彼女の臭い 作:デイドリーム 「くっせぇ!おまえ風呂入ってるのか?」「こいつゴミ箱を風呂と間違えてんじゃねぇか?」「そりゃ臭いわけだ!」「これ以上近寄るなよ!」 「……」 教室の端の方で一人の女子生徒がいじめられていた。彼女は体臭の強い体質で、それを理由にいじめにあっていた。その他に性格が悪いとかそういう話は聞かない。胸は大きい方で女子からの嫉妬もいじめの理由かもしれないが彼女が悪いわけではない。しかしいじめというのはそんな理由で発生してしまうものだ。 俺は彼女がいじめられているのを見ていることしか出来なかった、いやしなかった。もしここで助けに入ったとしても、彼女は助からず俺もいじめの標的になってしまう。それがどうしても怖かったのだ。 だから俺は積極的にいじめられてに加担するようなことこそしなかったが、アイツほんと臭いよな!などとクラスメイトから言われた時はそうだなと同調するような言葉を発してしまっていた。 だからだろう。こんな俺に天罰が下ったのは。 ーーー 汗のツンとした臭いが少し鼻について俺は目を覚ました。この臭いがどこから来ているのだろうかと周囲を見回すとここは教室で誰もいなかった。俺はさっきまで授業を受けていて周りにはクラスメイトが沢山いたはずだが… それはともかく、臭いの元を探しているとそこには制服が置かれていた。制服は女子生徒のものであのいじめられている彼女、A子の席だった。ということはこれはA子のものなのだろうか。 ぶるっ ってあれ?なんだか寒いぞ。今は夏で寒いということはないはずだ。一応クーラーは設置してあるものの電気代からかそこまで温度が下げられていることはない。何故だろうかと考えていると、俺は何故か制服を着ておらず下着姿であることに気がついた。なるほど、寒い訳だ。 しかしこれはまずい。もし学校の教室で下着姿になっているのを見られたら… 俺は自分の制服を探したが、どこにも見当たらない。これはまずいと思い焦っていると、先程見つけたA子の制服を思い出した。あれを着れば下着姿を見られることはない。そう思った俺はその制服を手にとった。 よく考えれば男の俺が女子の制服を着ているのを見られるのは下着姿を見られるのと同じかそれ以上に問題なのだが、この時の俺がそのことに気づくことはなかった。 取り敢えずパンツを見られないようにという思いからスカートを手にとり履く。 A子はスカートをそこまで短くしていたということはなく校則の範囲であったが、いざ自分が履いてみるととても短く感じられた。 夏の生暖かい風がスカートの下からすーっと入ってきてとても頼りない。なんだかパンツだけの時と対して変わりないような気がした。 続いてセーラーの上の部分を着る。うちの学校のセーラー服はTシャツのようにかぶるだけでいいタイプのようなので着方はすぐに分かった。 頭からセーラー服を被る。するとふわりと汗のツンとした臭いが鼻の中に広がった。しかしそれと同時に女性独特の甘い匂いも微かに感じられドキリとした。 俺は上下ともに着終えるとふと下を見てみると当たり前だが女子のセーラー服を着た自分が見えた。 って俺は何をしてるんだ!俺は先程までの自分の行動を思い出し驚愕した。 普通なら下着姿だったとしてもクラスメイトのセーラー服なんて着ない。しかし、俺は先程まで全く疑問を持つことなくセーラー服を身につけていた。 はやく脱がないと。そう思った俺だが周りからガヤガヤとした声が聞こえてきた。ついさっきまでは誰も人がいなかったはずなのに周りにはいつも通りクラスメイトがいて友達同士で談笑していた。明らかに今の俺の姿は異常なはずなのに誰も見向きもしない。それでも見られているんじゃないかという思いから周りをキョロキョロしていると俺はA子の姿を見つけた。 席に座り次の授業の準備をしているようだったが、その光景は異常だった。まずはじめに彼女が座っているのは彼女の席ではなく俺の席に座っていた。 では俺はどこに座っているのだろうと思い確認するとここはA子のセーラー服が置かれていた場所、つまり彼女の席だった。 