私の代わりに温泉に 作:こめライス 都会の下町の住宅地。 台地の一番てっぺんに立つ高校に通っている男女が2人、長い下り坂を歩いている。 坂を下りきった先に、ここの高校生が利用する最寄りの駅があるのだ。 2人は手をつないだりはしていないが、恐らくはカップルなのだろう。 「…ねぇ、マサくん。」 「どうしたんだ楓子、急に改まって。何かお願い?」 楓子と呼ばれた女の子は、周りをキョロキョロと見渡す。 広い道を前も後ろも三々五々に生徒が歩いている。真夏の夕方とあってみんな顔を下敷きで扇いだりタオルを首からかけたりと暑そうにしている。 だが、2人の会話が聞こえるくらいの周囲には誰もいなかった。 「あのね…わたしの代わりに、温泉…、行ってほしくて。」 「…………えっ?」 「だから…、温泉…。」 楓子は恥ずかしそうにそう言った。 恥ずかしさから真っ赤になっている顔は、夕焼けの照りつけが隠しているようだ。 「それ…いつ?」 「来週の土曜。部活がオフの日。」 「相手は?」 「同じクラスの…雪美ちゃん。」 「えっ?山中?じゃあ行けばいいじゃん。」 「それが……。」 「あっ。」 ちょっと自己紹介。 俺は尾藤 雅之(びとう まさゆき)。 高校2年生で陸上部に所属。 マサユキって響きが戦国武将っぽくて古くさいけど、個人的には気に入っている名前だ。 一緒に歩いているのは、彼女の深田 楓子(ふかだ ふうこ)。 俺と同じ陸上部所属で、俺の彼女だ。 目がくりっとしていてとてもかわいい。 俺のことはマサくんとか、マサと呼ぶ。 お互いに意識はしていたんだけど、去年の冬に楓子から告白してきてOKした。 たった今楓子の口から出てきた雪美って子は、山中 雪美(やまなか ゆきみ)。 クラスでも秀才の部類に入る、いわゆる『リケジョ』だ。 彼女は運動が苦手なようで、部活は美術部に所属している。 楓子と雪美は1年生の時も同じクラスだった縁で、今もクラスでは一番仲が良い。 陸上部のオフの日は、だいたい俺とデートするか雪美と遊ぶかのどちらからしい。 「理由は、あれ、か…。」 楓子が1つだけコンプレックスにしていることがあり、それがまだ成熟しない身体のことだ。 本人は「走ってたら付くべき脂肪なんて全部消えてなくなっちゃうから~」なんて言って気丈に振る舞うこともあるが、付き合って早々に「私の身体じゃ満足できないかもだけど…」と切り出してきたこともあり本人の中では相当気にしているらしい。 「ダメ…?マサくんの"アレ"なら、できるかなって思って。」 「あっ、"アレ"か…。でも、いいのか?山中からしたら、楓子と行ったと思ってたのに実は俺だったーなんて。」 「バレなきゃ…いいじゃん。雪美ちゃんのカラダと並ぶと…なんか恥ずかしいから。」 「お前がいいならいいけど…。分かった。」 そんな会話を交わしながら歩いていると、いつのまにか駅にたどり着いていた。 陸上部の同級生とか、クラスのやつに会って冷やかされたりしたけど、それもいつものことだ。 俺はここから北のほうに5駅だけど、楓子は反対の南のほうに3駅行ったところに住んでいる。 駅の改札をくぐって楓子と分かれると、俺は反対方向のホームに向かった。 北方向のホームは、南側と比べて空いている。 俺はいつも通り、降りる駅の改札が近い5両目の辺りに移動した。 すると、ちょうど5両目の辺りで雪美が電車を待っていた。 流行りのリュックを背負いながら、何か本を読んでいる。本屋で買うと付けてくれる茶紙のブックカバーはもうボロボロ。使い込まれている何よりの証だ。 いつもは少しシャギーの効いた黒髪ロングだが、今は後頭部で一つにくくっている。 普段は眼鏡をかけていないのに、今は眼鏡姿だ。 そして何より視線を奪われるのは、セーラー服を押し上げる胸の膨らみと、スカート越しにも分かるほどよい大きさのお尻だ。 楓子と身長はほとんど同じはずなのに、これほどまでに差が出るものなのだろうか。 