Oh, my! It's my uniform.
Oh, my! It's my uniform.
〜衣替えの季節〜
作:つるりんどう

 夏休みが終わり、体育祭の準備であっという間に残暑の残る九月が過ぎると、涼しく過ごしやすい十月が訪れていた。
学校によって多少違うものの、基本的にもう衣替えの季節である。
今、窓の中の部屋で話し合っている二人の少年・少女の学校もまた衣替えの週に差し掛かっていた。
当面は夏服での登校も許されるが、そろそろ朝は冬服が要る。
なぜなら、彼らの住む丘陵地の住宅街は、その標高ゆえに朝は東京都心に比べ、少なくとも二・三度ほどは低かったからだ。

「あ〜ん、もうっ。
 どうしてこんな時にこんなことが起こるかなっ」

部屋の中で、日曜にも関わらずなぜか冬服のガクランを着た男の子はちょっといらついた声でそう漏らした。
その喋り方が少しおかしい。敢えて言えば、女の子のような口調だ。

「仕方ないだろ。今週から衣替えなんだからさー。
 お前、一応見た目は俺なんだからちゃんとしてくれよー」

それに対して艶やかな長髪の似合う、目のクリッとしたかわいらしい…それでいて活発そうな…女の子は、こちらもまた似つかわしくない男の子の口調で怒鳴った。
わざらしく声を低く出そうとしているような感じに見受けられるが、それでも彼女のかわいいソプラノボイスは隠し切れない。

「…そんなこと、分かってるわよ」

そんな彼女の言い分に、男の子はいやいやそうながらも頷いた。

「ほらっ、ちゃんと着たわよ。
 これでいいんでしょ?」

男の子の刺々しい声に

「駄目。
 またホック外れてる」

と女の子は溜息を吐きながら答える。

「あ…しまった」

男の子はうっかりしちゃったって顔で、慌ててコソコソと首元のホックを止めた。

「校門のとこで生活指導の野口が見張ってるんだからちゃんとしておいてくれよ。休み時間なら外してもいいからさ」

「はぁ…あたしがガクランなんてねぇ。
 ちょっと信じられないわ」

「仕方ないだろ。
 体が入れ替わっちゃったんだから」

「それはそうだけど…」

「それにそれは俺の体なんだからな。
 お前がしたことは俺に跳ね返ってくるんだから、ちゃんと男としての自覚をもって…」

「自覚しろっていったって無理な相談よ。
 だって三日前まであたしは相川 由梨っていう女の子だったんだからね」

「だーかーらー、んなこといったって誰がそんな話信じるんだよ。
 変なこといったら逆に精神病院に送り込まれかねないぞ」

「分かってるわよ。
 でも、いきなり男の子の振りしろったって完璧には無理よっ!」

「はぁ…お前なぁ。
 誰も完璧にしろとまではいってないだろ」

「でも、でも。そういうニュアンスだったんでしょ?さっきの。
 あたしにはそう聞こえたわ。それに、古田君。あなたこそ、あたしの振りできるの?」

「い…あ、それは…」

「ほらごらんなさいっ!
 あなただって、女の子の振りちゃんとできるかどうか自信ないんでしょ?
 偉そうなこといわないでよ」

「う…」

相川 由梨と名乗る男の子の反撃に、女の子は急に小さく縮こまってしまった。

「さ、今度はあなたの番よ。古川さんっ」

男の子は壁に掛けてあったセーラー服を手に取ると、『さん』のところを妙に嫌みったらしく叫んだ。





「んで…これ、俺が着るの?」

少女は、ゴクリと音を立てて唾を飲み込むとおずおずとそう男の子に尋ねた。

「そうよっ。
 だって、今はあなたが相川 由梨なんでしょ?
 ちゃんと女子の制服着なくっちゃ。それにちゃんと髪とか身だしなみも気をつけるのよ。
 朝はお互い連絡取り合う暇なんてないんだから」