それはともかく一番おかしいのは彼女の姿で、彼女は男子の学ランを身につけていたのだ。俺の物かは分からないが当然女子のA子が男子の制服を持ち、更に着ているのはおかしい。けれど俺と同じように何故か彼女の姿に対して疑問の目を向ける者はいなかった。 俺はこの異常事態を少しでも理解するためにA子に話しかけようと思ったが、虐められいる彼女に話しかけているのを見られるのはマズイと思い諦めることにした。 あの後、俺はいつもと同じように授業を受け帰宅した。他に着る服がなかったのでセーラー服のままだったが不思議なことに誰もそのことについて触れる人は勿論、おかしなものを見るような視線で見られたりもしなかった。 いつも一緒に帰っている友人に何かいつもと違うくないか?とそれとなく聞いてみたがそうか?という顔で見られただけだった。 ぶるっ さ、さむい… 俺は寒さで目覚めた後、すぐに周囲を確認した。すると昨日と同じように誰もいない。そして自分のことも確認してみると今回は制服だけでなく下着もきていないことに気がついた。 これは昨日以上に不味い。 俺はどこかに服がないか探すがなかなか見つからない。どうしようどうしようと考えていると俺が座っていたA子の席に袋がかけられていることに気づいた。もしかして…と思ってあけるとそこには体操服が入っているのが見えた。 A子の体操服を着るというのも明らかに不味いのだが他の席には体操服はかけられておらず裸でいるわけにもいかないと思い体操服を取り出すとむわっとした汗の臭いが溢れてきた。更に、体操服だけしか入っていないと思っていたのだが中にはA子のものと思われるパンツやキャミソール、タイツなどが入っていた。しかもどれも汗臭く彼女がさっきまで使用していたんじゃないかというものばかりだった。 普通ならこんなものを見つけても着たりしないのだが、気が動転していたのか不思議と俺は全部着ないとと思ってしまった。 まずはじめにパンツを履いていく、 無地で白いものだったが、上にはリボンが付けられ生地はツルツルしているいかにも女の子のパンツという感じでとても恥ずかしい。身につけるとピチリと俺の下半身を覆いなんだか拘束されているみたいだった。 次にキャミソールを手にとり頭から被る。 すると先程までも感じていた汗の臭いが一気に強くなり頭がくらくらした。キャミソールは汗で冷んやりとしていてべったりと肌にはりついた。 更にこのキャミソールはA子の大きな胸に合わせたカップ付きだったので胸の部分はふっくらとしていた。 今度はタイツを履く。これも汗でじっとりとしていて脚を通すとぬるぬるとしていた。もしかしてと思いA子のタイツを履いた足のつま先のにおいを嗅いでみるとうぐっ!となってしまうほどの激臭がした。俺は汗はあまりかかない体質なのであまり足も臭くならない。きっとこれはA子も足のにおいなのだろう。俺はなんだか自分の足がA子のものになってしまったように感じた。 最後に体操服を着る。体操服は男女共に殆ど一緒なので着るのに問題はなかったが一度体育で使ったものだったらしく一度乾いた汗の臭いがした。 あ、あれ? 全身をA子に包まれたような感覚を感じていると急に頭が冴えわたり今までの自分の行動の異常さに気づく。それと同時に、いつのまにか教室でなく体育館にいることに気づいた。周りにはクラスメイトがいて準備体操が終わったのか皆座って先生の話を聞く態勢になっていた。 ……昨日と同じだ。 いつのまにか俺は一人になっていてA子の服をなんの疑問もなく着る。そしてすべてを身につけると正気に戻り気がつくと周りには人がいるのだ。そして誰も俺の姿に疑問を持たない。 明らかにおかしい。 昨日はいじめを恐れてA子に会って話をしようとは思っていなかったが、ここまでおかしいことが続くなら聞きにいくしかない。 「おい!次お前の番だぞ!」 考え事をしていてぼーっとしていたようだ。 俺は取り敢えず今は授業を受けることにした。しかし、普段は身につけていない女子用のパンツ、カップ付きのキャミソール、じとっとして脚を締め付けるタイツが気になって集中できなかった。 