ガンガールズ

 作:JuJu




■第十章「ミクとチカ」

 大学の教室では先生が小難しい話をしている。美久(みく)は授業は上の空でぼんやりと窓から外を見ていた。眼下に見える校内を歩いている学生の中に、ゴスロリを着ている人がいないか探す。無意識に自分の髪を触る。チカはわたしのショートカットが好きだって言っていたっけ。

 そんな自分気が付き、美久は急に恥ずかしくなる。なんでわたしがチカなんか捜さなくちゃならないのよ?

 でもこの感覚には覚えがある。高校生の時、学校でもいちばんの美形に恋をした。無謀にも告白したものの、あっさりと撃沈した、心が痛むけれど、それでも甘い思い出。その感覚によく似ている。

 だとしたら、これってもしかしたら、恋をしている感覚じゃないだろうか。

 そう考えると、とつぜん顔が熱くなり胸の鼓動が激しくなる。

「ちがうちがう! アイツとはガンボーイズを倒すために一時的に共闘しているだけよ!」

 とつぜん立ち上がって叫ぶ美久。

「……ミク!?」

 となりにいた友人の麻由莉(まゆり)が驚く。

「ん? どうした?」

 教壇の先生が不思議そうに尋ねる。

 周囲の学生はくすくす笑いながら美久を見ている。

「あ……いえ。授業のじゃまをしてすいませんでした」

 そういって美久は顔を赤らめながらふたたびイスに座る。

「もー。はずかしいなあ」

 そういって麻由莉もあきれる。

「ごめん、マユ」

「またガンスポについて考えてたの? あいつらに復讐するためにがんばっているのはわかるけれど、むりをしないでね」

「そういうんじゃないけれど……」

「くやしい気持ちはわかるけれど、もう忘れることよ。わたしもあの時のことはあきらめているし。ガンスポをやる気はないから、もう二度とガンボーイズとは会うこともないだろうし」

 そういって、ふたたび授業に集中する麻由莉。

 そんな麻由莉を見て、美久はまじめだなと思った。

 美久はふたたび、講堂の窓から見える学生の流れを見た。

 今チカは女だけど、いつか男に戻るんだ……。男に戻ったら男女としてつきあうこともできるんだ。

 男のチカを思いだして、ふたたび顔を赤くする美久であった。


    ◇


 大学の授業が終わり、今日もガンボーイズに雪辱を果たすべく、美久はサバイバル・ゲームの訓練場に向かって電車に乗っていた。美久はドアのそばに立って流れる町をぼんやりと見ている。心の中でこれは絶対恋なんかじゃない、と自分にいいわけをしながら。

 ぼんやりとしていたせいか、訓練場に向かったはずなのに気が付けばチカを見つけた学生街に来ていた。

 これはチカに会いに来たんじゃない! この学生街は大学生のたまり場だから、あの大学に通っているっていうガンボーイズの偵察に来たのよ! 情報収拾も大切よね!

 言い訳を自分自身にしながら、美久は学生街を歩く。

 当然だが、あてもなくうろついたところでガンボーイズと遭遇するはずもなかった。美久もそれを理解していたし、本心でははチカに会うことが目的だった。

 美久の祈りが通じたのだろうか。学生たちの人波に隠れて、遠くで一瞬だけ、ゴスロリ服の一端が見えた。猥雑な学生街においても、やはりゴスロリの服は目立つ存在だった。

 胸が高鳴ってその場にいたたまれなくなり、あわてて逃げ出す美久。

 どうして逃げ出すの?

 どうしてアイツを見ただけで興奮しているの?

 これは、そ、そう!

 あいつがゴスロリ服なんて恥ずかしい服を着ているから、見ていてわたしまで恥ずかしくなっちゃっただけよ!

 美久は胸を手で抑えて、どうにか鼓動が静まるのを待ってから、ふたたび通りに戻ってきた。チカが見えた場所に立つ。

 しかし周囲を見渡してもゴスロリ服の姿はない。チカはどこかに去った後だった。

 せっかく出会えたのに!

