『泉の精』


 作:うずら


ああ、俺は死ぬんだ。

突風にあおられて、散歩に来ていた泉に転落したのだ。
服が身体に張り付き、いくらもがいても身体が浮き上がることはない。
ごぼっ……
つい開けてしまった口から、なけなしの空気があふれ出た。
同時に大量の水に蹂躙される。
意識が断ち切られる寸前、俺は光に包まれた。
まるで柔らかい布団に包まれたかのように心地よく、とても水の中とは思えないほど温かい。
『あなたが落としたのは、この容姿端麗の身体ですか?』
はあ?
突然、そんな声が聞こえた気がした。
といっても、耳を通して聞こえたわけではない。頭に直接響いた、というべきだろうか。
この状況もだが、頭に直接聞こえる声なんて不審すぎる。
そんなことを考えていると、ぽわっと目の前に男が現われた。
本物じゃないことは間違いない。ホログラフか何かのようだ。
『あなたが落としたのは、この容姿端麗の身体ですか?』
また声が聞こえた。
そういえば、今起きてることに精一杯で、顔まで見ていなかった。
良く見ると線が細くて美しい顔立ちをしている。目が合ったかと思うと、ホログラフの男はにっこりと微笑んだ。
それは男の俺ですら赤面してしまうほど、極上の笑顔だった。
「たしかにすごい良い男だけど、俺じゃないよ」
答える必要は感じないが、この声のおかげで生き延びているのだとしたら、機嫌を損ねそうなことはまずいだろう。正直に答えるべきだ。
『そうですか。それでは、こちらの男性的魅力に溢れた身体ですか?』
美青年が消えて、ビキニパンツだけの筋肉ダルマが現われた。
さっきと同じように、笑顔を俺に向けてくる。浅黒い顔に白い歯が輝く。
ついでに腕を組んでポージングも忘れずに。
「い、いや、ちょっと勘弁してくれ」
……そうですか。では、この貧相な男ですか?』
次に出てきたのは、正真正銘の俺。貧相というのは失礼な言葉だが、あながち間違っていないのが悲しい。
先の二人とは違って、生気のない虚ろな目をしている。俺がここにいるから、なのだろうか。
「ああ、これが俺の体だ」
『まったく、欲のない人ですね。ですが、今時見上げた潔癖さです。ご褒美にあの二人もつけてあげましょう』
「は?」
何を言ってるのか、さっぱり分からない。
二人をつける?
聞き返す前に、俺は地面に叩きつけられた。
「げふっ、がはっ……
その衝撃で、胃に入っていた大量の水が吐き出される。
たす、かったのか?
地面の感触がいとおしい。空気が美味しくてたまらない。
「ハニー、大丈夫かい?」
「はっはっはっ、体の鍛え方が足りないぞっ! むんっ!」
バラの香りが左から、汗臭いにおいが右からただよってきた。
慌てて力の入らない腕で身体を起こして左右を確認する。
予想通り、先ほどホログラフで見せられた二人が、俺の脇に立っていた。
「な、なぁ!?」
「さあ、ハニー、三人の愛の巣に帰ろうじゃないか」
「俺が背負って行ってやろう!」
「ちょっと待て! こんなのつけてもらっても困る……何とかしてくれ!」
こんなインパクトのある男を二人も連れ帰ったら、どうなることか。
「何とかしないとこの泉にゴミを投げ入れてやるからな!」
『ちょっと、やめなさいよ! そんなことしたら、私の家がぐちゃぐちゃになるじゃない!』
「それが嫌なら、この状況をさっさとどうにかしろよ!」
『ったく……せっかく生でホモシーンが見られると思ったのに……
ホモって、おい。こいつ命の恩人とはいえそんなこと考えてたのか。
しかし、さっきの脅しは思いのほか有効だったらしい。
落ち着いた感じだったのが、いきなりタカビーになったところを見ても、相当動揺しているのだろう。
「わかったか? わかったんなら……
『所詮男は即物的なのね。はいはい、三人でヤれればいいのね?』
「え? いや、この二人を消してもらえれば……
『ホモが嫌なんでしょ? これで可愛がってもらえるわよ』
え?
「は、はぁ!?」
『お望みどおり、女の子にしてあげたから、後は好きにしなさい』
「ハニー、男のキミもよかったけど、女の子になっても気持ちは変わらないよ」
「ああ、その通りだ! 二人で両方の穴を使ってやるから、期待しとけ!」
泉に移ったその姿は、元の俺とは似ても似つかない可憐な乙女で。
「これが、俺?……あ、声まで……
気配を感じて振り返ると、二人が手をわきわきさせながら近寄ってきていた。
少し下がってしまったら、また泉に落ちてしまう。
「さあ、ハニー……
「俺たちに任せときな!」
「ひっ! い、いやぁあっ!」


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TSF版、金の斧銀の斧です。
以前、某所でこっそり公開していました。
新作の準備期間中はこういうのでお茶を濁そう、かなw

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