ぬいぐるみ少年

作:猫野 丸太丸


 

 先輩っ、おべんとうばこ、返しに来てくださったんですか!

 祥子、感激ですぅ。わお。

 おべんとう包みのナプキン、洗濯して来てくださったんですね。うふ、ごめんなさい、先輩がナプキンにアイロンかけてるところ想像したら、笑っちゃいました。先輩って、几帳面なんですね。ええと、立ち話もなんですし、ですか? どうぞ、お入りください。

 サッカーの試合、素敵でした! あたし、ずっと見てました。えと、ライン・バックって言うんです、よね。あんな広いグラウンドを端から端まで走って、疲れないんですか? ふうん、フォーメーションがちゃんと決まっているものなんですか。あ、はい、お茶どうぞ。

 やっぱり気になります? あたしの部屋にぬいぐるみがたくさんあるってこと。あたし好きなんですぅ。お買い物に行っても、ついついおもちゃ屋さんとかに、足が向いちゃうんですよね。これが小学校4年生のときの、これが6年生のときの。こっちが中学に入って最初におうちに連れて来たぬいぐるみ。へんだっておもいます? え、こんどゲームセンターで獲ってきたぬいぐるみを持って来てくださるんですか? 祥子、感激です!

 かちゃかちゃ。ああっ。あたしのおべんとう、3段目まで召し上がってくださったんですね、多かったら残しといてくださいって言ったのに。試合が終わったばっかりで、脂っこい一口カツとか、だいじょうぶでした?

 おいしかった?

 ほんとうに?

 うれしいです、本当にうれしいです! おんなのこって、つまらないことでも自分のしたことをほめてもらえると、すごく喜ぶんですよ、おぼえといてくださいね。

 え、おうちにパパやママがいないのかって? うーん、いない、かな。ちょっと、出かけているんです、だから今は祥子ひとりです。なんだか部屋が、あついですね。窓をあけましょうか? え、いいんですか。ベッドに腰掛けてて、あつくるしくないですか。

 そんなに見つめないでください、はずかしいです……、キャッ。

 苦しいです、ちょっと待ってください、先輩、重い、だめっ、お洋服が破けますっ。痛っ、なんで先輩、ズボンを脱ぐんですか? え、いいだろうって、なにを? とぼけるなよ、俺がこういうやつだってことは、噂で知ってたはずだ、ですって? その気はあったんだろうって?

 抱いてくれるんじゃないんですか?

 これがそうだっていうの?

 それで格好がいいつもり? にんげんって、バッカみたい!

 

 ……怒りました? でもあたしを殴ったって、もうぜんぜん痛くないですよ。だって先輩、祥子のおべんとうの3段目を食べたんですもの。

 あのおべんとうの3段目を食べると、すてきな夢の世界へ行けるんですよ。からだがもう、ふかふかでぜんぜん動かないでしょう? えへへ、先輩も今日から、あたしのぬいぐるみなんです。

 そう。ぬいぐるみ、なんです。だから、おとなしくよいこにしてください、ね。

 どれどれ、すっかりふかふかになったかな? うん、先輩のからだ、思ったとおりあったかくてやわらかいな。うでもあしも、ふといんですよねぇ。くすくす、くまさんみたい。

 ああっ。先輩、先輩にもやっぱり付いてるんですね、股のところのこれ。パパとおんなじだ、気持ちわるい。そんなに怒らないでくださいよ。いもむしみたいで気持ちわるいものはどうしようもないんですから。だからね、ほら、取っちゃいましょう、ごみ箱にぽいっと。驚きました? 実はあたし、ぬいぐるみの修理が、できるんです。手でも足でも、簡単に取ったり縫ったりできるんですよ。

 だからって、取ることはないじゃないかって? こうしないと、かわいい下着が着られないじゃないですか。とったあとをちゃんと縫って、形にしておきますからね。ここをくぼませて、きゅっと。ほら、おんなのこみたいで、かわいい。

 うーん、ブラジャーをするには、おむねが足りませんね。なかみをよせて、こことここを縫うと、ほら、ふっくらになるんですよ。ちくびはちいちゃめのでいいですよね。ウエストは大胆につめちゃいましょう。ぬいぬい、ぬいぬい、あごとはなをまるくして、ここの結び目をひっぱると、じゃーん、えくぼのできあがり。鏡で見てみます? ぬいぐるみ人形って、おもしろい法則ででっぱったりへこんだりする、でしょう? 縫い方にこつがあるんです。じゃあ、おめめはきれいなガラスの瞳にかえておきますね。髪はやっぱり、黒のショートカットかしら。

 てあしのながさをつめるときは、うまくやらないと日焼けのラインがへんになるんです。ほぉら、この角度だと、ノースリーブ着てたみたいに見えるでしょ? ふとももはなかの綿をゆさゆさ揺すって均等にして、ふっくらまあるくしておきましょうね。すねのもじゃもじゃは毛玉取りで取れますよっ。あれ? なんでいまごろ泣いているんですか? そっか、先輩のアイデンティティーは、きたえぬいた両足だったんですね。にんげんって、意外なところにこだわりをもってますもんね。でもスカートからみえる足なら、ぜったいこっちのほうがグッときますよぉ。

 よし、とりあえずからだは完成かな。わーい、先輩って、スポーツが得意な一人前のじょしこうせいみたいです、かぁわいい! ほんとはおとこのこのままでも、なんとかできたらよかったんですけどね。だけど、資料がないんです、似合うお洋服もないし。かわりに、いまの先輩にいちばん似合う服を合わせますね。ほら、綿の下着。それから、どうぞ、体操服と、ブルマです。あぁ、けいかくどおり、日に焼けたおはだが健康的でばっちりです! 姿見で全身を見てくださいよ!

