願いのリング
作:英明
ふわっ
一瞬、体が浮かんだ気がした。地震?
辺りを見回すけれど、そんな気配はない
「気のせいね。」
再び、モニターに視線を戻し、キーボードを叩く。
あたしの名は桜井絵里香。OL生活3年目、顔・スタイルとも人並み
‥‥以上‥かな?彼氏はいないの。友達からは、理想が高いのよ、と言われてるけど。〈どこかに、いい男いないかしら〉
いけない、つい手が止まっちゃった。早く伝票を打ち終えて、アフターファイブを楽しまなければ‥‥
「ぴろろ〜ん」
ん、メール?
―竹内 和也 胸に手を当てて考えてください―
竹内君‥‥あたしと同期で良い友達、と思っていたけれど、先週告白されて‥‥
いい人なんだけど、う〜ん、やんわりお断りしたんだけどなぁ。しつこいと、嫌われるわよ。
『胸に手を当てて考えろ』って、いったい‥‥えっ!ええぇ〜!
「なにこれぇ〜!」
周囲の視線が、いっせいにあたしに向く。
「い、いえ、桁を間違えただけです。な、何でもありません」
ない、ない、胸が!ぺったんこになってる。どうして?
と、とにかく、メールを読んでみよう。
『絵里香さん、落ち着いてください。息を大きく吸いましょう。そして、ゆっくり吐いてください。あっ、まだ胸に手を当ててないなら、深呼吸してから手を当ててください。
絵里香さん、今の事態を招いたのは、僕の責任です。事情を説明しますから、資料室まで来てください。』
あたしの胸がなくなったのは、竹内君のせい?どういうこと?胸がなくなることなんてあるの?いったいどうなってるのよ?
‥‥‥‥‥‥で、でも、どうして竹内君はあたしの状況を知っているの?。と、とにかく、竹内君に会わなきゃ。あたしは、できるだけ静かに席を立ち、資料室に向かった。資料室といっても、あたしの会社(絵里香の会社ではない。正しくは絵里香が働いている会社)の古い資料がほこりをかぶっているだけ。インターネットのこの時代、キーボードを叩くだけで、様々な情報が手に入る。自社の資料もデータ化されているし、資料室と言うよりは、物置といった方がよいかも。誰も来ないから、竹内君も選んだんだろうけど‥
資料室の扉を開ける。予想通り、ほこりっぽい、かび臭い。その上、ブラインドを下ろしてあるので、薄暗い。電気を点けようとスイッチに手を伸ばそうとしたら、
「電気は点けないで、人が来るとまずいから」
「竹内君なの?どこ?」
「こちらです。‥‥‥すみません、僕のせいでこんなことになってしまって」
「やっぱり、竹内君のせい?いったい、どういうことなのっ!」
「大きな声を出さないで、まず、確認させてください」
彼は、近づくと、いきなり、手であたしの胸を押さえた。
「ちょ、ちょっと!なにすムグッ」
「落ち着いて、騒がないでください」
と言いながら、ゆっくり、押さえていた手を、あたしの口と胸から離した。
「わ、わかったから、事情を説明してっ」
「先週、僕が失恋したことは説明するまでもないでしょう。で、一応僕も男ですから、
きっぱり、あきらめようとしたんです。それで、心の整理をするため、部屋の中を整理していたんです」
「言ってる割には、する事が女っぽいわよ」
「ほっといてください。で、引き出しの中から、これが出てきたんです」
「何よ、それは?」
「『願いのリング』と言うんですが、卒業旅行の時にチベットで買ってきたんですよ」
「変わった所に行くのね」
「チベット密教を研究していたもので、一度行ってみたかったんですよ。大学に残る金も才能もなかったから、就職前に無理していきました」
「へえ、って今はそんな話をしている場合じゃないのよ。ちょっと見せなさいよ。
何か書いてあるわ。なんて書いてあるの?」
「『汝、これをはめ、欲するものの名を唱えよ』それで、ダメモトであなたの名前を言いながらこれをはめたんです。そうしたら‥‥」
「そうしたら、こうなったわけ?どうしてくれるのよ!こんな、こんな胸じゃあ、彼氏もできないじゃないの!」
ブラの膨らみが、あたしの手で空しくつぶされるのを感じて、怒りと涙があふれてきた。
「本当にごめんなさい。なんとお詫びしたらよいか‥」
「お詫びはいいから、早く元に戻しなさいよ」
「それが‥」
「元に戻せないの?」
「それがわからないんです」
「わからないって、無責任な。だいたい、どうして、あたしの名前を言ってそれをはめると、あたしの胸がなくなるのよ」
「これは僕の想像なんですけど、『欲するもの』ではなくて、『なりたいもの』だったんじゃあないでしょうか。勉強不足でした」
「べんきょうぶそくぅ〜
、しっかり勉強しときなさいよ。でも、だったら、あなたがあたしの体になるわけでしょう?」「ええ、そうなるはずだったんですが、魔力というか神通力というかそういった力が、足りなかったようです。修行で得られるのものなのか、素質的なものなのかは、わかりませんが。
それと、変身するのではなく、体を取り替える、と言う方が正しいようです。つまり、完全に願いが叶った場合、僕があなたになるだけでなく、あなたも僕になってしまうのです」
そう言って、彼は胸をはだけて見せた。
「ああ!あ、あたしのむねぇ〜」
それは、確かにあたしの胸だった。バストの形といい、大きさといい、見慣れたあたしの乳房だ。何よりも、左の乳房の心臓寄りのところに、ほくろが二つ並んであるのが、その証だ。
