姉の旅行 Tira (6) 「ただいま」 家に着くと、三木畑が葵の声で玄関を上がった。 「あら、おかえり葵。優奈と一緒だったの?」 リビングから歩いてきた母に、彼は「うん。帰ってくる途中でばったり会って。ねっ、優奈」と、妹に視線を送った。 突然会話を振られた優奈は、「あっ……うん」と曖昧な返事をした。 「葵、今日はバイトじゃなかったの?」 「あれ、前に話して無かった? 今日から一週間、バイトは休みだよ。店長が暫く不在になるから、その間はお店を閉めるって。お盆休み前後は、結構稼ぎ時だったんだけど」 両親にはヌードモデルではなく、ケーキ屋でバイトをしている事にしている。 「そうだったかしら。またバイト帰りにショートケーキを買って来てもらおうと思っていたんだけど。それじゃあ、葵もお昼ご飯、食べるのね」 「うん。ねえ優奈、ちょっと二階で話があるの。私の部屋で話さない?」 「えっ。あ、うん」 今、目の前で会話をしている人物が、自分が生んだ長女では無い事に気づかない母は、「三十分もしたらご飯が出来るから下りて来なさいよ」と言い、リビングへと戻っていった。 ドキドキしながら会話を聞いていた優奈は、ウィンクしながらピースサインをする三木畑に促され、二人して二階へと上がった。 「へえ〜。これが葵さんの部屋か。やっぱり女子の部屋っていい匂いがするんだ」 姉の部屋を眺める彼の背中を見ながら扉を閉めた優奈は、「あの……母も気づかなかったですね」と呟いた。 「あんな感じで良かったかな? 僕なりに葵さんを表現したつもりだったんだけど。違和感なかった?」 「……はい。気持ち悪いくらい――姉でした」 「誉め言葉として受け取っておくよ。これでも結構、練習したんだ」 そう言ってベッドに座り、蟹股に足を開いた。 「やっぱり女性の雰囲気を表現するのって疲れるよ。歩き方から気を付けなきゃならないから」 そう言いながら、だらしないの無い姿をする彼に、「でも、姉に変身している間は、姉らしくしてもらわないと。この状態で両親にバレたら、とんでもない事になるので」と言った。 三木畑は「そうだね。そうなったら秋生にも申し訳ないから、気を付けるよ」と、開いていた足を閉じた。 「あの、ちょっと聞いていいですか?」 「なんだい?」 「三木畑さんって、どうしてそんなスーツを作ったんですか?」 「ああ、このスーツか」 姉の滑らかな内腿を摩った彼は、「もともとはベンチャー企業と一緒に、火傷なんかで皮膚が損傷してしまった人を治療するために、人工皮膚を開発していたんだ。その延長線でスーツを作ったんだけど、予想外に特殊な事が出来るようになってね」と言い、Tシャツを脱ぎ始めた。 「ちょ、ちょっと! 何してるんですか」 「優奈ちゃんには、きちんと見ておいてもらいたいんだ。そこの椅子を持って来て、僕の前に座ってよ」 白いブラジャーに包まれた胸を露にした三木畑は、華奢な両腕を背中に回し、ホックに手を掛けた。 「僕がベンチャー企業と開発したこのスーツは、スーツを着た人の体格や、体の構造までを変えてしまうんだ」 カップに締め付けられていた乳房が少し下がる。そして、両肩からストラップが外されると、お椀型の綺麗な乳房が現れた。濃いピンクの乳輪と乳首は、とても人工の物とは思えない。 「葵さんはDカップだってね。ほら、触ってみて」 姉が前かがみになり、両手で胸を救い上げる。その姿に顔を赤らめた優奈が、「これ、本物のお姉ちゃんの胸なの?」と、椅子から乗り出した。 「そうだよ。葵さんの胸を忠実に再現しているんだ。葵さん自身の胸と全く変わらないよ」 そっと指で乳房を押してみる。程よい弾力と、人肌の温かさが指の腹に伝わってきた。 「ちゃんと触ってみて」 「は、はい」 そう促され、両手で胸を揉んでみた。三木畑がしたように、乳房を下から救い上げてみると、胸の重みを掌に感じる。何度か胸を揉んだ後、乳首を摘んでみると、三木畑がビクンと体を震わせた。 「えっ?」 驚いた優奈に、「さっきも言ったように、このスーツは体の構造まで変えてしまうんだ。