思わず「あっ」と声をあげてしまうと、雪美もこちらに気づいたようだ。 「尾藤くん、部活おつかれさま。」 「ああ、ありがとう。山中は何故こんな時間に?」 「美術部だってたまにはこのくらいまで部活してるわよ。」 「ああ、そうか。それはすまない。」 「そういえば、尾藤くんに会ったからお話しておくわ。来週、楓子と温泉に行くの。なんだかヤキモチ焼かれるとイヤだから、先に伝えとく。」 「あ…それ、さっき楓子から聞いた。」 「あら、そう。まあなんとなくそんな気はしてたけど。じゃあ、私はこれで。」 そう言うと、雪美はスタスタと場所を移動していった。 女子同士でいるときはもっと優しい顔してるんだがなぁ。男子と喋ると途端に愛想がなくなるから、そこそこ可愛いのになかなか彼氏できないんだよなぁ。 そう考えているうちに、電車が到着した。 俺は少々悶々とした気持ちを抱きながら、いつも通り帰宅路についた。 翌週の土曜日。 俺は"アレ"のために、楓子の家に行った。 玄関の呼び鈴を鳴らすと、楓子が出てきた。 楓子はまだパジャマ姿のままだった。 「マサくん、おはよう。」 「おはよう、楓子。」 「今日はお父さんもお母さんも朝から出かけてるから、変に遠慮しなくて大丈夫。」 「わかった。」 俺は楓子に連れられて、2階の楓子の自室に入った。 「ねぇ、マサ……。さっそくだけどお願い…。」 「分かった。」 そう言うと、俺と楓子は唇を重ね合わせた。 楓子の柔らかな唇の感触が伝わってくる。 舌を絡め、息づかいも荒くなる。 しばらくその濃厚な口づけを味わったあと、互いに唇を離した。 すると、俺の身体からギシギシと骨がきしむ音がした。 その音とともに、身長が少し縮みはじめた。 さらに骨盤が横に大きく広がり始め、それに伴って脚の骨もくっつき方が変わる。 頭蓋骨もギシギシと小さくなり、鼻筋がすうっと整った小さな頭になる。 平たな唇は潤いを伴った柔らかいものに。 短く刈り上げられた髪も、バサリと伸びた。 腕も細くなり、筋肉質でゴツゴツしていた身体が少し脂肪質になり、肌もムチムチと柔らかくすべすべになる。 最後に股間にあるブツだ。人並みの大きさだとは思っているが、それがみるみるうちに小さくなる。 体内に吸い込まれるように消えてゆき、割れ目ができあがると、すっかり女の子のようだ。 目の前にいた楓子は、その様子をじっと見つめていた。 変化が止まった俺は、息をつく。 「……ふぅ。」 「おつかれ、ありがとう。鏡を見て。」 俺は部屋の姿見の前に立つ。 そこには、俺の服を着た楓子の姿があった。 ぱっちりとした目、首元までの長さのふわりとしたショートヘアーはまさに楓子そのものだ。 そう、俺は変身することができるのだ。 俺が変身能力に気づいたのは本当にたまたまだった。 楓子と付き合ってすぐにキスをした時に、今と同じ現象が起こったのだ。 あの時の楓子はすごく驚いて思わず声をあげていたけど、目の前にいるのが俺だとわかると落ち着きを取り戻した。 そして、俺の変身能力を解明するために色々と手伝ってくれた。 俺の通う高校では、1年生の冬に2泊の野外活動が企画されている。 そこで夜中みんなが寝静まった後に楓子が俺を女子の部屋に招き入れ、楓子の友達とキスをしたりした。 同様に、俺は気乗りしなかったが同部屋の男子にキスをした。 その結果、女子には変身することができたが、男子には変身することができなかった。 また、楓子の姿のまま女子と男子にキスをした場合も、女子には変身したが男子には変身できなかった。 つまりその時の実験から、俺は『女の子とキスをするとキスした相手に変身する』体質だと分かった。 実はこの体質を利用して、楓子が部活の短距離ブロックで校内の予選抜けが危なかった時は、俺が代わりに変身して予選に出たこともあるのだ。 楓子として何か活動するのは、今日の変身が2回目だ。 そんなこともあり、俺と楓子の縁は切っても切れないくらいに仲良くなった。 「本当にわたしそっくり…というより、わたしなんだよね。」 