学校にて

作:しんご


「パパ、私このお人形がほしい。」

目をパッチリとさせた可愛らしい女の子は、私の体を掴み上げた。

「わかったよ。このお人形さんだね。」

「うん!」

小学生の低学年くらいの女の子。

その日から私の持ち主になった。

彼女は美里ちゃん。

人形の私が言うのも変だけど、お人形のように

かわいらしい女の子。

美里ちゃんは私に名前をくれた。

私の名前は「マリー」

美里ちゃんと私は本当に仲良しだった。

まるで私たちは姉妹のように。

「マリーちゃん、おやすみ。」

「マリーちゃん、おはよう。」

「マリーちゃん、行ってきます。」

美里ちゃんが寝るときは、私は彼女の腕の中。

美里ちゃんが休日に出かけるときも、私は彼女の腕の中。

いつだって私たちは一緒だった。

でも、そんな仲はいつまでも続きはしなかった。

小学校の高学年になると私は、美里ちゃんの部屋の棚の上が定位置となった。

でも、それでも私は良かった。

何体もいるお人形の中で里見ちゃんは私のことを一番に気に入ってくれたから。

美里ちゃんが男の子のことが好きになったとき私は彼女の話を聞いてあげた。

「さとし君はね、すごくカッコいいんだよ。それでマリーちゃん・・・・・・・」

美里ちゃんが出かけるときの服装を私に聞いてくれる。

「マリーちゃん、これ私に似合ってる?さとし君に可愛いって思われるかな。」

美里ちゃんが学校あったこと、私は聞いてあげた。

「マリーちゃん、あのね、・・・・・・・・・・・」

美里ちゃんは私に何でも言ってくれた。

学校のこと。

友達のこと。

家族のこと。

そう何でも。

私は何も答えてあげられない。

何も出来ない。

美里ちゃんに「ごめんね。」といつも思いながら話を聞いてあげた。

でも、いつも美里ちゃんが羨ましいなとも思っていた。

私も美里ちゃんのように学校にいきたいな。

私も外で遊びたいな。

私も恋をしたいな。

私も友達と楽しくおしゃべりしたいな。

私も美里ちゃんのように可愛い服きたいな。

お人形じゃなくて美里ちゃんになってみたいな。





明日私は、美里ちゃんに捨てられます。

こんな悲しくても私は涙が出ません。

私がお人形だから。

中学生になった美里ちゃんは私を棚の上から動かすことはなくなりました。

何も答えることが出来ない私を話し相手にすることはなくなりました。

それでも、私は美里ちゃんを見てました。

いつのか、あの時のように戻るかもしれないから。

でも、明日から私は美里ちゃんを見ることが出来なくなります。

「これも、もう古くなったから・・・・・・」

そういうと、私は袋に突然入れられました。

美里ちゃんはいらなくなった、古くなった人形やぬいぐるみを処分することしたのです。

高校生になった美里ちゃんにはフランス人形は部屋には飾れないということです。

私は「美里ちゃん」を初めて呪いました。初めて怨みました。

袋に入ったまま私は最後の日の夜を過ごしました。



「さとみ起きなさい。」

私は体を揺らされます。

「今日は部活で学校に行くんでしょ。」

私の目の前には美里ちゃんのお母さんが居ました。

「お母さん?」

私は思わず思ったことが言葉に出来ました。

「ご飯が出来てるから早く降りてきなさいね。」

そういうとお母さんは、部屋から出て行きます。

私は呆然としながらその姿を見送りました。

いつも見ていた部屋がすごく小さく見えます。

それに私は言葉が話せました。

美里ちゃんのお母さんは私に向かって美里だといいました。

私は首を横に動かし、私が居るはずのビニール袋を見るとそこに私がいました。

ただ微笑んでいる私が。

私は今の自分を見るといつも美里ちゃんが着ているパジャマを着ています。

私は腕を動かし胸を触ると、硬くありません。

それに熱があります。

私は初めて足で立ち動かしました。

そして部屋の端にある鏡の前に自分を映すとそこには美里ちゃんが立っています。

いつもの赤いワンピースを着ていません。

いつもの赤い革靴を履いていません。

いつも微笑んでいる顔じゃありません。

黄色の花柄がはいたパジャマを着ています。

長い脚に素足で立っています。

驚いた顔をしている美里ちゃんの顔をした私が立っています。

私は美里ちゃんと入れ替わってしまったのです。

私には美里ちゃんが入っているのでしょうか?

