……誰か助けて! いやっ!!)

 必死に助けを願う美鈴。しかし声が出せず、おまけに自分しかいない状況ではどうしようもなく、あっという間に鏡の前に……そこに映る“美鈴”の目の前に立たされてしまう。

 相対する2人の立ち姿も恰好も何もかも同じはずなのに一方は不気味な笑顔、もう片方は恐怖で涙を滲ませる様は、あまりにも異様な光景だった。

(へへっ、準備オッケーだな。それじゃあ……失礼するぜぇ)
(え、一体何を……)

 ソッと“美鈴”が手を伸ばす。それに合わせて美鈴も手を伸ばすことを強いられ、二人の手が鏡を通して触れ合う。

 その瞬間――

(ちょ、何これ!?)

 鏡から伸びた手が美鈴の手を掴む。そして成す術もない彼女をグイッと鏡の中へと引きづり込んでいくのだ。

(いや、やめてっ! いや、いやぁっ!!)

 鏡にぶつかることはなく、なぜか吸い込まれていく。あまりの恐怖に、もう普段の冷静な姿は何一つなく涙を流しながら抵抗しようとするも、身体は全く言うことを聞かない。

(誰か助け――)

 精一杯の心の叫びもむなしく、彼女の意識は闇の中へと落ちていった。





(んぅっ……)

 しばらくして美鈴は少し頭に痛みを覚えながら目を覚ます。瞼を擦り、ゆっくりと目を開けると――

(……え?)

 視界に広がるのは真っ白で広々とした何もない空間。どこまでも果てがない、気が狂ってしまいそうな異様な世界だった。

 さらに――

(私……なんで裸なの……?)

 素っ裸の自分。おまけに服はどこにも見当たらない。あまりの異常事態に混乱するも、なんとか記憶を呼び起こそうとする。結衣の告白を断り、心苦しい気持ちを抱えながら帰宅して物思いに耽っていたら……急に鏡の中の自分が勝手に笑って、勝手に喋って……挙句の果てに身体を強制的に動かされ、そして――

(鏡の中に引きずり込まれて……ってことは、ここってまさか……)

 改めて周囲を見渡すと、真っ白な空間の中に一個だけポツンと置かれた“何か”がある。恐る恐る近付くと、そこにあったのは全身鏡の形状の物で、しかしそれは鏡としての役割を果たしていなかった。何より映っているのが彼女自身の姿ではないのだ。誰かの部屋の中……ベッドが置かれ、カーペットが敷かれ、明るい色のカーテンがあって――

(私の部屋……よね?)

 そこには間違いなく彼女の……大学生になってから一人暮らしをしている見慣れた部屋が広がっていた。しかし、あくまでそれは映っているだけ。いくら手で触れても通常の鏡と同じように遮られ、向こう側に行くことは叶わない。

(これってもしかして……鏡の中に閉じ込められたってこと? う、嘘でしょ……)

 あまりに受け入れがたい、しかし先ほどまでの出来事を回想すると受け入れざるを得ない状況にガクガクと身体が震え始める。

 すると彼女が見つめる鏡の奥……部屋の中で何やら物音が鳴り始める。ガサゴソとした慌ただしい音。

(誰かいるの……?)

 鏡の奥を覗き込むと、何やらタンスを漁る後ろ姿が視界に入る。背丈は小さめ、しかし小太り、おまけに尻が丸出しの全裸姿。

「全く……美鈴ちゃんの下着は色気のねぇもんばっかりだなぁ」

 ボソッと、しかしはっきりと聞こえたのは間違いなく男の低いダミ声だった。

(えっ……なんで男の人が私の部屋に……いやっ!)

 自分の部屋に見ず知らずの全裸の男が侵入している……その事実に思わず声を上げると、タンスを漁っていた男がクルッと振り返った。

「ん? おぉ、気が付いたかぁ」

 年齢にして40代くらいだろうか。薄くなった頭髪、無精ヒゲの生えた醜顔、脂肪のたまった腹に、すね毛だらけの短足。そして汚い股間を丸出しにしているのはどう見ても変態男のソレだった。

(ひぃっ! ど、泥棒……?)
「はぁ? 俺は別に泥棒じゃねえんだがなぁ」

 そう言いながら、男は美鈴と鏡を隔てたすぐ近くまで歩み寄る。

「ほら、さっきまで話してたろ、忘れたのか?」
(え……?)

 美鈴の記憶の中で直近に話していた相手。それは――

(もしかして……鏡の中から私に話しかけてた……?)
「へへっ、そういうこと!」
(そんな……じゃああなたが私を鏡の中に……ふ、ふざけないで! ここから出して!!)
「それはできねえなぁ。俺は誰かを鏡に閉じ込めないと、こうやって代わりに外に出られないもんでさぁ。だからアンタにはその中でおとなしくしといてもらうぜ?」

 鼻で笑いながらニヤけた笑みを浮かべる男に、美鈴は彼に対する嫌悪や憤怒、鏡に閉じ込められたことへの絶望……様々な感情が湧き上がる。しかし、あまりに異様な現状においては、下手に男に反抗すれば一生鏡から出られなくなるかもしれない……それを恐れ、辛うじて平静さを保とうと努める。

(……まず一つ聞かせて。あなたは一体何者なの?)
「何者……か。そうだなぁ、鏡の中を渡り歩く……まぁ“鏡男”ってとこかな」
(鏡男……? 鏡の中を渡り歩くって……幽霊か何かなの?)
「う~ん、幽霊だったら外をホイホイ歩けねえし、こうやって物を掴んだりもできねえだろうから少し違うかもなぁ」

 そう言いながら、彼は床に落ちていた一着の下着を持ち上げる。ライトベージュのブラ……ソレはなぜか美鈴が先ほどまで着けていた物だった。

(え、それって今日の……私の……)
「へへっ、これか? まぁ鏡に引きずり込めるのは、あくまでアンタの身体だけだからなぁ。アンタの着てた物はぜ~んぶこっちに残ってるってわけさ。だから今のアンタは裸ってわけで……へへっ、良い身体してるよなぁ」
(あっ……み、見ないで!)