だから、葵さんが乳首を触られた感覚を、僕が感じる事が出来る。もちろん、下の感覚もねっ」 「し、下の感覚って……」 「うん。今の僕には、男性のアレは付いていない。葵さんと同じだから」 「そ、そんな事……嘘ですよねっ」 その言葉に「ほんとだよ」と笑った三木畑は、「じゃあ、触ってみる?」と、ハーフパンツのボタンを外すと、足を開いてみせた。 「いいよ。中に手を入れて、どうなっているか確認してみて」 「で、でも……」 「ほんとに、アレは付いてないから。変に意識しなくていいよ」 姉の顔で笑う三木畑に、戸惑いながらも手を伸ばし、白いパンティの中に差し入れる。姉の柔らかいフサフサとした毛を指先に感じながら、更に奥へと手を忍ばせると、確かに男の象徴は無かった。そして、優奈と同じものを手に感じる事が出来た。 「付いてないだろ?」 「じゃあ、スーツの中にあるんですか?」 「そうだね。あると言えばあるけど、無いと言えば無い……かな?」 「それってどういう意味なんですか?」 「この感覚は、着てみないと分からないよ。スーツと同化しているけど、意識をすれば、その存在をスーツの中で確認することが出来るんだ」 「そ、そうなん……ですか」 男性の感覚を知らない優奈は、曖昧な返事をするとパンティから手を抜いた。指先に粘り気のある透明な液が付いている。 「こ、これ……も?」 「葵さんのアソコから出たものだよ。ごめんね、ちょっとこの姿でいる事に興奮して、葵さんの下腹部が熱くなっているんだ。優奈ちゃんの指が葵さんの一番感じるところに当たってたし」 その言葉に、優奈の顔は更に赤くなった。要は、このスーツを着れば姉の体が持つ五感が得られるという事だ。 「子供が産めるかは、試して無いから分からない。でも、その可能性はあるかもしれないよ。生理だって体験出来るからね。ただ、脱いでしまうと元のスーツに戻るから、ずっと着ていれば……の話だけど」 そう言うと、「ご飯が出来たから下りて来なさい」と、一階から母親の声が聞こえた。 「あ、うん。すぐ行く!」 また三木畑が葵の声を使い、少し大きな声で答えた。 「ご飯を食べてから、また話そうか」 「……はい」 身なりを整えた三木畑は、優奈と共にキッチンに向かうと、いつも葵が座っている椅子に腰掛け「いただきます」と食事を始めた。 「ねえ葵。今日はお昼から何処かに行くの?」 母の問い掛けに、「あ、ううん。外には行かないけど、ちょっとやりたい事があるの」と言った。 「そう。デパートへ買い物に行くんだけど。ほら、前にあなたが欲しいって言っていた下着。一緒に行って、サイズが合うなら買ってあげようかと思ってね」 「あ、うん。でも今日はちょっと……」 「じゃあ今度の週末にする? お母さん、明日からまたパートがあるから」 「そうね。土曜日か日曜日なら……大丈夫」 土曜日ならすでに姉が帰って来ている。優奈はそう思いながら二人の会話を聞いていた。 「優奈は? この前、ワンピースの水着が欲しいって言ってたわね。去年の水着じゃ小さいから入らないって。ちょうどバーゲンしているから買ってあげるわよ」 「か、母さんっ。今、そんな事を言わなくてもいいでしょっ!」 「どうして? もしかして太ったから入らなくなったの? お母さん、胸が大きくなったからかと思っていたわ」 葵がクスっと笑っている。姉が別人であることを知らない母は、「優奈、お菓子ばかり食べてないできちんと食事を取らなきゃダメよ。折角、栄養を考えて作っているんだから」と、真顔で話していた。 「それ以上言わないでっ。今は言われたくないのっ!」 顔を真っ赤にしながら声を荒げた優奈に、「大丈夫よ優奈。私は気にしてないからね」と声を掛けた。 それがまた気にされている様で恥ずかしい。 「もうやめてよ。別の話にして」 優奈が熱い頬に手を当てると、葵が「母さん。今日は父さん、何時ごろ帰って来るの?」と話を変えた。 「今週は忙しくて残業になるから、少し遅くなるって話していたわ。どうして?」 「ううん。別に何もないけど。確か、父さんは来週から一週間、お盆休みだったよね」 「そうよ。