ゴルフ場の悲劇(前編)
作:Tira



今年も九月がやってきた。

一ヶ月ほど前から、会社の帰りには毎日のようにゴルフの打ちっぱなしに行く人たちがいる。
彼らは九月の終わりにある毎年恒例の「製造3課ゴルフコンペ」に参加する社員なのだ。毎年決まって二十四人参加するこの大会は、レベルの高いことで社内ではかなり有名。
ほとんどの人が百を切るスコアー。
中には七十前半で回るようなセミプロもいるのだ。
この大会の優勝者には、トロフィーと副賞としてみんなで資金を積み立てていた十万円を受け取ることが出来る。
そして、最下位になると次のコンペの幹事をやらなければならないのだ。
ちなみに、二年連続で最下位になると次の大会の優勝賞金十万円を支払わなければならないという、かなりギャンブル性の高いゲーム。
このコンペは今年で十四年目を迎えるが、いまだかつて二年連続最下位になった人は現れていない。
だが、今年のコンペ、一人だけ真っ青な顔をして練習している若い男がいた。
入社して三年目の「橋板 孝章」。
昨年最下位になってしまったので、今年はなんとしても避けなければならない。
今のご時世、十万円なんてすぐに払えるものではないのだ。
アパートの家賃と車のローンで毎日の生活さえ苦しいのだから――。
そんな彼が去年出したスコアーは百四十九。
調子が悪かったというブービー(ビリから二番目)の人から比べても三十五も低い。去年のコンペが終わった時点で、優勝者の部長に「来年も最下位間違いなしだ!」と太鼓判を押されるほどだ!
そんな彼はこの一年間、必死にゴルフの練習をした。
お金が無いので月に1回だけ打ちっぱなしに行く。
後は毎日素振りを続けたのだ。
しかし、打ちっぱなしでは思うようにゴルフボールを打つことが出来ない。
たまに先輩に教えてもらうのだが、実際に数を打たないと身につかないものだ。
そして、コンペの一週間前、組み合わせの表が添付されたメールが届いた。
四人一チームで合計六組。
孝章は二番目の組だった。
組み合わせを見ると、必ず各組に女性の名前がある。
去年はたしか女性は二人だったはず。
女性がいる華やかな雰囲気を味わいたいのだろうか?
そんなことを思いながら組み合わせ表を見ていると、ポンと肩をたたかれた。
「深刻な顔しちゃって。どうしたの?」
「あ、篠河さん。べ、別に何にも無いですよ」
朝美は孝章のディスプレイに表示されているゴルフコンペの組み合わせ表を見て 少し笑いながら話かけてきた。
「橋板君、同じ組よね」
「そうっすね。それがどうかしたんですか」
「今年はがんばらないとコンペ始まって依頼の二年連続最下位だね。十万円も大変じゃない?」
「い、いいじゃないですかそんな事。僕なりにがんばっているんですから」
「そう。それならいいけど。橋板君が最下位になるところ、目の前で見るのもねえ」
「まだ最下位になるって決まったわけじゃないでしょ」
孝章は、少しむっとした。
「まあね。コンペまでは残り少ないけどがんばってね」
「言われなくてもやってますよっ」
自分の机に歩いていく朝美を、少し恨めしそうな顔つきで見る孝章。
彼女、「篠河 朝美」は、彼の二つ先輩だ。
ゴルフも結構うまくて、この前の大会では五位に入っている。
普段からやっているのか、栗色の髪はショートカットにしてゴルフの邪魔にならないようにしている。きれいな顔立ちでスタイルもよい彼女は、日に焼けて夏を思わせる健康的な小麦色の肌をしていた。
周りの人には比較的愛想のよい彼女だが、孝章に対しては結構冷たい態度を取っている。別にいじめられているというわけではないのだが、言葉の節々にいやみを絡めているような感じがするのだ。
だから、孝章は彼女のことが好きではない。いや、むしろ嫌いなほうだ。
でも、一応先輩ということでおとなしくしているだけ。
その彼女と今度一緒にコースを回らなければならない。
「まったくひどい組み合わせだよ……」
それだけでも憂鬱な気分になっていたのだ――。

――そして大会当日。

自分ではやれるだけやったという気持ちになっているのだが、どう考えても最下位は免れそうに無い。
雷雨にでもなって中止になればいいのに。
そう考えていたが、頭の上には雲ひとつ無い青空が広がっていた。
心地よい風が顔を撫でていくが、そんな事を満喫する余裕なんて無い。
ポロシャツに綿パンを着込んだ孝章は、他の人たちと一緒にグリーン周りの練習を始めた。
芝目なんて全然読めるはずがない。
パターでボールを転がすと、カップよりずいぶん手前で止まってしまう。
「それじゃあ今度は少しきつく」
コンッ!
という音と共に、パターではじかれたボールは、かなり右に曲がってカップを遠のいていった。
「はぁ〜」
その様子をじっと見詰めていたのは朝美だった。
ニヤッと笑った後、孝章のところまで歩いていく。
「どう?今日の調子は。結構いいんじゃない?」
馬鹿にしたその言葉に、孝章はムッとした。
「僕のことはほっといてくださいよ。篠河さんは自分のことを考えていればいいじゃないですか」
「あらあら、たいそうな言い方ね。折角助けてあげようと思ったのに」
「はぁ?」
「お金、ないんでしょ。私がどうにか都合つけてあげようか?」
「くっ!」
朝美は孝章が最下位になった時に払わなければならない罰金を工面してあげようかと言っているのだ。
男としてはとても癪(しゃく)に触る。
「お金、無いんでしょ」
「…………」
孝章は何も言わずにゴルフボールを拾い、グリーンの練習を出て行こうとした。
しかし、朝美が呼び止める。
「ねえ、私の言う事を聞いてくれるなら最下位にならずに済むんだけど」
「……お金なんか要りませんから」
振り向こうともせずに足早に歩いたが、朝美も早足でついて来る。
「お金の話じゃないのよ。ねっ!面白い事しようよ」
「…………」
「損な話じゃないと思うけどな」
「もういいんです。お金は親に相談して何となしますから」
「ねえっ、私の身体でプレーしない?」
「……えっ?」
「聞こえた?」
顔をしかめて振り返った孝章を朝美は見つめた。


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