 あまりの事態に自身が全裸であることもすっかり忘れていたのか、慌てて胸元や秘部を腕で覆い隠す。しかし隠しきれない色気が男の興奮を掻き立てる。

「へへっ、ほんとにかなりの上玉だよなぁ。こんな美人がさっきまで着けてた下着がこれってわけか……まだ少しあったけぇなぁ」
(んなっ!? やめて! 勝手に私の下着に触らないで、変態!!)
「あぁ? うるせえなぁ。別にいいだろ? どうせコレも当分“俺の物”になるんだからなぁ」
(な、何を訳の分からないことを……)

 俺の物……このまま下着泥棒のように盗んでどこかへ逃げようとしているのかと、そう思っていたのだが。

「おいおい、わからねえのか? アンタを鏡の中に引き込む時……俺がどんな姿をしてたか覚えてねえのかよぉ」
(どんな姿って………………あっ)

 あの時、鏡の中から話しかけていたのは目の前に映る男ではなかった。綺麗な顔なのに品の無い笑みを浮かべ、澄んだ女声なのに男口調で語り掛けてきた“ソレ”がどんな姿だったかといえば――

(えっ……でも、あれは鏡の中のことで……)
「へへっ、まぁ話はここまでだ。そんじゃ早速始めるとするぜ」

 そう言った瞬間、男の身体に変化が起こり始める。

 まず短い脚と太い腕。それがググッと伸びるとともに、細くしなやかな物へと変わっていく。それに伴い大量のすね毛や腕毛が肌の内部へとシュルッと引っ込み、あっという間に色白の美しい脚と腕が形成される。

 そして変化は身体全体へ……だらしなく出ていた腹が引っ込む一方で、尻と腰回りはムクムクっと柔らかな丸みを帯びていき、女性的なくびれを作り出す。さらに胸元も少しずつ膨らみ始め、決して大きくはないが形の良い美乳が出来上がる。

「へへっ、今回のおっぱいはそんなに大きくねえが……生活するにはこれくらいがちょうどいいかもなぁ」

 細くしなやかになった指先で、品定めするかのように両乳を持ち上げる男。その下品にニヤけた顔すらもブクブクと変化し始める。

 丸くて大きな顔がシュッと細長の小顔へと骨格が変わると共に、皺や無精ヒゲの無い透き通った肌へと変質する。さらに鼻先は高く目元もキリッとした物となり、しまいには薄かったはずの頭部から長いダークブラウンの長髪がググッと大量に伸びていく。

 醜いオヤジ顔から若くて美しい女の顔へ……おまけに呆然と見つめていた美鈴にとって、その顔はあまりに見慣れたものだった。

(わ……私……)

 ニヤけた笑みを浮かべながら乳を揉み、美しい脚を少しだらしなくガニ股気味にした立ち姿……本来の彼女であればするはずのない行為を晒している目の前の存在は、どう見ても彼女自身にしか見えなかった。

 ある一点を除いて。

(私の身体なのに……あんな物が……)

 それは股間にそびえ立った汚い肉棒。美しき顔、美しき身体には、あまりに不釣り合いなソレは作り替わった肉体に対する男の欲情そのままに、おぞましいほど膨れ上がっていた。

 勝手に乳を揉む姿すら恥ずかしいのに、おまけに汚らしい男の肉棒を勃たせている自身と瓜二つの存在……心の奥底から湧き上がる羞恥に美鈴は頬を真っ赤に染める。

 その向けられた視線と恥ずかしげな表情に気付いた男は、作り替わった美しい顔とは不釣り合いな歪んだ笑みを浮かべながら股間の肉棒を見やる。

「さて……あとはコイツだな」

 最早おびただしい白濁液が溢れ出す寸前……そう思われた肉棒が突如シュルシュルッと股間の中へと文字通り“引っ込んでいく”。代わりに股間には割れ目のような物が形成されると、あっという間に女の性器が出来上がる。

「これで完成だなぁ、うひひっ」
(そ……そんな……)

 呆然と美鈴が見つめる鏡の先、そこには紛れもなく“橘美鈴”本人の身体へと完全に作り替わった男の姿があった。

「いやぁ、それにしてもアンタやっぱり良い身体してるよなぁ。ほんとモデルみたいだぜぇ」

 出来上がった美乳を色白の細い指でじっくりと揉みしだき、さらにはもう片方の手をくびれた腰つきや尻、太ももへと這うように沿わせていく。じっくりと舐め回すような手つきで作り替わった恵体を愛おしそうに撫で回す。

