ガンガールズ

 作:JuJu




■第九章「ゴスロリの戦い」

「信じられないのはもっともだ。とにかく俺の話を聞いてくれないか」

 自分の正体がチカだと言うゴスロリは、美久(みく)に女性になったいきさつを話しはじめた。

「大学のある教授が、性別を男から女にする方法が描かれ壁画を発掘した。その検証をするために、俺はその実験に参加させられているんだ。

 俺が女になっているあいだ、教授の手伝いでイタリアに発掘作業に行っているという偽装も教授が考えてたものだ。まさか本当に発掘作業をしているかイタリアまで押し掛けて確かめに行く人なんていないから、教授が言えばばれることはない」

「実験に参加って……。それってつまり人体実験でしょう? 危なくないの?」

「たしかに危険な実験だ。しかし俺なんかよりももっと危険な仕事をしている人なんていくらでもいる。それこそ、ありふれた職業の運転手にしたって一歩間違えば即死なんだぞ?

 それに教授とはいろいろあってな。俺しか頼れる人がいないと頼まれたから断りきれなかったんだよ。

 俺がその時に受けた実験方法、つまり性別を変える方法がどんなものなのか。その内容は教授から口止めされているから話せないが……」


    ◇


 ゴスロリの話を要約すると、こんな感じだった。

 教授は古代ローマ文明の研究が専門で、時々イタリアに行っては発掘作業をしている。

 ある日、発掘をおこなっていた教授たちは、性別を転換する秘法を発見した。

 不老不死。それは人類の夢であり、権力者や富豪はいつの時代でもそのことに並々ならぬ力を注いできた。

 古代ローマ文明も同じであり、不老不死の研究をし、その一環としてすこしでも長生きできる方法を模索していた。

 そこで生まれたのが女性になる方法だった。

 人間は男性よりも女性のほうが平均的に長生きをする。だから女になれば、わずかでも長生きすることができる。もちろん究極の願いは不老不死だが、さすがにその方法は発見できなかったらしい。それはそうだろう。現代の医学をもってしても老化の原因は、諸説はあるものの、はっきりとまではわかってはいない。だから人は絶対に老いる。老いの果てが死だ。しかし古代ローマ文明の時代に生きた何者かは不老不死とまではいかないまでも、寿命を延ばす鍵として女性化の研究をしていたらしい。

 古代ローマ文明の滅亡と共に失われてしまったその魔術とも言える秘法を教授は発掘したんだ。

 とはいえ発見をしたものの、当の教授本人が性転換の方法などまったく信じていなかった。常識としてありえないからな。それでも発見をしてしまった以上、検証をしなければ気がすまないのが学者の性(さが)というものだ。

 そこで俺に人体実験を求めた。


    ◇


「――まあ、いまの話はすべて教授から受け売りだけどな」

 ゴスロリははペットボトルに残った紅茶を一気に飲みほすと言った。

「今日学生街にいたのはその教授に会ってきた帰りに通ったからだ。この身体の検診とかレポートの提出とか色々あるからな。

 俺の話は以上だ。信じるか信じないかは勝手だが、いちおうおまえには隠さずに話したからな」

「チカがわたしを信用して話してくれたんなら、まだ信じられないけれどわたしもチカを信じてみる。じゃあ本当にあなたがチカなのね?」

「だから何度もそう言っているだろう」

「チカがイタリアにいっているというのも、調査団として発掘調査をしているというのも、全部……」

「さっきから言っているように、俺がいなくなったことをごまかす方便だ」

 チカはため息をつきながら言った。

「あと言うまでもないことだが、このことは他言無用だ」

「性別を変化させるなんて、口外しても誰も信じないわよ。だいたいわたし自身まだ半信半疑だし」

「ま、当然だろうな」

「でも、だとしたら、なんでそんな大事な秘密を話したの? わたしってそんなに信用できそう?」

「こんな事を言っても信じるのはお前くらいだと思ったんだ。だからお前に話した。なにしろ隠し事っていうのは誰かに話したくなるものなんだよ。そして話した以上信じてもらいたいものなんだ」

 秘密は誰かにしゃべりたい。その気持ちは理解できるかも、と美久は思った。

「あ、じゃあ普通の女物の服じゃなくてゴスロリを着ているのも、チカだってばれないように変装しているの?」

「ああこれか? 服も化粧品もすべて姉貴が用意した。俺はあたりまえだが女の服なんてもっていからな」

「お姉さんがいたんだ?