 去ってしまったと知ると一気に後悔が美久を襲った。

 さっきまで、あれだけいろいろと言い訳をしていたことを忘れたように、あわててチカの姿を捜す美久。

「あんなに目立つかっこうをしているんだから、すぐに見つかりそうなのに……」

 走り回ったすえに、学生街の外れで立ち止まっているチカを発見する。

「いた!」

 ようやくチカを見つけた美久は、駆け寄ろうとしてとなりに女性がいるのを発見した。相手はショートカットをした女性だ。後ろからなので顔は分からなかったが、ショートがとてもよく似合っていることは雰囲気でわかる。女性はチカの腕にからみつくように身を寄せていた。チカはまとわりつく女性を迷惑そうにしていたが、それでも女性のするがままになっている。

「……もしかしてチカの彼女?

 それはそうだよね。チカは顔もいいし、お金持ちで背も高いし。恋人のひとりやふたりいないはずがないよね。だいたい、チカみたいな優良物件、まわりの女たちが放っておくはずがない……」

 女性が同性愛者と見られてもおかしくはないほどなれなれしくからみついているのは、彼女もチカが女に変身していることを知っているために違いない。

「わたしの他にもチカの正体を話した人がいたんだ……。そりゃあ、わたしに話したくらいだし、恋人ならば変身したことを話すよね」

 美久が衝撃でその場で棒立ちになっていると、チカと女性は歩き出して、そのまま人混みにまぎれて消えてしまった。

「なんだ……。わたしのショートカットの髪が好きっていったのは、恋人がショートにしているからか」

 それでもチカの恋人にすこし嫉妬してしまう。わたしだってショートなのに。

 美久は長いあいだ、ふたりが消えた街を眺めていた。


    ◇


 駅前まで戻ってきた美久は、オープンカフェでぼんやりとしていた。

 空の下、店の前に置かれたテーブルに座り、紅茶のカップに手も着けず冷めていくままに物思いにふけっている。

「そりゃあ、そうだよねぇ。恋人くらいいるよねえ。わたしなに浮かれていたんだろう」

 そんなふうに美久はひとりごちる。

 秋というのは失恋にぴったりの季節だろうか。彼女の髪をなでる風は哀愁をおびていて傷心の美久の心をなぐさめる。

 そっか……。わたしチカこと好きだったんだ。

 やっぱり自分にはうそが付けないや。わたしはチカに恋をしていたんだ。いつの間にか彼のことを好きになっていたんだ。

「まっ、彼女がいたんじゃ始めから実らない恋だったんだけどね」

 美久は自嘲気味にそういうと、すでに冷めたカップをひとくち口にふくんだ。


    ◇


 次の日。美久はサバイバル・ゲームの訓練場に来ていた。

 失恋とともにヤケ気味になり、ガンボーイズなんてもうどうでもいいという気持ちになっていた美久だったが、訓練場に来てみるとガンボーイズにやられた時のことを思いだされ、ふたたびの熱意が戻ってくる。

「こうなったらなにがなんでもガンボーイズを倒してやる!」

 やつあたり気味にガンボーイズへの雪辱戦をあらためて決意する美久だった。


    ◇


 美久は射的場で拳銃を発射するものの、集中力を欠いて撃った弾(たま)はことごとく的(まと)をはずれてゆく。このままじゃガンボーイズへのリベンジもままならない。

 原因は美久自身もわかっていた。恋わずらいだ。チカには彼女がいる。美久はなんども自分にそう言い聞かせるが、どうしても想いが消えなかった。このままではどうあがいてもガンボーイズに復讐なんてかなわない。

 美久が肩をうなだれていると、背中から女の声がした。

「なっていないな。

 なんだよ、そのへなちょこ弾は。全然標的に当たってないじゃないか。まず姿勢がわるい、そんなうなだれた猫背で撃って当たるわけがないだろう」

 背後からかけられた声に死ぬほど驚いて振り向くと、そこにチカが立っていた。

「どうした? ただでさえまぬけな顔が、今日はますますぬけているぞ?」

「チ、チカ? どうしてここに?」

「試合が近いからな。おまえがサボっていないか、忙しい中わざわざ様子を見にきてやったんだ。そうしたらこのありさまだ。まったくやる気がみられない」

「やる気がないのは、あんたの性格でしょ!

 ――大丈夫。特訓のおかげで、もうそこらへんのザコが相手ならば負ける気がしないわ」

 美久は強がりを言ったが、チカにはお見通しのようだ。

「指導でもしてやろうとおもっていたんだが、そんなふぬけ状態じゃ練習にならないな。まあせいぜい当日は俺の足を引っ張るなよ」

 そういうとチカはきびすを返して帰ってしまった。

 去っていくチカの背中に向かって美久はうらめしそうにつぶやく。

「なによ。人の気も知らないで」








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