 自分と全く同じ姿をした存在が下品に顔を歪めながら身体を弄り回している……眼前に突き付けられる現実に美鈴は狼狽する。

(や、やめて! 私の身体で勝手なことしないで!!)
「はぁ? 何言ってんだか……これはアンタの身体じゃなくて俺の身体だろぉ? このおっぱいもケツも……今は俺のモノなんだよぉ。ほら、この髪だって……おぉ、良い香り……」

 男が使ったこともないはずの甘いシャンプーの香ばしさが隅々まで行き渡った長髪をじっくりと堪能するようにスンスンと嗅ぐ。自らの髪を嬉々として嗅ぐ姿はどこか変態染みているが、傍から見ればソレをしているのはどう見ても美鈴自身。ガサツな男口調と下品な単語の数々も、間違いなく彼女自身の透き通った綺麗な声から漏れている。

 その全てが、“自分の身体に変身しているのが紛れもなく下品な男”であることを嫌でも美鈴に知覚させてしまう。

(ねえ、お願いだからやめて! どうしてこんな……)
「どうしてって……美鈴ちゃんを鏡の中に閉じ込めたままだと『行方不明~』なんてことになっちまうかもしれないだろ? だから俺が代わりをしてやろうって話さ。それにアンタさっき言ってたろ、『部活行きたくない』って……ちょうどいいじゃねえか」
(ふざけないで! 今すぐもとに戻して! 早くここから出して!)
「チッ、うるせえなぁ」

 ボソッと呟くと、美鈴の姿になった男はなおも自らの身体を弄ろうとしたのだが――

 ブーブー
「ん?」

 振動音の鳴る方へと男……“美鈴”が目を向ける。それはメッセージアプリの受信を知らせるものだった。指紋認証式のロックが掛かっていたものの、“彼女”が指をかざすとスマホは偽物の所有者にあっさりと解除を許してしまう。やるせない表情を浮かべる本物の美鈴をよそに、“美鈴”はメッセージの内容を見やる。

「えっと……どうやらアンタがさっきぶつぶつ話してた結衣ちゃんからのメッセージみたいだぜ?」
(……!)

 その内容を鏡に閉じ込められている美鈴に向けてかざす“美鈴”。

『美鈴先輩。さっきは私の一方的な告白で先輩を困らせてしまい、本当にすみませんでした。明日からいつもの私に戻ります』

 メッセージには顔文字も華やかさもなく、ただシンプルに謝罪の言葉が述べられていた。それを見て複雑な表情を浮かべる美鈴をよそに、“美鈴”は何故かそのメッセージアプリの通話ボタンをタップする。

(ちょっ……何する気!? 勝手なことしないで!)
「へへっ、まあ見てなって……あ、ちなみに美鈴ちゃんが鏡の中から出してる声は俺にしか聞こえねえから幾ら喚いたって無駄だからな?」
(そんな……)

 成す術もない状況に美鈴が項垂れる中、スマホは2コールほど鳴った後――

 ガチャッ
『先輩……?』

 スピーカーモードで流れる結衣の声は心なしか震えていた。愛する先輩から何を言われるのか……その緊張感は電話と鏡を隔てても美鈴に痛いほど伝わってくる。

(こんなに気落ちしてる結衣ちゃんに一体何をしようっていうの……?)

 自分の声で、彼女に追い打ちをかけるような言葉を投げることがあれば絶対に許さない。そう思っていたのだが――

「結衣ちゃん……さっきはごめんなさい」

 始まったのはごく普通の……本来の美鈴となんら変わらない声のトーンから漏れ出る謝罪の言葉だった。

『え、そんな……先輩が謝るようなことなんて何も……』
「いいえ。あの時の私は……演劇部の次回公演の相談ってことで公園に呼び出されたから、まさか告白されるなんて思ってなくて……急なことで頭の整理がついてなかったの。だから心にもないこと言っちゃって……」

(え……?)

 美鈴は戸惑う。告白されたことは知っていても……なぜ呼び出された理由を知っているのか? なぜ場所が公園であることも知っているのか? 混乱する彼女を横目に見ながら、“美鈴”は通話を続ける。

『こ、心にもないことって、それってどういう……?』
「細かいことは後でゆっくり話すわ。だからひとまず……もう一度会って直接話さない? 今から私の部屋に来てほしいの」
『え、先輩……?』

 明らかに戸惑う結衣。告白を断られたはずなのに、もう一度直接会って話をする……突然のことに頭の整理が追いつかないのも無理はなかった。

「お願い。どうしても結衣ちゃんに直接伝えたいことがあるの」
『先輩……でも、良いんですか……?』
「もう……私が呼んでるんだから良いに決まってるでしょ? とにかく待ってるわ」
『えっと……わ、わかりました。すぐ行きますっ』

 そこで通話が切れる。途端にニヤりと醜悪な笑みを浮かべる“美鈴”のことを、美鈴は呆然と見つめる。男が自分に成りすまして結衣を家に誘い込んだのは勿論耐え難いことではあったが、それよりも気になったのは――

(口調も記憶も……どうして私そっくりに……)
「どうしてって……あたりまえだろぉ」

 “美鈴”はグヒっと笑いながら、自身の頭を指差す。

「俺が作り替えたのは何も外面だけじゃねぇ。中身も……つまりは脳みそまでアンタの物に作り替えたんだぜ? だから……“あなたの記憶だって引き出せて当然でしょ?”」

 すっかりそのまま……口調すらも本物の美鈴のように話す。

「ふふっ、あなたのこと……いえ、私のことなら何だってわかるわ。橘美鈴、大学3年生。演劇部所属で男役を務めることが多い。身長は168センチ、体重は47キロ。スリーサイズは上から81、56、82。今までに同性に告白された数は~……結構いるわね。それでやたら同性から告白されるから、もう少し女の子らしくした方がいいのかと思い悩んでいると……。それで大学に入ってから髪を伸ばし始めて――」
(も、もうやめて!)