「それはそうだろうけど…」

「何?嫌なの?
 ただのセーラー服じゃない。女子はみんな着てるのよ。
 古田君だって今は立派な女の子一員なんだから仕方ないでしょ?」

「仕方ないか…さっきからそればっかり聞いてるような気がするな」

「はーいっ!文句はもういわない。
 あたしだって、こんなむさっ苦しいガクラン着てあげてるんだんから、古田君もちゃんと着なきゃ。
 スカートだってもう二日履いてるんだから、これくらい着れるでしょ?」

「うーむっ…
 とはいえ、抵抗感はあるよなー。
 なんか女装してるみたいで…」

「だからー、古田君は相川 由梨っていう女の子なんだから問題ないのっ」

男の子は『もうっ』って顔で女の子を睨んでいた。

「分かったよ。着ればいいんでしょ?」

女の子は、唇の端っこを少しピクピクと引き攣らせながら、同意したのだった。





「えーっと、まず下着姿になればいいんだよな?」

「そ、そんなことまで人に聞かないっ。
 朝なんだし、勝手にすれば…」

女の子の確かめるような問いに男の子は思わず恥かしそうにそっぽを向く。

「はいはい…」

すると女の子はうんざりするようにブラウスに手を掛けると慣れない手つきで脱いでいった。
そして、ぽいっと乱雑に放り投げると、スカートのホックを外す。
男の子のズボンと違って抵抗のないソレは、重力に従ってスサッと一気に床に崩れ落ちた。

「う…すげぇ恥ずかしい…」

昨日は自分で選んできたはずなのに、スリップとショーツ&ブラだけの自分に視線のやり場がない女の子。
慌てた仕草でセーラー服の上を取り上げると、バッと首を突っ込もうとする。

「ふ…んっ?」

なぜかちょっと入り口がせまっ苦しいのがもがく女の子。
その様子はなんとも滑稽だ。

「ば、馬鹿っ。
 セーラー服ってチャックがあるのよっ!!」

それに気付いた男の子は慌てて脱がしにかかる。
下手するとそのまま転げ落ちて制服を破りかねない様子だったが、なんとか男の子が支えたおかげで女の子は崩れ落ちるのを免れた。

「いやー、参った参った…」

「何やってんのよっ。
 あんた、セーラー服にチャックがあるのさえ知らなかったの?」

男の子は激しく捲くし立てる。

「そ、そうだったのか。
 そこまで詳しく見たことなかったから知らなかった…」

「んもうっ、やってられないわっ。
 ほら、ここにチャックあるでしょう?
 学校によって真中にチャックのあるセーラー服もあるけど、うちは脇チャックなのよ。分かった?」

男の子はまるで女の子であるかのように、男の子ような女の子に解説する。
なんというか、これもまたひょうきんなものである。

「へぇ、そんな構造になってたんだ」

「た、たいしたものじゃないでしょ…
 ほ、ほら、さっさ着てみて」

男の子に促されるように女の子はセーラー服をもう一度手に取る。
今度は間違えないようにズッスーとチャックを下ろすと、シャツを着るのと同じようにそれを被った。さすがに今回は余裕がありうまく体も腕も入っていく。

「へぇー、裏地はガクランのときと大して変わんないな。
 デザインと形は全然違うけど…」

首を通して、腕を通すと、女の子はセーラー服の感触を確かめるようにくるくるとその場で舞った。

「こらーっ、ちゃんとボタンして。ホックもするの。
 それと、さっき外したチャックも忘れないでよ」

なぜかすっかり顔を真っ赤にした男の子は、咎めるように女の子にいった。

「あっ、そうか。いけねいけね。
 今度は俺が忘れてしまうとこだった」

女の子は頭を掻くと、不自然なぎこちない笑みを浮かべていた。

「えーと、ボタン。ボタンと」

女の子は真っ先に目に付いた、腕の…袖のボタンを止める。
男の子の着ているガクランにはなかったものだが、まあ簡単だ。
二つ並んでいるボタンをパチンと填めるだけでいい。