私は袋から私を取り出しました。

「美里ちゃん?」

私は美里ちゃんの声で私に呼びかけます。

でも、ただそこには微笑む人形しかいません。

急に私は可笑しくなりました。

私は捨てられる人形のマリーから捨てる側の美里になりました。

でも、ここには捨てる側だったはずの美里ちゃんが捨てられる人形になっています。

私は美里ちゃんに向かって言いました。

「あなたは美里じゃないの、あなたはマリーよ。

 美里は私。あなたはただ微笑むだけのお人形。

 私はあなたを見てた。ずっと見てきた。

 だから私はあなたのことみんな知っているのよ。

 あなたの彼氏のことあなたの友達のこと学校のこと

 みんな見てたんだから。ずーと見てたんだから。」

そういうと私は人形を袋に戻しました。

「そうだ、ご飯食べにいかないとね。

 私はじめて食べる。うれしいな。

 ご飯ってどんななんだろう。」

私は一階にと降りていきます。

「お母さん、おはよう。」

私は美里ちゃんのお母さんに挨拶をしました。

だってこれからは私のお母さんだもんね。

私はこれからこの家の一人娘です。

堂々とこの家の朝ごはんを食べられます。

堂々とこの家で暮らせるのです。

だって体は美里ちゃんです。

「美里おはよう。顔を洗ったの?」

「えっ、はーい。」

「それと、お父さんも起こしてきて。」

「わかった。」

私は洗面所と向かいました。

私は始めて顔を水で洗います。

あー目がさめた。

目の前には美里ちゃんの顔が映ります。

私が笑うと鏡の美里ちゃんも笑います。

私が怒った顔をすると、美里ちゃんも怒った顔をします。

なんだか不思議。

あっそうだ。美里ちゃんのお父さんを起こしにいかないと。

今日から私のお父さんだものね。

「パパ」って呼んであげようかな。



「おかわり。」

「めずらしいわね。朝からおかわりなんて。」

「そう?だっておいしんだもん。」

「それは、良いけどゆっくり食べなさい。

 もう。女の子なんだから、そんなに汚く食べないの。」

「だってはじめて食べるんだもの。」

「えっなんて?」

「なんでもない。なんでもない。」

食べ物ってこんなにもおいしんだ。

人間は毎日こんなの食べるのか。

そうか、私も毎日たべることになるんだよね。

「ねぇお母さん、私が違うように見える?」

「えっ朝から何を言ってるの?いつもと変わんないわよ。」

だって美里ちゃん。

私はマリーに見えないって。

私は美里ちゃんにちゃんと見えるって。

残念だね?

