真冬の夜の夢

                                    

                            作 英明  

 「名古屋〜、名古屋〜、お忘れ物のないよう御降りください‥‥」

プラットホームに降りる足元がおぼつかない。なんだか、宙に浮いている感じだ。

名古屋は5年ぶりだ。あの日は暑かった。暑いという思考さえ起こらないくらい、暑かった。

 5年前とは反対の季節、日差しはあるものの、それはどこか鋭利で、風も冷たかった。

人も、風に押されるように、通り過ぎていく‥‥私の興奮など関係なしに。

 上を見ながら、東口へと向かう。案内板を見ないと、たどり着けない。田舎モノ丸出しだな、

まあ、田舎モノなのだから、仕方がない。

 

 

 時は、三日前の深夜にさかのぼる。TSF仲間のチャットで、土曜日(今日)に仕事で

岐阜市に行くことを話したら、「会わない?」と誘われたのだ。即行で返事、「あうあう」。

早速、二人の日程を調整し、午後の4時に名古屋駅東口で落ち合うことになったのだ。

 興奮を周囲に悟られないように努めるのだが、どうしても口元が緩んでくる。

変な顔をして歩いてるんだろうなと思ったが、変な顔はもともとなので変わらないかと、

自己完結して歩いているうちに、東口に着いてしまった。時計に目をやると、10分前だ。

少し早かったかな、まあ、待つのもまた楽しいかと視線を元に戻そうとした。

 とその時、不思議な気配を、妖しげで艶やかな、それでいて、温かい気配を感じた。

その気配がするほうに視線を移すと、白いロングコートの女性が、こちらのほうを見て微笑んでいる。

背丈は160cmぐらいかな、高めのヒールを履いているので、目線は私と同じくらいだ。

その瞳は大きめで、妖艶な輝きを放ち、吸い込まれそうな気がする。彫りが深く色白、

西洋、いや、ロシア人を連想させる顔立ちだ。髪はウエーブ、と言うよりは、

カールがかかっていると言ったほうがいいかな。クルクルと、それが腰まで伸びている。

色は黒と茶が混じっている。ロングコートにもかかわらず、スタイルの素晴らしさは一目瞭然。

淡いピンクのマフ(手を温めるふわふわした筒状のもの、メーテルをイメージさせる)が

コートの白を際立たせて、彼女のセンスのよさを物語っている。あまりに、想像通りの姿だ‥‥

 気がつくと、引き寄せられるように彼女の前に立っていた。

「W・Q‥さん?」

我ながら、情けない第一声だ。

「ようこそ!英明さん。お会いできて、うれしいですわ」

少しハスキーな声、おお、声もまた‥‥素敵だ!

 

 時間に余裕があれば、いろいろとっておきのポイントを案内できたのにと、彼女は悔やんでいたが、

こうして美女と差し向かいで鍋を突付いているなんて、至福、まさに、生きててよかった状態だ。

タバコ臭いおじさんと将棋を指すのとは、えらい違いだ。締め切り間近ということで、

近くの小料理屋の鳥久でTSF談義に花を咲かせようということになったのだ。ここから眺める堀川の

夜景が綺麗だ。TSF画廊にある万年係長のTS橋のバックの川が、この堀川だそうだ。

風情があると言えばいいのかな、心にすっと沁みこんでくる。ちなみに、鍋は名古屋コーチン鍋、

「名物にうまいもん無し」というが、これはちがった。実においしい!

 コートを脱いだ彼女も最高だ。ゆったりとしたタートルネックのセーター、

マフと同色というのが、しゃれている。セーターは私の好みに合わせてくれたのだろう。

セーターに包まれたバストは、Eカップはあるだろう。それにもかかわらず、ウエストはキュッと

締まっているのが、セーターの上からでも見て取れる。グレーのロングのタイトスカートからのぞく

足首は、大人の色気を漂わせている。正直言って、ずっと彼女を見つめていたかった。

 しかし、それにも増して、彼女とのおしゃべりは楽しい。

思い出のTSF作品。入れ替わり・憑依・変身・脳移植の利点・欠点。TSF仲間のうわさ話。

男と女のの感じ方アニメの話‥‥‥‥。思いのほか、彼女は聞き上手だ。

「あらそうなの」「教えてくださいます?」「うふふ、おかしいわ」など、こちらの話を引き出して

くれる。また、隠し事ができない性格なんだろう、聞いたことには率直に答えてくれる。

文字にはできない際どい内容までも‥‥‥。こんなに盛り上がったのは何年ぶりだろうか?