でも、会社の人と三日間ほどゴルフに行くって言ってたかしら」 「そっか。私も来週は後半からバイトだから。家族全員が休みの日って、あまり無いかもね」 他愛もない話をしながら食事を済ませた二人は、また葵の部屋に戻った。 「お母さんって面白いね」 「三木畑さんの前であんな事を言わなくてもいいのにっ。三木畑さん、さっきの話は聞かなかった事にして下さい」 「ははっ。お母さんは僕を葵さんと思っているから。でも、僕は優奈ちゃんの事を可愛いと思うよ」 「そういう風に言われると、余計に恥ずかしいんですっ」 優奈の怒る顔を見ながら、「ほんとなんだけどな……」と呟いた三木畑は、「じゃあ、さっきの話の続きで、上半身だけスーツを脱いでみようか」と、Tシャツとブラジャーをベッドに置き、腰を下ろした。 「ビックリしないでね。こうして項のところを左右に引っ張ると……」 葵が両手を首の後ろに回し、髪を掻き分けながら皮膚を左右に開いた。驚くほどよく伸びる皮膚に、優奈が「ひっ!」と声を上げる。そして、ヘルメットを取る様な仕草で姉の頭を脱いだ三木畑は、そのまま肩から腰まで脱ぎ終えた。スーツと言うよりは、姉が脱皮した【皮】を着ていた様に見える。 「どう?」 空港で聞いた、三木畑自身の低い声。広い肩幅に分厚い胸板。薄っすらと腹筋が割れており、明らかにスポーツをしていると思った。その男らしい肉体に、乙女心をくすぐられる。 「こんな僕でも、葵さんのスーツを着れば本人と同じ体格になれるんだ」 「い、一体そのスーツはどうなっているんですか」 「うん。製作している間に、予想外の変化が現れてね。詳しい事は企業秘密で言えないんだけど」 脱いでいる腰の部分までの太さと、スーツに包まれている下半身の細さがあまりにも違う。その境目の異様な括れ方に、優奈は「い、痛くないんですか?」と問い掛けた。 「体が絞られているから痛い様に見えるけど、実際は全然痛くないよ。良かったら、優奈ちゃんもこのスーツを着てみる?」 その言葉に、少しのときめきを感じた。姉の様な顔やスタイルを羨ましいと思っていたからだ。 「い、いえ……私は別に……」 「そっか。もしも着てみたいなら貸してあげるよ」 そう言うと、また姉のスーツに腕を通し、頭を被った。あの広い肩幅が姉の肩幅になり、皴の寄っていた皮膚に張りが出る。 「す……すごい……」 目の前で起きている事実に驚きを隠せない。 「このスーツはね、裂けたところが自己融着するんだ。そして裂け目が完全に見えなくなる」 葵の声で話す三木畑は、優奈に背中を向け、髪を上げて項を見せた。項から背中に掛けて、綺麗な肌になっており、裂け目や継ぎ目は全くなかった。それにしても、薄っすらと産毛が生えているあたり、本物の皮膚としか思えないほど、精巧に作られていた。 「人工の皮膚なのに、産毛まで再現しているんですか」 「うん。葵さんの体の情報は、あらかじめもらっていた一本の髪の毛から得たものなんだ。DNAを解析して、本人と同じ細胞を作り出す。それを埋め込んでいるのが、このスーツだからね。大量にある産毛の位置も、髪の毛の本数も同じ。視力も聴力も、舌で感じる味も。指紋だって全く同じだから、指紋認証をしているスマホも解除できる。昼食の前にも話したけど、本当に葵さん、本人になれるんだ」 「あ、あの。私はお姉ちゃんよりも背が低いけど、そのスーツを着たら同じ身長になれるって事……ですよね?」 「もちろん。体の構造を変えるから。例えば一メートルにも満たない幼稚園児でも、僕よりも遥かに大きな体格の力士が着ても結果は変わらない。葵さんになれる」 「そんなスーツがこの世にあるなんて……。誰のスーツでも作れるんですよね?」 「髪の毛が一本あればね。お母さんのスーツでも、優奈ちゃんのスーツでも。僕のだって作れるよ。ただ、今はこの一着しかなくて、量産するために色々と検討しているところなんだ。なんせ、膨大な資金が必要だからね。だから、数年単位では量産出来ないと思ってる」 優奈は、夢の様な話に感嘆した。