ガンガールズ

 作:JuJu




■第三章「ガン・スポーツ」

 美久(みく)は初めてのガンスポの試合に、麻由莉(まゆり)は美形集団のガンボーイズを生で見られるかもしれないという期待に、ふたりは胸を高ぶらせながら射的場を出て受付のある建物に戻った。

 そこではすでに、試合の出発地点を決めるクジが配布されていた。美久が代表して封筒を選ぶ。中を開けると大きな紙に試合会場の地図が描いてあり、美久たちの出発地点には赤いペンで印が付いていた。

「なるほど。これって試合会場の地図も兼ねているんだ」

 麻由莉が言った。

 彼女たちは試合場に入った。

 美久がフィールドをながめると、麻由莉が言っていたとおりゴルフ場のような所だった。ただしゴルフをするわけではないので、池や砂場は見当たらない。その代わりあちらこちらに林が植樹されている。

 美久たちが引いた場所はゴルフ場の芝生みたいな広場の端だった。すぐそばには木が密集した林も見える。そこで待っているとサイレンが鳴り響いた。

 試合開始の合図だ。

 ガンスポが初めてのふたりは、とりあえずそばにあった林の奥深くに隠れることにした。しばらく様子を見ることにしたのだ。ここからならば芝の広場がよく見える。しかしいくら待ってみても、いっこうに敵は現れなかった。どうやら美久たちがクジで引いた出発点は周囲に敵がいない地域だったらしい。

「誰もこないね」

 麻由莉がいう。

「ひらけた場所だし。あんなところを歩いていたら一発で存在がばれて狙われるし。だから誰も来ないんだよ」

 美久が返事をする。

「敵に見つからないのはいいけどさ、なんかここで待っているだけっていうのも飽きてこない?」

「みんなもわたしたちみたいに隠れて、出てこないのかな?」

「このまま林に隠れているだけじゃ、せっかく試合に参加した意味がないよ。ガンボーイズを捜しに行こうよ」

 そう言うなり、美久の返事を待たずに麻由莉が林から出ていこうとした。その時、芝の広場の先に四人組の男が現れた。

 リーダーらしい男を中心にすえて、前にふたり、後ろにひとり。逆三角形の隊列を作って歩いている。前にいる方のひとりは警備役らしく、銃を構えながら周囲をしきりに見まわしている。

「ねえマユ、あれって……」

「うん、間違いない。ガンボーイズだ! このフィールドによく来るって聞いていたけれど本当だったんだね」

 彼らがガンボーイズだと言うことはすぐにわかった。なぜなら美久たちの予想以上に美男子の四人組だったからだ。

 フィールドでの試合は、午前の部と午後の部の前後二試合ある。でもガンボーイズは午前の部だけで帰ってしまうのが通例だというのが麻由莉の得た情報だった。だから美久たちも午前に合わせてやってきたのだ。その麻由莉の予想がみごとに当たった。

「凄い凄い!! 生ガンボーイズ!!」

 彼らの姿を見て興奮した麻由莉が、ふたたび林から飛び出そうとする。そのことに気が付いた美久は、あわてて麻由莉の腕を掴んでひき止める。

「ガンボーイズってめちゃくちゃ強いんでしよ? 初心者のわたしたちが出ていったら、かっこうの餌食になっちゃうよ」

「別にいいわよ。あんなかっこいい人たちなら、よろこんで餌食になるわ。それに撃たれたって、弾(たま)はインク弾だから服や髪に付いたインクは三十分から一時間で消えるってお兄さんが言っていたし。あとは、撃たれたらセーフティーゾーンってところに行けばいいだけでしょ?

 試合は午前午後の二回あるから、参加費を追加して午後もやろうよ。もちろん追加の参加費はわたしが出す。それで午後の部でたのしめばいいのよ!」

 麻由莉はそういうと、掴まれていた腕を振りきって広場に向かって走った。


    ◇


 敵襲に気がついた警戒役の男は、構えながら歩いていたワルサーP38の照準を麻由莉に合わせた。しかし相手が両手を上げているのを見て、すんでの所で引き金を引く指を止める。

「撃たないでくださーい!」

 麻由莉は叫びながらガンボーイズのそばに駆け寄った。

「見かけない顔だな?」

 警備の男が口を開いた。

 警備の男は真っ赤に染めたモヒカンの頭をしている。麻由莉もモヒカンの髪型に一瞬ひるんだが、その顔が美形なのを見てすぐに気を取り直した。

「あの……、わたし麻由莉って言います。大学一年生。

 ガンボーイズのみなさんのことは噂で聞いていて、一度会いたいって思っていたんです」

 それを聞いて、互いに顔を見合わせるガンボーイズ。

「へー。それで木の陰に隠れていたのに、わざわざ飛び出してきたの? それは光栄だなあ」

 もうひとりの前衛の、人なつっこそうな男が言った。ガンボーイズの中で、もっとも背が高く体格も大きい。いかにも力自慢といった感じだ。細い目がたれていて愛嬌がある。こちらもなかなかの美形だ。彼がうれしそうに返すと張りつめていた場がなごんだ雰囲気に変わる。