 自分のことが丸裸にされるような感覚。記憶も口調も、おまけに悩みも感情も……自分しか知らないことを全て読み取り、何もかも自分になっている男。

 それはつまり、いとも簡単に自分に成りすませることを意味する。

(そんな……こんなことって……)
「へへっ、まあそんなに悲しい顔すんなって。俺がちゃ~んとアンタを演じてやるからさ。それこそアンタ譲りの演劇の才能でなぁ」
(ふざけないで! 勝手なことしないで!!)
「まったく……うるせえなぁ」

 そう言いながら、“美鈴”は床に置かれた上下の下着やスキニージーンズ、カットソー……本来の彼女が先ほどまで身に付けていた衣類を見やる。

 そして、それらを本物の美鈴に見せつけるように、ゆっくりと着込み始める。

(やめて! それは全部私の……)

 しかし、“美鈴”はニヤニヤと笑いながら着替え続ける。着け方を知っているかのようにブラを難なく装着し、ショーツに脚を通す。そしてスキニージーンズ、カットソーと着終えると、それはどう見てもつい先ほどまでの美鈴自身と何も変わらない、普段着に身を包んだ彼女の姿に間違いなかった。

「ふふっ、これでどう? こうやって口調も仕草も……それに服も着ちゃえば、どうみても橘美鈴にしか見えないでしょ? 鏡の中で全裸で閉じ込められてるあなたよりも、よっぽど本物に見えるけど?」
(で、でも……この状況を誰かが気付いてくれれば……)
「ふふっ、残念。さっきも言ったけどそこでいくら騒いでもあなたの声は私にしか聞こえないし、あなたの姿が見えるのも私だけよ? 他の人がその鏡を見ても普通の鏡にしか見えないし」
(そんな……)

 それまでは羞恥や屈辱や戸惑いで溢れていた心に、大きな絶望と恐怖の感情が湧き上がる。

(いやっ! ここから出して!! 誰か助けて!!!)
「へへっ。まあいくら騒いだってどうにもならねえんだし、おとなしくしてなって。別に殺しやしねぇし……飽きたら戻してやるからよぉ」

 再びガサツな口調に戻った“美鈴”は、その後も部屋をうろうろと歩き回る。閉じ込められている美鈴に見せつけるように、そして『今、この部屋の主は自分なんだ』とわからせるように。その行動の一つひとつが美鈴の心を擦り減らしていく。

 そして――

 ピンポーン
「おっ、結構早かったな。まあ結衣ちゃんの家はここから1キロも離れてねえしな」
(……)

 どうにもならない状況、そして知るはずもない結衣の家の位置すらも当然のように把握していることに苦しげな表情を浮かべる美鈴をよそに、“美鈴”は結衣を部屋へと迎え入れる。

「先輩……あの……」
「ふふっ、ひとまず座って」

 ベッドに座った“美鈴”はポンポンと隣を叩く。結衣は、まさか目の前の先輩が偽物であるとも知らず、ソッと隣に……しかし少し距離を開けて腰を下ろす。

「あら、どうしたの? もっと近くに来ていいのに」
「せ、先輩……でも……」

 先ほど告白を断られたのが記憶に新しいのか、距離を詰めようとはせず俯く結衣。その表情は緊張に満ちていた。

「ふふっ、なら私からいっちゃおうかな♪」
「え、先輩……!?」

 慌てて顔を上げた結衣のことを“美鈴”は突然ムギュッと横から抱き締める。思いもよらぬ抱擁に結衣の顔は耳まで真っ赤に染まり、身体中に熱を帯びると同時にトクトクと胸の鼓動も高鳴っていく。

「あ、あの、えっと……」
「ふふっ、緊張してるのね。結衣ちゃんのドキドキが……とっても伝わってくる……」
「だ、だって……私は先輩の事が……」
「ふふっ、そうね。でも……ドキドキしてるのは結衣ちゃんだけじゃないの。私もね……あなたとこうして抱き合えて、とっても興奮してるの」
「え、せんぱ――」

 言葉を漏らそうとした結衣の唇は、もう一つの唇によって強引に塞がれる。“美鈴”は柔らかな唇同士が触れ合うのを堪能するかのように濃厚な口づけを交わし始める。

「んちゅ……んぅ♡」
「んんっ……せんぱ……んむぅっ♡」

 徐々に結衣の表情は蕩けて熱を帯びていく。大好きな相手からのディープキスは、彼女の脳内を掻き乱すには十分な代物だった。

(ちょ、ちょっと何してるの……)

 遠慮のないキスを浴びせる“美鈴”とそれを拒まない結衣、その様子を鏡の中で見ていることしかできない美鈴。まるで自分が情熱的なキスを浴びせているかのような恥ずかしさに、ワナワナと身体を震わせる。

 やがて“美鈴”が唇を離すと、お互いの唾液が絡み合って糸を引く。彼女はそれをペロリと舐めとる。

「はぁはぁ……先輩、今のって……」
「ふふっ、これがあなたの告白に対する私の答えよ」
「え……? で、でも、さっき公園では……先輩の好きと私の好きは違うって……」
「あぁ……さっきはごめんなさいね、電話でも言ったけど急なことで驚いちゃっただけ。家に帰ってゆっくり考えて……それで私の本当の気持ちに気付いたの。私もあなたのこと……愛してるわ」
「せ、せんぱ……キャッ!?」

 蕩けた表情を浮かべる結衣を“美鈴”はベッドへと強引に押し倒す。馬乗りとなり、自らの唇を艶めかしく舐めながら恍惚の表情を浮かべる。

(もうやめて! お願いだから私の身体で結衣ちゃんに勝手なことしないで! 結衣ちゃんもお願いだから逃げて!)

