姉の旅行
Tira


(10)

 ――翌朝。
「優奈。いつまで寝てるの? お父さんたち、もう朝食を済ませて仕事に行ったよ」
 薄らと瞼を開くと、葵が笑いながら優奈を見つめていた。
「あ……うん。お姉ちゃん」
 寝ぼけながら欠伸をした優奈に、「早く目を覚まして。食パン焼くから下りてきてよ」と言い残し、部屋を出て行った。
「ふあぁ……」
 また一つ欠伸をした彼女は、ベッドに寝ころんだまま体を横に倒し、姉が出て行った扉を見つめた。気怠さを感じながらも、ふと夕べの事を思い出した。
「……あれ? 私……」
 ぼんやりとした記憶を手繰り寄せる。そう言えば、姉は旅行に行っているのだ。
「そっか……。さっきのお姉ちゃん、三木畑さんだ……って、えっ!」
 記憶が一気に蘇った優奈は、勢いよく上半身を起こした。
「そういえば夕べっ。私、お姉ちゃんのスーツを着て……」
 慌てて俯くと、昨日着ていた自分のパジャマだった。そのパジャマの襟元から覗き込むと、きちんとブラジャーを身に着けている。
「私の体、三木畑さんに……」
 顔を赤らめた優奈は、夕べの事を鮮明に思い出した。いや、思い出せたのは意識がなくなる前までの事だ。葵の姿で三木畑が待つ部屋に行き、電気を消した。そして、姉として三木畑に抱かれたのだ。たくましい肉体に力強く抱きしめられ、項から胸にかけて丁寧に愛撫された。股間の一番感じるところを執拗に舐められ、葵の肉体が持つクンニでのオーガズムを体験した。そして、姉のアソコを使い、三木畑の硬いモノを受け入れたのだ。
その奥底をグイグイと刺激される感覚は、自分の体では感じた事がない気持ち良さだった。一心不乱に腰を打ち付ける三木畑の背中に爪を立て、一階で寝ている親にも聞こえるかと思うほどの喘ぎ声で叫んだ。
 何度、姉の体でイッたのか分からないまま、優奈の意識は遠のいた。そして目覚めると、自分の部屋で寝ていたのだ。きっと、三木畑が姉のスーツを脱がせ、ベッドに寝かせてくれたのだ――と言う事は、裸にした優奈に、下着とパジャマを着せたのだろう。
「見られたんだ。三木畑さんに……」
 恥ずかしさもあるが、姉のスタイルと比較され、幻滅していたらどうしようか。
 姉の大きさとは異なる小ぶりな胸を両手で掴んだ優奈は、「はぁ……」と溜息を付くと、家着に着替えて部屋を出た。
「ああ、優奈。ちょうどパンが焼けたところだから」
 顔を洗ってキッチンに来た優奈に、葵は優しく微笑んでくれた。
「あの……三木畑さん。私、夕べは……その……」
「うん。ごめんね優奈ちゃん。情けないけど、僕も理性が飛んじゃって」
 姉の顔で申し訳なさそうに謝った三木畑は、オレンジジュースの入ったグラスを2つ、テーブルに置いた。
「私も……その……。途中で意識が飛んじゃって……」
「嬉しかったよ。本当にすごく嬉しかった。僕なんかとして、そんなに気持ちよくなってくれたなんて。全然自信が無かったから」
 二人して対面に座り、食パンをかじる。
「あの。私、お姉ちゃんの姿のまま、気を失ったんですよね」
「そうだよ」
「じゃあ……三木畑さんがスーツを脱がせてくれたんですね」
「うん」と返事をした三木畑だが、彼女の表情を見てピンと来たのか、「ああ、そういう事か。でも、電気を消したまま見ないようにしたつもりなんだ」と言った。
「やっぱり――。姉のスタイルと比較したら私なんて……。なんか恥ずかしくて」
「そんな風に言わないでよ。僕は全く気にならない。優奈ちゃんだってスタイルはいいと思うよ」
「そんな事は……」と返事をした優奈は、やっぱり見られたのだと思った。
「三木畑さんって、やっぱりお姉ちゃんみたいに胸の大きな女性が好きですよね」
「えっ、どうして?」
「な、何となく……」
 食パンをかじっていた三木畑は、オレンジジュースを飲むと、「僕は別に胸の大きさなんて気にならないんだ。秋生は大きい方が好きみたいだけどね」と言った。
