かえる


あたしはかえる、緑色がとっても綺麗な両生類よ。

最近雨が多くなってきて気持ちいいの。ちょっと前までは、お日様がたくさん出ていて、カラカラしていて、すごく気持ち悪かったなぁ。

今日も雨がたくさん降って、体がいい感じにヌメヌメしていて最高!

って、そんな感じに、今朝はとっても気分が良かったんだけど。

でも、今のあたしは、悲しいことに不恰好な人間という哺乳類になってしまっているの。

今朝、いつもみたいに、雨の中を気持ちよーく、お散歩していたら、白と黒の服を着た、髪の長い人間が、近づいてきて、何か言っていたみたい。

その時は何を言っているか、まったくわからなかったのだけれど、人間の言葉がわかるようになった今にして思えば、あの人間は、あたしのこと可愛いって言ってたみたい。

だけどね、そうやってずっと見られるのはさ、あたし嫌だから逃げようと思ったの。

その時に、人間の車があたしとその人間の間に飛び込んできたのよ!

もー、最悪、あたしここで死んじゃうんだ〜、もっといろいろやりたかったなー、と思ってたんだ。

「いろいろ」って何かって?

そりゃー、「いろいろ」は「いろいろ」よ。

言えるわけないじゃない!

でもね、あたしはね仕方ないって諦めたわ。かえるってね、意外に潔いのよ。



だけどね、あたしは生きていたの。

目を覚ましたときには道路に倒れていたのよ。人間につかまったら大変だし、ジャンプしてその場を離れようとしたの、だけど前足に力が入らなくて、変だな〜って思って、自分の前足を見てみたわ。

そしたら、それがなんと、緑じゃなくて、肌色になっているじゃないの。

やだ、なんでこんな色になっちゃったのかしら?って思って、よ〜く見ると、もっとひどいことに、「前足」が「手」になってたの。

あたし慌てたわ。あたしの綺麗な緑色の前足どにいったのかしら?

探してみたら、横に小さ〜いかえるがいたのよ。

わたしの身体に前足をかけて、かえるは、ゲコゲコ言っていたわ。何を言っているのかあたしにはわからかったの。きっと人間になっちゃったせいね。

人間とちがってあたし達かえるは、自分の姿を見る事ってないのよ。だから、その時は、それがあたしだって事はわからなかったのだけれど、よく考えるとあれは、この人間の女の子があたしになっちゃった姿だったのよね。

自分の身体にすがりついていたみたいだけど、邪魔だったから、この肌色の手で払っちゃった。


それから、この身体の仲間の人間たちが、病院って建物にあたしを連れていったわ。

あたしの体のあの娘は、そこに置き去りにされちゃったみたい。今頃何をしているのかな?

きっと、綺麗な身体になって喜んでるかもしれないね。

あたしの方は、病院のベッドで寝かされている間にだんだん、この娘のことが自然とわかってきたの。

名前は、山崎葵、年齢は17歳、高校って建物に毎日行っているわ。

お父さんとお母さん、それとお姉ちゃんがいるみたい。

大切にしている言葉は、「信じれば夢はかなう」って事みたいね。

他にもいっぱいいっぱい、この娘のことを思い出したわ、まるで雨の降ったすぐ後に沸きでてくる水みたいに、いろんな事が溢れ出すようにわかってきたの。

いま、あたしがいるのは病室というところで、部屋の真ん中にベッドが置いてあって、その横にこしくらいの高さの小さな棚があるの。

その中には、この娘のお母さんが置いてった服が入ってて、棚の上には鏡がひとつ置いてある。

あたしは、その鏡をのぞきこんだみた。

パジャマを着た、髪の長い女の子がこっちを見返している。

目が元のあたしの体ほどじゃないけど、大きくて、くりくりしている。

目の周りに毛がたくさんあるわ。この毛は、「まつ毛」って言うのよね?

あと、鼻と口と、眉毛と・・・

それから身体は細くて、胸のところだけぷっくりとふくらんでいて、ちょっと重たい。

胸は触ると、とっても気持ちいいの。でもあんまり触っていると変な気持ちになってくる。

よく見るとこの身体も結構可愛いなって思う。

人間になったせいかしら?

あたしはもういちど鏡を見てみる。これが、新しいあたしの身体なんだな。って確認する。

あたしは鏡にむかって『笑う』という事をしてみた。

鏡の中のあたしが『笑って』いる。

うん、可愛い!


あたしが鏡を見ていると、部屋がさぁっと明るくなった。

窓から光が射しこんできたみたい。

外を見ると、雨は止んでいる。

雨の降っていない空を、あたしは生まれて初めて、すがすがしく思えた。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ(エピローグ)

「人間の身体って柔らかいんだぁ」

あたしは改めて、新しい身体の感触を確かめてみた。このサラサラの布で包まれた胸のあたりにあるお肉がとってもやわらかくて気持ちが良い。

あたしが身体の具合を楽しんでいると、うしろからぺたぺたと音がしたの。

振替って後ろを見ると、緑色の小さなかえるが窓をたたいていたわ。

あのかえるには見覚えがある。

あれはさっきまでのあたし。

今はあたしの身体の前の持ち主が入ってるはずよね。

何か、あたしに言いたそうだったので窓を開けたら、かえるはゲコゲコいいながら勢いよくあたしの顔をめがけて飛びついてきた。

いきなり飛びついてくるなんて、失礼しちゃう! あたしは飛びついてくるかえるを手で振り払ったら、かえるは床にベシャリと落ちてしまったの。

あらやだ、死んじゃったのかしら?

と、あたしが覗き込むとかえるは起き上がってゲコゲコとまたなにか言い始めたわ。

さっきので飛びつくのに懲りたのか、ただゲコゲコ言っている。

でもかえるの言葉は、”人間のあたし”にはさっぱりわからないわよね。

「もう、うるさいなぁ」

あたしはゲコゲコ言うかえるを両手で摘み上げると、外に思い切り放り投げた。

かえるは地面に落ちて・・・

 

 

 

おしまい

 

 




 

 

 

 

 

 

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