姉の旅行
Tira


(13)

 今日も雲一つない晴天となり、五分もしないうちに汗が噴き出す暑さになった。
 十五時を少し回る頃、秋生達を乗せた飛行機がタイヤを軋ませながら空港に到着した。予定よりも二十分遅れだ。大勢の客がキャリーバッグや大きな鞄を抱え、ロビーへと歩いてくる。その様子をベンチで眺めていた二人は、秋生と葵を見つけると、ゆっくりとした足取りで近づいた。
「やっほ〜。帰って来たわ」
 葵が笑顔で手を振った。
「楽しませてもらったよ。お土産も買ってきたから。ところで優奈ちゃんは?」
 そう問いかけた秋生の前には、髪を後ろで束ねた葵が大きめの鞄を持ち、一人で立っていた。
「優奈、家にいるの?」
「いや、優奈ちゃんも一緒に来てるよ」
 葵のスーツを着た三木畑が答えた。
「トイレ? いや、それよりも三木畑。お前、優奈ちゃんにそのスーツを貸したのか? という事は……」
「ああ。優奈ちゃんと付き合う事にしたんだ。彼女も僕を受け入れてくれた。葵さん、事後報告になったけど、優奈ちゃんと付き合ってもいいかな」
「いいかなって、もう付き合ってるんでしょ。私が妹の恋愛にとやかく言うつもりはないし。まあ、個人的には三木畑君が優奈の彼氏になってくれたのは嬉しいけどね!」
「そう言ってもらえたら嬉しいよ。ねっ! 良治っ」
 三木畑は束ねた髪を指でトントンと突き、自分自身に向けて言葉を投げた。
 その様子に、顔を見合わせた秋生と葵は、「良治って……もしかして、そのスーツを着ているのは優奈ちゃん?」と問い掛けた。
「はい。上手でした? 三木畑さんの口調を真似たんですけど」
「全然分からなかったよ。葵のスーツを着ているから、てっきり三木畑だと思った。もちろん、喋り方も三木畑にしか思えなかった。すごいな……」
「そう言ってもらえると嬉しいです……んっ」
 姉のスーツを着た優奈は、不意に目を細めながら下腹部に手を添えた。
「どうしたの優奈?」
「う、うん。お姉ちゃん。はぁ……こ、このタイミングで……ダメだよ」
「どうしたんだい優奈ちゃん? 気分が悪いのか?」
 心配そうに見つめる秋生に首を振った優奈は、体を預ける様に姉に抱きついた。
「ちょ、ちょっと優奈。ほんとに大丈夫なの?」
 まるで双子姉妹がハグをしている様な状態の中、優奈が葵の耳元で囁いた。
「良治……三木畑さんもスーツの中に入ってるの」
「えっ?」
「それでね。スーツの中で私の体を……んんっ!」
 優奈が、一層強く姉を抱きしめた。
「な、何? どういう事? 二人で入ってるって?」
「はぁ……。お姉ちゃん、どうしよう。良治のアレが私の中に――。あは……ぁ。周りにこんなに人がいるのに。良治っ、ダメッ……いやらしっ……そんなに奥までっ……んっ、んうっ!」
 自分とそっくりなスーツの中で、何が起きているのかを想像した葵の顔がみるみる赤くなった。
「どうした葵。優奈ちゃん、大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫っていうか……。あまりにアブノーマル過ぎて。ねえ秋生、このままホテルで休憩するから」
「ええ? 何でだよ」
「何でって……ムラムラするからよっ!」
 そう言うと、腕の中でビクビクと体を震わせる優奈に囁いた。
「三木畑君のスケベっ。何でこんなところでセックスしてるのよ。想像したら私まで変な気分になっちゃったじゃない。あまり優奈を困らせないでよ!」
 そう言って優奈を引き離したのだが、ふと彼女の胸元を見ると、白いTシャツの胸が不自然に動いている様子が飛び込んできた。彼女自身が動いているわけでもないのに、Tシャツの中の胸が上下に揺れ、また自ら円を描くように動いている。
「うそっ。そんな風になるの!」
「な、何だよっ! どうなってるんだ?」
 秋生も、顔を赤らめながらTシャツの異様な動きに視線を向けた。
「三木畑君も一緒にスーツの中に入っているんだって。二人で私のスーツを着ているらしいの」
「そ、そんな事が出来るのか。知らなかった……というか、じゃあ目の前で起こっている事って、三木畑がしてるのか?」
「みたいね。公衆の面前で私の姿のままそんな事されたら……分かるでしょ。早くホテルに行くわよ。優奈、夕食までには帰るから。三木畑君も私の姿でうろうろしないでよっ」
 状況が分かった秋生も葵と同じ気持ちになったのか、拒むことなく二人してホテルへと歩いて行った。
「り、良治……」
(ごめんね。何か二人で葵さんのスーツを着て外に出る事にすごく興奮してしまって。こんな事、スーツが無ければ出来ないから。それにしばらく、優奈ちゃんと会えなくなるから)
「べ、別に嫌じゃないけど、何か変態みたいで……」
(確かにそうだねっ。このまま多目的トイレに行って葵さんのスーツを脱ごう)
「うん。その前に、抜いて欲しいんだけど。これ以上されたら、お姉ちゃんの顔で平静を装えないから」
 こうして複数並んだ多目的トイレの一つに入った二人だが、しばらくの間、出て来る事はなかった。
その中から微かに聞こえる、葵の籠った声に気づく人はいなかった様だ――。


姉の旅行……終わり






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