 それでその姉さんが用意した服がゴスロリだったから、チカはゴスロリを着ているんだ」

「それがどうかしたか?」

 わたしの思った通り、チカは主体性というものがなく人や周囲に流される無気力な性格なんだな、と美久は再認識したした。


    ◇


「そうそう、この前はありがとう」

 美久が思い出したように言う。

「賞金のことならばもう礼は聞いたぞ。それにあんな端金(はしたがね)気にするな」

「それもあるけれど、ほら、この前の試合でわたしがガンボーイズに襲われていたとき、間に入ってたすけてくれたでしょう?」

「なんだそのことか。礼なんていいって言っているだろう。俺はリーダーたちの相手してやりたくて試合に参加したんだし」

「最初からリーダーたちを狙っていたの? でもあなたもガンボーイズの仲間なんでしょう? なんでわたしの肩を持ったの」

「べつにお前の肩を持ったわけじゃない。それにガンボーイズたちとは仲間ってほどの仲でもないし。ただリーダーに俺たちのグループ入れって言われたから参加していただけだ。あの時は特にすることなもなくって暇を持てあましていたからな。だったら退屈しのぎにやってもいいかなって思っただけだし。

 ガンボーイズの参加資格は顔が良くって資産家の息子だから、リーダーだって俺が顔が良くて金持ちだから仲間にしただけだし」

「自分で顔が良いって言っちゃうんだ……。しかも退屈しのぎでやっていて全国レベルってすごいね」

「スポーツは得意だからな。

 それでガンボーイズに入ってはみたものの、女だからとか、初心者だからだとか、そんなふうに気に入らないやつらは潰すって考えが許せなくって、イライラしていたんだ。

 ああ俺がこう思う理由はな、ガンボーイズの他の奴らはみんな一人っ子だけど、俺には姉がひとりいるんだ」

「さっき言っていたゴスロリを着せたお姉さんね」

「面と向かって言えないけれど、俺、けっこう姉貴のことを尊敬しているんだ。学生時代女子柔道で全国までいったことがあるし。

 姉に憧れて幼いころ柔道をしたこともある。すぐにやめちゃったけどな。キツいし」

「あんたの性格じゃ、体育会系のノリは無理よね」

「だから、俺、姉貴の凄いところ知っているから、女ってだけで見下す奴は気に入らないんだ。

 それでイライラしていたとき、女だからってなめんなって啖呵(たんか)切ったおまえを見てさ、俺もお前見たくリーダーたちと戦ってやろうって思ったんだ」

「プッ」

 美久はつい吹き出す。

「なんだよいきなり、笑い出して」

「だって、チカってもっと無口な人だと思っていたのに、

 結構おしゃべりだから」

「それは……」

 そういってから、チカは美久に聞こえないような小声でつぶやく。

「俺にもよくわからねぇけど、おまえがからむと自分らしくなくなるっていうか……、つい饒舌(じょうぜつ)になるっていうか……」

「え、なに? なんかいった?」

「なんでもない。

 それより俺とチームを組んでくれ。前回はリーダーに、チームとしてエントリーしていないっていわれたからな。今度はチームを組んで、ふたりでガンボーイズを倒そう。

 これが今日、お前をと話をしたかった理由だ」

「うん、いいよ。わたしも一緒に戦う人を捜していたんだ。ソロじゃつらいし、チカのような腕のたつ人がパートナーなら心強いし」

「それじゃ、あらためて自己紹介だ。

 俺の名前は武部宮元親(たけべのみや もとちか)。ガンボーイズのやつらには、チカって呼ばれている」

「プッ!」

 名前を聞いた美久が吹き出す。

「また笑いやがって。こんどはなんだ?」

「だって、戦国武将の名前みたいだったから。イメージに合わないし。もっとホストの源氏名みたいなのだと思っていた」