彼の、竹内君の顔の下に、あたしの乳房があるという光景の不思議さに、しばらく、声を出すこともできなかった。
「あたしの胸を返してよ!」
思わず、あたしの、いえ、彼の乳房をつかんでしまった。
「い、痛い。お、落ち着いて」
「ごめんなさい」
彼の乳房の感触が、不思議にあたしの怒りを静めた。
「だいたい、わかったわ。まだ、胸だけで済んで良かったという訳ね」
「そ、それが‥‥」
「まだ、何かあるの?ま、まさか」
手や足は異常ないみたい。顔は?さわってみても、変わりはないみたいだけど‥‥
彼の顔も変わってないみたいだから大丈夫よね。ということは、確かめたくないけれど、もしかしたら‥‥‥‥‥‥「むぎゅ」‥‥むぎゅ?って‥‥‥
「☆※#§〒∬買ニΩ
‥‥きゃっむぐっ、むぅ〜う〜」また、口を押さえられてしまった。
「大声を出さないでください。お願いします」
あたしがうなずくと、彼は手を離してくれた。
「こ、これが大声を出さずに!あ、わかってるわ。どうして、こんなのがあたしについてるの〜」
「どうも、性的特徴の著しいところだけ、入れ替わってしまったようです」
「嫌っ、早くこれ取ってよう!」
「と言われても、僕にもどうしたらいいか‥‥」
「そうだ!もう一度、そのリングにお願いすればいいのよ」
「それが、願いは一度きりのようです。手に入れた時に、そう教わりました」
「じゃあ、どうしたらいいの?何か方法はないの?」
「‥‥‥ひとつ、一つだけ方法があります。根拠はありませんが、可能性はあります」
「なによ、それは?」
「セックスして下さい」
「いきなり、何言うのよ」
「僕たちの変身は不完全です。一部だけです。その一部、あなたの体に付いている、僕の性器から男の精を吐き出させれば、元に戻るんじゃあないんでしょうか?」
「本当に元に戻れるの?」
「わかりません。でも何もしないよりは、いいでしょう」
「‥‥‥あなたの言う通りね。でも、セックスするっていっても、どうしたらいいのよ?」
「やり方はあなたもよく知っているでしょう?ただ、男女が逆になるだけですよ。あなたが僕を犯すんです」
彼の口元がゆるんだように見えた。
「ええっ、そんなことできないわよ。」
「僕がリードしますから、それに、ぐずぐずできないですよ。あまりデスクを空けるわけにはいかないし」
「なんだか嬉しそうね」
「そ、そりゃあもう、桜井さんに抱いてもらえるんですから」
「う〜、いやだな、あたしは‥‥‥でも、するしかないか」
こんな資料室で竹内君とセックスすることになるなんて、しかも、あたしにあんなものが付いているなんて‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「いきますよ」
気が付くと、彼はあたしの前で膝をついていた。そして、手をあたしのスカートの中に突っ込んできた。そして、パンストとパンティをつかんで、ゆっくり下にずり下げた。
「あっ」
いきなりだったので、思わず声を上げてしまった。と同時に、今まで窮屈だった股間が、束縛から逃れた解放感と、ぶら下がる引力を感じた。不思議な感覚。
その感覚に浸る間もなく、別の感覚があたしを襲う。彼の手があたしの股間をさする、そして包み込むようにつかむ。なんだか、体全体が雲のように漂っているみたい。
「ああっ」
なんだか、あそこが突っ張るような‥‥ああ、今度は握られている。ほんと、棒のようになっている。ああ、これが男の‥‥
ああ、あそこの頭とお腹をなでられている。ツンとくるような快感。それと共に増してゆく膨張感。これを勃起というのね。他の人が見たら、単なる男女の痴態と見えるのかしら、でも、スカートの奥で彼が握っているのは、あたしのそそり立つペニスなのよぅ。
彼はあたしのペニスをつかんで、上下にしごきだした。ああ、き、気持ちいい。女とは違う、尖った快感があたしを襲う。
「あはぁ、いい、もっとしてえ」
彼は力を強め、激しく動かす‥‥
「痛っ!いたあ〜い」
「強く握り過ぎちゃいましたか?それとも、リングが引っかかりましたか?絵里香さん、これ預かってもらえますか」
と言って、彼はあたしの指にはめた。
「ねえ、僕も少し気持ちよくさせてもらえませんか?」
「何言ってるの、あなたのせいでこんなことになったのよ」
「そこをなんとか」
「仕方ないわね、少しだけよ。じゃあ、そこのテーブルの上に横になって」
あたしは、彼のシャツのボタンをはずし、優しく彼の乳房を手のひらで押さえた。そして、そのまま押さえたまま円を描くように動かす。時々指先だけ少し力を入れ、包むようにもむ。
彼の口から吐息が漏れる。
それにあわせて乳首を摘んであげる。彼の乳首が堅くなる。感じてるんだわ。あたしも興奮してきた。こんどは、左手で胸をもみながら、ズボンのベルトをゆるめ、右手で彼の股間をまさぐる。あたしの指が彼の割れ目に進入すると、彼は電流が流れたかのように、一瞬のけぞった。あたしはさらに指を奥に進入させて、一番敏感なところを指でこする。「あはあん」
思わず声が出たのね。彼が感じているのが分かれば分かるほど、あたしも興奮してくる。
「はあはあ」「ああん」
声を出しているのは、あたし?彼?