要は、髪の毛があればアイドルや女優にさえ変身出来るのだ。 「大体、僕の事はこんな感じでいいかな?」 「あ……はい。色々教えてもらってありがとうございました」 「それじゃ、僕は葵さんとしてこの部屋で過ごす事にするよ。あまり外をウロウロすると、葵さんの知り合いに会った時に困るからね」 「そう……ですね。でも、どうしてこんな事を引き受けたんですか?」 優奈は、ふと疑問に思っていた事を口にした。 「ああ、それを話して無かったね。秋生には大きな借りがあるんだ。あいつとは幼馴染なんだけど、僕って俗に言う、虐められっ子でね。小学生の時は、靴を隠されたり、机に落書きされたり。先生も、見て見ぬふりだったし。そんな僕をいつも守ってくれたのが秋生なんだ」 「……そうだったんですか。でも、そんな体格なら虐める人なんていないと思いますけど」 華奢な姉のスーツに隠された、大きな体格を思い出しながら問い掛けた。 「高校に入ってからラグビーを始めたんだ。それまでは、男だけど葵さんみたいに華奢だったよ」 「へぇ〜」 「中学生になったある時、秋生が僕を虐めていた奴らと喧嘩したんだ。それで、秋生は勝ったんだけど、左腕を骨折して、背中にも大きな傷が出来てしまった。更に、この喧嘩が原因で志望校にも行けなくてね。ははっ、葵さんの姿でこんな話をするのは変だね」 「あっ……いえ。別に……」 三木畑は葵の頭だけ脱ぐと、自分の声で話を始めた。首から下は姉の体という奇妙な格好ではあるが、彼の目が涙で潤んでいる様子を見て、優奈は黙って聞いていた。 「何度も秋生に謝ったよ。でもあいつは、幼馴染で親友なんだから当たり前だろ……って笑うだけなんだ。そんなあいつに何時までも甘えていられない。そう思って、高校からラグビーを始めたんだ」 「あの、私……何て言ったらいいのか。その……そんなプライベートな事を聞いてしまって……」 優奈が戸惑っていると、「あ、いや。別に何か言って欲しくて話している訳じゃないんだ。こんなに自分の気持ちを素直に話せたのはどれくらいだろうか。はは……優奈ちゃんには何でも話せてしまうな」と、葵の手で涙を拭いた。 「さっき、このスーツを開発した経緯を話しただろ。本当は、秋生の背中に残っている傷を治してやりたいと思ったのが始まりなんだ。あいつのDNAから皮膚を作って、傷を消してやろうと思って」 「そうだったんですか。じゃあ長谷岡さんの背中、綺麗になったんですか?」 「うん。背中に融合しているから、見た目には全く分からない。葵さんも傷の事は知らないと思うよ」 「へぇ……。すごい技術ですねっ。親友のためにそこまで出来るなんて、ちょっと尊敬します」 「ははっ。僕なんて、あいつにどれだけ救われてきたか。だから、今回あいつから相談があった時に、絶対に応えてやろうと思ったんだ。ちょうど試作が終わって、実用化が出来るこのスーツで。後は、優奈ちゃんがOKしてくれたら……って事になったんだけど、僕もドキドキしながら葵さんの演技をしてたんだよ」 そう言う経緯があったんだ――。 優奈は、胸に熱いものが込み上げてくる感じがした。男性の友情って、こんなに強い絆で結ばれるものなんだと。 「やっぱり、私の返答にはすごく責任があったんですね。考えただけで胸が苦しいです」 「ううん。こんな事を言うと優奈ちゃんに怒られるかもしれないけど、絶対にOKしてくれる自信があったんだ。緊張したけどねっ。でも、自信が無ければ最初から断っているよ。女友達と旅行に行くって言えばいいだろって」 「ですよねぇ。私も最初から女友達と行くって言えばいいのにって思ったんですけど」 「でもね、葵さん曰く、母親が毎日の様にSNSで写真をアップしろや、電話しろって言って来るらしいよ」 その光景が目に浮かんだ優奈は、「あ〜そうかも。高校の修学旅行の時も酷かったから……」と呟いた。 「僕も、こうして制作したスーツの性能を確認出来るし、秋生に少しでも借りを返せる事が嬉しいんだ」 「……良かったですね」 「うん。ねえ優奈ちゃん。色々聞いてくれてありがとう。