姉の旅行 Tira (3) 十分ほど経っただろうか? 「ごめんね優奈。もうちょっとだけ待ってくれる?」 その声に振り向くと、葵と秋生が二人して歩み寄ってきた。 「あ、ううん。別にいいけど」 「三木畑君、多目的トイレで必死になってスーツを着ているわ」 微笑みながら優奈の隣に座った葵は、「優奈は絶対にOKしてくれると思うわ」と言った。 「お姉ちゃん……私ね。今、お姉ちゃんが言った【必死になってスーツを着ている】って言葉で無理だと思った。だって三木畑さんって、お姉ちゃんとあんなに身長差があったし、体格も全然違ってたじゃない。私はお姉ちゃんに長谷岡さんと旅行に行って欲しいと思ってるよ。これは嘘じゃないから。でも……」 「ごめんね優奈ちゃん、心配かけて。それに、無理に協力してくれって頼んで」 姉の隣に座った秋生は、葵の膝上にあった手に、自分の手を添えながら申し訳なさそうに言った。 「あ……いいえ。私は親にバレなければいいだけなんですけど」 「なあ葵。こんなに優奈ちゃんが心配しているんだ。旅行は延期しようよ。また二人で貯めればいいだけだし、就職しても休みは取れるから」 「えっ。でも私……」 「もしダメなら、三木畑と二人で行って来てって言ってたけど、俺は葵と行きたいからさ」 その言葉に、葵は何かを思いつめる様に暫く沈黙した。そして、天井を見つめながら「ふぅ〜」と大きく息を吐いた。 「……そうね。予約もしていたし、日が近づくと次第に嬉しくてなっちゃって……。二人で一年間、頑張って貯めたお金だったし。ごめんね優奈。私、大学生の間にどうしても秋生と思い出を作りたいと思って、焦ってたみたい。優奈の気持ちをきちんと考えてなかったね」 「お、お姉ちゃん。何か私のせいで二人の旅行がダメになっちゃったみたいで……」 「あっ……ごめん優奈ちゃん。そういう意味じゃないんだ。俺達が優奈ちゃんを巻き込んで、こうなっただけだからさ。元々、俺達の旅行を優奈ちゃんに決断させるなんて事がおかしいんだ。だから、ほんとに気にしないで」 そう言った秋生のスマートフォンから着信音が鳴った。 「ああ、三木畑か。悪いな、準備してもらったんだけど、旅行はまた改めて行く事にするよ。やっぱりリスクが高いし、バレた時が大変だからさっ」 彼が三木畑と話している間、少し落ち込んでいる優奈の肩を引き寄せた葵は、「ねえ優奈。今度は家族旅行を計画しようよ。秋生も一緒にね。それまでに、秋生を父さんと母さんに紹介するよ。きちんと順を追って話せば理解してくれると思うし」と囁いた。 「家族で旅行?」 「そう。それならきっとOKを出してくれるでしょ!」 「……そうだね。多分だけど」 「優奈も来年は大学に行くんでしょ? 大学に行っている間に家族旅行が出来るよう、秋生と私と優奈でいっぱいお金を貯めようね」 「あ……うん。お姉ちゃん……ごめんね、折角の旅行だったのに」 「いいのよ。流石に妹を困らせてまで、自分達だけ楽しむなんて出来ないから……って、さっきまで、そうしようとしてたんだけどね!」 葵が笑うと、優奈もつられて笑った。 「三木畑と話したんだけど、折角だから優奈ちゃんに見てもらってから変身スーツを脱ぎたいんだってさ。優奈ちゃん、構わないかな?」 「あ、はい。私もどんな感じか見てみたいです」 優奈はそう言った後、思わずプッと吹き出してしまった。 「何笑ってるのよ。三木畑君の姿を想像したんでしょ。でも、見たらきっと驚くわよ。じゃあ、私はここで待ってるから、二人で見に行ってくれる?」 「ああ、分かった。じゃあ優奈ちゃん、行こうか」 「はい。テレビでよくやっている特殊メイクを思い出しちゃって」 「なるほど。特殊メイクだと表情がぎこちなくなるかもしれないからね。それよりはマシだと思うけど」 彼の話に頷いた優奈は葵に手を振りながら、キャリーバッグを引く秋生と歩いて行った。 「優奈、どんな反応をするかな?」 クスっと笑った葵は、肩に掛けていたショルダーバッグから手鏡を取り出すと、軽く化粧を整えた――。 (続く) |