そして体育の授業が終わりやっと着替えられると思っていると、A子を虐めているうちの一人にお前今日すごく汗臭いなと言われてしまった。彼女の体臭が感染ってしまったみたいでとても恥ずかしかった。 放課後、俺はA子が帰ろうとしているのを引き止め二人で話がしたいと言った。周りには変な目で見られたかもしれないが今も彼女の汗の染み込んだ下着を身につけその上にセーラー服を着ている俺にそんなことを気にする余裕なんてなかった。 誰もいなくなった教室に彼女を連れていき、彼女に今の状況について早速聞こう、そう思ったときだった。突然後ろからハンカチで俺は口を覆われた。ハンカチには何かの薬品の匂いがして……俺はそのまま意識を失った。 目を覚ますと、あたりはシーンとしていた。体は何故か金縛りにあったかのように動かない。そして何も身につけていない。 どこからかA子の臭いがしている。 ここでいつもなら彼女の衣服が置かれていて何故かそれを俺は着るのだが、周りを見ても服はなくかわりにA子が立っていた。 「気がついた?」 そう問うA子の声はいじめられて苦しそうなものではなくどこか明るい色の入った声だった。 「A子、お前俺を眠らせてどういうつもりだ?今起こってることについて何か知ってるのか?」 「ふふ、知ってるよ。だってあなたに私の服を着させるようにしたのは私だもん」 A子は笑みを浮かべそう答える。 「な、なんでそんなことを…」 どうやって俺に着るように仕向けたのかや何故周りの人が何も感じなかったかも分からなかったが一番聞きたいのはそれだった。全く意味が分からない。 「あなたと入れ替わるためよ。黒魔術の本に書いてあったんだけどね、こうやって衣服とかから少しずつ交換すると術が安定するんだって」 そういうと急に彼女は着ていた俺の学ランを脱ぎだした。 「な、なにやってるんだよ!」 男である俺の前で服を脱ぎ肌を見せていくA子。服を脱ぐときに彼女の汗と甘い匂いの混ざった体臭が香る。汗がかなり強く思わずうぐ、と息を止めてしまう 「私のくさい体臭がする?でも今日からこの臭いがあなたの体臭になるのよ」 よくわからないことを言いながら彼女は服を脱ぐ。シャツを脱ぐと彼女の大きな胸がぽよんと音をたてそうなほど揺れ、こんな状況なのにもかかわらず目が釘付けになってしまった。 「私の胸大きいでしょ?私の長所でもあるけど重くて肩は凝るし何より私汗っかきだから胸の谷間とか胸の下のワイヤーのところが汗で痒くなっちゃうから気をつけてね」 服を脱ぎ終え全裸になった彼女は何故か背中に手を伸ばし何かを開くような動作をした。すると、彼女の皮膚がまるで服を脱いだ時のように脱げていった。 俺があまりの異常事態に絶句しているとA子の皮膚や髪を脱ぎ捨てた目や鼻のないマネキンのようなものが立っていた。マネキンはA子の皮には目もくれず俺の方に近寄ってきた。 あまりの恐怖で震えているとマネキンは俺の背中を掴み、何かを破こうとするかのような動きで俺を引っ張った。 すると全裸だったはずなのに中に風がすっと入ってくるかのような感覚を覚えた。まさかと思い背中を振り返って見ると俺の皮がA子と同じように裂け目が出来て、そこから俺は自分の皮を脱がされていくのが見えた。抵抗したかったが金縛りはまだ解けない。俺はあっという間に目の前のマネキンのようになってしまった。 顔はないが見ることは出来て息も吸える。けれど話すことは出来ない。 そんな中、目の前のマネキンがまた動きを見せた。 なんと先程俺が脱がされた俺の皮に足を通し始めたのだ。 マネキンが足を通していくとそれは着ぐるみのようなものではなく本物の人間の足のようになっていった。マネキンはそれからどんどん俺の皮に体を通し、その部分が人間…俺のようになっていった。そして全てを着終えるとそこには紛れもなく俺本人が立っていた。 なっ…!? もし声が出せたならばそんな声を出していただろう。なにせ目の前には“俺”がいるのだから。 「驚いた?どこからどう見てもあなたそっくりでしょ?