肉体改造計画



雅紀はボディビルトレーニングのジムに通うことにした。
学校で「デブ」と呼ばれ、からかわれるのが苦痛になってきたからだ。

『見てろ、スマートに身体を鍛えて見返してやるからな』




雅紀がジムに通い始めた当初はほんのちょっと身体を動かしただけで息が上がってしまい、まるでトレーニングにならなかった。
これに見かねてコーチがサプリメントとの併用を勧めてくれたので彼はそうすることにした。
アンドロステンジオンというステロイドのようなものだということだ。
これってドーピングじゃないかな?と雅紀は思ったが、別に自分はスポーツ選手ってわけじゃないし構わないだろうと判断したようだ。




しばらくトレーニングを続けているうちに雅紀の身体はだいぶ絞られてきた。
サプリメントの効果もあるのだろう。出っ張っていたウェストもまあまあ見られる感じである。
ただ胸はあいかわらずぜい肉がついているようだった。

「コーチ、なんだか最近胸が張って痛いんですけど」

それを聞いたコーチは思い当たったように、
「ああ、時折そういう副作用があるんだ」
と云い、この現象について説明してくれた。

本来ならアンドロステンジオンは男性ホルモンを増加させるものであるが、たまにアロマタイズという現象が起こり代謝の過程で何割かがエストロゲン、つまり女性ホルモンに変化してしまったことによって女性化乳房症になるのだという。
雅紀は元々太っていて胸に肉がついていたために気付きにくかったが、ひょっとしたら副作用のために胸が痛くなってるんじゃないかとコーチは云った。

「しばらくサプリメントの摂取はやめたほうがいいんじゃないかな?」

だが、雅紀はようやくトレーニング効果の現れてきた自分の身体に酔いしれていたためか、コーチの忠告など無視してサプリメントを摂り続けていた。




そんな雅紀の日々変化していく身体を見て、彼の母親は悩んでいた。

「ねえ、あなた?」
居間で寝転がってTVを眺めている夫に話しかける。

「ん?」
「最近、雅紀の様子が変じゃない? トレーニングするなんて言ってたけど、なんだか女の子っぽくなってきて・・・」
「うーん?、痩せてきたとは思うが」
「もう、あなたはいつも細かいことを気にしてないんだから・・・」

母親がそう心配するのも無理はなく、女性ホルモンの作用で雅紀の身体はだいぶ柔らかい線を描くようになっていた。ところが彼自身はそんなことに気付かず、少しずつ自分の身体が細くなっていくのを鍛えた結果だと喜んでいたのだった。当然サプリメントの服用を止めるつもりはない。




「雅紀くん、君まだひょっとしてサプリメントを摂取してないかい?」

ある日ジムのコーチが雅紀に訊いた。どうみても今の雅紀の身体の変化は異常である。
胸だけは大きいままで、腕・足・ウェストといった部位は絞られていっているのだから。

「え、わかります?」
「どうも君ね、体質的に合っていないようだから本当に服用を止めた方がいいぞ?」

本来なら筋肉がついてこなくてはいけないのに、彼はトレーニングをするほどに痩せていく。これでは単にダイエットしているだけではないか。コーチはそう云ったが雅紀は気にしていないようであった。




「あなた、雅紀がオカマになったらどうするんですか!?」
「いや、そんなことはないだろう?」

両親が毎晩そんな会話をしているなんてことはまったく知らずに、いつものように自分の部屋でもトレーニングをしていた。

『よし、今日からダンベルの重さを増やすぞ』

いつも手にしている3Kgのダンベルを5Kgのものに替え、いつもの調子でダンベルを持ったまま腹筋を開始した。
ところがふとしたはずみでダンベルが手から滑り落ち、運悪く股間を直撃・・・

「うぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」

さらに運悪く、あまりの痛みに放り出したもうひとつのダンベルが天上に当たって跳ね返り、かなりの速度で勢いをつけて再度股間を直撃した。

凄まじい叫び声を聞いて両親が駆けつけたときには、雅紀は股間を血で染めて気を失っていた・・・




「先生、雅紀の様子は・・・?」

大急ぎで病院へ担ぎ込まれた雅紀を診た医者は、
「息子さんにはお気の毒ですが、あれでは男性機能が使い物にならない可能性が高いです」
と、こともなげに云った。

「そ、そんな・・・」
雅紀の両親は嘆いたが、こればかりはどうにもならない。

ややあって雅紀の母が、
「わかりました。いっそ息子を女にしてあげてください」
「お、おいお前何を云うんだ?」
「だってあなたも見たでしょう? 雅紀は自分で股間をつぶすほど女になりたがってたってことじゃないの!?」
「うーん、まさかそこまで本気だとは思わなかったが・・・」

雅紀が聞いたら『それは誤解だよ!』と叫ぶところであっただろうが、周りからはそういう風にしか見えないくらい彼の容姿が女っぽくなっていたのは変えようのない事実である。

医者もそういう事情ならその方がいいかもしれませんね、と無責任にも同意したようだ。
緊急事態であるし、早速処置するために雅紀は手術室に運び込まれた。




そして、そんな会話が交わされていたことなど夢にも思わず、雅紀は未だに意識を失ったままであった。

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