「これでOK?」

女の子の覗き込むような視線に、男の子の眉毛がぴくんと跳ね上がる。

「あんたねー、胸元が見えないわけ?
 それじゃ下手したら下着まで見えちゃうでしょ?」

「…胸元?」

よくよく見てみると、セーラー服の上部にある逆三角形の首元がそのまま筒抜けだった。

「あれぇー、ここってこうなってたのかぁ。
 俺はてっきり下に何か着てるのかと思ってたんだけど…」

「あ、あんたねー」

男の子の顔はすっかり血管が浮き出ていた。





そのセーラー服の逆三角形に当たる布地を反対側のボタンにプチンプチンと止めていくと、女の子にも見覚えのあるセーラー服が出来上がる。
あとは…アレを残すだけだ。

「ふぅ、こんなもんかな」

「…ちょっと!あたしにはいっておいて、古田君が忘れてるっ」

「え?」

「ほら、これよこれ」

男の子は分かるように自分の首元のホックを外した。

「ホック?」

女の子がもう一度確かめるように見てみると、確かにボタン以外に一箇所だけ逆三角形の頂点にホックがあるのに気付く。

「へぇー、女の制服にもホックってあったんだ。
 ちょっと感動」

「馬鹿ね。
 そんなの当たり前よぉ。男の子ってそんなのも知らないのかしら?」

「し、仕方ないだろっ。
 着ることなんてないんだから」

「はぁ、またいったわよ。その言葉」

女の子は『あっ』という顔になると、慌てて口を塞いだ。
さてと…
女の子がホックを閉じると上半身のセーラー服だけは立派に着こなした女子高校生の出来上がりだ。

「できたっ」

「…あのね、いわなかったけど…
 先にスカート履いた方がよくない?」

男の子の突っ込みに鏡を見てみると…
スリップだけ下から食み出したセーラー服姿がまたなんともおかしかった。

「……」

「ね、まあ今回はいいけど。
 ちゃんと明日の朝はそう着替えるのよ?」

「はい…」

女の子はなぜか項垂れた。





そうして、スカートを手に取った女の子だが…

「あれ…」

「ん、どうしたの?」

「結構重いんだな。冬服のスカートって。
 俺、もっと軽いもんだと思ってた」

「ふーん、そう感じるんだ。
 まあうちの学校のスカート丈長いしね。生地の問題もあるし…
 制服によっても違うとは思うわよ」

男の子は女の子の反応に興味深げに応えた。

「へぇ、なるほどな。
 さてと…よっと」

女の子はへんな掛け声を掛けてスカートを履く。
そして、セーラー服に隠れる辺りでホックを閉じると横からチャックを上げた。

「あら、今度はチャック忘れなかったわね」

「そりゃあれだけいわれれば気をつけるよ」

「まあ、そうかも」

二人ともおかしそうに笑う。
その仕草がどうも逆のような気はするが、ちょっと微笑ましい光景だった。

「さてと、あと何を忘れているでしょう?」

「え、えっと。靴下か?
 あ、あと、髪の毛のブラッシングもあるんだっけ?」

「ブッブー!
 それもあるけど、もっと大事な、あなたの今の服装に何か欠けてるものってあるでしょ?」

「……」

女の子は慌てて鏡の中の自分を眺める。
ちょっと紅潮したような頬がそんな彼女のかわいらしさを増幅していた。

「あっ!」

思い出したように叫ぶ女の子。

「何?」

「リボン?」

彼女が恐る恐る尋ねると、

「そうお!
 それ忘れたら、生活指導の野口にた〜ぷり叱られるわよ」

男の子はそういって、『お返し』って感じで笑った。




<後書き>

高校の体育祭って結構色々な出し物があると思うのですが、仮装して踊ったりとかそういう出し物のある学校もそれなりにあるのではないでしょうか?
そういう私の通っていた高校にももちろんありましたよ。

それで毎年、当然のごとく女装もあるわけで…面白いことに友達の女の子や自分の彼女からセーラー服を借りる子もそれなりにいました(笑)。その上、その女の子に化粧までしてもらってたりとか…
まあ、男の子と女の子が服装交換してたら結構面白いものなのですが、体が入れ替わってしまったら、服装の交換ではなくて、それを着ることが当たり前になってしまうわけですよね。

男の子であれ、女の子であれ、異性の服装っていうのはちょっと神秘なものでして、ドキドキするものだと思います。

今回はほとんど着替えだけで終わってしまったので、ご満足頂けなかったかもしれませんが、少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。


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