「まあ、そうだね。」 俺は楓子の声でつぶやく。 「今日の服と着替え、用意したからこれを着ていってほしいな。」 「分かった。」 楓子は自分の机の上に置いていた服を一式渡してきた。 一番上には楓子のブラジャーとショーツだ。 何度か見たことはあるのだが、慣れないものだ。思わず目を逸らす。 「もう、目を逸らさないで。マサはわたしなんだから。」 楓子が後押ししてくれる。 俺は腹をくくった。 まずはショーツだ。 俺は普段トランクスを履いているけど、男のブリーフなんかよりも布が薄くて面積が小さい。 手でショーツを広げ、そっと片脚を上げて穴に脚を通す。 そのまま股まで持っていき、股間に布が当たった。お尻に少しめくれた感覚がある。履き具合を軽く調整すると、楓子が細かく手直ししてくれた。 次にブラジャー。 ストレートに言うことじゃないけど、確かに胸の膨らみは控えめだ。それでもこの膨らみと柔らかさは男の身体では感じることができないものだ。 カップを当て、肩紐に腕を通す。 背中で腕がつりそうになりながら、何とか付け終えると、これも楓子が手直しをしてくれた。 今日のコーデは白レースのトップスにデニムのようだ。 トップスはレースがちぎれたりしないようにそっと頭からかぶる。 デニムはピッチリとしたものではなく緩めのものだ。 最後に白ソックスを履けば、着替えは完了だ。 「すご~い。マサくん、本当にわたしになっちゃった。」 「何を言ってるの?わたしはわたしじゃない。」 「もう…真似しないで!」 「あははっ…。でも真似しなきゃダメじゃん。」 「そうだよね…あはは。あ、今日はこのリュックを使って。中にはタオルと、ブラとショーツの替えが入ってる。あとは小物がちょこちょこと入ったポーチ。もちろんスマホも渡しちゃう。」 「楓子は今日はどうするんだ?」 「家で英語の課題をやろうかなって。終わったら教えてあげるから。」 「わかった。交渉成立。」 すると、ちょうどスマホが鳴った。 電話の発信人は、山中だった。 俺は楓子の顔を見た。 楓子がうんとうなずく。 俺は楓子になりすまして電話に出た。 「もしもし、楓子、起きてる?」 「雪美?もちろん起きてるよ。わたしはいつも通り。」 「分かった。じゃあ現地でね。」 「うん。」 楓子がうんうんと頷いていた。 「よく出来てたよ。それなら大丈夫だと思う。」 「ありがとう。じゃあ行ってくるよ。」 「マサ、今日はありがとうね。ほんとうに助かる。」 香水を軽く振りかけ、俺は楓子の家を出た。 いくつか電車を乗り継ぎ、雪美と待ち合わせている温泉に直接向かう。 都会の温泉なので人工のエセ温泉かと思っていたが、どうやらほんとうに天然らしい。 和の雰囲気を保ったまま館内を作り上げ、「都会の天然温泉」のキャッチコピーで人気なようだ。 最寄りの駅で降り、スマホで地図を見ながら移動する。 スマホのロックも、指紋さえそっくり写しとった俺なら解除も全く手間取らない。一応暗証番号は誕生日だと聞いているから大丈夫だけれど。 しかし、7月とあって外は暑い。着てきた下着はすでにほんのりと汗を含んでいる。 しばらく歩くと、いきなり日本建築で瓦屋根の建物が見えてきた。ここだろう。 「おーい、楓子~。」 声がしたので顔を上げてみると、建物の入り口で雪美が待っていた。 黒のストライプTシャツにGジャンを羽織り、スカートはタイトに近いベージュのものを履いている。案外私服はオシャレだ。 「雪美、おはよ~。」 「おはよう楓子。おはようというよりは、こんにちはじゃない?」 「あっそっか、こんにちは、か。あはは。」 「もう、楓子ったら…うふふ。チケットはもう買ってあるから、あとで払って。」 「わかった。じゃあ入ろっか。」 よし、ひとまずは合格だろう。 しかし俺と喋るときはいささかぶっきらぼうなのに、楓子と喋ると笑顔が素敵な女の子になる。 男の何がそんなに気に入らないんだろう。 まあ聞くのは野暮だし、既に楓子が聞いているかもしれないから聞くのはやめておこう。 