「人の名前を笑うな。これでも親と先祖からもらった大切な名前だ」

「ご、ごめんなさい。

 わたしの名前は久紀美久(ひさき みく)。みんなからはミクって呼ばれているわ」

「じゃあ、ミク……」

「え? いきなり名前呼び?」

 顔を赤くして照れる美久。

「おまえだって俺のことをチカと呼んでいるだろう。じゃあなんて呼べばいいんだ?」

「ミクでいいわよ」

「そうか? とにかく、俺とチームになるってことでいいんだな」

「ええ。それとチームを作ったからにはチーム名も必要よね」

「いや、必要ない。どうせガンボーイズを倒すことだけが目的の即席チームだ」

「でもガンボーイズだってチーム名があるんだから、わたしたちもチーム名がないとかっこうがつかないわ。

 そうねえあいつらがガンボーイズだっていうなら、対抗してわたしたちはガンガールズってチーム名にしましょうよ」

「そのまんまパクりじゃねぇか。ダセぇ……」

「だめ?」

「好きにすれば」

「じゃ、ガンガールズで決定ね」


    ◇


「そういえばなんか腹が減ってきたな。話は決まったし、そろそろ昼飯(ひるめし)にするか。パスタでいいか?」

 チカが言った。

「え? ご飯作ってくれるの?」

「ひとりだけで喰うわけにもいかないだろう。ニンニクを入れてもいいな? ちょっと待っていろ」

 そういうとチカは立ち上がって台所に向かう。

 男物のエプロンをゴスロリ服の上に掛けると、手際よくパスタを茹で始めた。

 しばらくして美久の座っている座卓に料理が並べられる。

「おいしーい!

 わたしお料理ってできないから、お料理ができる人ってすごいと思う」

「姉貴からたたき込まれたからな」

 チカはいつもの無表情だったが、かすかにはにかんだのを美久は見逃さなかった。その表情を見てすこしだけ可愛いと思った。


    ◇


 チカが急にまじめな声で言う。

「食べながらで良いから、聞いてくれ。
 前回の試合はガンボーイズが俺がいきなり割って入ったから勝てた。いわば奇襲だ。しかし奇襲に二度目はない。次は真正面から戦わなければならない。

 はっきり言ってガンボーイズは強い。そのことはガンボーイズにいた俺がいちばんよく知っている。

 相手は三人、俺たちはふたり。しかもお前はほぼ戦力ににならない」

「戦力にならなくて悪かったわね」

「この戦力差では、どう考えても試合に勝つことはできない」

 チカはあらためて美久を見た。

「だから戦力の底上げをするために、おまえは特訓をしろ。すくなくとも俺の足を引っ張らない程度にはなってくれ」

 美久は足を引っ張るなと言われて少し腹を立てたが、同時に現実問題として今の自分の力ではガンボーイズに敵わない、それどころかムカつくけれど、チカの指摘通り本当に足を引っ張ることに成りかねないと感じていた。

「わかった」

 美久は強く頷いた。

「それに俺の目が確かならば、お前はガンスポの素質がある。磨けば俺を助けられるくらいになれるかもしれない。がんばってくれ」

 チカ言葉を続けた。

「それからリーダーは例のフィールドが非常に気に入っている。だからしばらくの間、例のフィールドに出場すると見てまず間違いはない。

 そこでリベンジは一ヶ月後の例のフィールドにさだめる。

 これからの一ヶ月でしっかりと体を作れ」

「え!? たった一ヶ月の訓練でガンボーイズに勝てるようになるの?」

「仕方ないだろう。俺だっていつまでもお前につきあってられないんだ。
 ぶらぶらと街をうろついているくらいだから予定はないんだろう? さっそくだが今日から特訓をしよう。飯を喰ったらガンスポの訓練場に行くぞ」