 鏡の中から美鈴は必死に叫ぶ。しかし、その声も姿も、それが見聞きできるのは部屋にいる“美鈴”のみ。今、結衣の目には眼前に馬乗りとなっている愛しい先輩の姿しか映っていなかった。

「まったく……いくら叫んでも無駄なのになぁ」
「先輩……?」
「ううん、こっちの話。それより結衣ちゃん……あなたって本当に女性らしい身体してるわね。見てて羨ましくなっちゃう」
「えぇ!? わ、私からすれば、先輩の方が背も大きくてかっこよくて……私なんて小さいし顔も子供みたいだし……」
「そう? でも……そこは私よりも立派に成長してるみたいだけど」

 視線の先にはブラウスを押し上げる結衣の豊満な双丘。小柄で可愛らしい童顔な彼女にとって、ただ一点だけ年相応の……いや、それ以上といえる代物であり、大きな膨らみを帯びていた。

「先輩……そんなに胸を見られると恥ずかしいです……」
「ふふっ、別にいいでしょ? 減るわけじゃないんだし。私はそんなに大きくないから憧れちゃうの」
「そ、そうですか……。でも大きいと、その……歩いてるだけで男の人の視線が胸に向いてるのが嫌でもわかっちゃって……それが嫌いで……」

 結衣は頬を染めながら視線を逸らす。しかし、そこに恥ずかしさはあっても嫌悪感を抱いている様子は全くない。まさか目の前で自身の胸を眺める大好きな先輩の正体が、日頃自らが嫌悪している“胸を見るのが大好きなスケベ男”だとは露知らず。

「うふふっ」
「……? 先輩……?」
「いいえ、なんでもないわ。それより……私にこうやって胸を見られるのは嫌じゃないの?」
「あ、ええと、先輩なら……その……恥ずかしいですけど、褒めてくれて嬉しいというか……えへへっ」
「そう……なら良かったわ。ねぇ、少し触ってみてもいい?」
「え、せんぱ……ひゃっ♡」

 ムギュッと服の上から両乳を鷲掴む。細くしなやかな“美鈴”の手からは零れてしまいそうな豊満で柔らかな乳肉を、ブラウス越しにじっくりと堪能するかのように五指をめり込ませていく。

「せ、せんぱ……んぁっ♡」
「ふふっ、とっても柔らかくて大きいわ。顔は幼くて可愛いのにこんなに立派な胸……これなら“結衣ちゃんの身体にした方が良かったかしら?”」
「え……先輩? それってどういう……」
「ううん、なんでもないの。そんなことより……私、結衣ちゃんが可愛すぎて……もう我慢できないわ」
「……?」

 そう言うと、“美鈴”は結衣のブラウスのボタンを上から外していく。あっという間にブラウスの前は開かれ、花柄のレースがあしらわれたブラと豊満な谷間が露わになる。

「せ、先輩……」

 結衣は恥ずかしそうに頬を赤らめるも、服を脱がされて抵抗する様子は全くない。愛しの先輩が自分に劣情をぶつけてくれる嬉しさに心がすっかり流されていた。

 しかし、それでも幾分の違和感は覚えているようで――

「今日の先輩……少し、その……いつもと雰囲気違いますね」
「あら、どうしてそう思うの?」
「えっと、先輩ってその、結構控えめというか……いつもスキンシップも私からだったので、少し意外で……」
「あぁ、そういうことね。確かに普段の私はそうだったと思うわ。でも結衣ちゃんみたいに可愛くて……心から大好きな子には積極的になっちゃうものよ」
「先輩……」
「うふふっ、それに……」

 少し間を置いて、“美鈴”はニコッと微笑む。

「今度……次の演劇でやる私の役、結構女好きでワイルドな男役でしょ?」
「あぁ、そういえば女の子に凄く情熱的に迫るような……そんな役ですよね」
「そう、その役作りもあってね……少し癖が出ちゃってるのかもしれないわ。うふふっ、ごめんね。いつもと雰囲気違って少し困惑させちゃった?」
「い、いえ……私は、その……いつもと違って積極的な先輩も……むしろ嬉しいというか、好きというか……えへへっ」

 見事あっさりと、“美鈴”の言葉を鵜呑みにする結衣。惚れた相手が自らを情熱的に求める姿……今の彼女には惚れた女が何をしても魅力的に見える、謂わば恋は盲目、そんな状態だった。すっかり快楽に染まった彼女に、もう冷静な判断を下す余裕など残っていなかった。

(そ、そんな……)

 その光景を呆然と鏡の中から見つめる美鈴。結衣のあんなにも嬉しそうで……それでいて成人の女としての色気に満ちた様子は見たことがなかった。

(お願い、もうやめて……これ以上結衣ちゃんに変なことしないで……)