「私もお姉ちゃんみたいに大きくなったらいいんですけど」
 そう答えた優奈に、「僕は今のままの優奈ちゃんがいいと思うよ」と、またパンをかじった。
「そう……ですか」
 歯切れの悪い返事をした優奈は、オレンジジュースを飲むと軽く溜息を付いた。三木畑が来てから、何回目の溜息だろう。
「どうしたの?」
「あ、いえ……別に」
「ねえ優奈ちゃん」
「はい?」
 半分ほどになった食パンを置き、姉の顔で真剣に見つめてくる三木畑に、何となく鼓動が高鳴った。
「葵さんの姿で言うのもおかしいけど、僕の彼女になってくれないか?」
「えっ……」
「実は、昨日空港で初めて会った時から運命を感じてたんだ。優奈ちゃんと付き合いたい――瞬間的にそう思った。こんなに感情が込み上げて来たのは初めてだった。夕べは葵さんの姿だったけど、僕は葵さんの中にいる優奈ちゃんを思いながらセックスしたんだ。その……僕は女性と付き合った事はあるけど、セックスは初めてでね。さっきも言ったけど、優奈ちゃんが感じてくれてすごく嬉しかった」
「ちょ、ちょっと待ってください。そんな……だ、だって私達、昨日会ったばかりなのに……」
 そう言いつつも、内心は全く迷っていなかった。姉ではなく、自分を想いながらセックスをしてくれていたなんて――。キュンと胸が締め付けられる感覚。何に関しても、姉には敵わないと思っていた優奈にとって、彼の言葉は真っすぐに心に突き刺さった。
「で、でも……。私なんて三木畑さんとは釣り合わないと思うし、付き合っても忙しい三木畑さんの足手まといになるだけだし……」
「違うよ。優奈ちゃんがいれば、勉強だって研究だってもっと頑張れる。それは自信を持って言えるんだ。だから、嫌じゃなかったら僕と付き合って欲しい」
「い、嫌だなんて。私なんかで良かったら……。すごく嬉しいです……」
 チラチラと三木畑と視線を合わせた優奈は、葵の姿ではなく、三木畑本人の姿で告白して欲しかったと思いつつも、彼の申し出を受け入れた。
「良かった! 告白するのも人生で初めてだったからすごく緊張したよ。でも、葵さんの姿だったからまだマシな気がするよ。自分の姿で告白したら、もっと緊張していたと思うから」
 オレンジジュースを一気に飲み干した彼は、葵の顔で安堵の表情を浮かべた。
「私は三木畑さんの姿で告白して欲しかったですけどね。今の状況をお父さんやお母さんが見てたら、すごく変に思われちゃうので」
「ははは、そうだね。姉妹で話す内容じゃ無いから」
 二人は笑いながら食パンを食べ終えると、一緒に片づけをした。
「ねえ優奈ちゃん。優奈ちゃんも僕のことを下の名前で呼んでくれないかな」
「えっ。でも……」
「昨日挨拶した時に言ったけど、良治って言うんだ。やっぱり、付き合うならお互いに名前で呼び合いたいんだ」
「……はい。じ、じゃあ……良治……さん」
「敬語も他人行儀だからタメ口でいいよ。僕もその方が嬉しいし。葵さんに話している感じで、気軽に接してほしいんだ」
「……はい」
 急にタメ口と言われても抵抗がある。優奈は、「じゃあ、お姉ちゃんでいてくれたら自然に話しやすくなるから、そうしてもらえますか」と話した。
「そっか、そうだよね。嬉しくてちょっと焦っちゃうんだ。はぁ……今でも心臓がドキドキしてるよ」
「お姉ちゃんの心臓ですか?」
「はは、確かにそう言えるかな。じゃあ優奈。もし勉強するなら私が教えてあげようか」
 三木畑が葵に成りすますと、優奈も「……うん、お姉ちゃん。昨日の続きの数学を教えてよ」と笑った。
「任しといて優奈! 高校の内容は全部教えられるから」
 こうして二人は優奈の部屋で姉妹の様に勉強をしたのであった。

(続く)





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