「えー? いまからフィールドに行くの? 帰る頃には暗くなっちゃうよ。それにフィールドって今日も営業しているの?」

「フィールドは試合がない日も、訓練する人のために一部を解放している。

 ただし今日はフィールドまで行かないから安心しろ。電車に乗って何駅か先に、訓練場があるんだ。それほど遠くはない。本来はサバイバル・ゲームのための施設だが、俺はガンスポの訓練用として利用している。そこに行く」


    ◇


 美久たちは電車に乗って訓練場に来た。施設内に入った美久があたりを見ると、ガンスポと違ってサバイバル・ゲームは遊ぶ人口が多いらしく、それなりに繁盛していた。

「今日はここでの訓練だけでいいが、明日からは外で体力作りもするから、動きやすい服装で来い。

 明日また指導してやる。朝十時に駅に来い」


    ◇


 次の日。美久がJRの某駅の改札を出ると、すでにチカが待っていた。

「ほら訓練用の拳銃だ。これを毎日千回、休憩を挟んでいいからトリガーを引け」

 美久はいきなり銃を差し出された。

「銃だったらわたしも持っているけど」

「こいつは俺がお前のために用意した特別製だ」

 どこが特別なのかと思いつつ、訓練用の銃を受け取り引き金を引いてみる。

「お……重い……」

 チカの渡した銃は、引き金がやたら重かった。

「さらにこれも装備して、引き金を引くんだ」

 そういうとチカは、銃の引き金を一生懸命引こうとしている美久の手に、すばやく巨大なバネをはめた。

「な? なにこれ?」

「名づけてメジャーフィールド養成ギプスだ。これを付けて引き金を引く訓練をすることで、すばやく引き金がひけるようになる」


    ◇


 それからも週三回程度の頻度で、チカは美久を指導して、そのたびに新たな特訓をさせられた。

 たとえば垂直な崖を登らされたり、巨木を斧で倒してみたり。

「こんなので、本当にガンスポが上手くなるの?」

「俺が考えた特訓方法だ、文句を言うな! それから特訓の間は、俺のことは教官と呼べ! 言葉をしゃべるときは、最初と最後に〈Sir(サー)〉を付けろ!」

「な、なにそれ? というかキャラ変わっていない?」


    ◇


 苦しい特訓が一ヶ月続いたが、どんなに辛いときも、ガンボーイズの顔を思い出せば再び力がわいてくる。

 ガンスポの優秀な選手であるチカの指導と、不屈の忍耐で、美久はめきめきと力を付けた。

 そして一ヶ月後。

 卒業試験として、美久とチカはサバイバル・ゲームの訓練場の一角に来ていた。対戦用として小さな部屋を解放しているのだ。

 チカと対峙する美久。先にチカが美久に向かって撃つ。

 美久はそれに反応し、前転をして素早く避けると立ち上がり、チカに向かって射撃する。

 チカは避けずに美久の弾(たま)を受けた。美久の弾は確実にチカの手に命中する。

「よし。卒業試験合格だ。正直言って思った以上に進化した。おまえ才能あるよ。

 試合は三日後。あとは試合の日まで自主練を忘れるな」

 チカはハンカチで手にかかったインクを拭きながら言った。

「え? 最後までつきあってくれないの?」

「俺だってそこまで暇じゃない。これでもかなり時間を割いてやったんだぞ。

 だが勘違いするなよ。お前の為に時間を割いたんじゃない。お前に強くなってもらわないとリーダーたちを倒せないからな。それにここまでくれば後は一人でやれるはずだ。がんばれよ」

 そう言って、チカは帰っていってしまった。










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