姉の旅行
Tira


(4)

「優奈ちゃん、見ても驚かないでね」
 秋生の言葉に、「大丈夫です」と自信満々に答えた優奈だったが、二人に近づいてくる女性の姿に目を見開き、言葉を失った。
 涼しげな白いワンピースは、姉のお気に入りだ。そのワンピースを着こなし、目の前に現れた女性は、どう見ても葵の容姿だった。
「えっ? えっ?」
「どうしたの? そんなに驚いた顔をして」
 葵の容姿をした人物は、姉の声でクスっと笑った。
「どうだい、優奈ちゃん。誰に見える?」
 秋生に問い掛けられた優奈は、口に手を添えながら「お、お姉ちゃん……」と呟いた。
「信じてもらえた? 変身スーツの性能を」
「えっ……あ、はい」
 驚きで上手く返事が出来ない。どこを見ても姉の葵にしか見えない。これが変身スーツを着た三木畑なんだ。あんなに体格が違っていたのに、身長も肩幅も姉と同じ。声までそっくりだ。
「これでも旅行に行ったら駄目かい?」
 優奈は、秋生の言葉に無言で首を振った。
「じゃあ決まりねっ! 優奈、私達はこのまま旅行に行って来るから、三木畑君をよろしくねっ」
「あっ……はい。えっと……あ、姉を呼んできます。ロビーで待っているので」
 頭の中が混乱している優奈に、秋生が「違うよ優奈ちゃん。目の前にいるのが本物の葵なんだ」と言った。
「へっ?」
 間抜けな返答をした優奈に、「三木畑君にすっかり騙されたのね。さっきまでロビーで話していたのが三木畑君よ。全然気づかなかったの?」と、葵が笑った。
「う……うそ……」
「芝居してたんだよ。優奈ちゃんが納得してOKを出してくれるか試すために。葵に変身した三木畑がロビーに行った時点でバレたら、ほんとに旅行はやめるつもりだった。でも、優奈ちゃんは全然気づかなかったね」
「うそっ! ほんとにロビーで話していたお姉ちゃんが三木畑……さんなの?」
「そうよ。多目的トイレで服を交換してね。私も三木畑君がバレないかドキドキしながら待っていたの」
 葵は秋生の腕に自分の腕を絡ませながら答えた。
「……全く気付かなかった。だって、ほんとにお姉ちゃんと話している感じだったから」
「家や親の事、私の喋り方も教えていたから。優奈が気づかないなら父さん、母さんも大丈夫でしょ」
 もう何が何だか分からなくなった。それほど、変身スーツは姉を再現していた。特殊メイクなんてレベルじゃない。両親が見ても、絶対にバレない――優奈はそう確信した。
「じゃ、そろそろ搭乗手続きの時間だから。三木畑君、秋生の親友だけあって、すごくいい人だから心配しないでね」
 笑いながらウィンクした葵は、優奈をおいて彼と仲良く腕を組みながら搭乗口へと消えていった。
「……えっと。私は……三木畑さんが待ってるんだ。あの人と一緒に家に帰るって事……だよね」
 頭の中を整理した優奈は、足早にロビーへと歩いて行った。

(続く)



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