人の皮を着るとね、その皮の人になれるのよ」 信じられない、そう思ったがこうして目の前に“俺”がいるのだから事実なのだろう。 「しかもね…ごほん、こんなかんじに“俺”本来の喋り方に出来る。これは口調だけじゃなくお前の記憶から喋ってるんだ」 ”俺”…俺になったA子は上機嫌そうに話す。 俺の身体を元に戻してくれ! そう言いたかったが口のないこのマネキンでは話すことが出来ない。 「ん?ああそうだった。その状態じゃ話せないんだったな。この皮は返せないけど代わりにこれを着せてあげよう」 そういうとA子はA子が脱いだ皮を手に持つ。 ま、まさか! 俺の足がA子の皮に入っていく。すると足の感覚が今までと別のものに変わっていく。金縛りで殆ど動けない中足の指のを少し動かしてみると間が汗でぬるぬるとしてきた。しかも風に乗って彼女の足の臭いがふわりと舞う。それは彼女のタイツを履いたときに嗅いだ臭いと全く同じだった。 どんどん着せられていき胸のところまでくると一気に胸元に重みが増す。見てみると俺の胸元にはA子の大きな胸がつけられていた。よく見ると彼女が脱いでいたときに言っていたように胸の間や下に汗が付いており汗疹になっていて痒い。 掻きむしりたい衝動にかられるが動くことが殆どできないのでそれはかなわない。ほぼ同時に着させられた脇からは今まで以上に汗の臭いがしてきた。 そうこうしているうち残すは顔だけになった。 「よしこれで顔だけだな」 無慈悲にも顔の部分が迫る。 距離的な問題からか一番彼女の臭いがししてきた。あの何度も嗅いだ汗の臭いと女子独特の甘い匂いがして頭がクラクラする。髪の匂いだろうか。 とうとうA子の顔の皮が押し付けられた。 口の部分がはりつくと涎の香りが口に広がった。なんだか甘いような気もしてくる。 最後に目や鼻の部分も着させられ俺は “A子”の姿になってしまった。 「俺、A子になっちゃったのか…声もA子のだ」 彼女の声は女性独特の高めの声でかわいらしいものだったが、自分でそんな声を出していると思うとなんだか恥ずかしくなった。 「まだ一つ残ってるぞ。ここをこうしてっと!」 頭の一部を急に押される。すると頭の中にビリっと電流のような刺激が走った。 「うぅ…今度は私に何し…ってえぇ!?」 いつものように話したつもりが何故か女子っぽい話し方しか出来ない。 「A子の記憶を流したんだ。もうこれで“思い出せる”だろ?」 そう言われて試しに“思い出して”みると“私”の家のことや昔の思い出、そして自分の人よりも強い体臭のせいでいじめられていた時の記憶が頭に流れた。 「っ!」 いじめのときの記憶は他の記憶より鮮明に思い出してしまい、私の心は鉛のように重くなった。 「というか本当に汗臭いな…これじゃ虐められるわけだ。もうこれでお前は今日からA子だ。俺が嫌だったきつい体臭もお前のものだ」 私が試しに長くなってしまった髪の臭いを嗅いでみるとむわっとした汗の刺激臭が鼻にツンときた。夏だから皆汗はかくものだけど私の髪は特に汗の臭いが強かった。こんな臭いが私の身体からするなんて… 「なんで私こんなことに…」 そうおもわず呟くと“俺”は俺に背を向けた。 「俺…私はどうしても自分の臭いが嫌でたまらなかった。周りの人には嫌そうな目で見られるし虐められるし…。私は誰かにかわってもらいたかった。そんなときに私は黒魔術の本を見つけた。殆ど破れて読めなかったけどそこにあったのが入れ替わりの魔法。でも、相性というのがあってあなたとしか入れ替わることは出来なかった…本当に、ごめんなさい」 それを聞き終わると突然周りの風景がかわり気がついたら私、A子の部屋のベッドに横になっていた。 掛け布団もかけられていてちょっと暑い。少しくんくんとにおいを嗅いでみるといつも横になっているせいかにおいがこのベッドにも染み付いている気がした。 「明日も学校…嫌だなぁ」 本当はA子のものであったはずの思い。それが臭いのように私に存在ごと染み付いてしまったように感じた。 けれど洗い流すことは出来ない。だってもうそれは私自身の臭いなのだから。 |