 木の陰にとどまったまま麻由莉を見守っていた美久も、なごやかな雰囲気になったことで安堵した。どうやら美久の杞憂だったらしい。

「それで、俺たちの前にノコノコと出てくるなんて、ガンスポは初めてか?」

 モヒカンを真っ赤に染めた男が問う。

「はい。ガンボーイズさんたちに会いたくて、ガンスポの試合に参加しました!」

 それを聞いて、筋肉質で背も高い、どうやらリーダーらしい男が沈黙を破って低い声で言う。

「そうか。ならば二度とフィールドに来たいとは思わないようにしてやる」

 リーダーはあごをしゃくって麻由莉を指す。

 それを見てモヒカンと大男のふたりは軽く頷き合う。

 モヒカンが脅すように言う。

「リーダーはお前みたいな浮ついた気持ちで参加する奴がいちばん嫌いなんだよなぁ。
 それに俺たち、これでも真面目にスポーツをしているんだぜ?」

 男たちの雰囲気が急変したことを感じ、麻由莉はわすがに顔を引きつらせる。

「キミ、女性でガンスポをしているのなんてめずらしいから、男にちやほやされるとおもって参加したんでしょう?」

 大男が言う。

「それに俺たちくらい金持ちでカッコイイ男になると、女なんてほっといてもいくらでもやってくるんだよなぁ。わざわざお前みたいな女に俺たちが興味を持つとおもったの? 

 ちょっといい女だからって、うぬぼれるなよ」

 モヒカンが言う。

「要はガンスポを舐めるなと言うことだ」

 リーダーが言う。

「えっと……。あ、あの……」

 モヒカン、巨体、筋肉質のリーダー。男たちにすごまれて、麻由莉はすっかり怯えてしまっていた。

 雲行きが怪しくなったのを見て、美久は林の中から飛び出した。

「ちょっと待って下さい! 麻由莉が不快な思いをさせてしまってすみません! これでも悪気はないんです!」

「ん? あんたはこの女のパートナーか?」

 リーダーが言う。

「はい。マユと同じ大学に通う、ミクっていいます」

「ここはナンパする場所じゃない。逆ナンならよそでやってくれ」

 リーダーの上から目線な物言いに美久はちょっと腹が立ったが、ガン・スポーツはその名でわかるとおりスポーツの一種なのだろう。この場はスポーツをする場所であり、彼らのように真剣にスポーツに取り組んでいる人たちの世界だ。そこに麻由莉のような遊び半分な者がまぎれ込んできたら面白くないのは分かるし、それに麻由莉の行動も美久もあきれていたので、彼らの言い分は理解できた。

 それに美久自身も、出会いを求めて来たわけではないが、たしかに浮ついた気持ちでガンスポに参加したことは確かだ。

「本当にごめんなさい」

 美久はガンボーイズに向かってふかぶかと頭を下げる。

 美久を見ていた麻由莉も、あわてて同じように頭を下げた。

「ふーん? 素直にあやまるのはいいけどさ。でも、もう遅いんだよ。やっぱり許せねぇな。試合の興がさめちゃったし」

 モヒカンが言う。

「第一、お前たちみたいのが今後も戦場をうろつかれると目ざわりだ」

 リーダーがそういってハンドサインを出す。するとリーダーとモヒカンと大男が一斉に銃の弾倉(カートリッジ)を交換した。

 美久がリーダーに見とがめる。

「いま、カートリッジを交換しましたよね?」

 それを聞いたリーダーは不敵に笑う。

「お前らみたいなふざけたやつらが、二度とフィールドに来たくなくなるようにしてやろうとおもってな。

 ここは戦場だ、文句があるなら銃で言え」

 リーダーは巨大な拳銃、デザートイーグルをホルスターから取り出すと、美久に見せつけながら言った。

 いったい交換したカートリッジにはどんな弾が込められているのだろうか。まさか実弾ではないにしても、撃たれればただではすまないだろう。美久はそう推測した。

 仕方がない、ここは逃亡しよう。

 そこでまず宣戦布告をする。

「わかったわよ! お望みどおりガンボーイズと戦ってあげる」

「そうこなくっちゃなあ! 男にはかなわないってことを今から調教してやるよ」

 モヒカンが言う。

「ミク……、ガンボーイズに勝てるはずなんてないよ」

「わかってる。だから戦うフリをして、隙を見て逃げだすわよ」

 美久は麻由莉に小声で答える。

 すっかり戦意を失った麻由莉をかばいつつ、美久はガンボーイズに向かってレンタルしたベレッタを発射するものの、初めての戦いで当たるはずもなかった。

 それでも何度か発射しているうちに、ついに美久の弾がモヒカンに当たる軌道に乗った。彼女は弾が当たるかもと期待したが、「おおっと! あぶないあぶない」と、モヒカンはあわてる振りをしながらぎりぎりの所で避ける。あぶないと口ではいいながら、その動作にまったくあぶなげがない。

 なにより美久が腹を立てたのは、ガンボーイズは撃つ振りをして美久たちが避けようとか身を守ろうとかすると笑いながら銃口をはずす。人を小馬鹿にするようにけっして弾を発射しないことだ。

 ようやくモヒカンが初めて発砲したかとおもえば、美久をかすめるように撃って「ヤベー。はずしちまったあ」などとわざとらしく言う。

 わざわざわたしに当てないように撃っているんでしょうが!

 と美久は心の中で叫ぶ。

「はずしちゃったよぅ。ごめんなぁ、俺のジェニファーちゃん」

 モヒカンは手に持った拳銃を見つめながら言う。

 あいつ銃に名前までつけているのか。

 美久はあきれた。

 おびえて泥人形のようにすくんでいる麻由莉よりも、必死の抵抗をしている美久をかまったほうが面白いと思ったのか、ガンボーイズは麻由莉を無視して執拗なまでに美久を狙った。

 そんななか、美久はガンボーイズの中でチカと呼ばれている髪の長い男だけが他の奴らとは違うことに気が付く。彼だけは戦いに参加せずに、つまらなそうに傍観を決め込んでいた。

 そういえば他の三人がわたしたちを脅していたときも、彼だけは少し離れて見ているだけだったなと美久は思い返す。








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