忙しいにもかかわらず、私のために時間を割いてくれたのが、なによりもうれしい。

 幸福な時間は速く流れると言う。あっと言う間に別れの時が来る。

「お名残惜しいですわ。英明さん」

「それはこちらのセリフです。お忙しい中、わざわざ私のために、貴重な時間を」

「いえ、英明さんと過ごす時間のほうが、私には貴重ですのよ。お気になさらないでくださいませ」

ああ、もう、君のためなら死ねる!状態である。

「な、なんて、うれしいことを!」

「筆を握るだけが、絵描きの仕事ではございませんのよ。こうして英明さんとお話することも

私にとってもプラスになるのです。本当に今日は楽しかったわ」

「私もです。今度は北陸に来てください」

本当は、今度はいつ会える?と聞きたいが、しつこいのは嫌われると思い、

かろうじて踏みとどまった。そんな私の心を見透かすように、彼女はくすりと笑い、

「ええ、是非。‥‥意外と早く再会するかもしれませんわ。これ、お土産ですの。おひとりの時に開けて下さいませ」

彼女から手渡されたものは、少し大きめのファッションバッグだった。

「何かな?開けていい?」

「だめよ、部屋に帰ってから。‥‥事情があって、ちょっと少ないけれど、大丈夫かな」

「少ない?」

「なんでもないわ。決して、人前では開けないでね」

「了解。なんか、楽しみ。ドキドキするなあ、あっ、お忙しいんでしょう?

今日はありがとうございました。再会のときを楽しみにしています。じゃあ、、、さようなら」

「ええ、わたしも楽しみですわ。それでは、ごきげんよう」

なごりおしかったけど、彼女も忙しそうだし、別れ際は綺麗にいきたい。最後の印象が大切だ。

それでも、曲がり角で後ろを振り返ると、彼女はその場で見送っていてくれた。

うれしいなあ、もう一度手を振って角を曲がった。多分、人に見せられない顔をしているんだろうなあ。

 

 ビジネスホテルの自室に入ると、慌てていすに腰掛け、ファッションバッグをテーブルの上に置く。

慌てる必要はないのだが、好奇心が急かせるのだ。いったい何なのだろうか?

はやる心を抑えながら中を開けると、大小の紙袋がひとつずつ入っていた。小さいほうを開けてみる。

楽しみは後に残すタイプだ。

「こ、これは!」

栗色のふわふわな物体が出てきた。か、かつら?、ヘアピース?しかも、これは、

「W・Qさんの‥‥‥」

まさしく、それは、彼女の髪だった。本人のものとは少し短い気がするが。

「どうして?これを‥‥‥」

疑問が沸き起こったが、する事はひとつしかない。

 ふぁさっ。

ああ、彼女の、姐さんの香りがする。そう、薄紅色の香りが‥‥‥

なんだか、姐さんに包まれているようだ。ああ、きもち、い、い‥‥‥

‥‥‥‥‥すきな ぷぐるう ねるな、

     ふぉむたぷ わっつ たらっぷ おにれい、

     わらうぉきんなばうと ま でいな わぷんくーる‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥Skin up glue. Nails up,

     fan it up what’s trap O’ne layd,

     wa’kin about Mdyn a vagin up n cool‥‥‥‥‥

なんだ!なんだ?頭の中で声がする!英語?なぜ英語を‥‥‥‥‥‥‥ああ、頭がくらくらする‥‥‥

‥‥意識がぁ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 

 う、ううん‥‥‥‥‥こ、ここは?‥‥‥‥何が起こったんだ?

う、そうか、姐さんのかつらをかぶったら‥‥‥‥!

 なんとか上体を起こすと髪がゆれる。どうやら、かつらをかぶったまま、気を失ってしまったようだ。

まだ、意識が‥‥はっきりしない。頭を抑え、目をこする。なんだか、おかしい。

かつらをかぶっているせいもあるけれど、何かが違う。顔を撫でるが、指先から感じる顔の艶やかさ、

顔から伝わってくる指のしなやかさ。ちがう!慌てて両手を見るが、私の手ではない。

それに、それに、胸が、むねが、ムネがぁ〜、あ、あるぅ〜〜!いや、胸があるのは、当たり前だ。

私も文士の端くれ、正確に表現しなければ!ふくらみに胸がある。

ちがう!胸にふたつのふくらみがある!か、鏡、鏡だ!

 洗面所の鏡には、私の姿はなかった‥‥‥代わりに、W・Qさんが映っていた‥‥‥‥‥‥

「これが?おれ?」

おお、この台詞を、自分が使えるなんて‥‥‥紛れもなく、姐さんだ、W・Qさんだ。

声も、姐さんのせくしーな声だ。驚き、戸惑いもあるが、はるかに喜びのほうが大きい。

鏡に映る姐さんの顔は、怪しく笑っている。

 この姿になった原因は、姐さんのかつらであるのは、間違いないであろう。

それを姐さんがくれたという事は‥‥‥好きにして、いい?‥‥まあ、原因は何にせよ、

次にする事は、ただ、ひとぉつ!

 『転校生』の小林聡美のごとく、両手で胸をわしづかみにする。

「痛い!」

イタ〜!うん、やはり、力任せにもむと痛いんだ。大林監督、えらい!