異常、快感、興奮‥‥‥混沌の中で、いつしかあたしたちは、求め合っていた。彼はあたしのペニスを、あたしは彼の割れ目を。
あたしのそそり立つ欲棒が、彼の中に吸い込まれ、暖かい感覚に包み込まれる。と同時に体中の快感が一点に集中していくのを感じる。彼も腰を振り、快感に身をよじらせている。あたしが、あたしのペニスで彼を犯してるんだわ。こんな、こんな事って‥‥‥
「ああ、はぁん、ん、ああん‥‥え、絵里香、さ、さん」
「ふぅん、はあ、はあ、た、たけう、ち、くん」
瞬間、体が光に包まれたような気がしたけれど、そんなのどうでもいい、ああぁぁぁぁんんんぅ‥‥‥‥ ‥‥
何が起こったのか、何をしていたかもはっきりしない。快感の余韻の中で、ようやく意識がはっきりしてきた。空気が揺れている。誰?女の人?淡いピンクのベストスーツ?
うちの女子社員だ。えっ、いつの間に入ってきたの?彼、竹内君は?
「誰、誰なの?」
「誰って、あたしよ、あたしは絵里香、桜井 絵・里・香」
後ろ向きのまま、彼女は答えた。
「何言ってるのよ、あたしが‥え、何、この声?」
「ふふふ、どうしたのかしら?」」
そう言いながら振り向いたその顔は、あたしの‥‥‥顔だった。
顔だけでない。体つきもあたしとそっくりだ。
「誰、誰なのよ?どうしてあたしの格好をしてるのよ!」
「だから、あたしは絵里香」
「絵里香はあたしよ」
やっぱり、声が変。
「まだ分からないようね。これを見なさい、竹内君」
えっ、竹内?混乱しながら、渡されたコンパクトを覗く。
「こ、こんな、こんな事って‥‥‥‥」
鏡に映ったその顔は、紛れもなく、竹内君、彼のものだった。
「‥‥‥あ、あなた、竹内君ね」
「やっと分かったようですね。でも、今はあなたが竹内です」
全身を確かめる。手も足も腰も指もそして声までも彼になっていた。
「どうして、こうなるのよ?元に戻るんじゃなかったの?」
「ごめんなさい。うそをついていました。実はあの文字、『性交しながら相手の名を唱えよ、さすればその身を交換できる』だったのです。
最初、自慰しながらあなたの名を言ったので、中途半端になってしまったのです。もちろん、あの時は、本当に変身できるとは思ってもみなかったのですが。おかげで、スムーズにあなたとのセックスにたどり着きましたし」
「願いは一度きりと言ったじゃない」
「ええ、でもそれは一人一回だったのです。だから、途中でそのリングをあなたにはめてもらったのです」
「返してよ、あたしの体を!」
「無理ですよ。願いは一度きりです。二人とも願いを叶えてしまったのですから。もう誰が見ても、僕が、いえ、あたしが桜井絵里香で、あなたは竹内和也なのです。そうそう、あなたの服、もらいました」
「返してよ」
「もうあなたには必要のないものです。あなたの下着も、靴も、制服も。だって、僕が桜井絵里香ですから。僕の靴、僕の制服なのです。もちろん、この身体もこの顔も、僕の身体、僕の顔なのです」
「そんなこと言ったって、あたしになれるわけないじゃないの。きっと、誰かが気がつくわ」
「大丈夫ですよ。この一年間あなただけを見ていましたから。それに体を交換するなんて誰も考えつきませんよ。‥‥‥‥さあ、仕事に戻らないと。竹内君あなたも服を着ないと風邪ひくわよ」
その口調はあたしそのものだった。
「このリングはあたしが預かっておくわ。大切な証拠の品だし。もしその体が嫌だったら、このリングを貸してあげるけど、当分、竹内和也のふりとあたしのフォローをしてもらうわ。じゃあね、た・け・う・ち・君」
あたしは、呆然とあたしを見送ることしかできなかった。
完
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