あまり自分の過去を話す事が無かったから、それもうれしく感じるんだ」 「すみません。気の利いた言葉が言えなくて」 「全然いいんだ。ほんとに、話せた事が嬉しいよ」 恥ずかしそうに頭を掻く三木畑に、優奈は親近感を覚え、姉が言っていた通りの人だと思った。 「いえ。じゃあ私は自分の部屋に戻るので」 「うん。じゃあ」 優奈は三木畑が姉の頭を被る様子を横目に、部屋に戻った。 ちょっといい話を聞いたな――と感じたと同時に、姉が付き合っている秋生がお義兄さんになった時の事を想像した。きっと、姉を大切にしてくれるんだろうな――。 壁に掛けてあった白いブラウスと紺のプリーツスカートに着替えた優奈は、窓の外を見た。 「暑そうだな。この中を駅まで歩くのは体力的に辛いよ」 友達の文恵と、数学を担当している先生に課題の解き方を教えてもらうべく、高校に行く約束をしている。それまでに一つでも多く問題を解いておこう。そう思い、机に向かって勉強を始めた。 センター試験まで、もう半年を切っている。苦手な数学を克服しなければ、姉と同じ大学には行けない。 「よしっ。頑張ろっ!」 シャープペンシルを握りしめた彼女は、参考書に目を通しながら計算を始めた。 外から聞こえる小さな雑音も気にならない。自分でも集中出来ている。そう感じながら問題を解いていると、葵の部屋から、かすかに声が聞こえ始めた。最初は気に留めていなかったが、その声の質がどうしても耳に残る。 「……ちょっと。三木畑さん、何してるのよ」 どうしても気になった優奈は、椅子から立ち上がると部屋を仕切る壁に立ち、耳を付けた。壁を通して、姉の籠った声が聞こえる。 「うそっ」 その上ずった姉の声に、優奈は頬を赤くした。「はっ、はっ」と荒い息と共に、「うっ、あっ、はあっ」と言う喘ぎ声が混じっている。その声から容易に想像がつく。 彼は、スーツを着ると本人と同じになれると言っていた。だから、葵が感じる女性の快感を、三木畑が感じているのだろう。 「信じられない。お姉ちゃんの体で……」 初めて聞いた姉の艶やかな声に鼓動が高鳴る。 「うっ、あっ、あっ」 姉も感じるとこんな声を出すんだ。壁に耳を当てる優奈の右手が、スカートの中に忍び込んだ。壁の向こうでは、三木畑が姉を全裸にして快感を貪っているのだろうか。ベッドで座りながら? 仰向けになって? そんな事を想像しながら、パンティの中で指を動かした。 「ふっ……ん」 中指が粘り気のある愛液に包まれる。姉のオナニーを想像するだけで、こんなに濡れている自分が信じられなかった。いや、きっと姉ではない男の三木畑が、姉の体を使ってオナニーをしている事に興奮しているのだ。 「やだ……。私っ、こんなにエッチじゃないのにっ」 そう呟きながらも、右手の動きは止まらない。壁越しに聞こえる姉の喘ぎ声が次第に大きくなってゆく。 三木畑が、葵の体でオーガズムを迎えそうになっているのが分かった。その声に合わせて指を動かすと、優奈の口からも、「はっ……あっ、あんっ」と切ない声が漏れた。硬くなった小さな豆を指の腹で擦るたびに、体がビクビクと痙攣し、足がガクガクと震える。 「イ、イクッ! うああっ!」 壁越しに聞こえた姉の叫びにも似た喘ぎ声に、優奈も「んんっ!」と体を震わせ、足を崩した。 「ふっ……あ、はぁ……」 彼女は腰の力が抜けた様に絨毯に座り込んだ。パンティから右手を引き抜き、生温かい愛液でいやらしく濡れた指達を虚ろな目で眺める。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 自分でも驚きつつ、ティッシュを片手にした。 「も、もしかして……。三木畑さんがお姉ちゃんに成りすましている間、こんなのが続くの?」 暫く放心状態で座っていると、姉の部屋の扉が開く音がした。 ハッとして慌てて椅子に座り、シャープペンシルを手にしたところで、扉を叩く音がした。 「はい」と返事をした優奈は、少し赤い頬で膨れっ面をしながら、葵の容姿で何事も無かったかのように入ってきた三木畑に視線を合わせたのであった――。 (続く) |