 苦しげにポツりと呟く。それが耳に入った“美鈴”は一瞬だけ鏡の方……美鈴の方を向く。その口が「諦めな。もう結衣ちゃんは俺の物だ」と、そう動いたように彼女には見えた。

「先輩……? どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないの。それより……続きをしましょ?」
「え、それって……」
「うふふっ」

 妖艶な笑みを浮かべると、“美鈴”は手をクロスさせ、ガバッと上のカットソーを脱ぐ。さらには下のスキニージーンズも脱ぎ、あっという間に下着姿となる。

「せ、先輩……」

 今までも部活の合宿や衣装着替えで、美鈴の下着姿を見たことはあった結衣。しかし、改めてスラッとした美しい体躯、程よい美乳とくびれ、色白の美肌を目の前に、思わず心臓を高鳴らせる。

「それじゃあ始めましょうか」
「せんぱ……んむぅっ♡」

 まずは唇同士が濃厚に交じり合う。舌を入れ込んで無遠慮に口内に侵入してくる“美鈴”に対して、結衣も受け入れたように舌を絡ませるためか、ペチャペチャと淫らな音を立てる。その合間にも、“美鈴”は結衣のブラの下に手を入れ込んで豊満な乳房を弄り、指の中でムニュりと踊る乳肉を見ては淫らな笑みを浮かべ続ける。

「んちゅっ♡ んあぁ♡ 良い……すごく柔らかいわ。唇も、おっぱいも最高ねっ♡ んぅっ♡ 結衣ちゃんは気持ち良い?」
「せ、せんぱ……んぅっ♡ きもちぃ……れすぅっ♡ んむっ♡ あんっっ♡」

 余裕を見せる“美鈴”の一方で、蕩けた表情を浮かべる結衣。“美鈴”はやがて胸だけでなく、指をツーッとヘソの方へと添わせていき身体中を愛撫していく。唇も身体も、愛しい先輩にされるがまま……もう結衣の頭の中は言い知れぬ幸福で満たされていた。

「ほら、ここも……すっかり気持ち良くなってるみたいね」
「ひゃっ♡ せんぱい……はずかしいです……」

 その手を結衣のスカートの裾から内部へ……デリケートゾーンへと潜り込ませると、明らかに湿った感触を覚える。

「これだけ濡れてるなら……後は一緒に、ね。うふふっ」

 そう言うと自らのショーツを脱ぎ、そしてすぐに結衣のスカートとショーツにも手をかけ、ゆっくりとずり下ろす。お互いに上はブラだけ、下は生まれたままの姿となった両者。“美鈴”はさらに身体を近づけ、上は互いの乳房を密着させ、下はお互いの秘部を擦り合わせた状態で身体を動かし始める。

「あはぁっ♡ んっ……んふぅ♡ きもちぃ……結衣ちゃんっ♡」
「せんぱ……あぁっ♡ も、もう……おかしく……んはぁっっ♡♡」

 お互いに顔や胸元に汗を滴らせ、ピチャピチャと秘部を互いに擦り合わせ、そして淫らに喘ぐ。いつまでも、いつまでも――

(あ……あぁ……)

 その様子をただ見ていることしかできない美鈴の中に湧き上がるのは屈辱……だけではない。いつもは健気で幼い印象のある結衣の色気に溢れた表情と激しく揺れる肉欲的な身体、そして何よりソレをリードする“自分に化けた存在”のどこまでも乱れた表情……見たことのない後輩と自分。それを見て何故か身体中に熱を帯びるような、滾るような感覚を覚え――

(ち、違う! こんなの見たくない……そのはずなのに……)

 それなのに目を離せない。未知なる光景に嫌でも視線が吸い込まれてしまう。そんな彼女をよそに、情事に耽る“美鈴”はさらに激しく腰を動かす。

「うふふっ……いいわぁっ♡ 本当に……気持ち良くてぇ……たまんねえなぁっっ♡」
「んはぁ♡ せ、先輩……?」
「おっと……うふふっ、また少し役の名残が出ちゃったみたい。でも……本当にたまらないわぁ♡ 結衣ちゃんのからだぁっ♡ きもちぃ……さいっこぉぉっっ♡♡♡」
「せんぱい……んぅっ♡ そんな激しいとぉっ♡ ……おかしくなっちゃ……んあぁっっ♡♡♡」

 そして、2人同時に迎えた絶頂の瞬間――

 ドバっと愛液が溢れ出し、お互いの秘所周りへ、さらにはベッドへと零れ落ちる。

「はぁはぁ、せん……ぱぁい♡」
「ふふっ、今の結衣ちゃん、とっても可愛いわ。ホントにさいこ……うおっと!?」
「せんぱい……美鈴せんぱいっ、大好きぃっ♡」

 ムギュッと全身で抱き着く結衣。胸の鼓動、豊満な胸の柔らかさ、汗とシャンプーの混じった髪の香り。密着した彼女から発せられる女としての全てが、それを抱き留める“美鈴”の……彼女に化けた男の情欲を掻き立てる。

(すっかり俺の虜になっちまったみてえだなぁ。相手が愛しの先輩に化けた野郎ともしらねぇでよぉ、へへっ)