館内に入ると、ほのかに竹の香りが漂う綺麗な空間がそこにはあった。 「ねえ雪美、すごくいい香りだね。」 「そうだね~、竹っぽいお香でも焚いてるのかな?」 「もう、雪美!現実に戻さないでよ!」 「あはは~ごめんごめん。じゃあ着替えよっか。」 赤い暖簾をくぐり、更衣室へ。 そこはまさに女性だけの空間。 1人だけ子連れで幼稚園くらいの男の子がいたけど、あとはみーんな女性。 それに、年配の人より私たちくらいの若い世代の人が多い。眼福だ。じっくり目に焼き付けておこう。 「奥のほうが空いてるかな?」 「そうだね。奥がよさそう。」 ヒノキで出来た2段の棚に荷物を置く。雪美は135番、わたしは137番だ。 荷物を棚に入れると、雪美はテキパキと服を脱ぎ始めた。 Gジャンをハンガーにかけ、Tシャツも脱いでしまう。 中に着ていたブラは、紫色のプリーツ付きだった。服越しに分かる胸の膨らみは、当然脱いでも健在だった。 「……楓子、手、止まってる。」 「え、ええっ!?あ、ごめん。」 しまった、ジロジロ見すぎちゃったかな。 それからはなるべく雪美を見ないようにさっさと着替えた。控えめな胸元は腕で隠しながら。 そうして、俺と雪美は全裸になった。 雪美もやはり腕で乳首こそ隠しているが、そのおっぱいは溢れんばかりのものだ。 くびれもあり、お尻も横に突き出した理想的な脂肪の付きかただ。 正直、楓子が代わってくれたことに感謝している。 「じゃあ入ろっか、楓子。」 「うん。あ、トイレ行ってくるから先に行ってて。」 「あら、そう?じゃあ先に行ってるね。」 そう言い雪美は先に浴場へと消えていった。 俺はそそくさと棚に戻り、こっそり雪美の下着を手に取る。 「D65、か…。そりゃ大きいわけだ。」 そう、ブラジャーのサイズだ。 女の身体、ましてや楓子でないと確認できないことだ。 ちなみに楓子のサイズは……いや、言わないでおこう。 扉を開けて屋外に出ると、夏にしては涼しげな風がふうっと吹いた。 「キャッ、寒い!」 「そりゃ裸だからそうなるわよ。」 「そっか、えへへ…。」 思わずキャッと裏声が出たことに苦笑いだ。 すっかり心も楓子に染まりきっている。 揃って一番手前の温泉に浸かった。 「ふーう…あったかいね~。」 「夏に温泉、ちょっと暑いけどね。」 しばらく2人は無言でお湯に浸かる。 お湯を肩や腕にかけてみたり、足を軽く動かしてみたり。 隣の雪美は目を瞑り、じっくりとお湯を感じている。 雪美の大きなおっぱいが、浮力を感じてぷかぷかと浮いている。 あまり見つめないようにしながら、チラチラとその姿を目に焼き付ける。 それに対して俺の、いや楓子は…。 たしかに膨らみはあるけれど、雪美に比べれば本当にみすぼらしく思えてしまう。 毎日この身体で過ごしている楓子だからこそ、このおっぱいにコンプレックスを感じてしまうのかもしれない。 「ねえ、雪美。」 「なあに?」 「あのさ…どうやったら、そんなにおっぱい大きくなれるかな。」 俺は思い切って聞いてみることにした。 「なに、彼氏が気にしてるの?」 「いや、マサは気にしてないんだけど…。」 「女の子として気になる、と。」 「うん。」 「楓子が気にしてそうなのは分かってたけど、聞いてくるなんて意外ね…。」 雪美は少し考えて、こう言った。 「なにもしてない。」 「えっ?」 「だから、なにもしてない。」 「それは嘘でしょ雪美?本当になにも?」 「うん。」 「はぁ~~~……。それでもこんなに大きくなれるんだ…。」 「ちょっと楓子…くすぐったい…。」 俺は自然な流れで雪美のおっぱいに触れた。 心臓がバクバクと鳴るのを感じる。湯船に浸かって体が温まっているからだけではないだろう。 雪美のおっぱいは、柔らかいというより弾力がある。 ムニムニとまるでスライムのように動くわけでもなく、どちらかといえばバランスボールのような反発感を感じる。 それから、もう一度自分の胸に触れた。 