 じゃあ先輩、今日はここにかざっておきますね。ちゅっ。おやすみの、キス。

 おはようございます! 先輩、よぉく眠れましたか? 今日も一日、楽しいことしましょうね。先輩がさみしがるといけないから、あたしこれからずうっと、学校をお休みしますからね。 うーん、今朝の衣装は、どれにしよう。そうだ、朝ご飯を作るから先輩、エプロンを付けてくださいよ。あたしはたまごを焼いて、先輩はトーストを見ててください。
 午後は、チャイナドレスなんか、どうかしら。下着はシルクの、これとこれ。祥子はブルー、先輩は赤でまとめましょう。ふたりでおそろい、おそろい。ほら、スリットのとこから、ちらっ、て見えるでしょう? だからね、先輩も自分のふともも、はやく好きになってくださいね。まだ、気にしてます?

 今日は新しい服を作りましたぁ! ほら、見てください、着物ですよ、それも浴衣です。あたし、和裁だってできるんですから。みんな祥子のこと、ぱっとしないおんなのこだと思ってるけど、お裁縫なら誰にも負けませんからねっ。髪の毛はここを上げてピンで留めて、ちょっと違った感じにしましょう。先輩はピンクに青いあさがお、私は藍色に赤いあじさいの柄なんですよ。縁側に座って、ならんで写真を撮りましょうね。だから先輩、うちわ、落とさないように持っててくださいね。

 一日こんな生活をしていて、両親もいなくて、生活費はどうしているのかって? お食事は、ぬいぐるみが食べられるからだいじょうぶです。ほら、鶏さんのぬいぐるみはタマゴを産むし、プランターにはニンジンとジャガイモのぬいぐるみ。おさいふには500円玉のぬいぐるみだって入ってるんですから。ええ、そうです、あのおべんとうの3段目って、ぬいぐるみで作ってたんです。だからそれを食べた先輩も、ね。

 ほんとは祥子にも両親がいたんですけど。小学4年生のときにあたしが作ったみかんのぬいぐるみを食べて、二人ともぬいぐるみになっちゃいました。それでね、せっかくだからパパもママもかわいくしようっておもったんですけど、あたしもまだ小学生だったじゃないですか、身体をくちゃくちゃにしちゃって。それっきりずうっとひとりです。

 ほかにもぬいぐるみにされたひとがいるかって? 先輩、それ、嫉妬ですか? えへへ、いちおう、います。いじわるなともだちをヘビやトカゲのぬいぐるみにしちゃったことがあるんです。でも、ちゃんとおんなのこのぬいぐるみになったのは、先輩がはじめてですよ。

 そんなことよりほら、今日は国道沿いのレストランの、ウェイトレスさんの服ですよ。こんなの着られるとは思ってなかったでしょう? わーい、おどろいた? ほめて、ほめて!

 そんな、そっぽ向かないでください! あんまり憎まれ口をたたくと、おくちをペケポンに縫っちゃいますよ。……ほぉら、ブルーナの、うさちゃんみたい。

 無視しないでください。先輩はあたしの先輩でしょう、あたしをひとりでほうっておく気ですか! 先輩はあたしのおべんとうを3段目まで食べてくれるひとなんですから、ナプキンまで洗ってくれるひとなんですから、自分からあたしを抱っこしてくれたんだから、期待していいんですよね、ずっとあたしといっしょにいてくれるんですよね?

 

 昨日のこと、反省してくれました? じゃあごほうび。きょうはあたしの制服、着てください! ルーズソックスも、ヘアピンも、えへっ、下着も、あたしのですからね。

 ね、すてきでしょう? あたしたち、いつでもいっしょの親友みたいです。それともやっぱり、おなじクラブの先輩後輩、かな。おなじ制服を着ると、先輩のほうがむねも背丈もおおきいのがよくわかっちゃうな、おへそがでちゃってます……。

 しばらく、抱きしめさせてください。

 そんなにさびしいならなんで、食べもののぬいぐるみを作るみたいに、一緒に住む人を最初から作らなかったのか、ですって? 作ったんですけどね。にせものしか、できなかったんです。作っても作っても、にんげんにはならなかったんです。まるでこわれたマネキンみたいで。いまのパパやママより、もっと気持ち悪いすがたなんですよ。……みんな、おしいれにしまってあります。

 だからあたし、また新しく理想のひとを見つけて、ぬいぐるみに改造することにしたんです。それが、先輩。あたしって、かしこいでしょ?

 先輩は、私の理想のひとなんです、スケベだけど根はまじめなひとで、あたしの3段べんとうでも食べてくれるひと。ずっと探してたんです。これは運命のであいなんです、だからね、いいでしょ、いっしょにいてください!

 今晩は、祥子のからだを、見てください。あたしもやっぱり、ぬいぐるみなんです。せんぱいとあたしはいっしょ。だからずっといっしょにいましょうね。うっかりおふろに入れたりしませんから、うちの両親みたくカビたり虫にかじられたりしないでくださいね。ちゃんとほこりも払って、においもつかないようにして、いっしょうけんめいきれいにしますからね。先輩はあたしのこと、にんげんになりたいばっかりに、にんげんに抱きしめられたいばっかりに、6年前にこの家のおんなのこのからだをのっとったわるいぬいぐるみだ、なんていわないですもんね。

 だから今晩は、ほら、はだかんぼのまま、あたしと先輩のからだ、縫い付けちゃいました。今晩だけは、あたしたち1個のぬいぐるみなんです。あたしのからだをくすぐると……、きゃははっ、ほら、せんぱいもかんじます? いっしょにむねが、どきどきしてます?

 だって、あたしたち、にせものじゃないですよね。生きているんですもんね。

 

 だからせんぱい、ずっと、ずっと、ずっといっしょに、いましょうね。

 

 

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