 しかし何も知らない結衣は、目の前にいるのが大好きな先輩であることに何の疑いを持つこともなく、愛おしげに抱き締め続ける。

 その最中、“美鈴”はチラッと鏡の方へと目を向ける。自分たちの情事を見て頬を赤く染める美鈴を見やると、ニヤっと結衣の見えないところで不気味な笑みを浮かべて――

「さて……ひとまずこの辺にしておこっか」

 “美鈴”が頭を優しくポンポンとすると、結衣はようやく身体を離す。その顔には名残惜しそうな雰囲気が滲み出ていた。

「もう……そんな顔しないの。これから何度だって抱き締めてあげるし……何度だってイイこと、してあげるから。だって私たちはもう恋人同士なんだし」
「……! そ、その……いいんですか? 本当に……こ、恋人……」
「ふふっ、ここまでしておいて今更何言ってるの? あなたのこと、心から愛してるわ」
「せ、せんぱい……う……うぅ」

 あまりに嬉しかったのか、結衣は俯きながら嗚咽を漏らす。

「ほ~ら、泣かないの。そうだっ、少しシャワーでも浴びてきたら? 汗も掻いたし……色々と付いちゃったしね」
「あ、確かに……でも、それなら……一緒に入りませんか?」
「あら、そうしたいのは山々だけど……今から少し“やりたいこと”があってね」
「やりたいこと……?」

 首をかしげる結衣。

「まぁ、あんまり大したことじゃないから気にしないで! ほら、早く浴びてきな」
「え、でも私から浴びるなんて申し訳ないような……」
「良いのよ。もう恋人同士なんだから遠慮は無し! さぁ入った入った!」
「こ、恋人同士……えへへっ、わかりましたっ」

 ニコッと微笑みながら風呂場へと向かっていく。そしてガチャリとドアの閉まる音が聞こえると、“美鈴”はググッと伸びをする。

「んんっ……はぁ~! 恋人同士……か。相手がおっさんだと知ったらどんな顔するんだろうなぁ、へへっ」

 一転して男口調で呟きながら下品にベッドに胡坐を掻き、それまでの美しい姿とは真逆のようなガサツな様を見せる“美鈴”。

「さて……」

 ソッと視線を鏡の方へと向ける。

「ほら、どうだったよ美鈴ちゃん。俺たちの濃厚なレズセを見た感想はさぁ?」
(……)

 勝ち誇ったように笑う偽物を前に、美鈴は顔を背ける。

(結衣ちゃんの気持ちを利用して弄んで……あなたのやってることは最低よ)
「へ~そうか? でもあの子はアンタと結ばれて心底嬉しそうだったぜ?」
(それは……で、でも……)
「でも……なんだよ、図星だろ? 別に結衣ちゃんは偽物だって気付く様子も無かったわけだし……それならこのまま俺がアンタに成り代わった方があの子が幸せなのは間違いねぇだろぉ?」
(……)

 美鈴に化けた男であることにも気付かず、幸せそうに喜んでいた結衣の顔。それに……普段は小動物のように幼い可愛らしさを纏う結衣が見せた女の顔。自分が見たこともない顔を、自分に化けた男はいとも簡単に引き出して見せたのだ。

 そして、それを引き出した濃厚なレズセックス……その情景が思い起こされ、美鈴の頬が再び赤く染まっていく。

「へへっ、どうしたぁ? アンタも随分顔が赤いじゃねえか。まさかさっきまでの俺たちのレズセでも思い出して興奮しちまってるのかぁ?」
(ち、ちがっ……)

 図星を付かれ、狼狽える。確かに先ほどレズセに及んでいた2人の姿に、身体中が熱を帯びていくような、感じたくないはずの劣情が湧き上がっていたのは紛れもない事実。しかし、それは美鈴の中で決して認めたくないものだった。

 自分の姿をした偽物が好き勝手に行った行為に、本物の自分が興奮してしまったなど――

「認めちまえよぉ。自分の偽物と大切な後輩がエッチしてるの見て興奮してました~ってさ。さっき結衣ちゃんとエッチしてるときだって横目でチラチラと見えてたんだぜ? アンタの顔が真っ赤になってんのがなぁ」
(それは……あなたが勝手なことばかりするからで……)
「へへっ、まぁいいや。どうせなら俺たちのエッチで欲情しちまったアンタのために……今から少し面白いことしてやるよ」
(……え? それって一体どういう――)

 そう尋ねようとした時だった。美鈴は突然身体に電流が走ったかのような衝撃を覚え、そして――

(なに今の……あ、あれ?)

 そこで異変に……身体が全く動かないことに気付く。

(え、どういうこと……ちょ、ちょっと! あなた、また何か私に変なことしたの!?)
「へへっ、少しな。まあ見てなって」

 そう言うと、“美鈴”はベッドから立ち上がり鏡へと近付く。そして床に座り込むと、鏡に向かってM字に脚を開き、先ほどの行為でヌメッとした秘部を曝け出す。

 すると――

(ひっ!? ちょ、何これ!?)

 鏡の中の美鈴は、なぜかニヤニヤと微笑む“美鈴”と全く同じ……ガバッと脚をM字に開き、だらしなく秘部を曝け出した恰好になる。それは彼女の意思によるものではない。まるで“鏡のように”同じポーズを強制させられてしまう。

「おぉ、良いねぇ。大事な所が丸見えだぜぇ、美鈴ちゃん」
(ちょっ、見ないで! またあなたの仕業なんでしょ!?)