柔らかい。 軽く押さえるとふにゃりと膨らみが横に流れる。 でも、雪美と比べると、やっぱり物足りない。 「もう……。…まあ、なにもしてないってのは嘘かもね。小さい頃から好き嫌いせずになんでも食べてきたから。」 「そうなんだ。なんだか意外。」 「意外って何よ…。でも、小学生の頃は周りの子より少しばかり太ってて、それがすごくコンプレックスだった。」 「そうだったんだ…。」 「楓子は部活で運動してるから、多少多く食べないといけないんじゃない?まずはそこから。」 「う、うん。そうだね。」 「そろそろ、他のお湯にも浸かろう。」 "カラダ"の話もそこそこに、2人で色々な温泉を巡った。 炭酸泉、ジェットバス、サウナ、ヒノキ風呂…。 炭酸泉なんかは、ちっちゃな泡がふつふつと沸いていて、身体がとてもくすぐったかった。 今更だけど、もし今変身が解けてしまったら、と考える。 基本的には身体に力を込めるようにすると戻れるが、いつなんの拍子に変身が解けるかとずっとドキドキだ。 最後に身体を洗い、俺たちは風呂から出ることにした。 しかし、雪美の様子がどうもおかしい。 足元がふらふらとふらついている。 熱い温泉に浸かりすぎたか。 「ねえ雪美、ふらついてるけど大丈夫なの?」 「だ、大丈夫……。でも、ちょっと、のぼせたかも…。」 「しっかりして、とりあえず更衣室で横になろう。」 「うん…。ありがとね。」 俺は雪美の肩に手をかけ、軽く介抱するような形で更衣室のベンチに歩を進める。 2人で抱き合うように体勢をとり、座らせようとした瞬間だった。 身体が変だ。 血がごうごうと巡るのを感じる。 頭がズキズキと痛い。 心臓が早鐘を鳴らすようにドクドクと鳴る。 もしや、この場で変身が解けるのか。 それでも俺はとりあえず、雪美を座らせることを優先した。 雪美がベンチに座ったと同時に、俺は足を滑らせて床に思いっきり転んでしまった。 だが、転んだ瞬間には身体の違和感はすっぽりと消えていた。 「ふ、楓子……?」 自分から横たわった雪美が、心配そうに見つめてくる。 転んだ視線の先にあった鏡を見つめる。 自分の姿は楓子のままだった。 それじゃあ、さっきの感覚は………? 「だ、大丈夫!なにか冷たいもの買ってくるね!」 俺は慌ててロッカーのカバンから財布を出し、更衣室内の自販機に向かった。 「楓子、さっきはありがと。迷惑かけちゃって。」 「ううん、いいのいいの。元気になって何より。」 あれから雪美にはスポーツドリンクを飲ませ、ペットボトルを首筋に当てるとなんとか回復した。 周りにいた女性客も何人か心配してくれ、扇風機を持ってきてくれたりと助けていただいた。 「まだ少しだけぼうっとするから、中でアイスでも食べてから帰るね。楓子はどうする?」 「雪美はひとりで大丈夫なの?」 「まあ、なんとか。もうお湯に浸かるわけじゃないしね。」 「じゃあ…夕方から予定があるから、私は帰るね。」 「うん、わかった。また遊ぼ。」 「そうだね、それじゃ!」 俺は雪美を施設に残したまま、外に出た。 相変わらず夏の日差しは暑い。 俺は路地裏の日陰に移動した。 「ふう…………。なんとか楓子としてなりすませたか?まあ……目の保養にはなったからいいか。山中も気づいてないみたいだしな。」 すると、ちょうどよいタイミングで電話がかかってきた。 発信人は自宅……つまりは楓子の家か。 「はい、もしもし。」 「あ、楓子?」 電話口から同じ声が聞こえてくる。 「おいおい楓子、からかうのもいい加減にしてくれよ…。」 「あはは、冗談よ。雪美とはもう別れたの?」 「ああ、雪美が風呂でのぼせちゃってな。もう少しのんびりしてから帰るって。」 「そんなことがあったんだ…。とりあえずマサくん、今日はありがとう。」 「いやいや。でも、ほどほどにしてくれよ?それで、何の用?」 「あ、それがね、お父さんとお母さんがもう帰ってきちゃったの。2人とももう出かけないみたいだから、今日はこっちに戻ってこれないと思う。」 