ここでの定跡手順は?優しく、ゆっくりともむんだったっけ‥‥‥

「あ、ああ、いい。あ、ああん」

よし、もっとだ!急いで、シャツを脱ぎっと、その時、

〈しゅっどごー〉

頭の中に響いた。行かなければ!ああ、好いところなのに。と思ったが、

意識を支配されると表現すればいいのか、知覚は正常だが、意識に霧がかかったようになり、

行かなければという意識でいっぱいになってしまった。

私はファッションバッグの中から、もうひとつの紙袋を取り出した。セーター、スカート、

パンスト、ヒールなどが入っていた。私はそれらをごく自然に身に付け、身支度を整えて、つぶやいた。

「しゅっどごー(行かなければ)」

ちがうんだ〜!俺はイキたいんだぁ〜、と心の叫びを残して街へ消えていった‥‥‥‥‥‥

 

 私はとあるマンションの前に立っていた。名はヴィジュアル・Q。

エントランスからエレベーターで三階に上がる。迷うことなくドアを開ける。

右側にはフローリングの洋間になっていて、本棚にぎっしり本が詰まっている。人の気配は感じない。

正面は居間であるが、不思議な空間だ。フラットテレビにオーディオセット、デザインデスクとパソコンデスクが並び白いパソコンが置かれている。

ゲーム機や、フィギュア、置物が並べられている。散らかっているようだが、いや、散らかっているぞ、

でも、素敵な空間。

 見惚れていると、奥から声が、

「ようこそ、ヴィジュアルQへ!」

ベッドルームなのだろうか、そこから、W・Qさんが現れた。

妖艶さが増したというか、オーラが違うというか、先ほどとは別人の趣が‥‥‥。

「これは、どういうことなんですか?」

「野暮なことは言いっこなしよ。こちらにいらして」

私は逆らえずに、言われるまま奥に進む。

「気持ちいい事してあ・げ・る」

姐さんは右手で私を引き寄せると、左手を肩から背中に回し、身体を密着させる。

そして、そのままベッドに押し倒した。上体を重ね、右手をセーターのすそから滑り込まし、

そっと乳房に添える。その手を軽く押し付けたかと思うと、力を緩める。

それを繰り返しながら、強弱の波を強め、次第に指先に力を入れ、もむという行為に及ぶようになった。

「ああん」

思わず声が漏れる。W・Qさんの身体で、W・Qさんに責められている。

身体の快感の上、倒錯した状況。快感が興奮を生み、興奮が快感を呼ぶ。

「ふふ、かわいいわ、英明さん、もっといい事してあ・げ‥」

その瞬間。バタン!ドアが勢いよく開き、

「わっつあっぷ!何してるのよ、あなたたち!」

声の主は‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥W・Qさんだった。

???どういうことなんだ???

「ごめんなさい、英明さん、かつらをあげたのは、英明さんへの感謝の気持ち。それと、ちょっとだけ、わたしの身体で遊ばせてあげて、そのあとは、英明さんを操って手伝ってもらおうと思ったの」

「じゃあ、このW・Qさんは?」

「ああ、それ、たかしんによ。たかしんににはベタ塗りとか消しゴムかけとか炊事とかをしてもらっていたの。きのうから」

「これが、た、たかしんに!」

話がうますぎると思ったんだ。

「ちょっと目を離した隙に、たかしんにが!」

「わあ、ごめんなさあ〜い」

ああ、紛れもなく、たかしんにだ!

「たかしんに!てめえ!‥‥‥‥‥‥‥‥‥

                  ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥続きしよっ!」

 

 

                                  おしまい

 

 

あとがき――――

 素敵な姐さん、W・Qさん。W・Qさんとはデビューがほぼ同時期という事もあって、懇意にさせて頂いている。私にとって、よき相談相手で、心の支えである。

作品の感想も、細やかに優しくあたたかく書かれており、本当にありがたいです。

 私自身、姐さんのファンであり、イラストはもちろん、文章も私の心に深く染み入って、暖かい気持ちになります。ストレートに感情を表現する純な心、周りに気を配る細やかな気遣い、W・Qさん存在すべてが、私の心を捉えて離しません。

 今回は、その感謝の気持ちと、スケベ心を込めて書きました。

 快く了承し、取材に応じていただいた姐さんに感謝します。

どこまでがフィクションかは、皆さんで判断してください。

もちろん、実際のW・Qさんが可愛らしく素晴らしい人というのは真実です。

 

 ようやく、これを書き終えたところです。

今、目の前にW・Qさんからいただいた包があります。中を開けると、おお、これは‥‥‥!

 

 

      ・本作品はフィクションかどうか、自信ありません。

 

      ・本作品についての、あらゆる著作権は、すべて作者が有するものとし

       ます。

      ・よって、本作品を無断で転載、公開することは御遠慮願います。




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