 必死に身をよじろうとするも、身体は何一つ言うことを聞かない。意思を持って動かせるのは顔だけだった。

「まぁまぁ、そう焦んなって。今からちゃ~んとアンタのこと……気持ち良くしてやるからさ」
(それってどういう……)

 反抗の言葉を遮るかのように、“美鈴”が突然腕を上げる。それと同時に美鈴の腕もググッと勝手に動く。その手は自身の胸元へと近付いてき――

 ムニュッ
(ひゃっ……ちょ、ちょっと何して……)
「いやぁ、どうやら記憶によればアンタってオナニーの経験も少ないみたいだしさぁ。是非この機会に自分の身体の気持ち良さを味わってもらおうと思ってなぁ……んふぅ♡ んあっ♡」
(やめなさ……んぅっ。ちょっといい加減に……あぅっ♡)

 自らの意思ではない強制された行為のためか、自分の手で胸を揉んでいるのに揉まれているような不思議な感触を覚える。おまけに目の前には同じくM字に脚を開いて秘部を曝け出しながら乳を揉む自分そっくりの姿。耐えがたき羞恥と、それと共に湧き上がる熱く火照った感覚が美鈴を襲う。

「へへっ、随分と……んぅ♡ 気持ちよさそう……だなぁっ♡ 俺も同じことしてるから……んふぅっ♡ 最高に気持ち良いぜぇっ♡」
(やめて……んぁっ♡ 私は気持ち良くなんか……んぅっ♡)

 片手はなおも胸に、そしてもう片方の手を胸からお腹、そしてヘソのラインを沿うようにして指を這わせる。さらにはくびれた腰つきやM字に開かれた太もも……舐め回すように沿う指と共に感じるのは、くすぐったさと気持ち悪さと、しかし言い知れぬゾクっとした快楽。

 そして――

「んはぁっっ♡♡」
(んはぁっっ♡♡)

 シンクロした嬌声。手が秘部に到達した瞬間、身体中をピリッとした電流のような刺激が流れる。

「んほぉっっ♡ やっぱりアンタのここって結構敏感だなぁっ♡ んぅっ♡」
(んあっ♡ や、やめ……そこは……だめぇっ♡ もう我慢が……あっあっ……いやぁぁっっっ♡)

 自らが今までに経験した数少ない自慰とはまるで違う。激しく乱暴な手つきで弄り、弄られる性感帯の全て……あふれ出す快楽の渦に、もう我慢の限界を迎え――

「あっ、あっ……んはぁぁぁっっっっ♡♡♡」
(あっ、あっ……んはぁぁぁっっっっ♡♡♡)

 再び嬌声が一つとなった瞬間、美鈴はまるで初めてかのような言い知れぬ快感に満ちた絶頂を迎える。愛液が大量に零れ落ち、顔や身体には汗を滴らせながら、その場へと倒れ込む。もう身体は解放されている……しかし、そんなことを考える余裕はどこにもなかった。自分の手でイって、でもイかされて……嫌なはずなのに、あまりの快楽で……あらゆる感情が綯交ぜになり、ぼんやりと天を仰ぐ。

(はぁはぁ……)

 見上げれば何もない真っ白な空間。ここが得体の知れない鏡の中なんだと、そして自分はこれからもここに閉じ込められ、揚句には今みたいに身体を弄ばれ続けるのかと、様々な思いが脳内を渦巻く。

「へへっ、随分興奮してくれたみたいだなぁ。俺もアンタの身体でオナるの、最高に気持ち良かったぜ」
(はぁはぁ……ほんと最低……勝手に……何もかもさせられるなんて……)
「ん~……それはちょっと違うんだよなぁ」
(何が……違うって言うの……?)
「俺はなぁ、実を言えばアンタがイく少し前には拘束を解いてたんだぜ?」
(……え?)

 それはつまり――

「だからアンタは途中から拘束が解けたことにも気付かずに自分の意思でおっぱい弄って嬉しそうにオナってたってわけさ」
(そんな……う、嘘よ!)
「へへっ、最高だったぜ? 途中から動きを強制しなくても、俺と同じように野郎みたいに激しく身体弄って喘いでるんだもんなぁ。それで最後は俺と同時にイっちまうし……澄ました顔してとんだ淫乱女だったわけだ」
(違う! 私は……)

 良いように操られ、弄られ、揚句にはその快楽に嵌まり、最後は自らの意思でイったなどと……身体だけでなく、心すらもいいように弄ばれたなどと……そんな現実は認めたくなかった。

「へへっ、まあ今日はとりあえずこの辺にしておくかな。これからもオナニーには一緒に付き合ってやるから感謝しろよ? もっとも……その内、俺の手助けなんかなくても一人で上手に快楽に耽ってそうだけどなぁ」
(うそ……嘘よ……)
「そんじゃあアンタの身体とアンタとしての生活……しばらく堪能させてもらうぜ~。いつ飽きるかわからねえけど、それまでよろしくな」

 そう言うと“美鈴”はスッと立ち上がる。

「あ~やっべ、さすがにレズセからのオナニーで股がやべえなぁ……まあいいか。それじゃあ俺はこれから結衣ちゃんと風呂場でイチャついてくるとするかな。へへっ、あの巨乳に挟まれて……第二ラウンド開始だな!」

 股の辺りを擦りながら陽気に歩き去っていく姿を、美鈴はただぼんやりと見つめる。鏡の中に閉じ込められた恐怖、成り代わられる屈辱、これから先の絶望。そして……今なお感じる自慰後の熱っぽい感覚――

「もう……いやぁ……」

 様々な感情が綯交ぜとなりながら、彼女は果てしない虚空を見上げ続けた。







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