「えっ、じゃあ俺は楓子のまま俺の家に?……まあいいけど。」 「ごめんね、明日返してくれたらいいから。それじゃ!」 電話が切れてしまった。 俺は建物の壁にもたれかかり、目を閉じて大きく息を吐く。 一仕事終えてほっとした。 ……のではない。 俺の姿が、再び変化を始めた。 運動しやすいようにショートヘアーにしていた髪が伸び始める。 顔がむずむずする。 顔に手を当てると、楓子の顔とは鼻や目の彫り具合が少し違うのがわかる。 そして、何より変化があるのはおっぱいだ。 服の上からでもはっきりと分かるほど、むくむくと大きくなっていく。 大きくなると、当然ブラの締め付けがきつい。 お尻も豊かに脂肪を蓄え、少し余裕のあったデニムのお尻はパンパンに膨らんだ。 変化が止まった。 スマホを取り出してカメラを起動する。 俺の身体は、雪美になっていた。 「よし、この姿に合う下着、買いに行くか。」 あれは雪美を介抱した直後のことだ。 雪美を寝かせたあと、俺は財布を片手に慌ててトイレに駆け込んだ。 鏡の前でイメージすると、俺の身体は雪美のものになったのだ。 再びイメージすると、楓子の姿に戻った。 つまり、「女の身体になり全裸で抱き合うと、キスしなくても身体に触れるだけで変身できる」ようになったのだ。 何度もその場で変身を試みると、何度も雪美になれたし、何度も楓子の姿に戻ることができた。 俺の変身能力は進化を遂げたのだ。 こうして楓子の服を着た雪美になった俺は、すぐにランジェリーショップに足を運んだ。 さっき確認したサイズはD65。 雪美が着ていたものと似たようなデザインのものを見つけた。 試着室に入り、ブラを試着してみる。 たわわに実った雪美のおっぱいが、大きなブラジャーの中に優しくすっぽりと収まっている。 トップスを上から着て、服の上から触れてみる。 お風呂で触った雪美のおっぱいが、今自分に付いているのだ。 俺はもうウキウキだ。 店員に声をかける。 「すみません、このまま着て行きたいんですけど…。」 「はい、かしこまりました。タグのほう切らさせていただきますね。レジまでどうぞ。」 終業式の日。 終業式の日は部活が原則休みになる。 練習があるのは、大会の近いサッカー部と吹奏楽部だけだ。 あまり見たくない成績や夏休みの課題を渡され、先生から注意事項を言われたら終わりだ。 最後の挨拶もそこそこに、やんちゃな男子たちは一斉に廊下に駆け出していった。 残った生徒も、多少雑談をしたのちに教室から出ていく。 雪美も、隣の席の女の子と話したのちに教室から出ていった。 その中で楓子は彼氏のマサを探しているようだが、見当たらない。 すると数分ほどして、出ていったはずの雪美が話しかけてきた。 「ねえ楓子、一緒に帰らない?」 珍しく、雪美から帰りのお誘いがきた。 どこか息を切らせているのは気のせいだろうか。 「雪美、自分から言いにくるなんて珍しいじゃん。でも今日はマサと約束が…。」 「楓子の彼氏ならさっき会ったわ。病院行くって急いで帰っていったけど。」 「えっ?」 楓子はラインをチェックした。 すると、数分前に「ごめん、病院あるの忘れてた。また今度な。」とメッセージが届いていた。 「あっほんとだ。」 「でしょ?だから久しぶりに2人で帰らない?」 「雪美、カバンそんなにパンパンだったっけ?」 雪美が背負うリュックは何が詰められているのか、中身がぎっしりと詰まっていた。 「ああ、画材とかを部室に取りに行ってたの。」 楓子はそれを聞き、納得した。 「そっか。じゃ、帰ろっか!」 「うん、帰りましょ。」 楓子は雪美と一緒に帰ることにした。 「ふふっ……。」 「雪美?何にやにやしてるの?」 「えっ?いや、ふ、楓子と2人なんて久しぶりだなって…。」 「そんなに嬉しかったの?ならもっと言ってくれればいいのに。」 「えへへ、そうだね……。楓子。」 楓子と雪美。仲良しの2人が久しぶりに一緒に下校していった。 |