あなたを生んでくれた人は間違えてるよ。

私が娘だって。

私が小池美里だって認めてくれたよ。


「それは、そうと。間に合うの?今日部活あるはずでしょ?」

「だいじょうぶだよ。学校に十時に行けばいいから。」

そう言ってたんだよ。昨日電話で友達と。

「ご馳走様でした。」



私は美里ちゃんの部屋にと戻ってきました。

そうか、もう私の部屋だよね。

私の家だし。

ここの家にあるものは、私が好きに使えるんだよね。

だってこの家の子だもん。

堂々とこの家で暮らせるんだよ。

優しいお母さんも私だけのお母さん。

お父さんだって私だけのお父さん。

昨日まで美里ちゃんだったものは全部私のものになったんだよ。

この顔も

この体も

この声も

家族も

友達も

そして好きな彼も

すべて私のもの。

入ると、私はまずお人形を袋から取り出しました。

もちろん美里ちゃんを。

美里ちゃんに見せびらかす為です。

私はまず制服を着ようと思います。

クローゼットを開けると一杯の美里ちゃんの洋服があります。

今日からこれが全部私の服です。

この可愛い服ぜんぶです。

ちょうどあるよく美里ちゃんが着る白いワンピースが目に入りました。

手にとって体に当て鏡に映します。

可愛い私にはみんな似合います。

学校から帰ってきたら、いろいろと着てみよう。

そして高校の制服を取り出しました。

パジャマ上着を脱いで、ズボンを脱ぎます。

細い白い腕にブラウスを羽織ってボタンを留めて茶色のセミロングの髪をすくい上げます。

次にスカートです。

美里ちゃんの細いウエストに短めのスカートをボタンで留めチャックを閉めます。

鏡に映しながら胸に赤いリボンをするといつもの制服姿の美里ちゃんの出来上がりです。

「あ、私は小池美里です。」

完璧いつもの美里ちゃんです。

あっそうだ。

ソックスを履き忘れた。

「えーと、靴下はここに。」

しゃがみ込んで紺色の学校指定のソックスを履きます。

「これで完璧だね。だよね、マリーちゃん?」

私は美里ちゃんが入っている前の私へと向きました。

くるっと回ります。

ふわっと短いプリーツスカートがめくれてショーツが見えてしまいました。

私はケイタイを持って、ポケットに入れます。

これからは私がちゃんとメールしてあげるよ。

祐樹君にもちゃんとしてあげるから安心して。

ちゃんと知ってるから大丈夫だよ。

クラスメートで美里ちゃんから告白したんだよね。

それでこの前、彼と彼の部屋で・・・・・・・

それも平気だよ。

彼を喜ばさせてあげるんだよね。

この体でやったんだよね。

今日も部活が終わったら彼と会うって言ってたよね。

もしかして・・・・・・・・・・

私は部活動具をカバンに詰めます。

そうそう美里ちゃんは、体操部に入ってます。

練習用のレオタードにタオルに・・・・・・

そうだ、代えの下着もって行かないとね。

可愛いのにしよう。

だってね・・・・・

やっぱり白かな?青かな?



「そうそう、これをいれないとね。」

私は美里ちゃんをカバンに入れました。

「さと・・・・マリーちゃん、大丈夫だよ。捨てないから。」





私は昨日まで美里ちゃんがはいていた小さな革靴を履いきます。

私にぴったりです。

「いってらっしゃい。気をつけていくのよ。」

私のお母さんが私を見送る為に来てくれました。

「おかあさん?私どっかおかしいところある?」

私はその場で回って見せました。

「何もないわよ。いつもと同じの美里よ。」

「そう。行ってきます。お母さん」

「はい、いってらっしゃい。」

なんか不思議な感じです。

昨日まで人形だった私が人間の美里ちゃんと入れ替わって、

今も美里ちゃんのお母さんに暖かく送られました。

私は彼女の娘だからです。

おかあさんなんて今までに居なかった。

私は家を振り返ります。

今日から私の家です。

私はこの家の子です。

「あら、美里ちゃん。今日は学校?」

ちょうど外にいたお向かいのおばさんが私に挨拶をします。

「あっおばさま、こんにちは。はい部活です。」

「えらいわね。いってらっしゃい。」

「はい、いってきます。」

私は美里ちゃんの可愛い声で答えます。

そうです。

私はもう人形じゃもうありません。

誰が見ても可愛い女子高生の小池美里なのです。





学校に行く前に行かなければならない処があります。

小学校です。

美里ちゃんには違う持ち主を与えるために。

ここでいいかな?



「美里ちゃんが悪いのよ。だってマリーを捨てようというんですもの。

 人形って不便よね。こんなときも表情を変えることも出来ないんですもの。

 それじゃ元気でね。みさ・・・・・じゃなくてマリーちゃん。」




 



 

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